※この作品はR-18です。

小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い   作:形のない者

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pR【体験入学は突然に!】小宮果穂

 

 早朝の283(ツバサ)プロダクション。

 プロデューサーは朝早くから出勤して仕事に没頭しており、キーボードを叩く音が室内に響き渡る。そこへ、今日も朝から元気爆発の小宮果穂が入室した。

 

「おっはようございまーすっ!!」

「おはよう、果穂」

 

 仕事の手を止めたプロデューサーは、きちんとアイドルの顔を見て朝の挨拶を交わす。

 

「あのっプロデューサーさん! 聞いてください! あたし今度学校で、中学校の体験入学をすることになったんです!」

「おっ! 体験入学かぁ。“学校で”ってことは、果穂のクラス全員で行くのか?」

「はいっ! 来年から通うことになるかもしれない中学校が、どんな感じなのか……スッゴく気になって楽しみですっ!」

「だよなぁ……どんな場所なのか? 雰囲気はどうなのか? 勉強は何をやるのか? 気になることは山ほどあるよな!」

「そうなんですっ! あ、それと体験入学の時は、その中学校の一年生の人たちが、あたしたちを案内してくれるそうなんです! 小学生ひとりに、中学生ひとりが付いて、校舎を見て回るみたいで!」

「へー。……あ、でも、俺の時もそうだったなー。いや、俺の場合は小学生の体験入学の話なんだけどな? 年長組の自分からしたら、小五なんて巨人だからさ! 手をつないで一緒に歩いて……あ、思い出したぞ。肩車してもらったこともあったな!」

「わぁ……!」

「でも、クラス全員で行く“中学校の体験入学”は、俺の小学校ではなかったなー」

「そうなんですか?」

「うん。俺の場所では、自分で学校を選んで、実際に見に行って決める……って感じだったからさ。そういうの、学校ごとに違うのかもな」

「学校ごとに違う……じゃあ、放クラのみなさんも?」

「あぁ、たぶんな。体験入学の経験がある人と、いない人。それぞれいると思うぞ!」

「……ということは、あたしの今回の体験入学は、貴重な体験ってことですね!?」

「それじゃあ貴重な体験を無駄にしないためにも、バッチリ調査しないといけないな!」

「調査……! はいっ! どういう学校なのか、バッチリ調べてきますねっ!」

 

 

 

          §

 

 

 

 後日。体験入学の日がやってきた。

 

 午前十時頃。快晴の青空。とある中学校の校庭では、小宮果穂たち小学六年生の集団が、芝生の上で体育座りをしていた。

 

「────小学生の皆さん。今日は我が中学校に来てくれてありがとうございます」

 

 中学教師の挨拶を聞く小宮果穂たちは、今日のプログラム(調べること)を確認する。

 しかし肝心の中学生たちが見当たらない。小宮果穂は学校案内役の中学生たちを待ち焦がれていると、不意に予鈴が鳴る。ちょうど中学教師のお話も終わった。……すると校舎の昇降口から、黒い制服を着た集団がまばらに現れる。

 

「来た……!」

 

 小宮果穂は小声で呟く。すると小宮果穂の前方に座る女子も小声で呟いた。

 

「整列しないでバラバラに来るんだね?」

「あ、ほんとだ! なんでだろ……?」

 

 ぞろぞろと現れた中学一年生の集団(1クラス)は、ガヤガヤと話し声が飛び交いつつも、素早く整然と一列に並ぶ。

 

「わぁ……スゴい! まだ先生が“並んで”って言ってないのに……!」

「ちゃんと自分で考えて動かないとダメなんだね……しっかりしてないと怒られちゃいそう。あとなんか、うちのクラスの十倍は並ぶの早かったんじゃない?」

 

 いつもワイワイと騒がしく、整列するだけで時間が掛かる小学生とは異なり────多少会話の声はあっても、速やかに整列した中学生。その様子だけで、中学校は小学校より厳しい規律があるのだという印象を与えるには充分だった。

 

(あたしも中学生になったら……あんなふうにカッコよく整列してみたい……っ!)

 

 そこで中学教師が、最後の説明を行なう。

 

「これから君たちの隣に並ぶお兄さんとお姉さんが、この学校を案内してくれます。……ただし! もし何かあったら心配なので、必ず皆さんは中学生の人たちと手をつないで歩いてください」

 

 その時、中学生の列から大声が上がった。

 

『えーっ!?』

『……!?』

 

 その声に驚いた小宮果穂たち小学生は、なぜそんなにも驚愕するのか目を点にする。

 

「恥ずかしくても安全のためです。静かにしなさい」

『はーい……』

 

 どうやら中学生たちは、小学生たちと手をつなぐことを恥ずかしがっていた様子。小宮果穂は何が恥ずかしいのだろうと首をかしげるが、前方に座る女子は俯いていた。

 

「私も、ちょっと恥ずかしいかも……」

「え? そうなの?」

「うん。果穂ちゃんは……恥ずかしくないの?」

「あたしは……別に……かな……?」

 

 その時、中学教師から号令が掛かる。

 

「それでは小学生の皆さん、起立!!」

『……っ!!?』

 

 突然の号令に驚いた小学生たちは、本当に立ち上がって良いのか迷い、あたふたしながら立ち上がる。そして不安げに、担任の小学教師を見やる。すると担任は、ただ静かに頷いていた。ならばと徐々に立ち上がる小学生たち。

 どうやら今日は、初めて知り合う中学教師の指示に従う必要があるようだ。本来そういうことは前もって知らされているはずだが、不思議にも今回は何も知らされていなかった。そして小学生たちは、中学教師から突き刺さるような視線を感じる。そこで一同は思った。

 

 ────もしかしたら今、自分たち小学生は試されているのかもしれない。

 

 ちょっとドキドキ。かなり高ぶる緊張感。

 中学教師は小学六年生の集団を一瞥すると、次の号令を上げる。

 

「それでは中学生と小学生で、ペアを作ってください!」

 

 次の瞬間、またもや中学生の列から驚きの声が上がった。続々と不平不満が飛び出る。

 

「ちょwwww 先生ぃ────!?」

「それ聞いてないんですけどー!」

「なんか今日は抜き打ちって感じっすかー?」

「道理で最初の段取りの説明が少ないと思ったー!」

 

 しかし不満があっても逆らう者はいない。中学生たちは何を言われずとも動き出し、賑やかな声を交わしながら小学生たちに歩み寄る。

 

