※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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4月11日【やぁ☆/あぁ/クフフ……】白蘭と川尻浩作(更紗帆奈)と六道翁(ろくどうおきな)の前世〔三つの黒幕〕

 

 翌日。一日目。

 

 正午の青空。正門前を通る和泉壮月は、どことなく生徒会長・三田村結奈に睨まれた心地になりながら家路に就く。学校カバンを置いて、家族には「今日は帰りが遅くなるかも」と伝えて外出。そして昨日、紅谷慶志郎に指定された廃工場へと急ぐ。

 

(……紅谷慶志郎。ロバート・フレージャー。この二人は“神浜中の不良の頂点に立つ男を育てる”という目的で神浜市にやって来た。なんで神浜制覇なんかやりたいのか分からないけど……なぜか鶴岡と大迫はその話に目を奪われている様子だった。もしかして不良って、天辺を取るために毎日喧嘩してるのか? 俺には分からない世界だ……)

 

 和泉壮月は悩み考え込む。

 

(ただこのままじゃ昨日の稲尾郁久と城谷利光って奴が危ない。ネオ蜘蛛にも狙われてばっかりだし、そろそろ禍根を断つ必要がある。じゃなきゃ姉ちゃんが出張る羽目になっちまう。……だからって全部が全部、紅屋とロバートの世話になる必要もないんだが……)

 

 今朝、和泉壮月は衝撃の話を聞いた。なんでも“ネオ蜘蛛”と名乗る不良集団が、深夜のアーケード街に乗り込んで置物を破壊したり、シャッターに落書きしたり、通行人を恐喝してカツアゲしたりなど、散々な迷惑行為を働いたという。朝礼で体育館に集められた大東学院の全校生徒は、警察官と共に立つ校長先生から注意喚起を受けた。そして正午に一斉早退し、午後の授業は自習、あるいはリモート授業。さらに夕方以降の外出禁止を出来る限り徹底するよう言いつけられた。

 

(ネオ蜘蛛……まさかそんな危険集団だったとは……たしかに俺の認識が甘かった。こうなったら凶悪度や構成人数の情報が欲しいな……早めに叩かないと、今度はもっとひどい暴力事件とかの被害が出る……)

 

 故になりふり構ってはいられなかった。ロバート・フレージャーの強さは鶴岡と大迫が赤子扱いされていた時点で折り紙付きだ。そんな彼に戦い方を教えてもらえるのは願ったり叶ったりと言える。紅谷慶志郎は人脈が強く、あらゆるサポートを万全にこなしてくれる。彼らの目的がどうあれ、今すぐネオ蜘蛛を倒したいという和泉壮月の願いを叶える為には、打って付けの人材。幸運の巡り合わせだった。

 

(俺を不良の王に……ね。ぶっちゃけそんなのまるきり興味ないけど、あいつらの言うことを聞いて街の安全が守られるなら……俺は悪魔にだって師事を請うぜ)

 

 廃工場に辿り着く。すると鶴岡甚太郎と大迫春樹の雄叫びが聞こえた。続いて打撃とは思えない衝撃音が響き、廃工場の中から鶴岡甚太郎と大迫春樹が吹っ飛んでくる。

 

「なっ!? 鶴岡、大迫、お前ら何やってんだ!?」

「ぐっ……壮月、お前やっぱり来たのか……いや、あいつらがネオ蜘蛛の手先じゃないとは言えないだろ? もしかしたら罠かもしれねぇ。だから先に来てカチ込んで確かめてたんだ……」

「ま、結果はご覧の通り。ネオ蜘蛛とか特に関係なさそうってことが分かった程度だ。しかし、チッ……ロバート・フレージャー……マジで強いな……ここまで一撃でのされるといっそ清々しいぜ……」

 

 和泉壮月は廃工場の中を覗く。そこにはジムのような設備が整っていた。ボクシンググローブを付けたロバートが首の骨を鳴らしている。

 

