アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
時は遡り。
水波レナと秋野かえでが仲直りした直後。二人は見知らぬ空間で目を覚ました。
「んっ……あれ……? ここ、どこ……? レナ、なんで寝ちゃって……」
「んぅ……」
見渡す限り暗黒の虚空。その中にぽつんと階段だけがある。上を見ても段差に終わりはなく、下を見ても段差に終わりがない。まさしく無限に続くかのように
「えっ……マジでどこよ、ここ……まさか知らないうちに魔女結界に連れ去られたとか?」
「……れ、レナちゃん! ももこちゃんとの念話が通じないよ!」
「は? マジ? 嘘でしょ……」
「…………ね、ねぇ……レナちゃん……もしかして、これって……」
不安そうに見上げる秋野かえで。その震える目を見て察した水波レナは手で制する。
「待って、それ言わないで。レナも同じこと思ってた……で、でも、あんなのただのうわさだし? ありえるわけ……」
「で、でも……」
途端、水波レナと秋野かえでの間に、奇天烈な人型が立っていた。
『ヒッ────!?』
いつの間に“ソレ”は現れていたのか。彼女は語る。うわさを流す。
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? 絶交階段のそのウワサ!
それは絶交ルールのウワサの続き、知る人ぞ知る仲直りの方法
無限の階段掃除をしていると、ケンカしたあの子が来てくれるかも?
そしたら一緒に階段掃除! 永遠に仲良く掃除当番を二人占め!
でもでも仲良くしすぎると、バケモノが怒って食べに来る!
どこに逃げる? 逃げ場はないよ? 絶交階段は無限の階段
バケモノに捕まると、絶交教室に閉じ込められちゃうって
新西の女の子の間じゃもっぱらのウワサ
ヒーコワイ!》
忽然とウワサさんは消えて居なくなる。ふと水波レナと秋野かえでの足元には竹箒が落ちていた。
「…………か、かえで……」
「────レナちゃん……」
まるでお化け屋敷だ。一段ずつ段差を上がり/下がり、二人の少女は恐怖に耐えるため身を寄せ合う。しっかりと互いの手を握り、視線を交わして離れないことを約束する。
『牙雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄■■■■■■■■■────!!!!!!』
『ヒィ……!?』
どこからともなく咆哮が轟き渡る。
「……な、なに今の……怪物の鳴き声……?」
「そ、そういえば、さっき……《仲良くしすぎるとバケモノが怒って食べに来る》って……」
「っ……じ、じゃあ、まさか……」
「…………ど、どっちから……?」
ドシドシと階段を震わす地響き。それは上から聞こえるようで、下からも聞こえる。無限に続く階段の向こう。地平線か水平線かも分からない階段線の向こう側から、雪のように白い毛に身を包み、ヨダレを垂らす大口と歯茎、口から飛び出るほど大きな牙、人間より大きな手のひら、黒曜石のように鋭く光る爪を振り回し、二体のバケモノが怒り狂ったように雄叫びを上げて襲い来る。
『牙雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄■■■■■■■■■────!!!!!!』
「う、上から来た……!」
「下からも来たよ……!」
迫る怪異。恐怖の突進。身が竦む少女。咄嗟に水波レナは変身。トライデントを投擲。が、巨大な白腕に容易く振り払われた。伸ばされる黒い魔の手。「イ……イヤァ!!」乱暴に胴体を鷲掴みにされた水波レナ。バケモノは獲物を呑み込もうと大口を開ける。「レナちゃん!」秋野かえでは《一時消去》魔法を行使して助けようとする。が、その前に背後から迫る二体目のバケモノに胴体を掴まれて乱暴に振るわれる。「かえで!!」悲鳴と叫び。
「亜亜……啞啞啞啞啞……!!!!」
ヨダレ垂らすバケモノは影のような舌を伸ばし、秋野かえでの両足から丸呑みにしていく。「イッ────レナちゃ────!」影は胴体も絡め取るように引き締めて、残るは頭部だけ。「イヤッ! やめて! かえでェェ……!!!」それも呑み込まれてバケモノはゲップを吐く。「────」同じく水波レナも両足からバケモノに呑まれていく。全身が締め付けられる感覚。絶叫。ヌルく怖気のする触覚。悲鳴。招待客はご馳走として振る舞われる。二体のバケモノは異物に対して仲良く掃除を完了し、狂乱状態から一転、ゆったりと落ち着いた様子で階段を上がり/下って……立ち去った。また次の客が来るまで。所定の位置に戻るように。
†
虚空落下。共に落ちてあげる
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? 絶交教室のそのウワサ
それは絶交階段のウワサの続き、誰も知らない分かれ道
バケモノに捕まっちゃうと、絶交教室に閉じ込められちゃう!
そしたら一緒に教室掃除! 永遠に仲良くニッチョク当番!
反省してね? ごめんなさいは? 一緒に持とうよ重い机
それすら言えないとか、マジアリエナーイ!