「おっ! 知ってる顔を発見! オイお前、おれと組もうぜ! 覚えてるか? 去年まで一緒のサッカークラブだったよな!」

「えー。私だれも知らなーい」

「そういう奴は目が合った奴でいいんじゃね?」

「それが無難そーね」

「まった。性別とか気にした方がいい感じ?」

「それは相手に聞けばよくね?」

 

 ひとり、またひとり、中学生と小学生のペアが作られていく。小学生も中学生も、男女別に背の高さ順で整列しているため、双方、真横に並んでいた男女どちらかとペアになっていく。ちなみに小学生は30人近くが並んでおり、中学生は少し多めの40人ほど。となれば小学生の女子の列の中で最後尾に立つ小宮果穂は、当然、自分の真横に立つ身長180cm超えの男子中学生とペアになる────はずだった。

 

 小宮果穂は瞳キラキラ、心ワクワクして振り向く。しかし真横に立っていた中学生男子は、それとなく背の低い順の方へ流れていき、ほかの中学生と会話、ほかの小学生とペアを組む。

 

「……?」

 

 小宮果穂は首をひねるが、特に深く考えることはない。小学生より中学生の方が人数は多い。自分の後ろには、もっと背の高い男子が並んでいる。……しかし、その男子たちまでもが小宮果穂を素通りしていき、列の中央あたりでクラスメイトと会話、小学生の男子や女子とペアを組んでいく。

 

「…………」

 

 なにやら、よくわからない現象が起きている。

 その時、ひとりの中学生男子が声を上げた。

 

「おいおい? お前ら180組がこっち来たら、後ろのガキどもはどうなるんだよ! ったく……」

 

 混雑する中学生の列の中央後ろあたりから、ひとりの男子が抜け出してくる。そして“彼”は気前よく、小宮果穂とその前方に並ぶ女子に声をかけた。

 

「よっ! とりあえず俺でいいか? 女の人がいいなら、適当に見繕ってくるけど」

「あたしは大丈夫です!」

「えっと……私は……その……」

「遠慮しなくていいぜ? ──おーい! 委員長ー! こっち女がいいってー!」

 

 女子小学生の要求を見て察した“彼”は、女子中学生を呼びつける。

 

「はいはーい! 男の人はまだ恥ずかしかったかなー? 私でいーい?」

 

 しかし女子小学生は渋る。なぜだろうと委員長が首をかしげると、“彼”は耳打ちした。

 

「──ほうほう……なるほどそういうことか! ──あのさ? 手をつなぐのは最初だけでいいよ?」

「え……ほんとに?」

「うん! だいじょぶだいじょぶ、バレないバレない。バレたら怒られるのは私だけだし! それと別に、うちのことイヤなわけじゃないっしょ?」

「う、うん……!」

「なら問題なしっ! ほら、早く行こ! ────あー、恥ずかしがり屋さん、かあいいわ~」

 

「声ダダ漏れてんぞロリコン委員長」

 

 呆れ顔でツッコんだ“彼”は、最後に売れ残った小宮果穂と視線が合う。

 

「んじゃ、俺たちでペア組むか?」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」

「おう! よろしく! 元気がいいな!?」

 

 そして“彼”は、列の中央あたりで混雑している様子を観察し、真剣な呆れ顔で苦言を呈した。

 

「悪いな。たぶんアイツら、女子と触れ合うの苦手だったんだろ」

「あ……いえ! 気にしていません! だいじょうぶです! ありがとうございます!」

 

 そういうことだったのだろうか? と小宮果穂は思いつつ、全てのペアが完成するのを彼と待つ。

 

 ────実際のところ、真相は異なる。小宮果穂の真横とその後方に並んでいた男子たちは、小宮果穂がア(・)イ(・)ド(・)ル(・)であることを知っていたのだ。そのため、恐れ多いあまり近付けなかった、と言った方が正しい。

 

 ふいに“彼”は、小宮果穂の頭頂を見つめる。おもむろに自らの背丈を確認。

 

「……(デカ)いな」

「?」

「あ、いや、すまん。なんか可愛いなーと思って」

「! ありがとうございますっ!」

「おう。ま、のんびり気楽に行こうぜ」

 

 “彼”は周囲を見渡しつつ自己紹介する。

 

「俺は────って言うんだ。よく周りからは“アルファ”ってあだ名で呼ばれてる。好きな方で呼んでくれ」

「えっ……アルファって────もしかして“空手パイロットアルファ”のことですかぁ!?」

「!?」

 

 突然の大声と跳躍。“彼”は面食らった顔をして硬直。

 対する小宮果穂は(しまった……!)と萎縮し、どうしようと俯いた。

 

「…………」

「……あ、その……あの……」

 

 しばしの無言。小宮果穂はどんどん肩身が狭くなる。

 

 アルファと一口に言っても、その由来は様々であるはずだ。早とちりしたかもしれない。ヒーローの話題になると急にハイテンションになるのが玉に瑕だと、小宮果穂は自覚している。

 それはヒーロー談議ができる友達が少ないのが原因である。ヒーローについて語り合える友人は少なく、兄を除けば大崎甜花、たまに三峰結華や黛冬優子。その一方でヒーローの話を聞いてくれる存在は多く、プロデューサーさんや放クラのみんな。もちろん聞いてくれるだけでも有り難いのだが、やはり語り合いたいのが本音である。だからこそ小宮果穂は、ヒーローについて語り合える友達を求めている。そのため今回は少し焦(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)ようだ。

 

 しかし奇縁かな。仲間は突然にできるもの。

 

「……びっくりしたぁ……。それにしてもお前、よく分かったな? そこは普通“なんでギリシャ文字?”ってツッコむところじゃね?」

「────え?」

「もしかして、特撮好きなのか?」

「……っ!! は、はい! そうなんですっ! ヒーローものが特に……──あっ! す、すみません! 申し遅れました! あたしは、小宮果穂って言いますっ!」

「そうか、よろしく。んじゃ果穂、さっそく整列だ。みんなペアを組み終わったから、もう並ばないと」

「あ、ホントです! わかりました!」

 

 アルファは歩き始める。それに追いつこうと小走りする小宮果穂は、首をかしげて問いかけた。

 

「あの……手は、つながないんですか?」

「ん? 繋ぎたいのか?」

「え? えっと……その、先生が、手をつなぎなさいって、さっき……」

「あぁ……んー……」

 

 アルファはそっぽを向くと、頬をポリポリと掻く。

 対する小宮果穂は、ハテナと言いたげな顔で彼の顔を見上げる。

 

「あー。なんか要らん羞恥心を感じてんなー俺……ほらよ」

「!」

 

 アルファから差し出される手のひら。小宮果穂は笑顔で手をつなぐ。

 

「最初だけな? 上履きに履き替えるところからは繋がん」

「え?」

「でもそっから少し混雑すると思う。だから肩には触れる。いいな?」

「? はい……」

 

 どういう意味か、よくわからない。小宮果穂は“調査”のため、色々なことを考える。

 

(しゅうちしん? ってなんだろう? ──なんで上ばきをはきかえてから手をつながないんだろう? ──なんで混雑して、なんで肩をさわるんだろう?)

