小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い 作:形のない者
後日。
放課後の事務所。小宮果穂はソファに座り、座卓に向かって手紙を書いていた。傍らには白瀬咲耶が付き添っており、ニコニコと様子を見守っている。そこに西城樹里が入室してきた。
「お、果穂、咲耶も。おはよう。……ん? なに書いてんだ?」
「樹里ちゃん! おはようございます! これはぁ……ラブレターですっ!」
「!? ら、ラブレター……!?」
「はいっ! あ、でもラブレターは咲耶さんに手伝ってもらって、もう書き終わりましたぁ! ふたりで商店街に行って、封筒や便箋をいっしょに選んで買ったんですよ!」
「以前、私の差し出がましい行ないで、随分と果穂には迷惑を掛けたからね。その贖罪さ。──というのも、果穂から相談されてね。私のことを『口説き落としの師匠』として見習いたいと、輝かんばかりの瞳を向けられ……その上で『ラブレターの作り方を教えてほしい』と頼まれたとあっては……咎人の私が、これを断ることはできないというものさ!」
「じゃあ……いま書いてんのは?」
「友情の、お手紙ですっ!」
「ラブレター以外にも、同好の士として友誼の花束を贈りたいとのことだ。ふふっ……健気で可愛らしいじゃないか!」
さらに小宮果穂は付け加える。
「それとこの間、あたしがアルファさん以外の人に恋をしている? と誤解された可能性があるとのことだったので……その誤解を解くためのラブレターでもあるんですっ!」(あと、“五つ目の恋”についても……!)
「あー、あれかー……でも果穂とアルファさんはチェイン交換してんだろ? それでさっさと誤解を解いたりは……しなかったのか?」
「ふふ。樹里。
誤解を解くということは、すなわち告白にほかならない。無論、本心を隠したまま誤解を解くことも可能だろう。だが、そういう話ではない。こちらの方が、より
「あー! なるほどなー……」
「……っ! できましたーっ! あの、樹里ちゃん! このお手紙、読んでみてください!」
「────えっ!? なんで……? そういうのは、誰にも読まれたくないものなんじゃ……」
「そうなんですか? うーん……ラブレターだったら、少し恥ずかしいけど……でも、これは同好の士に宛てた手紙なので、恥ずかしくありません!」
「そ、そうか……まぁ、果穂がいいなら、いいんだけどよ……でも、アタシに読ませて、どうしたいんだ?」
「感想と、できれば誤字脱字の発見を、お願いしたいです……っ!」
そこで西城樹里は、白瀬咲耶に視線をやる。それこそお前の仕事じゃないのか、と言いたげに。
すると白瀬咲耶はくすりと微笑み、申し訳なさそうに懇願した。
「私は果穂のラブレターから誤字脱字を発見するべく何度も推敲したため、今、果穂の愛の言葉で胸焼けしてしまっているんだ。どうか私を助けると思って、樹里が代わりに読んでほしい。ちなみに私としては、誤字脱字も含めて果穂の魅力だとは進言したのだけど……どうやら果穂は、本気で
「……そうか。そういうことなら、よーく分かった。任せろ、果穂!」
「わぁ……! ありがとうございます!」
「つっても、たぶん感想は当たり障りのないことしか言えないと思うぞ……? それに、果穂の手紙をもらって嬉しくない奴なんていねーって」
「……っ!」
「んじゃ……果穂の友情のお手紙、読ませてもらいますっ!」
西城樹里は手紙の内容に目を通す。
「────……ふむふむ……うん……おぉ……、…………────ん?」
§
夜のシャッター街。そこは日中も閑古鳥が鳴いており、日没は街灯だけが輝く無人の回廊。
アルファは、地面に置いたギターケースを開いて楽器を取り出し、裏返した帽子を置いてベースギターを弾き始める。
新品のベースギターは貰い物。以前、音楽関係の美女をナンパして、彼女のアパートで寝泊まりした際『元カレが置いていったもので処分に困ってた』という理由から譲り受けた逸品。基本的にそういったものは売りに出して小銭を稼いでいたが、情熱の恋として思い出のあるものは未練がましく手放すことができず、最近までダンボール箱にしまっていた。
(…………)
アイドル・小宮果穂。放課後クライマックスガールズのライブ。それを観たあと、おもむろにダンボール箱を開けまくって見つけ出し、引っ張り出したベースギター。空いた時間に演奏技術や作詞作曲について勉強し、一通り弾けるようになったので、初めて楽器を背負い外に飛び出した。
