小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い 作:形のない者
体験入学から一週間後。休日の昼間。雑踏のデパート上階。そこには小宮家のうち、小宮母と小宮兄、そして小宮果穂が買い物と遊びに来ていた。
「果穂ー。キョロキョロしながら歩くのやめなさい。誰かとぶつかったら迷惑だし、お互いケガしちゃうわよ」
「はーい!」
小宮果穂は周囲を見回して、アルファがどこかに居ないものかと捜している。
そこで小宮兄が疑問を呈した。小宮母が微笑んで答える。
「で、なんで俺まで連れてこられてるわけ?」
「あら、別にいいじゃない。お兄ちゃん休日は暇なんだし、たまには果穂の相手をしてやってちょうだいな」
「暇じゃないんだけどなー。つか、俺は何を求められてるわけ? 買い物の荷物持ちとかじゃなさそうだし……」
「あのね? 果穂が言うのよ。捜したい人がいるんだって」
それについて小宮果穂が説明する。
「そうなの! あのね? 同じヒーローものが好きで、友達になりたいの! お兄ちゃん、いっしょにさがしてくれる……?」
「…………はぁ。しゃあねぇなぁ! ──で? どんな奴なわけ? 小学生? 身長と顔の特徴は? つかまず性別。写真とかないの?」
「中学一年生の男の子! 身長はぁ……あたしより十センチ高いくらい! 顔は……目が真っ黒だった!!」
「はぁ? 目が真っ黒って、そんなんここにいる大抵の人がそうだろ……」
「えっと、そういうコトじゃなくて……あ、でも、ヒーローの話をする時は、目が光って輝くの!」
「なんだそりゃ? まるで果穂みたいな奴だな……もしかして類友ってやつ?」
小宮母は「ふふっ」と微笑み、次いで「そうかもね?」と首をかしげる。というのも小宮果穂は母親に、この一週間、アルファとのヒーロー談議について事あるごとに話していた。何回も同じ話をするくらいには、とても楽しい時間だったのだろう。そして耳にタコができるほど娘の話を聞いているうちに、だんだんとアルファという少年の人柄も察していき、娘に負けず劣らずのヒーロー好きということが分かってきた。
「それでね! お兄ちゃんには、アルファさんみたいな人がいたら、片っ端から“あなたはアルファさんですか?”って聞いて回ってほしいの!」
「はぁ!? なんでそんなこと俺が……嫌だよ恥ずかしい! ……まぁでもなんか、それっぽい人がいたら速効で果穂に報告するからさ……それで勘弁してくんない? っていうか、果穂は捜さないのかよ!?」
「うん! だってヒーローショーがあるから!」
「うん! じゃない! ……まぁ俺はヒーローショーにはもうあんま興味ないから、別にいいけど……はぁ。俺が連れてこられた理由は分かった。捜せばいいんだろ捜せばー! 観客席の後ろの方から見渡しておくからさ。果穂はショーを楽しんでこい」
「ありがとう!! お兄ちゃん!」
小宮果穂は飛びついて抱きつく。小宮兄はため息ひとつ。
「あーはいはい。さっさと行ってきな。まったく、兄使いが荒い妹だ……」
不承不承と呟く小宮兄。そんなお兄ちゃんの頭を、小宮母がそっと撫でる。
「偉いわね、お兄ちゃん」
「うわ、母さん! 頭なでんな!」
兄使いが荒い。それは翻せば、兄にわがままを言って甘えまくっている証拠と換言できる。しかも兄使いが荒いのは、とても久しぶりのことだ。それに小宮兄は一抹のうっとうしさを思い出しつつ、同時に胸をくすぐる庇護欲を抱く。そのためか小宮兄は、無意識に使命感を持って、周囲の人々の顔に目を光らせていた。
§
盛況のうちにヒーローショーは閉幕する。観客の幼い歓声に見送られて、ヒーローや怪人が舞台裏に消える。まばらに席を立つ観客。小宮果穂も席を立つと、ふいに二つ目の目的を思い出して周囲をキョロキョロと見渡した。しかし見覚えのある顔は見当たらない。
(……やっぱり、むずかしいのかな……アルファさん、ヒーローショーは『たまに見る』って言ってたし……)
俯く小宮果穂。そこへ小宮兄が走ってくる。
「あ、お兄ちゃん! どうだった!?」
「……すまん。それらしき人は見つけられなかった」
「! そっか……」
俯く小宮果穂は、明らかに落ち込んでいる。
小宮兄は、さてどうしたものかと悩む。今回の人探しで得た知見も兼ねて、ほかに方法がないか考える。
「ぶっちゃけ果穂より身長が高い奴は、子連れの父親ばかりだった。ひとりで立ってショーを見てる男がいても、
そこで小宮母が言う。
「でも電車通学だったら、近くの街には住んでいない可能性もあるわよ?」
「あ、たしかに。そこは盲点だったわ……」
小宮果穂の顔は、みるみる俯いていく。
「……あーもう! そんなに会いたいなら、そいつがいる中学に行けばいいじゃん。場所は覚えてんだろ?」
「そうは言ってもねぇ……いきなり押しかけるのも迷惑でしょうし。果穂だってそこは弁えているから、こうして恒例のヒーローショーを楽しみつつ、偶然の再会に期待しているんだし」
「それはそうだけど……ヒーローショーはここだけじゃなくて、いろんな場所でもやってるからなぁ……もう少し情報が欲しいっつーか……」
「まだ一回目よ。そのうち会えるわ。それとも果穂、ここで諦めちゃう?」
小宮果穂は首を横に振る。
「なら続行で決まりだな。んじゃ、もう帰ろうぜ~! 会える確率も分からないんじゃ、骨折り損の草臥れ儲けだ……」
「果穂のためにがんばったわね、お兄ちゃん」
小宮母は、再び小宮兄の頭を撫でる。恥ずかしがって嫌がる小宮兄。そこで果穂が言った。
「あっ。お兄ちゃん、ありがとね!」
「おう。礼ならプリンでよろしく~」
小宮家は帰路に就くため、デパート下層の広間に降りる。
そこで小宮果穂は、ばったりと友人に出くわした。
「あ、まおちゃんだ!」
「え? 果穂ちゃん!」
ふたりはトコトコと走り寄って、花咲く表情で会話する。
「まおちゃん、これから買い物?」
