アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
左目の激しい痛みに悶絶する悪魔。その痛がり方は尋常ではない。困惑する環いろは。心配そうに見つめる小さなキュゥべえ。七海やちよは環いろはを守るように槍を構える。
一方、悪魔の戦いを邪魔してはならないと我慢して固唾を呑んでいた百江なぎさは跳躍。槍の檻を抜け出して川に下りる。
暁美ほむらも下手に加勢すれば足でまといになると分かっていたため今まで見守っていたが、百江なぎさが飛び出したのを見て、彼女一人ではどうにもならない事態だと思い、ならばせめて共に行こうと跳躍して追い掛ける。
「ッァ……! アタマが、イタい……! どういう、コトだ……!? 汚染……だと……? オレの知らないデメリットが、まだあったとでも、言うのか……!」
「その通りさ。僕らも驚きだよ。だから君が超直感で気付かないのも無理はない。なぜなら今回の症例は前例がない。全く新しい発症法だ。つまり僕らも賭けだったのさ。君に“穢れの吸収”に関するデメリットを訊かれた時、僕はありのままに答えたはずだ。“激痛がする程度だろう”と」
「だが……これは……ッッ!!」
「そうだね。
悪魔は悶絶のあまり転倒。仰向けとなって激痛に藻掻く。
そこへ七海やちよの庇い立てを振り切り、環いろはが駆け付けた。同時に百江なぎさと暁美ほむらが到着する。
「クマ吉!」
「……っ!」
「悪魔さん! しっかりしてください! どこか痛いんですか!? いま治癒を掛けます……!」
「無駄だよ環いろは。これはケガじゃない」
「キュゥべえ……何か知ってるの? 教えて! 悪魔さんはどうして痛がってるの!?」
七海やちよは土手に移動する。いつでも射殺できる位置に立ち、槍の柄を握り締める。
「悪魔は今まで出来るだけ、出会った魔法少女全員のソウルジェムを浄化して回っていた」
「……? キュゥべえ、どういうこと? 悪魔さんはたくさんグリーフシードを持っているって言いたいの? 答えになってないよ!」
「ちがうよ。パーカーの内ポケットを調べてごらん。グリーフシードは一個しかないはずだ」
環いろはは悪魔のパーカーを調べると、固い膨らみを発見。確かに内ポケットから一個のグリーフシードが出てきた。
「あった……じゃあ、今までグリーフシードを使いすぎて、一個まで減ったってこと? ねぇ、キュゥべえ!」
「ちゃんと説明しているじゃないか。いきなり結論を出しても分からないだろうから一から説明しているんだよ。悪魔は結論を言えば納得して二度と質問してこないけど、君たちは結論を言っても質問を続けるからね。合理的な問答法だと思うんだけど。そして答えはこうだ。────そうじゃない。
匣の中で呆れたような溜め息が聞こえる。
そこで七海やちよが食ってかかるように問い掛けた。
「グリーフシードは穢れを吸いすぎると魔女が孵化するはずよ。たった一個のグリーフシードで、そんなに多くの穢れを吸収できるはずがない」
「じゃあ試してごらん。そのグリーフシードを悪魔の左目に近付けてみるんだ」
────環いろはは躊躇する。それはきっと試してはいけないことだ。なぜなら悪魔は左目に穢れを吸うことで痛がっている。でもキュゥべえが悪魔を追い詰めるような事をするだろうか? 環いろはの手にあるグリーフシードが悪魔に近付こうとする。
「ダメなのですっ! キュゥべえの言うことを聞いてはいけないのですッ!!」
「……!」
百江なぎさの力強い制止。暁美ほむらも固く頷いている。
そこで七海やちよが話の続きを促した。
「妙なことを考えてないでさっさと教えなさい。殺すわよ」
「…………ふむ。仕方ない。分かったよ。続きを話そう」
キュゥべえは懇切丁寧に説明する。
「悪魔の左目の中には、もうひとつ特別なグリーフシードがある。仮に名付けるなら“水泳の魔女のグリーフシード”と言うべきかな。その中にグリーフシードの穢れを吸わせているんだ」
「つまり、グリーフシードからグリーフシードへ、穢れを移動させていると言うの?」