「キタカ、ソウゲツ……ハヤク、コイ……」

「……ッ!」

 

 和泉壮月は震えた。それは恐怖か? 否、畏敬の念が魂を奮わせたのだ。圧倒的な強者の余裕がロバート・フレージャーの全身から放たれている。生唾を呑み込んだ和泉壮月は歩を進め、真っ暗な廃工場に足を踏み入れる。直後、数々の投光器が真っ白なライトを眩く照らした。あまりの光量にしばらく視界が潰れる。それも慣れてくると、いつの間にかパイプ椅子に紅谷慶志郎が座っていた。

 

「ようこそ、我らが秘密基地へ。我が王よ」

「紅谷……!」

「これから君の“家庭教師”となる僕らが、君を新たなる次元へと召し上げよう……」

「……なんだっていいさ。お前らの思惑がどうあれ、強くなれるならそれに越したことはないからな……」

 

 和泉壮月は拳に巻く包帯をロバートより渡される。拳を守るための巻き方を教わり、ロバートの後を追いかける。

 

「……ヨク、ミロ……」

「?」

 

 大きなコンクリートの壁の前に立ったロバートは腕を構える。何をするのかと思った次の瞬間、“拳王”ロバート・フレージャーは目にも止まらぬ早業でコ(・)ン(・)ク(・)リ(・)ー(・)ト(・)を(・)削(・)り(・)取(・)っ(・)た(・)。

 

「なッ!?」

 

 ガギッ。というコンクリートが削れるような音が響く。そんなことすれば折れるのは指の方だというのに、ロバートは軽々とステップを踏んでいた。とても重厚だが軽快でもある足さばき(フットワーク)だ。素早く・重い。そんな矛盾するような表現がピッタリと合うロバートの拳闘術に、和泉壮月は目が離せない。

 

「今のは“拳王”ロバート・フレージャーの奥義にして絶技・斫拳(はつけん)だ」

「……ハツケン?」

「海外では《チッピングアーツ》と呼ばれている。斫(はつ)りとは、主にコンクリートを削ったり、壊したり、切ったり、風穴を開けたりする作業を意味する解体工事用の専門用語だ。つまりロバートは、そんな言葉が似合う拳闘術を持っているボクサーなのさ」

「……!」

「そして今の技は《削拳(さくけん)》……ロバートにとっては、た(・)だ(・)の(・)ジ(・)ャ(・)ブ(・)だ」

「なっ……今のが、ただのジャブだって……!? コンクリートの一部を削り取ったんだぞ!? フツー拳を壊しちまうだろ、そんなの!」

「極限まで鍛え上げられた筋肉なら可能なんじゃないかなぁ? 実際ロバートの拳には傷一つないわけだし。人間の可能性ってスゴイよねぇ」

「…………っ!!」

 

 和泉壮月は絶句する。それは背後で見守っていた鶴岡甚太郎と大迫春樹も同様だった。

 

「……ツギ、イクゾ。メヲ、ハナスナ……オマエハ、コレ、オボエル……」

「────えっ……?」

 

 轟音。ロバートの“ただのストレート”がコンクリートを壊す。

 

「今のは《壊拳(かいけん)》……」

 

 続いて風切り音。コンクリートを切りつけるような拳が空を切る。直後、コンクリートに鋭い切り傷が入った。

 

「今のは《切拳(せつけん)》……ロバートは“ナイフ”と呼んでいる。でもナイフより切れ味があるんだからタチが悪い。どうせなら“カタナ”と呼んでもイイくらいだよ」

 

 続いて轟音。コンクリートに人の頭くらいの風穴が軽々と開けられる。ガラガラと崩れる瓦礫。

 

「それは《穿拳(せんけん)》……ロバートは“ドリル”と呼んでいる。足から腰、腰から腕への回転がミソだ」

 

 続いて爆発。コンクリートが完全に破壊されて粉々に砕け散った。

 

「最後のそれは《斫拳(はつけん)》……ロバートが“スマッシュ”と呼んでいる最終攻撃(トドメの一撃)だ」

 