「ううん。もう終わって帰るとこ」
「そっか! あたしも同じ!」
「そうなんだ! じゃあ、これからいっしょに遊べる?」
「えーっと……」
「いいよね? ママ?」
小宮果穂とまおちゃんは、自分の母親にお伺いを立てる。すると「いいわよ」「気をつけてね」という了解が得られた。小宮果穂とまおちゃんは『やったー!』と喜び勇んで微笑み合い、共にデパートを後にする。
「ねぇ果穂ちゃん、どこで遊ぶ? いつもの公園?」
「うん! ──あ、でも……」
────よくて児童公園でバッタリ再会────
ふいに小宮果穂は、プロデューサーの言葉を思い出す。
いつも遊ぶ公園では、アルファのような中学生の男子は見かけない。ならば別の公園ではどうだろうか。その発想に至るのに、さほど時間は掛からなかった。
「……あ、あのさ! ねぇまおちゃん……今日は、別の公園で遊ばない?」
「え、なんで?」
「それは……えっと……」
「……いいよっ! 私、珍しい遊具がある公園を知ってるんだ。いつか行きたいと思ってたの。そこでもいい?」
「! そうなんだ! うん! ありがとう、まおちゃん! じゃあ、そこに行ってみよう!」
§
昼下がりの児童公園。そこには珍しい遊具が鎮座している。全体が桃色の塗装、巨大なドーム状、中は空洞で、壁はロッククライミング用のカラフルなレンガのようなものが散りばめられるように填め込まれている。ドームの中腹まで登ると、数本の滑り台が交差しており、まるでゾウの鼻かタコの八本脚のように、地面まで垂れ下がっている。そんな奇妙奇天烈な遊具で賑やかに遊ぶ子供たち。その中には小宮果穂とまおちゃんが混ざってた。
やがて太陽は傾いていく。まおちゃんは時計台の文字盤を見るなり、物憂げな表情で呟いた。
「あ……もう三時だ……」
「? 門限までまだあるけど……まおちゃん。今日は何かあるの?」
「うん。今日はちょっと用事があって。もう帰るね」
「そっか。あれ……でも、今日はちょっと遠い公園まで来ちゃったから……どうしよう。間に合う?」
「うん。全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとね、果穂ちゃん!」
「ならよかった。じゃあ、またね! まおちゃん!」
「うん! またね果穂ちゃん!」
「ばいばーい!」
「ばいばい!」
まおちゃんは家路に就くため公園から走り去る。
その後ろ姿を見届けた果穂は、ドームの一番高い場所で座り、ぼーっと夕空を眺めた。
すると後ろから子供が登ってくる。滑り台を滑りたいらしく、果穂の肩をちょんちょんと叩いて呼びかけた。
「おねえちゃん、すべらないの?」
「あ、ごめんね! すべるよ!」
小宮果穂は滑り台を滑って地面に降り立つと、そのままドームから離れて土を蹴る。
(ずっと遊んでたけど、あたしより背の低い子しか来なかったなぁ……)
小宮果穂は、アルファの捜索を断念しようか考える。というのも今日みたいな探し方は効率が悪い。
今日はオフの日。アイドルの仕事もなく、学校の日でもなく、週に一回だけ取れたせっかくの休みの日。以前から母親と約束していたヒーローショーを見ることができて、とても嬉しくて楽しかった。けれど、また次のヒーローショーを見に来られるのは、一週間後か、二週間後か、はたまた一ヶ月後か。このペースでは、アルファと出会うのを一年ほど我慢して、来年の中学校で再会した方が確実なくらいだ。その一方で小宮果穂は、まだ志望校を決めていない。ただアルファと会いたいという理由で志望校先を決めるのは、さすがに違うだろう。それくらいは小宮果穂も理解している。
「……」
ならばどうするか。最終手段として、アルファの中学校まであいさつに行ってみようか。最初の頃はそうしてみたいと考えていたが、さすがに行動力が爆発しすぎだと、母親やプロデューサーに驚かれたのが記憶に新しい。きっと迷惑を掛けてしまうかもしれない。そう考えてしまうと、この最終手段は、あまり褒められたものじゃないのかもしれない。そんなふうにも考えてしまう。
「……うーん……?」
小宮果穂は腕を組んで首をひねる。何か打開策はないものか。ヒントを求めて公園全体を見渡す。ドームでくり返し滑る子供たち。その近くでは休憩所で談笑するママ友たち。そして、キーキーと錆びついた音が響く、ブランコの揺れる音。
「…………あれ?」
ブランコ。そこには見覚えのある制服を着た男の子が座っていた。スマホ片手に俯いており、顔はよく見えない。それでも髪型や背格好、くつろぎ方や雰囲気が、あの人にそっくりだ。なにより制服が同じ。たしかに体験入学の時に見学した学校で、中学生たちが着ていたものと同じ。
(────っ)
なら、それはきっと、間違いない。小宮果穂は走る。もし別人でも学校が同じなら、あの人について話を聞きたい。会える約束を仲立ちしてもらいたい。そして、もしブランコに揺られる人が“あの人”なら────それはきっと、“縁”なのだろう。
「はぁ、はぁ────」
小宮果穂は息せき切って、ブランコを仕切る柵の前で立ち止まる。
対する青年は足音を聞いて、わずかに面を上げた。
小宮果穂は(むむむ……)と目を細める。垂れ下がる前髪で青年の顔付きがよく見えない。西日も相まって見えづらい。逆光に邪魔される。
対する青年は子供の両足を確認。もしやガタイのいい自分がいるせいで、子供が怖がってブランコに近付けないのかもしれない。そう考えた青年は「悪い」とだけ呟いてブランコを降りた。そのままスタスタと立ち去ろうとする。
小宮果穂は、その横顔と声色を見て聴いて────“縁”に感謝するように、思わず叫んだ。
「────アルファさん!!」
「……?」
青年が呟き、ブランコから降りた時点で確定だった。その背丈、横顔、声色は、よく覚えている。
対する青年は声を聞いても覚えていないのか、不思議そうに振り返った。
「お、お久しぶりです! あたしです! 小宮果穂ですっ!」
