※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【悪魔さん。私、魔法少女やめたいです】黒江

 

 夜の宝崎市。星空のもと、黒江は薄暗い林の中を駆け抜けて山の崖から跳躍し、都心部の上空に躍り出る。高層マンションの屋上から屋上へと走って跳んで、まあるい月に人影がよぎる。そして『走るの禁止』『パルクール厳禁』と注意書きされた看板を風のように抜き去り、ネオン輝く夜の街に向かっていた。それは一つの魔力反応を追いかけてのこと。

 

(この先は歓楽街だ……)

 

 黒江は夜の街を駆け抜けながら、悪魔の外見についてぼうっと考える。考え込む。

 

(……顔は悪くない。クールでカッコイイ系だ。──と思いきや、意外とカワイイ系でもある。この不思議。相手が男の子でもちょっと悔しさを感じる。普通は矛盾するカッコよさとかわいさが同居していて、それが表情の変化でコロコロ変わって見えるとか、ちょっとギャップでヤバイし……正直、卑怯だと思う。魔女と戦う時は澄ました顔をしていたのに、私と話す時はタジタジなところとか、まさにそれ。

 ……でも、顔だけじゃダメなんだな。いくら顔が良くても生理的に無理って人は結構いるし。だから悪魔さんの性格は……まぁ、いい人そうだった。ヘタレだったけど。意外とキツイ一言を言う時もあるけど、かなり下手くそなウソをつくけど、とても誠実に私と向き合っていたのは、なんとなく伝わってきた。これはポイント高いと思う。たぶんウソをつき慣れていないんだろうなぁ……意外と普通の常識人というか。永遠ツッコミ役というか。そんな印象。

 あとはファッションセンスかな。最初は混乱していたから気にする余裕がなかったけど、あの両手にジャラジャラと付けた指輪……ベルトにはチェーンを巻いて幾つか小箱も取り付けていた。あれは派手だ。ちょっとチャラ過ぎ。普通なら引く。ドン引きもの。……でも、指輪や小箱からは魔力を感じた。だから、あれはもしかしたら全部、魔女との戦闘に使う武器なのかもしれない。もしそうなら悪魔さんは歩く武器庫だ。ただの人間が魔女と戦うってなると、あれだけの重装備になるのは仕方のないことなのかも知れない……。

 ────って、私は何を考えてるんだ。これじゃまるで、自分で自分を納得させるために、無理に及第点を探してるようなもんじゃん。それにさ。ふっつーに騙されてる可能性もあるわけで……そんなことするような人には見えなかったけど、世の中、絶対っていうのもないと思うし……)

 

 黒江はあれこれと考えているうちに、悪魔の放つ魔力パターンの近くまでやって来た。そこは歓楽街の裏側通り。大人のお店が多く、あちこちにホテルが乱立している。そこで黒江はホテルの看板を見てぎょっとした。

 

(っ……! ら、ラ(・)ブ(・)ホ(・)……!?)

 

 先刻、鉄橋の下で悪魔はこう告げた。

 ──オレの居場所を突き止めた上で訪ねてくるなら、もう恥ずかしがる必要もない。観念して細かい説明をする──と。

 

(……や、や、やっぱり……そういうこと、なの……!?)

 

 予想はしていた。しかし、いざ目の当たりにすると体が震える。

 

(悪魔さんの魔力パターンは……どのホテルの中にもない……もっと上? まさか屋上……?)

 

 黒江は建物の屋根から屋根を移動する。そして探していた人物を見つけた。悪魔はラブホテルの屋上に座り込んでおり、その傍らにはキュゥべえが丸くなっている。何をしているのかと遠巻きに観察すると、悪魔はリングや小箱の手入れをしていた。ハンカチで汚れを拭き取り、息を吹きかけて表面のツヤを確認している。

 

(……?)

