※この作品はR-18です。

妹によるお姉ちゃん開発日記   作:ひざぎ

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第五十五話

◆

 

 そのひとつひとつの言葉は静かに呟かれていく。

 

 暗闇に染まっている空間の中、柚子の顔はやはりいつまでも覗くことができない。

 

 それでも、その言葉のそれぞれは耳に届いた。

 

 あまりにも受け止めることができない事実の羅列に、私は、息をすることを忘れていた。

 

「──」

 

 ──あれ、呼吸ってどうするんだっけ。

 

 息を吸うことができない。息は既に吐ききっているのに、うまく酸素を取り込むことができないままだ。

 

 苦しい、苦しいけれど、こんなの苦しくないと思う。違う、苦しい。わからない。

 

「──」

 

 息ができない。ずっと、いきができない。でも、そんなことはすべてどうでもいい。

 

 ──私のせい。

 

 ──ぜんぶ、ぜんぶ私のせいだ。

 

 私が嘘をついたから。私がお姉ちゃんに嘘をついたから。

 

 私が嘘をつかなければ、こんなことにはならなかったんだ。私が嘘をつかなければ──。

 

「──?」

 

 何か、声が聞こえる。聞こえるけれど、何を言っているかわからない。

 

 胸が苦しくて仕方がない。力が入らない。足にも力が入らない。

 

 あれ、私、立ってられてる? わかんない。そんなことを考えている場合じゃないのかもしれない。

 

 謝らないといけない、そうだ、柚子に謝らないと。謝って、それから──。でも、謝ってどうするの? 謝って、私はどうすればいいの?

 

 謝ったところで、その罪は贖えないのに、どうすればいいのだろう。

 

「──? ──?!」

 

 声が、聞こえる。

 

 でも、わかんない。なんて言っているのか、ずっとわかんない。

 

 ごめんね、ごめんなさい。

 

 ちゃんと言えてるかわからないけれど、それでも、ごめんね。

 

 ごめんね。お姉ちゃ──。

 

 ────────。

 

 ────。

 

 ──。

 

 

 

◆

 

 でも、呼吸は楽になった。

 

 

 

◆

 

 なぜか、楽になった。

 

 

 

◆

 

 わからない。わからないけれど、楽になった。

 

 

 

◆

 

「──」

 

 楽になっている。

 

 息を、されている。

 

 

 

◆

 

「──」

 

 暗い景色の中にいる。

 

 呼吸は、ずっと楽なまま。

 

 

 

◆

 

「──んん」

 

 そこで、ようやく音も聞こえる。

 

 意識が落ちそうになる感覚はある。でも、呼吸は楽になって、次第に自分が自分であることを思い出せる。

 

 声が、聞こえる。

 

 息が、聞こえる。

 

 私の中に、聞こえ続けている。

 

「──んふ」

 

「──んっ」

 

 呼吸がやってくる。

 

 無理に呼吸がやってくる。

 

 次第に吸い方を思い出す。

 

 息の吸い方、吐き出し方。

 

 力が失われていく中で、確かに息をする方法を思い出していく。

 

 ──それは、とても心地よかった。

 

「──」

 

 寒いだけの場所で、凍えている唇に、その温もりは伝わっている。その温もりは絶えず私の中で鼓動していて、それが安心させてくれる。

 

 安心? そんなこと、私に許されてはいけないはずなのに。

 

「──ん」

 

「──んひゅ」

 

 それは、舌を絡ませない単純な口付け。

 

 ゆっくりと運ばれていく空気の塊。肺の動かされて、楽になって、苦しくなる。

 

 息が漏れる。口元から息が漏れる。

 

「──ぶはっ」

 

「──はぁ、はぁ。だ、大丈夫っ?!」

 

 口が離れて、一気に楽になる。こんな私を心配してくれるお姉ちゃんの声がすぐ近くにある。

 

 けれど、そんな優しいお姉ちゃんに、私はどうすることもできない。

 

 唇が離れた拍子に私は柚子から遠ざかる。いつの間にかに落ちていた腰に、足から力を入れて、後ずさる。

 

「み、蜜柑……」

 

「……ごめんなさい」

 

 後退りながら、すぐそこにいる柚子に言葉を紡ぐ。それでも償えない罪の大きさは、柚子の近くにいることを許さない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。……本当にごめんなさい」

 

「……蜜柑」

 

「わたし、本当にだめなんだ。本当にいけないことをしちゃったんだ。だから、だめだ、だめなんだ。お姉ちゃんのすぐ近くにいちゃ、だめなんだ」

 

「……」

 

 そうして私はお姉ちゃんを拒絶する。柚子は優しいから、それでも私に近づいてきてくれる。けれど、それに甘えちゃいけないってわかっているから、ゆっくりと距離を置く。

 