これでも仲良くできないと、絶交裁判所がやって来るって
新西の女の子の間じゃもっぱらのウワサ
キャーコワイ!》
†
『────ッ!?』
二人の少女は同時に目を覚ました。恐怖と絶望のあまり防衛本能が意識にロックを掛けていた。身の安全を確保するため勢いよく飛び起きた水波レナと秋野かえでは──夕暮れの教室。整然と並ぶ椅子と机。教壇と黒板。暖かな気温。白いレースのカーテンがなびく。爽やかな春の風。和やかな空間の両端に──座り込んでいた。
水波レナは窓方面に、秋野かえでは扉方面に。互いに両膝を突き合わせる座り方でポカンと呆ける。
「────れ、レナちゃん……! わ、わた、私、たち、食べられて……でも無事で……っ!」
無事で良かったと言いたげに秋野かえでは立ち上がろうとするもガクガクと震える膝に力が入らず、腰も抜けているのか、赤子のようにハイハイと這い寄りながら友の下に近付く。が、それを水波レナは力強く制した。
「待って! 近付かないでっ!」
「!」
水波レナは《拒絶》した。友人の接近を拒否した。
驚く秋野かえでは何事かと見つめる。その視線に気付いた水波レナは何を考えているのかバツが悪そうにハッとした。
「あっ……いや、今のは……ちがくて……仲良くしてたら襲ってくるって、言ってたから……」
自分に自信がない水波レナは極端に誤解を恐れる。
対する秋野かえではなるほどと思って元の位置に戻り体育座りを決め込んだ。
「うん。そうだね……じゃあ、ちょっと離れてよっか」
「っ……」
水波レナは友人の接近の《拒絶》に
次の瞬間、教室の一列目、窓方面から数えて一席目の椅子が弾けて宙を旋回する。あっという間も置かず椅子の脚が砕かれて破片が炸裂。しかしてそれは散弾のように、水波レナの左半身に次々と命中した。突き刺さった破片と傷口の間からピュッと飛び出る出血。鋭利な痛みに気付いた水波レナは瞳孔を開き、半身を見下ろし、椅子の一本脚が脇腹を貫いている異常な光景を目にして充血する眼に涙を浮かべた。
「じギっッ────アアアアアア゛ァッ!!??」
「れ、レナちゃん……!!」
即座の痛覚遮断。痛みは消える。だが激痛の名残は脳裏に焼き付いている。額に滲む汗だくの苦い顔。深呼吸のつもりで過呼吸を繰り返す水波レナは数々の思考が巡回する。
「な、なにこれ……なんで突然……いったい何が……ひ、引き抜けばいいの? 止血の仕方とか……あぁいや、再生すればいいんだ……でも、でも……っ!」
怖い。怖い。恐い。恐怖に支配される思考は本当にそれで良いのかと何度も同じことを問い掛けるように次の行動を躊躇する。
「待って、レナちゃん! 私が引き抜く!」
「ヅッ……ダメ、近付いちゃ……またバケモノが、来たら……困る……」
「で、でも……!」
「だい、じょうぶ……このくらい、レナだけでなんとかする……!」
秋野かえでの声で混乱状態から解放された水波レナは、怯えながらも意を決して木製の棒を脇腹から引き抜き、すぐに魔力の高速再生で止血、傷を塞ぎ始める。カランカランと音を立てて転がる血まみれの椅子脚。それはブルブルと独りでに震えて、まるで何かに怒りを向けるように暴れ始める。
「ヒッ……! な、なにこれ……!?」
「っ……!? かえで、それに近付かないで……!!」
地面を叩いて身を浮かした
『……………………!!』
わけのわからない異常事態の連続。
冷静さを保つためには物事をよく観察し、お互いの顔をしきりに確認すること以外、何も見つからない。
「……!?」
不意に木屑が浮かび上がり、誰かが手に持って工作するように動いている。一本の大きめな木屑に、小さな木屑を四本、丸っこい木屑を一個、取り付けて、その工作を二回ほど繰り返し、まるで人の形をした木屑が床の上で完成する。
そして水波レナと秋野かえで以外の人間が存在しない中、何者かの声が教室に反響した。
「────昔々あるところに。アヒルの姿をした白鳥がいました。……アレ? 違うな。間違えた。白鳥の姿をしたアヒルか? まぁいいや。ともかく“みにくいアヒルの子”は七面鳥にされて、こんな姿になっても醜い醜いと嘆き悲しむ“みにくいアヒルの七面鳥”は、いつか知ることになるでしょう。あるいは一生、気付かないかもしれないでしょう。ともあれ、いつの間にか大人になっていた“みにくいアヒルの七面鳥”は、なんと! そもそもアヒルじゃなくて“白鳥”であったことに気付いた! それから“みにくい白鳥の七面鳥”は、自らを醜い醜いと嘆き悲しむことはなくなりました……めでたし、めでたし────」
水波レナは刮目する。何度目をこすっても眼前の事態は変わらない。不可視の存在がお人形ごっこで遊んでいる。それはなぜ? なぜ姿が見えない? 幽霊? バケモノ? また痛い目に遭わされるの?
「ハァ、ハァ、ハァ……! ……あ、アンタ、何者なの!? さっきレナに椅子脚をぶつけて来たのも、まさかアンタじゃないでしょうねッ!!?」
「ねぇねぇ! 感動した? 感動した?