「……おぉ! お前、あんときの……スゲェな。マジで会えるとは思ってなかった。このあたりに住んでたんだな」
「はいっ! スゴい偶然ですっ! 本当に“えん”はありましたーっ! 今、とっても嬉しいですーっ!」
「はは。相変わらず騒がしいなーおい。……まぁ座れよ。“ヒーロー談議がしたい”って、顔に書いてあるぞ?」
アルファはブランコに戻って座り直す。
小宮果穂は瞳をキラキラとさせて駆け出すと、その横に座って地を蹴った。ブランコに揺られて空を切る。
「あ、あの! あたし、そんなに分かりやすいでしょうか……?」
「いや。今のはカマかけだ」
「?」
カマかけの意味を知るのは、また今度。
それより小宮果穂は、この機を逃すつもりはない。確実に必殺技を畳み掛ける腹積もりだ。
「────その、アルファさんっ! たんとうちょくにゅうに、言いますっ!」
「おう」
「あたし、アルファさんと……“どうこうのし”に、なりたいですっ!!」
「……同好の士。いいぜ。こうやって再会できたのも何かの縁だ。連絡先でも交換するか!」
「わぁ……! はいっ! ありがとうございますっ!!」
アルファはスマホからチェインを開くと、それを小宮果穂に渡すように見せた。
小宮果穂も急いでチェインを開き、互いの連絡先を交換する。
「んじゃ、よろしく」
「はい! よろしくお願いします!」
小宮果穂は嬉しさのあまり、くねくねと身をひねる。
「はは。ウズウズすると体をくねらせるのが癖なのか? いいぜ。全部完璧に受け応えてやるから、どんどんお前から話を振ってくれ。この前はなんか遠慮してたのか、俺ばっか話してたからな」
「え……スゴいです! どうして分かったんですかぁー!?」
「だからカマかけだって……お前マジでさぁ。ペテン師とかに気をつけ────いや、なんか説教臭くなるからやめた。それより……いいから掛かってこいって、このヒーローオタク。いざ俺とオタク勝負だ」
「勝負? ……あのっ! あたし、アルファさんとおしゃべりしたいだけで、勝負をしたいわけでは……」
小宮果穂は“勝負”と聞いて、何か剣呑な方向性の意味を感じ取ったのか、困ったように問いかける。これで、もし相手が放クラといった気の置けない仲間だったら、たとえ“勝負”と言われても喜々として受けて立った。しかし、これがほぼ初対面のアルファなら、ある程度は慎重を期した接し方になるのは至極当然のこと。
対するアルファは
「すまん。ただ語り合おうぜって意味だよ」
「! そうだったんですかっ!! それじゃ~あ~……まず、先週のジャスティスⅤは見ましたかぁ!?」
「当然。それで、名場面はズバリ?」
「レッドが、善と悪の狭間で苦しむ怪人を助けたシーンですっ! 死にかけていた怪人は、今まで犯した罪をレッドに謝罪するんですが……レッドは『謝る相手が違うだろう、怪人ヒーロー!』と叱るんです! そして名前のなかった怪人に、ヒーロー怪人っていう名前を付けてあげたところですーっ!!」
アルファの耳がキーンと鳴り響くが、それを相手に気取られないよう涼しそうに澄まし顔。
(うるせぇ……声でかい……なんか発音の全部に濁点ついてんじゃねぇかってくらい超うるさい……でも、あんま気にならない。めっちゃ楽しそうだし、俺も楽しいし……)
「それでですね!」
「おう!」
§
夕方の五時頃。小宮宅。
門限の時間となったので、小宮果穂はダッシュで帰宅。玄関の扉が勢いよく開け放たれる。
「ただいまーっ!」
「おかえりなさい。……果穂、なんだか元気爆発ね。嬉しいことでもあったの?」
「うん! あのね! 会えたの!! アルファさんに!!」
「あら……本当に?」
「うん! ホントのホント! プロデューサーさんの言う通り、きっと“えん”があったんだねっ!」
果穂は手洗いうがいを済ませて、リビングのソファでくつろぎながらスマホをいじる兄に飛びつく。
「あのね、お兄ちゃん!!」
「聞こえてた聞こえてた。マジで良かったな。これで果穂も、ヒーロー離れしない友達ができたってわけだ」
「うんっ! それでね? はいこれ! プリン!」
「え。帰りに買ってきたのか? 別にいつでも良かったのに……へへっ。サンキュ~」
小宮兄はプリンを開けようとするが、すかさず小宮母から「もうすぐ夕飯だから後にしなさい!」と注意される。渋々プリンを冷蔵庫にしまう小宮兄。一方の果穂は、今日の出来事を報告するため、自室で待つマメ丸に会いに行った。
§
小宮父が帰宅。夕飯の時間となる。リビングで一家四人が揃い、食卓を囲んで談笑。
「ごちそうさまでしたっ!」
食事を済ませた小宮果穂は、テキパキと食器を片付ける。
その忙しなさを眺めていた小宮母が問いかけた。
「どうしたの、果穂? これから何かあるの?」
「うん! アルファさんと電話するの! ヒーロー談議するんだー! えへへっ」
小宮果穂は階段を二段飛びで駆け上がり、自室に向かう。
それを見送る小宮兄が言った。
「……あのさ。気のせいかは知らないけど。これ、もしかしたらさ……とうとう果穂に、春ってやつが来るんじゃね?」
「さぁ。どうでしょうねぇ……」
小宮母は流れに身を任せるのみと言いたげに食事を進める。
そこで小宮父が首をかしげて問いかけた。
「果穂に春? な、なんだ……果穂に仲のいいボーイフレンドでもできたのか?」
「うん。まぁ果穂が自覚してるかは分かんないけど、さすがに今日はさ? なーんか、行動力爆発させすぎじゃねー? って気がしてさー。無茶苦茶な要求で、俺も駆り出されたし……」
「そうねぇ……今日の果穂は随分と食い気味だったわねぇ……あんなふうにお兄ちゃんに無理難題な甘え方したの……結構久しぶりじゃない?」
小宮兄と小宮母の会話。それをそばで聞く父親は、なんだか落ち着かない心地となる。
「行動力爆発って……どういうことだ? 今日は三人でヒーローショーを見に行っただけじゃないのか?」