 

 そこで黒江は違和感を抱いた。悪魔と同じ座標に魔(・)法(・)少(・)女(・)七(・)人(・)く(・)ら(・)い(・)の(・)魔(・)力(・)パ(・)タ(・)ー(・)ン(・)を感じ取ったのだ。しかし悪魔は独りである。さらに感じ取った魔力も微細なもので、よく集中して観察しなければ気付かない反応だった。

 

(……なんなの? 悪魔さんの正体が分からない……)

 

 募る不信感。生来の臆病さもあり、今からでも引き返せるという選択肢が黒江の脳裏によぎる。

 

(……いや、ダメだ。ここで逃げてどうなるの。せっかく魔法少女をやめられるかもしれないチャンスなんだ……もしそれを怖がって逃したら、私はいつか……魔女の戦いで……)

 

 ────死ぬ。

 

 口には出さず、心の中でも呟かなかったが、黒江は漠然とそういった恐怖心を感じていた。そしていつも、その恐怖を抑え込んで戦っていた。両目をギュッと閉じる。それは半ば自暴自棄の跳躍に近かった。悪魔の待つホテルの屋上に飛び降りた黒江は、目の前の少年と視線を合わせられず相対する。

 

「あ……悪魔さん。私、魔法少女やめたいです」

「…………そうか。わかった。付いてこい」

 

 悪魔はリングを装着して小箱をチェーンベルトに提げると、屋上の柵に身を乗り出す。そして「よっ!」と跳躍して、向かいのビジネスホテルの開けっ放しの窓に着地した。そのまま寝室の中に降り立って、一度だけ黒江に振り返ると、寝室の奥に消えてしまう。それを見ていた黒江は呆然と立ち尽くしていた。

 

「どうしたんだい、黒江。行かないのかい?」

「……キュゥべえ……」

「不安なんだね? でも大丈夫。話だけでも聞いていきなよ。それからどうするか決めても遅くはない」

「…………」

 

 意を決した黒江は跳躍する。それにキュゥべえも続き、一人と一匹はホテルの窓から寝室に侵入した。そこで黒江が目にした部屋の内装は、特に何の変哲もないホテルの一室。ダブルベッドがあり、テレビがあり、二脚の椅子と机があり、ソファやランプなどの家具が揃っている、ゆったりと二人の宿泊者がくつろげる癒しのスペースである。

 

 そして悪魔は椅子に座って足を組んでおり、机の上に肘を掛けて斜めを向いている。黒江は変身を解いて学生服に戻ると、やや緊張しつつ椅子に座り、机を挟んで悪魔と向かい合う形となった。キュゥべえは机の上に飛び乗ると、その場で猫のように丸くなる。

 

「……」

「……」

 

 無言の間。それではいけないと思ったのか、悪魔の方から話を切り出す。

 

「……よし。黒江。実を言うとな? 悪魔契約の使い手は、実はオレなんだ。知り合いというのはウソなんだ」

「はい。知ってました」

「知ってたのか!?」

 

 黒江の冷静ぶりを見た悪魔は、どうやら自分が思っている以上に彼女は色々と考えて、ここまでやって来たのだろうと推測する。

 

「……そうか。ならば黒江、何か質問はあるか?」

「……では、あえて聞かせてもらいますけど……愛の誓いって、具体的に何をするんですか?」

 

 そろそろハッキリと口にしてほしい。でないと心の準備もままならない。そう言いたげに黒江は問い掛ける。

 

「それは……同衾だ」

「……どうきん?」

「一緒に布団で寝るという意味だよ。分かりやすく言い換えると性交という隠語にな────ちょ、ぷぎゅ!?」

 

 悪魔はキュゥべえの首根っこを引っ掴んでホテルの壁にスパーキングした。

 

「……こほん。まぁ、あれだ……結婚していないとできないようなことをする。別に子供を作るわけじゃないが、子供を作る真似事をする必要がある」

(なんか、めちゃくちゃ言葉を選んでいらっしゃる……けどよくよく聞いてみれば、意外と全部ドストレートにド直球だ……全然オブラートに包めていない……)

 

 そして悪魔は「はぁ……」と重苦しいため息をつくと、どかっと椅子に座り直す。

 

「すまない。こんな下劣で下品な魔法で……」

「まぁ……否定はしませんけど……でも、なんでそんな魔法を……?」

「この魔法は、オレの妹の固有魔法が元になっている。が、元々は淡い恋心を表すものだった。それを悪魔契約として開発したのはオレだ。つまりオレが下品ってことだ」

「……悪魔さん。妹さんがいたんですか」

「あぁ。まだ小学生なのに、いっちょまえに初恋にうつつを抜かして……恋愛に情熱的で、随分とませた奴でな」

 

 妹の話をする時の悪魔の顔は、非常に穏やかだった。慈愛に満ちあふれた顔付き。それは妹のことを本当に愛している証拠として、黒江の瞳には映っていた。

 

