アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
深夜。ちょうど日を跨いだ頃。
悪魔は目を覚ます。天井照明はホテルのそれ。豪華な布団。手狭な一室。覚えがありすぎる内装だが、なぜこんなところに居るのかと思考を巡らす。たしか自分は絶交ルールのウワサを倒して、なんとか窮地を脱したはずだと振り返る。
「キュゥべえ」
「悪魔契約を所望する水波レナと秋野かえでが、七海やちよの説得を振り切って君をホテルに連れ込んだのさ」
「……。────ごめん。もう一回言ってくれ」
悪魔は直感するまでもなく、キュゥべえの言葉の中から推察する。一人の少女が死んだ事実を。
「水波レナと秋野かえでは、再契約で《十咎ももこの蘇生》を願うと言って聞かず、七海やちよと戦闘に発展した。しかし七海やちよは論破された。十咎ももこの代わりに水波レナと秋野かえでを守る責任があるとのたまうが、ならばなぜ一年前に十咎ももこと仲が悪くなったのか。それを問い詰められた七海やちよは反論の余地を無くし、好きにしろと捨て台詞を吐いて引き下がった。そして現在、水波レナと秋野かえでは一緒にお風呂に入って長考している。……これでいいかい?」
「……。……もう少し詳しく」
悪魔は思う。十咎ももこと七海やちよに込み入った事情があることは直感していた。が、今それは関係ない。
それより自分は、なぜホテルに居るのかを知りたかった。悪魔契約の工程を知らないはずの水波レナと秋野かえでが、どうして悪魔をホテルに連れ込んだのか。その訳を。
「水波レナと秋野かえでは、悪魔契約の経験がある百江なぎさに、悪魔契約について説明を依頼した。百江なぎさにラブホテルを紹介された二人は、そこで同衾の必要性を知り、かれこれ三時間、お風呂の中から出てきていない」
「……なるほど。説明どうも」
現状を把握した悪魔はキュゥべえに問い掛ける。
「ちなみに、お前から見て二人の再契約時の負債は払えると思うか?」
「六時間ほど眠って回復した君なら余裕だろうね」
「そうじゃない。オレじゃなくて、チームももこに払えるのかどうか、という話だ」
「それは聞くまでもないだろう? 叛逆と逆転勝利の性質が同時に作用するんだ。今まで負債を払えなかった試しがない」
「……だが十咎ももこは死んだ」
「それは当然だろう。なぜなら君にとって、
「…………」
「十咎ももこに作用した“逆転勝利”の作用も、悪魔本人ほどの強さを持っていなかったから概念強度が破られた。彼女が、二人の命を守れればそれでいい、と半ば諦めてしまったのも死因だろうね」
悪魔は別の問いを投げる。
「ももこの死体は?」
「百江なぎさが預かっているよ」
悪魔は起床。頭痛はするが体力的に問題はない。生命力も回復している。気絶した際に自然と呪印化が解かれたようで、無意識の制御も万全だと知り安堵。部屋を歩く悪魔は、風呂場に通じる扉を二回ノックする。
「レナ。かえで。いるんだろ」
『────!?』
「ももこは再契約したから死んだ。お前らがももこを蘇生させても、今度はお前らが死ぬかも知れない。そうなればももこは再び悪魔契約を迫るだろう。そうした堂々巡りを繰り返せば負債は払いきれない額となり、世界を破壊するほどの負債が誕生する。……それを念頭に置いた上で判断するんだ」
つまりチャンスは一回。十咎ももこが蘇生し、水波レナと秋野かえでが負債を払いきれず死亡した場合、悪魔は二度と十咎ももことは悪魔契約を交わさない。そうなれば十咎ももこは絶望して魔女化するかもしれない。その魔女は通常の魔女とは比較にならないほど恐ろしく強い存在になっている。無論、悪魔の実力なら倒せる範囲だ。裏を返せば悪魔でしか倒せないほどの強さを誇る。
多くの契約者の面倒を末路まで見守る悪魔はドライな思考で、既に十咎ももこの魔女化をどう対処するか考えていた。
「……だとしても、考えは変わらないわ」
「……ももこちゃんがいないチームは、チームももこじゃないもん」
「そういうこと。だから今度は三人で生き残る」
「再契約すれば今までより強くなれるんでしょ?」
幼稚な考えだ。確かに絶交ルールを倒す為には十咎ももこのパワーアップが必要だと判断した。水波レナと秋野かえでを生き返らせたい個人的な願いもあった。それで言えば悪魔も同レベルだ。しかし事はそううまく運ばない。キュゥべえは余裕だろうと言っていたが、悪魔は最悪を考える。
「……正直、この展開は直感していた。十咎ももこは“決意”があっても“覚悟”が足りなかった。この意味が分かるか?」
『??』
「二人を助ける決意があっても、三人で生きて死ぬ覚悟がなかった。死んで当然の考え方だ」
ドア越しでも分かる。睨むような気配を感じる。それは水波レナのものだろう。
「……だからこそ、三人で生き残るという覚悟を、きちんと十咎ももこに打ち明けることだ」
『……!』
「もう後戻りはできない。人は失敗しなければ学ばない。ももこの間違いを正してやれ」
悪魔は直感する。どういう言葉を投げかけるのが、最も彼女たちの運命を良い方向に転がすのか。
「……────これからあらゆる負債が、チームももことその周囲に降りかかるだろう。だが二度と三人がバラバラにならなければ、きっと大丈夫だ」
悪魔は太鼓判を押す。
