アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
黒江は、悪魔のスマホの連絡帳アプリを開く。その一覧には少なくない女子の名前が載っていた。
「笹川もみじ……シトピ隼人……水野むく……あれ? 三人しかいない……」
「羅宇らんとジュリー凪はスマホを持っていないんだ。恭弥アーデルハイトとは単に連絡先を交換していない。でも同じ魔法少女だから、ボクを介せばテレパシーで会話できるよ? まず誰から話し掛けてみる?」
「え、えっと……急かさないでよ、キュゥべえ……。じゃあ……誰が暇そうで優しそうかな……? もう夜だし……寝ていたら申し訳ないし……」
「みんなこの時間帯なら起きていると思うけど……そうだね。まずは水野むくに電話を掛ける方が無難じゃないかな」
そう聞いた黒江は、水野むくという魔法少女の連絡先に電話を掛ける。見ず知らずの人に電話をするというのは、かなり勇気がいることだが、今の黒江は本気で魔法少女をやめたいと思っており、そのために真剣そのものなのだ。元々内気な性格とはいえ、このくらいで根を上げるほど、彼女の覚悟は柔くない。
『────はい。水野ですけど』
「っ……!」
『? 悪魔だよな? どうした? ……あぁそうだ聞いてくれよ! 俺たちの中学、また公式試合で勝ったんだぜ! 今年こそ甲子園で優勝してくっから見てろよな!』
「……! あ、あの……えと……すみません……悪魔さんじゃないんです……」
『────! おっと……もしかして、魔法少女か?』
「は、はい……黒江と申します……」
「クロエか。それで……たぶんだけど……悪魔契約を受けたいんだけど、踏ん切りがつかないとか……そういう相談でいいんだよな?」
「えっと……まぁ、似たようなもので……」
『…………』
「そ、その……! なんていうか……本当なのかな? と思う気持ちが少々……いや、かなり……」
『……ははっ。まぁ、そうかもな。だって、もしこれで騙されてたとかだと、マジでショックだもんな! うまくたぶらかされて、自分の体を喰われただけになるわけだし!』
「……! そ、そうなんです……そういう思いも、その……あるわけで……だから、なんか証拠が欲しいというか……」
「証拠かぁ……それならさ。悪魔の奴、両手にいっぱい指輪を付けてたろ?」
「……? はい、その……結構、ジャラジャラと……」
「あれな。俺らのソウルジェムを分割したものなんだよ」
「────!?」
黒江は衝撃の事実に息を呑む。
『……あれ。これ言ってもいいんだっけか? やべっ。あ~……黒江はさ? ソウルジェムのこと、なんだと思ってんだ?』
「え……? ソウルジェムは……その……ただの変身道具……?」
『……そっか。あぁ。そうだぜ。その通りだ。まぁそんなもんだって! ははっ!』
「……?」
まさかソウルジェムが、人間の魂を具現化させた代物だとは思うまい。それについて危うくバラシそうになった水野むくは焦ったように笑って誤魔化す。これにショックを受けて魔女化されたら困るからだ。
そこで黒江は電話の向こうから、窓がガラガラと乱暴に開けられた音を耳にした。
『おい水野むく! ランボさまにブドウを献上するんだもんね!』
『うおっ!? ちょ、羅宇らん! 部屋で暴れるなって! あ、俺のスマホ……!?』
『ギャハハはははハハハハ!!!』
────ブツッ。ツー、ツー……。
「……切れちゃった」
「仕方ないね。次の人に掛けよう」
「…………」
「今度は笹川もみじの方がいいかな。いや、どっちもどっちかもしれないけど」
黒江は笹川もみじの電話番号に掛ける。
『────結局極限!!』
「!!?!?!」
『悪魔か! どうした! もしかしてようやくボクシング部に入りたくなったか! オレは嬉しいぞぉ!!』
「いや、あの、えっと……」
『む? 女の声? そうかそうか! ようやく声変わりが来たか!』
「いや、男の子が声変わりで女の声にはなりませんって!?」
思わずツッコミを入れてしまった黒江は(なんなのこの熱い人は……)と既に疲弊を見せ始める。
『なぬ? もしや貴様……悪魔ではないな!?』
「は、はい……すみません……黒江という魔法少女です……」
『ほう! 魔法少女! で! 何の用件だ! 結局極限に人助けするぞ!』
「えっと……」
「おっと! しまった! そういえば自己紹介がまだだったな! オレはボクシング部主将、笹川もみじだ! 座右の銘は“結局極限”!!」
────ブツッ。ツー、ツー……。
「……き、切っちゃった……なんか熱すぎて、怖くて、つい……」
「気にすることはないよ。どうせ今頃『スマホが壊れた!』とか叫んで、電気屋に突っ走ってるから」
(……へ、変な人だなぁ……)
「次は誰にかける? と言ってもシトピ隼人しか残っていないけど」
「……と、とりあえず、ここまで来たら……全員の話を聞いてみたいかな……」
黒江は意を決してシトピ隼人の電話番号に掛ける。
『────ど、どぅわ!? 十代目……じゃない、悪魔様! お、お久しぶりです! シトピ隼人ですっ!! 急にどうしたんスか!?』
「!? あ、あの、すみません……私、黒江という魔法少女で……」
『────ッ!!?!? ……チッ。なんだよ……悪魔様じゃねぇのかよ……』
(……!? き、急に態度が変わった……? なんか柄が悪そうだし……もしかして不良……?)