「その通りだよ、七海やちよ。普通のグリーフシードでは吸いきれない穢れを、水泳の魔女のグリーフシードに押し込めているんだ。そんな芸当ができるのは、水泳の魔女のグリーフシードが結界の中で氷漬けにされており、どんなに穢れが溜まっても孵化できない状態にあるからだ。────環いろは。昨日説明したことを覚えているかい? あのマイナスエネルギーの話さ。気温が極寒だと運動エネルギーは停止する。つまり魔女の孵化運動が停止する。そういう原理さ。かなり強引な力技だけどね」
「……!」
「つまり水泳の魔女のグリーフシードは、常に穢れがマックスを超過してパンパンに膨れ上がっている。今にもはち切れんばかりに巨大化しており、穢れを吸いすぎたあまり、産まれる前から既に大型の魔女へと成長している。それでも悪魔は穢れを押し込んでいるため、当然水泳の魔女のグリーフシードはもう穢れを吸いきれない。そして吸いきれない穢れは結界の中に瘴気として充満している」
「……なぜ、そんなことを? それが彼の痛みと関係あるの?」
七海やちよは明らかに話が引き伸ばされている事に勘付く。だが何も分からない状態で事を急いたら取り返しがつかないことになるかもしれない。癪だがキュゥべえの話に耳を傾ける。
「穢れの行き場を絞りたいんだろう。穢れは魔女を産み出す。それを避けるためには、誰かが生贄になるしかない。きっと悪魔は穢れと浄化のバランスを崩したいんだ。────より多くの魔女化を防ぐためにね」
「────えっ……魔女化って……なに?」
「キュゥべえっ!! それについては黙りなさい!」
環いろはは何を話しているのか分からず困惑する。
激昂する七海やちよはキュゥべえとの会話を誘導しようと必死になる。
「キュゥべえ、どうすれば彼を助けられるの? あなたは答えを言っていないわ!」
「落ち着きなよ。僕だって観察中なんだ」
「…………えっと、キュゥべえ。それじゃあその結界の中にある穢れをなんとかすれば、悪魔さんは助かるってこと?」
「それは違うよ。穢れは結界の中で安全に保管されている。外界に影響は与えていない。今までの話を聞いていたのかい?」
「キュゥべえッ!」
七海やちよの槍が飛び、キュゥべえが収納されている匣の手前で着弾する。
「話を引き伸ばすのはやめなさい……!」
「僕は丁寧に説明しているだけさ」
「……っ。でも悪魔さんは苦しんでる……」
環いろははだんだんと、キュゥべえが何を考えているのか分からなくなってくる。学校の屋上で昼食の弁当を分け合った記憶が蘇り、友達と思っていた幻想が徐々に崩れ落ちていく。
今まで見ていた可愛らしい赤い瞳は、無感情の瞳だったのか。
あるいは合理の極致。非情という言葉は厳密ではない。正しくは理念の権化。虚空なる賢明の怪物。
「そりゃそうさ。穢れを左目の結界に入れるためには、一度、体の中を穢れが通過する必要がある」
「……!」
「七海やちよは気付いたようだね。そう、その過程が問題なんだ。実は悪魔は右目の中にソウルジェムを隠し持っている。それに穢れが溜まれば、左目の結界の中にある水泳の魔女のグリーフシードに穢れを移す必要がある。そうやって悪魔は体の内外から穢れを移動させている」
「……まさか……」
「ただの人間が穢れを浴び続けたらどうなると思う? 例えるなら放射線で考えると分かりやすいかもね。悪魔は一定量を超える穢れを体の中に通過させたことで被爆した」
環いろはは恐れるように問い掛ける。
「そうなると、どうなるの……?」
「分からない。憶測で語ってもいいなら魔法少女と同じさ。そのまま絶命するか、
「────魔人化……ですって……?」
「ただし魔人化の例はごくまれでね。加えて毎回、魔人化になる方法が異なるんだ。基本的に穢れを吸い過ぎて魔人化するのは変わらないんだけど、大抵はその場で絶命する。だが中には1%未満の確率で魔人として動き出すものがいるんだ。魔法少女が魔女になるようにね」
「え────」
「ちなみに、そうやって誕生した魔人の中には、後世の歴史に名前が残り、神話や伝説の中で語り継がれる存在もいたようだね」
魔法少女たちは絶句する。目の前の怪物は、いったい何を話しているのかと。
