ハートフルワンダーランドに友達と行ってきた 作:A00913
センパイが扉の取っ手をひねると、鼓膜が破れそうなほどの歪な音で、喉が引きちぎれそうな叫びが部屋中に響き、フシギの国への門は開かれる。
センパイは躊躇することなく部屋に入り、俺たちもその後に続く。
理解不能な幾何学的な模様の時空のはざまを、俺たちは進む。
感覚としてはわずかな浮遊感があるのみで、移動している感じはあまりしない。
センパイは俺たちに振り向くことも、声をかけることもなく、終わりへと速やかに進んでいた。
その先では、人魚の歌声のような狂気的な音楽が聴こえて。
今にも狂いそうなほどに心臓が入った多くのカプセル装置が視界を支配して。
赤い空間が俺たちの四方に広がっていた。
その中央では、3体のワンダーアニマルたちが目を閉じて、静かに眠っていた。
「これが・・・ワンダーランドの・・・秘密」
センパイはカプセル装置に近づこうと一歩踏み出すが、何かに気付くと二歩退いてしまった。
視線の先を見ると、カプセル装置に入っていたのは人間の心臓。
「涼、あれは・・・」
「・・・ああ、遊園地にいた人々の心臓だ」
啞然とした表情でレオとセンパイは、そのカプセル装置をじっと眺めていた。
マネージャーも、その光景に言葉を失い尻もちついてうずくまる。
この部屋に赤色以外の色はない。
「涼・・・どういうことだ?なんで、心臓を・・・」
レオがか細い声でセンパイに質問を投げかけるが、装置の中に入った未だ動く心臓を眺めるだけで、何も答えようとはしない。
「涼、答えろ!」
問いかけたところで答えなんか帰ってくるはずもない。
フシギの国は、俺たちの常識をはるかに超えた所にあるのだから。
「な、なにか儀式を始めているのでは?人間の心臓を触媒にした儀式を....」
マネージャーが尻もちついたままセンパイを見上げて、恐れおののくような声で呟いた。
そんな状況の中、俺は部屋の奥にあるステージで目立っている壁に取り付けられた直径1メートルはある巨大なハート型の石に、視線を奪われた。
石は赤く光り、心臓に共鳴するように鼓動している。
そして中心には一つの小さな心臓、子供の心臓がはめ込まれていた。
「こ、これは・・・」
俺の体は自然と石に近づいていく。
センパイたちが止めようとするのも気に留めず、ステージに向かって一歩一歩歩みを進めている。
「拓也?おい、拓也!」
レオの呼びかけにも応じず、快感で全身が痙攣するオレは虚ろな目をして歩き続けた。
あの小さな心臓。
何度思い詰めても心のどこかで引っ掛かり、見ていると疼くあの心臓。
ココロの笑顔が、ココロの不安が、ココロの声が、脳裏にとどまり、オレの心を揺さぶり続けるあの小さな心臓。
ワンダーアニマルの前に差し掛かったところで、拍手の音がステージの上から聞こえてくる、センパイたちのざわつく声を尻目に、俺は心拍数の上がった胸を押さえながらその音がした方へ視線を向けると、冷ややかな笑顔を振りまくフシギが浮いていた。
「ようこそ、ハートフルワンダーランドへ」フシギはそう告げると、ステージ上に降りてきて俺たちに向け、深々とお辞儀をした。
カラフルな照明がフシギを照らす。
「皆さん、ハートフルワンダーランドは楽しんでいただけたかな?」
フシギはマイクなしでステージ全体に響き渡るくらいの大声を出し、その声に俺たち4人は身構えた。
「楽しんでいただけたかな?」
念を押すようなフシギの質問に、少しの沈黙のあとセンパイは静かに答える。
「・・・ああ、楽しかったよ」
確かに楽しかった。
ジェットコースターに観覧車、メリーゴーランド。
どれもこれも、大人の俺達や始めてのココロにとって、かけがえのない体験ばかりで。
「それはよかった」フシギは満足そうに笑うと両手を大きく広げて、高らかに宣言する。
「……私は、人間を愛しているッ!!」
その言葉に俺たち4人は思わずたじろぐ。
人間の心臓をこんな場所に閉じ込めて、殺人という最も犯してはいけない人間のルールを破ったコイツが……人間を愛している?俺はフシギの言葉の真意を確かめようと口を開いたその時だった。
「故に、人間を6次元の存在へ、超意識体へ昇華させる。それが私の目的だ!」
「な……ッ!」
フシギの突拍子もない発言に淫獣拓也たちは言葉を失った。
そんな淫獣拓也達を無視するかのように、フシギは話を続ける。
「何を言っているのかわからない部分もあると思う。丁寧に、順を追って説明しよう。」
6次元、超意識体というのは、フシギの話によると、まず過去、現在、未来を4次元時空で言う物体として扱うことができる次元。
それが6次元で、この次元では自分たちが選択し得なかった可能性全てを網羅することができる場所らしい。
この6次元の世界では、過去に入り死んだ人ともいつでも干渉することができる。
つまり、どんな夢でも叶う世界。
そして超意識体というのはその6次元に適合するための姿。
わかりやすく言えば、肉体がなくとも意識を維持できる存在。
フシギの説明を一通り聞いた俺は、思わず口を開いた。
「じゃあ、ココロは.....この遊園地にいた人達は、みんな超意識体になったってか……?」
野獣モードの推測にフシギが答える。
「そう」
あまりにも短い一言だったが、その言葉にはどこか重い。
俺たちが見た人間の心臓の入ったカプセル装置は、肉体を失った人々の本体だということを理解させられた。
「私はね、わかったんだよ。人間はこのままじゃいけないってことね」
フシギが大げさな身振り手振りをしながら説明を続ける。
「人間ってさ、体があるじゃない?だから必ず死が訪れるんだけど、そのせいで誰かしら辛い思いをするのね。これは生物の罪なんだ。だから私は考えたのさ!肉体を捨て、意識を永遠に保てば、誰も辛い思いをしなくて済むと」
確かに死の概念がなくなれば、辛い思いもすることはない。
でも、それは……生物としての5感を手放すということ。
それはつまり、人間としての感情を失うことになるんじゃないだろうか?