(……ストリートライブは警察への許可が必要で、それなりに手数料が掛かる。破れば罰則でさらに金が掛かる。才能もなく経験も浅い俺の拙い技術で、手数料の元が取れるはずもなし。だから敬遠していたが……なんだろうな。いつになく衝動的で情熱的、悲観的で哀愁的だ。無駄な出費をしてしまったよ……)
アルファは弾き語る。誰もいない回廊に、失恋の音色と歌声が響き渡る。
「……なんか聴こえる」
「路上ライブ? こんな誰もいないところで?」
「あ、あそこ! 男の人が弾いてる!」
「あは~! 上手だねぇ~」
夜の街を散策していたノクチル。浅倉透がなんとなしに立ち止まったため、ほかの三人も立ち止まる。樋口円香はスマホをいじっており、福丸小糸は興味を持って歌詞を聴いていて、市川雛菜はリズムに乗ってパタパタと袖を振っていた。
やがて弾き語りが終了する。
「おー」
浅倉透は拍手すると、財布から一枚のお札を取り出して帽子に投入。続いて福丸小糸も何枚かの硬貨を投入する。
「お兄さん。音、広がってたね」
「ありがとうございます」
樋口円香はスマホから視線を上げる。
「なぜこんな場所で?」
「初めての路上演奏だから、音や声の広がりを確認したくて」
「……え? 初めて?」(こんなに上手いのに? 嘘をついている、わけではなさそう……)
「へー。やるじゃん」
「あ、あのっ! つ、次は、街中で演奏すると……き、きっと、いいと思います……っ!」
「雛菜もそう思う~! でも声変わりの時期だからかな? ちょっと歌が下手に聞こえてました~」
「あざす。忠告も嬉しいです。……でもお世辞じゃないですよね?」
「お世辞ならお金、投げてない」
そう言って樋口円香は立ち去る。
「おーい。まてー」
「あれ? 円香ちゃん、お金投げないの?」
「わは~」
ノクチルは散策に戻る。
アルファは帽子の中身を検めた。
(……取れた元は数百円か。でも、そもそも人が通ると思っていなかったから、今日が幸運だっただけだな。つか、俺が中防って気付いてた人がいたな……ふむ、声変わりか……むしろ下手に聴こえることを利用して、客に応援してもらえるようなパフォーマンスを考えるべきか?)
§
翌日。深夜の駅チカの噴水広場。人通りは少ない。
アルファは噴水の縁に座り、遠目に見える道路を歩く通行人を見据える。それから目を伏せて集中し、失恋ソングを弾き語る。
────演奏終了。周囲からパチパチと、少なくない拍手が上がる。
「ありがとうございます」
アルファは視線を上げると、そこには十人程度の老若男女がいた。
夜遊びの学生、厚着の女性、ほかには複数のカップルなど。……後者はろくに歌詞を聴いていないのか、恋人同士でイチャイチャして会話ばかり。その上、金を落としてくれないので、バカップルとはこのことかとアルファは内心で悪態をつく。
(演奏は四分で終わる。一分につき公園前の歩道通行人数は五十人程度。わざわざ歩道から階段を下りて噴水に近付く人の労力と好奇心、そしてこの金払いの良さを考えるに、ま────俺の実力はこの程度ってことか。まずまずの三流ってところかな。いや、二流と四流を知らないから、自分の位置は分かんないんだけど)
客が解散していく。帽子の中を検めると数千円。
(なんでもそつなくはこなせるんだよなぁ。でも俺の場合、一つのことで一流になるためには十数年かかる。クリエイティブな仕事より、海外で社長かサラリーマンになったほうが金回りの意味では堅実的だ。着実にキャリアを積むことができて、社会全般のスキルも身につく。つまり働く限り永遠にレベルアップできる。対してクリエイティブな仕事は才能ギャンブル。経歴を深める意味ではサブでやってもいいが、メインにはできない。それに金稼ぎの目的でやると痛い目を見ると思っている。それは歴史が教えてくれている)
では、なぜ今、路上演奏をやっているのか。
(趣味……にしては、感傷的すぎるな。どう考えても、あいつの影響だ。くそっ……)
アルファは、どうしようもない溜め息をつく。
「あ、あのっ────こんばんはっ!」
「……!?」
何やら意気込みのある声掛け。面を上げると、目の前にはスーツ姿の女性が立っており、かじかむ両手には名刺を持っていた。
「そのっ、突然ですが────“アイドル”に、興味はありませんか?」
「────」
「私、こういうものでして……アイドルのプロデュースをしています!」
名刺を受け取る。アイドル事務所のプロデューサー。プロダクションのイカした名前からして、男性アイドルを中心に売り出しているようだ。
「ミュージシャンを目指しているんですか?」
「いえ。ただの趣味で。路上演奏もこれが二回目で」
「えっ……! そんなに上手なのに、まだ二回目!?」