「は……ハァ? 何を、わけのわからないことを────っ!」
「《感動した》か?」
何度も問い掛けてくる不可視の存在。水波レナはついにキレて指をさす。
「っ……! 何も感動しないわよッ! 今の“みにくいアヒルの子”でしょ!? でも話が全然ちがうし、そんなので感動するわけないじゃない……ッ!!」
水波レナは《無感動》だった。
「……そうかァ……傑作だと思ったんだけどなァ……でも────ありがとう。これでおれぁ成長できる……」
「…………へ?」
魔力でなんとなく分かる。眼前の不可視の存在が、一回り大きくなったように感じた。
「水波レナは博識で聡明で知識があり頭脳明晰で絢爛たる賢さとアカデミックな知識の泉を持つ教養がある雑学博士でまるで学問の博覧会だァ……情報通で物知りで碩学の生き字引。よっ! 未来の賢者! オールラウンダー!」
「…………、…………」
「それに加えて水波レナは心が美しく綺麗さが顔に現れて美人で
唐突な褒め言葉の奔流。流暢な
「……なに? アンタ、レナのことバカにしてるわけ?」
「おう! だって今のは心にもねぇ世辞だからな! だから真反対のことを言ってやったぜ!」
「なっ……!?」
水波レナは怒り心頭。それは不可視の存在とまともに言い合うつもりで怒っているのではなく、意味不明な事態から考えを逸らすための現実逃避に近かった。
「っ────レナちゃん!」
駆け出した秋野かえでは友の腕を取り引っ張る。
「!? な、かえで、なにして……! 離して! くっついてたら、またバケモノが……っ!」
「なら逃げればいい! そんなことより、こんな得体の知れない存在と話している場合じゃない!」
「そうだぜェ! 今お前らは攻撃されているんだからよォ!」
「……! 攻撃……?」
「レナちゃん、逃げよう! このよくわからない人と話してちゃダメだよ!」
「えェ? でもおれぁお喋り大好きだから、もっと話していたいんだけどなァ……!」
高速治癒を完了した水波レナは秋野かえでの肩を借りて立ち上がり、不可視の存在から遠ざかろうとする。
「────なぁ、
「……!」
「レナちゃん! 話しちゃダメっ!」
その時、床に散乱する木屑が振動し、爆竹のように炸裂。さらに粉みじんと散らばった破片が両名に着弾する。
「きゃあ……!」「っ!? かえで……!」
痛覚遮断していた水波レナに痛みはない。ダメージは高速再生で治る。だが秋野かえでは痛みに苦しみ、痛覚遮断が間に合わない。
「水波レナ。答えてくれ。じゃないとお友達が苦しむぜェ?」
「……っ!」
「もう一度聞く。お前は、《神がいると思うか》? それとも《神なんかいないと思うか》? どっちだ……?」
「────────」
何かがヤバい。
この問い掛けにだけは絶対に答えてはならないと────水波レナの生存本能が叫びを上げる。
「────立って! かえで! 逃げるわよ! 痛覚遮断して! 早く!」
「ッ……! うんっ!!」
散弾で肉体に穴を開けられた秋野かえでは激痛のあまり目に涙を浮かべながらも、水波レナの肩を借りて立ち上がり逃げ出す。
「ヘヘッ……」
不敵に笑う不可視の存在。廊下に通じる扉を開けた水波レナは、秋野かえでと共にハッと息を呑む。
扉の奥に立っていた謎の人物。目深の帽子を被っていて顔が分からない。髪色は金髪で、私服は刺激的。どこか見覚えがある背格好。だが全身から放たれる殺気と邪悪な気配からして、明らかに初対面であることが分かる。
「言っとくが、そいつが本体だぜ。そいつを倒せばおれぁ消える。それが“スタンド”ってやつだからな」
「……!」
謎の人物は何も言わない。ただ二人の前に立ちはだかって通せんぼしている。
「そいつを攻撃しないのか? ならおれの問いに答えてもらおうか。ちなみに時間制限があるって言わなかったっけ?」
「……は……はぁ……?」
攻撃。答える。時間制限。前門の魔法少女、後門の透明存在。
「────悪いけど、退いてもらえる?」
「…………」
「あっそ。無言を貫くのね。なら敵と見なすわ。……っ。本当に攻撃するわよ! 後悔しても、遅いんだからねッ!!」
水波レナは手元にトライデントを生成し、峰打ちで叩き飛ばす。
「ぐっ……!」
打撃を受けた謎の人物は吹き飛ばされて壁に激突。後頭部を激しく窓ガラスに打ち付けた。窓にヒビが走る。さらに衝撃で帽子が床に落ちて────金髪の長髪とその素顔があらわになった。
「────え……」
「────うそ……」
それは二人にとって、最も見覚えのある顔。
「あたた……ひどいな……レナ……」
十咎ももこのような人間が、頭から血を流して笑っていた。
「あぁあああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~! ひっでぇ~! おまえェ! 仲間を攻撃して血を流させるなんて、なんて
「なっ────ちが……だって────!」
「これはひどいことだぜ! なァそうだろう!? 十咎ももこ!」
「アハハ……ホントだよ、レナ……」
「っ────! あ……でも、だって、そんな……」
「うっわぁあああ! 謝らないでやんのォ! なんてひどい奴なんだ! 謝れよ! あーやまれ! あーやまれ!」
「いいよ、レナ。気にしないで。ぼーっとしてたアタシが悪いんだ」
「────ッッ!! ちが……ごめ……」
その時、秋野かえでが叫んだ。
「ち────ちがう! レナちゃん! この人、ももこちゃんじゃないっ!!」
「!?」