「だから、すべての人間を超意識体に昇華させたい。そのために、今動いているのさ!」
そう言うとフシギはウサギの仮面を被り突然歌い始めた。
まるでミュージカルのように、ステージ上で一人、歌を歌い始める。
その歌声に呼応するかのように、壁一面に埋め込まれたハート型の石が赤く点滅し、心臓を共鳴させるかのように鼓動した。
「肉体は生物の感情を司る大事な器だ。これを取り除いた人間は、無感情になるじゃないか!」
その歌声を遮るように、センパイが声を張り上げる。
「バカなことを言いやがって!そんなことをしたら……人間は人間でなくなる!」
センパイの言葉に、フシギは高笑いしながら拍手を送る。
笑いながら転げまわって、ステージを右往左往し始めた。
「……君はなかなか面白いね!この私に意見するなんて」
拍手を止めたフシギはセンパイのことを睨み付けた。
冷たい眼光に思わず背筋が凍るような思いがする。
「人間が人間である理由とはなんだ?そんなのは幻想に過ぎない!私がこの考えにたどり着いたのは、他でもない。大切な人の死がキッカケだった」
フシギはそう言うと、ウサギの仮面をゆっくりと外した。
その下から出てきた顔は、涙で溢れていた。
「お前たちみたいなセックスだけが取り柄のホモ連中に何がわかる?快感だけを求めて日々男を貪るような、ド淫乱なお前たちに、何がわかる?」
「そ……それは」
フシギの刺々しい言葉に、センパイは言葉を詰まらせる。
俺たち淫獣は恋人や伴侶を見つけることができない、フシギのような大切な存在を見つけることなんてあまりないだろう。
「淫らな感情だけで生きているお前らにはさぞ肉体は大切だろうな!でも、私は違う!私にとって肉体などどうでもいい!意識だけで、永遠に存在し続けることが大事なんだ!肉体のコミュニケーションにとらわれるお前らには、到底たどり着けない境地だ!」
フシギは血走った目で自分の思想を俺たちに訴えかけた。
まぁ、フシギの言う通り俺達ホモは精神よりも、肉体的な繋がりを重んじる。
セックス以外に、肉体でのコミュニケーションはあるだろうか?人の暖かさを感じるのはセックスの時しか、ないのか。
人と人がわかり合うのは、意識だけで完結しちゃうのか?
「でも、それでアンタの思い通りになるのかよ!ビルダー拓也は嫌だぜ!アンタに超意識体に変えられて永遠に意識をここに閉じ込められるのはよ!」
ビルダー拓也の悲痛な訴えを聞いたフシギは、ハッと鼻で笑う。
「意地汚い猿が。お前たちぐらいだ。体の重要性をこんな激しく訴えるのは」
「いや、セックス以外でも、体が触れ合う瞬間は、確かに存在するのさ」
俺の言葉に、フシギは心底呆れた顔で、溜息をついた。
「あのさぁ……君たちホモがセックスする時ってさ、どうせ愛撫とかキスとか、そういう愛を確かめる行為をすっ飛ばして、すぐに性器を挿入したいんでしょ?そんな性欲で生きるお前らにはわからないだろうけどさ」
「わかってないのはお前の方だ!家族同士でも、体で愛情を確かめ合うことができるだろ!人はただ、話し合いだけで愛を確認してるわけじゃねーんだよ!」
フシギは拓也の言葉を聞いてもなお、意味が分からないといった様子で、頭を掻きむしった。
「ああそうか!残念だな!それじゃあ、君たちには眠ってもらおう。永遠にね」
「な、なに?」
フシギが指を鳴らすと、目の前にいるワンダーアニマルの目が赤く光り始めた。
そして、俺たちのカラダをネムネムの触手が縛り付け、頭を締め上げまどろみに誘う。
「ぐあッ……」「や……ヤメロ!」「うぐッ」
ハァハァ喘ぎ続ける拓也たち淫獣拓也は悲鳴を上げた。
必死に抵抗しようとするが、力に敵わず、そのままどうしようもないほどに深淵へ深淵へ引きずり込まれていった。
「はははは、ココロの友人たちもちゃんと着席してくれたようだ。準備は整った。さあ、はじめようか」
フシギは壁に埋め尽くされたハート型の石に向けて手を掲げると、心臓の鼓動が早まり始めた。
目が赤く輝き、心臓が脈打つごとにドクン……ドクンと意識空間である6次元へ近づいてくる感覚を感じる。
6次元に行けば行くほど、心臓も大きく脈打っていくのがわかる。
ああ、どうすることもできないまま、ビルダー拓也たちは自分の意識が沈んでいくのをただ、見ていることしかできない。