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「は、は?」
私は送られてきた写真の意味がわからなくて、立ち止まって画面を見ていた。
見覚えがあってしまう風景。私と蜜柑が一緒に行った場所。
あの時の記憶は鮮烈に覚えている。忘れられる訳がない。
だから、この写真は間違いない、……と思う。わからない。
え、えっと、あれかな。カラオケとかかもしれない、よね?
なんかそういう柄のカラオケルームとかあったような気がするし、……うん。
そ、そうだよ。カラオケとか、そういうやつだよ。ネカフェとか、絶対そうだよ。私が変に意識しているせいでラブホテルに見えているだけ。なんかそう思えば光の加減とかも違うような気もするし──。
──じゃあ、なんで蜜柑は写真を送ってきたんだろう。
カラオケだとして、それを送る意図はなに? カラオケにいることを教えたいのなら、カラオケの画面とか見せるものじゃない?
意図が分からない。意図がわからないから怖い。
どく、どく、と心臓が爆発しそうなくらいに早くなって、胸が更に痛くなる。ただでさえ苦しかったのに、血管に更に無理やり大きく血を流すみたいな、苦しい感覚。
なに、これ。
「意味、わかんない……」
そんな独り言を呟いては、より急がなきゃいけない気持ちに駆られて、走らなきゃと足を動かす。
「……はは」
走って、どこに行けばいいんだろう?
カラオケ? ネットカフェ? それともやっぱりラブホテル?
ラブホテルに行って、それで蜜柑が出てきたら、私はどうすればいいの。
「……」
でも、ジッとしていても苦しいだけなのはよく分かってる。分かってるから、一応、足は動かす。良くないとわかっているけれど、スマホに『どこ』
とだけ打ち込みながら。
返事は、すぐに来た。
『わからないのかな?』
そんな端的な文章。
やってきてくれた返信に、私はどのような文面を送ればいいか考えてみる。
『カラオケ?』
ラブホテルかもしれない、という気持ちが大部分だけれど、それでもそうあってほしいと願いを込めて。
『へえ』
立て続けに返信はくる。
『わからないんだね』
『やっぱりそんな程度なんだ』
『ほんとにひどいね』
そんな連続した文章に、違う、と送り付けてやりたい気持ちになる。気づけばまた私は立ち止まって携帯を打とうとする──。
『ゆずちゃんは、本当にひどい子なんだね』
「──は?」
そんな他人行儀すぎる、……いや、他人としか思えない文面。
私は、その連絡に早足になった。
□
『だれですか』と急ぎながら打ち込んだ。その間、それでも足を踏み出して、私はラブホテルだと決めつけて走っている。
意味がわからない。意味がわからない。本当に意味がわからない。
蜜柑が私に怒っているとしても、『ゆずちゃん』という呼び方には違和感しか覚えない。
蜜柑に距離を取られている時だって『柚子』と、ぶっきらぼうだけれどそう呼んでくれていた。
だから、これは違う人が書いているものだと思う。せめてぶっきらぼうにするなら、より他人行儀に『柚子さん』とか送ってくるはずだ。
「はぁ、はぁ」
嫌な予感は大きくなる。走ってるせいか、それとも不安のせいか、どちらにせよ心臓が痛い。青痣でもつけられているような苦しさ。
携帯の画面をちらちらと見ながら、返信が来ることを待ち続ける。既読はついているものの、返事はまだこない。
あともう少しで蜜柑と言ったホテルの近く。違う可能性をまだ期待しているけれど、もうそんな期待は自らに対する嘘でしかない。
そんなタイミングで、ようやく返事がやってくる──。
「────」
──返事、だけれども写真。
────手の、指先の写真。
──────糸を引いている、艶しかない指先の写真。
「あ、ああぁ」
──嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。
全部、蜜柑の悪戯だ。そうだ、きっとそうだと思う。
私を焦らせるために、私を煽るために、蜜柑がわざとそんな写真を送ってきてるんだ──。
『わかったかな?』
──わからない。
わかりたくない──。
『蜜柑ちゃん、すっごいです』
──やめて。
やめてください──。
『こんなに糸引いててかわいいね?』
──嘘だもん。
絶対に嘘だよ──。
やってくる
□
どのくらいの間、呆然としていたのだろう。
返信は送れなかった。そして返信も来ることはなかった。
ホテルの前にたどり着いて、ひとりぼっち。
行き交う男女のカップルの群れ、その背中を見送りながら、ただ呆然と立ち尽くしている。
たまに声をかけられる。今暇? と茶髪でピアスをした男。
──くだらない、とそう思った。
うざい、とだけ返して携帯を見つめる。
糸を引いているあの手の写真ばかり見ている。その背景の壁紙と電灯を見て、やっぱりラブホテルなんだ、とそう確信をする。
「いやいや、そう言わずにさ? お小遣い、欲しいっしょ?」
「……うざい」
「はは、頑固だねー。でも、こんなところで立ちんぼしてるってことは──」
「──うざいって言ってんの!!」
自分でも出したことのない大きな声。
人には優しくしなきゃって、いつも思っているはずなのに、今はそんな気力もない。
ちっ、と舌打ちをされる。ノリ悪いな、と悪態をつかれても、さっさと消えろよ、としか思えない。
私にはそんな暇がないの。あんたみたいなくだらないやつと関わりたくない。
だから、離れてくれてせいせいする。それでも胸に残っている青痣みたいな苦しみを、私はどうすることも出来ないのだけれど──。
「──あ」
そんな、男をあしらったタイミング。
携帯の電池も半ばまで減り、いよいよここで立ち止まる意味もないな、と思えてきてしまった頃合い。
私は、その声に顔をあげる。
やけに紅潮している頬の色。
慌てて出てきたのだろうか。視線をちょっとだけ逸らしながら、それでも私に気づいているらしい声。
「……蜜柑」
「な、なんでここにいるの? 危ないよ──」
「──しらない」
せっかく、いちばんに会いたいと思っていた蜜柑が目の前にいたのに、それでも不躾な言葉で返してしまう。今となっては、なんかすべてがどうでもよかった。
「し、知らないってなに? というか、本当に危ないよ、こんなラブホテルの前で──」
「蜜柑こそ、なに」
「……え」
私は、それから空を見上げた。
何時間くらいぼうっとしていたのだろう。外はもう暗くなっている。出かけた時と携帯の時間を比較して、その差異の大きさを理解する。
「ずっと、ずっとここにいたんだもんね? 何時間も、三時間くらいずっと、ずーっとここで遊んでたんだもんね?」
「え、あ、いや──」
「ずーっと、ここにいたんだもんね?」
声が尖る。
そんなことが言いたいわけじゃないのに。
それでも、溢れる衝動を抑える気持ちが生まれない。
ただただ、乱暴に言葉をぶつける。やり場のない気持ちを発散するために。
「許さない」
絶対に、許さない。
「蜜柑は、──私だけのものなのに」
「──ぁ」
ばしっ、と乱暴に蜜柑の手を取る。それに蜜柑は声を出すけれど、それ以上には抵抗してこない。
「じゃ、行くよ」
「あ、え? ど、どこに?」
「……そんなの、決まってるでしょ」
……私は、そのまま目の前のホテルへと蜜柑の手を引いた。
蜜柑(あ、あれ? ちょ、ちょーっと予想と違うな……?)と内心そう思っているようです。
というわけで次回から本番です。覚醒した柚子ちゃんをお楽しみに!