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その日はそわそわが止まらなかった。
自分でも何を期待しているのかわからない。……いや、わかってはいるんだけれども、それを言葉で表現するのはどこか恥ずかしいような気がして、ただただ悶々とする時間を繰り返している。
朝起きてからベッドの上で、布団の上でごろごろとしたり、携帯の時計を確認して、まだまだ夜には遠いなぁ、とか思ったり。でも、あともう何時間か過ごせば蜜柑とそういうことが出来るんだなぁ、とよくわからない気持ちでいっぱいだった。
朝食を食べて、それから蜜柑とすれ違う。
ここ最近の雰囲気は変わらずで、今日も黙々と食事をとったけれど、それも今日で終わり。今日の夜でいろいろな気持ちを発散したいし、発散されたい。こういうのって相互的であるからこそ恋人だよね、っていう気持ち。確かに蜜柑にとってはひどいことをしてしまったし、それはそれとしていろいろ私にだってできないことはあるし。そんな風に頭に過る諸々を、今日こそ、今夜こそは晴らしたい気持ちでいっぱいになる。
お父さんは有休をいちいちとってきたみたいで、朝からテンションをあげている。未だに仲睦まじい夫婦なんだなぁ、と思うと、その元気に私も染まるような感覚。それでも暗い表情を浮かべているような蜜柑の顔を見て、ううーん、と少し悩んでしまう部分はある。
でも、しょうがない。こればかりは安易に解決できる問題でもない。だから、安易に声をかけることもしない。
二人で、そうして家族も合わせて四人で食べていく。食べて、両親との会話が弾んでいく。
「今日は二人は予定あるのか?」
そんな風に、行儀悪く口に食べ物を突っ込みながら私たちに聞いてくる。私はそれに首を振る。家でゆっくりしてるよー、と間延びした声をあげながら、その裏では色々やるんだけどね、と悪戯みたいな感情が渦巻いている。
「私はあるよ」
それに蜜柑は平然と答える。
そういえば、昨日から予定が入っていることを言っていたはずだから、そうだよな、と頷いていく。けれど、こんなクリスマスの日にどこに行くんだろうな、という一瞬の猜疑心。
「柚子はいつも頑張ってるからなぁ、ゆっくり休めばいいさ。それにしても蜜柑がお出かけっていうのは珍しいな。……あれか、恋人ってやつか!」
「……それ、セクハラだから」
蜜柑がそう返すと、お父さんは「親子の会話でセクハラぁ?!」と驚いたように、それでいて揶揄うように返していく。それに呆れたように「今時はそんなもんなんでしょ」とお母さんが付け足して、そうして一連の会話については締められていく。
セクハラ、セクハラかぁ。
……いや、食事時に何考えてるんだ私。そこまで色ボケに染まってしまったのだろうか。
蜜柑の言葉でいろいろなことが過ってしまったけれど、それは別に今考えることじゃないでしょ。それは今夜にこそ考えるべきだというか、……いや、あれだ、今はとにかくそういうことを考えるものじゃない。
……でも、蜜柑の日中の予定ってなんだろう?
そんな率直な疑問。
聞いてみたいけれど、今聞いても空気的に「セクハラだから」という言葉で返されて終わるだけなような気がする。
だから、まあ、あとで。蜜柑が出かけるときになったら聞いてみよう。それまでは何をして過ごそうか。
そんなことを考えながら、私たちは朝食を平らげていた。
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るんるんと鼻歌を歌いながら、お母さんとお父さんは出かけていく。ラブラブっていうのはいいことだけれど、それはそれとして家族同士でそういうものを見せつけられると少々気まずいような感じ。
でも、いつか蜜柑との関係とかがバレてしまったら、同じような気持ちにさせてしまうのだろうか。やはりそれには申し訳ない気持ちもあるような、それでも難しい気持ちがあるというか。
複雑な気持ちを抱きながら、両親の背中を見送っていく。蜜柑はもう既に支度をし始めているようで、見送っていたのは私一人だけだった。
そうして家の中は二人きり。今準備しているというのであれば、今しか聞くタイミングはないような気がする。
少し慌ただしく階段をかけ上っていって、それから間の部屋の扉をノックする。こんこん、と小気味のいい音が耳に届いて、それに「どうぞ」と少し無愛想だと思ってしまう蜜柑の声が聞こえた。
がちゃっ、とノブを捻ってから中に入る。換気をしているせいか、部屋の中だというのにどこまでも冷えている温度感。その中で、彼女は平然と着替えをしている。
している、というか、めちゃくちゃ服を選んでいる。
「ね、熱心だね……」
最初に出た感想がそれだった。
蜜柑はベッドの上で携帯のカメラを立てて、自撮りをするみたいに自分の着る服のそれぞれを比較している。私の言葉に、うーん、と声を返しながら「今日は大事な日だからねぇ」と言ってきた。
「大事な日?」
「……そう、大事な日」
「は、はは。そ、そうなんだ」
大事な日って、なに?
もしこの後すぐに私とお出かけをする、とかいうサプライズがあったのならば大事な日という意味合いもわかるけれど、私が絡んでいない大事な日というのは何?
