※この作品はR-18です。

小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い   作:形のない者

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pSR【ヒーローアイドルとダークヒーロー!】小宮果穂

 

 翌朝。

 今日は平日だが、学校はお休み。仕事の日。つまりはアイドルとして頑張る一日となる。

 

 小宮果穂は、いつものように起床。洗顔や歯磨き、着替えや朝食、マメ丸のお散歩など、朝の支度を済ませて────いざ、今日も今日とてヒーローアイドルは出動だ!

 

「おかあさーん! いってきまーす!」

「はーい! いって……あっ! か、果穂、まって! そういえば話が……!」

 

 皿洗いに洗濯物干しと、家事に忙殺されていた小宮母の声掛けは間に合わず、小宮果穂は家を飛び出してしまう。

 

「……?」

 

 朝の陽射しに眩しさを感じて目を細めた小宮果穂は、門扉の先に大きな車と黒い人影があることに気付く。

 

「おはよう、果穂」

 

 その声で気付いた。

 

「あれ!? ぷ、プロデューサーさん!?」

(目の周りが晴れている……これだと今日は無理そうかな……でも、果穂はそのことに気付いていないのか……?)

「な、なんで……? どうしてプロデューサーさんが、ここに……?」

「……昨晩、果穂のお母さんから電話があってな」

「! あ……」

「公園で怖い目に遭ったって。果穂が無事で、本当に良かった……それで、俺が心配になっちゃってさ! 今日は送り迎えしますってことになったんだ」

「……すみません……でも、ありがとうございます……!」

「謝ることはない。それじゃあ準備も万端みたいだし、事務所に行こうか」

 

 小宮果穂は車に乗って、プロデューサーと共に事務所へ直行。

 すぐに到着し、小宮果穂は車から降りる。

 

「果穂。俺は車を停めてくるから、先に行っててくれ」

「はい! わかりましたっ!」

 

 小宮果穂は階段を登って玄関を開く。廊下を走ってリビングにつながる扉を開け放つ。

 

「おっはようございまーすっ!」

 

 嫌なことがあった次の日こそ、元気に明るく楽しく笑顔で! それがヒーローの秘訣である。でも無理をするような元気と笑顔はいけない。それではウソの明るさと楽しさだ。そんな時は仲間に会うといい。それだけでヒーローは友情パワーで復活するのだ!

 

 リビングには、放クラのメンバーが集合していた。最初に西城樹里が振り返り、続いて園田智代子、杜野凛世、有栖川夏葉が応える。

 

「おう、果穂。おはよ────っ!!」

「果穂! おはよう! ……って!? ちょちょ────どうしたの果穂?!」

「果穂さん……おはようございま……っ……!」

「おはよう、果穂。でも……その目、どうしたの? 何か悲しいことでもあったのかしら……」

 

 なぜみんなそんなに驚くのか?

 最初、小宮果穂は疑問符を浮かべたが、すぐに自分の目が真っ赤に腫れていることを思い出した。

 

「あ、これは……すみません! 実は昨日、いっぱい泣いちゃって……」

 

 小宮果穂は「えへへ……」と、申し訳なさそうに恥じらい、照れる。

 その純粋無垢な振る舞いを目にした西城樹里、園田智代子、杜野凛世、有栖川夏葉は、お互いにアイコンタクトで通じ合う。

 

(あれ? これ果穂、もしかして……)「……あっと……」

(だよね? ど、どうすれば……!)「……か、果穂……」

(……)「……なんと……申し上げれば、よいものか……」

(……そうね……)「とりあえず果穂、ちょっとこっちに来てくれない? 目の腫れを和らげる目薬があるの」

 

「ホントですか? ありがとうございます、夏葉さん!」

 

 四者は再び視線を交わす。やはり小宮果穂は気付いていないようだ。であれば、どう伝えれば良いものか。どう取り繕ってもショックを与えることになる。その中で有栖川夏葉は、ひとまず伝える役目は信頼できる三人に任せて、こちらは小宮果穂の容姿を整える準備に入る。

 しかし、さすがの小宮果穂も、妙な雰囲気に気付きはする。

 

「……? あの、みなさん……どうしたんですか……?」

 

「いや……その、果穂……」

「……えっと! 単刀直入に言うね?」

「果穂さん……今日の、お仕事は────」

「……そうね。撮影のお仕事なのよ。だから……」

 

「────、……っ!!」

 

 途端、小宮果穂は思い出す。どうして今日の仕事内容を忘れていたのか。昨日は色々ショッキングなことがあったとはいえ、目の腫れについてプロデューサーさんに報告する必要があった。それすら失念して、自分は朝、なんの悪びれもなくプロデューサーさんに挨拶して……あまつさえ放クラのメンバーに指摘されるまで、のんきに元気を空回りしていただけだった。

 

「あ────ご、ごめんなさいっ! あ、あたし────!!」

 

 小宮果穂の顔が青褪めると、放クラのメンバーの顔も青褪める。

 泣きそうになる少女の顔。それを見た園田智代子は、事態の悪化を防ぐべく、咄嗟に少女の落涙を制した。

 

「あー待って待って果穂! 仕方ないよ! だって泣くほどのことがあったんだもんね? そればかりは回避できないし……!」

「……っ!」

 

 すかさず杜野凛世がカバーに入る。

 

「それに、果穂さん……今日の仕事は、ともすればキャンセルの可能性があると……あらかじめプロデューサーさまが、申されておりましたゆえ……凛世たちのことを、気にする必要はありません……」

「……え? でも、それって────」

 

 小宮果穂の仕事内容は当然、小宮母も把握している。小宮母が娘の目の腫れと撮影の仕事を知っていて、プロデューサーに連絡を入れないはずがない。つまりプロデューサーは朝、小宮果穂と会う前から、今日の仕事がキャンセルになる可能性を知っていたはずだ。どんなにキレイでかわいくてカッコいい衣装を着ても、泣き腫れた目では、良い写真は取れないだろうから。

 

「──……っ!!」

 

 小宮果穂はスカートを握り締める。最近の自分は、なんだか失敗ばかりだ。自分が報告するべきだったのに、母親にも兄にもプロデューサーさんにも、色々な人に任せっきりになってしまった。

 その時、車を停めてきたのか、事務所にプロデューサーがやって来る。

 

「戻ったぞー。……! ……その様子だと、今日が撮影の仕事だってことは、果穂に伝えたみたいだな……いや、すまん! 果穂が忘れてたみたいだから、車の中で伝えるべきか迷ったんだが……みんなと一緒に居る時にまとめて伝えて、今日の仕事がどうなるか報告した方がいいと思って……」

「……あのっ! プロデューサーさん! みなさんも……ごめんなさい……!!」

「……果穂が謝ることじゃないよ。果穂のお母さんからは、目の腫れについて聞かされていたし……それで既に先方とも相談済みだ」

 

 小宮果穂は苦しそうに目を閉じて俯いている。

 

「……果穂は家に帰って何があったか話したら、そのまま疲れて寝ちゃったんだろ? 朝も起きるの遅かったみたいだし……ほら、ここに寝癖があるぞ! つまり今回は不可抗力だ。だからそんなに自分を責めないでくれ」

「っ……あ、の……それで、お、お仕事は────みなさんとの、お仕事は────!?」

 

 笑顔から一転、プロデューサーは毅然とした態度で報告する。

 

「……先方は『延期する』と言ってきた」

「……ッ!!」

「あと、目の腫れの理由について聞かれたから、可能な範囲で答えた。そしたら先方は、果穂のことすっごく心配してくれたぞ。そして『果穂ちゃんによろしく』だってさ。そんな伝言も任されたくらいだ。先方は怒ってないから安心してくれ。今回は急ぐ仕事でもなかったから『また今度お仕事できるのを楽しみにしてる』ってさ」

「…………っ……」

 

 みんな、優しい。でも、だからって許されることではないと思う。失敗は失敗だ。それでも許されるのは、許されてしまうのは────小宮果穂が、まだ子供だから?

 

「ちなみに先方からは『実際に果穂の目の腫れを確認して、ひどくないようなら連絡してください。メイクでなんとかなるかもしれませんから』と言われていたが……思ったより腫れがひどかったから、それについて車を停めるついでに連絡した。そうしたら『それなら延期で決定』という話でまとまった。────というわけですまないが、今日は放クラの仕事はお休みだ」

「!!」

 

 小宮果穂は、居た堪れない心地で俯く。それでも勇気を振り絞って、放クラのメンバーの顔を一人ずつ見て、頭を下げる。

 

「みなさん、ごめんなさい……! あたしのせいで……学校もお休みしたのに、お仕事、なくなっちゃって……」

 

 小宮果穂の謝罪。

 それに対して西城樹里と園田智代子、杜野凛世と有栖川夏葉は、それぞれ対等に気遣いつつ接する。

 

「果穂……そんな気にすんなって。何かトラブルに出くわしたんだろ? ちょこの言うように、そういうのは回避しようがない。この結果にアタシは納得してるし、先方も納得してる。それに仕事はなくなったわけじゃない。ただの延期だ」

「そうだよ果穂! それに私は、果穂の腫れた目を見て『仕事が無くなって残念』だなんて思わないよ! 思えない! それより心配しちゃうよぉ……! だから何があったのか聞かせてくれないかな? もちろん何かデリケートなことなら、話せる範囲でいいからね!」

「果穂さん……せっかくの休みです……今日は放クラの皆さんで、お散歩など……いかがでしょう……?」

「あら、それはいいわね! みんなでどこに行こうかしら? 私の車でドライブするのもいいわよね! せっかくなら遠出しましょう!」

 

「────みなさん…………はいっ! ありがとうございますっ!!」

 

 小宮果穂は潤む瞳で涙を呑み込む。これ以上、目の腫れをひどくすることはできない。有栖川夏葉に導かれて目薬を差す。西城樹里に導かれてソファに寄り添われる。杜野凛世に導かれて冷蔵庫のプリンを食する。園田智代子の話に導かれて自然と笑顔になる。

 

 それから園田智代子、杜野凛世、有栖川夏葉、西城樹里に導かれて、小宮果穂を含む五人は事務所の外に飛び出した。

 

