アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
夕方の大東学院。
「ふわぁ……!」
一日の疲れをあくびで表しつつ帰路に就く和泉壮月は正門を通る。
そこで耳がタコになるほど聞いた恐い女の声が響き渡った。
「オラオラァ! 髪染め野郎ども! 下校中どっかに
「うっわ……今日も三田村先輩は恐えぇなぁ……見つかる前に帰れっかな……」
和泉壮月は下校生徒の人混みに紛れて正門を抜けようとする。だが生徒会長の眼は目ざとく和泉壮月を見つけ出した。
「オラァ! そこの白髪壮月! いつまで髪を黒く染めねぇつもりだ逆らってんのかブッ殺すわよ!!」
「ひぃ! だ……だーからコレは地毛だって言ってんだろうが! 先公に確認とってくれよ! ホントだから!」
「上等だコルァ嘘だったらブチ殺すわよ!」
「つーかこのやりとり何回目だっつーの! 忙しくて覚えられねぇのは分かるけど勘弁してくれよぉ!」
「あぁん? そんなん誤解されるような見た目してっから悪いんだろうがボケがァ!」
大東学院・高等部の生徒会長・
そんな三田村結奈は決して悪い人物ではない。むしろ学内では生徒会長として“不良生徒の撲滅”に尽力しており、大東区の評判を少しでも上げるためなのかは知らないが、どんなコワモテにも怯まず立ち向かうクールでカッコイイ少女である。
「あ! おい鶴岡ァ! テメェまた他校の不良生徒とやりあったみてぇだなコッチに苦情が届くんだ反省しろゴルァ!」
「あぁ!? 知らねぇよ! 向こうからケンカ売ってきたんだ! それとも黙って殴られろとでも言うつもりかア゛ァ゛!!」
「デカいからって威張るんじゃねーわよ! テメェの頭は殴ることでしか問題を解決できねぇのかこの脳内豆虫がァ!!」
正門前で怒号が飛び交う。これはもはや大東学院のある種の名物であり、三田村結奈が初等部の生徒会長に就任した日から始まった、毎日のように盛んに行われる伝統行事である。そのため一般生徒は慣れきっており、激しい罵詈雑言の嵐に耳を傾けることなく正門前を素通りして帰路に就く。
(はぁ……また今日も
†
下校中。和泉壮月は自販機で缶ジュースを買っていた。まっすぐ家に帰らないのは自主的なパトロールのためだ。先日、小学生の下校路で不良がたむろしていた。またあんなことがあったら注意するため、和泉壮月は門限ギリギリまで町の中をふらついている。
そして案の定、語気の強い口調で言い合う口論が聞こえた。穏やかじゃない雰囲気を察して和泉壮月は駆けつける。そこには先ほど生徒会長の三田村結奈に注意されていた鶴岡という不良生徒がいた。その鶴岡を取り囲む三人の不良は、小刻みに体を揺らして威嚇し、鶴岡にガンつける。
「あぁん? 今テメェおれらになんつったよ?」
「そこを退けって言ったんだ。耳悪いのか? あ?」
「だからなんでおれらが退かなくちゃいけねぇんだよ!」
「……そうか。分からねぇんじゃどうしようもねぇな……オラァ!」
いきなり鶴岡は不良の一人を殴りつける。続く二人目の不良の胸ぐらを掴んで揉み合いに発展し、三人目の不良に掴みかかられる。
(おいおい……こりゃどっちが悪いんだ? いやどっちも不良だからどっちも悪いか……とりあえず陰に隠れて様子を見よう……)
和泉壮月は自販機の裏手にある駐車場の塀に移動する。そこで驚きの光景を目にした。黄色い帽子をかぶったランドセルの小学生の男の子が耳を塞いで怯えていたのだ。しかも頬が腫れている。膝も擦りむいており、いったいどうしたのかと和泉壮月は腰を屈めた。
「お、おい……大丈夫か?」
「……っ!」
「怖がらなくていい。転んだのか? でも隠れてるってことは……誰にやられたんだ?」
「……ひっく……うっ……」
少年は泣いていて話ができない。だが必死に何かを伝えようと、手近な小石を拾ってアスファルトを引っ掻き、文字を書き始めた。
《なぐられた》
「……! 誰に?」
「っ……」
少年は積まれた煉瓦を登って塀の上に顔を出し、鶴岡にボコられている三人の不良を指さす。