「……さて、そろそろオレも恥ずかしがっている場合じゃない。話を進めよう」

「……っ!」

「まず黒江。ほ(・)か(・)に(・)方(・)法(・)が(・)あ(・)る(・)は(・)ず(・)だ。魔女として戦うのが怖くても、それを克服する方法は幾らでもある。そのためにオレは、魔法少女の家庭教師になることもできる。そこでどうだ? 一日につき百円の対価で、オレがビシバシお前を鍛えてやる。何も魔法少女をやめるために、わざわざこんな下品なことをする必要はないだろう。頑張って魔法少女として成長する。そういう解決方法もあるんじゃないのか?」

「悪魔さん。こ(・)こ(・)ま(・)で(・)来(・)て(・)い(・)き(・)な(・)り(・)ヘ(・)タ(・)レ(・)な(・)い(・)で(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)」

 

 悪魔の必死の説得は一蹴された。

 そして黒江は膝の上に置いた手を引っ掻くほど握り締めて、切実な願いを口にする。

 

「私は────魔法少女をやめたいんです。もうこんな世界に居たくない……怖いんです……いつ死ぬかも分からない世界で、孤独に戦うなんて……私には到底、耐えられない……」

「…………」

 

 黒江の体が震え始める。それは今朝と同じ怯(・)え(・)の震えだった。

 

「……分かった。では希望する悪魔契約は、やはり第一書か」

「……はい……」

「ではもう一つ。キュゥべえと再契約するつもりは?」

「────」

 

 一瞬、黒江の顔が陰りが生まれた。それを見て察した悪魔は、黒江の気持ちを看破する。

 

「魔法少女をやめたい……か。それは半分ウソだな」

「っ!? なんで……ウソなんかじゃありません!」

「本当は魔女と戦うのが怖いだけだ。魔法少女そのものには憧れている。だから未練がある」

「……っ!」

 

 黒江は何も言い返せなかった。別に図星だったというわけではない。ただ黒江は無意識にそう思っていたとしても、意識的にそう思ってはいなかったのだ。

 

(私……本当はそう思っていたの……?)

 

「……まぁ、それは黒江自身の問題だ。もしキュゥべえと再契約する場合、以前よりマシな願いを叶えろ。それでも、できれば再契約なんてしてほしくはないがな……オレが知らないところで、せっかく救えたはずの命をあっさりドブに捨てられると……やっぱり悲しいから」

「…………?」

 

 悪魔は魔女化について言っている。だがその真意を黒江が見抜く術はない。

 

「……そうだ。そういえば黒江が何を願ったのか聞いていなかったな」

「え? あっ……それって、やっぱり言わなきゃダメですか……?」

「まぁな。願い事の破棄は歴史の改竄だ。何が改竄されてしまうのか把握しておかないと、色々とリスクがありすぎるんだ。対策が立てられない」

「……対策?」

「あぁ。歴史の改竄とは、すなわち記憶の改竄でもある。黒江の願い事の因果に巻き込まれた人すべての記憶が別のものにすり替えられる恐れがあるんだ。それはオレや黒江も例外ではない。だからオレの叛逆魔法を使って、その記憶の改竄に対処する必要がある。そして、もし歴史の改竄で世界が大変なことになるようであれば……黒江には、もう一度だけキュゥべえに同(・)じ(・)願(・)い(・)事(・)を(・)叶(・)え(・)て(・)も(・)ら(・)う(・)必要がある」

「……!?」

「そ(・)の(・)願(・)い(・)事(・)を(・)破(・)棄(・)し(・)た(・)こ(・)と(・)に(・)よ(・)り(・)世(・)界(・)が(・)崩(・)壊(・)す(・)る(・)の(・)で(・)あ(・)れ(・)ば(・)、(・)同(・)じ(・)願(・)い(・)事(・)を(・)叶(・)え(・)れ(・)ば(・)世(・)界(・)は(・)崩(・)壊(・)し(・)な(・)い(・)。単純な考え方だろ? オレの魔法はそれだけ規模がデカいんだ。なんたって摂理への叛逆だからな。宇宙の法則を破る魔法とあっちゃあ、何が起きるか分からない。だから万全の対策を要する」

「…………」

「もちろん、同じ願い事を叶えるなんて真っ平ゴメンだろう。黒江は魔法少女をやめたいんだからな。でも安心してくれ。オレの魔法は摂理への叛逆。《同じ願い事を叶えなければならない》というルールにさえ叛逆してみせる。……約束はできないけどな? そして、もし同じ願い事を叶えるようなことになった場合は、仕方がない。魔法少女はやめられないが、第二書の契約を交わすことで、半分だけ人間に戻ることも可能だ。まぁ……今のところ、そうなった事態は一度もないが」