「わ、いい天気! これはおさんぽ日和ってやつじゃないかな!?」

「人間万事塞翁が馬……」

「一見不運と思えても、それが幸運に繋がることがある……その逆もまた然り。────淮南子(えなんじ)ね! そして今回は、不運が幸運になったみたいだわ! だってこうして放クラのみんなと、お出かけに行けるのだもの!」

「とりま、いつもの公園に行くか?」

 

「……っ!」

 

 ────公園。怖い中学生の不良三人組。

 小宮果穂の体が一瞬、ピクリと反応する。

 

「……?」

 

 小宮果穂のすぐそばにいた西城樹里は、その些細な反応を見逃さなかった。

 

「……いや、やっぱ別のところに行こうぜ」

「うーん。たとえば、商店街とか? あ、いや、食べ物が食べたいからとかではなくてですねぇ!?」

「……しかし、商店街の皆様に……質問攻めには、されませぬでしょうか……」

 

 園田智代子は「あっそっか! じゃあナシで!」と商店街行きを取りやめる。

 

「たしかに果穂の目の腫れを見て見ぬふりができる人なんて居ないわよね……」

「あー。なら夏葉。駅前のショッピングモールとかはどうだ?」

「いっそのこと海とかどうでしょう!?」

「今日は、朝から夕暮れまで、時間があります……どこへでも、遠出は、可能かと……」

「でも昨日の今日で果穂も疲れているだろうし、いずれにせよ静かなところがいいわね……」

「んじゃ、やっぱドライブか」

「それでおいしそ……静かでいいところがあったら、そこに停まろう!」

「ふふ……」

 

 ならば善は急げ。有栖川夏葉は駐車場からポルシェを引っ張ってくると、仲間たちを乗せ、颯爽とアスファルトの上を疾駆する。窓の外で移り変わりゆく景色。都会に緑が多くなり、山や海が遠望できる。

 

          §

 

 そうして到着した場所は────名も知らぬ神社だった。

 

「おー。なんか良さげな場所だなー」

「荘厳……。して、智代子さん……なぜここを……?」

「いやー。窓を開けて風を浴びてたら、なんだか食べ物の匂いがしてきまして……!」

「うふふ。それじゃあ神社のあとで、智代子が嗅ぎ当てた店を探しましょうか!」

 

 五人は石段を登り、境内に入る。目の前には立派な社。大木には大きな注連縄(しめなわ)が巻かれている。

 

「お、果穂。この神社、運勢占いができるみたいだぜ」

「おひとり様……百円と……」

「よし、やってみよー!」

「私は当然、大吉を出すわよー!!」

 

 あれから小宮果穂は極端に口数が少ない。そのことに事務所を出る前から気付いている四人だが、あえていつもの調子で過ごすことで、虎視眈々と少女を笑顔にする方法を模索している。

 

「……あー! アタシ『凶』が出た……くそっ。もう一度引いてやる!」

「私は『吉』!」

「凛世は……『大吉』でございます……」

「くっ! 私は『半吉』だったわ……でも書かれている内容は悪くないわね! 何事も考えようよ! それで果穂は?」

 

「……えへへ。『大凶』でした……!」

 

 小宮果穂は笑顔を作るが、明らかに曇った表情を隠せていない。

 

『──……!!!!』

 

 途端、四人の動揺が目に見えて分かる。

 

「……ひ、引き直そうぜ!」

「うんうん! 引き直すの有りって書いてあるし!」

「その前に……そちらの水で、お清めを……」

「ファイトよ、果穂! あなたなら悪い波を追い払えると信じているわ! きっと行ける! いいえ、私たちが付いているんだから絶対よ!」

 

 小宮果穂は清水で両手を清め、すくった水で口をすすぐ。それから運勢占いの紙を引き直すが────小宮果穂は封を切ろうとしない。

 

『……果穂?』

 

 四人の声が揃う。

 すると小宮果穂は、震える肩で口を開いた。

 

「……あのっ!」

 

 その肩の震えが、昨日何があったのか話し始める前兆であると気付いた四人は────静かに、小宮果穂の言葉の続きを待った。

 

「実は、昨日……!」

 

          §

 

 蒼然たる喫茶店。周囲が緑の木々に囲まれることで、ほどよく日光を遮り、居心地のよい薄暗さをもたらす店内は、まさに癒しの空間。とあるテーブルの上には五枚の皿が置いてあり、少し前まで五色のケーキがきれいに並んでいた。飲み物半分以上減っており、結露したグラスから垂れる水滴がコースターに溜まる。

 

「────ということが、ありまして……」

『…………』

 

 アルファという友人。公園で会話していたら、不良と思われる三人組が現れて、アルファをいじめた。小宮果穂は何もできず、隠れることしかできなかった。アルファは慰めてくれたが、小宮果穂はヒーローとして何もできなかったことに後悔して号泣してしまった。そして今回も、小宮果穂は何も悪くないと誰もが言う。それでもやっぱり、つらいし、くやしい。何もできない自分が許せない。

 

 そんな思いを吐き出した小宮果穂は、時間をかけて説明することができた。

 

「……そうか……そうだったんだね……。それでも果穂……本当に無事で良かったよぉ~!」

「わ、ちょこ先輩……!」

 

 園田智代子は隣に座る小宮果穂を抱きしめて頭を撫で回す。

 

「恐ろしい場面に……遭遇されて、しまったのですね……」

「凛世さん……はい……」

 

「その……アルファって奴さ。昔、いじめられてたのかな……」

「樹里ちゃん……やっぱり、そういうことなんでしょうか……?」

 

「でも制服は別々だったのよね? なら、わざわざいじめに来たってことかしら……だとしたら粘着的ね。厭な執着だわ……そのアルファさんという子が心配になってくるわね……」

「そ、そうなんです、夏葉さん……!」

 

 そこで小宮果穂は思う。もしやアルファが話していた黄金と暗黒の時代とやらは、その不良三人組と何か関係があるのではないかと。だがその話は、小宮果穂が同好の士だからこそ、アルファが打ち明けた事だと思う。むやみやたらと他人に吹聴していい内容ではない。プライバシーの保護というやつだ。

 しかし小宮果穂は、自分ひとりでは真相に辿り着けないと判断している。仲間の知恵を借りる必要がある。そのため詳細を伏せてアルファのプライバシーを守りつつ、気になったキーワードだけ質問することにした。

 

「……あのっ! 別の話になるんですけど……黄金時代と暗黒時代って、どういう意味なんでしょうか……?」

 

 園田智代子は首をかしげ、杜野凛世が答える。西城樹里も思い当たる節があるようで、有栖川夏葉が説明する。

 

「黄金時代?」

「ゴールドラッシュの、ことでしょうか……?」

「暗黒時代は、たしか……」

「ローマ帝国が衰退したことで混乱した中世期の異名ね。でも、おそらく果穂が聞きたいのは、そういう歴史的な話じゃなくて……もっと抽象的な例え話じゃないかしら?」

 

 さすがに今の話の流れで、小宮果穂の質問がアルファという人物と無関係とは思えない。

 しかし四人は小宮果穂の意図を汲み、アルファとは無関係という体裁を装って話す。

 

「なるほど! じゃあ果穂。それはそのまま“いい時代”と“悪い時代”って解釈でいいんじゃないかな?」

「こう……暗黒時代は人生のどん底にいたけど、それと比べれば黄金時代は人生の絶頂期だった……みたいな? あ、逆もあるかもしれないけどな?」

 

 小宮果穂は「なるほど……」と呟き、何かを熟慮する。

 

「…………あ、それと……『がんくつおう』って、なんでしょうか?」

「『巌窟王』……アレクサンドル・デュマ・ベールの、世界的に有名な……古典小説……」

「またの名を『モンテ・クリスト伯』ね! 無実の罪で投獄された主人公が命からがら脱獄し、自分を貶めた悪人達に復讐する壮絶な物語よ!」

 

「小説……! やっぱりアルファさんは『はくしき』────あっ!」

 

 小宮果穂は慌てて口に手を当てる。

 四人は驚くのも束の間、互いに目を合わせて失笑した。

 

『……はは!』

 

 そして四人は知らぬ存ぜぬを通す。

 

「あー。なんだろ。今よく聞こえなかったなー?」

「アタシもー」

「凛世も、です……」

「私も! うふふ! ねぇ果穂? ほかに質問はないかしら?」

 

「……っ! あ、ありがとうございます! すみません!」(アルファさんも、ごめんなさい……っ!)「えっと、じゃあ……」

 

 小宮果穂は、これを言うべきかどうか迷う。今は仲間の優しさで知らんぷりを通してくれているが、既にアルファの話であることは見抜かれている。そこで『褒められることに慣れていないというのは、どういうことだと思いますか?』なんてことを聞いてしまったら、それこそアルファさんのプライバシーの侵害で怒られてしまうかもしれない。

 

「……いえっ! もうありません! お答えくださり、ありがとうございましたっ!」

「あら、そうなの? ならいいけど……またなにか困ったことがあったら、遠慮なく聞いてちょうだい?」

「はいっ! 夏葉さん!」

 

 ────カランコロン、と鈴の音が鳴る。

 放クラ以外の客が入店してきた。二名の男女である。

 

「マスター。いつもの」

「────……?」

 

 ふいに小宮果穂は、聞き覚えのある少年の声に訝しむ。なんとなしに振り返り、出入り口を確認すると────そこには、黒いスーツ姿が似合うアルファが立っていた。

 

(────えっ……!?)

 

 さらにアルファはその傍らに、有栖川夏葉と同じくらいの年頃の美女を連れている。二人は放クラから離れたカウンター席に向かい、アルファは紳士的に椅子を引いて美女を座らせる。

 

(……! ……!?)

 

 咄嗟に小宮果穂はメニュー表で顔を隠し、チラチラとスーツの男性の背中を確認する。たまに横顔が垣間見えるが────どこからどう見てもアルファである。

 

(あれ? 今日は平日だから、学校があるはずじゃ……? それに、となりのきれいな人はだれだろう……? あと、なんでこんな街から遠いところに……?)

