アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
クロス作品:「カラダ探し」
4月8日【まさか、“将来の恋人”なの!?】御園かりん
十咎ももこを生き返らせて新生したチームももこが、スタンド・パーフェクトマスィーンを倒して数時間後。
青空澄み渡る正午の気温。寝室で仮眠を取っていた悪魔は涼しくも暖かな心地で目を覚まし、まぶたをこすりながら一階の居間に降りる。人の気配は一つだけ。七海やちよが庭で洗濯物を干している。
(なぎさは散歩。いろは、ほむら、まどかは一旦それぞれの家に帰ったのか)
水を飲もうとした悪魔は、台所に水で浸したコップを四つ発見する。どうやら仮眠を取っている間、チームももこがみかづき荘に訪れて、七海やちよが紅茶を振舞ったらしい。その後チームももこは学校に登校するため急いで家に帰ったのだろうか。
カラカラに乾いた喉に冷たい水を飲み下して一息つく。
そこで七海やちよが戻ってきた。
「ちょっとあなた、その服、脱ぎなさい」
「……え?」
「いいから脱いで。抵抗したら力尽くで抑えるから」
戦闘は避けたい。害意も無いことから、悪魔は渋々上着を脱ぐ。
「下着もよ。というかズボンも汚いじゃない……後ろ向いてるから、全部脱いだらそこに落として」
「いや待て。もしかして洗濯してくれるのか?」
「そうよ。表は泥だらけで裏地は血まみれ。そんな状態で今まで布団に寝ていたの? まったくシーツの洗濯が大変だわ……」
「一応そのへんは配慮して、机の上に突っ伏して寝ていたんだが……」
「あらそう。なら雑巾の場所を教えるから、テーブルと椅子を拭くのはあなたがやってね。ほら、分かったら早く脱いで」
七海やちよは振り返る。悪魔は下着も脱いで全裸に。すぐに匣兵器を開匣して、黒スーツを身に付ける。この一年、思えばまともに着替えた事があっただろうか。まさかシトピ隼人が用意した黒スーツが役に立つとは思わなかった。そう思って悪魔は、自らの使い古しの衣服を手渡した。
「あら、そんな立派なスーツを持ってたのね。なら替えの服の心配はなかったの」
「もし替えの服が無かったらどうするつもりだったんだ」
「寝室に篭っていろと言うつもりだったわ。全裸で歩き回られたら目に毒だもの」
つまり洗濯物が乾くまで、悪魔を軟禁状態にしようと考えていたと。
確かに七海やちよは、まだ悪魔のことを信用していない。なるべく家に閉じ込めておくのは正しい判断だ。
「……とりあえず聞いておくが、オレはこれから行く場所がある。出歩いてもいいよな?」
「……許すと思う?」
そういう七海やちよの心境は複雑だった。絶交ルールのウワサとの戦いでは、悪魔が大きく貢献したことを内心認めている。しかし不安材料であることに変わりはない。ここは自由行動させて様子を見るという手もある。そう考えていることが超直感で読み取れる。
「許すと思うよ。でなきゃ洗濯なんてしてくれない」
「…………」
七海やちよは腰に手をつけ、ため息。何も言わず廊下の奥に去り、洗濯機を回す音が聞こえた。
その隙に悪魔はみかづき荘を出て空を飛ぶ。死ぬ気の炎の噴射で向かうは、神浜市の南西中央に位置する栄区だ。
†
栄区。芸術の街。そこを練り歩く悪魔は、とにかく圧倒されていた。
極彩色にあふれる街並みは、外国どころか異世界に来たのかと錯覚させるほどの絢爛ぶりを見せつける。
道行く道の壁に続く横に長いサイケデリックな抽象画。それは魔女空間の風景を思い起こさせる。
頭上がカラフルな傘で敷き詰められたアンブレラのアーケード街。
大通りに出れば広い芝生にピラミッド型の建物が異彩を放つ。説明版には写真が一枚。夜の街を明るく照らす黄金のピラミッドが写されていた。
街を歩けば目に入るのは色彩と図形。
街を歩けば耳を打つのは音色と歌唱。
街を歩けば鼻に付くのは塗料と砂糖。その他諸々。
絵の具。絵画。音楽。料理。ありとあらゆる芸術が試行錯誤される世界。
それが栄区という街なのだと、悪魔は感心するほかない。
そして歩きに歩けば舌を巻くのは路上ダンスと路上アート。踊り狂うストリートダンサーから気軽に声を掛けられたかと思えば、なんの突拍子もなくダンスバトルに誘われる。断る素振りを見せれば、ダンサーは空気が悪くなる前に笑顔でハイタッチして、また別の人を誘う。そして悪魔は、ふと目の前に落とし穴を見つける。だが勇気を出して近付けば、それが巧妙に計算されただまし絵だと分かった。