 

「うーん……」

「どうした? なにか不安があったら相談していいぞ」

「あ、いえ……! だ、大丈夫ですっ……!」

「そうか。無理するなよ」

 

          §

 

 数分後。中学生たちによる学校案内が始まった。すると人でごった返す昇降口。中学生は下駄箱から上履きに履き替え、小学生は持参した体育館履きに履き替える。それぞれのペアは一列に並び、混雑しないよう順々に昇降口へ入っているつもりなのだが、それでも前がつっかえてしまい、おしくらまんじゅう状態となる。その理由に気付かない中学生の男女が叫んだ。

 

「おいおい混みすぎだろ! もうちょっとゆっくりできねぇのか!」

「ちょっとー! 少しはペース考えてよー!」

 

 中学生の怒号のような大声。声変わりの時期もあり、男子中学生の声は特に重く強く響く。

 それに小学生たちはビクリと驚いてしまい、ほかの中学生たちがたしなめる。

 

「お前らも声は小さめにな。小学生たちが驚いてるだろ」

「あ、わりぃ……」

「ごっめーん! 怒ってるわけじゃないからねー! 悪いのは全部、中学生にもなって手間取ってる奴らだからー!」

 

 騒がしい昇降口。混雑する理由は単純明快。小学生の行動速度が遅いからである。かといって急がせる必要はない。勝手が分からない小学生の動きがゆったりとしてしまうのは当然のことだ。ならば子供たちのペースに合わせるべきなのに、中学生は自分たちのペースで行動している。ならば小学生が遅れを取り、予想より混雑するのは必然と言えた。

 

 そしてアルファと小宮果穂は、その様子を遠巻きに眺めている。昇降口が混雑することを見越していたアルファは、昇降口の引き戸に群がる集団を呆れ気味に見守っている。

 

「あーあー予想以上だこりゃ。あとで先生から一言あるなこれ。五組ずつ入ればいいのに……考えなしのバカどもは……なるほどああいう手合いかー。真面目な奴だからこそ気負ってんなー」

「…………」

 

 小宮果穂は、アルファの独り言を聞き、その意味を考察する。やけに大きな独り言だが、それでは誰かに聞かれてしまう。するとアルファは、さらに大きな声で問いかけた。

 

「センセー! このバカども、どう思いますー?」

「!?」

 

 アルファと小宮果穂の後方に立って昇降口の様子を見守っていた中学教師は、落ち着いた声で答えた。

 

「まぁ……最初はこんなものだろう」

「そっすかー。もしや意外と甘い感じ?」

「そんなわけないだろう。あとでみっちり反省会だ」

「ですよねー! ──つか、こういうのって二年くらいの仕事では?」

「……? それは説明会の時、既に────」

「そこを“あえて”ですよ! もう一度よろしくお願いしまっす!」

「──……」

 

 アルファの意図を察したのか、中学教師は咳払いすると、やや声を大きめにして言った。

 

「三年は受験勉強。二年はちょうど修学旅行。よって体験入学の案内役として、一年のクラスから選ぶ必要があった。その中で最も“しっかり者が多いクラス”を選んだ」

「なるほどー! だってさお前らー! いいとこ見せたい気持ちは分かるが、このままだと幻滅されるぞー? 先生からもガキからもー!」

『うっせーアルファー!!』

 

 アルファは「ははは!」と腹を抱えて笑う。そんなアルファの一言が影響したのかどうかは分からないが、不思議と落ち着きを取り戻した中学生たちは、テキパキと小学生たちを誘導して、慌てず騒がず体育館履きを履けるような環境を作った。ゆったりとしたペースだが、止めどなくスムーズに流れる昇降口。やがて隙間が空いたので、アルファはそこに目を付ける。

 

「よーし、イイ塩梅だな。そろそろ俺たちも行くか」

「あ、はいっ!」

 

 その時、アルファはつまずいた。突然後ろから中学教師に、頭を軽くわしゃわしゃと揉まれて突き飛ばされたのだ。

 

「まったく、相変わらず生意気な小僧め」

「うわっ! ははは!」

「……?」

 

 アルファと中学教師のやりとりに対し、小宮果穂は素朴な疑問を抱きつつ昇降口に入る。するとアルファが手を回し、小宮果穂の肩を支えた。昇降口は節電のため常時消灯しており、間取りと出入り口の方角の問題で日光が射し込みにくい。つまり昼間でも薄暗い室内となる。さらに小学生の外靴を収納する場所がないため、あちらこちらに外靴が敷き詰められている。それを踏まないように歩くということは、暗い中で片足歩きをするようなものだ。一歩でも踏み外せばすっ転ぶこともあるだろう。現に先ほど混雑した原因のひとつも、数人の小学生が転倒したことにある。

 

「……!」

「暗いから気をつけてな」

 

 肩をさわる、とはそういうことか。小宮果穂は電撃を受けたように直感し、きっとそうに違いないと確信した。おそらくアルファという人間は、先々を見据えることができる、とてもスゴい人なのだと。まるでエスパーだ!