 

 小宮果穂は混迷を極める。

 対する放クラの仲間たちは、小宮果穂の奇妙な振る舞いを見て訝しむ。顔にくっつくほどメニュー表を見つめて……何か食べたいものでもあったのだろうか? と。

 

 やがてマスターが軽食を差し出す。サンドイッチとアイスティー。アルファは美味しそうに食べているが……美女のほうはといえば膝の上に置いたカバンから手を離さず、一向に食事に手を付ける気配が見えない。

 

「おや、どうしました? もしや、どこか具合が……?」(さすがにバレたか)

「……ねぇ。あなた……本当は、中学生なんでしょう?」

 

 アルファと美女の会話。狭い店内において、その掛け合いはどうしても広く響き渡る。

 そしてアルファといえば、超高速で床に膝をついて全力の土下座を披露した。

 

「見栄を張ってすみませんでした!」

「っ!? ば、爆速で謝るのね……でも、そういうことなら……私たち、別れましょう」

「はい? なに言ってんですか! そもそも俺たち、付き合ってないっすよね? 俺が年齢を偽って、貴女をナンパして、タダ飯にありついていただけ。淫行条例とやらにはなーんにも抵触していない。そうでしょ?」

「……! ……そう、ね……。……やっぱりあなたは、危なっかしいけど素晴らしい人よ。だから、もう二度とこんなことしない方がいいわ」

「ご心配どうも。ただ心配するなら金をくれって言いたいですね。それが無理なら同情でも構いませんよー。あ、でも俺に同情なんかしてないから、くれるはずもないかー」

「……!」

「なんでそんな意地悪なことを言うのかって? だってさ────今の貴女の物言い、ちょっと偽善的とは思いません?」

「…………そうね。気分を害したなら、ごめんなさい。じゃ────さよなら」

 

 美女は席を立って店を出ようとする。そこでアルファが問いかけた。

 

「ちなみに、なんでバレたんです?」

「……背格好に似合わない幼さ、かしら? 知り合いに探偵がいたから無料で調べてもらったら、あなたが中学校に通っているところを激写したってわけ」

「あぁ~! この前のシャッター音はそれかぁ……たしか水曜だったかな? んじゃ、素敵な一期一会に乾杯! 一週間のタダ飯、イヤミとかじゃなくて、マジでありがとうございましたっ!!」

 

 アルファは折り目正しくお辞儀する。対する美女は嫌な顔一つせず、なんとはにかんで店を出た。

 席に戻ったアルファは、美女の分のサンドイッチを平らげる。手つかずだったアイスティーもちびちびと飲んで、目の前で食器を拭くマスターに声をかける。

 

「マスター。ちょっと賭けません? 次またココに来る時、あの美女が俺の隣に座っているかどうか────」

「賭け事は禁止なのでねぇ……勝ち負けでツケを払うか決めるのは、ちょっとねぇ……」

「いやいや! 誰が勝って負けても俺が払う。いつもそうじゃないっすか! 人聞きの悪いこと言わないでくださいよー!」

「君がバイトできる年齢……そう、例えば高校生になって、もし此処で働き始めたら……私に対して使ってきそうな手口なのでねぇ……」

「はっはっはっ。さすがマスター。……で、どちらに賭けます? 賭博法には反してない、ただの遊びじゃないっすか」

「……そうですねぇ……では、座っている方で」

「……ほんとに? 今あんな別れ方したのに?」

「はい。君は悪気こそあっても、誰かを裏切ることは決してしないですからねぇ」

「またまた買いかぶりすぎですよ! ……ファイナルアンサー?」

「はい」

 

 アルファは財布を開いて代金を支払う。

 それはつまり、アルファの隣に美女が座る可能性が高い。そう言っているも同然の決着だった。

 

「負けました」

「ふふっ。強気ですね? ……やろうと思えば、本当に女性の心を絡め取れるんですか?」

「そのうちにね。逆玉の輿は常に狙ってますよ。さて、次は誰を恋におとしますかっ……」

 

 アルファは席を立ち、出口に向かって進む。

 そこでマスターが声をかけた。

 

「逞しい生き方ですね」

「ははっ。超優秀ひねくれイケメン貧乏人は、こんな生き方しかできないんですよ!」

 

 アルファは店を立ち去る。カランコロンと鈴が鳴る。

 

 一方、黙って場を見守っていた放クラは、なぜか緊張していた全身を安堵させて一息つく。

 

「ぷはぁ……! な、なんか……ドラマみたいな場面、見ちゃったね……!?」

「お、おう……でも、さっきの奴、ほんとに中学生なのか? スーツ着てたけど、どっからどう見ても大人にしか見えなかったぞ……体格がイイからか? 背もプロデューサーよりちょっと低いくらいだったよな? やっぱ年の割に背がデッケェ奴は、いるにはいるもんだなー……」

「しかし……とても、ちょいワルの気配が……いたしました……」

「そうね。なんだか夜のバーを思い出したわ。ああいう手合いは詐欺師が多いのだけど……彼はまだ真っ当そうね」

 

 中学生の身でありながら、成人女性を篭絡する豪胆無比さは、末恐ろしいの一語に尽きる。

 それはともかく園田智代子は、“夜のバー”という単語に聞き捨てならない魅力を感じた。

 

「夜のバー! なんか夏葉ちゃん、大人っぽい! いや大人なんだけど! ああいうのって都会の夜のバーとかでよく見るの?」

「いや、さすがによく見ることはないだろ……な、ないよな? 夏葉?」

「大人の……世界……」

「うふふ。さすがにあそこまでキザなのは稀だけどね?」

 

 一方の小宮果穂は、ずっとメニューを盾にして熟考していた。

 

「……果穂? どうしたの? そんなに食べたいものでもあった?」

「っ! あ、いえ! ちょこ先輩……えっと……あの、あたし! この、パフェが食べたいなって……!」

「パフェ! 実は私もそう思っていたんだよ果穂~! 果穂が言ってくれなきゃ言い出しにくいところだった!」

「そ、そうですか……!」

 

 園田智代子はパフェに夢中で気付かないが、西城樹里はどことなく異変を察知する。果穂がずっと見ていたメニューは軽食のページで、パフェは今まさに開いたページ。何やら話を逸らしているのなら、無理に聞き出すのも酷かもしれない。とりあえず西城樹里は、当たり障りのない会話で場を流す。

 

「そういや果穂。占いのやつは……中、開けて見ないのか?」

「! そ、そうでしたね! ちゃんとみなさんにも話して、心の準備も出来たので……えいっ!」

 

 小宮果穂は封を切って紙を取り出す。そこには大きな赤字で『大吉』と記されていた。

 小宮果穂は満面の笑みを咲かせて、ほか四人は心の底から安堵する。

 

「大吉ですーっ!」

「よかったね、果穂!」

「これからはイイことが起きそうだな! 登り絶好調だ!」

「おめでとうございます……」

「幸先がいいわね! それじゃあ私たちも、この大盛りパフェに挑戦してみようかしら!」

 

          §

 

 夕暮れどき。小宮果穂は我が家に帰宅する。

 

「ただいまー!」

「おかえりなさい」

 

 小宮果穂は手洗いうがい洗顔を済ませてリビングに戻る。そこで母親から呼び止められた。

 

「果穂。朝、話があったんだけど……」

「え?」

「……やっぱり聞こえてなかったのね。ごめんなさい。撮影の話をするつもりだったんだけど、お母さん、すっかり忘れちゃってて」

「あ……うん、だいじょうぶ! 事務所で聞いたから! あ、それでね! お仕事が延期しちゃったから、みんなで夏葉さんの車に乗って、神社でお参りして、おしゃれな喫茶店に行って、パフェパーティーをしたんだよ!」

「あらそうなの。良かったわね。楽しかった?」

「うん! スッゴく楽しかったー!」

 

 小宮果穂は花咲く笑顔で、自室に向かおうとする。

 そこで小宮兄が、母親に話しかけた。

 

「あのさ……昨晩の話はしないの?」

「……そうね。やっぱり話しておきましょうか」

「? ?? なに? なんの話……?」

 

 小宮母は正座すると、目の前に座ってと言わんばかりに娘を手招き。

 小宮果穂は言われた通り正座する。

 

「あのね? 昨日、果穂が泣き疲れて寝ちゃったあとでね。お客さんが来たの」

「……お客さん?」

「その人、お母さんとお父さんとお兄ちゃんの前で、開口一番『ご家族を巻き込んでしまい申し訳ございません』って頭を下げてきたのよ」

「……! え……それって、もしかして……」

「えぇ。果穂が話していたアルファさんだって、すぐに分かったわ。殴られた顔が腫れてたから、中に招いて手当てしてあげようと思ったんだけど……彼、頑なに断って。それで少し門扉の前でお話したんだけど……ちょっと面白い子でね。まずお兄ちゃんが『なんで家の場所を知っているんだ』って、キツめに聞いたの」

「え?」

 

「あ、あれは……まだちょっと警戒してたんだよ……タッパあって目つき悪くて、ちょっと怖かったし……」

 

「そしたら『果穂とそのお兄さんを尾行しました』って即答してね。自分と果穂が仲良く話していたから、不良三人組に目をつけられていないか気になって、守るつもりで後をつけたんですって。……でもそれだけじゃなくて、果穂に負担を掛けたくないって意味もあったんだって。──もし公園で果穂のお兄ちゃんに、喧嘩に巻き込んだことを謝罪していたら、きっと果穂は自分の不甲斐なさを感じてもっと落ち込んじゃうかもしれない……だから果穂が泣き疲れて寝ちゃう頃を見計らって、夜遅くまでお外で待ってたんだって」

「……!」

 

「なんか、すごく考える奴だなーとは思ったよ。気配りがきめ細やかすぎる、とも思ったけど。なんか、こっちの言いたいことを言う前に当ててくるのもビビったし……。でもまぁ、悪い奴ではないんじゃない? 後つけてきたのは引いたけど。──つか俺、帰り道めっちゃ警戒してたのになー! ぜんっぜん気付かなかった!」

 

「でね? この話、できれば果穂には秘密にするよう頼まれたの。果穂があまり自分自身を追い詰めないようにって。でも私たち家族だから、嘘はつきたくなくて……」

「……────わかった。ありがとう、お母さん、お兄ちゃん」

 

 小宮果穂は神妙な面持ちで、心配してくれる母と兄にお礼を言う。

 