「お、お兄ちゃん……あの人、たすけて、あげて……」
「……? あの人って……まさか鶴岡のことか? 一人で戦ってる方?」
少年はこくんと頷く。
「そうか。……なぁ、これは大事なことなんだ。何があったのか教えてくれ。じゃなきゃ俺は動けねぇ」
「……!」
それから少年は嗚咽を抑えてポロポロと涙を流しつつ教えてくれた。
どうやら少年は帰りの道の先で三人の不良が笑い声を上げてふざけているのを目撃したが、特に気にせずその横を通って家に帰ろうとしたらしい。だが突然、三人の不良に足を引っ掛けられて転ばされて、その時に地面に頬をぶつけて膝を擦りむいたという。それを見ていた鶴岡が静かに怒った顔で三人の不良に喧嘩を売り、乱暴に少年を引っ張り起こすと「あっちいけ」と言って、その時に少年は頬をぶたれたという。
つまり三人の不良が少年をいじめた。それを目撃した鶴岡は怒り、少年を助け起こしたが、力加減を誤って少年を突き飛ばしてしまった。そういう話になる。
「……。って、殴ったのは鶴岡かよ!?」
「で、でも……すぐに『あっ』って言ってたから……わ、わざとじゃないと、思う……たぶん……」
「……ったく。子供の扱いに慣れてねぇんだな。単に追い払おうとしただけなんだろうが、手加減ってもんを知りやがれ……」
事情を知った和泉壮月は立ち上がる。
「ど、どうするの……?」
「ん? どっちが悪い奴なのかは分かったからな。ここはひとまず鶴岡に加勢するよ」
「……! が、頑張って、お兄ちゃん……!」
「おう! でも暴力に暴力で返すのはいけないからな……でも時には戦わないと鶴岡もお前も守れない。こういう時はどうすればいいと思う?」
「?」
「お巡りさんを呼んでくるんだ。できるか? 膝を擦りむいて動けないなら無理しなくていいが……」
少年は首を横に振る。走れると言いたげな真っ直ぐな目はやる気に満ち溢れていた。
「よし! なら頼む! お巡りさんを呼べば俺たちの勝ちだ! 頼むぜ少年!」
「うん!」
さっそく和泉壮月は喧嘩の現場に立ち向かう。少年は反対方向の交番めがけて走っていった。
そんなザ・不良として有名な鶴岡甚太郎は学内で孤立しており、他校の不良生徒との喧嘩が絶えない問題児として扱われている。だがその孤立は自ら選んだ“道”だった。
…
それは鶴岡甚太郎が少年だった頃の話。
彼には母と父と兄がいた。特に不幸でもない四人家族の日常は当たり前のように続くかと思われた。しかし父親が闇金に手を出し、一気に家庭は崩壊した。怒涛の借金地獄。食うものにも困る日々。毎晩言い争う両親。清純だが絶望に濁る瞳の母。狂ったようにギラギラと燃える瞳の父。その中で兄だけは真っ直ぐな光の眼を持っていた。兄は酒に酔った父親の暴力から弟の甚太郎を守るため、毎晩、甚太郎を抱き締めて背中に青痣を作っていった。
その日々に耐えかねた夜。甚太郎は涙ながらに訊いた。なぜ兄貴はそこまでして自分を庇うのか? 兄は即答した。
「誇りの為だ。人間、誇りだけは絶対に捨てちゃダメなんだ」
後日、鶴岡兄弟が学校から帰ると、家の中が血みどろだった。赤い鮮血が勢いよく噴き出されたように天井や壁、床に付着している。リビングに捨て置かれたナイフ。荒れた寝室に母親の下着。いったい何が起きているのか分からず、鶴岡兄弟が震えていると、酒に酔った父親がパチンコ屋から帰ってきた。
「おう。おめぇら。帰ってきてたか。そうだ朗報だぜ。もう借金はねぇから安心しろ。払い終えたんだ……ヒック!」
どういうことだと兄は訊いた。すると聞くに耐えない恐ろしい返答が待っていた。
「闇金さんがなぁ。若い女の臓器が欲しいと言うもんだから、
────何を言っているのか幼い甚太郎には理解できなかった。だが次の瞬間、獅子のような咆哮を上げた兄貴が──リビングで拾っていたナイフ片手に──飛びかかって、目の前で父親をブチ殺した。何度も何度も体を刺して、返り血を浴びてむせ返って、息せき切って泣いていた。
兄は殺人の罪で少年院に入った。だが兄は去り際こう言い残した。