 ロバート・フレージャーによるスラッピングアーツの全てを見せられた和泉壮月は、しばらく呼吸を忘れていた。人間の究極系。超人的な奥義。その粋(すい)に見惚れぬ者はいない。

 

「さて、我が王よ。これから君には、この斫拳を修得してもらう」

「……はっ!?」

「もちろんロバートほどの膂力(りょりょく)がなければ、どれも不可能な技だ。しかしそれに近い技術を修得することは可能だ。なぜなら今しがたロバートが見せた技の全ては、ジャブ・クロス・フック・アッパー・ストレートという、五つの基本技でしかないんだから」

「────い、今のが、基本技……?」

「そうさ。特別に難しいことは何もしていない。こちらの拳王は、基本技を極めたからこその頂きに立っている男だ。もちろんナイフやドリルは多少の技術が必要だ。しかしそれは決して才能に邪魔されるほどの難易度が高い代物じゃない。努力すれば誰でも近い技術を覚えられる、れっきとした“技”なんだよ。特殊能力でもなんでもない、ひとつの技術体系(再現可能な科学)なんだ」

 

 つまり和泉壮月は、ロバート・フレージャーほどの破壊力や技巧は身に付けられないだろうが、それに近い技の真似は可能であると、紅谷慶志郎は語る。

 

「我が王は護身術を会得されている。だがそれは身を守る術という領域から逸脱していない。ならば、ここは攻撃術も修得してこそ、攻守万能の戦士になれるのではないか? そう考えての紹介なんだ。どうだい? ワクワクしてきたかい?」

「……どこがだ。怖いよ。下手したら人を殺しちまう」

「ほう? それはつまり、覚えれば人を殺せるほど強くなれるという自負の表れかな?」

「だったら悪いか。でも覚えるよ。ちゃんと極めて、ちゃんと加減ができるようになってやる。それができなきゃネオ蜘蛛には勝てないんだろ?」

「……話が早くて助かるよ。それじゃあロバート、あとはよろしく」

 

 それから和泉壮月とロバート・フレージャーのスパーリングが始まった。グローブと防具を身につけての練習。ジャブ・クロス・フック・アッパー・ストレートの順で体捌き(フットワーク)を繰り返し、とにかく体に“動きの覚え”を叩き込む。防御に関しては習うより慣れよ。ロバートは言葉を使わず、ひたすら顎打ちと腹打ちを執拗に分かりやすく繰り返すことで、和泉壮月が自然と頭部防御と胴体防御の二タイプのブロッキングを本能的に学ぶように促す。さらに和泉壮月が、ロバートの巧みなステップによってタコ殴りにされることに我慢ならずスパーリングがヒートアップしていくと、わざとロバートは側面に隙を晒すことで和泉壮月にステップをさせ始める。時々気迫を伴って威圧することで本能的にバックステップさせたり、毎回同じ位置に攻撃することで上段攻撃回避(スウェー)や中段攻撃回避(ダッキング)を本能的に覚え込ませ、ほんの数時間のスパーリングで必要な事柄を肉体に叩き込んだ。

 

 日が暮れる。疲れ果てた和泉壮月に水の入ったペットボトルが渡される。

 

「ノメ……オマエ、ナイスファイト……コノ、ケンカ、ワスレルナ……」

「……っ……っ……ぷはぁ! あぁ、サンキュ……ロバートが教えたいこと、なんとなく分かってっから……」

 

 人は一日でどこまで強くなれるのか。本来は長い研鑽を積まねば登れない高み。そこに無理やり押し上げる為には、学ぶ者の才能が必要不可欠である。凡人なら疲れ果てただけで終わるだろう。だがもし和泉壮月に戦闘センスがわずかでもあれば、今後死線を潜る中で今回の練習が芽吹き、きっと秘められし才能が開花するはずだ。

 

「……サイゴニ、シャドーボクシング、オシエル……コレカラ、ズット、ソレ、ヤレ……」

「……オーケー」

 