「俺もそう思ってたんだけどさー。まさか捜し人が“野郎”とは思わんし。……え? これ単に俺がギャルゲーやりすぎってだけな感じ?」
「どうかしらねぇ……」
「な、なんだ……? お父さんにも分かるように話してくれ! 今日は何があったんだ?」
今夜の小宮家は、娘を除いてほんのちょっとした家族会議。
一方、二階の子供部屋では────パジャマ姿に着替えた果穂がスマホ片手にベッドに飛び乗り、それをマメ丸がしっぽを振って見上げていた。小宮果穂は前口上が必要なヒーローポーズを取る。
「んん~っ! 同好の士よ! 我と心を通じ合わせ、力を貸し与えたまえ! キズナモードにぃ~変っ身っ!」
「ワンッ!」
それは多少セリフを改変しているが、やや昔の特撮番組にあったヒーローの変身セリフである。
詠唱を済ませた小宮果穂は「えいっ!」と勇気を出して、チェインに文字を入力する。
「チェイン・で……は・な・し・て・も・い・い・で・す・か────送信っ!」
「ワンッ!」
小宮果穂はワクワクと返事を待つ。対するマメ丸は、彼女の小躍りしそうな気持ちが伝わって来るのか、くるくると床の上を回ったあと、ベッドのヘリに前足を乗せて、小宮果穂と一緒にテンションのボルテージを高めていく。
そして“ピロン”と通知音が鳴った。
「わぁ! マメ丸! 『いいよ』だって!」
「ワンワンッ!」
「あ、通話が掛かってきた! マメ丸、静かにね!」
「ワン!」
「もう! マメ丸、しぃ~っ!」
「ワンッ! ……?? ワンワンッ!」
小宮果穂の嬉しさに共感して、マメ丸も嬉しい気持ちになる。静かにしろと命令されているのは理解しているが、どうしても小宮果穂の嬉しさに合わせて、しっぽを振って喜んでしまう。
「マメ丸ぅ~! ────あっ」
ふと果穂の指が通話ボタンに触れてしまい、準備が済む前に通話が始まってしまう。
慌てた小宮果穂は、スマホを耳元に当てた。すると小さなノイズ音の向こう側で、アルファの息遣いが聴こえる。
『……もしもし? 犬飼ってんのか。お前と似て元気だな。犬種は?』
「あ、えっと……マメ丸ですっ! ────じゃ、なくて! 今のは名前で、犬種は豆柴ですっ!」
『豆柴。……犬はあまり詳しくないが、柴犬ってことでいいんだよな? 小さめの』
「はいっ! そうですっ!」
『毛色は? 黒? クリーム色?』
「クリーム色です! マメ丸は、スッゴくス~~ッゴく! かわいいんですっ! チェインのアイコンにもしてるんですよ!」
「ワンッ!」
『そうだったのか。悪い、まだ見てなかった。んで、いい鳴き声だな。マメ丸にもよろしく言っといてくれ』
「はいっ! ──マメ丸! アルファさんが『よろしく』だって!」
「ワンワンッ!」
小宮果穂はベッドに立っている状態から下りて、きちんと座る。マメ丸が膝の上に登ってこようとしてくるので、小脇に抱えて膝枕。楽な姿勢でアルファと語る。
『さて、話の続きをするため電話しようってことになったが、ぶっちゃけどこまで話したか忘れちまった』
「たくさんお話をしましたからね!」
『流れに流れる話題だったな。次々と話がズレていくんだが、それも醍醐味ってもんだ』
「はいっ! えっと、それじゃ~あ~……」
小宮果穂は次の話題を探す。
『……あ、待った。聞きたいことがあったんだ。──ジャスティスⅤで一番好きな必殺技は?』
「ジャスティーンソード!」
『はは。やっぱりな』
「アルファさんは?」
『ケイオスシールド!』
「えっ!? なんでですかぁ!? 聞きたいですっ!」
アルファは、何か重要な話でもするつもりなのか、ふと咳払いする。
『厨二病と笑ってくれるなよ?』
「?」(ちゅうにびょう……?)
『正義を駆逐する悪のパワーを使っているくせに、それを攻撃技じゃなくて防御技として使う……そこに、この技の使い手の過去が隠されているような気がしてならないんだ』
「……過去……」
小宮果穂は考察する。たしかケイオスシールドの使い手は────
『……あー。というのも俺は、ちょっと毛色の違う楽しみ方をする奴でな。話の展開を予想するのが好きなんだ』
「はっ! なるほど! そういう楽しみ方があるのは知ってます! あたしも次の展開がどうなるのか、よく考えます!」
『まぁそれはみんなそうだろ。ただ俺は、もっと突っ込んだ考察を混ぜ込むから……。……今までもちょくちょく口を滑らしていたけど、そういう話が気に食わないと思ったら遠慮なく言ってくれ。なるべく抑えるから』
「え? いえ、あたしは……特に気にするようなことは、ありませんでしたけど……? むしろどんどん話してほしいですっ!」
『そうか。まぁお前ならそう言うと思ってた。……では遠慮なく。──俺の予想では、ケイオスシールドの開発者は……大切な人を庇って死ぬ!』
「えぇっ!? な、なんでそう思ったんですか?」
アルファは推理を披露しつつ、小宮果穂と共に考察を深めていく。
『まず悪の幹部が一堂に会した三話目に伏線がある』
「三話目は……初めてケイオスシールドが登場した回でもあります! その時は幹部同士で喧嘩しちゃって、オンナ幹部はヒニク幹部を攻撃! ヒニク幹部は両側に部下がいたのに、ケイオスシールドで守れたはずの部下を守らず、自分だけ守ったひどい奴なんです! そのせいでヒニク幹部の部下は全滅してしまいました!」
『そうなんだ。そこで前提知識の確認だが、ジャスティーンソードを含めて、ほとんどの必殺技は、誰が開発したのか明かされている。けどケイオスシールドだけが、まだ誰が作ったのか明かされていないんだ』
「はっ! たしかに……」
『そこで第十七話のCパートに注目。ヒニク幹部は、ケイオスシールドを遠隔操作で展開してレッドを守った。なんとケイオスシールドは、自分の前方に展開できるだけじゃなく、遠くに居る誰かの近くにも展開できることが明らかとなった!』
「そ、そこまで注目していたんですか!?」