さらに歩きに歩いていると、肌にひりつく怒号がこだました。罵声のような喝を入れる大声があたりに響き渡る。巨大な紙の上に巨大な筆を肩に担いでぶん回す水墨画の絵師は、キエイと奇声を上げて躍動的な字を走り書く。どうやら今日の芸術公園では、水墨画のコンテストが行われているようだ。黒装束の和服の男性や女性が髪を結って一生懸命に筆を振るう。その光景は、なぜか江戸時代の一幕を想起させた。
(絵画に音楽……工芸や芸能もあるのか……スゴイな……)
栄区の中心は、基本的にグローバルな芸術を取り扱っている。
その一方で工匠区方面に近付けば、そこには日本の伝統芸術が残されている。
道路に影。頭上には数千枚が一枚となった天蓋。そこには世界中の青空を撮った写真が正方形に並べられてビルとビルの間に吊るされていた。風に吹かれてパラパラと音が鳴る。
悪魔は芸術に関して特にピンとこず興味も関心もない。だが街を歩くだけで鮮烈な作品が五感に浴びせかかってくる。その感覚にはえも言われぬ驚きがあった。この芸術の街に足を踏み入れた者は創作意欲が強烈に刺激され、誰もが三日坊主であれ芸術にチャレンジしたくなる。いやチャレンジしてしまうのではないか。そしてそこから新たな芸術家のタマゴが生まれるのではないか。そう思わせるほどの魅力が、煌びやかに街を飾り立てていた。
躍動の街は今日も騒ぐ。故に喧騒が嫌いな芸術家は、防音設備が万全な住宅街の自宅に篭る。
そして看板には次の文章が。
────
†
正午過ぎ。栄総合学園。午前の授業が終わり、昼食を済ませ、午後の部活が始まる頃。
漫研美術部G室には、窓を眺めるアリナ・グレイと、そんな彼女を気にしている御園かりんが居た。
「…………」
アリナのカンバスには、黒く禍々しい人物画。黒い人の背後には、藍色の女神が無垢な愛の両腕を伸ばして首元に抱き着こうとしている。だがそれを海色の北風が荒々しく吹き払い、翡翠の太陽がひび割れている。黒い人の心臓は剥き出しで、それは人間の赤色とは異なり、穏やかだが火傷するようなオレンジ色の果実になっていた。題名は【無価値の旅】
そして、その“完成した”“説明するような絵”を一度、完全に破壊して“先に進むため”“白く塗りつぶした”結果。
アリナのカンバスには、黒く禍々しい螺旋の名残が、多くの虹を巻き込んで狂い喰らうような抽象画が出来上がっていた。題名は【恩讐の祈り】
(……アリナ先輩、昨日からずっと窓の外を眺めていているの……昨日は一日中徹夜して飲まず食わずで、あの絵画を完成させたみたいだけど……驚異の集中力と情熱なの……さすが先輩なの……)
しかし御園かりんは心配だと不安がる。いつもなら作品が完成したら、次のテーマを探すためフィールドワークに出かけたりするのに、今日は何もせず夕焼けを眺めているだけ。これは明らかにおかしい。何か異変が起きていると、アリナとの付き合いが長い御園かりんは感じていた。
しかし実際のところ、御園かりんの心配は全くの杞憂だった。現在のアリナ・グレイは、単に“連作”の構想を練っており、その為にはまばゆいオレンジ色が必要だと無意識に判断して窓の外の夕焼けに惹かれていたのだ。つまり次のテーマは既に見つかっており、今は思索段階にある。それももう少し。あともうひと押しの刺激で真っ白なカンバスに着手できる。喉元まで出かかっているような、新たな芸術の兆候に対し、アリナは内心苛立ちつつも平静を装い、唸るような心地で思索を凝らしていた。
そんな時、部室の戸がコンコンと叩かれる。
(……!? こんな時に誰なの!? 先輩が集中している時にドアをノックするのは自殺行為なの……! それは美術部の生徒や顧問の先生なら知っていること……なら、どこの馬の骨がやって来たの! これは非常にまずいの! わたしも巻き込まれて怒られちゃうの!)
戦々恐々とする御園かりん。さらに部室の戸は許可を得る前にガラガラと開かれた。
(死んだの! かりん・ジ・エンドなの……っ!)
アリナ・グレイの雷が落ちると怯え竦む御園かりんは、知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりか顔を俯けて漫画の原稿と睨み合う。対するアリナ・グレイは集中しているためか、どうやら戸のノックに気付いていない様子。つまり
「邪魔するぞ」
(邪魔するなら帰ってなのー! 「あいよー」って言ってそのまま本当に帰れなのー!! 誰も突っ込まないし追わないからー!)
