アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
悪魔は拳を下ろす。七海やちよは槍の穂先を下げており、悪魔との戦闘で少し落ち着いたようだ。
「……話を聞く気になったか?」
「────…………言い訳の間違いじゃなくて?」
「オレは悪魔と名乗っているが、正真正銘の人間だ。この魂石の指輪……ソウルリングについては契約魔法でソウルジェムを分割した代物だ。契約相手には許可を取っている。全員オレの友人だ」
「100mの件は?」
「あいつらも同じソウルリングを持っている。問題はない」
「…………」
悪魔は七海やちよの考えを言い当てる。
「お前は、オレがほかの魔法少女からソウルジェムを奪ったものと思っていたんだな。それも無理はない。何度か似たような誤解を受けたことがある。だがもう少し話を聞いてくれても良かったんじゃないか?」
「…………そうね。謝罪するわ。ごめんなさい」
「何に焦っているのかは知らないが、あまり独りで背負い込むものじゃないぞ」
「余計なお世話よ」
七海やちよは心の整理を付けるためか振り返り背中を見せる。そして溜め息。
「ハァ……まさか鎮静合戦で、私の心が鎮静化されるなんて……」
「やはりバレていたか。接触を重ねるたび、お前のソウルジェムに雨……じゃない。水属性の鎮静効果を当てていた。妙に気が立っているみたいだったからな」
「…………ふぅ。あなたのことはなんとなく分かったわ。正直イレギュラー過ぎて全然信用できないけど」
「構わない」
七海やちよは槍を手放さない。悪魔に向き直って問い詰めるように口を開く。
「それで? あの小さなキュゥべえのことも説明してくれるのかしら?」
「すまないが、アレはオレにも分からない。今さっき会ったばかりなんだ。……ホントだぞ?」
「そう……」
そこで悪魔は直感した。
「待て、何を考えている」
「何って……始末するのよ」
「それは性急すぎないか? それに小さなキュゥべえを捜している奴がいるんだ。会わせてやりたい」
「それは私の知ったことではないわ」
七海やちよは飛び上がって橋の上に戻る。すかさず悪魔もホバーシールドに乗って上昇し、橋の上に着地した。
暁美ほむらと百江なぎさは警戒しており、小さなキュゥべえは二人の背後に隠れている。敵意を向けられている事を理解して怯えているのだ。
「キュゥべえの危険性は重々理解している。だからオレに任せてくれ」
「あなたは信用できないと言ったはずよ」
「それはオレも言える台詞だぜ」
突如、七海やちよは振り返って悪魔の喉元に穂先を向ける。
それを分かっていたように避けた悪魔は、なんてことはないように傍らを通り過ぎた。
「あなた……」
「こいつに手を出すなら戦闘は避けられない。こいつとは友達になれるかも知れないからな」
「友達? ……馬鹿なこと言わないでちょうだい」
「共存は不可能と言いたいか? 同感だ。しかしそれは人類が未発達だからだ。一泡吹かせれば駆け引きは可能……そのためにオレはキュゥべえと旅をしている」
悪魔は小さなキュゥべえを抱き上げる。
「モキュ?」
「だがコイツは別だ。この小さなキュゥべえは何かが違う。感情があるんだ。調べれば何かの突破口になるかもしれない。だから殺すのは絶対に無しだ。殺せば人類逆転のチャンスを自ら潰すことになる」
「だからと言って見逃す真似はできないわ」
「……ならばどうする? お前は自分の首を絞めるのが好きなのか?」
視線に火花が散る。
そこで百江なぎさが止めに入った。
「ま、待つのです! また戦う気なのですか!?」
「戦う? さっきのはウォーミングアップだろう」
「っ……! あなた……本当に癇に障る言い方をするわね」
「なぜ煽るのです!? クマ吉はそういうところがお子様なのですよ!」
その時、上空から降り注いだ槍が百江なぎさと暁美ほむらの周囲に突き刺さった。
『!?』
それは槍の檻として二人を閉じ込める。
「そいつを渡しなさい」
「断る」
「断れると思ってるの?」
「断れないとでも?」
両者の筋肉に力が入る。小さなキュゥべえを巡る戦闘。それが勃発しかかった時。
「────! 見つけた!」
橋の向こうから環いろはが走ってきた。悪魔の肩に乗る小さなキュゥべえを見つけて目に涙を浮かべている。