 今までの総復習とも言えるシャドーボクシングの流れを教わった和泉壮月は、最後にロバートからDVDを渡される。どうやらシャドーボクシングの流れが入っているらしい。忘れた時に見ろということだろうか。

 

(……《削拳(ジャブ)》《壊拳(ストレート)》《切拳(ナイフ)》《穿拳(ドリル)》《斫拳(スマッシュ)》……どれも真似できる気がしねぇけど、それに近い俺(・)な(・)り(・)の(・)方(・)法(・)は編み出せる気がする……)

 

 和泉壮月は廃工場を後にする。日が沈みかかっている。夕方以降の外出は禁止。それを守るため帰ろうとした時、鶴岡甚太郎と大迫春樹の雄叫びが聞こえた。

 

「オルァ!」

「ドルァ!」

 

 二人の拳が頬に命中して共に倒れる。

 

「……お前ら、何やってんだ?」

「おう、壮月か……大迫の野郎が喧嘩ふっかけてくるからよ……今、引き分けに終わったところだ……」

「ケッ……互角以上にやりやがって……おう、次は壮月だからな。覚悟しとけよ」

「え、嫌だよ! なんで理由もないのに殴り合いしなきゃいけないんだ!」

「そうだぜ、大迫。それに壮月にゃもうコテンパンに負けてんだろうが」

「あ? いつ俺がコテンパンにされたってんだよ!」

 

 鶴岡は、負傷していた壮月と互角だった時点で大迫の負け、と言いたいのだろうか。だが言葉足らずなせいか再び二人は胸ぐらを掴み合って罵り合いが始まる。

 

「……なんか元気みたいだから、俺はもう帰るな。明日は鶴岡、あさってが大迫みたいだから、ちゃんと体は休めとけよ」

「おう! またな壮月! ……くぅ~! あんな強い奴と戦えるとかワクワクするぜ!」

「チッ! なんで俺が三日目なんだよ! こうなったら盗めるとこ盗んでロバートの腰を抜かさせてやるぜ!」

 

 やる気を見せる鶴岡甚太郎と大迫春樹。呆れるように微笑んだ和泉壮月は別れを告げて帰路に就く。

 

(ッ……体中の筋肉や骨が悲鳴を上げてるみたいに痛(イテ)ェ……でも悪くない痛みだ。普段使ってない筋肉が筋肉痛になってるのか? ……あー、なんかプロテイン飲みたくなってきたな……この体の痛みを覚えていたい……きっと強くなってる証拠だって)

 

 それは錯覚かもしれないが。少なくとも良い経験であったことには変わりない。

 

          †

 

 帰り道。和泉壮月は目撃した。パトロール中の二人の警察官が、数人の不良たちに説教している。どうやら壁に落書きしているところを見つかったらしい。その不良たちは蜘蛛のマークを身につけていた。十中八九“ネオ蜘蛛”の構成員だろう。そして不良たちは面倒そうに、ヤンキー座りしたり、首を直角に仰いだりして、あくびしながら注意が終わるのを待っていた。

 

(あいつら補導されるな……)

 

 そう思っていたのも束の間、警官は「もう悪さをするなよ」という注意だけで不良集団を解放した。よく観察すれば、不良たちの周囲には壊れた植木鉢や鉄パイプで破壊された石の塀のレンガが転がっている。明らかに破壊行為を働いている。それなのに、なぜ警官はキツイ注意だけに留めたのか。和泉壮月は理由が分からず立ち尽くす。

 

「まさか未成年だから罪に問われない? いや、そんなことあるわけ────」

「そう。あるわけない。我が王の考えは間違ってないよ」

「うわっ!? 紅谷!」

 

 いつの間に背後に立っていたのか、紅谷慶志郎が現れた。

 

