※この作品はR-18です。

妹によるお姉ちゃん開発日記   作:ひざぎ

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第五十話

□

 

「は、は?」

 

 私は送られてきた写真の意味がわからなくて、立ち止まって画面を見ていた。

 

 見覚えがあってしまう風景。私と蜜柑が一緒に行った場所。

 

 あの時の記憶は鮮烈に覚えている。忘れられる訳がない。

 

 だから、この写真は間違いない、……と思う。わからない。

 

 え、えっと、あれかな。カラオケとかかもしれない、よね?

 

 なんかそういう柄のカラオケルームとかあったような気がするし、……うん。

 

 そ、そうだよ。カラオケとか、そういうやつだよ。ネカフェとか、絶対そうだよ。私が変に意識しているせいでラブホテルに見えているだけ。なんかそう思えば光の加減とかも違うような気もするし──。

 

 ──じゃあ、なんで蜜柑は写真を送ってきたんだろう。

 

 カラオケだとして、それを送る意図はなに? カラオケにいることを教えたいのなら、カラオケの画面とか見せるものじゃない?

 

 意図が分からない。意図がわからないから怖い。

 

 どく、どく、と心臓が爆発しそうなくらいに早くなって、胸が更に痛くなる。ただでさえ苦しかったのに、血管に更に無理やり大きく血を流すみたいな、苦しい感覚。

 

 なに、これ。

 

「意味、わかんない……」

 

 そんな独り言を呟いては、より急がなきゃいけない気持ちに駆られて、走らなきゃと足を動かす。

 

「……はは」

 

 走って、どこに行けばいいんだろう? 

 

 カラオケ? ネットカフェ? それともやっぱりラブホテル?

 

 ラブホテルに行って、それで蜜柑が出てきたら、私はどうすればいいの。

 

「……」

 

 でも、ジッとしていても苦しいだけなのはよく分かってる。分かってるから、一応、足は動かす。良くないとわかっているけれど、スマホに『どこ』

 

とだけ打ち込みながら。

 

 返事は、すぐに来た。

 

 

 

『わからないのかな?』

 

 

 

 そんな端的な文章。

 

 やってきてくれた返信に、私はどのような文面を送ればいいか考えてみる。

 

『カラオケ?』

 

 ラブホテルかもしれない、という気持ちが大部分だけれど、それでもそうあってほしいと願いを込めて。

 

『へえ』

 

 立て続けに返信はくる。

 

『わからないんだね』

 

『やっぱりそんな程度なんだ』

 

『ほんとにひどいね』

 

 そんな連続した文章に、違う、と送り付けてやりたい気持ちになる。気づけばまた私は立ち止まって携帯を打とうとする──。

 

 

 

『ゆずちゃんは、本当にひどい子なんだね』

 

 

 

「──は?」

 

 

 

 そんな他人行儀すぎる、……いや、他人としか思えない文面。

 

 私は、その連絡に早足になった。

 

 

 

□

 

『だれですか』と急ぎながら打ち込んだ。その間、それでも足を踏み出して、私はラブホテルだと決めつけて走っている。

 

 意味がわからない。意味がわからない。本当に意味がわからない。

 

 蜜柑が私に怒っているとしても、『ゆずちゃん』という呼び方には違和感しか覚えない。

 

 蜜柑に距離を取られている時だって『柚子』と、ぶっきらぼうだけれどそう呼んでくれていた。

 

 だから、これは違う人が書いているものだと思う。せめてぶっきらぼうにするなら、より他人行儀に『柚子さん』とか送ってくるはずだ。

 

「はぁ、はぁ」

 

 嫌な予感は大きくなる。走ってるせいか、それとも不安のせいか、どちらにせよ心臓が痛い。青痣でもつけられているような苦しさ。

 

 携帯の画面をちらちらと見ながら、返信が来ることを待ち続ける。既読はついているものの、返事はまだこない。

 

 あともう少しで蜜柑と言ったホテルの近く。違う可能性をまだ期待しているけれど、もうそんな期待は自らに対する嘘でしかない。

 

 そんなタイミングで、ようやく返事がやってくる──。

 

 

 

「────」

 

 

 

 ──返事、だけれども写真。

 

 ────手の、指先の写真。

 

 ──────糸を引いている、艶しかない指先の写真。

 

 

 

「あ、ああぁ」

 

 

 

 ──嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。

 