「俺は全ての極道を潰す……だから甚太郎。おまえは俺を忘れて普通に生きろ。それが無理でも……誇りだけは、忘れるな」
甚太郎は兄を尊敬している。たとえ人を殺そうと、あの時の兄は誇りの為に闘ったのだ。
今の甚太郎は、誇りとは何かを問われると答えに窮する中坊だが……それでも目指す先は見えている。
…
「オルァ!!」
鶴岡甚太郎は三人の不良に拳をぶちかます。
「不良で結構ォ! 誇りを捨てるよりはマシだぜッ!!」
その悪夢のような日から鶴岡甚太郎は変わった。彼は兄の言葉しか信じられなくなった。誰の言葉にも耳を貸さず、誰の命令にも絶対に従わない。それが先輩であろうが教師であろうが、自分が認めた人間以外の言葉は聞かず、たとえ殺されても頷くことはない。まさに反骨の男。容易に人に与しない気骨。全てに抵抗する精神力。それが彼の強さであるが、故に生傷が絶えない。全てに逆らえば相応の制裁が待つ。その制裁すらも乗り越えんと鶴岡甚太郎は己の道を突き進む。
「ぐぅ! なめんなぁ!」
「おい! 華田さんを呼んで来い!」
「わ、わかった!」
三人の不良のうち一人が誰かを呼びに行く。残る二人は鶴岡甚太郎を殴りつけ、蹴り飛ばす。
「ごあ!?」
そこで和泉壮月が割って入った。
「いい加減にしやがれェ!」
飛びかかった勢いで一人を殴り飛ばし、身を翻して二人目の腹に拳をめり込ませる。
それに目を見開いて驚いた鶴岡甚太郎が叫んだ。
「あぁ!? なんだテメェは!?」
「和泉壮月! 大東学院中等部三年生! クラスは違うが、多勢に無勢は見過ごせねぇ! 助太刀するぜ!」
「……! っ……要らねぇよ! 退きやがれ、邪魔だ!」
起き上がった鶴岡甚太郎は、和泉壮月の肩を突き飛ばすように押しのけて構えを取る。
「お、おい! さすがに一人は無茶だって!」
「うっせぇ引っ込んでろ! 外野が手出しすんじゃねぇ! これは俺の誇りを懸けた戦いだッ! なんならテメェもぶっ飛ばすぞ!!」
「なっ……!?」
鶴岡甚太郎は誰の言葉も聞き入れない。その決め事がブレることはない。
その時、三人の不良を束ねる一人の男が現れた。
「おいおい……何がどうしたってぇ?」
「“炸裂男”華田さん! あいつらおれたちをいじめたんす! やっちゃってください!」
彼の名は
「へへっ。てめぇら終わったなぁ! 華田さんは数的不利を省みず敵陣にカチ込んで必ず5人以上は倒すことから通称“炸裂弾”の異名を持つスゲェ不良なのさぁ!」
「5人か……すくねぇな」
「なっ!?」
鶴岡甚太郎の素直な感想。それにピキッと音を鳴らして眉間の血管を膨らませた華田宏之は、腰の袋からギザギザした飴玉のような代物をいくつか取り出す。
「おいおい……あんま舐めた口を利くんじゃねぇよ……爆ぜ殺すぞ? おい、そこのテメェ……テメェも5人は少ないと思うか?」
「え? お、俺……?」
突然指名された和泉壮月は、困惑しつつも正直な感想を口にする。
「まぁ……炸裂弾なんか持って5人は確かに少ないかな、と……」
「よっしゃああああテメェら皆殺しだ覚悟しやがれェエエエエ!!!!」
怒号と共に全力疾走を始めた華田宏之。その両手には数十個もの炸裂弾が握り締められている。
「お────おいおい! 投げるんでもなく、まさかの自爆特攻かよ!?」
和泉壮月の驚愕。鶴岡甚太郎も突然の怒号と疾走に対応が遅れる。
「チィ────!」
一瞬ビビってしまった自らを悔いた鶴岡甚太郎は、傍らに立つ和泉壮月を後ろに突き飛ばす。
「なっ!?」
「死ねぇええええ!」
鶴岡甚太郎と華田宏之の激突。次の瞬間、花火のような音を上げて炸裂弾が連鎖爆発した。轟々バチバチと空気を震わせる爆発音と閃光明滅。それが鳴り止んだ時、鶴岡甚太郎は片膝を就いた。直後、華田宏之に蹴り飛ばされる。
「つ、鶴岡!?」
「ぐっ……」
華田宏之は狂ったような笑いを上げて勝利を喜ぶ。
「い、痛くなんかねぇぞおおぁああ! おるぁああ! まだやるかぁああ! やっちまうぞぉあぁあ!」
(────っ! こいつ……頭イってやがる……! 馬鹿が度胸試しのつもりかよ……!)