「なぜ彼らが補導されないのか気になっているのかい? それはね、賄賂で買収されているからだ。東京の不良界隈じゃ常套手段だよ?」

「なっ────」

「もちろん善良な警官は少なくない。だけど、あーゆー悪徳警官が多いのもまた事実だ。そもそも不良チームは大きくなると、あらかじめ警察内部に裏から手を回して、自分たちの悪行を見逃してくれる都合のいい警官が“自分たちの縄張り”の担当配置になるよう根回しするものなのさ。チーム拡大の戦術としては常識だし、やって当然の手段でもある」

「……そんなこと……」

「あるわけないって? なら一度、東京に来てみるといい。かつて東京を震撼させた“アウトレイジ”や“モルフェウス”……いずれも警察機関では歯が立たない極悪にして悪辣な連中だった。そんなことを可能にしたのは或(・)る(・)後(・)ろ(・)盾(・)があったからこそだと僕は思うね」

「……後ろ盾?」

「マフィアだよ。極道とも言う。要するに巨大な不良チームには、何かしらの裏社会の組織がバックに控えていることが多いんだ。警察機関さえ傀儡とする、巨悪の秘密結社が、ね……それは“ネオ蜘蛛”も変わらない。つまり僕らは最終的に、その裏社会の組織さえ潰さなければならないのかもしれないね……」

 

 それだけ言って紅谷慶志郎は立ち去る。

 対する和泉壮月は、何とも言えない世界の闇を見聞きして、沈痛な面持ちをしながら帰路に就いた。

 

          †

 

 和泉壮月は神浜大東団地に入る。そこは大東区における巨大集合住宅。その近くに和泉家がある。夕暮れを遮る薄暗闇の路地。そこに入ると人影が見えた。一瞬“ネオ蜘蛛”の鉄砲玉かと勘ぐったが、見るに普通の好青年。特に気にせず素通りを決め込む。

 

「やぁ☆ 君が和泉壮月クンだね♪」

「────!?」

 

 横切ろうとした瞬間、唐突に声を掛けられた。そこで和泉壮月は相手の顔を確認して驚く。

 跳ねた白髪。空色を映す三白眼。左目の下には三爪の青い刺繍のようなマークがある。手元にはマシュマロの袋を持っており、ばくばくと食べていた。

 

「たしか────大東区の団地出身で、大東学院に通う中等部三年生。和泉十七夜ちゃんの弟であり、彼女から護身術を習う。自らケンカを売るような真似はしないが、血の気が多いせいか売られた喧嘩は買ってしまう傾向にある。また、周囲の人間を傷つける輩には決して容赦しない。地元の評判を下げる不良の存在を嫌っており、だからこそ今の自分がその不良になってはいないかと少し気にしているカワイイ一面がある────と、こんなところかな?」

 

「なっ……なんなんだ、あんた……!?」

「僕は白蘭。君、沢田綱吉クンと接触したみたいだからさ。ちょっと気になってね~」

「は? サワダ、ツナヨシ……? 誰だそれ……俺、そんな奴は知らないぞ……?」

「あぁ気にしないで。ちょっとお兄さんの弱音を聞いてほしいだけなんだ。いいよね?」

「……??」

「いや~、実はちょっと恥ずかしいんだよ。この世界の沢田綱吉クンに会うのがさ……だってこの世界の彼は、僕(・)と(・)お(・)ん(・)な(・)じ(・)目(・)を(・)し(・)て(・)い(・)る(・)んだぜ? 八兆通りある世界の中でも唯一無二の事象だよ? これは。……だから、どうしたらいいのかちょっと分からなくてさ……いつもなら“友達になって☆”って言えるんだけど、もしかしたら拒否られるかもしれないって思うと……同じ目をしていても、志まで同じとは限らないからね~……それが人間のオモシロイところ☆ つまり僕だって、友情を蹴られちゃうと傷つく心があるってことなのさ」

「…………」

「あ、ちなみに。なんで僕が十年後の世界のことを知っているのかと言うと、それは……ひ・み・つ☆ といっても別に大したことじゃないさ。とある時間遡行者ちゃんが連れ回してる、あのアホ牛クンの物騒なバズーカを一発借りただけ。ハハッ!」

