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自然に、……いや、私は意識的に下腹部の方へと指を伸ばしてしまう。目の前にした蜜柑の、劣情を催す光景がどうしても溜まっていた何かを猛烈に意識されて。
足に力が入らない。ぐだっと、音をたてないようにしながら私は膝をつく。特に何も敷かれていない廊下の床、膝が当たると少し痛く感じたけれど、それよりも先に欲しかったのは、性器を刺激する何かだった。
肩にかかっている鞄が邪魔だった。腕を器用に動かすためには一度それを下ろさなければいけない。けれど、衝動的に動かそうとするその指先は、不器用にそれを下ろすことさえ意識は向かない。
(なんで、なんで)
心の中でそう呟いて、冷静じゃなくなっている頭を、なんとかすっきりさせようと、より下腹部に手を伸ばしていく。音は立てないように、声は出さないように。
「……帰ってこないうちに、もういっかい」
部屋の中にいる蜜柑は、私が帰ってきているということや、私に見られているということにも気づかず、そのまま自身の指先を、先ほどと同じように下腹部をまさぐるように伸ばしていく。
「ぁあ……、あっ、おね、お姉ちゃん……」
ひたすら私のことを呼ぶ官能的な声を吐き出しながら、その快楽の行く先を求めるように、彼女の指が彼女の中をかき回す音が聞こえてくる。私は未だに下腹部へと指は届かないまま、届いても下着が上手くずらせないまま、そうしてもどかしさだけがどうしても大きくなる。
触りたい、触りたい。
だって、ずるい。ずるいじゃないか。私だけなんで我慢をして。我慢しているせいでもやもやしているというのに、それを蜜柑だけ一人楽しく、時間を過ごしているのなんて、ずるいにもほどがあるじゃないか。
今まで感じたことはない、ずるい、という三文字の嫉妬。これまで蜜柑がどれだけ家族から優遇されていた場面があっても、お姉ちゃんだから、と自分に言い聞かせて、それでのらりくらりと躱して何も思わなかったけれど、今この時だけは確かな実感として心に宿る。
少しだけ頭が冷静になる。冷静になって、胸も少し窮屈になっていることに気づいて、制服のボタンを少しだけ外して緩和する。鞄に絡まっていた腕をするりと抜いて、ようやくその手を欲しい場所へ伸ばしていこうとする──。
『一人でするとき、結構声が聞こえてくるから、もしやってもわかっちゃうからね?』
──だが、伸ばして、少し下腹部に触れただけで、私はその動きをやめてしまった。
蜜柑が、このリアル頑張る期間を始めたときに、私に言っていたこと。
自分ではわからないけれど、それでも私はそういうことをするときは声が大きくなる、と彼女は言っていた。しかも、一人でするとき、という詳細な状況を付け加えてだ。
もし、ここで自慰に励もうとしていることが、彼女にばれたら?