鶴岡甚太郎の焼け焦げた衣服と身体。和泉壮月は後ろを振り返るが、警察官が来る気配はない。
(やるしか、ねぇのか……鶴岡は今の爆発でもう限界だ……ビビんな……クソッ……鶴岡は俺を庇ってくれた……その借りを返さねぇで何が助太刀だ……ッ!)
膝を叩いた和泉壮月は面を振り上げ、敵を睨み、前に前に足を踏み出す。
「……あぁ? テメェは自殺志願者かぁああ!? いいぜぇ! 掛かってこいよぉおぉ!」
「……ブッ倒す」
和泉壮月は構えを取る。それは姉・和泉十七夜から教わった護身術の構え。
しかしそれに待ったが掛けられた。
「おい……俺の邪魔すんじゃねぇって……言っただろうが……よ……」
「な……鶴岡!?」
和泉壮月の肩を弱々しく掴む鶴岡甚太郎は、よろめきながら壮月よりも前に出る。
「ってぇな……また口の中を切っちまったぜ……いいか、よく聞け“炸裂弾”……俺はよぉ。お前みたいな奴に舐められるわけにはいかねぇんだよ……」
「あぁ? だからなんだってんだよ。おい、ここで引き下がれば見逃してやる。蜘蛛に逆らうとロクなことねぇぜ~?」
「俺は、よぉ……兄貴みたいな、デッケェ男しか認めねぇんだ……だから、お前の言うことなんざ聞くわけねぇだろッ!!」
「……そうか。じゃあこれでしめぇだ!!」
華田宏之の
「なっ!? おい、ダメだ! 死ぬぞ!?」
「うおおおおおおおおお!!」
(《和泉流護身術・
それは敵を倒す為の攻撃術。腰を入れた振り抜きで全力の一撃を叩き込む。同時に炸裂弾が爆発。黄色い閃光と赤い火花、黒い煙が充満する轟然とした空間の中で、和泉壮月の雄叫びに込められた剛腕が華田宏之の鼻っ柱を捉えた。
「────グブッ!!?」
数十個の炸裂弾。爆発に次ぐ爆発。鼓膜を劈く爆音が一向に止まらない。
「ッ────ダラアァアアアアアアアアアアアア!!!!」
身を焼く爆熱。身を裂く破裂。身を焦がす激痛。身が爆ぜる苦悶。炸裂弾の火傷から網膜を守るため固く目を閉じた和泉壮月は、激痛のあまり足が動かず、次々と炸裂する弾丸の嵐の中を雄叫び一つで耐え抜こうとする。
「……!」
鶴岡甚太郎は、その後ろ姿に見覚えがあった。毎晩毎晩酒瓶で殴られる兄貴。その後ろで泣きながら庇われている自分。
(俺は────もう庇われねぇ! 俺は……俺は……!)
もうビビらない。歯を食いしばって炸裂空間の中に飛び込んだ鶴岡甚太郎は、和泉壮月の背中を体当りして助け出す。二人は炸裂空間を脱出して安全圏に転がり込み、焦げ付いたような黒い吐息を吐き出した。
「ハァ、ハァ……さ、サンキュー……さすがに、こりゃ拷問だぜ……助かった……」
「っ……」
鶴岡甚太郎は大の字になって空を仰ぐ。対する和泉壮月は膝が笑って立ち上がれないが、眼前で倒れ伏す華田宏之を見つけたあと、顔を上げて三人組の不良を目にする。
「ひ、ひぃ!」「あ、あの華田さんが……やられた……!?」「炸裂弾の中をビビらねぇとか、正気の沙汰じゃねぇ……!」
三人組の不良は華田宏之を抱き起こして撤退を開始。そこで衣服が鼻血まみれの華田宏之が、まだ意識があったのか和泉壮月と鶴岡甚太郎の二人を睨みつけてボソリと呟いた。
「お、おめぇ、ら……“ネオ蜘蛛”に、逆らう奴は、
「……あぁ? 誰だそりゃ?」
「へ、へへ……おまぇらは、もう、おわり、だ……あがっ……!」
「は、華田さん! しっかりしてくれっす!」「て、撤退だ!」「ヘッドに報告しねぇと!」
“ネオ蜘蛛”と名乗った不良集団は退散した。和泉壮月は尻餅を就いて膝の上に腕を乗せ、楽な姿勢で一息つく。
「ぷはぁ……口の中が熱い……胃が焼けるようだ……どっちかっつーと焼かれたのは制服と皮膚なんだが……」
「…………」