(……やっぱりお世辞では、ないんだな……)
「スゴいですね! あの、もしアイドルにご興味がおありでしたら────」
「中一でもなれますか?」
「へ?」
「俺、何歳に見えます?」
「……てっきり、高校生と思ってましたけど……まさか、ほんとに中一なんですかぁ!?」
(頭の回転は早い……でもスカウトに不慣れな面が散見されるから、新人プロデューサーか。威圧を掛けてもビビらないのは天然か? まぁ度胸はあると思っておこう。仕事ができる人間とは思うから、仕事仲間にするなら良材ではある。────って……ハァ……こうやって人を試すのは悪いと思って毎度イヤになるが────自分の人生が掛かってんなら、やっぱ、なりふり構ってはいられねぇよなぁ……)
「でしたら、なおさらこれからって感じじゃないですか! あのっ────」
「考えさせていただきます。ただし、お返事は期待しないでください」
アルファはベースギターをケースに収納し、そそくさと帰り支度を整える。
「……っ! あ……そのっ、アイドルってキラキラ輝いて、みんなを笑顔にする、スゴいお仕事なんです! 少しでもご興味があれば、ぜひ事務所に立ち寄ってください! まずはアイドルが何かについてプロデュースしてみせます! あなたならきっと、いろんな人を笑顔にしてライブを湧かせる、そんなスゴい人になれると、本気で思っているんですっ!」
「それはどうも。ではこれで────、……ちなみに海外プロデュースとか考えてます?」
「へ? えっと……基本的には、日本で……?」
「あまりない感じっすか。では野望はあります?」
「野望」
「アイドルに関しては完全に素人なんですが……もしそんなにアイドルがすごいものなら、海外の人たちも笑顔にできるとは思わないものなんですか? ほら、いまネットで世界中のファンを集める配信者とか多いじゃないですか。あんな感じのプロデュースをするつもりとかは……どうなんです?」
「────それは……スゴい発想ですね!? あ、えっと……私としては、そういうものにはすごく憧れるんですが……ちょっと社長がなんて言うかは……」
「そうですか。なら副業とかはどうなんです? サラリーマンしながらアイドルやってる人とかいるんですか?」
「えっ!? そういう人は……いるのかな……? でも……正直かなり大変なことには、なると思います」
「でしょうね。二足の草鞋を履くんですから。……質問に答えてくださってありがとうございます。では、俺はこれで」
アルファは帰路に就く。
(……今の女性プロデューサー。ちょっと雰囲気が、あいつに似ていたな……)
アルファは、その思考の意味を自覚して吹き出す。
(あーあー……)「すっかり
§
後日。
夕方のアルファ邸。扉の鍵をガチャリと開錠する。
「ただいまー」
「はっ! おかえりなさいっ!」
「!」
扉を開けたアルファが玄関に入った途端、薄暗い廊下から小宮果穂が出迎えた。
「えへへ……っ!」
「……なんだ? ずっと廊下で待ってたのか? 足冷たくなるだろ。何やってんだ」
「靴下が暖かいので平気ですっ!」
なにやら小宮果穂は、そわそわとしている。
アルファは靴を脱ぐ。
すると小宮果穂は、一足先に廊下を渡って、リビングで振り返る。
アルファは上がり框を踏み越える。
小宮果穂は、リビングの中央で佇み、じっと待ち構えていた。
「……なんだよ」
「────……」
西日が強い。小宮果穂の背中に当たって逆光となる。
夕闇の室内に、全身が影で出来ているかのような少女が、ひとり佇んでいる。そのように見える。だが、その顔は薄暗い家を照らすほど明るかった。
アルファは訝しむ。その笑顔は何を意味しているのか。しかし小宮果穂は恋をしているのだ。気にしたところで自分には関係ない。そのため興味を持たないように、またそっぽを向く。
対する小宮果穂は、満面の花咲く笑顔で────背中に隠し持った一枚の封筒を取り出した。
「アルファさん! こっちを見てください!」
「!」
「こちら、あたしの気持ち……ですっ!」
改まって差し出されたもの。それはジャスティスピンクの絵柄をした封筒だった。
「……俺に?」
「はいっ!」
アルファは封筒を受け取る。
「……中を見ても?」
「────……あ……や、やっぱり……あたしが、帰ったあとで……読んでほしいですっ!」
「……────」
アルファは久しぶりに、小宮果穂の顔を直視した気がする。
そして察した。小宮果穂の羞恥心を見て取ったアルファは、“まさか”と思う。
「そ、それでぇ……アルファさんには、二通目のお手紙も渡しちゃいますっ!」
「……二通目?」