「果穂。もう吹っ切れた?」

「……うんっ。もし次、またアルファさんがいじめられるようなことがあったら……防犯ブザーを鳴らして、おまわりさんか大人の人を呼んで連れてくる!」

「ふふっ。そう。……でも、危ないことはしちゃダメよ?」

「うん!」

 

 そこで小宮兄が注意する。

 

「ただし遠くで鳴らせよー。遠くに逃げてからな。まずは果穂の安全が最優先だ。分かったか?」

「わかったー!」

 

 そこで小宮果穂は、何やら言いにくそうに視線を下げる母親を目にした。

 

「────お母さん?」

「……それとね。もうひとつ、あるんだけど……」

「?」

「アルファさん……『もう果穂さんとは外で遊びません』って言ったの。また巻き込んじゃうのが怖いからって」

「……え……」

「でも『通話は許してほしい』って言われたわ。そして『もう会わないことは後日、果穂さんに伝えます』って言われたけど……きっと果穂、急にそんなこと言われたらビックリしちゃうでしょ? だから前もって教えておこうか迷ってたの。……もう今、言っちゃったけどね?」

「…………」

 

「……いやまぁ、果穂の安全を考えたら、それがいいんだろうけどさ……なんかアルファさん、厄介な奴に絡まれてるみたいだし……なら仕方ないっつーか……。……でも果穂は、どうせアレなんだろ?」

 

 当然だ。理解できるけど、納得したくない。その思いは、やはりワガママなのかもしれない。それでもワガママそのものは悪くない。それはこの前学んだことだ。大事なのは方法、やり方、考え方。どうすればアルファさんと、また一緒に遊べるだろう? それについて考えるのだ。どんなに難しくても諦めない。ヒーローはどんな逆境でも立ち向かうのだ。

 

「……うん。あたし、アルファさんと……もっと一緒にいたいな。それにあたし、アルファさんに教えてもらってばっかりで、助けられてばかりだから……なにか、ひとつでもいいから……助けになってあげたいんだ!」

「……そう。でもアルファさんだって、果穂が傷つくことは望んでいないんだからね? ──アルファさんは大人の判断をしてくれたの。もし果穂がそれを覆すつもりなら、ただ『外で一緒に遊びたいから』なんて理由じゃダメだからね。何か解決策を考えないと」

「……そっか。そうだよね。そんな理由だけだと、また自(・)分(・)勝(・)手(・)な(・)ワ(・)ガ(・)マ(・)マ(・)になっちゃうから……!」

 

 小宮果穂は「よしっ!」と意気込んで立ち上がると、何をするつもりなのか、階段を駆け上がって自室に向かう。

 それを見送った小宮兄は、母親に向かって冗談を言った。

 

「喧嘩するに一票」

「え? 誰と誰が?」

「そりゃ果穂とアルファさんでしょ。果穂は行動力の化身だし、アルファさんは妙に舌戦が強いし……」

「……」

「だいじょぶだって。果穂はしっかりしてるし、アルファさんはもっとしっかりしてる。ならオオゴトにはならないでしょ。心配性すぎ」

「……それなら、いいんだけどね?」

 

 そこで小宮兄は、ふと思う。

 

「つーかさ。あの果穂が誰かと喧嘩する場面なんて、今まで想像できなかったんだけど……なーんか果穂とアルファさんが言い合う場面は簡単に想像できるんだよなー?」

「それはヒーロー談議で熱く語り合うことに慣れているからじゃない? この前、果穂の部屋から言い合うような声が聞こえてきて驚いたんだけど、扉に耳を当ててよくよく聞けば、ヒーローしりとりを大声で言い合っているだけで、なんか笑っちゃったわ」

「あぁそれだ。それ俺も聞いたわ。『うるせー!』って果穂の部屋に怒鳴り込んだんだった。いやだって、マメ丸が耳を塞いで俺の部屋に逃げ込んでくるなんて始めてのことだったからさぁ……」

「……なんにせよ。果穂にとっては貴重なヒーロー好きのお友達だから……これからも仲良くできればいいんだけどね……」

 

          §

 

 一方その頃。夕焼けの狐色に染まる小宮果穂の自室。

 

「あ、マメ丸! ここにいたんだ? ただいまー!」

「ワン!」

 

 小宮母と小宮兄の『喧嘩する』という予想に反して、小宮果穂は満面の笑みでスマホを手に取る。チェインのメッセで『通話してもいいですか。夜の九時まで待ちます』と送信。すると数秒と経たず、アルファから通話が掛かってきた。

 

「あ、もしもしっ!?」

『……うるさい。耳を劈くようだ』

「つんざく? ……あ、えっと、その! すみません! ゆうべ、謝りに来てくれたんですね! お母さんから聞きました!」

『……そうか。じゃあ、もう外で遊ばない件に関しては聞いているな?』

「はい! そのことなんですけど……本当にダメなんでしょうか……?」

『ヒーロー談議はこうして通話でも出来るんだから、それでいいだろ。何が不満なんだ』

「それは……」

『……────ワガママだな』

「っ!!」

 

 アルファの牽制の一撃。小宮果穂はすっかり抗議の心を折られる。具体的な解決策もないまま抗議しても意味はない。しかし、その具体案を探るために通話したのも事実。一緒に考えていきたいが、どうもアルファはそれについて話し合う気がないらしい。

 

『それよりヒーロー談議しようぜ。先週のジャスティスⅤ、俺の予想通りになったな』

「は! ……ヒニク幹部。命を燃やし尽くすほどのケイオスシールドで、レッドを庇って死んじゃいましたね……」

『危険なことをしたからだ。ヒニク幹部はブラウンの姉と恋人だった。その恋人が魔王に殺されたから復讐を誓い、そのために力を欲して悪のパワーを手に入れた。けれど悪のパワーを手に入れるためには魔王と契約する必要があった。結果、ヒニク幹部は契約のせいで魔王を倒すことができなくなった。……それでも事あるごとにレッドたちヒーローを襲うことで、ヒーローたちを鍛え上げて、魔王を倒してもらうことにした』

「でも、その計画に気付いていた魔王によって、レッドたちがピンチになったけど……そこでヒニク幹部が……」

『“魔王と契約したことで罪のない民間人を犠牲にしてしまった。そういった今までの罪を償って、最後くらいはレッドの役に立ちたい”なんて思うからだ。レッドも言ってたろ。“死んだら悲しいじゃないか”“生きてたら、また別の機会で罪を償って、役に立てる方法もあったろうに……”って。──ヒニク幹部は自責の念に囚われた挙句、最後の最後で考えなしに動くからああなった。結局、ブラウンの姉が生きていたのも、悲劇に拍車をかけたよな……』

「…………」

 

 それはどんな偶然の符号か。アルファの言い方もあるが、まるで小宮果穂の思いとヒニク幹部の思いが重なるかのような物言いに聴こえる。

 

『……まぁ、そんなヒニク幹部が復活しそうな伏線はあったが……』

「えっ!? ど、どこにですかぁ!?」

『ほら、ちょっと前の回で、クローン培養液の話が出たじゃん。あれ作ったのヒニク幹部だし……培養液が使われた回はあれっきりだから、もしかしたら伏線なのかなって。ただメタ的な話をすると……あの回だけ新米の脚本家が急遽抜擢されたオリジナル回だから、復帰した脚本の後付けで再利用するかも? ってだけなんだけど……』

「脚本家……! あのっ! 以前から思っていたんですけど、アルファさんはそんなところまで見ているんですか!?」

『あぁいや……さすがにそこまでいくと、なんか純粋にストーリーを楽しめないって言うなら、もう言わないよ』

「いえっ! 新発見ですっ!! もっと話してくださいっ!! ──それに、あたし……俳優さんとか、スタントマンさんとか、声優さんとか、天の声さんとか……そういうの、あまり興味がなくて……番組を作ってくれる人たちはスゴい! って思ってるんですけど、具体的に何をしているのかとか、ちょっとよくわからなくて……」

「まぁ、大抵の奴はそうだろ。人は分かりやすいものを好むもんだ。裏方の人が何やってんのかも、実際のところは裏方の人にしか分からないことだし。……んじゃ、次は何を話す?」

「あ、それなら────!」

 

 さて、アルファと外で遊ぶ件について、具体的な解決策を探る話はどこへやら。

 見事に話を逸らされた小宮果穂は、アルファに導かれるまま、楽しい楽しいヒーロー談議に花を咲かせた。

 

          §

 

 やがて小宮果穂は、母親からは夕飯の時間だと言われて、渋々アルファと別れて通話を切る。

 夕飯を済ませればすぐに自室へ戻り、チェインで『食べ終わりました!』とアルファに報告。待ち続けること一分足らずで、アルファが通話を掛けてきた。再び楽しい楽しいヒーロー談議を再開する────かと思いきや、アルファの一言目は手厳しいものだった。

 

『お前ヒマなの?』

「────へっ?」

『いや、ヒーロー以外の趣味とか、宿題とか……まぁいいけど。で、さっきなんの話をしてたんだっけ……あ、そうだ。──別の話だけどさ。これから夜、結構な頻度で通話できるようになったから』

「そうなんですか?」

『あぁ。だからしばらくは毎日話せると思うぞ。また忙しくなるかもしれないけどな』

「いそがしく……」

 

 ふと小宮果穂は、喫茶店の出来事が脳裏によぎる。今日の昼間、そこでスーツ姿のアルファを目撃した件。美女を連れていて、その美女にアルファさんがフラれてしまった事。

 

「……あ、あの! それって、もしかして……!」

『ん?』

「夜、いそがしくなったのって……」

『……なんだ。俺が何してるのか気になるのか?』

「!」

『普通に勉強してるだけだよ。今も飯食いながら答案用紙解いてた』

「……中学生も、宿題があるんですか?」

『いや、ないけど? あ、でも学校によってはあるかもな。ただウチはない。だから自習してる』

「……勉強、好きなんですか?」

『嫌いだよ。面倒くさい。死ぬほどやりたくないね。でもやらなきゃ奨学────なんでもない。必要だからしてるだけ。いい大学や高校に行くためにな』

「…………」

 

 小宮果穂は訊いてみようか迷う。なんとなく聞いてはいけないような気はするが、どうしても気になっている。

 