 謝っても許されないことをした。それでも謝ることしかできないし、距離を置くことしかできない。

 

 きっと、私が柚子にできる唯一は、そうして離れて、いなくなることで──。

 

「蜜柑」

 

 柚子が私の名前を呼ぶ。感情がこもっていると感じてしま、そんな慈愛に包まれた声で名前を呼んでくれる。

 

 私がそう思いたいだけかもしれない。

 

「ごめんね、ごめんなさい」

 

 絶対に償えないことを謝り続ける。

 

「私、もうお姉ちゃんの隣にいちゃいけないね」

 

「……」

 

「本当に、全部私のせい。私が悪い。最初から、最後まで。お姉ちゃんがこんなことになったのも、私がお姉ちゃんを好きにならなければよかったのにね」

 

「……それは」

 

「私がお姉ちゃんを壊したんだよね。お姉ちゃんを壊しちゃったんだ」

 

 お姉ちゃんから声は返ってこない。相槌も、肯定も否定も、何も返ってこない。

 

「だから、もうおしまいにしよ。お姉ちゃんの言う通り、ぜんぶおしまいにしなきゃ」

 

「……本当に、おしまいにするの?」

 

「わたしは、柚子に責任を取れないから」

 

 罪を贖えないから。

 

 償うとすれば、離れることしかできないから。

 

「──私が汚れちゃったら離れるんだ」

 

「──違うッ!!」

 

 離れなきゃいけないとわかっているのに、それでも聞こえてきた言葉に、私は衝動的に言葉を吐いた。

 

「お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん! 私の大好きなお姉ちゃんなのッ!」

 

「でも、おしまいにするんでしょ」

 

 私が汚れたら、男に犯されたら、それでおしまいにするんだもんね。そうしたくなっちゃうんだもんね。

 

「違う、違うよっ、そうじゃない! そうじゃないの!」

 

 私はお姉ちゃんが大好きで、どんなことがあっても大好きで。

 

 それだけは絶対に変わらない。

 

 どこかの糞男が柚子を犯しても関係ないっ! 柚子が私以外の人と何をしてても関係ない。

 

 私はお姉ちゃんが好き、お姉ちゃんが大好きなの。

 

「だから、いやだけど、……おしまいにしなきゃいけないって、離れなきゃいけないって、そう思って」

 

 お姉ちゃんが大好きだから、自分を苦しめるために離れなきゃいけないって。

 

「あぁ、そっか。そうだ、そうだね。お姉ちゃん、犯されたんだもんね。それだったら、私も犯されたほうがいいよね。じゃないと、本当の意味で罰にはならないよね。うん、わかった、私、犯されればいいんだ。そうだよ、なんでこんなこと思いつかなかったんだろ──」

 

「みか──」

 

「あは、あははっ! ちょっと待ってて! いますぐ男の人に声をかけて──」

 

「──みかんッ!」

 

「──っ!!」

 

 立ち上がって、そのまま柚子の横を抜けようとした。その時に腕を掴まれる。

 

 振り解こうとした。それでも手は離れなかった。

 

「──なんでそうなるのっ! 自分がされたら嫌だってことがわからないのっっ?!」

 

「わかってるよっ!!」

 

「わかってない!!」

 

「わかってるっ!!」

 

「わかってないっっ!!」

 

 怒鳴り声がすぐ近く。

 

 腕を掴まれたまま、顔はいつまでも合わせられない。

 

 掴んでくる手の力が強くなる。何度も何度も解こうとして、その度に力で押さえつけられる。

 

 そして、壁に押さえつけられた。

 

「私がそういうことをされたって聞いてどう思った?! 辛い気持ちにならなかった?! 苦しくなかった?!」

 

「苦しいよっ! 苦しいに決まってるでしょ?! だから私は──」

 

「──だから、じゃないッ!」

 

 押さえつけられて、腕は解けないままでいる。

 

 眼前から怒声が聞こえる。

 

 そして、聞こえた拍子に──。

 

「──」

 

「──」

 

 唇が、重なる。

 

 一瞬だけ熱が伝わって、そして離れる。

 

「私だって蜜柑が好きっ! 好きなんだよ! それをなに?! 私が汚れたら同じことをするの?! ふざけないでよっ!」

 

「──」

 

「同じことをされたら苦しいの! 自分だけの人を他人にとられることは苦しいのっ! それなのに、なんでそんなことをいうの!? なんでそんなことを平気でしようとするの?!」

 

「……だ、だって、そうしなきゃお姉ちゃんに償え──」

 

「──そんなの、償いなんかじゃないっ!」

 