「モキュ! モキュキュー!」
「ん? 今“いろは”って呼んだのか……?」
小さなキュゥべえは悪魔の肩を飛び降りて、環いろはに向かって走る。跳躍。抱きとめた環いろはは小さなキュゥべえの手を握って一回転し、愛おしそうに抱き締める。
「良かった……! やっと会えた……!」
「モキュー! モキュモキュー!」
「……良かったな。いろ────ッ!?」
次の瞬間、命を穿つ槍が迸る。
「────え?」
環いろは諸共、小さなキュゥべえを貫こうとした槍の穂先は、悪魔のグローブによって防がれていた。刀では対応できない速度だったため、雨刀は先程まで悪魔が立っていた地点に捨て置かれている。
「……不意打ちか。よほど目の敵にしているようだな」
「退きなさい、悪魔」
「だがなぜだ? なぜ環いろはまで傷付けようとした。お前、何をそこまで恐れている?」
恐れ。その感情を指摘された七海やちよのソウルジェムが狂ったようにまたたく。
「──……そうね。あなたには分からないようなことよ」
「そうか。だが言っておく。悲劇のヒロインぶっていいのは中学生までだぜ」
撃鉄は落とされた。音速を超える槍の連撃。突き技と刺し技の差し替え。それを捌くは炎拳の乱れ打ち。
「ウォオオオオオ────! 《
爆発的な火花が飛び散る。頬に擦り傷。腕は抉られ、胴体が穿たれる。槍捌きに拳打が追い付かない。少量ずつ鮮血が撒き散らされる中、悪魔は実力差を思い知る。先ほどの戦闘は七海やちよの一挙手一投足に対して時雨蒼燕流の奥義すべてを使わなければ対処ができなかった。戦闘が始まってから徐々に出力を上げていった七海やちよだが、今までの戦闘が様子見の一割から組手の三割なら、今は容赦のない五割である。対する悪魔はその段階で全力を求められている。実力伯仲とはいかない。それが人間と魔法少女の圧倒的なスペック差である。
「退きなさい……死ぬわよ!」
「ホバーシールド! 護衛対象を小さなキュゥべえに変更!」
「!」
悪魔のヘッドフォンに内蔵されたAIが反応。プログラムに従って凪の音声が流れる。
『命令受諾。了解しました。護衛対象を“小さなキュゥべえ”に変更します』
刹那、悪魔は目にも止まらぬ速さで蹴り飛ばされた。橋の欄干に激突。環いろはは小さなキュゥべえを抱いてたたらを踏むが遅い。槍が走る。割って入ったホバーシールドが庇う。外層は硬槍によって破られ、穂先は中央層で食い止めたが、圧縮した魔力の塊を先端から射出されて内層ごと突き破られる。
「助太刀魔法」
刀剣作成魔法と組み合わせた瞬間移動により音速の剣戟を交わす。刃を合わせるたび轟音が鳴り、爆風じみた衝撃波が広がる。
『ボス。キャノンレーダーの使用を推奨します』
(……? ──そうか!)
悪魔は直感した。キャノンレーダーは雨の炎の塊を上空に打ち上げる。では降り注ぐ雨の炎は、索敵にしか使えないのだろうか。
『発声による許可が困難な場合、コンタクトディスプレイに入力してください。意図的なまばたきを二回検出した場合、それを“YES”として扱い────』
悪魔は二回まばたきする。するとホバーシールドがキャノンレーダーを使用。雨の炎の塊を射出。上空で花火のように爆発し、拡散。雨の炎が降り注ぐ。
(時雨蒼燕流 守式・七の型────《
雨の炎により発生した水を回転するように巻き上げて螺旋流水の壁を形成。三撃ほど槍の突き刺しを防ぐがすぐに破られる。だがその間隙さえあれば反撃は可能だった。
(時雨蒼燕流 攻式・八の型────《
「────ッ!?」
七海やちよの懐に飛び込み片腕を斬り裂く。鋭い斬撃が肩口から突き上げたことにより、斬り飛ばされた腕は多量の血を撒き散らしながら回転して地に落ちた。相討ちである。同時に悪魔の手首が貫かれて刀を落とした。七海やちよは残る片腕で悪魔の片手を殺したのである。
「そんな……なんで……!」
状況が不明な環いろはは困惑する。なぜ悪魔と海色の魔法少女は戦っているのか。ここに来るまでの間、戦闘の痕跡は確認していたが、戦う理由が分からない。
「治癒魔法は使うな、いろは」
悪魔の牽制。それは環いろはが次に出る行動を直感しての言葉。
「ただし、目の前の女に対しては使ってもいいぞ」
「────っ! 舐めるな!!」