不意にアリナ・グレイの耳が反応する。聞き覚えのある声色。それはかつて窓から現れた悪魔の少年のものだとすぐに分かった。
「……。……ようこそデビルボーイ。で、今日は何を話しに来たワケ? ドアから入ってくるなんて、一昨日と比べて行儀がいいんデスケド」
「話はない。ただ親睦を深めに来た。将来の協力者がどういう人間なのかは把握しておきたいからな。のちのち協力関係を築くなら、互いのことを知っておくのは必要だろ?」
黒いスーツに身を包んだ悪魔は、適当な椅子を見繕って引きずり、適切な距離感で椅子に落ち着く。
「部活動の邪魔はしない。まぁ、いるだけで邪魔だと言うなら帰るが……」
「別に。静かにしてれば居ないも同然ダカラ。逆に少しでも音を立てたら追い出す。OK?」
「オーケー。了解した」
悪魔とアリナのやり取り。悪魔は瞑想するように目を閉じると下を向いて眠りに就く。対するアリナは筆を執って絵を描き始めた。その様子を見守っていた御園かりんは、いったいどういうことかと考える。
(? ?? せ、先輩とこの人は知り合いなの? っていうか学校に黒スーツって、どんな見た目なの!? 年齢はわたしと同じくらい? だけど……貫禄は、そこらの先生より先生してるの……少し怖いの……眉間にシワを寄せてるし……両手に全部指輪つけてジャラジャラしてるし……)
そこで御園かりんは勇気を振り絞って会話を試みた。
「…………あ、あの! その……先輩とは、お知り合いなの? あっ、わたし、御園かりんと言うの……」
「……そうだな。つい先日知り合った。よろしく、かりん。オレは悪魔だ」
「あぁ、そうなの……。…………────え、悪魔ぁ!?」
御園かりんの大声。次の瞬間、筆が握力によって砕かれる音が室内に響き渡った。
「ご、ごめんなさいなの先輩! 静かにしてるの!」
お口にチャックした御園かりんは、しかし漫画に集中できず、悪魔とアリナの関係を予想する。
(せ、先輩に、男の人の知り合い……? ま、まさか────)
思い出せば、先ほど悪魔は“親睦を深める”“将来の協力者”と口にしていた。
そこから導き出される御園かりんの推理とは────
(────まさか、“将来の恋人”なの!?)
悪魔は椅子からガクリと滑り落ちそうになる。が、なんとかこらえて意識を他所に集中させた。潜在能力開放魔法により悪魔の中で無理やり目覚めさせた超直感はコントロールが利かないのが難点だ。近くにいる人間の心を何でもかんでも読み取ってしまう。
(そ、そんな……芸術一筋で恋愛には全く興味なさそうというか、縁のなさそうな先輩が……で、でも、先輩は顔は良いし、芸術に妥協を許さないところは怖い時もあるけどカッコイイし、好きな男子が出てくるのも納得……? なの!)
悪魔は思考を掻き乱される。それを避けるために瞑想をしているのだが、なかなか上手く行かない。もはや本当に眠りに就きたいくらいだと、吐息に混ぜてため息をついた。
(…………でも待つの。そもそも名前が“悪魔”ってどういうことなの? 明らかに変人なの! そんな変な人をアリナ先輩に近付かせるわけにはいかないの! ……って思ったけど、アリナ先輩も変人だから、むしろ気が合うかもなの。類は友を呼ぶ? 的な……)
悪魔は頭が痛くなる。
(となると後輩として出来ることは……1、見守る。2、応援。3、……、……。とりあえず見守って、必要なら応援するの!)
(3は思い付かなかったんだな……)
(そもそもの話、部室にまで乗り込んでくるのはかなりの勇気がいるはずなの! つまりこの人、かなりのガツガツ系なの!)
(ナヨナヨ系とかなら、よくすずから言われていたが……ガツガツ系と言われたのは、さすがに人生で初めてだな……)
(でも部室に入ったら静かに居眠り……これは部室に入る時に勇気を使い果たして、きっと言い出せずにいるの!)
(何を?)
(そう、きっとこの人は────“入部希望者”なの!)