「……その、ちょっとだけ……質問したいことがあるんですけど……」

『? なんだ、改まって。いいぞ、なんでも聞け』

「……お、お昼……きっ────きれいな女の人と、いっしょにいたのを、見かけたんですけど……」

『────』

 

 小宮果穂はなんとなく、当時の自分の位置を隠した。“いつ見たのか”は言ってしまったが、“どこで見た”という情報を伏せた。それに何の意味があるのかは、小宮果穂自身、よく分かっていない。はたしてアルファという人間に対する本能的な警戒心がそうさせたのか、デリケートそうなことを聞いてアルファとの距離が遠ざかることを危惧したのか、そのどちらもか。

 

「……あ、アルファさん……?」

『気のせいじゃないか?』

「えっ……でも声が、アルファさんだったんですけど……」

『──お前なぁ……『気のせいじゃない?』って言われた時は、相手が詮索を避けてると察しろ』

「っ……! す、すみません! 聞かれたくないことでしたか……?」

『ところでさ。ジャスティスⅤで一番かわいいヒーローは誰だと思う?』

「!?」

 

 あまりにも露骨に話題を逸らされた小宮果穂は、これ以上踏み込む勇気がなくなってしまう。

 そしてアルファのわざとらしい導きに従い、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、ヒーロー談議に湿り気の花を咲かせた。

 

 

 

          §

 

 

 

 後日。

 休日の朝方。283プロの事務所。

 

 小宮果穂にとってはレッスンの日。少女はトレーナーが来るまでの間、じっと窓の外を眺めていた。

 その様子を見守るプロデューサーはデスクワークをしつつ、呆と佇む小宮果穂のことが気になっていた。

 

(果穂……ずっと窓の外を見てボーッとしてるけど……もしかして、何か悩んでいることがあるのか……?)

 

 プロデューサーは仕事を切り上げると、おそるおそる小宮果穂に近付いて声をかける。

 

「果穂?」

「────────」

「……果穂、大丈夫か?」

「────……! え、プロデューサーさん?」

 

 小宮果穂は、どこか上の空。呼び掛けられていたことにも気付いていない様子。

 心配になったプロデューサーは問いかける。

 

「どうしたんだ? ボーッとして……窓の外にも、何か見るものがあるわけじゃなさそうだし……」

「あ……えっと……」

「……何か考え事してたのか? なら邪魔しちゃったかな……」

「いえっ! そんなことはありません! ただ……」

 

 俯いていた小宮果穂は少しモジモジすると、どうにかして自信を持ち直したのか、キリっとした目付きに変わる。

 

「──あのっ、プロデューサーさん! ご(・)相(・)談(・)がありますっ! 今、お時間ありますでしょうかっ!?」

「おぉ……!? お、おう! あるぞ! なんでも言ってくれ!」

 

 プロデューサーは毅然とした佇まいで、小宮果穂の気迫を受け止める。

 

「じゃあ、えっと……とある、男の子が……大人の女の人と、お茶してたんですけど……その男の子は、女の人に振られちゃったんです!」

「そ、そうなのか……!」(というか、これ……もしかして、恋バナってやつか……!?)

「それで……その男の子は、振られちゃったんだから……きっと、落ち込んでると思うんです! でも……なんか、ぜんぜん、落ち込んでなくて……?」

「そ、そうなのか……?」(うーん。果穂のことだから、その男の子を元気づけてあげたいのかな……? でも男の子は落ち込んでないから、元気づける必要はなくて……それならそれでいいはずで、話は終わるはずなんだけど……?)

「あと……その男の子も、別人に見えるくらい、いつもとちがって……プロデューサーさんみたいにスーツを着ていて、スゴく大人な感じだったんです!」

「……う、うん?」(あれ? 急に分からなくなったぞ……その男の子は、果穂のクラスメイトじゃないのか? いやだって、小六でスーツ……? ?????????? い、いったい、なんの話なんだ……? 果穂はなんの話をしているんだ……!?)

 

 プロデューサーは困惑する。

 対する小宮果穂も、さすがに今の説明だとマズイということは、誰よりも自分が一番よく分かっていた。

 

「…………ご、ごめんなさいっ! なんか、あたしも、よく、わからなくて……うまく、言えなくて……今の説明じゃ、ぜんぜん分からないですよね……すみません……っ!」

 

 小宮果穂はしゅんとして俯く。自分の語彙力の足りなさ。そして、登場人物の名前を伏せながら出来事を説明し、それに対する意見が欲しい旨を伝えることの難しさ。それらの難易度の高さ、ひいては自らの幼さを、改めて思い知る。

 対するプロデューサーは、なんとも要領を得ない話を聞いたものの、それは自分が無理やり聞き出したも同然だと察して、すぐにフォローを入れた。

 

「いや、こっちこそ無理に聞き出してすまん……! ……とりあえず、それはすぐに解決しないと大変なことになる問題か?」

「……? いえ……そうでも、ありません……?」

「そうか。なら、いつか果穂の中で話がまとまって、また俺に相談したくなったら、いつでも言ってくれ!」

「……! はいっ! ありがとうございます、プロデューサーさん!」

 

          §

 

 それから数時間後。

 

 朝のレッスンを終えた小宮果穂は帰宅し、母親と共に昼前のショッピングモールに来ていた。そして買い物の前に、中央広場で催されているヒーローショーを見に行く。

 

『がんばれー! ジャスティスレッドー!!』

 

 大勢の子供たちの声援に紛れて、小宮果穂の大声が混ざる。

 

「うぉおおおお! みんなの声援が力に変わる! 必殺! ジャスティーン・ソード!!」

「ぐわぁあああああああ! レッドめぇええええ! やぁあらぁあれぇえたぁああああああ!!」

 

 かくしてヒーローショーは、大盛況大歓声のうちに閉幕した。

 熱い物語を見終わった小宮果穂は、何度も飛び跳ねて興奮を発散させる。

 

「~~~っ! カッコいいー! ジャスティスレッド────っ!!」

 

 小さな子供達に混じって小宮果穂は声援を送る。レッドは別れを惜しむように手を振って舞台裏に立ち去った。足を止めていた観客たちも、まばらに散っていく。

 

「果穂。楽しかった?」

「うんっ! ──ねぇお母さん! これからどこに買い物しに行くの?」

「そうねぇ。まず二階に上がって、洋服屋さんを見に行きたいわね」

「二階……!」

 

 天井の四階まで吹き抜けのショッピングモール。小宮果穂は二階を見上げると────人混みの中、ガラスの柵に両腕を乗せてヒーローショーを見下ろしている、見覚えのある立ち姿を見つけた。

 

「────あれ?」

 

 小宮果穂は目を凝らしてジーッと見つめる。その立ち姿はどう見ても、ヒーローショーの余韻に浸って微笑んでいるアルファだった。

 

「え────アルファさん!?」

「果穂? ちょっと、どこに行くの……!」

 

 雑踏。小宮果穂の大きな呼び声もかき消す喧騒。

 アルファは余韻を浸り終えたのか、柵から身を離してどこかへ姿を消す。

 

「あぁ……!」

「果穂……お友達を見つけたの?」

「う、うん! たぶん! その……会いに行ってもいいかな……?」

「でも、こんなに人が多いとねぇ……迷子になると危ないし……ごめんね」

「そっかぁ……」

「……でも、その友達、どっちに行ったの?」

「! あそこ! そこからまっすぐ向こう側!」

「あら。それなら私たちが行く方向といっしょね。ちょっと急いで行ってみましょうか」

「ほんと!? ありがとうお母さん! じゃあ急ごう! ほら、エスカレーター!」

「こら、走っちゃダメよ」

 

 小宮果穂はエスカレーターを使って二階に上がると、つま先を立てて遠望。アルファらしき後ろ姿を見つける。

 

「いた! お母さん!」

「はいはい。洋服屋さんのところまでは追いかけていいわよ」

「わーい!」

 

 小宮果穂は早歩きで人混みの中を抜けて、着実にアルファの後ろ姿に近付いていく。

 

「アルファさーん! ……あーるーふぁーさーんっ!」

 

 喧騒のせいで小宮果穂の呼び声は聞こえていないのか、アルファは止まる気配がない。

 

「────アルファさーんっ!!」

 

 そのため小宮果穂は、とびっきりの大声で呼びかけた。

 

「……?」

 

 アルファの足が止まる。誰かに呼ばれた気がしたのか周囲を見渡している。

 その隙に小宮果穂は駆け寄り、アルファの制服の裾を掴んだ。

 

「アルファさん! 捕まえたっ!」

「うわっ! なんだ……?」

 

 小宮果穂は嬉しそうに、青年の顔を見上げて覗き込む。

 対するアルファは驚きながら振り返った。

 

「こんにちはーっ! ヒーローショーでバッタリ……ですねっ!」

「びっくりした……お前だったのか。つか、そのあだ名を大声で呼ぶのやめろよな……ちょっと恥ずかしいだろ……」

「……はっ! ごめんなさい……?」

「まぁいいけど……で、買い物か? 親と来てるのか。俺を追いかけて迷子とかやめてくれよ」

「だいじょうぶですっ! お母さんは洋服屋さんに行くんです!」

「このショッピングモールには数え切れないくらいの洋服屋さんがあるんだけどな」

「えっ」

「まぁ主婦が行くなら、そこの大型店だろ。今セール中だから半額になってるし。買い時ってやつだな」

 

 やがて小宮母が早歩きで追いつく。

 

「果穂~」

「あ、お母さーん! ここだよー!」

「……こんにちは……」

 

 小宮果穂と母親は合流を果たし、アルファは気まずそうに小宮母へお辞儀する。

 

「こんにちは。そんなに遠慮しなくていいわよ。いつも果穂と遊んでくれてありがとね?」

 

 アルファは再び「ども……」と会釈する。

 そして小宮果穂が問いかけた。

 

「アルファさんは、なんの買い物に来たんですか?」

「そこの洋服屋で、制服の下着とか」

「あら。いっしょのお店ね」

「……! それならアルファさん! このあとお時間ありますでしょうか!?」

「え……いや……」

 

 アルファはチラリと小宮母を見る。

 

「気にしなくていいわよ。ここは人が多いし、警備員さんも多いし。もしご予定がないなら、少し果穂と遊んであげてくれないかしら?」

 