 全部、蜜柑の悪戯だ。そうだ、きっとそうだと思う。

 

 私を焦らせるために、私を煽るために、蜜柑がわざとそんな写真を送ってきてるんだ──。

 

 

 

『わかったかな?』

 

 

 

 ──わからない。

 

 わかりたくない──。

 

 

 

『蜜柑ちゃん、すっごいです』

 

 

 

 ──やめて。

 

 やめてください──。

 

 

 

『こんなに糸引いててかわいいね?』

 

 

 

 ──嘘だもん。

 

 絶対に嘘だよ──。

 

 

 

 やってくる他(・)人(・)か(・)ら(・)の(・)文(・)章(・)に対して、とうとう私は自分の気持ちさえ誤魔化すことができなくなった。

 

 

 

□

 

 どのくらいの間、呆然としていたのだろう。

 

 返信は送れなかった。そして返信も来ることはなかった。

 

 ホテルの前にたどり着いて、ひとりぼっち。

 

 行き交う男女のカップルの群れ、その背中を見送りながら、ただ呆然と立ち尽くしている。

 

 たまに声をかけられる。今暇? と茶髪でピアスをした男。

 

 ──くだらない、とそう思った。

 

 うざい、とだけ返して携帯を見つめる。

 

 糸を引いているあの手の写真ばかり見ている。その背景の壁紙と電灯を見て、やっぱりラブホテルなんだ、とそう確信をする。

 

「いやいや、そう言わずにさ? お小遣い、欲しいっしょ?」

 

「……うざい」

 

「はは、頑固だねー。でも、こんなところで立ちんぼしてるってことは──」

 

「──うざいって言ってんの!!」

 

 自分でも出したことのない大きな声。

 

 人には優しくしなきゃって、いつも思っているはずなのに、今はそんな気力もない。

 

 ちっ、と舌打ちをされる。ノリ悪いな、と悪態をつかれても、さっさと消えろよ、としか思えない。

 

 私にはそんな暇がないの。あんたみたいなくだらないやつと関わりたくない。

 

 だから、離れてくれてせいせいする。それでも胸に残っている青痣みたいな苦しみを、私はどうすることも出来ないのだけれど──。

 

「──あ」

 

 そんな、男をあしらったタイミング。

 

 携帯の電池も半ばまで減り、いよいよここで立ち止まる意味もないな、と思えてきてしまった頃合い。

 

 私は、その声に顔をあげる。

 

 やけに紅潮している頬の色。

 

 慌てて出てきたのだろうか。視線をちょっとだけ逸らしながら、それでも私に気づいているらしい声。

 

「……蜜柑」

 

「な、なんでここにいるの? 危ないよ──」

 

「──しらない」

 

 せっかく、いちばんに会いたいと思っていた蜜柑が目の前にいたのに、それでも不躾な言葉で返してしまう。今となっては、なんかすべてがどうでもよかった。

 

「し、知らないってなに? というか、本当に危ないよ、こんなラブホテルの前で──」

 

「蜜柑こそ、なに」

 

「……え」

 

 私は、それから空を見上げた。

 

 何時間くらいぼうっとしていたのだろう。外はもう暗くなっている。出かけた時と携帯の時間を比較して、その差異の大きさを理解する。

 

「ずっと、ずっとここにいたんだもんね? 何時間も、三時間くらいずっと、ずーっとここで遊んでたんだもんね?」

 

「え、あ、いや──」

 

「ずーっと、ここにいたんだもんね?」

 

 声が尖る。

 

 そんなことが言いたいわけじゃないのに。

 

 それでも、溢れる衝動を抑える気持ちが生まれない。

 

 ただただ、乱暴に言葉をぶつける。やり場のない気持ちを発散するために。

 

「許さない」

 

 絶対に、許さない。

 

「蜜柑は、──私だけのものなのに」

 

「──ぁ」

 

 ばしっ、と乱暴に蜜柑の手を取る。それに蜜柑は声を出すけれど、それ以上には抵抗してこない。

 

「じゃ、行くよ」

 

「あ、え? ど、どこに?」

 

「……そんなの、決まってるでしょ」

 

 ……私は、そのまま目の前のホテルへと蜜柑の手を引いた。




蜜柑(あ、あれ? ちょ、ちょーっと予想と違うな……?)と内心そう思っているようです。

というわけで次回から本番です。覚醒した柚子ちゃんをお楽しみに!
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