すると扉が開かれた。制服姿の水波レナと秋野かえでが出てくる。
「……その、こっちはもう入ったから……どうぞ」
「…………!」
下を向く水波レナと赤面する秋野かえでは、手を繋いで冷蔵庫に向かい、キンキンに冷えた牛乳をゴクゴクと飲み干す。
それを見守る悪魔は、どこか慈しむような──同時にどこか複雑そうな──微笑を浮かべてシャワールームに入り扉を閉めた。
†
シャワーを浴びて体を清潔にした悪魔はバスローブを着て上がり、寝台にちょこんと並んで座る水波レナと秋野かえでを見る。
「…………」
「……」
「……」
そこで悪魔は直感した。水波レナは羞恥でどうにかなってしまいそうだが、秋野かえでは別のことを気にしている。
「かえで。聞きたい事があるなら聞くべきだ」
「……えっ」
「レナのことを考えて言いにくいのか? ならオレから話してもいいが……」
秋野かえでは首を否と振る。自分の言葉で言いたい。そんな気持ちを直感した悪魔は押し黙る。
「……かえで、どういうこと?」
「あ……あのね、レナちゃん。私、その……ヒュウガちゃんのことが、ずっと、気になってて……」
「……あ……」
冬樹ヒュウガ。秋野かえでの友人。彼女はあれからどうなったのか。ウワサ空間が消滅した時、てっきり屋上に降ってくるかと思ったが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。いったいどこに消えたのか。
「────あの、悪魔さん」
秋野かえでが真剣な表情で聞く。
「ヒュウガちゃんは、今どこにいるのか……生きているのか死んでいるのかも分からないけど……もし大変なことになっているなら、私の願いで彼女を助けることはできるでしょうか……?」
「無謀だ」
悪魔は即答する。
「まず安否不明、生死不明である以上、助けるといっても
「あ……ふゆぅ……」
「それに言っておくが、お前らは魔力係数が低い。人を生き返らせるには大きな魔力係数が必要だ。つまりレナとかえでが同じ願い事を叶えなければ、十咎ももこは生き返らない」
「…………」
「願い事をやり直せるからといって、たった一度の願い事を不確かなものに使うのはあまり良くない。彼女の安否を知りたければ捜すしかない。それとも、それまで悪魔契約を先延ばしにするか?」
「……え?」
「もし冬樹ヒュウガが死んでいると分かったらどうする? かえでの魔力係数では蘇生は不可能に近い。生きていればレナと協力して十咎ももこを蘇生させるか? だが時間が空きすぎると必要な魔力係数が増大するため、二人が同じ願い事を叶えても十咎ももこは復活しないかもしれない」
悪魔は魔力係数について説明する。それは魔法少女の素質。願い事の内容が
「……かえで。レナは許さないわよ」
「レナちゃん……」
「もしかしたらアンタの友達は生きてるかもしれない。死んでたら……ごめんだけど……。それでも
「…………」
秋野かえでは少し俯いた後、答えを決めたようで面を上げた。
「わかった。ヒュウガちゃんは私が探す。だからレナちゃん。ももこちゃんを助けよう!」
「……かえで……えぇ、そうね。それにアンタの友達……ヒュウガだっけ? 彼女はきっと大丈夫よ。たしか
「……うん。ありがとう、レナちゃん!」
悪魔は冷蔵庫から取り出した冷水を飲み干すと、着替えや装備をテーブルの上に置いて寝台に向かう。
「それじゃあ準備はいいか?」
『……っ!!』
赤らんで身を縮める少女が二人。両手を膝の上に置いて、お人形のように凝り固まって正座している。
「二人並んで仰向けになれ。確実に契約をこなすため一人ずつ相手する。まずはどっちがいい?」
「えっ……」
「ど、どっちって……」
レナとかえでは互いの顔を見合わせてドギマギする。
そこで悪魔は直感する。いざ同衾ともなれば、少女たちの心中に疑念が生じる。
本当に体を許さなければ、悪魔契約は交わせないのか。
本当に体を許せば、魔法少女をやめられて、元の人間に戻り、キュゥべえと再契約して十咎ももこを取り戻せるのか。
それしかないのは分かっていても、悪魔や百江なぎさから説明されて信じるしかないとしても、やはり迷いとは出てくるもの。
それは当然の反応である。合理を重視して感情を度外視し、割り切れる人間はそうはいない。
「…………」
「…………」
二人は極限の羞恥のあまり会話すらできずモジモジとしている。時間の浪費だ。このままでは朝が来ても状況は進展しない。そう判断した悪魔は溜息をついた。
(二人同時は結構大変で疲れるんだが……仕方ない。正念場だな……)
悪魔は寝台の上に膝立ちして、水波レナと秋野かえでの肩を押し倒す。
『あっ、えっ……!?』
「……。どちらから相手するのか。それが決められないなら、
悪魔の唇が秋野かえでの鼻先に近付き、悪魔の指先が水波レナの身体をなぞる。
驚きと辱めの喘ぎ声が細く微かに耳朶を打つ。解かれる制服のボタン、掛かり合う艶かしい吐息。
「ちょ、タンマ……!」
「…………っっ……!」
少女たちが制止しても、少年の行動は止まらない。
少しの恐怖を紛らわすため、二人の少女はギュッと手を握り締める。
「か、かえで……」
「レナちゃん……」
かくして月夜の晩。友の帰りを望み、願うために。
赤と青の二枚の花弁は寄り添いあって散らされた。
†