 

 アルファと小宮果穂は、外靴を脱いで上履きと体育館履きに履き替える。そこで小宮果穂が問いかけた。

 

「あのっ! さっき、なんで先生から頭をわしゃわしゃされたんですか……?」

「ん? あぁ……別に叱られたわけじゃないぜ? 褒められたわけでもないが」

「……? でも、アルファさんがああやって言ったから……みなさんスムーズに進めるようになったんですよね……?」

「そりゃ買いかぶりすぎだ。俺は何もしてないよ。ただクラスメイトをからかっただけだ」

「…………」

 

 それは謙遜しているのか、どうなのか。ともあれアルファと小宮果穂は、校内の散策を開始した。

 

          §

 

 校舎一階の廊下。二人一組の中学生と小学生は一列となって校内を練り歩く。アルファと小宮果穂は最後尾を歩いており、先頭は委員長が牽引しているが、そこから後ろは自然と背の順に近い並び方。それも中学生の身長が軸となっている様子。ならばアルファと小宮果穂は、もう少し先の列に割り込まなければならない。しかしアルファは、あえて最後尾を歩いていた。その理由を小宮果穂は考える。きっとアルファという人間なら、深い考えがあるはずだ。

 

「……うーん……」

「なんで最後尾なのか気になるか?」

「はい──……えっ!?」

「なんだ、違うのか」

「い、いえ……! まさに今、ちょうどそのことを考えていました……! ……アルファさんは、エスパーなんですか!?」

「はは。お前が分かりやすいだけだよ」

「えっ」

 

 なにげにショックな一言である。

 

「まぁ、なんてことはない。単に俺たちが遅れたからだ。……強いて理屈をつけるなら、今更バカ真面目に列に割り込んでも邪魔になるだけだ。そもそも背の順に並ぶ指示を受けてないし、そんなふうに並ぶ意味がない。なぜって背の順に並ぶ理由は、前方の視界を確保するためだ。しかし小学生たちにとっちゃ、中学生たちはどいつもこいつも背が高い。ならどこにいたって視界の広さは変わらない。……まぁ、それでも前が見えづらいなら、多少は前列に並ぶ意味もあるだろう。その場合、果穂はどうだ?」

「あたし、背は高いので、前はよく見えます! だから全然大丈夫ですっ!」

「ならそれでコトもなし。学校案内の目的は随時達成されてんだ、わざわざ背の順に囚われる必要はない。ルールは守るもんじゃなくて使うもんだからな」

 

 ルールは守るのではなく使うもの。その独特の考え方について、いったいどういう意味だろうと、小宮果穂は考察する。

 

「……?」

「ゆーて特例はある。列の中央を見てみろ」

「……あっ。あたしたちより背の高い中学生がいます!」

「それは別に悪いことではないが、真後ろにいる奴は割を食うよな? しかしバラバラにペアを作った時点で、既に何人か割を食う計算だ。土台無理な話なんだよ」

「どだいむり……? どういうことですか?」

「そもそも視界を確保する理由は、小学生の見学のためだ。で、もし背の高い中学生と、背の低い小学生がペアになったら、そのペアはどこに並べばいい?」

「えっと……前のほうに並んだら、中学生の人が大きくて、後ろにいるほかの小学生が困っちゃうから……じゃあ後ろにいれば────あれ? でもそうしたら、今度は背の高いほかの中学生が多くなるから、後ろに並んだ小学生が困っちゃう……?」

「な? だから俺は、視界確保の件は最低限こなすべきミッションって扱いにした。背の高い奴が前方にいても、そいつとの距離が遠ければ気にならない。──つまりこれは、いきなり抜き打ちした教師側のミスだな。ペアを全て背の順にしてれば、多少は見映えが良くなったのに」

「先生たちも、ミスをするんですか……!?」

「いや? もしかしたら“不測の事態を敢えて演出した”のかもしれん」

「そうなんですか? じゃあ、今のあたしたちは……先生たちに試されている!?」

「いや知らんけど。全部想像の話だ。尤もらしいこと言っているように聞こえても、あまり真に受けないでくれ。細すぎる話だしな」

「…………」

 

 そんな話をしていると、ようやく二年生が使う教室に到着する。

 

「中に入るか? 見るだけなんてもったいないだろ」

「え? でも、前のペアは、もう先に……」

「保護者枠の俺がいるんだから、ぶっちゃけ別行動したって問題ない。さっきも言っただろ。ルールは守るのも大事だが、時に使いまくれ。今回の目的は学校見学だ。一を見るだけで十を知るほど賢いってんなら構わないが、どうせなら座ってみたらどうだ?」

「いいんですか? わぁ……!」

 

 小学校のそれと比べて、ちょっと大きめに見える机と椅子。教室の後方にランドセル置き場の棚はなく、広い壁に思い出の張り紙がたくさん貼られている。

 

「……あの! カバンは、どこにしまうんでしょうか……?」

「学校カバンのことなら、机の横に吊るせばいい。取っ掛かりがあるだろ? 探してみろ」

「え! そうなんだ……! どこだろう────あ、見つけた!」

 

 少女の笑い声が教室に響く。

 それからひとしきり体験した小宮果穂は、満足気な顔で教室を後にした。

 

 そして、特に何もない廊下を歩いている時、小宮果穂は問いかける。

 

「あの、アルファさん! 中学生になると、算数が数学に変わるんですよね?」

「おう。そうだな」

「あたし、算数苦手なんですけど……数学って、やっぱり算数より、スッゴくむずかしいですか……?」

 

 算数と数学。どちらがむずかしいか。無論、後者だろう。それは小宮果穂も理解している。

 故に彼は、今の質問が言葉足らずであり、別の意味が隠れていたことを察する。

 

「……それは“算数と数学の違い”を知りたいって解釈でいいか? まぁ小学から中学に上がるんだから難しくなるのは当然として────算数と数学の違いかぁ。考えたこともなかったなぁ。あくまで考察だが、数学は算数と比べて、ちょっと文章問題が増えた程度か? いや、どうだろ……まぁでも確かに数学は、算数とは少し違うかもな」

「違うものなんですか? てっきり算数は、数学から進化したものだと思ってました!」

「いやー? これ下手に答えたら数学の教師に説教されるやつだなー。……まぁ俺の考えとしてはな? そもそもなんで算(・)数(・)か(・)ら(・)数(・)学(・)に(・)名(・)前(・)を(・)変(・)え(・)た(・)の(・)か(・)って話だ」

「はっ……たしかに! なんで名前を変えたんでしょう……?」

 

 アルファは腕を組んで考える。小宮果穂も目付きを細め、拳を口の手前に持ってきて考える。

 

「ただ難しさがレベルアップするだけなら“算数Ⅱ”とかにすればいい。でもそうはなっていない。ってことはそこに意味があるかもしれない。……そういや算数は、ひたすら計算問題ばっかやってたけど……数学は読解力も必要になる問題が多くなった印象だ。となると、やっぱ────」