アルファは困惑する。ピンク色で一通だけなら勘違いも許されよう。だが、どういう意図があっての二通目なのか。ならば一通目と二通目には、どのような関連性があるのか。アルファは心中でも明言しないが、もはや脳内では期待しかしていなかった。
小宮果穂は、食卓の裏に隠していた二通目の手紙を取り出す。それはジャスティスレッドの絵柄をした封筒だった。
「こちらは、
「……!」
「同好の士として、あたしの気持ちをしたためました……っ!」
「……お、おう。ありが────」
アルファは受け取ろうとする。
だが小宮果穂は、これは渡すものではないと言いたげに、封筒を取られまいと距離を取った。
「?」
「あ、えっとぉ……ちょっと待っててください!」
それから小宮果穂は、赤い封筒からジャスティスブルーの絵柄をした便箋を取り出した。そして大きく息を吸い込み、目をつむって吐き出し────深呼吸を済ませたら、まっすぐと便箋に記されている文字を見つめて────
「では、聞いてください! ────アルファさんへ! アルファさんはぁ……」
「まさかの口頭朗読ぅ!? 小学校の作文かよ! はっはっはっ……!」
「えっ!? あ、アルファさん……? お願いです、静かにしててください……っ!」
「い、いや、わりぃ……でも……ぶはっ……!」
あまりにも低学年の状況に、アルファは失笑してしまう。目尻の笑い涙を拭って沈黙に徹する。気を取り直し、小宮果穂の真剣な立ち姿を黙って見守る。
「では、読みますっ!」
「……おう!」
小宮果穂は、改めて大きく息を吸い込んだ。
「アルファさんへ
アルファさんは、とてもやさしい人ですが、ちょっと邪悪な人です。
たとえば、やさしいところは、よく周りを見ていて、困っている人を
すぐにフォローして、助けてあげるところです。
そして、相手の気持ちを考えることができて、適切な助言を授けます。
また、アルファさんは、やさしいだけではなく、カッコよくて、
スゴい人です。新聞配達のアルバイトをしていて、海外ボランティア
にも行きます。貧乏なのにもめげず、ずっと一人で頑張っています。
そんなアルファさんを、あたしは褒め続けたいと思います。
ほかにもたくさんありますが、この小さな紙では書ききれないほど、
アルファさんはカッコよくて、スゴい人です!
でも、邪悪なところも、たくさんあります。まず、口が悪いです。
すごく悪いです。傷つくことがたくさんありました。……正直!
直した方がいいと思います。なぜなら、お友達が減ってしまいます!
小さなものだと、ゲームの年齢制限を守りません。これは、とても
いけないことです。おまわりさんに捕まっちゃいます。
大きなものだと、年レイをいつわって、会社に就職したことがあります。
これは、すごくすごく、いけないことです。でも、本人は泣くほど深く
反省していたので、あたしは許してあげたいと思います。
ほかにもたくさんありますが、言っている意味がよくわからないことも
多かったので、近いうちにショウ細を説明してほしいと思っています。
たとえば、『夜に色々、深夜に色々、色々はアール18』という意味です。
これのショウ細を、いつか教えてもらえたら、あたしは嬉しいです!
こんなアルファさんですが、あたしはアルファさんのことが大好き
です! 日曜日朝の子供向け番組を見る事、グッズ集め、などなど、
あたしと同じ趣味を持っています。趣味の話がとことん合うので、
チェインの通話や、アルファさんの家で話すと、とても楽しくて、
スゴく嬉しいです!
でも、アルファさんは、それだけではなくて、とても 博 識 で、
あたしに色々なことを教えてくれます。同好の士としても、人生の
先 輩 としても、反面教師としても、ただの友達としても、あたしは
アルファさんのことを、とても 尊 敬 しています!
アルファさん。どうか、これからも、
あたしと同好の士でいてくださいね。
小宮果穂より」
小宮果穂は、友情の手紙を読み終える。
次の瞬間、アルファは膝から崩れ落ちた。なんとも言えない感慨に悶絶する。
「えっ、アルファさん!?」
(やべぇ……俺の感情、バグりまくってる……なぜか父性が湧いてきた……兄の気分にもなってる……妹や娘がいたらこんな感じなのかなって思っちまった……おかしい……さっきまで異性として意識しちまってたのに、もう妹か娘にしか見えねぇ……愛犬でもいい……嗚呼なんだこの気持ちはぁ……背徳感がひどい……小学六年生という概念がゲシュタルト崩壊していく…………ああ、そうか────果穂は、小学三年生だったのか────……ハァン?)