『……で、ただの魔法少女が何の用だよ』
「え、えっと……その……なんというか……色々と悪魔さんの話を聞きたくて……」
『……悪魔契約のことか。そんなの自分で決めろよ』
「そ、そんなこと言われても……なんというか、いまいち信じきれないと言いますか……」
『なにっ!? おいテメェ! 悪魔様を信頼なさらねぇとは不遜も甚だしいぞ!! 今すぐ信じろ! じゃねぇとぶっ飛ばす! オレの魔法でテメェのいる場所に二倍ボムをばら撒いてやるぜ……果てろォッ!』
「ひ、ひぃ────!?」
────ブツッ。ツー、ツー……。
(……………………な、なんともない……よかった……でも、もうなんなの……?)
「彼女もバカだね。ダイナマイトを転移させる魔法は、水野むくとの
(……? 今の人と水野むくさんは知り合いなのかな……?)
「さて、黒江。これで三人とは話した。次は念話でも繋げるかい? ボクが仲介するよ」
「……それじゃあ、よろしく……まずは、その……恭弥アーデルハイトさん? と……」
「分かった。いま呼びかけるね」
キュゥべえは自身のネットワークを介して、遠方にいる恭弥アーデルハイトに念話で呼びかける。
(……インキュベーターか。急になんだい? ボクは忙しいんだけど)
(まぁそう言わずに。いま悪魔契約について悩んでいる魔法少女が────)
(ボクには関係ないね。興味ない。切るよ)
(あ、ちょ────)
────ブツッ。
「…………やっぱりこうなったか」
「……? どうなったの?」
「恭弥アーデルハイトは気難しい一面を持っているからね。すぐに念話を切られてしまったよ。次は誰に繋げる?」
「え……じゃあ、羅宇らんさん……?」
「彼女も望み薄だとは思うけどね……」
キュゥべえは羅宇らんに念話で語りかける。
(やぁ羅宇らん。ちょっと話を聞いてくれないかな)
(おっ! キュゥべえ! どこ? 今どこにいんの?)
(遠くに居るよ。ところで今すぐ十年成長の魔法を使ってほしいんだけど……)
(えぇ~? なんでランボさまがお前なんかのために魔法を使わなきゃなんないの?)
(頼むよ。困っている人がいるんだ。力を貸してくれないかい?)
(やだー。でもブドウをくれるんならいいよー)
(ブドウならさっき、水野むくから貰ったんじゃないのかい?)
(あいつは何も分かっていない! なんで紫色なんだ! ランボさまは緑がいい!)
(……なるほど。つまり皮付きで食べられなかったんだね?)
(だから水野むくにはパシリに行かせた)
(そうか。ところで羅宇らん。十年成長の魔法を使ってほしいんだ。これは悪魔の頼みでもあると思うよ?)
(悪魔!? ……って、だれだっけ?)
(おいおい。あれだけ君の世話を焼いたのに、もう忘れたのかい?)
(えーと、えーと……思い出せない!)
(────でも十年後の君なら、覚えているかもよ?)
(!? そうか! おまえ天才だな! じゃ、ちょっくら待ってろ……よっ!)
ボフン。と爆発のような音が響く。
(……? ここは……まさか……)
(やぁ羅宇らん)
(……! キュゥべえ……! お前が呼び出すってことは、つまり悪魔契約関連……かな?)
(さすが十五歳の羅宇らん。話が早くて助かるよ。あ、ちなみに聞いておきたいんだけど、十年後の世界ってどうなっているんだい?)
(……教えるわけないだろ?)
(ボクもそう返されると思っていたよ)
そしてキュゥべえは、黒江に向かって振り返る。
「さて、黒江。これで有意義な会話ができるよ。いま繋げるね」
「え? あ、うん……ありがとう……」
「ただし五分間しか会話できないから、そこは気をつけてね」
「……五分? わ、わかった……」
キュゥべえを介して、黒江と羅宇らんの念話がつながる。
(……え、えっと……)
(やぁ子猫ちゃん。ボクは羅宇らんと言います。君の話を聞く前に、ちょっと十代目について聞きたいんだけど……)
(え? 十代目……?)