 そこで小宮果穂は追撃を仕掛ける。

 

「アルファさーん……」

「……そんな子犬のような目で見つめてくるな。──あの、すみません、果穂のお母さん。恐縮ですが────」

 

 アルファは明らかに断ろうとする。

 その時、大型洋服店でセールの鈴が鳴り響いた。

 

「……! すみません! 俺、行きます!」

「あら。お母さんも急がなきゃ。すぐ売り切れちゃうんだから」

「は! もしかして、おばさんたちの服の取り合いが見られる……!?」

 

 ワゴンセールを巡る主婦たちの大乱闘に対し、なぜか目を輝かせる小宮果穂は、アルファと母親を追いかけて店に乗り込む。

 

 そこは戦場だった。一つのカゴの中に散らばった百円の衣類を我先にと取り合う主婦たち。小宮果穂も母親のお手伝いをしようとするが、あまりの熱気に立ち入ることさえできない。こればかりは体格も背丈も関係ない。いかに心を鬼にして修羅道に身をやつすか。それができるアルファは勇猛果敢に飛び込み、何枚かの夏用Tシャツとワイシャツ、トランクスや誤って女物の下着などを勝ち取った。

 

「アルファさんスゴいですーっ! でも……それブラジャーですよ?」

「間違えて取ったんだ!!」

 

 アルファは人の壁の向こう側にあるカゴの中にブラジャーを投げ入れる。それから会計を済ませて買い物を終えたアルファは、そそくさと帰ろうとしていた。が、服の裾が後ろに引っ張られる。

 

「……離せ」

「あ、あの……お母さんの言う通り、ここは人が多いですし……いっしょに遊んでも……」

「俺はお前を巻き込んだ責任を取らなければいけない。その責任とは、二度とお前を危険な目に遭わせないことだ」

「……その気持ちは、スゴく、嬉しいんですけど……」

 

 小宮果穂は無言のまま食い下がる。

 対するアルファは溜め息をついた。

 

「ハァ……なんでそこまでして、俺と顔を合わせて遊びたいんだ」

「え? なんでって……あたしは、アルファさんといっしょに遊びたいんですっ!」

「……────いっしょに居ることに然したる理由は要らないってことか? まったく以て道理だな」

 

 冷静な口ぶりだが、アルファは驚いていた。

 ────いっしょに遊びたいことに、何か理由が必要なんですか?

 そんなことを問いかけてくる小宮果穂の純粋無垢な瞳。その眩しさからそっぽを向いたアルファは、さてどうしたものかと頬を掻く。

 

「調子狂うなぁ……そんなキラキラした目をした奴、俺の子供時代でも保育園までだぞ……」

「?」

 

 よくぞこの年齢に達してもませていないものだ。アルファは感心するように言う。

 対する小宮果穂は、自信満々の笑みを見せていた。

 

「あの、アルファさん! 実はあたし、あれから作戦を考えてきたんですっ!」

「作戦?」

「はいっ! でもそれは、あたしのワガママになりますっ! だから、無理なら無理と言ってくれると助かります!」

「じゃあ無理」

「────……えぇっ!? ま、まだ何も言ってませんよぉ……!?」

 

 まさか何かを言う前に即断即決で断られるとは露ほども思っていなかったのか、小宮果穂は肩を飛び上がらせておっかなびっくりと驚く。

 すると買い物を済ませた小宮母が戻ってきており、娘に加勢した。

 

「ふふっ。アルファさん。果穂の話、少しだけでもいいから聞いてあげてくれないかしら?」

「お母さん!」

「! ……」

 

 アルファは頭をかくと、小宮果穂に視線を移す。

 それが催促の合図だと気付いた少女は、とっておきの大作戦を打ち明けた。

 

「それは! あたしがアルファさんの家に遊びに行くことですっ!」

 

 次の瞬間、アルファは信じられないという顔で硬直した。苦虫を噛み潰したような表情で、眉をピクピクと言わせ、小宮果穂を見下ろしている。

 そんな顔色を見てしまった小宮果穂は、これまた驚いて萎縮する。

 

「……っ!? だ、ダメですかぁ……?」

「……いや、お前……その意味、分かって……」

 

 アルファは小宮母の存在が気になって、その先のことを口に出すことができない。

 

「……っ。まぁ……とりあえず、無理では、ない。むしろイイ作戦だと思う。俺の家はマンションで、そこらへんのマンションより防犯設備がしっかりしてるし……」

「……!」

「ただ……あの……マジで、本当にいいんですか……?」

 

 アルファは小宮母に確認を取る。

 年頃の娘を、年頃の男子の家に遊びに行かせて良いものか? 言外の意味を込めた問い掛けだが、はたして小宮果穂の親御さんはそれに気付いてくれるか否か。

 

「えぇ。あなたさえよければ、どうかこれからも娘と仲良くしてくださいな」

 

 純粋な子にして純粋な親あり。娘がませていなければ親もませていないのか。

 アルファは独り勝手に頭を抱える。

 

「────…………ありがとう、ございます。……では、その信頼に応えると同時、以前のような事には二度とならないよう最大限努力しますので……」

「わぁ……!」

 

 小宮果穂はピョンピョンと飛び跳ねて嬉しさを表現する。

 それを見た小宮母も嬉しそうに微笑み、アルファに会釈を返しながら問いかける。

 

「ふふっ。それじゃあアルファさんの親御さんにも、よろしく伝えておかないとね? 連絡先とか、知っているかしら?」

「あ────その必要はありません」

 

 ふとしたアルファの一言に、小宮母は目を点にして首をかしげる。そして何かを思い出したのか、ひどく狼狽した。

 

「あ……っ! ご、ごめんなさい……そうだったわね……失念していたわ……」

「え? お母さん?」

「いえ、全然大丈夫です。連絡先は……俺のスマホも追加しますか?」

「そうね……。……あの、本当にごめんなさいね……?」

「? ???」

「いえいえ、ほんと気にしないでください。あ、ちなみに専属ヘルパーの連絡先は……」

「ええ……きちんと名刺を保管しています」

「……」

「そうですか。ありがとうございます。では、もし何かあれば、すぐそこを通してもらえれば」

「分かりました……」

「……????????」

「──じゃあ果穂、どうする? 俺の家、マジで来るのか?」

 

 小宮母とアルファの意味ありげな会話。

 その間に挟まる小宮果穂は頭の中に疑問符しか浮かばない。だが、アルファの誘いの一言で、全ての疑問は吹き飛んだ。表情はパァッと明るくなり、元気に返事をする。

 

「はいっ! おじゃましたいですっ! だってアルファさん、今まで録画したヒーロー番組を、全部DVDにダビングしてるんですよね!?」

「あー……そんなこと自慢したなぁ……そこからの着想だったかぁ……言うんじゃなかったかもなぁ……」

「えへへっ! ……でも、イヤじゃ……ないんですよね……?」

「イヤっていうか、シンプルに慣れていないだけだ。友達を家に招いたことがないからな。マジでお前が初めてだ。で、いつにする?」

「アルファさんが良ければ、今日にでも!」

「お前マジでヒマなの?」

「いえっ! 今日じゃないと、いそがしくて来週か再来週か一ヶ月後になってしまうんですっ!」

「そうなのか。意外と大変なんだな……まぁ俺はいいけど……」

「やったー!」

 

 小宮果穂は喜びのあまり跳躍する。

 そこで小宮母が問いかけた。

 

「家は遠いのかしら?」

「いえ。果穂さんの学校と家、そして俺の学校の中間くらい……でしょうか。いま地図情報を送りますね」

「……!」

 

 小宮果穂は、母親とアルファの大人な会話が終わるのを、まだかなまだかなと待ち続ける。

 

「……よしっ。それじゃあ行くか!」

「っ! はいっ! お母さん、行ってきます!」

「いってらっしゃい。あまり迷惑かけちゃダメよ。──果穂のこと、よろしく頼みます」

「はい。責任を持って遊ばせていただきます。……いや、この場合は預からせていただきます、かな? すみません、礼儀知らずで……」

 

 小宮母は「そこまで気にしなくていいのに」と微笑み、楽しげに笑い合う娘とアルファを見送る。

 かくして小宮果穂はアルファと共に、アルファの家に赴いた。

 

          §

 

 正午。

 小宮果穂とアルファがマンションに向かう道中にて。

 

 それとなくアルファは問いただす。

 

「あのさ……お前、女がひとりで男の家に上がるって意味、分かって言ってんの?」

「はい?」

「──……あれ? それかもしかして、これ俺の認識がおかしい感じ? 中学に上がった時からフッツーに異性の家に遊びに行く連中が多いから“ガキだなー”って思ってたけど……これもしや俺が早熟なだけ? いやでも俺が小六の頃は、もう女子はそのへん気にしてたわけで……いや、低学年ならそんな発想も周りはまだ無かったか……? つまりこいつは低学年……だからって俺が普通ってわけでもない? そうか……意外だ……初めて知った衝撃の常識かも……」

「??????????」

 

 小宮果穂は、ボソボソと呟くアルファの言いたいことが理解できない。

 

「つまり、いせ……人間関係の面で、俺はかなり早熟で、お前はやや晩成ってこと! ……あと、今の独り言でまったく警戒心を抱かない時点で、お前が年齢の割に幼く育ったってことは分かった」

「えっ」

 

 さすがの小宮果穂も、今の発言はバカにされたのだと察する。

 しかし不思議なもので、アルファは口こそ悪いが、罵倒された者はあまりバカにされたという実感が湧かない。それはおそらくなんだかんだ言いつつも、アルファが相手の心に寄り添って発言する癖があるからだろう。

 

 それはそれとして年相応の感性があれば、それなりに苛立つ口の悪さではある。だが無垢ゆえに無敵の小宮果穂は、そもそも苛立つことさえないようだ。といっても無意識の範疇では、しっかりと精神的ダメージを受けている。

 どうやら小宮果穂は、一個しか年齢が違わないアルファに追いつこうと背伸びをしており、彼の意味深長な言動を理解したいがために、その焦りが少しずつメンタルに疲労として蓄積しているようだった。

 

 やがてショッピングモールを後にしたアルファは、人通りの多い道を選んで、なるべく早歩きでマンションに向かう。

 