「なにか分かったんですかぁ!?」

「あぁ。算数と数学は、おそらく違うものだ。どう違うのかというと、数学は論理的な思考力を求められる」

「ろん理的な、思考力……」

「想像力、空気読み、察する力、とかに置き換えてもいい。俺も数学は難しくて辟易しているが、大抵は計算するんじゃなくて想像して答えを導き出してる。あ、ヤマカンって意味じゃないぞ? 最初は想像して答えに近付いたと判断したら、いざ計算してみて正誤を確かめる。それが俺のやり方だ。……あー。俺もあとで数学の先生に聞いてみようかなー。算数と数学の違い」

「…………」

 

 小学生から中学生へ。

 算数から数学へ。

 

 変わる意味。

 成長する意味。

 

 それは何か。

 

「はい、売店」

「わぁ……! ここは何を売ってるんですか!?」

「焼きそばパンにメロンパン。チョココロネに記号のシャープみたいな甘いパン、その他もろもろパンばかり。唯一のごはんものは、インスタントのカレーライス。飲み物は水、お茶、牛乳、カフェラテ、抹茶などなど。……ちなみに三百円あれば、お釣りなしでパンと飲み物を一つずつ買える計算だ。参考までに」

「はいっ!」

 

 小宮果穂は元気よく返事したあと、悩ましそうに体をひねる。

 

「牛乳……あたし、もしお弁当を忘れたら、焼きそばパンとお茶にします!」

「焼きそばパンは人気だぞー? 四限目が終了した一分後には売り切れるからな」

「い、一分後ですか!?」

「売店に近いクラスの奴が有利なんだよ。既に三十人は並んでたら諦めた方がいい」

 

 小宮果穂は驚く。そして興奮したように言った。

 

「じゃあ焼きそばパンは、“デッドヒート”、なんですね……!」

「はは。そうだな。互角の競争だ。その一方で、すぐそこのコンビニで買った方が安いし、入手は確実……って意味では、俺からすりゃ勝者のいない無意味な戦いでもある」

「……?」

「“デッドヒート”は“激戦”って意味だけじゃないぞって話」

「えっ……そうなんですかぁ!?」

「あ、ここから声は静かめに。三年生が受験勉強してるから」

「は……! すみません……! わかりました……!」

 

 小宮果穂は小声でうなずいた。

 

          §

 

 それから小・中学生は二階と三階を見学。空中廊下を歩いて、別棟の音楽室や木工室を見て回る。やがて小一時間の探検を終えた一同は、別棟の空中廊下から体育館に到着。しばらく休憩に入る。アルファと小宮果穂は体育館の端っこで、壁際に背中をあずけていた。

 

「さて、あらかた見て回ったな。お手洗いに行きたいなら教えてくれ」

「いえ、だいじょうぶですっ!」

「そうか。じゃあ、ここまでどうだった?」

 

 感想を求められた小宮果穂は、瞳をキラキラさせて飛び跳ねた。

 

「スッ────ゴく、スゴかったですー! うちの学校より広い廊下と教室で! ステンドグラスでいっぱいの美術室もカッコよくて! 音楽室もいろんな楽器がたっくさん置いてあって! 理科室は清潔で、スゴそうな機械が並べてあって! 木工室は木の匂いがスゴくて! 頭に手ぬぐいを巻いて、ノコギリで木を切ってる先生が、大工さんみたいでカッコよかったですー!!」

 

 アルファは(よく褒める子だなぁ……)と思い、テンションの高さにも驚きつつ、話を広げる。

 

「そういや工作の先生は昔、マジで大工さんをやってたって聞いたな。ついでに陶芸が趣味だそうだ」

「わぁ……! やっぱりスゴいですっ! ……あ! それとコンピュータ室は、パソコンがいっぱい並んでて、ロボットもありました!」

「ロボットはプログラミングの授業で使うやつだな。お前の学校にはないのか?」

「ありますっ! でもロボットの大きさや形、デザインがまったくちがくて……! あたしの学校のロボットは、何も塗られてないから“鉄!”って感じなんですけど……ここの学校のロボットは、全部カラフルでカッコいいですー!」

「なるほど。無塗装で素体しかないってことかな。うちは工作の授業でロボットの外骨格を作って、それを美術の授業で好きに塗って、ロボットに装備させるんだ」

「────!! 装備……! それ、あたしもやってみたいですーっ!!」

 

 小宮果穂はテンション爆上げで跳躍する。

 

「はは。なら、ほかの中学校を見学する時は、そういう授業があるかどうかを聞いてみるといいかもな! もしかしたら、こういうことやってるの、うちの学校だけかもしれないし」

「はい! 全部の学校が同じことをやるわけじゃないんですね……勉強になりますっ!」

「おう。なったならよかった。俺の役目は果たせたわけだな」

 

 賑やかな体育館。多くのペアが談笑する。ふいに中学教師が現れてマイクを手に取った。拡声された声が体育館に響き渡る。

 

「────皆さん、お疲れ様です。中学生が案内した今回の体験入学は、いかがだったでしょうか? 何か質問や相談がある場合は、中学生に質問するか、周りにいる先生に声をかけてください。……それでは少し早いですが、昼食の時間にしましょう。皆さん、今日のためにお弁当を持ってきたはずです。もし忘れたという子がいたら、ペアになっている中学生と一緒に、売店に行ってみましょう」

 

 そうして昼食の時間が始まった。その場で座り込んで風呂敷を広げるペアたちと、座る場所を探すため歩くペアたちがいる。一方のアルファと小宮果穂は、既に体育館の壁際にいるため、適切な食事場所を確保しているも同然だった。

 

「やっぱここで食べるのか。理科室と体育館のどちらかって話だったが、一応場所を取っておいて正解だったな」

「……!!」

 

 小宮果穂は瞳をキラキラさせながら驚く。

 

(そうか、そうなんだ……! だからアルファさんは、みんなと混ざらず、体育館の端っこで待機してたんだ……! アルファさんは最初からずっと、“先を見すえて行動”してる! やっぱりスゴい人だ……!)