(……おっと。今のは言い間違い。悪魔さんは元気かな?)
(悪魔さん? はい……えっと、元気かどうかはちょっと分からないですけど……たぶん普通です……)
(……そうか。────それじゃあ時間もないことだし、単刀直入に聞こうかな。君は何を知りたいんだい?)
(……。……私は……)
(……代わりに当ててもいいかな? 結局のところ、悪魔さんが信頼できる人なのかどうか……だろ?)
(は、はい……)
(それでは、悪魔さんの両手には幾つかの指輪が嵌っているはずだ。それは悪魔契約・第二書によって、魔法少女のソウルジェムを分割したモノだということは、知っているかな?)
(はい。それは水野さんから、ちょっとだけ聞きました……)
(そうか。水野氏から……まぁ悪魔契約が真実だという証拠といえば、それくらいなものでね。それ以外に何か言えることがあるとすれば……まぁ、
(────!)
(もちろん、君が疑心暗鬼になっている理由は、キュゥべえとの契約に失敗したからだろう。少し違うかな?)
(……いえ、おおむね違いません……)
(つまり君の引っ掛かりはそこなんだ。単純に証拠がなくて信頼できないというのもあるが、仮にソウルリングという証拠があっても、また騙されるのではないかという気持ちが、君の決断を邪魔しているんだ)
(……ソウルリング?)
(あぁ、すまない。さっきの話の指輪のことね? ハーフリングとも言うんだ。半分に分割したということで、もちろんボクも悪魔さんが身につけている指輪と瓜二つの指輪を持っている。このおかげでボクはグリーフシードを集める必要がもうなくてね。命をかけて人助けをする主義でもないし、見つけた魔女はほかの魔法少女に通報して退治してもらっている)
(……!)
(そういう生き方もアリだ、という話だよ。ボクは魔法少女をやめたわけじゃないから、どうしようもない時は戦うし、戦えるけど、やっぱり戦いは怖いからね。そんな君だって同じ思いだから、魔法少女をやめたいと思っているんだろう? それでも
(…………)
(ところで君は、悪魔契約・第一書を結ぶのかい?)
(……はい)
(なら、おそらく普通の人間に戻っても魔女が見えるはずだ。その場合、君はどうする? 見て見ぬふりをするかい? それともほかの魔法少女に通報する? きっと、そういう
(……っ)
(ごめんね。焦らせる気はないんだけど……こればかりは早い方がいいんだ。なんたって……)
魔女化。それについて羅宇らんは言い淀んだ。
(……さて、何か考えはついたかな?)
(……いいえ。もう頭の中がグチャグチャで……でも私は、本当の本当に、普通の女の子に戻りたいんです。でも……でも……)
(……そうだね。希望、期待、失望、絶望。そりゃあ悩む。思春期真っ只中とあっては尚更ね。だから思う存分、悩むといい。そして最終的に大事なのは、君が一番ほしいものを考え直すことだ)
(……私が一番、ほしいもの……)
黒江は考える。自分が一番ほしいものとは何か。それはあまりにも漠然としていて分かりにくい感情から端を発する欲求だった。今はまだ言語化できない。でもそれが分かれば決心が付く。自分がどうしたいかが分かってくる。でも今はまだ分からない。
(…………残念ながら、そろそろ時間だ。キュゥべえ。念話を切ってくれ。うるさいボクが返ってくる)
(……え?)
(分かったよ。じゃあね)
ボフン。と再び爆発の方な音が響くと(あれ? うわーん! せっかくほむらと遊んでたのにー!)という幼い子供の声が聞こえる。そこで念話が途切れてしまった。
「ふぅ……さて、それじゃあ最後はジュリー凪となるわけだけど……」
「……つなげて。考えても分からないから、今はただ……誰かの話を聞いていたい……」
「そうか。分かったよ」
キュゥべえは繋げる。
(……! キュゥべえ……? それと……だれ……?)
(夜分遅くに申し訳ないです。私は黒江という魔法少女で……)
(……! もしかして、悪魔契約……?)
(は、はい……それで、その……相談というか、質問したいことがありまして……)
(……うん。なんでもいいよ。言ってみて……)
黒江は思った。ジュリー凪という人物は、とても控えめな女の子だと。
(……悪魔さんの
(う、うん……それで、いいと思う……私は、悪魔さんに救われたから……だからあなたも、勇気を出して信じてみてほしいな……?)
(……それで、その……こんなことを聞くのは、ちょっとアレなんですけど……も、もし嫌なら嫌と言ってください……!)
(……?)