「……果穂。足、痛くないか?」

「? 平気ですっ!」

「そうか。よく使われていて動きやすそうなスニーカーだもんな。花摘(はなつ)……お手洗いは?」

「それは……ちょっと……」

「あと五分で着く。我慢できるか?」

「はい!」

 

 オフィス街近くの大通り。そこには複数の高層住宅(マンション)が立ち並ぶ。地上の歩道から見上げれば、威圧感たっぷりの巨大建築物が群れている様子は、まさしく圧巻の一言。

 そしてなにより、風が強い。マンションの隙間風が“ビュービューピューピュー”と重苦しく甲高い二重奏を吹き鳴らしている。それが面白いのか、金切り声のような強風の中、小宮果穂の笑い声が混じる。

 

「わわっ!」

「おっと。危ない……気をつけろ」

「すみません! ……ありがとうございます!」

 

 あまりの強風に体が持って行かれた小宮果穂は、道路側にたたらを踏む。

 すかさずアルファが腕を伸ばし、肩を掴み支えて抱き寄せた。

 

 そして気付けば目的地。

 

「ここが俺のマンションだ」

「……!」

 

 正面玄関に入室し、アルファが電子パネルにカードキーをかざすと、ロビーへの自動ドアが開く。

 その先にもロックされたゲートがあり、アルファが立ち止まると顔認証によってロックが自動解除され、エレベーターがある廊下へのゲートが開く。アルファが通ったあと小宮果穂が通ろうとすると、顔認証のデータに存在しない顔だったためか、赤いランプが回転して防犯ブザーが鳴り響き、ゲートが突として閉まった。

 閉め出された小宮果穂は驚くも、すぐさまアルファが近くの電子パネルを操作し、警報が鳴り止む。

 

「すまん。客を通す際はなんかのボタンを押さなきゃいけないんだが、すっかり忘れてた」

「び、びっくりしました……厳重ですね!」

「駆け込み侵入防止用の防犯装置だな。もし俺が五分以内に指紋認証パネルを操作してブザーを止めないと、そっから五分以内に警備会社の警備員がすっ飛んでくる。この赤い緊急ボタンを押したら、もっと急いで駆けつけてくる……らしい」

「わぁ……スゴいですっ! ここはてっぺきのマンションですね!」

「まぁな。子供思いのマンションだよ。ちと厳重すぎて出入りが面倒だけどな。俺が友達を連れてこない理由でもある」

 

 ふたりはエレベーターに乗って上階へ。五階に到着するなり、小宮果穂は興奮気味に口を開く。

 

「ジャスティスⅤと同じ数字の階ですねっ!!」

「え? あぁ……そうだな。つかお前、どんだけ楽しみにしてんだよ……さっきからくねくねと……!」

「えへへ! だってアルファさん、地上波で放送される劇場版の番組も、全部ダビングしてるんですよね!?」

「そうだけど……それはお前も見たことがあるだろ?」

「はい! でも何度見ても面白いので! ……あたしの家だと、録画の容量が足りなくて消さなきゃいけない時があるんです。ダビングをする時もあるんですけど……やっぱり全部の番組を録画しようとすると、親に『やりすぎ』って言われて……」

「まぁニチアサの番組数はバカになんねぇからなぁ……俺も十数年分のダビングで、DVDを仕舞うダンボール箱が部屋の中で山積みにされてるし……」

「山積み……っ!! それはお宝の山ですねっ!! いえ、歴代ヒーローの山ですっ!!」

「はは。そうだな」

 

 アルファは鍵を回して扉を開く。

 

「あ、悪いけど電気は点けないからな。光熱費がバカにならないんだ」

「……?」

 

 薄暗闇の廊下は殺風景。人が住んでいるような感じがあまりしない。

 

「……おじゃましまーす……」

「いらっしゃい。左は俺の部屋。右はトイレ、洗面所と風呂。前方はリビング。暗いから足元に気をつけろよ。まぁだからこそ、リビングと廊下の床には何も置いていないけど」

 

 アルファは薄暗い廊下を慣れたように歩いてリビングに向かう。

 小宮果穂は靴を脱いで揃えておき、まっすぐとアルファについていく。

 

「…………」

 

 薄闇のリビング。左手に襖、和室があるのだろうか。右手には広めの台所。リビングの窓際には椅子が一脚しかない食卓。リビングの右側には一面ダンボールの山。左側には大きなテレビと大きなふかふかのソファ。カーテンは締め切られておらず、若干の陽光が射し込んできて、室内をほのかに照らす。

 

「手洗いとうがいしてこい」

「あ、はいっ」

 

 その前に小宮果穂はトイレに向かう。

 

「あ、すまん。さすがにトイレや洗面所は電気を点けてもいいぞ」

「……わかりました!」

 

 小宮果穂がトイレに入ると同時、アルファはベランダに出る。そしてトイレの流れる音が聞こえたらリビングに戻り、台所でジュースを用意。

 一方の小宮果穂は、洗面所で手洗いうがいを済ませていた。横手には風呂場の扉がある。

 

「……」

 

 小宮果穂は、なんとなくの違和感を抱いていた。リビングはともかく、それ以外の部屋の生活感が薄い。家族暮らしにしては、あまりにもモノが少なすぎると感じた。

 アルファはソファの前にある座卓にお盆を置く。その上にはフタ付きの透明コップが置いてあり、オレンジジュースが注がれている。そして扇風機のリモコンを並べて、何枚かの毛布をソファの背もたれに掛けた。

 

「エアコンは使わない。温度調整なら扇風機か毛布を使ってくれ。まぁ極端な気温になったら使うけど……さすがにお客にまで節約術を強制するわけにはいかないしな……いやまぁ、光熱費に関しては既に強制しているんだが……」

「……節約……」

 

 アルファはソファに座ってテレビを点けて、番組視聴の準備を進める。

 その傍らに座った小宮果穂は、少し肌寒いため毛布を拝借し、膝の上に一枚、背中に一枚羽織る。

 アルファも同様に毛布を羽織ると、テレビのリモコンを小宮果穂に渡した。

 

「ほい。あとは自由に好きなものを見てくれ」

「……ありがとうございますっ」

 

 異常な部屋の装いに強い疑問を感じていた小宮果穂だが、歴代のヒーロー番組が並ぶ録画リストを見るなり大興奮。その興奮を伝えるべく横を見ると、やはり何(・)も(・)な(・)い(・)リ(・)ビ(・)ン(・)グ(・)と(・)、(・)ど(・)こ(・)と(・)な(・)く(・)寂(・)し(・)げ(・)な(・)影(・)の(・)あ(・)る(・)ア(・)ル(・)フ(・)ァ(・)の(・)横(・)顔(・)が目に入り、ハッと我に返る。

 

「……あのっ! アルファさんのご両親は、お仕事中なんですか?」

「…………」

「……アルファさん?」

「リストに劇場版がないな。ちょっとダンボール漁ってくる」

 

 アルファは席を外す。ゴソゴソと山積みのダンボール箱を下ろして蓋を開け、目当てのDVDを捜索。

 対する小宮果穂は、テレビを見るにあたり、ひとつ気になっていることがあった。

 

「……あの! テレビは暗いところで、近くで見たら、目が……」

「……あ、そうだった。悪い悪い。机の上にメガネが置いてあるだろ? それ暗闇でテレビを見る用のメガネなんだ。それ掛けて見てくれ。俺も保管用のを持ってこないとな……」

「この……サングラスみたいなやつですか?」

「おう。つかさ、暗いところで見ちゃダメなら映画館はどうなるんだよ。こういうのはさ、近さと明かりの強さの問題だと思うんだよな」

「……! たしかに、映画館は暗いです……!」

 

 小宮果穂はメガネを装着。するとテレビの明かりが七割ほど削減される。

 

「あれ! なんかちょうどいい感じの明かりになりました! 眩しくないですっ!」

「そのメガネの遮光率に合うようテレビの明かりを調整してあるからな。……っと、あったあった」

 

 アルファはソファに戻り、何枚かのディスクを座卓の上に置く。そして予備のメガネを持ってきて装着。

 それからふたりは、とても静かなリビングで、ヒーローものの録画番組を見始めた。

 

          §

 

 数時間後。夕暮れの室内。

 

「うわぁ! この回、ずっと見たくても見られなかったやつですーっ!!」

「結局一回しか放送されず、再放送でも省かれて、DVDにもならなかった幻の回だな。たまたま録画してダビングできていたから、超ラッキーだったやつだ」

「──あ、この特番も! このオリジナル回も! あたしが小さい頃、眠気に負けて見ることができなかったやつです!」

「そうか。よかったな」

「これも! これも、これも、これも……っ! ~~~っ! すごいですっ! 本当にここはヒーローの宝庫ですっ!」

「はは」

 

 前のめりになる小宮果穂は、大興奮で盛りだくさんのディスクを再生する。

 既に日は暮れており、西日が部屋に射し込んで、少し室内が明るくなる。焼かれたような狐色のリビングは、燃えるような小宮果穂の熱気によく似合っていた。そのようにアルファは感じ取る。

 

「は! すみません、ちょっとトイレに行ってきます!」

「おう」

 

 小宮果穂がトイレに駆け込むと、すかさずアルファはベランダに出る。

 

(俺の家のトイレ、防音が甘いのか、結構音が聞こえてくるんだよなぁ……さて、これについて言うべきか言うまいか……俺のトイレの音なんて聞きたくないだろうし……恥ずかしいけど、あとで頑張って言うかぁ……)

 

 アルファがベランダで考え事をしている間、既に小宮果穂はリビングに戻ってきていた。

 

「あれ? アルファさん……ベランダに出て何してるんだろう?」

 

 気になるが、今はそれより番組の続きを見たいため、小宮果穂はソファに戻ろうとする。その時、横手にある襖と襖のあいだに目が行った。

 

(────?)

 

 襖の隙間にほんのり見える、薄暗闇の奥座敷。射し込む西日のおかげで何かがキラリと光る。小宮果穂は興味本位で襖を開けて覗き込むと、大きな置き物と二枚の写真立てのようなものが見えた。

 

(……? よく見えない……なんだろう?)