『いやまぁ話半分に聞いてくれよ? ──で、ヒニク幹部が敵であるレッドを守った理由は?』
「ヒニク幹部は、悪の親玉に“げこくじょう”する気でいます! そのためにレッドを利用するつもりだから、レッドを守ったんだと思ってます!」
『ヒニク幹部もそう言っていたな。──で、そのシーンで分かることは、ヒニク幹部はレッドの実力を認めていて、しかもレッドの人間性を好ましいものと思っていた点だ。そして悪の親玉のことは、親のカタキのように憎んでいる演出が多い。でも悪の親玉とは主従関係を結んでいるため命令には逆らえず、レッドと戦うことが多い。つまりヒニク幹部は、その憎まれ口に反して、意外と義理堅いことが分かる』
「……あのヒニク幹部が……?」
小宮果穂は信じがたい面持ちで、興味深そうにアルファの話に耳を傾ける。
『そして、今まで多くの悪の幹部たちの過去が明らかにされてきたけど、まだヒニク幹部の過去だけが明かされていない……そこで、ヒニク幹部の性格を考えると……最後は下剋上するためにレッドを利用するつもりだ。その時にきっと、悪の幹部の中で、最もケイオスシールドの使用回数が多いヒニク幹部の“本心”が判明するはずなんだ』
「っ……!」
『まぁ、当たるも八卦、当たらぬも八卦。たぶん二、三話くらいしたら答え合わせできるだろうから、俺は楽しみにしている。そういう話でした』
小宮果穂は目から鱗が落ちて、瞳をキラキラと輝かせる。
「──……スゴいです。あたし、そこまで考えて見ていませんでした! なんだか……知的です……!」
「いや……考えすぎってことも何度かあったからな? ただ俺は、こういう楽しみ方をする奴なんだ。……その、正直どう思う?」
「スゴいと思います! なんだかあたしも、次の放送が楽しみになってきました! いつもジャスティスⅤは楽しみにしてるんですけど、お話がダークな感じになると、ちょっとムズかしくなる時もあって……。でも! 今のアルファさんの話のおかげで、ヒニク幹部のよくわからなかったシーンが、もしかしたらそういうことかも!? って、思うようになりました!」
『……そうか。まぁ俺は展開を当てたいんじゃなくて、こうやって予想している時が一番楽しいタイプだから……当たらなかったからといって、そう落ち込まなくていいからな? ……なんかお前、俺のために落ち込みそうだし……』
「! わかりましたっ! でも……当たるといいですね!」
『……そうだな。俺も当たると嬉しいよ。たまに当たってほしくない展開もあるけどな。今回もどっちかってーとそれだし』
「え?」
アルファは話を変える。
『ところで、ジャスティーンソードを使った時に一番燃えた回は?』
「断然! 仲間や市民を守るために、肉体ホウカイもいとわず、全身全霊の力を開放した時ですっ!」
『わかる、わかるぞ。だがそれを言うなら、空手パイロットの時も似たような構図があったよな』
「わぁ! アルファさんもそう思いますか!? やっぱりあれは参考にしてるんですよね!?」
『俺はその可能性が高いと見ている。パロディってやつだな。オープニング前に空港空手道場が一瞬映った辺り、製作陣も狙ってるだろう』
「ですよねっ!!」
会話は弾み、時は流れる。
気付けば時計の針は三週しており、子供は寝る時間帯。小宮母が扉を叩いて就寝を促す。
「果穂ー。そろそろ寝る時間よー。電話は終わりにしなさーい」
「はーい! ────ごめんなさい、アルファさん! もうお休みの時間で……!」
『え? ……っ!? 嘘だろ、もう三時間も経ってたのか!? やべっ……気付かなくてすまん! ……しかも、なんとなしに果穂の滑舌が悪い気が……もしや眠いのに無理してたか? 悪い……」
「あ、いえ! 気にしないでください! あたし、今日はスッゴく楽しかったです! お昼はヒーローショーを見て、夕方から寝るまでアルファさんとヒーローのこと話して……今日はずっとヒーローづくしの一日でした! 最高の休日ですっ! 本当にありがとうございますっ!!」
『……そう言ってくれると助かる。じゃ、おやすみ』
「はいっ! おやすみなさい!」
小宮果穂は通話を切ろうとする。だがすんでのところで、アルファからストップが入った。
『────っと、待った。最後にひとつだけ』
「はい?」
『今回は時間があったから良かったけど……実は夕方から夜は通話できない事が多いんだ。単に用事が多くてな』
「は! そうなんですか……」
『だから……どうしようかな。どうすればいい? ──こっちから通話できる時はチェインにメッセでも残しておくか。そっちが何か用事があって無理そうでも、いちいち返信する必要はない。まぁそこらへんの細かい所は好きにしていいが……ただ俺は、そっちからメッセ残されても、用事があって無理そうだったらナチュラルに既読無視するから悪く思うな。このスマホを持ってないことが多いんだ。──んじゃ、ひとまずそんな感じで。おやすみ』
「あ……はい……? お、おやすみなさい!」
最後は、なんだか要領を得ない会話だったが、小宮果穂は特段気にすることなく通話を終了。就寝準備を整えた。
§
あれから一週間が経過した。小宮果穂はパジャマ姿でベッドに飛び込み、ゴロンと仰向けになる。スマホのチェインを開いて、アルファさんとの慣れないトーク画面を見つめる。
──
〔今日通話できるか?〕月曜 19:11
〔ごめんなさい! 昨日は疲れちゃって
気づいたら寝ていました……〕火曜 08:02
〔そのぶん元気に過ごしたってことだ。
ならいいさ。気にすんな〕火曜 08:02
スタンプ:ごめんなさい 火曜 08:02
〔今日は無理そうだ。すまん。
明日なら大丈夫だ〕火曜 16:12
〔了解です!
明日、楽しみにしています!〕火曜 19:42
スタンプ:ワクワクスマイル 火曜 19:42
〔通話してもいいですか?〕水曜 19:53
着信《アルファさん》より 水曜 19:53
〔楽しかったです!