自分へのノリツッコミで、なんとか正気を取り戻したアルファは、すっくと立ち上がり、まっすぐと少女の瞳を見据える。
「おう。俺からも言いたい。これからもよろしく頼む。……あと、俺にとってヒーローは命と心の恩人で、人生だからさ。一生飽きることはないと思うぜ。もしかしたら果穂が飽きることのほうが、俺は怖いかな?」
「……~~~~っ! それならだいじょうぶですっ! だってあたしはヒーローになりたいんですっ! そしてあたしはヒーローを応援したいんですっ! だからアルファさんも、心配しないでください!」
「そうか。……まぁ、仮に飽きが来ても、俺たちは友達だよな」
「はいっ! 当然ですっ!」
かくして小宮果穂は、いそいそと友情の手紙を片付けると、それを大事そうに差し出した。
アルファは受け取る。すかさず封を開けて便箋を手に取り、文書に目を通すと、はにかんだ。
「はは……『博識』や『尊敬』の文字、ちょっと難しくて何度も書き直したのか、前後の文体のバランスが崩れてんな」
「えへへ……書けるようになりたかったので、咲耶さんに教えてもらいましたっ!」
アルファは友情の手紙を大切に保管する。
そして、一つ目の封筒を掲げた。
「それで? この一つ目の封筒にはさ。どんな手紙が入ってるんだ?」
「……っ! そ、れは……ご自身の目で、たしかめてくださいっ!」
「そうか。では────いま読もう」
「────えっ……!?」
アルファはソファに座る。
小宮果穂はオロオロとして、アルファの斜め後ろから不安そうに覗き込む。そわそわと落ち着きがない。
「だって夜になったら暗いだろ。ライト使えば済む話だけど、それで読むと明るすぎて目が痛くなるし、乾電池代もバカにならねぇ。電気代も勿体無いから点けたくねぇし。だからこういう文字媒体は、西日が射し込んでるうちに読むって決めてんだ」
「~~~~っ……!!」
アルファは桃色の封筒を開き、ジャスティスイエローの絵柄をした便箋を取り出す。
「そうだ、果穂。“二人マフラー”してくれよ」
「!?」
「俺まだ不安なんだ」(これで仮にラブレターじゃなかったらクッソ恥ずいし……)「だから俺のこと支えてくれよ。二人マフラーで俺のことを支えるってのは、お前が言ったことなんだぜ?」
「っ……!」
小宮果穂はもじもじとしながら、アルファの隣に座る。肩が触れ合うほど近くて鼓動が高鳴る。長めのタオルを自分の首に巻いて、傍らの好きな人の首にも巻いてあげて、即正座。体の向きも足の向きも、膝の上に置いた手の指の向きも、まっすぐとテレビに一直線。そして真っ黒な画面に反射するアルファの顔に、目を奪われる。
「────んじゃ、読むぜ……」
「っっ……!!」
アルファは震える声で言いつつ、しかし確信を抱いて、黄色い想いが詰まった便箋を開いた。
『アルファさんへ
すきです。
このキモチが恋なのかは、ほんとうのところ、
まだよくわかっていません。
でも、ひとつだけ、たしかなことがあります。
私は、あなたのシュミに恋をしているわけではありません。
だって、ヒーローにはワクワクして、ドキドキするけれど、
この胸が「きゅう」って形で、こんなにも引き締まることは
ないからです。
あなたといてワクワクすることは、たくさんあるけれど……
アルファさんを見ていると、きゅうって胸が引き締まるんです。
そして、ちゃんと五つ目の恋を考えてきました。
ヒーローへの恋、友情の恋、ダークな恋、パープルな恋、
いつかブルーになってほしい恋。
いろいろ考えましたけど、本当にいろいろ思いついて、
ぜんぜんひとつに絞れませんでした。
五つ目の恋ではなく、五つの恋を見つけちゃいました。
でも恋の種類は、たくさんあっていいと思います。
なぜなら私は、あなたとたくさんの恋をしたいからです。
あなたと恋がしたいです。
アルファさんのお返事を、お待ちしています。
小宮果穂より』
────万感。
アルファは、横に座る少女を見やる。西日の逆光で薄暗い中、その横顔は────
夕焼けの色に負けないくらい、真っ赤に真っ赤に燃え上がっていた。
「……────俺も好きだよ」
アルファは微笑みかける。
「────────…………」
小宮果穂はそっと振り向いて、黒い瞳を見て、しばらく見つめ合って……首に巻いたマフラーが暑くて、体が熱くて、もう鼓動の音しか、わからない。
「お前さ。そんな顔すんの反則」
「っ……?」
「って謳い文句は、やっぱ響かねぇか」
アルファは、目を閉じながら下を向いて一笑。それからソファの背もたれに全身を預けて伸びをした。
「……あのさ。ひとつ、確認したいことがある」
「?」
「この恋文……ラブレターな? どこにも……『付き合いたい』とは、書いてなかった」
「────……へ?」
首をかしげるアルファは、さてこれはどう解釈すれば良いのものかと、困ったように笑いかける。
対する小宮果穂は、そういえばそうだったと思い出し……でも“付き合う”とは、いったいどういうことなんだろうと、想像の羽を伸ばす。
「文句を言っているわけじゃない。そこだけは絶対に誤解しないでくれ。ラブレターは好意を伝える手紙なんだから、これでいいんだ。むしろ、それ以上を読み手側が求めることなんてあっちゃいけない。だからこそ、これは文句ではなく“確認”なんだ」
小宮果穂は、何度もうなずく。その表情は真剣そのもの。
「果穂は、俺のことを恋の意味で好きと言ってくれた。俺も、同じ意味で好きと応えた。これで俺たちは、晴れて両想いとなった。……でも俺たちは、言葉の上では、まだ“付き合ってない”ことになっている。ここまではいいな?」
小宮果穂は真剣にうなずく。
つまり自分たちは“交際状態ではない”ということ。ならば、それで、どうしたらいいのか?