 

 小宮果穂は開けっ放しの襖の隙間を通り、和室に入る。そして何が光っていたのか理解する。

 大きな置き物は仏壇だった。写真立てには、どこかアルファの面影がある男性と女性の顔写真が飾られている。

 

「え……これって……」

「なにしてんだ?」

「わっ!?」

 

 小宮果穂の背後に音もなく立っていたアルファは、イタズラが成功したような笑みを浮かべて呵呵大笑をこらえる。

 

「ふっ……勝手に人の家の和室に入るとは、いい度胸だ」

「ご、ごめんなさい……!」

「いや冗談だ。別に入るなとは言ってないし。……で、別に隠すつもりはなかったんだが、殊更に話す必要もないと思ってな。──まぁ見ての通り、その写真、俺の両親なんだ」

「……!!」

 

 アルファはなんてことのないように身の上を語る。

 

「俺が小学校に上がる直前に事故で死んでな。愛の無い親戚どもは俺をたらい回し。キレた俺は児相に突っ込んで弁護士に相談。その弁護士がめちゃくちゃ善人でな。いや聖人か。弁護士事務所を辞めてまで、俺のために必死に、この家を勝ち取ってくれたんだ。で、俺が熱望した甲斐あって、小二から独り暮らし。保護者替わりの専属ヘルパー付きだけど。そして国から補助金を貰って細々と暮らし始めた。家計簿を付けてみたら火の車になると分かって、それからは極力節約生活。それが板についてきたのか、薄暗闇に住むことに慣れちまった。ま、そんな感じ」

「────────」

「ちなみにお前の父母と兄はこのこと知ってるぜ。お前の説明が少し変だったのか、俺が謝りに行った時さ。なんか俺がお前を庇って殴られたって勘違いしてたから、俺の親に感謝と謝罪がしたいって言ってきたんだ。すぐ誤解だと説明したんだけど、その時に両親が居ないことを明かしてな。……モールでのやりとりは、まぁそういうことだ」

「……っ!」

 

 小宮果穂は愕然とする。思わぬアルファの生い立ちにびっくりして、何も言えなくなる。

 

「あんま俺みたいな奴と会ったことないのか? ならイイ社会勉強だ。想像力を働かせて、世の中の広さを思い知るといい」

「…………」

 

 想像力を働かせる。だが、とてもじゃないが小宮果穂には、そんなこと考えられなかった。考えたくなかった。

 親がいない、お母さんもお父さんも。そして兄がいない。マメ丸もいない。もしも自分がそんな環境に置かれたらと思うと戦慄(ゾッと)する。そんな想像をしただけで、今にも悲しすぎて泣いてしまいそうになる。

 胸の奥がキュッと引き締められて息苦しくなり、心臓がチクチクと突き刺されて、目の奥や喉の奥までもが熱くなり、痛くなる。

 

 そうして小宮果穂は、知らず知らず涙目になっていく。

 それを目にしたアルファは、天地がひっくり返る心地で驚いた。

 

「うぇっ!? お、おい……!! 瞳が潤むのは反則だろ……! あぁもう! 純粋すぎるのも困りものだな……! ちょっとこっち来い! 一発でお前が笑顔になる部屋がある!」

「……?」

 

 アルファは和室から立ち去る。小宮果穂はトボトボとその背中を追いかける。

 

(────)

 

 その間、小宮果穂は思い出していた。

 西日に焼かれたリビング。その明るさは、外からしかもたらされない暖かさ。

 薄暗い玄関と廊下。その暗さは、アルファの内面を表すかのような闇の寒さ。

 そして生活感が薄かった理由は、ずっとずっと孤独に暮らしていたから。

 

(────アルファさんは────)

 

 小宮果穂の家は明るい。だから少女はいつでも明るく元気でいられる。

 

(それなら────それだと────)

 

 アルファの家は暗い。だからアルファは、いつも暗そうな顔をしている?

 それは短絡的な発想の対比かもしれない。部屋の電気を点けたところで、アルファの陰のある表情は変わらないだろう。だからこそ、小宮果穂は次のように思う。

 

(……アルファさんは────ダークヒーローだったんだ……)

 

 それは“悪いヒーロー”という意味ではない。どちらかといえば“暗いヒーロー”を意味している。

 

「ここだ」

「──っ!!」

 

 そこはアルファの自室。やはり薄暗いが、圧倒的な物量がある。壁一面には棚が設けられており、物量というのは無数のヒーローフィギュアが棚の上でポーズを決めている点だ。大小種類様々なポスターも壁を飾っており、天井にも巨大なポスターが貼られている。ほかにもたくさんのヒーローグッズがクローゼットに収納されており、その一部が引っ張り出されて部屋の中央に展示されている。

 

「集めるだけ集めて適当に飾っただけの展示室だ。配置の悪さとかも一目瞭然だろう? もしお前が希望するなら、この部屋、好きに模様替えして構わない」

「えっ……!?」

「ヒーローがテーマのインテリアコーディネートだ。楽しそうだろ? しばらくはイイ遊び場になると思うんだが。……というのも俺は、とにかく時間が惜しくてな。カッコよく展示したいんだが、なかなか手が付かないまま何年も過ぎてしまった。その点でも手伝ってほしい。どうだ?」

「で、でも……あたしが、アルファさんのコレクションに触ってもいいんですか!?」

「同好の士なら、手荒に扱わないことは分かっているからな」

「……っ!!」

「お前が模様替えしている間は、ここの電気、点けてもいいぞ。つか危ないから点けるべきだ。ブレーカーの位置を教えようか?」

「…………はいっ!! ぜひ、あたしにコーディネート、させてくださいっ!!」

「はは。元気回復だな」

 

 小宮果穂はブレーカーの場所と操作方法を教えてもらう。

 そして既に夕方なので、アルファから帰ることを勧められる。

 

「あれ、もうこんな時間!? じゃあそろそろ帰ります!」

「あぁ。またな」

 

 別れを告げるアルファだが、なにやら物憂げな表情で虚空を見つめている。何か言いたいことがあるようだ。

 

「……? アルファさん、どうしたんですか?」

「……いや、これは常識的にどうなんだろう、と思って。……とりま手を出せ。渡したいものがある」

 

 小宮果穂は小首をかしげながら手のひらを差し出す。その上にアルファは、何かをポンと置いた。

 それは鈍い光を放つ一本の鍵。いわゆる合鍵というものだった。

 

「……カギ……?」

「合鍵だ。俺が居ない時も入っていいぞ。小学校の方が中学より下校時間が早いからな。その間もったいないだろ? あと俺は夕方に居ない時も多いし。つーわけで、この家、好きに使ってくれ」

「────えぇっ!? で、でも……」

「別に盗みゃしないだろ?」

「……そうですけど、そういうことじゃなくて……?」

「秘密基地的なノリで使えばいいさ。あと認証登録も帰るついでに済ませよう。ファミリー登録っつーもんがあってな? それを使えば俺が居なくても出入りできるはずだ」

「…………」

「……? やっぱりおかしいか? でも信頼する奴に合鍵を渡すのは普通だろ? 俺の専属ヘルパーもズカズカ入ってくるし……いや、まぁ、もしお前の家族から苦言を呈されたら返せばいいさ。俺としては全然問題ないと思うんだが……やっぱ俺の方が変なのかなぁ……?」

 

 それは、孤児が長らく独り暮らしをしてきたがゆえの、独特な居住感なのだろうか。もちろん彼の独特な感性も大きく影響しているだろう。

 どうやらアルファは自分の家を“自分だけのもの”とは認識していない様子。あくまで家は国から借り受けたもので、役所が取り決めた専属ヘルパーが勝手に入ってきて生活観察報告書を作成し、ついでに掃除して、アルファを連れて病院に行って身体検査など諸々な事をしてくれる。そしてアルファが認めたヘルパーが家事や役所関係のお手伝いをしてくれる。そのヘルパーの中に、彼は友人も含んでいるのだろう。

 

「んじゃ、俺これから街に出るから」

「街に? 今から街に行ったら、夜になっちゃいますけど……」

「…………まぁ、あれだ。俺、貧乏なのに本に詳しいだろ? 書店で立ち読みするんだ。速読でな。申し訳ないとは思っているが、こっちも人生が懸かってるんでな。今まで読んだ本と書店はメモしてあるから、いつか金を稼げるようになったら全部払う気でいるんだ。そのあいだに店が潰れたら、なんの申し訳も立たないが……」

 

 アルファは巧みに話を逸らす。小宮果穂には美女と一緒にいるところを目撃された件がある。それ関係だと思わせないために、アルファは女を落としに行くという真実に、書店に行くという別の事実を混ぜてうそぶいた。

 

「そうなんですか……じゃあ、あの。ちょっとだけ質問、いいですか?」

「おう」

「節約と言っていましたけど、こんなに暗くて生活できるんでしょうか?」

「まぁ慣れてるからな。夜に動き回る時はスマホのライトを使うし。……あとな? 一年間停電することで、なんと光熱費が七万円以上も浮くんだよ! で、それが俺のお年玉ってわけ。まぁ九割は貯金するがな」

「……! お年玉……」

 

 アルファは健気な倹約家。

 ただそれだけのはずなのに、小宮果穂はなんとも言えない気持ちになる。

 

「…………あの、それと……この家。おふとんやベッドが、ひとつも見当たらなかったんですけど……」

「一応ベッドなら壁のクローゼットに埋め込む形であるぞ」

「えっ!? そんなのあるんですかっ!?」

「あぁ。扉を開くと自動でベッドが降りてくるんだ。ただ開けたとき横に避けないと頭を打つから気をつけろ。ベッドに押しつぶされてぺちゃんこにされるぞ。まぁケガ防止のクッションがあるから当たっても大丈夫だけど。……で、枕も掛け布団も寝台もヒーロー柄だ。汚れるのが嫌だから滅多に寝ないけどな。実質コレクションベッドだ。はは! 意味ねぇよな!」

「え? それじゃあ、いつもどこで────」

「ソファで寝てる。あれ後ろに倒して足場を引くとベッド並みに広くなるんだよ」

「えっ!! そんなことができるんですかっ!? 変形ソファなんですかっ!!」

「おう、そうだぞ! 次に来たとき試してみるといい。んじゃ、認証登録を済ませるかー」

 

          §

 

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