 

 対するアルファはポケットからハンカチを取り出すと、床に敷いて座る場所を作る。

 

「床は汚いから、ハンカチの上に座れ。自分のハンカチも使って、その上に弁当箱を置くといい」

「! ありがとうございますー! ……あれ? でも……それじゃあ、アルファさんが……!」

 

 アルファのハンカチの上に小宮果穂が座り、小宮果穂のハンカチの上に小宮果穂の弁当を置く。そうなるとアルファの座る場所と弁当を置く場所が確保できない。

 

「俺のことは気にしなくていい。別に体育館の床にそのまま座っても気にしない性分だし、弁当ならあぐらをかいて、膝の上に乗せて食えばいいし。……で、俺は一旦教室に戻って自分の弁当を持ってこなきゃいけないんだが、大丈夫か?」

「あ……はい! ここで待ってます!」

「どっか行きたい時は、近くの先生に伝えてからな。んじゃ、すぐ戻ってくるから」

 

 アルファたち中学生は駆け足で体育館を出ると、まるで競争するように全力疾走で教室に向かった。

 

 それから一分足らずで、互いに笑って小突き合う中学生たちが戻ってくる。

 

「あ、おかえりなさい!」

「おう、ただいま!」

 

 小宮果穂の傍らにアルファがドカッと座り、ぜえぜえと息を切らす。

 

「はー疲れた。スマートじゃねーなー。なんで学校案内でうちのクラスに寄った時、ついでに弁当箱を回収しちゃダメなんだ? 余計な作業を増やしやがって教師ども……何を考えてんだ。お前もそう思わない?」

「えっ!? あ、えっと、その……」

「あれ? まだ食べてなかったの?」

「あ、はい! 待たなきゃダメかな? って、思って……! ……あの、あたし……何か、まちがってましたか……?」

「いや別に? 今は自由行動に近い感じだから、そこまで肩肘張らなくていいぜ? 好きに動け。……つっても、なんやかんや緊張するよなー。もしかして、小学校と比べてちょっと厳粛(オトナ)な雰囲気に、畏まっちゃってたりする?」

 

 小宮果穂はモジモジとして体をひねると、正直に白状した。

 

「ちょっとだけ……」

「そうか! まぁ緊張するのは当たり前のことだ。ひとりにしてすまん!」

「あ、いえ……! アルファさんは、何も悪くありません……!」

「……。……ところで、うがい手洗いはもう済ませたか?」

「……。……まだです!」

「んじゃ、一緒に行くか!」

「はいっ!」

 

 アルファと小宮果穂は水道に向かい、手を洗う。きびすを返して定位置に戻り、弁当箱を開けて合掌する。

 

「んじゃ、いっただっきまーす」

「いただきますっ!」

 

 弁当を食べ進める。そこでアルファが聞いた。

 

「────あ、やべっ。今更だけどさ。友達と一緒に食べたかったら、そっちに移動してもいいんだぜ?」

「え? いいんですか?」

「おう。俺も付いていくけどな。一応、保護者枠だから」

「……でも、みんなもう食べ始めてますし……それにホコリが立つといけないので、あたしはこのままで大丈夫ですっ! アルファさんとおしゃべりします!」

 

 それを聞いたアルファは感心する。

(へぇ……埃が立つとか、そういうのに気が回るのか。天真爛漫だがそれだけじゃなくて、結構しっかりしてんだなぁ……)

 

「そうか。悪いな、伝えるのが遅れて」

「あ、いえ! あたしも、ちょっと、緊張しちゃってましたからっ……!」

 

 そうして粛々と流れる昼食の時間。特に雑談もなく、食べ物をつまんだ箸を口に持っていく作業の繰り返し。その間、小宮果穂は頭の中で、今までの体験を振り返る。そしてアルファとの出会い、特に最初の会話を思い出した。

 

(…………っ!!)

 

 体験入学の緊張感。趣味より調査を優先しなければならないという意気込み。その両方で、すっかり忘れていた。

 

「────あのっ!」

「ん?」

 

 それは、小宮果穂とアルファが“特撮好き”という共通点。周囲は弁当箱を箸でつつきながら談笑するペアが多い。どうやらお喋りは許されているようだ。だとしたら聞くチャンスは今しかない。小宮果穂は奮起する。

 

「あのっ……! アルファさんは、特撮がお好きなんですか!?」

「おう。好きだぞ」

「……! じ、じゃあ、どんなジャンルの特撮が好きですか? あたしは────」

「ヒーローもの全般」

「っ……! あたしもですっ!! あの、それじゃあ────」

「次はシリーズのどの作品が一番好きかって質問か? なら全部……と、言いたいが。やっぱ今放送し(やっ)てる番組が一番好きって感想になるかなー」

「……! なら、ジャスティスⅤが好きなんですね! あたしもそれ、大好きなんですーっ!!」

 

 小宮果穂の大声が体育館に反響する。嬉しすぎて思わず大声を出してしまった小宮果穂は、しまったという顔をして口ごもる。

 

「────はっはっはーっ! 話が合うなお前はー!? でも声はもうちょっと小さめになぁー!!」

 

 突としてアルファは、濁点のつく甲高い声より、さらに大きな声を出すことで反響をかき消した。加えて、言葉ひとつで周囲の興味を逸らし、一瞬だけ小宮果穂に集中した視線も、すぐに減っていく。

 

「……! す、すみません……!」

「いやいや、元気なのはイイことだ。で、話の続きだけど……」

「っ……」

 

 小宮果穂は思い悩む。どうしてもヒーローの話題になると、テンションが上がって声が大きくなってしまう。体育館は声が響きやすいため、また大声を出してしまったら、みんなの昼食を邪魔してしまう。でも話したい。その葛藤で身を揺らす。

 

「…………おっ、弁当に唐揚げ入ってんじゃん。俺の冷凍ミニハンバーグと交換しない?」

「え?」

「さすがに肉を取られんのは嫌か?」

「い、いえ……!」

 

 小宮果穂は首を横に振る。

 

「ってことは交渉成立? んじゃ、ほい。俺の冷凍ミニハンバーグ。ついでになぜかミニトマトもお付けいたしまーす!」

「え、なんでミニトマトも……?」

「さて、なんでだろな? もしかしたら手作りの唐揚げと冷凍品のハンバーグとじゃ、等価交換にならないからかもな!」

「等価交かん……! そういうことなら、あたしのからあげも冷とう品なので……タコさんウインナーをあげちゃいますっ!」

「なにぃ!? 野菜に肉で返すだと!? どうやら得をしてしまったようだ。そして俺はずるいので、さらなるお返しはしないのであった」

「構いません! だってさっき、あたしはアルファさんに助けられましたからっ!」

「!」

「だからタコさんウインナーは、そのお礼でもあるんです! えへへっ!」

 

 小宮果穂の純粋無垢な笑顔が周囲を照らす。たまらずアルファはそっぽを向いた。

 

(あれ? こいつ小六だよな? 低学年の間違いじゃね? 身長高めでしっかり者で礼儀正しいと思いきや、この年頃で全然ませてなくて子供番組好きで人格が無垢のままとか────なんか色々とバグってんなぁ……大人っぽいのか子供っぽいのか分からなくなってきた……)