「あっ、すご……。もっと、……おくっ」
扉から覗ける彼女の痴態。私に気が付かないままで、そのまま指をかき回している。
お腹の中が、きゅん、と弾むような衝動。弾んで、その動きによって、何かが欲しいと体が言っている。何か、なんて嘘だ。指が、彼女の指が欲しい、いや、別に私の指でもいい。
でも、もしここで蜜柑にそれがばれてしまったら、この先どうなるんだろう。
私から提案したことで、それで私たちの関係をリセットできる機会を見出したのに、それを自らで無碍にするのはあまりにも馬鹿なのではないか。
そう正論を心の中で呟いてみるけれど、それに対して、性欲は人間の機能だから、と言い訳をする自分もいる。最近までは知らなかったのだから、知ってしまった今、それから逃れようとするのは愚かなのではないか、とか、そんな感情も浮き上がる。
「……」
理性が弱まっているのを自覚する。こうなれば自棄だ、という気持ちになって、彼女にばれてしまってもどうでもいい、という結論に落ち着いてしまう。
窮屈だった胸にそのまま手を伸ばせば、そのまま蜜柑が愛してくれた乳首に触れられる。ブラは邪魔だけれど、間接的な刺激であっても、それは心地よさに変わる。
片手は胸に伸びて、もう片方は下腹部に伸びる。先ほどまで絡まっていた鞄は私の枷にはもうなっていない。もう容易く、あそこを触ることができるはずだ。
本当に、触っていいのかな。触って、いいのだろうか。
何度も心の中で自問自答を繰り返すけれど、でも、最初に約束を破ったのは蜜柑の方じゃないか。蜜柑とリアルを頑張るって二人で約束していたのに、それを一人で楽しんで、愉しんで……。
……もう、いいよね。
そうして、ようやく私は決心が固まったから、性器を覆っている下着に手を伸ばして、それを少しだけ横にずらしていく。直接露になる私のあそこが、外気に触れることにうずうずとする感覚が更に強くなる。
でも──。
「──だーめっ」
心臓が跳ねた。どくん、と重い鼓動が鳴った。その苦しさに、ひっ、と私は声を漏らしながら、部屋から、扉から、いつの間にか目の前にいた、蜜柑の声にようやく視線を向けた。
■
蜜柑は私の両腕を掴んで、行動を禁止するようにそれを上にあげた。押し倒されるような構図に、正直どきどきとする気持ちは消せないけれど、そのようなことをしている蜜柑の表情は、まるで小悪魔のように悪戯を楽しんでいるようだった。
「なん、で……?」
いろいろと言いたいことはある。けれど、初めに出たのはそんな三文字だった。
いつから気づいていたのか、とか、いつから一人でそんなことをしていたのか、文句のような気持ちが口に出そうだったけれど、それよりも先に気持ちとして出たのは、なんで止めたの、という欲望でしかない。
それを汲み取ったのか、蜜柑は微笑みながら答える。
「だって、お姉ちゃんはリアルを頑張る期間なんでしょ? そりゃ、私だって頑張るけど、言い出しっぺのお姉ちゃんがオナニーしちゃ意味ないでしょー」
んふふ、と舌なめずりをするような声で私を転がしながら、未だに私の手を解放してはくれない。
「で、でも、蜜柑だって約束破ったじゃん!」
「んー? 私は約束はきちんと守ってるよー?」
「う、うそだよ! だって、さっきまでその、お、おなにーしてた、……じゃん」
苦し紛れ、というように私は声を返すけれど、それでも蜜柑は様子が変わらないまま、悪戯っぽい笑みをいつまでも浮かべている。
「だから、お姉ちゃんがオナニーをしても仕方ない、許してー、ってこと、でいいのかな?」
「……」
声は返さないまま、私は静かにうなずいた。はっきりと声に出して返事をするなんて、そんなの恥ずかしすぎるから。
「でも、約束をきちんと思い出してみなよ」
特有の余裕を崩さないまま、蜜柑はそう呟いてくる。
約束、という言葉をそのまま飲み込んで、蜜柑の言葉の通りに思い出そうとするけれど、それでも何か引っかかるようなことはない。
「思い出せない? それなら、もう一度教えてあげるね?」
ふふ、と甘ったるい声を、いちいち私の耳元にちらつかせながら、くすぐるように彼女は言う。