が、遅い。すかさず不可視の存在が畳み掛ける。
「オイ! 今おまえ謝ったな!? 自分が残酷なことをしたと認めたな!? 認めたなァアアアアアアアアアア────!?」
「ッ……! ……!?」
水波レナは
「さらに! 質問に対する回答の時間制限が迫っている! お前はなぁんてのろまな奴なんだッ! この《愚鈍》な女め! 愚鈍女め! ドロンジョめ?! どじょうすくいめ!」
水波レナは
「今ならまだ答えられるぞ! さァ! さァ! さァ! 時間制限が来ると何が起きるか分からないぜェ!?」
「っ────!」
「レナちゃんッ!!」
相手にしてはいけない。そう叱るように、啖呵を切るように、秋野かえでは友の腕を強く引っ張って廊下を突っ走った。
「か……かえで!?」
「今は逃げよう! きっとももこちゃんたちが助けに来てくれる!」
「で、でも……ももこは、そこに────」
「あれはももこちゃんじゃない! 確かに顔も口調もそっくりだけど、ももこちゃんはあんな
「か、かえで────」
彼女はこんなにも頼もしい存在だっただろうか。いつも気弱で控えめな性格の女の子。でもここぞという時は芯の強さがピカッと光って窮地に活路を見出す。それを見ることはごくたまにしかない。だが、今がそのごくたまにある窮地なのだと、水波レナは察した。
「……ごめん、かえで……レナ、めっちゃ混乱してて……」
「それは私も同じだよ! 気にしなくていい! それよりどこに逃げれば……!?」
走っても走っても終点が見えない。途中に階段もない。ただひたすら教室と教室が無限に続く廊下を走らさせる。
「おい、待てよ~! レナ~かえで~!」
「もっとお話しようぜェ~~~~~~!?」
背後から追い掛けてくるは、頭から血を流しながら笑顔で話しかけてくる十咎ももこのようなナニカと、不可視の存在の大声。
息せき切って走り続ける二人は、不意に────前方の教室の戸がガラガラと開けられた瞬間を目にした。教室から出てきたのは白いローブを羽織った魔法少女。秋野かえでは魔力パターンを探ると、すぐにそれが誰であるか察して顔を明るくした。
「ヒュウガちゃん!」
「──! かえで! 無事だったのね……! よかった……!」
秋野かえでは友の手を離し、フードを脱いだ白髪白眼のヒュウガという魔法少女と嬉しそうに手を取り合う。
それを見つめる水波レナ。視線に気付いたヒュウガは、水波レナの背後から迫り来る十咎ももこの偽物を見つけて戦闘態勢を取る。
「アレは……! かえで、後ろに下がって!」
「う、うん……! あ、レナちゃんも……!」
ヒュウガは自らの背後に秋野かえでを押し込むと剣を構える。すると十咎ももこ(偽)と不可視の存在は足を止め、両者の間に水波レナが挟まれる。
「レナちゃん! なんでぼーっとしてるの!? 早く! こっちに来て!」
「……あ……」
我に返った水波レナは、なぜか重い一歩を踏み出そうとする。が、それをヒュウガが制した。
「ダメよ! あなたは止まって! 今あなたはスタンド攻撃を受けている! 近くにいると巻き込まれるから……
「……!」
「え……ヒュウガちゃん、ダメだよ! レナちゃんも助け────」
「無理よ! あのスタンドに狙われたらもう終わり……私の力じゃ、かえでを助けることしかできない……ごめん……」
「…………」
水波レナのソウルジェムがまたたく。その揺らぎを不可視の存在は見逃さなかった。
「オイ……今、おまえ……《嫉妬》したな? しかも《不安定》だ……」
「────」
「だんまりか? それは認めたと判断するぜェ? 友人と見知らぬ人物がイチャコラしてるのに嫉妬したのか? 淫乱な奴め……!」
ヒュウガ。彼女はゲームセンターで秋野かえでを慰めていた女の子だ。まさか魔法少女だとは思わなかった。最初は友達が取られたと思ったけど、そんな醜い感情はすぐに隠した。すぐに心の奥底にしまった。しかし不可視の存在からは隠せない。
「なァ天津ピーチ子。これって浮気扱いでいいんだよな? 秋野かえでにその気がなくても、水波レナにとってそう見られてもおかしくない状況だったら、おれの十個の能力の一つ《蛇淫の罪》は発動するんだよな?」
「知らないよ。それは
昔からの友人のように会話する十咎ももこ(偽)もとい天津ピーチ子と、不可視の存在もといパーフェクト・マスィーン。
彼らの考察通り、水波レナは《嫉妬》した。それはわずかながらの悪感情。押し隠すべき独占欲。
(そうよ。別にかえでの友人はレナだけじゃない。ほかにも何人か友人が居ることくらい前々から知ってたし……別にどうってこと、ないはずなのに……)
それでも思う。秋野かえでを背後に押しやるヒュウガを見ていると、まるで自分から秋野かえでを取り上げようとしているように見えてしまう。しかも彼女は自分を助ける気がなく、秋野かえでだけ助けるつもりでいる。それもムカつく。だが要点はそこじゃない。問題なのは────なんだろう。友人。友人の友人。自分には向けない違うタイプの笑顔。それだ。でもそうじゃない。今この危険な状況下で、そんなことを気にしている自分の浅はかさだ。
「……アンタ、かえでを守ってくれるのよね」
「?」
「え、レナちゃん……?」
「なら任せたわ。こいつはレナが独りで倒す……」
「!」
「……っ! レナちゃん、なんで……!」
水波レナは振り返る。天津ピーチ子を睨み、傍らにて囁くパーフェクト・マスィーンの気配に敵意をぶつける。
「いいねェ……不安定じゃなくなった。ってことはつまり、さっきまで不安定だったってことだ……」