 唇が、重なる。

 

 柔らかい感触に包まれて、腕に力が入らなくなる。脱力して、掴まれていた手がするりと抜けて、手のひらに重なる。

 

 手に指がかかる。かさなる。恋人繋ぎで、私の手を離さないようにされる。それが、その温もりがひどく痛い。

 

「──」

 

「──すき、すき、すき」

 

 私の中で声がする。すき、と言ってくれる声が聞こえる。

 

 その声は絶え間なく続くように思える心地よさを孕んでいる。けれど、それさえも一瞬で離れて、寂しくなる。

 

 こんなこと、私がされちゃいけないのに。しあわせになっちゃいけないのに。

 

「はぁ、はぁ」

 

 無理に交わした口付けに吐息が重なる。鼻先をくすぐるように息に震えそうになってしまう。

 

 けれど──。

 

「……私も、ごめんなさい」

 

 そんな、柚子の声に震えは止まる。

 

 意図を捉えられない言葉に、私はただ呼吸を落ち着かせることしかできない。

 

「ぜんぶ、全部嘘だよ」

 

「──」

 

「蜜柑に、されたら嫌な気持ち、わかってほしかったの」

 

「──う、そ……?」

 

「そう、嘘なの」

 

 その言葉を受け取ることができない。

 

 だって、それが嘘なわけがない。

 

「──嘘だ……」

 

「これは、本当」

 

 お姉ちゃんは優しいから、そんな嘘を教えてくれてるんだ。きっと、そうに違いない。

 

 だって、そうじゃなきゃおかしい。あんなに詳細に話せるわけがない。

 

「嘘じゃ、ない」

 

 視線が交わる。

 

 その視線は私を確かに射抜くようにしていて、それだけに視線を逸らしそうになる。優しい嘘を信じたくなる。

 

「本当に、本当だから」

 

 柚子はそう言いながら、静かにポケットから携帯を取り出した。

 

 

 

□

 

「……どうしよう」

 

 勢いよくホテルの外を出たはいいものの、それでどうすればいいのか、というのは全く思いついていなかった。

 

 蜜柑にも同じ気持ちを味わわせたい、その気持ちは変わらない。けれど、こうしてホテルに置き去りにするだけでそれができるか、と言われれば難しい。

 

 とりあえず、一旦ホテルの外に出る。ホテルの前では少しの列ができていて、カップルのそれぞれが視界に入る。それを無視しながら、寒さを誤魔化すために最寄りのコンビニへと足を運んでいく。途中、行儀が悪いとはわかって入るけれど、歩きながらスマホに触れて──。

 

「──え?」

 

 そして、通知画面を覗いた。そして、その通知に声が出てしまった。

 

『うそ』

 

『ぜんぶうそでした』

 

『ごめんなさい』

 

『おねえちゃん』

 

『私だけをみてほしくて』

 

『うそついちゃった』

 

『ほんとうにぜんぶうそです』

 

『ほんとうにごめんなさい』

 

「う、そ……?」

 

 既読はつけないように通知だけに触れながら、ただただ信じたい文面を見て心が揺らぐ。

 

 ……けれど。

 

「……」

 

 私にかまってほしいから、そういう嘘をついたっていうこと? それだけのために、そんな嘘をついたっていうの?

 

 信じたいような、信じられないような。そんな猜疑心。

 

 それはそれとして、それが嘘であったとしても私の憤りについてはおさまらなくて、この感情をどうしてやろうかな、とそんな暴れっぽい気持ちになる。

 

「……ふーん」

 

 なんとかそんな気持ちを解消するために、いろいろなやり返しを考えてみる。やり返しなんて子どもっぽいし、本当はするべきじゃないんだろうけれど、それでもお灸を据えたい気持ち。

 

 でも。

 

「どんな嘘をつけばいいんだろう」

 

 私は、蜜柑以外とそういう関係になったことがない。だから、他の人がどういうふうに体を触るのかとか、そういう知識はあんまりない。

 

 もし私が嘘をつくのであれば、それは実体験に基づいてのものになってしまう。そうすれば、蜜柑にも自ずとバレるような気がする。

 

『へー? 私にやり返したくてそんな嘘ついちゃったんだー?』

 

 そんな微笑を浮かべて揶揄う蜜柑の顔が、瞬時に思い浮かぶ。

 

「……」

 

 それは、なんか負けたような感覚になるから嫌だ。

 

 でも、嘘をつくとして『他の女の子とえっちした』なんて言っても、やはり信じてもらえる可能性は低い。

 

 ……だったら。

 

「……相談するしかないか」

 

 私は、そうして女バレの先輩に相談することを決めたのだった。




次回、ドチャエロ予定。
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