 

 アルファは珍しいものを見た感慨に耽る。

 対する小宮果穂は、相手の反応が薄いことで、何か失礼があったのではと勘ぐっていた。

 

「アルファさん……? ──あっ! で、でも、もちろんタコさんウインナーだけでお礼するつもりはなくて……! 学校を案内してくれたことも、きちんと感謝していますっ!!」

「いや、黙ってたのはそういうことじゃない。考えすぎだ。……ちょっと考え事してただけ。というのも、お前は……なんか“国宝級”だなーって。あるいは“人格天然記念物”とでも言うべきか……」

「……? どういうことですか……??」

 

 小宮果穂は小首をかしげる。

 対するアルファは今の発言をうやむやにしつつ、食事を急かした。

 

「ほら、そろそろ弁当を平らげろ。冷めたらもったいないぞー」

「あ……! はい! そうしますっ!」

 

          §

 

 昼食の後は、小休憩の時間。ご飯を食べていた時と比べて体育館は賑やかさを増し、多くの生徒の声が体育館に反響する。その中でならヒーローの話の続きができると思った小宮果穂は、さっそくアルファに様々な話題を振った。その全てに理解を示すアルファも、自然と笑みをこぼし、ヒーローについて思う存分に語り合う。

 

「お前マジで詳しいなぁ。オタクレベルじゃねぇか。こんなに話が合う奴はいつ以来だろう……いや、周りになかなかヒーロー好きがいなくてさ~」

「えへへっ。アルファさんもスッゴくスッゴく! くわしくてスゴいですっ! 今の番組も、昔の番組も、劇場版やスピンオフも! 何を話しても知ってるので、とてもうれしくて、お話してて楽しいですっ!」

「そうか。それはよかった。……しかし、やっぱ中学生ともなると、特撮を卒業してる奴が多くてなぁ……」

 

 アルファは嘆息する。対する小宮果穂も、全面的に同意という顔で迫る。

 

「そ、そうなんですっ! あたしの周りもそうで……だから、あたし、今、ほんっとにうれしくて……っ!」

「わかったわかった。前のめりで距離が近い……」

「あ……すみません!」

 

 小宮果穂は思う。

(距離が近いと、ダメなのかな……? でも、そんなに近くもないと思うんだけど……)

 

 壁に背中を預けるアルファと小宮果穂は、視線を横にいる相手に向けて会話している。その距離感は二歩分の歩幅。つまり人ひとりが入る程度の間隔である。

 

「……いちいち気にする奴だな」

「!? あ、えっと、その……」

「パーソナルスペースって知ってるか? つっても別に俺は、それにうるさいわけじゃない。ただなんつーか……あぁくそっ。恥ずかしいけど、変に誤解されてほしくないから、ちゃんと言うわ。──単に俺が人に慣れていないってだけ。だから気にする必要なしっ!」

「……!」

「で、次は何の話する? 遠慮すんな」

 

 小宮果穂は瞳を輝かせて口を開こうとする。その時、ふたりの女子中学生が近付いてきた。しかも震え声である。

 

「っ────あ、あの……!」

「果穂ちゃん……ですよね?」

 

 小宮果穂は察する。きっとこのふたりは、放クラのファンの方(かた)に違いないと。

 

「あ、はい! あたし、小宮果穂って言います! 放課────」

 

 ふいにアルファが問いかける。

 

「なんだお前ら急に。なんで目が潤んでんの?」

「え、うそー! アルファ、あんた知らないの!?」

「つか、アイドルの果穂ちゃんに、何か変なこと吹き込んでないでしょうね!?」

「いや別に……俺はいつも通りですけど……。それよりお前らのガキどもはどこだよ。あそこでキョロキョロしてんのは?」

「え? あれ!? お友達と話してるって言ってたのに……ごめんね果穂ちゃん! 私もう行かなきゃ! 応援してるって伝えたかったの!!」

「が、頑張ってね! 私たち、果穂ちゃんたち大好きだから!!」

 

 応援された小宮果穂は、先輩でありファンでもある女子二名に、元気よく応える。

 

「はいっ! おうえん、ありがとうございますっ!!」

「…………??」

 

 一方のアルファは、今の会話の流れから、何が起きていたのか考察する。

 

(アイドル? ……あぁ、もしかしてそういうことか? たぶん今の二人と果穂は同小とかで、果穂はクラスのマドンナ的な存在だったとか! いや、学年を問わない人気ぶりなら、学校全体のマドンナと言うべきか。そうなると────なるほど道理で。こんな絶滅危惧種の人格天然記念物が、先輩後輩を問わず可愛がられないはずがない。それなら果穂が、ほかのガキと比べて、年上の俺との接し方に慣れている理由にも説明がつく。相当年上の連中に可愛がられていると見た。……まぁそこはシンプルに、果穂の純粋さが理由なだけかもしれないけど……)

 

「────さん?」

 

(あれ? そういや最初の列で、俺の後ろに並んでいた男子連中も……さっきの女子連中と同小だったよな? ははぁ……読めたぞ。さすがに一個年下とはいえ、みんなに愛される学校のマドンナと手をつなぐのは恥ずかしかったんだな。ほかの奴に嫉妬されたり、からかわれたり、何を言われるか分かったもんじゃない。────ってことは、何も知らず果穂と手をつないだ俺、あとであいつらからなんか恨み言を言われないか? ……まぁいいか。知らなかったんだし。恨み言っつっても、羨ましがられるだけだろうし。あいつら悪い奴らじゃないから、あんま気にしなくてもいいかぁ……)

 

「────アルファさん!」

「! おう、悪い。考え事してた。なんだ?」

「いえ! なにやらむずかしい顔をしてたので、声を掛けただけですっ!」

「そうか。……いやしかし、お前がクラスのマドンナ的存在だったとは……」

「え?」

「おいおい。いくら純真だからって、自覚なしとか言うなよ?」

「……えっと、あの……あたしは────」

「ん? なんだ。違うのか。俺の予想、大外れ?」

 

 小宮果穂は真実を言おうとする。

 次の瞬間、体育館にマイクの音がキーンと響いた。中学教師から集合の合図が掛かる。お喋りの時間は終了だ。アルファは背中で壁を蹴り打つように跳ねて歩き出すと、後ろにぴったりと付いてくる小宮果穂に言った。

 

「悪い。話はまた、縁があったらな」

「あ……はいっ!」

 