水波レナは先程まで《不安定》な心地だった。
スタンドパワーがふた回り向上し、圧倒的な存在感を醸し出すようになる。
「……オイ、水波レナ。おまえ《醜悪》だったりしないか? 《貪欲》だったりしないか? 《即物的》だったりしないか? 《無神論者》だったりしないか? あと四つでおれぁ完全体だ……だから、そういう面を見せてくれよォ……お願いだよォ……」
「おいパーフェクト・マスィーン。自分で能力発動の条件を明かすバカがいるか……ったく……」
天津ピーチ子はやれやれと額に手を当てて目元を覆い、本体の命令に従わない遠隔自動追跡型のスタンドの要領の悪さに辟易する。
「別にいいじャねェかよォ……破壊力は“超ニガテ”から“超スゴイ”に……スピードは“フツウ”から“超スゴイ”に上がってんだぜェ……?」
「それでなんで精密動作性は一個も上げてないんだ……バランスってもんを考えてくれよ……」
「だって破壊力×スピードは最強なんだぜ!? 真っ先に挙げるべきスペックだろうがヨォ!」
「だからって当たらなかったら意味ないだろォがヨォ────このビチクソがァアアアアア~~~~!!!!」
本体とスタンドの口論。その隙にヒュウガは秋野かえでの腕を取って逃げ出した。
「あっ……待って、ヒュウガちゃん! ダメだよ! ────レナちゃん!!」
「っ……!」
独り残された水波レナはトライデントを構える。ソウルジェムに大量の魔力を回し、臨戦態勢を整えた。
「あーあー。なーんにもわかっちゃいねェなァ~……」
「スタンドはスタンドしか倒せない……」
「でも本体を倒せばスタンドは消えるぜ!」
「おい! ッ……ハァ……ってことで、本体は逃げるぜ」
天津ピーチ子は来た道を戻る。今の話を聞いて逃がすほど水波レナは愚かではない。
「待ちなさい! ももこのフリして────許さないッ!!」
瞬間、床に鉄球でも落ちてきたのかと思うほどの激震が響き、衝撃波が発生した。
「なっ────!?」
「今のはおれのパンチだ。まともに当たったら死ぬぜェ? キヒヒヒヒッ……! あ、イテッ……天井に頭ぶつけた……」
既に廊下に入りきらないほど巨大化していたパーフェクト・マスィーン。その見えない巨体を掻い潜って本体を追い掛けることは至難の業だ。
「くっ……!」
「おれもよォ……ホントはおしゃべり大好きだからよぉ……殺したくはねぇんだ……でもよォ……命令だからよォ……お願いだから戦わずに話し合おうぜェ……?」
「ふざけんな!」
「だよなァ……だってもう《残酷》なことしたもんなァ……《殺生の罪》を犯しちまってんだもんなァ……それやられるとよォ……おれも従うしかないんだよなァ……」
「……!?」
「────殺生の罪を犯した場合、対象を殺害する攻撃を開始する。……寂しいけどよォ……おまえ、ここまでだぜェ~?」
巨体の猛撃が始まる。手当たり次第の乱打は窓ガラスを風圧で割り、天井を頭突きで砕き、腕は壁を薙ぎ払い、拳は空間を圧縮させるように打って空気砲を飛ばし、床は撃砕される。
「マーシ、マシマシマシマシマシマシマシマシマシマシマシ────マシィイイイイイイッッッ!!!!!!」
「────ッッッ!!!」
その目に見えない猛乱打から脱兎のごとく逃げるしかない水波レナは抵抗の意欲をあっさりと削がれた。
(ダ……ダメだ……これ……! もし、もし一発でも当たったら────レナ、一瞬で殺されちゃう……!!)
†
一方その頃。絶交階段では。
「──ろは! 起きろ、いろは!!」
「……っ!?」
悪魔の呼び声によって目を覚ました環いろはは、お腹の上に乗っていたリリスと目が合う。
「モキュ!」
「リリス……悪魔さん……」
「すまない。むやみにトリガーを引くんじゃなかった。現状はオレの油断と傲慢が生んだ結果だ……」
「モキュモキュ! モッキュ!」
リリスは怒る。全くその通りだと。
「トリガー……?」
環いろはは思い出す。
「──……そうだ。たしか私、いきなり壁から出てきた濁流に攫われて……地上に落ちた? はずなのに……ここは……!」
「おそらくウワサ空間とやらだ。魔女結界と似たようなものだと思えばいい。今さっきウワサさんが出てきて語ってくれた」
「ウワサさん……ウワサ空間……じゃあ!」
「あぁ。この空間のどこかに、水波レナと秋野かえでがいるはずだ」
『牙雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄■■■■■■■■■────!!!!!!』
絶交階段の空間を轟かす雄叫びが二つ。「!?」「モキュ!?」悪寒が走る環いろはと怯えるリリスを背後に、悪魔は質問する。
「ところで、いろは。お前は階段を駆け上がるか、駆け下りるか……どっちが得意だ?」
「え? ……えっと……」
「これからウワサの内容的に、バケモノが襲って来るらしい。つまり上に逃げるか、下に逃げるか……という質問だ」
「────」
環いろはは考える。階段を上に走るか、下に走るか。上に走るのは疲れそうだが安定していそうだ。なぜなら下に走れば勢いが付くが、勢いがつきすぎて足取りが不安定になり、階段から足を踏み外して、底の見えない深淵に落下してしまうかもしれない。
「……じゃあ、登る方で……」
「よし。なら走る用意をしろ。決して止まるなよ……」
無限に続く階段の上下から二体のバケモノが雄叫びを上げて襲い来る。
「いろは! 飛べ!」