「別にどうもしない」
「!」
「男は理屈を優先し、女は感情を優先する。そういう脳の作りになっている。だから、果穂がそういう理屈っぽい話をしたいわけではないなら、これに関して俺は、もう何も突っ込まない。細かいことなんか気にしない。それより今の感情を優先する。俺は、お前と両想いになれたことを、心から喜ぶ。めっちゃ嬉しい。スゲェ感動。死ぬほど感無量。マジで舞い上がる。────本当にありがとう。果穂。こんな俺を、好きになってくれて……」
アルファは、陰のある表情で微笑む。
小宮果穂は、そこに文字通りの“感と謝”が含まれているように感じ取った。
「あ────あたしも……! アルファさんと、両思いになれて……うれしいです……っ!!」
アルファは優しく微笑むと、ふいに頭をもたげる。背もたれに後ろ首をはめ込むように置いて────突然、告白の告白をした。
「あのさ。実は俺────果穂が中学に上がって、今よりもっと“おしとやか”になっていたら────そのタイミングで、お前に告白するつもりだったんだ」
「────!」
「といっても、俺が高校に上がる頃には、もう海外に飛び立っているから……付き合おうが付き合うまいが、どのみち果穂とは、あと三年しか一緒に居られない。だから、それまで楽しもうぜ。……俺は、同好の士だろうが両想いだろうが、どっちでもいいけど……俺も一応、男だからさ。できればお前とは────『恋人』としても、楽しみたいなって」
「────っ……!」
アルファは口説き落としにかかる。伏し目がちに流し目。体は決して近寄らず、むしろ遠ざかるようで。右手を伸ばし、人差し指で少女の頭を持ち上げる。そして親指で、そっと下唇に触れた。
「今のは『告白の告白』だ。果穂が中学生になって、おしとやかになっていたら、俺は告白する……という宣言だ。だからその返事は、その時に聞かせてもらおう。────でも……それまで、どうする?」
「……?」
どうする。とは、どういうことか。
「男は自分の体と心の繋がりを区別する。女は自分の体と心の繋がりを融合する。そういう脳の作りになっている。言い換えれば、男は体を求めて、女は心を求める。────それで、俺は男で、果穂は女だからさ? どうにかして、俺の“体”を、止めてくれよ」
そう言ってアルファは、まるでカタツムリのように鈍重と……
「俺は『誠実な恋』がしたい。果穂が淑女になって、もし俺の告白にOKしたら……その時こそ俺は『誠実な恋』をするだろう」
ソファに脚を乗り上げて……
「だが……今の俺は……そうしたくないのに、そうしたくて……つまり、衝動に身を任せて……『“肉体の恋”』がしたい。果穂が中学に上がるまで待てない。とてもじゃないが、待つことは……むずかしい」
小宮果穂に、覆いかぶさるように……
「男の怖さを知るといい。脅しじゃないぞ。割とマジでやばい。突き飛ばしたり、頬を一発ひっぱたいてくれたら……非常に助かる」
触れるか否かの瀬戸際を攻め続け、それでも触ろうとせぬまま……
重そうに、押すように、倒すように……
「それとも、果穂も────俺と、『そういうこと』、したいか?」
アルファは全身で威圧した。
白い歯がきらめく、したり顔。男の色気が存分に発揮されている。
「っ────ぁ……」
気圧された小宮果穂は自然と横向きに倒れていき、徐々にソファに仰向けになっていく。止まる呼吸。吐いたら荒い。
大きく開く瞳孔。虹彩には、益荒男の妖艶な顔つきが反射する。
耳朶を乱暴に殴りつける鼓動は、まるで爆音のよう。そして距離が、近く、少し近く、どんどん近く、すごく近く……もう、くっついちゃうほど近くて────
刹那、生理的危機感 切迫感 緊迫感 不安感 不信感 憂慮 危惧 警戒 それを相手に抱いてしまう それは悪いなと思う でも拒否しないと でもイヤがったらきらわれちゃうかも きらわれたくない────そんな恋慕思考が走馬灯のように駆け巡る。
「答えを出せ。今お前は女だ。子供じゃない。女として見られている。さぁどうする? 悪い男と時間は待ってくれないぞ」
小宮果穂の瞳孔が一瞬、大きく激しく揺れ泳ぐ。息が詰まる。声が出せない。喋ろうとしても声が掠れて……これでは答えが言い出せない。ならばと乙女は、咄嗟に両手を突き出した。アルファの胸に押し当てる。ふいに手のひらからドクドクと、アルファの激しい鼓動を感じた。すると不思議なことに、なぜかなぜかなぜか、両腕が肘から脱力して、まったく力が入らない。なんで? それは恐怖のせい?