一瞬で巨大化した槍に薙ぎ払われる。順々に粉砕されていく鉄骨。回避不可能の猛打を側部に受けた悪魔たちは吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」「きゃああ────!!?」「モキュー!!?」
川に落下。三つの体が水面を跳ねる。水しぶきを上げて浅瀬に転倒。即座に悪魔は一回転して立ち上がるが、環いろはは背中を強打して小さなキュゥべえを手放してしまい、砂利の上を転がる。
「悪魔が
いつの間にか橋のアーチの頂上に立っていた七海やちよは煽り返す。要は異邦の厄介者と言いたいのだ。
「いろは、大丈夫か」
「うっ……────はっ! キュゥべえ!」
「モキュ~……」
擦り傷だらけの小さなキュゥべえ。環いろはは治癒魔法を掛ける。汚れた毛並みは綺麗に戻り、擦れた傷口も元に戻る。
「モキュ……キュ? モキュー!」
「良かった! 元気になった……」
「いろは、敵に背中を見せるな」
環いろはは小さなキュゥべえを守るように抱き締めて立ち上がる。
「あの……悪魔さん。なんでこんなことに……?」
「端的に言えば不穏分子の排除と言った所だ。オレたちは外敵と思われている」
「そんな……!」
「信用してもらいたいなら、力を示した上で害意が無い事を証明するしかない。だから殺意なき戦闘を繰り返している」
そして七海やちよの信用は、あともう少しで得られそうだ。それは信用というより要警戒から要注意に変わった程度だろうが、そうなれば少なくとも命を狙われる事はない。
「まったく……相手が信用できるか戦って確かめるなんて、どこの戦闘民族だ……魔法少女の名が泣くぜ」
「魔法少女とはこういうものよ。名前の綺麗さに騙されて勝手な期待は持たないことね」
「流石だな。先達の言葉は心に響く」
魔法少女の素晴らしさを説く幻想的な白い小動物に騙された無垢な少女たち。
その中には無論、七海やちよも入っている。
────そのとき、異変が起きた。
「……?」
黒い粒子。環いろはのソウルジェムから穢れが流れていく。先ほど治癒魔法を使ったことで微量の穢れが蓄積されたのだろう。それを見つけた七海やちよは、魔法戦闘続きで消耗した自身のソウルジェムからも、黒い粒子がどこかへ吸われるように外へ流れていくのを目撃する。
「なに……これ……? まさかソウルジェムが浄化されているの……? でも私はグリーフシードなんて使って……」
「……! な、なぎさのソウルジェムが……!」
「え……わ、私もです……!」
百江なぎさと暁美ほむらのソウルジェムからも穢れが吸われていく。黒い粒子は一つの所に集合するように空中を移動していた。
「────なんだ、これは…………?」
不可思議な現象。それに一番戸惑っていたのは悪魔だった。四人の魔法少女のソウルジェムから取り出された穢れは黒い粒子の見た目となって、なぜか悪魔の方へ一直線に流れていく。全ての穢れを吸うように。全ての穢れを集めるように。
「────ようやくか」
匣が震える。
「とうとうこの時が来たね。神浜市に来てからペースが早いと思っていたんだ。これはあまりにも多くの魔法少女と遭遇した影響だね。僕としては嬉しい誤算だ」
悪魔は直感した。
だが気付くのが遅かった。しかし何に気付けば良かったのかまでは分からない。だけどこれだけは分かる。
「────キュゥべえ……お前は……何を……!」
自分は、何かに謀られたと。
「悪魔。君はこの一年間、とても大きな間違いを犯し続けてきた」
黒い粒子は悪魔の左目に集まって吸収される。
刹那、悪魔は叫んだ。突如として左眼球の内部に激痛が走り、人のものとは思えない断末魔を上げる。
「────悪魔……さん……?」
「──……っ!」
危険を感じた七海やちよは跳躍。咄嗟に環いろはの腕を取って悪魔から距離を離す。
「悪魔。君は今“何をした”と言いかけたね? もしもそのあとに続く言葉が“教えろ”であるなら、あぁ。教えてあげるよ。僕と君は友達らしいから」
悪魔の左目が黒く変色する。だがそれは元々の色合い。今までは霧の構築で化粧をし、健康な左目に見えるよう取り繕っていた。
「化けの皮が剥がれる時だ。悪魔……君はね────」
「グ……ガガ……アァァアァァアアアアァアアァアァア────ッッッ!!?」
「────穢れに、汚染されすぎたんだ」
†