……いや、いやいやいや、自意識過剰すぎるというか、自分勝手すぎるというか。一気に心の中が冷えるような感触に自分自身で驚いてしまう。
「と、友達と遊ぶ感じなのかな?」
「まあ、そんな感じ」
「そ、そうなんだ?」
それにしてはめちゃくちゃこだわってるね? と付け足して彼女の反応を見る。
なんというか、現状見ただけの感想を捉えるのなら、恋人にでも会う直前、と言ったような雰囲気。
ほら、なんか大事な日、とか言っていたし、とても服装にこだわっているし。確かに友達と出かけるときでも服装は大事だけれど、でも、そこまでこだわるの? と訝しんでしまうくらい。
「と、というか、あれじゃない? 冬なのに、そんな肩出したら寒くない?」
「……別によくない?」
「よ、よくないと、お、お姉ちゃんは思うけどなぁ」
「あっそ」
「……」
──やっぱり変だ、と思ってしまう。
昨日から蜜柑の雰囲気が冷たい。そりゃあここ最近は仲違いをしてしまっていた(されていた?)部分もあって、気まずい部分はあるよなぁ、と勝手に納得していたけれど、それにしたって彼女の様子はどこまでも変だ。
まるで本当に恋人と出かけるために準備をしているような。……よくよく見れば、グロスとかも塗られているし。
「あ、あれかな? もしかして、……恋人とか、…………できた?」
「……」
それに彼女は沈黙をする。
途端に、心臓に針が刺されるような感覚──。
「違う、よ」
けれど、その感覚は一瞬で抜け去っていく。
「というか、いちいち説明する必要ある?」
「え、えーと、蜜柑ちゃんのお姉ちゃんとして、私は知っておきたいかなぁって……」
「……ふーん」
興味がなさそうに蜜柑は返事をする。目の前で服を脱いでは椅子に掛けて、またクローゼットから一着を取り出す。その繰り返しの作業。
「今日、会うの」
「……えっ?」
「……今日、カナコさんと会う予定なの」
そんな時に、蜜柑はそう呟いた。
「カナコさん?」
「そう」
「……カナコさんって、誰?」
心臓に針を刺した感覚は抜けたけれど、有刺鉄線でも巻かれているかのように窮屈になる苦しさが胸に宿る。
「別に、ネットの人だよ」
「ネットの……」
「うん、今日、オフ会だから」
「オフ、会?」
「まあ、オフ会っていってもカナコさんだけなんだけどね──」
「──だ、だめだよっ!」
胸の苦しさを吐き出すように、私はそうして彼女へと叱る声をあげる。
「そんなネットの人と会うなんて、だ、だめでしょ! あ、危ないかもしれないよ?!」
「えー? 大丈夫だよ。カナコさん、いっつも優しいし」
「い、いつも……?」
うん、と頷きながら蜜柑は「あっ、これにしよ」とようやく今日出かけるための服が決まったらしい声をあげる。でも、そんな場合ではなくて。
「い、いつもって、その人とはいつも会ってるの?」
「会ってるっていうか、通話しているっていうか。実際、今日会うのは初対面だね」
「や、やっぱ怪しくない? そういうのって、なんか怖いと思うんだけど──」
「──カナコさんのこと、悪く言わないでよ」
そんな時、氷の刃でも突き刺すように、凍てついた視線を向けてくるみかんの声が届いた。
「──え」
「──っていうか、さっきからなんなの? 意味わかんないんだけど。私がどこに出かけようとお姉ちゃんには関係ないことじゃん」
「そ、そりゃあそうだけどさ──」
「わかってるなら出てってよ、気が散るから──」
「──や、やだっ」
服を決めた蜜柑の冬っぽくは感じられない薄着、その肩や脇腹の露出を見て、その肩を掴む。
「そんなネットと会う人なのにそんな服着るとか危ないって! その、カ、カナコさん? ……って人を私はよく知らないけれど、それでもネットの人と会うのは──」
「──あー、もう! うざい、うざいうざいっ!」
「う、うざい……」
そう捲し立ててくる彼女の言葉に、素直に心は傷つく。
「カナコさんはいつも優しくしてくれるの。いつも私のお話聞いてくれて、いつも気持ちを楽にしてくれるのっ! それ、お姉ちゃんにできた? お姉ちゃんは私にしてくれた?!」
「────」
「何も私にしてくれなかったのに、こういう時だけしつこいのうざいから!!」
掴んでいる肩を外されて、そのまま私は扉のそばまで押し込まれる。
「もう出て行って。……ああ、もう時間ないのに、柚子のせいで更に時間無くなっちゃうじゃん」
「で、でも──」
「うっさいっ!」
バタン、と扉は勢いよく締められていく。
「……」
そうして、部屋の前。
廊下、ひとりきり。
『──それ、お姉ちゃんにできた? お姉ちゃんは私にしてくれた?!』
「……っ」
せっかく、せっかくクリスマスイブを、蜜柑ちゃんと過ごすことが出来ると思ったのに。
ただ、蜜柑に変な人が来ないのか、心配しただけなのに。
それでも、蜜柑のそんな言葉が胸に刺さる。
胸に刺さって仕方がない。
力が入らなくて、とぼとぼと自室へと帰っていく。
なんで、こんなことになったのだろう。
そんな気持ちで、布団の温もりに包まれることしか、私にはできなかった。
蜜柑「……やりすぎたかな」と自室で少し後悔している模様。
なお、カナコさんというのは「仮の名の女子」で「仮名子」と、蜜柑がそう決めました。