「小六で初めてを奪われるのは、少し早すぎないか?」
アルファの右手指は、ずっと小宮果穂の顔を持ち上げて、下唇に触れている。彼の視線は永遠に、乙女の両瞳に注がれている。ふいに急接近。
乙女の眼前に、アルファの鼻先が迫る。
「っ!!?」
急激な接近に驚いた小宮果穂は、反射的に両足が思わず跳ね上がる。
そうなると分かっていたように、乙女の股に片膝を滑り込ませた伊達男は────乙女の股から先と上、首から下、つまりは胴体と秘部には決して触れぬよう、密着せぬよう、体をくの字にしならせたまま……
「時間切れ」
意地悪そうに見つめ、哂って、ふと瞑り────小さな唇を奪った。
『────』
時間にして約一秒。接吻の三角飛びというには、あまりにも可笑しすぎる表現だが。三角形の辺は三つ有り、下部の一辺が乙女の寝姿だとするなら、上部の
そして夕焼けのように燃え上がる顔をした青年は、自らの唇を手の甲で拭い取りながら、焦るような足音を立てて
そうして乙女は、ひとり居間に取り残された。
「────……ふぇ…………」
かくて青年の焦燥感の名残は、乙女の唇に後味を引く甘さを染み刻む。
食んで食まされたほろ甘さ。
それは乙女の心にとって、どうにも悪くないと思ってしまう……かなりちょいワルなファーストキスだった。
§
翌日。
放課後の事務所。西城樹里が玄関に上がると、廊下先のリビングから小宮果穂の笑い声が聞こえてくる。扉を開けてリビングに入室。すると、誰かと通話している小宮果穂を目にした。
「……」
「あ! 樹里ちゃん! おはようございます!」
小宮果穂は耳に当てていたスマホを離し、通話を切ってポケットにしまう。
「あ……別に切らなくても良かったのに……悪い、邪魔したか……?」
「いえ! ちょうどお話が終わったところだったので、だいじょうぶです!」
「そうか……」(この感じ、もしかして相手はアルファさんかな……?)
西城樹里は荷物を下ろしながら考える。
(そういや昨日、果穂はお休みだったよな……ラブレター、その時に渡したのかな……? ど、どうなったんだろう……気になるけど、わざわざ聞くことでもないよな……それに、この元気っぷりなら……きっと成功したんだよな……? 頼む、そうであってくれ……!)
仲間のために祈る西城樹里。
一方の小宮果穂は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら近寄ってきた。
「樹里ちゃん! あたしのお話、聞いてくれますかぁ!?」
「うぇ!? お、おう……!」(なんだ? も、もしかしてラブレターの話か……?)
「えーっとぉ……キ────……れ、冷蔵魔王が! レッドに『ふっ……お前なんか指一本で倒してやるぜ!』って言いながらエンドビームを撃つ感じで……あたし、負けちゃいましたー!」
「えぇ!? ど、どういうことだ? 何の話だ? つーか、負けちまったのか……?」
西城樹里は混乱しながら、小宮果穂の意図を汲もうとする。
「えっと、たぶんアルファさんが冷蔵魔王で、果穂がレッドってことで、いいんだよな……?」
「はいっ!」
「つまり……今のは、ヒーローごっこの話か?」
「…………」
小宮果穂は困ったように俯く。
それを目にした西城樹里は、さらに混迷を極めた。
(ち、ちがうのか……? じゃあなんだ……果穂はアタシに、何を伝えたいんだ……? ──っていうか、なんか最近、果穂の奴……妙に遠まわしな言い方をすることが増えたような……誰の影響だ? まぁどう考えても、アルファって奴の影響なんだろうけど……)
小宮果穂は察する。西城樹里を困らせてしまっている。それでもこればかりはどうしようもない。何があったのか言いたいけれども、起きた出来事を『タントウチョクニュウ』に伝えるのは、ちょっと恥ずかしいなぁ────
そんなことを言いたげな赤ら顔で、小宮果穂は体をくねらせて、視線を泳がせている。その様子はまるで、恋に迷える乙女のかんばせ。それを間近で目にした西城樹里は、すべてを察した。
「ぐうっ……!? か、果穂……? もしかして、今のは、その……『たとえ話』、か……?」
「っ! ……えへへっ……変なこと言っちゃって、ごめんなさい……っ」
西城樹里は、これには思わず目頭を押さえる。
(────よし。まずは落ち着こう。……えっと、アルファが果穂にエンドビームを撃って果穂が負けた? な、何があったのか、まったく想像できない……! でも、果穂のテンションはめちゃくちゃ高いし……やっぱラブレターは、うまくいったって解釈でいいのかな……? つまり両思いになれたってことで……いいんだよな!? そうだと言ってくれ、果穂……!)