(その……ジュリー凪さんは、どういう経緯で……悪魔さんと契約したんですか……? ほかの人にも聞きたかったんですけど、聞く機会を逃してしまって……)
(……ほかの人って、雨の人や嵐の人……?)
(え?)
(あ……えっと、優しい人と、不良っぽい人?)
(あ、むくさんとあの人ですね。そうです……!)
(……なら、ごめんなさい。ほかの人のことは、よく分からない……)
(あ、そうですか……)
(私のことも、あまり参考にはならないと思うけど……ちょっとだけ、話すね……?)
(……! あ、ありがとうございます。ぜひ……!)
念話だが、その奥でジュリー凪が居住まいを正したことが黒江には伝わった。釣られて黒江も身に力が入る。
(私は……事故で右目と内臓を失って……病室で死にかけていたところに……キュゥべえが現れたの。でも私はその時、やっと楽になれると思っていたから何も願わなかった。……けど、そこに骸様が現れて……初めて私を必要としてくれた。私の世界は広がった。だからキュゥべえの願いを受け入れる気になって、「助けて」って願ったの。それから悪魔さんや恭弥さん、黒曜のみんなと出会って、ちょっと喧嘩しちゃったこともあったけど……みんな仲良くなれそうだった。なのに……なのに、悪い人たちのせいで……黒曜のみんなは、死んじゃった……骸様も……)
(……死んだ……?)
(殺されたの。マフィアに。だから私は復讐を誓った。キュゥべえとの再契約を望んだの。それで悪魔さんと悪魔契約・第一書を結んだ)
(────!?)
そこで黒江は、先ほど悪魔と契約のリスクについて説明された時のことを思い出した。
(ちょ、ちょっと待ってください。凪さんは右目と内臓を失っていたんですよね? それをキュゥべえに願ってなんとかしてもらったのに……それを無かったことにするってことは……!)
(うん。また右目と内蔵が無くなって、私は死にかけた。下手したら私はあそこで死んでいた。でも悪魔さんが幻覚で内臓を補ってくれたから、なんとかなったの……だから今も私は生きている……そして私はキュゥべえに願った。『マフィア界を滅ぼして』って────)
(……! そ、それは……叶ったんですか……?)
(さぁ。分からない。まだ叶ってはいないと思う。あまりに大きすぎる願いは、小さく叶えられるか、あとになって本当に叶うかってキュゥべえが言っていたし……でも悪魔契約を繰り返せば魔力係数が向上するから、私は悪魔さんと何度も契約した)
(……何度も……? それに魔力係数って……)
(私と悪魔さんは同じ復讐者だから。相手は違うけど、復讐に向かう気持ちは同じ。だから骸様の次に好き。信頼できる人……二人目の、私を必要としてくれた人……だから私は、悪魔さんに命を預けられた。この復讐心の終着点が同じところにあると気付いたから、私の魔法を悪魔さんに使ってもらいたいと思った。ソウルジェムの中にはタマ……──こっ、固有魔法が、宿ってるから……)
(…………)
(……ご、ごめんね? わかりにくかったよね……)
(あ────い、いえ! そんなことは……あの、話してくれて、ありがとうございます……でも、なんかごめんなさい……そんな悲しい話……させてしまって……)
(……? ……ううん。気にしなくていいよ。これが私の人生だから。後悔はない。むしろ嬉しい。だって私は骸様や悪魔さんと出会って、生きる目標が見つかったから)
(────っ!)
生きる目標。その言葉がなぜか、黒江の心に重くのしかかる。黒江のソウルジェムがほのかにまたたく。
(……話は、これだけ……?)
(あ、えっと……そう、ですね……)
(……それじゃあ、最後に一つだけ……)
(……?)
(悪魔さんを信じて付いていけば、きっと居場所が見つかる。それは私が、保証する……)
(……!)
黒江はおどろく。それはなんていう信頼の強さだろうと。そこまで信頼するほどのものが悪魔にあるのかと。そう思わざるを得ない。
(……悪魔契約・第二書を結んだ魔法少女は、悪魔さんが死んだら、一緒に死んじゃうんですよね……?)
(……? うん。そうだよ)
(……それだけの覚悟が、みなさんにはあったって、ことですよね……)
(……うん。きっと。……あなたには、ある?)
(私は……ないです。他人のために命を懸けるなんて……そんなの……)
(うん。それでいいの。他人に命を懸ける前に、まずは自分に命を懸けなきゃ。だって貴方の人生は、貴方のものだから)
(────私の人生は、私のもの……)
(うん)
そこでバスルームのシャワー音が鳴りやんだ。悪魔がシャワーを浴び終わったのだろう。
(あ、えっと……その、ありがとうございます! もう切りますね……!)
(……? うん。じゃあね)
念話が途切れる。同時にバスルームのドアが開かれた。
†