 中学生と小学生とのグループに分かれて、男女別に整列。中学教師による帰りの会が始まり、中学生と小学生とで向き合ってお辞儀、小学生たちは感謝の言葉を述べる。

 

「起立! 礼!」

『ありがとうございましたー!』

 

 そのまま中学生たちはクラスに戻る。

 小学生たちは外靴に履き替えて学校を後にし、そうして体験入学は終了した。

 

 

 

          §

 

 

 

 その日の放課後。夕方の事務所。小宮果穂は階段を駆け上がり、廊下を小走りし、扉を開け放つ。

 

「ただいま戻りましたー!」

「お! おかえり、果穂」

 

 デスクで仕事していたプロデューサーが出迎える。対する小宮果穂はランドセルを置くと、瞳キラキラ、体ウズウズ、身を浮かせながら口をパクパクとする。

 

「プロデューサーさん! 今日は────!!」

「おっと、その前に手洗いうがいな?」

「はっ! そうでした! すぐ終わらせてきます!!」

 

 小宮果穂は洗面所に向かう。その間にプロデューサーは、アイドルの話を聞くため一旦仕事を切り上げた。うがいと手洗いを済ませた小宮果穂がダダダッと走って戻ってくる。

 

「終わりましたーっ!」

「こっちもちょうど一段落ついたから大丈夫だぞ! たしか今日は体験入学の日だったよな? どうだった?」

「それが────中学校は本当に設備がスゴくて! 中学生のみなさんも、点呼もないのに素早くキリッと整列できて! あと、アルファさんはスッゴく口が悪かったですー!」

「……!? え、果穂……口が悪いって……?」

「それでですねっ! アルファさんは影でみんなを操って、あたしの考えをピタリと当てて、いっぱい物知りで────凛世さんや夏葉さんのような“はくしき”ってやつですっ!! あと、あたしが失敗しちゃった時は、すぐ助けてくれて! 樹里ちゃんみたいに優しかったです! 放クラのみなさんのように、スッゴくスッゴーっく! 先輩としてスゴくて、優しいんですーっ!!」

「まてまて。興奮しすぎだ、果穂。ちょっと落ち着こう。えぇっと……そうだ。何か飲もう。たしか冷蔵庫にオレンジジュースがあったような……?」

「っ~~~~~~!」

 

 小宮果穂は、今すぐ話したいワクワクとウズウズで、プロデューサーを待ちかねる。そしてプロデューサーから渡されたジュースをごくごくと飲んで「ぷはぁ!」と一息。すると今までの騒がしさはどこへやら。少し落ち着いた様子で、小宮果穂は申し訳なさそうに腰をひねった。

 

「えへへ……落ち着きました! いっぱい話したいことがあって、ここに来るまでの間、どうしてもまとめきれなくて……!」

「はは。どうやら刺激的な体験をしてきたみたいだな。とりあえず順番に話してもらいたいけど……?」

 

 小宮果穂は順序立てて説明する。

 相槌を打つプロデューサーは、それで全てを了解した。

 

「なるほどなぁ……いい学校じゃないか。それに果穂とペアを組んだ、そのアルファさんって男の子は……確かにちょっと口が悪いけど、かなり周りが見えていて、果穂に必要なことを教えてくれて、常に果穂の気持ちを考えてくれている。果穂が失敗しても咄嗟にフォローに回ってくれて、なにより果穂と同じ趣味を持つ。……うん。いい先輩じゃないか! ……まぁ、果穂がその中学校に進学するのかどうかは、まだ分からないことだけど」

「はいっ! ……それで、あの……プロデューサーさん……。アルファさんとは、もう会えないんでしょうか……?」

 

 体験入学という、ある意味では一度きりの出会い。同じ学校に進学するとは限らない以上、もう二度と出会わないというのは大いに有り得る話だ。しかし小宮果穂は、ようやく同じ趣味を持つ人間と巡り会えた。このチャンスを逃したくないという強い思いは、今までの話の中で、プロデューサーもひしひしと感じていた事だった。故に、真剣に考え込む。

 

「うーん……小学生と中学生だからなぁ……学校も違えば、学校同士の距離も遠いようだし……よくて児童公園でバッタリ再会……くらいしか、期待できないんじゃないかな……?」

「……そうですか……」

 

 小宮果穂はしょんぼりと俯く。事実上、もう会えないと言っているようなものだ。それこそアルファが別れ際に言った“縁”とやらがなければ、本当に一期一会で終わる関係になるだろう。それが現実の難しさだ。しかし希望を捨てるのはまだ早い。それを伝えるべく、プロデューサーは言葉を尽くす。

 

「アルファさんは“また縁があったら”って言ってたんだよな? なら、きっとまたどこかで会えるさ。俺と果穂だって、きっとその“縁”があったから、こうして出会えたんだと思うから」

「……! プロデューサーさん……」

「それに……ふたりはヒーローが好きなんだろ? ならヒーローショーでバッタリ再会ってのも、ありえない話ではないと思う」

「あ……それって、もしかしたらあたしとアルファさんは、いつかどこかのヒーローショーで、実はすれ違ってるかもしれないってことですよね!」

「そうなるな。でもそれは……アルファさんが果穂と同じヒーローショーを、よく見に行っていればの話だけど……」

「それなら大丈夫ですっ! アルファさんは“ヒーローショーは無料ならたまに見に行く”って言ってましたー! しかも場所も、結構ここの近くの時もあるんですー!」

「お、そうなのか! それなら希望はあるかもな!」

 

 そこでプロデューサーは、あることに気付く。

 

「……そうか。そうなると────もしかしたら果穂は、ようやく同(・)好(・)の(・)士(・)を得られるのかもしれないな」

「? どうこうの、し……ですか?」

「あぁ。同(・)じ(・)趣(・)味(・)を(・)持(・)つ(・)仲(・)間(・)って意味だ」

「わぁ! 仲間……! はいっ! そうなれたら、あたし、スッゴく、スーーーーーーーッゴく! うれしいですっ!!」

 

 小宮果穂の花咲く笑顔。それを目にしたプロデューサーも、自然と笑みをこぼす。

 

「さて、ちょっと話が長くなったな」

「はっ! ほんとです! もうこんな時間! すぐ宿題します! そして時間になったらレッスン室、ですねっ!」

「あぁ。それじゃあ俺は仕事だな。やることは別々だけど、今日も一緒に頑張ろう!」

「はいっ! プロデューサーさん!」

 

          §

 

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