「お姉ちゃん“は”しばらく、そういうことは禁止って、約束したんだよ?」
「……へ?」
そうして、彼女の言葉をきっかけにして、数日前の記憶が戻る。数日というほどでもないかもしれないけれど、それでも部屋で蜜柑と会話をした言葉を、思い出してしまう。
『──せっかくリアルのことにお互い集中するわけだし、お姉ちゃん”は“しばらく”そういうこと“は禁止ね!』
「あぁ……、あぁぁぁぁ……」
一気に力が抜けてくる。力が抜けて、息のような声だけが喉から漏れていく。
わかった? と蜜柑は笑いながらそう聞いてくる。私はそれに返答することはできないまま、確かにそうだ、という理解を、今さらながらに覚えてしまう。
「きっと、触りたかったよね? もしかしたら触られたかったのかな?」
そう言いながら、蜜柑は両腕から手を放して、私の身体へと手を伸ばす。
「きっと、おっぱいを揉まれて、乳首を爪でこすられて、指先で転がされたかったよね」
言葉で私を凌辱しながら、該当する箇所に指を伸ばしては、触れずにそのまま違う場所へと手を伸ばしていく。
「おまんこも触られたかったんだよね。ほら、スカートからお姉ちゃんのあそこが見えちゃってるよ? 触られたい、って泣いてるみたいに濡れてる」
触れるくらいに近くなって、触れないように手はしまわれていく。それでも、彼女の熱度を間接的に一瞬感じて、膣に疼くような渇きのものは、もっと広がっていく。
「でも、ダメだよ。約束だもん」
蜜柑は、そう言った。
「私はリアル頑張ってるよ? きちんと、勉強もしているし、友達との人間関係っていうのかな、そういうのも頑張ってる。でも、私が頑張ってるのに、お姉ちゃんが頑張らないっていうのはおかしいよね?」
「……」
こくり、と私は重くうなずいた。半ば泣きそうな気持にもなって、声を出す気力はもうゼロでしかなかった。
「だから、お姉ちゃんにはリアルを頑張ってもらわないとっ! オナニーしてる暇なんてないんだからさ!」
激励のようにかけてくる言葉群。でも、それは糾弾のようにも感じるし、何よりも、禁欲を無理矢理にさせられている状況であることを認識せずにはいられない。
「い、いつ、まで……?」
それでも、辛うじて吐き出せた言葉。性欲の塊でしかない言葉を吐き出していることに自分自身で驚いてしまうけれど、そんな余裕はどこにもなかった。
「うーん。とりあえずしばらくは、じゃない? リアルの頑張りなんて、期限とか定めても意味ないだろうし」
「……」
彼女の言葉に、私は項垂れるように力を失くしていく。腕に力は入らなくなって、何をする気力もなくなってしまう。
「──でも」
蜜柑は、ひとつ息を耳元に向けて吐いた後、隠し事を共有するように、彼女は続ける。
「お姉ちゃんがどうしてもって言うなら、一週間後とかでもいいかなー?」
「……!!」
私は、希望のようなその言葉に顔を上げた。
「一週間だよ? しかも、明日から一週間。きちんと禁欲して、それで頑張れたら、お姉ちゃんには特大のご褒美を上げちゃう」
「ほ、ほんと……?」
「うん! 嘘はつかない!」
私は、彼女の言葉に、ようやく安堵に似た気持ちを抱いて、ほうっと息を吐いた。
「これから一週間、我慢できる?」
「うんっ、できる!」
「そっか、えらいねぇ」
よしよし、と蜜柑は私の頭を撫でながら、そうっと私から立ち上がる。
「じゃ、今日から一週間、禁欲頑張ってね」
蜜柑はそう言い残して、彼女の部屋に戻っていく。今度は丁寧に扉をきちんと閉めて、中の様子が見えないように。
言いたいことはたくさんあったけれど、それ以上に一週間という期限が設定されたことで、私は日中や先ほどよりも、より明るい気持ちが自身の中に生まれていくのを、心の中で実感する。
「……」
よし、と心の中で吐いて、私は力が入りづらい身体を起こす。
一週間。一週間。それに耐えられれば、ご褒美がある。
何度も心の中で復唱して、頑張るための原動力にする。
私は、そうして一週間の禁欲生活を耐えることにした。
ちなみに、蜜柑がドアを少しだけ開けていたのは本当に偶然です。
なお、柚子が鞄を下ろしたり、制服のボタンを外す衣擦れの音で気づいた模様。