悪魔はバトルグローブを開匣。両手から炎を噴射することで虚空の上を飛び上がり旋回。
対する環いろははリリスをしっかりと抱きかかえて跳躍した。
『吠啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞■■■■■■■■■────!!!!!!』
バケモノは口内から光弾を発射。
「えっ────うわぁ!?」
「モキュー!?」
空中で身を翻して光弾を躱した環いろはだが、そのせいで着地するべき場所から外れてしまう。このままでは虚空に落下する。
「いろは! オレの背中を使って跳べ!」
「────! す、すみません! お借りします!」
環いろはの真下に悪魔が急接近する。その一瞬で悪魔の背中を踏んで蹴った環いろはは階段に着地。一瞬よろけて後方を確認すると二体のバケモノがヨダレを撒き散らして迫り来る。声にならない悲鳴を上げて階段を駆け上がる環いろはだが────
「ば……バケモノの方が早い! 追い付かれる……!」
「跳躍しろ!」
環いろはは跳躍。するとバケモノ二体も大きく跳んで一気に距離を縮めてきた。
「えぇ────!?」
「────《
悪魔は一回のパンチで二発の炎弾を飛ばし、どちらもバケモノに命中させる。
バケモノは環いろはを掴む直前で被弾し、階段に着地、口内にエネルギーを収束。悪魔を狙って撃ち始める。
それを難なく飛行して躱す悪魔は環いろはのそばに合流。後方から追い掛けてくるバケモノと一定の距離を保ちつつ、悪魔は考察していた。
「────いろは」
「ハッ、ハッ……っ、はい! なんでしょうか!?」
「ウワサの内容では、バケモノに捕まった者は“絶交教室”とやらに閉じ込められるそうだ。逃げ切った場合は“どこ”に行くのか分からない。そこで気になるんだが……。────
「────」
「いずれにせよ、
「ウワサの……本体?」
「魔女結界と似ていると言っただろう。ならばこの空間にも“ヌシ”がいるはずだ。そいつを倒せばウワサ空間は消えるはず……つまり二人は助かる」
「そっか! じゃあ合流できなくても……、っ!?」
「あぁ。いち早い攻略を────、なっ!?」
不意に二人の視界が眩い光に包まれる。
その光もすぐに消えると、悪魔と環いろはとリリスの眼前に広がるは────
「…………!」
「ここは……」
「モッキュ?」
────暗雲立ち込める岩礁と荒波の海原と、周辺が燃え盛る断崖絶壁の岬だった。
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? 絶交岬のそのウワサ
それは絶交階段のウワサの続き、誰も知らない分かれ道
バケモノから逃げていると、燃え盛る岬で行き止まり!
早く崖から飛び降りないと、バケモノに八つ裂きにされちゃうよ!
落としてあげる? それとも残る? 一緒に飛ぼうよ怖い道
死んだ先にはエンマ様が、絶交裁判所を開いているって
新西の女の子の間じゃもっぱらのウワサ
チョーコワイ!》
突拍子もなく現れたウワサさんは語るだけ語って忽然と消え去る。
『牙雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄■■■■■■■■■────!!!!!!』
背後には鬱蒼と生い茂る黒い森。その奥地から二体のバケモノが咆哮を上げ、こちらに迫る地響きが轟き渡る。
「……閻魔様の絶交裁判所か。まるで死後の世界だな。断崖は
「……でも、飛び降りないと……バケモノに八つ裂きにされるって……」
「なら思い切って飛び降りてみるか? 一通り戦ってからでも構わない気はするが……」
「でも、レナちゃんとかえでちゃん、それにほかのみんなのことを考えると……そう悠長にはしていられない気が……」
「モキュ~……」
二人と一匹は迷う。その間に森を抜けてきたバケモノ二体が現れた。
「片方は頼む。ピンチになったら断崖から飛び降りろ。オレがキャッチする。地獄に落ちるなら一緒にだ」
「……はいっ!」
環いろははクロスボウを構えて光矢を速射。悪魔は突貫してバケモノを蹴り飛ばす。そこで直感した。
(やはり超直感が働かない……このバケモノは生物ではないのか……!)
おそらくバケモノはウワサが生み出した使い魔のようなもの。ウワサ自体も生物ではないため超直感は働かず、悪魔は断崖から飛び降りればいいのか絶交岬に留まればいいのか皆目見当がつかない。
(だが……いろはの言う通り、やはり先に進まなければ……)
「きゃあ!?」
環いろはの悲鳴。光矢を物ともせず突進してきたバケモノの腕に薙ぎ払われて吹き飛ばされる。その先は岬の外側。断崖から落下する。
「いろは!」
噴射を切り返した悪魔は環いろはを追い掛けて断崖の下に急ぎ、猛追する。
「モキュー!」
「っ……悪魔さん!」
「手を伸ばせ!」
環いろはの手を取った悪魔は抱き上げて合流。眼下の深淵を見下ろす。不意に視界が真っ暗になり、世界の景色が暗転。直後、真下から切り刻むような光が昇ってきて裁判所のような舞台が見えた。
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? 絶交裁判所のそのウワサ
それは絶交ルールのウワサの続き、誰も知らない中間点
教室に留まったり、岬から飛び降りると、絶交裁判が始まる合図!
裁判官はあのバケモノ、ケンカした子達の絆を判決!
もちろんユーザイ! 絶交の取り消しなんてイケナインダー!
嘘つきは絶交南京錠! 意地悪な子にも南京錠!