悪魔は目を開く。同時に御園かりんが質問してきた。
「あ、あの! もしかして、あなたは……入部希望なの!?」
「…………すまないが、オレはあまり芸術に興味ないんだ」
「じゃあ何しに来たの!?」
御園かりんのツッコミ。不意にアリナの方からオーラが放たれる。その威圧感は少女を黙らせた。
「ごめんなさいなの……」
ヒソヒソと呟くように、かぼそい息で小さく謝る。
(……何しに来た、か……。単に人となりを確かめるため、アリナの心中を読む意図もあったが……さすがはプロの芸術家だ。内面は芸術のことばかりで、読んでも仕方がない事ばかりだ。そしてネットに載っていた情報や、キュゥべえから聞いていた前評判通り、芸術家にはありがちな、かなり“ろくでもない性根”をしていることは確かなようだな……)
一心不乱にカンバスを塗りたくるアリナ・グレイ。その心中は恐ろしいほどに一途で純情。集中を妨げる邪魔者に向けた殺意は本物だし、死を描くならリアルな死を体験したい、死体を描くならリアルな死体を見たい、という情熱も真剣そのものだ。まさしく常に鍋をかき混ぜるが如し。渦巻く感情の波は、毎日が嵐のように
(さて、こんな異常者……もとい、面白い奴と協力関係に至るためには……いったいどれだけ苦労すればいいんだろうな……)
超直感で判明する、どうしようもない気難しさ。我が強すぎる人間との付き合い方は、とにかく振り回されて《コツ》を掴むしかないと直感する。コツとは即ち、何をすれば気が向くのかを知る事だ。それは知識ではなく経験でしか手に入らない情報。故に悪魔は、こうして時間が作れる限り、アリナの下に足を運ぼうと思って訪れている。
やがて御園かりんは、心の中で悪魔とアリナの関係性について予想という名の妄想を終えたのか決着をつけて、原稿に取り掛かる。その大部分が誤解だということを説明したかったが、アリナからは静かにしろとの仰せなので説明できない。そして悪魔は、今後の御園かりんの動向を直感。頭を抱えるが、それすらも利用してアリナと仲良くなれればいいと考えた。
†
放課後。夕暮れの美術室。窓の外は暗雲一色。小雨は徐々に強まっており、遠雷が鳴り響く。直後、閃光と轟音が教室を襲った。
「きゃっ!?」
「…………」
御園かりんの悲鳴と、やや驚いて目を見開いたが筆を執る手は止まらないアリナ・グレイ。
一方の悪魔は雷鳴で目を覚まし、時計を確認。現在時刻は六時手前。およそ五時間も眠っていた。
「は、春の夕立なの! 春雷なの! というか雨がゴーゴーと言い始めたの! ここまで来ると春
春は柔らかな雨と相場が決まっている。だというのに、まるで夏のような雷雨の厳しさに御園かりんは怯えながら怒り出す。
「……フールガール。りんごジュース買ってキテ」
「えぇ! い、今、いいとこなの……」
「りんごジュース。早く持ってキテ」
「う……うぅ……先輩はいつも後輩使いが荒いの……」
御園かりんは立ち上がろうとする。そこで悪魔が先に席を立った。
「オレが買ってくるよ。かりんは何が飲みたい?」
「えっ!? い、いいの……?」
「あぁ。今いいとこなんだろ? オレは眠っていただけだからな」
「……! そ、それじゃあ、お願いするの! 先輩はりんごジュースで、わたしは……じゃあ、同じのでいいの!」
「了解した」
悪魔は教室を出て自販機に向かう。すれ違う生徒は悪魔を見向きもしない。他人には霧の構築で一般生徒に見えている。ただしアリナやかりんの前では隠し事をしないよう努めているため、ありのままで姿を現す。
自販機でりんごジュースを二本購入。部室に戻る。御園かりんに配る。
「ありがとうなの!」
続いてアリナ・グレイの所に持っていこうとしたら、御園かりんは「あっ……」と何かを言いかけた。そこから直感したのは、どうやらストローを差してから上げないとキレられるそうだ。呆れるように口の端を釣り上げた悪魔は、仕方なくストローを差してから皮肉交じりにアリナに手渡す。
「どうぞ、お嬢様」
「サンキュー」
悪魔は定位置の椅子に戻る。その時、御園かりんの妄想が爆発した。
(なんか今の執事っぽかったの! 黒いスーツだし! わがままな令嬢に内心呆れつつ世話を焼く優しい若執事みたいだったの! 令嬢と執事は年齢が近くて、同じ学校に通うも、執事気分が抜けなくてクラスメイトなのに上下関係を意識して話してしまうの! そしてこれがラブコメなら、ヒロインの令嬢はツンデレで、執事はチート級になんでもできるの! そして令嬢のわがままに毎回答えて、実はそれは愛の試練なんだけど、それに気づかない執事はトホホと終わるのが定番な────)
「なぁ、かりん。漫画は描かないのか? もう放課後だし、イイトコなら終わらせておいた方がいいんじゃないか?」
「────! た、たしかにそうなの! 教えてくれてありがとなの! あとネタをくれてありがとなの!」
その想像力の餌食にされた悪魔は思った。御園かりんも芸術家、もとい漫画家のタマゴなのだと。
†