アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
帰宅した黒江は、家族に怪しまれないよう風呂場で血を洗い流し、傷の痛みを我慢して体を清める。救急箱を手に自室に戻り、鏡の前で傷の手当てを済ませる。その間、回収したソウルジェムのカケラをリング精製キットに入れて稼動。
黒江の応急手当が済むと同時に、キットから完成を知らせる音が鳴る。
そこで黒江は首をかしげた。電子画面に表示される完成品の一覧には、覚えのない名称が記されている。
「……やっぱり魔女化した人のソウルジェムは粉々になりすぎて失敗してる……そして、雨系リング精製度E……霧系カモフラリング精製度E……ができたけど……。────泡系リング精製度E……塵系リング精製度E……暗系リング精製度E……?」
雨と霧はともかく、泡・塵・暗とは何か。すかさず黒江は説明書を開く。
「まさか……これって……」
死ぬ気の炎は四系統あり、それぞれ七属性二性質が存在する。
系統とは、
属性とは、例えば大空シリーズなら、大空嵐雨雷晴雲霧を指す。二つの性質とは言わずもがな基本性質と熟練性質のことだ。
「説明書によれば……泡系リングは大海シリーズの泡属性に当たりカラーは紫色……塵系リングと暗系リングは宇宙シリーズの
黒江は冷却スイッチを押して五個のリングを冷ましてから指に嵌める。
「雨系リングは……灯った……!」
原則として、生物は複数の波動を持つが、その中で使い物になる炎は一つだけで、ほかの属性は微弱になると説明書にある。しかし黒江は雨・雲・霧の三重属性であることが分かった。これはかなりの才能の持ち主ということだが、黒江は自らの才能が受け入れられず、自分はそこまで殊勝な存在ではないと自己嫌悪が勝る。
「……霧系カモフラージュリング。これは使える……」
カモフラリングから霧の炎を灯すだけで、自動的に周囲の景色に合わせて保護色を作り出してくれる。迷彩効果に特化したリングだ。これがあれば念じる必要なく物陰に隠れ潜むことができる。
「泡系リングは……。っ!?」
リングに泡の炎が灯ると、泡のような紫色の炎が幾つも浮き出てプカプカと浮遊する。
「うそ……これってつまり……私に
「それは君が元・魔法少女だからさ」
「!?」
カーテンの奥にキュゥべえのシルエット。
「どういうこと?」
「人間は海水を飲めない。その理由を考えたことはあるかい?」
「……?」
「つまるところ波動の希少性とは、人類の歩みを象徴している。“宇宙種ニンゲン”“古代種オルツォ”“現在の人類”……そして僕ら“インキュベーター”と、魔法少女のことを指す“Qの契約者”……この中でもQの契約者は、契約の副作用として波動が変質しやすい。現在の人類は大空シリーズの波動を多く有するが、Qの契約者は契約で波動が変質した結果、大地や大海、宇宙の波動に覚醒する事例が多く見受けられている」
「……でも私は、もう魔法少女じゃ……」
「君が
難解な話は後回しだ。
とにかく黒江は塵系リングと暗系リングを嵌める。すると
かたや塵のような紫色の炎が粒のように広がり、かたや
「レアな炎の扱いは慎重にね。そして君に一つ情報を与えよう。死ぬ気の炎について詳しく知りたいなら、悪魔の故郷を訪れるといい」
「……悪魔さんの故郷……? たしか……並盛町って……」
「君はボクの考えに反発したいようだけど、これだけは素直に聞き入れた方が身の為だと思うよ」
「……もう消えて」
カーテンからシルエットが飛び去る。
「……キュゥべえの言うことは聞かない。行くか行かないかは私が決める。これからは……自分が選ばなきゃいけないんだ……怖いけど、分からなくても、やっぱり私は、生きていたい……死にたくないから……っ!」
黒江は苦痛に歪んだ表情で胸を抑える。
彼女は強烈な罪悪感を抱いていた。先刻、初めて死ぬ気の炎を灯した時、黒江は
「……私は、
お母さんを守りたい。お父さんを守りたい。お兄ちゃんを守りたい。みんなの笑顔を守りたい。家族の顔を思い浮かべた。強く強く思い浮かべた。それでも死ぬ気の炎は応えてくれなかった。リングは何も反応しなかった。それなのに、ただ自分が生き残りたいと願った瞬間、リングから炎が灯った。
「私はクズだ……こんな幸せな所に居ていい人間じゃないんだ……」
自己肯定感が極めて低い黒江は、そそくさと身支度を整える。もう家族には迷惑を掛けられない。その一途な思いで、涙を袖で拭き取り、生きるか死ぬかの日常に戻る覚悟を決めた。
矛盾しているのは理解している。戦うのが怖いのに、自ら戦いの舞台に上がろうとしているのだから。
(私は“私”がない。じゃあ私は“誰”なのか。私は“誰”になればいいのか)
ふと脳裏に浮かんだのは悪魔の背中。
(……旅をしてみよう。彼の故郷に行けば、“私”が何か、何になればいいのか、分かるかも知れない……)
それがただの現実逃避であることは自覚していた。それでも黒江の衝動は止まらない。
カモフラリングの迷彩効果で家を飛び出した黒江は
今日は雨が降りそうな曇り空だ。住宅街は朝の霧に包まれている。ちょっと触れれば弾ける泡のような脆い心。
(私も……悪魔さんのような人になれるかな……?)
黒江にも、誰かの為に頑張りたいという気持ちはある。
その勇気が本当にあるのか確かめるため、彼女は独り旅立った。
†
黒江邸の屋根に悪魔が腰掛ける。こんな未明に駅へ向かう彼女は、いったいどこへ旅立つつもりなのか。それを直感しつつ口出ししない悪魔は、助太刀魔法で神浜市に帰還する。
「やはりか……」
それを遠巻きに眺めていたキュゥべえは納得した。
「灰泡が雲系リングを投擲した時、黒江の霧の炎では弱すぎて防ぐことができなかったはずだ。しかし黒江は生きていた。おそらく黒江の死を直感した悪魔が、助太刀魔法で助けていたんだ」
しかし、そこから先の展開は黒江自身が乗り越えるべき“負債”だと判断し、すぐに姿を隠した。
「悪魔……君は何を考えているんだ……?」
感情のないキュゥべえには一生を掛けても分からない事だろう。
人が自らの意思を以て困難に立ち向かう泥臭さと美しさを。
人が自ら選び取った運命の積み重ねで、あざなえる
悪魔は邪魔しない。彼女の成長を。
悪魔は見守る。彼女の
かくて運命の歯車が回る。因果の糸が紡がれる。
悪魔と黒江と
†