「……………………」

「……難しいことを色々と話したが、要するに願い事を聞かせてもらわないことには、リスクが多すぎて契約できないってことだ。だから聞かせてくれないか? 黒江の願いは、いったいどれだけの人を巻き込んだのか────」

 

 悪魔は、その悪魔契約による事象について、まだ全てを話したわけではない。全てを話そうと思えば日が暮れてしまうし、そもそも悪魔自身まだ未解明な事象もある。だが決して黒江に後悔はさせない。そこだけは死んでも守らなければならない。

 でなければ、にっくきインキュベーターと同じ……悪徳セールスマンになってしまうからだ。

 

「……私の願い事は────好(・)き(・)な(・)人(・)と(・)付(・)き(・)合(・)い(・)た(・)い(・)、でした……」

「……そうか。となると、あまり問題はないかもな。黒江の周辺人物は、その願い事を叶える前の状態に戻るだけだ。たとえば黒江が付き合った人は、黒江と付き合った事実を忘れてしまう。周りの人も、黒江とその子が交際していた事実を忘れてしまう。というか、付き合ったこと自体が無かったことになるんだ。つまり、もし黒江とその恋人がデートして何かを買って、それが今でもどこかに置いてあるとしよう。それは消える場合が多いが……時に消えない場合もある」

「……え?」

「オレの悪魔契約は、まだ未解明の部分も多いんだ。とりあえず等価交換の法則には従っているはずだから、その小物が消えない場合は、おそらくそ(・)れ(・)で(・)代(・)償(・)が(・)足(・)り(・)た(・)んだ。悪魔契約・第一書は事(・)実(・)の(・)消(・)去(・)。そのために必要な代償がどこまでの範囲に及ぶのかは、実際にやってみなければ分からない」

「……はぁ……」

「とりあえずオレは常時、叛逆魔法が掛かっている状態だから、歴史の改竄には基本的に巻き込まれない。だが黒江は巻き込まれる。だから黒江にも叛逆魔法を掛けて、歴史の改竄に記憶が耐えられるようにする。その上で悪魔契約・第一書を結ぼう。それでいいな?」

「は、はい……。……いえ、実は話の半分も理解できませんでしたが……」

「それで構わない。いつでもクレームは受け付ける。そのたび試行錯誤しよう。それじゃあ────準備に入ろうか。どっちが先に風呂に入る?」

「っ!? え、えっと……私はもう、家で入ったので……その……」

「そうか。なら十分ほど待ってくれ。体を洗ってくる」

 

 悪魔は立ち上がるとバスルームに向かった。

 黒江はやや赤面して、もじもじと両手膝をすり合わせる。

 

(ど、どうしよう……ほんとにやるんだ……ほんとに……? マジで……?)

 

 黒江の瞳孔が開く。それは様々な懸念を気にしては振り払おうとしている様子だった。疑念、緊張、疑惑、不信。本当に信じても良いのだろうか。やっぱり魔法少女はやめないで、ほかの方法を探す手もあるんじゃないのか。ぐるぐるグルグルと廻転する両目。

 

「……」

 

 その様子を悪魔は観察していた。バスルームに入ったと見せかけて、扉の角から顔だけ出して見守っていた。そして悪魔はポケットからスマホを取り出すと、黒江のもとに戻り、それを机の上に置いていった。

 

「……えっ?」

「シトピ隼人。水野むく。羅宇らん。笹川もみじ。恭弥アーデルハイト。ジュリー凪。この六人は、オレと悪魔契約・第二書を交わした仲間たちだ。その連絡先がスマホに入っている。そしてみんなは、オレの電話番号で知らない魔法少女からの電話が掛かってきた場合、それは悪魔契約について疑いを持っている魔法少女からのお悩み相談であることを理解している。つまり、まだオレを信じきれていないなら、こいつらに電話を掛けてみろ」

「あっ……」

「どいつもこいつも曲者ぞろいだから、きちんとした相談は期待できないけどな。まぁ気晴らしにはなるだろう」

 

 そう言って悪魔は、今度こそバスルームに入った。黒江は机の上のスマホに目を向ける。

 

「電話してみたらどうだい? 物は試しだよ。黒江」

「……うん……」

 

 かくして黒江は、悪魔のスマホに手を伸ばした。

 

   †

 

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