また今度お話しましょう!〕水曜 22:13
〔おう。絶対な〕水曜 22:13
〔今夜は忙しい。すまん。
明日は分からない〕木曜 15:54
スタンプ:OK! 木曜 16:04
〔今日も無理そうだ〕金曜 15:55
〔あの! 話せる時だけメッセする
というのはダメなんでしょうか?〕金曜 20:25
〔たしかに。なんか無理無理ばっかで嫌だよな
このトーク画面。俺かなり馬鹿な時あるからな……
なんであんなこと言ったんだ?〕土曜 06:06
〔今日は話せます!〕土曜 19:36
〔おやすみなさい!〕土曜 20:56
〔今日も話せます!〕日曜 08:57
〔おやすみなさい?〕日曜 21:07
〔いつでも行けます!〕月曜 20:08
──
それはなんとも拙いメッセージの羅列。第三者から見れば、次のように突っ込まざるを得ない。お互いそこまで話したいなら、互いのスケジュールを教え合えばいい。無論、知り合ったばかりの相手のスケジュールを“開示しろ”というのも、なかなかに失礼な話ではある。と、ふたりは思ってしまう。だがそうやって互いに気を遣って、このようなトーク画面で埋まるのは、双方なかなか心にくるものがあるだろう。
小宮果穂は寝返りを打ってうつぶせになる。枕に顔の下を埋めて、難しそうに糸目を作り、子犬のように唸る。
「うぅ~~~~ん……中学生って、いそがしいのかなぁ? それともアルファさん、あたしみたいに何か、お仕事してるのかな? でも中学生ってお仕事できるの? あたしは────月曜は仕事があって、気付いたら寝落ちしちゃってて……水曜日はたくさん話せたけど、それからはあんまり……。…………」
小宮果穂は首を横に振ると、何かの気持ちを改めた。
「ううん。毎日話せると思う方がおかしいんだから……それは、放クラの皆さんとの通話でも、分かってることだけど……」
小宮果穂は、さらに唸る。
「うぅ……ジャスティスⅤの最新話について、誰かと話したいぃ……あしたになったらプロデューサーさんにも話したいけど、今日の放送はなんてことのない日常回……ジャスティスⅤについてよく知らない人に話すには展開のインパクトが足りない……日常回の面白さを伝えるためには、まずキャラクターの説明が必要になるけど……プロデューサーさんだっていそがしいんだから、そんな説明している時間はないだろうし……」
それでもプロデューサーなら聞いてくれる。そんな信頼がある。きっと忘れているであろうキャラクターの話を覚えていてくれる時もあるし、小宮果穂のために見れる範囲でジャスティスⅤを見てくれている。小宮果穂にとっては、それだけで充分すぎるほどの気遣いだ。
「でも、今回の日常回は一味ちがくて……なんとヒニク幹部の日常にも迫るシーンがあって、そこでケイオスシールドの開発者が、実はヒニク幹部だったことがさらりと明かされて……ヒニク幹部に悲しい過去があるっぽいシーンもあったし……なんだかアルファさんが予想した通りの展開になりそうで────あぁ、スゴかったなぁ……ちょっと前なら、早くレッドが活躍しないかなー? としか思ってなかったのに~……」
もちろん小宮果穂は、レッドだけを目当てにして見ているわけではない。たまの日常回も見逃せない枠として視聴する。こういうところに巧妙な伏線とやらが仕込まれている。といっても小宮果穂がそういった伏線に気づけるのは、製作陣が用意した子供向けレベルの伏線のみ。中高生や大人しか気づけないようなレベルの高い伏線は、未だに見破ったことがない。その点、今回はアルファの考察を聞いたのもあるが、上級者レベルの伏線が見抜けそうである。それはいつもと異なる感覚を小宮果穂に与えた。ジャスティスⅤを楽しむための新たな可能性を味わった、そう言っても過言ではない。
故に興奮冷めやらぬ。たまに小宮兄が上級者レベルの伏線を当てずっぽうで当てることもあるが、今回はそれとはまったく異なる。今回はアルファの助けがあったとは言え、きちんと自分で考えた上で、ジャスティスⅤの奥深いシナリオを味わうことができたのだ。この感動を誰かと共有したい。その共有相手は非常に限られている。
(アルファさんの予想は、まるで夏葉さんの観察眼と……凛世さんのドウ察力……ちょこ先輩のような分セキ力と話のまとめ方……そして樹里ちゃんの……樹里ちゃんのぉ……。……! 樹里ちゃんの鋭い目と合体したみたいで、本当にスゴかった! 来週の予告は、ヒニク幹部が誰かを庇って倒れるようなシーンだったし……それに、いつもは予告に必ず映るレッドが、なぜか今回だけチラリとも映らなかったのが気になる……うぅ、スゴくスッゴく、気になる……)
そんな熱い感想を、いま一番に伝えたい相手は、一向に返信がないアルファ。
「ケイオスシールドの伏線をプロデューサーさんに話してもちんぷんかんぷんだろうし……最初から説明する時間もないし……」
小宮果穂はベッドの上で伸びをする。
「んん~っ! ハァ……どうしよう……このワクワク、どうしたら消化できるかなぁ……?」
今までは
「……んっ……」
うつらうつらと落ちかかるまぶたをこする。眠気は急速に増していく。
「……んぅ……ん────」
意識が落ちる。真っ暗な、色のない世界で────“ピロン”と音が鳴り、一気に世界が眩しくなる。
「────……ッ!?」
それはメッセの通知音。飛び起きた果穂は目をこすって読もうとするが、画面がボヤけて何も見えない。
「よ、読めない……! まぶたが、落ちる……」
それでも一生懸命がんばって起きようとして、トーク画面を見据えた。
〔Ⅴ見たか?
来週の土日、絶対話そう〕日曜 21:03
「────わぁ! マメ丸! スケジュール表、持ってきて!」
「ワフ? ワン!」
マメ丸は、背の低い机の上に置いてある手帳を咥えると、小宮果穂の所に持っていく。
「ありがとマメ丸! ……あれ? 眠そうな顔……眠かったんだ。起こしてごめんね……?」
「クゥン」
マメ丸は気にするなと言っている。
「えっと、来週の土日は……日曜はお仕事があるけど、土曜日は何もない! でも急にお仕事の依頼が入るかもしれないから、一応プロデューサーさんに“お休みの約束”をしてもらおっと!」
§
後日。小宮果穂は苦悩していた。
(どうしよう……)
プロデューサーからお休みの約束はもらえた。土曜日に仕事はない。しかし金曜日の放課後、クラスメイトの友達
────ねぇ果穂ちゃん。明日の土曜、午前中は公園で遊ばない?
どうしてその時、きちんと断れなかったのか。
いつもなら「ごめんね。明日はもう遊ぶ約束してて」と断れたはずなのに。
────最近お仕事が多くて、あまり
────土曜日にみんなと遊べるチャンスを逃したら、今度は一週間後? 二週間後? 一ヶ月も先になるかもしれない。それはイヤだ……。
────でもそれを言うならアルファさんとも遊べてない。みんなとも遊びたいけど、アルファさんと遊ぶチャンスを逃したら、またいつ遊べるか分からない……。
────どっちかだけなんて選べない。でも選ばなくちゃ。本当はどっちとも遊びたい。それは無理かもしれないけど、どうにかならないかな……? 諦めきれない。いつもなら、諦めがついていたのに。ガマンができたのに。
そんなふうに思い詰めていたら「い、行けたら、行くね……!」と答えてしまった。大崎甜花の定型文を引用する程度には、なりふり構っていられなかった。下校中の小宮果穂は、ひとりの帰り道で冷静に思い返す。考えてみればあの返答は、ただの“わがまま”だ。学校のみんなか、アルファか。どちらの誘いを受けて断るか。それを選びきれなくて、答えを迫られた時……つい自分勝手な願望が、口を衝いて出てしまった。
しかし希望は潰えてない。学校のみんなと遊ぶ時間帯は、たしか午前中。一方のアルファさんとは、まだ遊ぶ時間帯を決めてない。ならアルファさんとは午後に遊べば────
“ピロン”、とメッセの通知音が鳴る。歩きスマホはダメなので、小宮果穂は路地の端っこで立ち止まり、チェインを開く。
「わぁ! アルファさんだ!」
メッセの内容は次の通り。
《明日どうする? 会って話すか電話で話すか。こっちは午前中だと嬉しい。午後だと話せるか、ちょっと分からなくなる》
「……え……」
────物事というのは、いつも思い通りに運ぶとは限らない。
小宮果穂の表情が曇る。自分の決断力のなさのせいで、図らずも
学校のみんなと遊びたい。アルファさんと遊びたい。
どちらかを断れば、どちらかと距離が遠くなる気がする。それは本当に気のせいか?