 

 そう言うと白蘭はマシュマロを食べながら路地裏の闇に消えていく。

 

「じゃあね。十年後の沢田綱吉クンの親友♪」

「────? ?????」

 

 和泉壮月はなにがなんだか分からないと叫びたい心地で、謎の青年・白蘭を見送る。

 

「……ま、マジで今のは、なんだったんだ……?」

 

 白昼夢でも見たのだろうか。それとも単にヤバイ人と出会ってしまっただけなのか。

 ともかく和泉壮月は、すぐにでも家に帰りたい気持ちになって家路を急いだ。

 

          †

 

 自宅の前に差し掛かる。そこで三十代程度の男性から困り声を掛けられた。

 

「あぁすまない。君、今が何時か分かるかね?」

「はい?」

「腕時計が壊れてしまったんだ……おかげで時間が分からなくてね……出張先の前に寄りたいところがあるんだが、時間が分からないんじゃ迂闊に動けないんだ……遅刻するかもしれないからね……」

 

 男性はスマホを片手に地図アプリを開いていた。

 それをじっと見つめていた和泉壮月は眉をひそめて返答する。

 

「あの、それならスマホの時計表示を見ればいいんじゃ……」

「────! あぁ、そうか! おぉ、たしかに……なんということだ。これは恥ずかしい。灯台下暗しというやつだね。いやぁ私は腕時計が趣味なもので、時間は腕時計でしか確認しないんだよ……その悪癖のせいでスマホの時間表示に気付かなかった。いやはや、本当に失礼した。おかげで助かったよ。ありがとう。呼び止めてすまないね……本当にありがとう……」

「いえ、気にしないでください……」

 

 和泉壮月は軽く会釈してすれ違う。そのとき背後の足元にカランという音が七つも鳴った。

 

「……ん?」

 

 振り返る。そこには七つの指輪が転がっていた。先ほどの男性が落としたのだろうか。

 

「あ、あの! 落としましたよ!」

「…………」

 

 しかし男性はスマホを見つめて歩き続ける。まさかスマホの操作に集中して聴こえていないのだろうか。ながらスマホは危険だ。その注意も兼ねて、和泉壮月は指輪を拾わず追いかけた。男性の肩に触れる。

 

「あの! 指輪、落としましたよ!」

「あぁ、君は優しいね。警戒心も強い。下手に他人の指輪(モノ)に触れず、丁寧に行動している。本来なら関わらないのが一番だが、関わらざるを得ない場合の最適な行動を取っている。それだけで自衛能力のあるなしが分かる……君は本当に聡い子だ」

「……は?」

「私は川尻浩作。ただのしがないサラリーマン。──《リングは君たちのものだ》……」

 

 固有魔法《暗示》が発動する。

 

「────、……あの、ながらスマホは危ないですよ……」

「おっと。君の言う通りだ。どうしても画面に集中してしまう……スマホを取る時は立ち止まるように意識しないとね……ひとつの物事に囚われてしまうのが、私の悪い癖だ……注意してくれてありがとう……事故に繋がらなくて良かったよ……」

「いえ……それでは、俺はこれで……」

 

 川尻浩作は静かに立ち去る。

 うつろな瞳の和泉壮月は七つのリングを拾うと、大事そうにポケットにしまって帰宅した。

 

          †

 

 和泉壮月は暗闇の中に立っていた。おぼろげな意識が、これは夢だと告げている。だが普通の夢ではない。悪夢とも似て非なる。これは交信。誰かが和泉壮月の夢の中に土足で足を踏み入れた結果の光景。

 

「……クフフ。僕はマフィアが大嫌いです。だが不良(チンピラ)程度なら可愛いものとして処理しましょう。しかしそのリングを使うなら覚悟しておくのですね。あなたたちは僕の嫌いな世界に足を踏み込もうとしている。いや、突き落とされかかっている。もし歩みを止めるつもりがないなら、せめて悪魔と化した沢田綱吉の敵にだけは、ならない方が身の為ですよ……もちろんそれは、僕(・)の(・)前(・)世(・)にも同じことが言えますがね……クフフ……」