「さて、悪魔は絶命するのか、魔人化するのか。僕としては超直感も欲しいから、ぜひ魔人化であってほしいんだけど……それについては叛逆と逆転勝利の魔法が、どこまで頑張ってくれるかだ」
「……キュゥべえ……あなたは何を言っているの……?」
「うん? 七海やちよ。彼は普通の人間だという話だよ。取るに足りない存在のくせに、自分より上位の存在である魔法少女を全て救おうとしている。こういうのを君たちの言葉では“滑稽”と言うんだろう? “哀れ”でも合っているのかな」
「────っ!」
その時、悪魔の全身から爆発的な瘴気が発生した。あまりの爆風に吹き飛ばされた環いろはは土手に激突する。
「うっ……!」
「見なよ。瘴気に侵されて魂の暴走が始まった。魔人化は理性が吹き飛び本能が牙を剥く存在に変貌する。魔女と同じものと思っていい。でも悪魔は完全に魔人化することはないかもしれない。叛逆と逆転勝利の魔法によって守られているからね。……そういえば悪魔とゾンビ映画を見た時は、半分ゾンビになって人間の意識を残している主人公が活躍していた。叛逆と逆転勝利の魔法が作用すれば、きっとそんな感じになるんじゃないかな?」
環いろはは苦悶の表情を浮かべて立ち上がる。
「……ふざけないで」
「何をするつもりだい? 環いろは」
「キュゥべえ。悪魔さんを助けるためには、どうすればいいの? 結論だけ教えて!」
「…………悪魔を元に戻したいなら、君たちは耐えるしかない」
「────! 耐える……?」
「彼が七海やちよの理不尽な攻撃を受け止め続けたように、今度は君たちが悪魔の暴挙を受け止めるんだ。じゃないと大変なことになるよ。悪魔クラスの魔人が暴れたら、街の一つや二つは簡単に消し飛ぶんじゃないかな?」
「なんですって?」
七海やちよは目を見張る。対する環いろははクロスボウを構えた。
「……! あなた、やる気なのですか!?」百江なぎさが叫ぶ。
「はい。悪魔さんには一度、命を助けられましたから」
「で、でも……この瘴気の量は……尋常じゃないです……!」暁美ほむらがうろたえる。
「……それでもやるしかないわ。全員、名前と戦法を教えなさい。一時共闘よ」
先程まで激痛に悶えていた悪魔は、パタリと断末魔が止み、ゆらりと立ち上がる。
魔女に似た魔力反応を感知。悪魔は自分の魂を魔力に変換している。
「魔人化したね。でも完全じゃない。まだギリギリ人間に戻れる領域を保っている。名付けるなら半魔人化と言ったところか……とことん笹川京子と青音すずは邪魔をしてくるね。やれやれ……悪魔は穢れによって肉体が蝕まれることは知っていたが、とうとう魔人化の真実までは気付かなかった。これで笹川京子のソウルジェムと水泳の魔女のグリーフシードが手に入れば良いのだけど……」
キュゥべえは、半魔人化した悪魔の匣の中で戦いを見守る。
「ところで、穢れに手を出す人間は、大抵自分のことを悪魔と称するんだ。そしてこの国では成長途中の女性を少女と呼ぶんだろう? なら、やがて魔女になる君たちのことは魔法少女と呼ぶべきだよね。それと似たような感じで────悪魔が成長した姿のことは、
四人の魔法少女は武器を構え、魔王こと悪魔と対峙する。
「今の沢田綱吉は悪魔じゃない。全ての魔法少女を絶望に叩き込む魔王となって、いずれはこの星さえ滅ぼすだろう」
悪魔の全身に黒い痣が続々と現れる。それは鎖のように連なって、イレズミのように黒印が広がる。
さらに悪魔の目と目の間に十字の黒印が刻まれた。また、悪魔の左目は黒く染まり、右目は藍色の光が激しく輝く。
「呪印が浮き上がった。始まるよ」
呪印。それは肉体と精神を蝕む瘴気の毒。呪印に侵された者は攻撃本能が刺激されて精神暴走の疾患に陥り、あらゆるものに対して攻撃的になる。呪印状態の者は穢れをエネルギーとして消費して狩りを行う。それは絶望を熱量とした邪悪な奇跡。
再び魔王の全身から膨大な瘴気が爆発する。
それは穢れの波動となって神浜市全体に広がり、多くの魔法少女が異変を感じ取った。
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