午前中。公園。通話と対話は小宮果穂の自由。行けたら行くと言ったので、今から《ごめん、行けない》と断ることもできる。
選択するか、するしかないのか。我を通して打開策を打つか。どうなのか。
目まぐるしく回る小さな脳と、欲望でかき乱される拙い心。
「────…………そうだっ!!」
やがて小宮果穂は、これ以上ないほどの名案を閃いた。これなら自分のワガママで終わらせず、みんなで楽しく遊べるかもしれない。もし断られたら、その時はその時だ。きちんと、どちらかを選べばいい。そうと決まれば居ても立っても居られない。すぐにメッセを打ち込む。
「まおちゃんには、も・し・よ・か・っ・た・ら────」
続いてアルファにも送信する。
「アルファさん! も・し・よ・け・れ・ば────」
§
翌日。朝方の児童公園。土曜日というのもあり子供が多い。賑やかな声が沸く中、アルファは小宮果穂に連れられて公園に入る。
「おい……ホントに俺が小学生に混じっていいのか? みんな緊張してビビるんじゃないか? だって俺、背が高いし、目つき悪いし……」
「だいじょうぶですっ! 昨日の夜、みんなにメッセして許可を取りました! 『この前、体験入学で案内してくれた中学生の人だよ!』って言ったら、それなら安心だって!」
「そ、そうか……」(でも、既に出来上がってる輪の中に入るのは、ちと勇気が……)
「あ、みんなだ! サッカーしてる!」
小宮果穂と十数人の子供たち。お互いに手を振り合い、活気よく遊んでいる。
「みんなー! 紹介するねー! こちら、中学一年生のアルファさん!」
「よろしく! 俺には何をしてもいいぞ! 体がぶつかっても心でぶつかってきても全部受け止めてやる!」
「ははは! なんだそれ!」
「なぁ兄ちゃん。サッカー得意?」
アルファは持ち前のコミュ力で、すんなりと輪に入る。若干一部の女子の視線──値踏みするような、警戒するような──が気になるものの、観察の結果、きっとそんなに悪いものではないと確信する。
そこで小宮果穂が訊いた。
「あのさ、今日はみんなで持ち寄る感じ?」
「そうだなー。この前は決めたけど、今日は持ち寄るのにするかー」
アルファは「持ち寄る?」と首をかしげる。
すると子供たちは、思い思いの遊びを提案して挙手した。そこに賛同者が集まる。
「なら私は大なわとび!」
「俺はサッカーの続き!」
「えー! 鬼ごっこしようぜー!」
アルファはなるほどとうなずく。どうやら子供たちはグループに分かれて、思い思いの遊びを楽しむようだ。飽きたら別のグループに移ってもいいらしい。
「……これなら、俺と果穂とでヒーロー談議もできるな」
「……っ!! やっぱりアルファさんは、エスパーなんですか!?」
「何がだ? ……あぁ、そうか。俺が午前中なんて言ったばっかりに……頭いいな、お前」
「っ……!」
一から十まで言わずとも、アルファはある程度の予測ができるのか。
小宮果穂は瞳を輝かせて感心し、スゴい特技を見て飛び跳ねる。
「あ、あのっ……あたし、みんなから公園に誘われて……でも、アルファさんとも遊びたくて……しかも、土曜日の午前中で被ってて……本当は、どっちか選ばなきゃいけなかったんですけど……どうしても、どっちとも遊びたくて……! ……そうしたら……」
「もし俺やクラスメイトが良ければ、一緒に公園で遊べばいいと閃いた」
「……! はいっ!」
「まぁ、悪くはないんじゃないか? お前も何やってんのか知らないけど忙しそうだし。それにガキはワガママ言うもんだ。せっかくこうして集まって楽しくやれてんだから、そんな申し訳なさそうな顔すんな」
(
その時、周囲のクラスメイトが声をかける。
「果穂、兄ちゃん、遊ばないのかー?」
「いや、遊ぶぜー! ──んじゃ行くか!」
「はいっ! みんなー! あたしたちも、いーれーてー!」
§
昼過ぎの児童公園。太陽は頂点を通り過ぎる。ふと空腹に気付いた子供たちは帰宅していく。
「腹減ったー! 僕もう帰る!」
「そうだなー。んじゃ遊べる奴は午後また集合なー!」
「オッケー。ばいばーい!」
「私はコンビニで済まそうかなー?」
その話し声を耳にした小宮果穂は、しまったと言いたげに硬直した。すっかりヒーロー談議を忘れて遊びまくってしまった。
「っ……!! あ、アルファさん!? アルファさーん!」
「ここにいるぞー。──まぁ、そう慌てるな。午後の時間は作ってっから、昼飯食いながらゆっくり語り合おうぜ」
男の子たちとサッカーして遊んでいたアルファは、砂だらけの膝小僧で立ち上がる。服についた砂を払い落とし、喉の渇きを癒すべく水飲み場に向かう。それに小宮果穂がついて行く。
「え? で、でも……午後は、何か予定があるんじゃ……?」
「あー。それなんだが……悪い。今朝、急に予定が空いてな。せっかくのお前の努力に水を差したくなかったから言わなかったんだ」
「……! …………そう、だったんですか……」
「──?」
アルファと小宮果穂は水道水を口に含んでうがいする。
「ぷはぁ! あんま飲みすぎるなよ。水道水はキレイじゃないところもあるからなー」
「あ、はい……! それ、お母さんや先生にも言われたことがあります」
「なら良し」
それからアルファと小宮果穂は最寄りのコンビニに寄って軽食を購入。公園に戻って木陰のベンチに座る。アルファの隣に座った小宮果穂は、今すぐ話したくてウズウズしているのか身をくねらせていた。
「はは。……じゃ、まず。先週の見て、どうだった?」
「────アルファさんの予想が当たりそうですっ!」
「そうなんだよなー。あと予告がなー」
「レッドが映っていませんでしたよね!? 今までレッドは必ずワンショットは映っていたのに!」