鶴岡甚太郎はまぶたを閉じて大の字のまま動かない。と思いきや飛び起きて、背中を合わせる和泉壮月に問いかけた。
「……なんで助けた」
「は?」
「なんで見ず知らずの奴の為に命を張った」
「命? そんな大げさな……」
「あ? 大げさだと? てめぇ炸裂弾だぞ!? フツーにあぶねぇだろうが! 大怪我だぜ大怪我! 火傷って怖いんだぜ!」
「いや、まぁ……そうだけど……いや、そういやそうだな……フツーに死ぬわ……なにやってんだ俺……」
「────はぁ?」
鶴岡甚太郎は呆れたように口をあんぐりと開ける。
対する和泉壮月は“なぜ助けたのか”という質問に答えるため、無意識に夕空を見上げた。
「でも……困ってる奴を助けるのは当たり前だろ」
「……! ……なんだよそれ。まさか俺が弱く見えたってのか?」
「誰もそんなこと言ってねぇよ。ただお前がイイ奴だからだよ」
「……あ? 俺がイイ奴?」
「あぁ。駐車場で身を隠してた少年から聞いたぜ。お前、アイツの為に戦ったらしいじゃん」
「……っ!」
「それで言うなら俺の方こそ質問だ。なんで見ず知らずの少年の為に、お前はケンカ張ったんだ? 不良のくせに」
鶴岡甚太郎は答えに窮する。
やがて考えるのが億劫になったのか「アァぁ~!」と叫んで頭をかきむしった。
和泉壮月の背後に兄の影が見えて仕方がない。
それはなぜか。兄は誇りの為に戦っていた。ならばこの和泉壮月にも誇りとやらがあるとでも言うのか。
「……おい……大丈夫か? どっか痛むなら一緒に病院行こうぜ」
「うっせぇ! 俺に指図すんじゃねぇ!」
鶴岡甚太郎は立ち上がると、ふらつきながら帰路に就く。だが途中で立ち止まると、急に大声で一言。
「────またなッ!」
叫び終わると、歩幅を大きくズンズンと凄んで歩き出した。典型的なヤンキー歩きである。
和泉壮月は痛む体を押して道の端に移動。しばらくすると少年と警察官が駆けつけてきた。和泉壮月は事情を説明。少年からお礼を言われ、警官の救急車の手配を断り、そのまま帰路に着く。
(……『兄ちゃん! ありがとう! あの人にもお礼を言っておいて!』……か。さっきはケンカで頭に血が昇ってたから普通に会話できたけど、明日の学校でシラフのまま
全身がヒリヒリと痛い。夏に陽射しを浴びて皮がむけるレベルの痛みじゃない。炸裂弾による火傷で顔と腕が焦げている。服も貫通して上半身の皮膚が所々焼け焦げていた。
「うっわ……これ風呂に入れねぇな……やっぱ病院言っとくべきだったかな……でも病院から家族に電話が入るとびっくりさせちゃうから、やっぱ一旦家に帰ったあと事情を説明して徒歩で行くか……」
もし病院から和泉家に電話が掛かったら、家族総出で仕事も学業もやめて飛び込んできてしまう。心配してくれるのはありがたいが、家族の肝を冷やしたくはないので、和泉壮月は激痛をこらえて笑い顔を作りながら帰宅する。
「た、ただいまー!」
「おう。おかえりだ、壮げ、つ……」
和泉壮月が家の扉を変えて玄関に入り、最初に目に映ったのは姉・和泉十七夜。彼女は弟の壮月の体を見るや硬直。そして怒髪天を衝く勢いで胸ぐらを掴む。
「おい……またケンカしたのか……」
「い、いや……はい……そうです……これから病院行くんで、父さんには……」
「あぁ。言っておく。だが教えろ。
「い、いや! さすがに姉ちゃんは知らなくていいって! もうカタは付けたから! じゃ、じゃあな!」
「おい! 壮月!」
扉を閉める。家族は巻き込めない。その思いで和泉壮月は逃げるように病院へ急ぐ。
(姉ちゃんに知られたら絶対に首突っ込んでくるからな……姉貴を危険に晒す弟がどこにいるんだって話だ)
かくして和泉壮月は、たまにある騒がしい放課後を終えた。
†