絶交南京錠を取り付けられると、意思を剥ぎ取られちゃうって
新西の女の子の間じゃもっぱらのウワサ
キャーオッソロシー!》
悪魔と環いろはの傍らを一緒に落下していたウワサさんは語って消え去る。
「……どう思う? 上昇して岬に戻るか? レナとかえでの姿は見えなかった。絶交階段まで戻ってバケモノに捕まってみるか……」
「えぇ!? そ、それは……でも……」
悪魔は環いろはの体を背中側に回しておんぶする。両手の噴射でゆっくりと下降。着地。
直後、南京錠のような形をした黒い鎖と緑のリボンが特徴な飛行物体が大量に現れて空間全体を旋回する。
「……数百……いや、数千体はいるか。絶交南京錠を取り付けられたら意思を剥ぎ取られる……それが本当なら、この数を避けきるのは厳しいものがあるぞ」
「……!」
「モキュ!」
不意にリリスが一方向に向かって鳴き声を上げる。そこには絶交裁判所から去るための両扉があった。
「────よし、あそこから脱出する!」
「はいっ! 今は逃げましょう! さすがにこの数は相手にできません……っ!」
「モッキュー!」
大量のハエにたかられるように南京錠の嵐の中を突き進む悪魔は、音速突貫により金色の両扉を蹴り開けてウワサ空間のルールにない道を横断する。そのあとに続く環いろはとリリスは振り返り、追い立てて来ない南京錠の飛行物体を不思議に思う。
「おそらく絶交南京錠は、絶交裁判所をテリトリーとしているんだろう」
「…………」
「……いろは?」
「あ、いえ……それだけじゃなくて……あの南京錠たち、一度も攻撃して来なかったですね……?」
確かにと悪魔は思う。
「……攻撃の条件があるのかもしれない」
「条件……」
「たとえば────オレたちは
「えっ……それじゃあ!」
意図せず不法侵入してきた悪魔たちとは異なり、絶交ルールに囚われた水波レナと秋野かえでが危ない。
飛ぶ悪魔と走る環いろはは、やがて真っ暗な通路を抜ける。すると突然足場が消えた。落下。眼下に古い木製校舎の教室と廊下が垣間見えて着地する。
「っ……! ここはまさか……絶交教室……?」
バケモノに囚われたら連れ去られると言われるウワサ空間に不時着した悪魔たち。
その時、激しい猛撃の乱打によって破砕する音が、果てしなく遠い廊下の奥から轟き渡ってきた。
†
絶交教室の夕焼け廊下。そこを疾走する秋野かえではヒュウガに静止を呼びかける。
「ヒュウガちゃん! お願い、手を離して! 私、レナちゃんと一緒に戦わなくちゃ……!」
「……っ。ごめんなさい。まさか、かえでちゃんが“絶交ルールのウワサ”に巻き込まれるなんて……」
「──……え?」
「ここのウワサは白羽根一人、黒羽根七人、スタンド使い三人が守っているの。階級では白羽根が上司で、直属の部下が黒羽根だけど……派遣のスタンド使いは基本的に言うことを聞いてくれない……下手したら白羽根の私も殺される……だから逃げるしかないの!」
「……ヒュウガちゃん、何を……」
「────かえで!」
「かえでちゃん!」
「モッキュ!」
その時、前方から悪魔と環いろはが走ってきた。
「いろはちゃん! 悪魔さん……! 助けに来てくれたんだ……!」
「うん!」
「無事で良かった。だがレナはどこだ!?」
「レナちゃんは今、よくわからない怖いのに追われていて……!」
そこで悪魔は、秋野かえでの傍らに立つ不審人物に目を向けて直感した。彼女の精神エネルギーは身に覚えがある。それも先ほど会ったばかりだ。
「お前……まさか────
「────っ!?」
すかさずヒュウガは鎖を取り出して投擲。
「《
悪魔めがけて擲たれた鎖を撃ち落とし、残る炎弾でヒュウガを打ち飛ばす。
「きゃあ!」
「えっ……な、なんで────!?」
なぜヒュウガは悪魔に攻撃を仕掛けたのか。秋野かえでは困惑する。
「対象に触れたモノを
「くっ……!」
ヒュウガはよろけながら立ち上がる。
次の瞬間、遥か奥側の廊下が破壊の限りを尽くされる。そして何かが怒涛の勢いで迫ってきていた。
『────ッッ!!?』
目に見えない暴力が廊下の天井・壁・窓・柱・床、ありとあらゆるものを蹂躙している。それに追われているのは水波レナ。魔力による身体強化で疾走し、必死の形相で突き放している。
「────《
刹那、悪魔の姿は残像を作り、水波レナの背後に出現。
「ぐおおおおおおおおおォ~!? な、なんだァ~??」
「ぐっ……! なんてパワーだ……! 相打ちがやっとか……ッ!!」
突撃の反動で全身が痺れる悪魔は着地。パーフェクト・マスィーンはスタンド攻撃を受けたわけではないため傷一つないが、死ぬ気の炎による干渉で衝撃自体は喰らっているためたたらを踏む。
「……っ! あ、悪魔……っ!」
「レナ、無事か!? 立てるか? 今すぐ離れて、何があったか説明してくれ! こいつの能力をだ!」
悪魔は水波レナを立たせると背中を押す。
「待って、悪魔は!?」
「誰かコイツの相手をする役が必要だ。で、コイツのターゲットはレナでいいんだな? 何かおかしな能力は使わなかったか?」
「…………!」
壁が崩れる。不可視の存在が立ち上がるために寄り掛かって崩れ落ちたのだ。廊下の外は何もない景色が広がっている。地平線も見えず、夕焼けの色が世界を覆っている。