「でもそれがミスリードの可能性も思い浮かぶわけだ。ここで別の説。実はヒニク幹部はレッドを庇うわけではなく、別の誰かを庇った。庇う奴は、来週の放送が始まった時、最初のシーンに移る奴な。これはメタ的に考えすぎだけど。脚本家があの人だからなー」
「……! 脚本家……!」
「いやでも、さすがにそれは穿ち過ぎかな? 素直に最初の考察に従っておくか……でもヒニク幹部が死ぬには、まだ早すぎる気がするんだよなー。とりまヒニク幹部はレッドを庇う! って予想は立てておく。その後もしかしたら俺たちの予想をひっくり返す、とんでもない脚本が飛び出るかもしれないし、割と順当な王道展開で泣かされるかもしれない。いずれにせよ明日が待ち遠しい……ヒニク幹部の過去に何があったのか知りたいぜ……!」
「あたしもですっ……!!」
小宮果穂とアルファは軽食を挟みつつ、ヒーローの話に花を咲かせる。
「あ、そろそろベンチ替えようぜ」
「?」
アルファと小宮果穂は別のベンチに移動する。それになんの意味があるのか、小宮果穂は最初のうちこそ理解していなかった。しかし、ふと先刻まで座っていたベンチに陽炎が揺らめき、そこに座った人が「熱い!」と驚いたことで、少女は青年の気遣いを知った。
思えば、ふたりは常に木洩れ日の下にいる。直射日光を避けているのだ。さらにアルファは定期的に水飲み場に向かう。そこまでくれば熱中症に気を付けている事が分かる。小宮果穂は話に夢中で、アルファも周囲の目を気にしないほど盛り上がっているはずなのだが、こまめな気配りが為されていた。もっと言えば、いつの間にか西日を背にしており、一度も眩しさを感じたことがない。また、背後には大木があるため、背中が焼けてヤケドすることもない。これはいったいどうしたことか。知らないうちに色々なことから守られていた。
「────…………っ~~~~!!」
「だから作中最強はグリーンなんだよ!」
「カッコいいですっ!!」
「だろぉ!? ──え? なに急に? どゆこと……? そんなにグリーンかっこいいか? いや普通にかっこいいけどさ、そんなに叫ぶほどか……?」
「あ、すみません! なんかアルファさん……ちょこ先輩やプロデューサーさんみたいだなぁ~……と思って!」
「?」
「あっ……いま言ったおふたりはですね! あたしが尊敬する────」
その時、遠くからクラスメイトの女子が声を掛けてくる。
「果穂ちゃーん! ちょっといいー?」
「? なーにー?」
小宮果穂はベンチを飛び降りて駆けつける。
「どうしたの?」
「……あのお兄さんとずっと話してたみたいだけど……なんの話をしてたの?」
「ヒーローの話! アルファさんもね、特撮が大好きなの! ジャスティスⅤも見てるんだ!」
「そうなんだ。よかったね。果穂ちゃん、ホントはヒーローもの好きなのに、あまり話できる子がいないから……」
「うん! だから嬉しいの! ……あ、でも、みんなとするヒーロー以外の遊びも楽しいよ!」
「うん。ありがと。……でもさ」
「?」
「あのお兄さん。なんで連れてきたの?」
「……え?」
その問いに驚いた小宮果穂は、質問の意図を汲もうとして逡巡する。
「あの人、強面だけど優しいし、一緒に遊んでもこっちは楽しいけど……なんか、ちょっと無理してない?」
「……無理……?」
小宮果穂は思考を巡らす。無理しているとはどういうことか。絶対に分からなければいけないのに、全然分からないことに焦りを感じる。
「……気付いてなかったの? まぁでも果穂ちゃんだし、そこはしょうがないかぁ」
「…………」
「あ、私たちはもう帰るから。またね」
「……う、うん。またね……」
クラスメイトの女子たちは帰路に就く。
対する小宮果穂は、その場で佇んで頭を悩ませていた。すると背後からアルファがやって来る。
「おい、どうした?」
「っ! あ、その……」
「なんか言われたのか?」
「……!」
アルファはなんでも見抜いてしまう。小宮果穂は気取られてはいけないと思い──なんでそう思ったのかは自分でも分からないが──必死に首を横に振る。
「……まぁ特に首を突っ込む気はないからいいけどよ」
「っ……」
「……んー。まぁアレだ。俺ちょっと水飲んでくるわ」
アルファの足音が遠ざかる。遠ざかるたび、小宮果穂の顔色に深刻な影が落とされる。
「はいダメー!」
「わっ! え……!?」
なのでアルファは、足音を消して戻ってきた。さらに小宮果穂の頭を軽く撫でる。
「考えるのはいいが、ドツボにハマるのはオススメしない。とりま話せる範囲でオブラートに話してみろ。勝手に予想立てて適切そうなアドバイスしてやるから。俺そういうの自信あるんだわ」
「……! ……」
「それとも俺に話せない系か? それだと難しいな……俺関係の話だと、まさか俺本人に相談するわけにもいかないだろうし……というわけで、俺以外の誰かに相談するといい。誰か頼りになる奴は身近にいるか?」
小宮果穂は、こくんとうなずく。
「ならそいつらに相談しろ」
「──……っ。あ、あの……!」
小宮果穂は勇気を出す。先ほどの女の子が言っていたことが本当なのか確かめる。
「その……今日、無理してましたか……?」
「いや? めっちゃ楽しかったけど」
「……ほんとですか? あの、だってあたし、今回はみんなに、無理を言って……」
「ん? なに言ってんだ。お前が提案して、俺たちが乗った。それのどこが無理やりだ。変に考えて事実曲解すんな。そりゃ最初は小学連中とうまくいくか心配だったが、意外と受け入れてくれたからな。ホッとしたよ。やっぱ子供は無邪気でいいなー」
「…………」
「……納得してない。って顔だな。となると問題は、俺の心がどうこうじゃない。問題は、
「────っ!!」
次の瞬間、小宮果穂は自罰するような苦々しい表情をして、
「えっ!? あ、おい────! …………あぁくそっ! 今の
§