 

 パイナップルのような髪型をした紫髪を後ろで結び、左右が青目赤目のオッドアイを持ち、右目には“六”の文字が刻印されている謎の男。片手には三叉の槍を持っており、もう片手は疼く右目を抑えている。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね。僕の名前は六道骸(ろくどうむくろ)。まぁ目覚めた時には、きっとこの夢も忘れてしまうでしょう。なので自己紹介なんてする必要もないのですが……あくまでこれは僕の美学ということで片付けてもらえれば」

 

 和泉壮月の眼前に三叉の槍の鋒が向けられる。

 

「僕は警告しているんですよ。彼に気を付けてください。────六道翁(ろくどう おきな)……この国の影にてトップに立つ男の名前ですよ……六道財閥の社長たる、あの古狸……彼こそは僕の前世にして、今の僕とは決して相容れない脅威の怨敵(マフィアのボス)……」

 

 六道骸は苦虫を噛み潰すように語る。よほど忌々しい標的なのだろう。

 

「六道翁は本気で世界征服の為に動いています。それを危険視してか、世界中のマフィアが本腰を上げて動き始めました。紅谷慶志郎とロバート・フレージャーは、さるアメリカンマフィアの刺客です。中国マフィアとロシアンマフィアも水面下で活動を始めていますが、イタリアンマフィアの最大手たるボンゴレファミリーは現在、内部のゴタゴタが原因で身動きが取れない状態にあります。彼らが最もあなたたちの味方になってくれる存在なのですが、残念でしたね……クフフ……クハハハ……!」

 

 六道骸は、大嫌いなマフィアが内紛状態にあることに愉悦しているのか笑いが止まらない。

 

「……つまるところ、今あなたたちは“マフィア世界抗争”勃発の憂き目、その渦中にあるわけです。そして、そのような世界抗争を事前に防ぐため紅谷慶志郎が遣わされた……裏社会の組織というのは、おしなべてトカゲのしっぽ切りが大の得意ですからね……紅谷慶志郎が見初めた王の器たる和泉壮月、あなたを使って六道翁の息の根を止めるつもりなのでしょう……」

 

 さしずめ和泉壮月は猛毒トカゲ。六道翁を暗殺さえすれば、あとは知らぬ存ぜぬが、さるアメリカンマフィアの目論見ということ。

「まったく吐き気がする……大人が子供を都合のいいように利用する……僕の大嫌いな汚いマフィアの形そのものだ……悪夢の具現にほかならない……」

 

 六道骸は嫌悪感をあらわにする。憎しみに満ちた眼光。その憎悪は夢の空間をより黒く濁す。

 

「いやしかし、六道財閥の崩壊とは……あなたにそのような大役がこなせるのでしょうか? いくらなんでも力不足では? 話が壮大に過ぎるのでは? いえいえ……それもこれも、あなたが“ネオ蜘蛛”に喧嘩を売ったのが事の発端なのですよ……彼らは日本の地下に潜伏して力を蓄えていましたが、そこで決して繋がってはいけない純(・)黒(・)と知り合ってしまった。“ネオ蜘蛛”のヘッドである苫篠牙丞は、最近マフィア界で流通している“ちょっと面白い新兵器”を手に入れてしまったのです……それを倒すということは、すなわち“ソレ”を流通させている黒幕に喧嘩を売ることになるのですよ……この意味が分かりますか?」

 

 六道骸が霧のように消えていく。

 

「クフフ……和泉壮月……あなたはこの国の純黒(じゅんこく)に触れて、はたして生きて帰れるのでしょうかね……」

 

 夢が終わる。幻が消える。うたかたのごとし会話は意識の彼方に。和泉壮月は二日目の朝を迎えた。

 

          †

 

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