「と、透明で……すごくパワーが強いわ……!」
「それはスタンドの共通点だ。もっとほかに……何か言われなかったか?」
「っ……色々と、言われて、話したけど……」
水波レナはスタンドの概念を知らない。初遭遇で考察さえ出来ないのも仕方がない。そこで悪魔は後方のヒュウガに声を掛ける。
「首なしライダーの本体! お前、かえでと一緒に居たが、どっちの味方なんだ!?」
「……!」
「スタンドはスタンドでしか倒せない! 何か罪悪感を抱いているようだが、それを晴らしたかったら協力してくれ! でなきゃオレたちは、ここで全滅する!」
「…………っ!」
ヒュウガは葛藤する。既に秋野かえでを助けるような真似をした時点で裏切ったも同然だ。仮にマギウスの三巨頭が許してくれても、ここで生き延びなければ、絶交ルールのウワサや三体のスタンド使いに狩られて遊ばれるように殺されてしまう。
「決断しろッ! お前は! 誰に味方するんだ!」
「────っ! 私は、かえでちゃんの味方だ!」
ヒュウガは決断した。一時共闘の受諾を直感した悪魔は提案する。
「オレが隙を作る! 鎖を投げて敵に触れろ! 敵の姿は見えているんだろう!?」
「で、でも……バイクがない! 憑依する人間も居ない!」
悪魔は霧バイクを開匣する。
「これに乗れ! 憑依するのはお前自身だ!」
「……!」
「安心しろ……お前の命は死ぬ気で守るッ!!」
不可視の存在が立ち上がる。身構える悪魔。秋野かえでの手を離したヒュウガは颯爽と霧バイクに飛び乗り鎖を取り出す。
「っ────自分の命くらい、自分で守れる!」
「よし!」
「うォおおおォ~! てめェらァ~……水波レナと話をさせろヨォ! じャなきャブチ殺すぞォァアアアア!!」
「鎖! 投擲準備完了……!」
「────《
パーフェクト・マスィーンと悪魔のラッシュ勝負。目に見えずとも直感で敵のラッシュを捌く悪魔だが、圧倒的なパワーを前に体が押し出され、足が立つ床がへこみ、腕の骨が軋みを上げる。
「ぐぅっ……ッォオオオオオオオオオオオ────ッッ!!!」
敵の右拳が飛来する。それを受けきれないと直感した悪魔は敢えて迎撃。受けきれず押し出されるが、相手の力を利用して身を回し、急旋回からなる炎の蹴りをアゴに叩き込んだ。
「ぬォおゥ~!?」
「今だ!」
「投擲!」
鎖がパーフェクト・マスィーンの胴体に突き刺さる。ダメージはない。だがこれで条件は満たした。ヒュウガは懐から一枚のカードを取り出し、天に掲げる。
「ペルソナァア────!!」
次の瞬間、光り輝くカードがヒュウガのソウルジェムと融合し、炎の首なしライダーの
「────ヒョウテキ、カクニン。
「あとは頼んだ! ザ・ミッシング・ファイアフライ────ッ!!」
「デビルライダー……ミチヲ、アケロ。トツゲキスル……」
ギアをトップに蒸かした炎の首なしライダーは全速前進で爆走を開始。悪魔は炎を噴射して天井に避難。燃え盛る霧バイクは廊下の床に白炎のタイヤ痕を残しながら不可視の存在と激突した。
「ぬァんだァああああ~!?」
ギャルギャルと高速回転して燃えるタイヤが床を削り、白炎が飛び散って不可視の存在に燃え移る。
「あァ……熱い!! 熱い! 熱い! あづィいいいいいィいいいィィ~!!?」
「カエン、ハッシャ……」
バイクのライトから熱線が照射される。それは不可視の存在の胴体を貫いてダメージを与えた。
「ぐぎャああああああああァァア~!?」
不可視の存在が炎の首なしライダーに押し込まれる。悪魔は着地して戦いの行方を見守る。後方の秋野かえでと環いろはは水波レナを助け起こし、スタンドバトルの現象を目にして驚いていた。
次の瞬間、パーフェクト・マスィーンが焦ったように語りかける。
「おォいィ~! 水波レナ! お前は自分が
「────!」
「仲間に助けてもらってばかりで、当の自分は何もできていやしねェ! 惨めだとは思わないか? そんなダメな人間は
悪魔は直感する。
「黙れ! ……レナ! コイツの言うことを鵜呑みにしてはいけない! コイツはおそらく────!」
しかし遅かった。
水波レナは自分が嫌いだ。自分に自信が持てず、常に自己を嫌悪している。故にパーフェクト・マスィーンの言うことは全く以てその通りだと認めてしまった。
水波レナは《醜悪》だった。
次の瞬間、パーフェクト・マスィーンのパワーが一段階アップし、ミッシング・ファイアフライの馬力を押し返す。
「レナ……! コイツは口八丁で対象の心の隙を突き、自らの罪を自覚させることでパワーアップするタイプのスタンドだ! 今お前は自分が《醜悪》だと認めたな!? だからコイツは条件を満たして力を増したんだ!」
「────え……」
「そうだぜェ! お前のせいだ! お前は何もできないくせに、勝手に周りを見て落ち込んで、勝手に自分に絶望して、それで自分の仲間を死地に追い込んだんだァ! なァんて足でまとい! なァんて滑稽な愚者の極みなんだろかァ~!」
「聞くな! お前がパーフェクト・マスィーンの言うことを認めるたびコイツは強くなる! それを避けるためには自信を────」
悪魔はハッとする。だが言わなければならない。これを叶えなければ勝機はないと直感した。
「────
「────っ!!」
†