西城樹里は「こほん」と咳払いする。
すると小宮果穂は、自然と“気をつけ”をした。
「えっと、果穂……その話、アタシ以外の人には、したか……?」
「いえ! 友情のお手紙を読んだのは樹里ちゃんだけなので、樹里ちゃんだけに言いたいなって!」
「そ、そうか……ただな? 果穂……そういう『ノロケ話』っつーの……? そういうのは────まぁ、ちゃんと相手を選んでいるから、特に言うことはないんだけど……。────っていうか、あーもう! 果穂のラブレターはどうなったのか、もう聞いてもいいか!? ホントはめちゃくちゃ気になってるんだ!」
「はいっ! 両思いになれましたー! 咲耶さんや樹里ちゃん、そしてみなさんのかげですっ!!」
「……! そ、そうか……良かったな、果穂! でも、アタシは何もしてねーよ……これは果穂が頑張った結果だ」
「でも……! 樹里ちゃんは、友情のお手紙を読んで『バッチリ』って言ってくれました! だからあたしも、勇気を持てたんですっ!」
「! そ、そうか……そういうことなら、素直に受け取っておくか……。──どういたしまして、果穂」
「はいっ!」
そこで小宮果穂は思い返す。
「あ……ところで、昨日の樹里ちゃん……友情のお手紙を読んだ時、ちょっと様子がおかしかったです。咲耶さんは、ずっとニコニコしてましたけど……なにか驚くようなことでも書いてありましたか? たとえば『年レイをいつわって会社に就職したこと』とか……」
「……! あ、あれはまぁ、そりゃびっくりしたけど……。──本当に良かったのか? あの内容を、アタシが知っちまって……」
「はい! アルファさんの学校の人は、みんな就職の件について知っているそうなので、お話してもだいじょうぶと判断しました!」
「そ、それもそれでどうなんだ!?」
どうやらアルファの悪行は、それなりに広く知れ渡っているらしい。それでも彼が受け入れられているのは、それだけ周りの理解と慈愛があるためか。あるいはアルファが手練手管を尽くして、悪評を塗り替えるほどの信望を集めることに成功しているからか。そのどちらもか。
しかし西城樹里は、もうひとつ。
友情の手紙の内容について、もっと別のことを気にしていた。
(それは『アール18』だ……こいつが、なんとも曲者で……! くそっ……あのアルファって奴、いったい果穂に何を教えてんだ……!? やっぱ悪い影響を与えるようなら、このアタシが直々に……。……いやでも果穂だって、いつかは知る時が来るものだし、それが今なのかもしれないだけだし……。──っていうか別に『アール18』なんて、単に『年齢制限が18歳以上』ってだけの意味しか持たないんだから……これに関してはアタシが『なぁ果穂。アール18っていうのは、年齢制限が18歳以上って意味なんだぞ』って教えるだけでいいわけで……!)
西城樹里は、仲間の情操教育について葛藤する。
そうとは知らない小宮果穂は、元気いっぱいに呼びかけた。
「樹里ちゃん!」
「!」
「あのっ、これであたしも……クラスの友達と、『恋バナ』! できるようになるでしょうか……!?」
「……!」
西城樹里は考える。色々なことを考え抜く。
「……そうだな。でも果穂の場合は、どっちかっていうと『恋バナ』より、『ノロケ話』になっちまうかな……?」
「? 『ノロケ話』……? それは『恋バナ』とは、なにがちがうんですか……?」
「んーと……いや、恋バナには含まれるだろうけど……ノロケ話は、なんか恋人との仲を自慢するみたいになるから、そこらへんは注意するといいかなー? って」
「! じまん……」
「まぁアタシはずっと、果穂の話を『微笑ましいなぁ』って感じで聞いてたから、全然自慢とは思わない。全然話してくれて構わない。あと果穂が楽しそうに話してると、アタシまで甘酸っぱくなって、胸がくすぐったくなっちまうよ……! あ、もちろん、いい意味でな?」
そして西城樹里はアドバイス。
「んでさ。一応アタシたちは“アイドル”だから……そういう『恋の話』は、ちょっと気をつけた方がいい。あまり外ではしない方がいいと思う」
「えっ……あたし、友達と『恋バナ』しちゃ、ダメなんですか……?」
「いや……本当に信頼できる友達となら、してもいいと思う。でも、どこで情報が洩れるか分かんないし……それに果穂は、アイドルの恋愛について、色々とネットで調べたんだろ? なら分かるよな? もし果穂に好きな人がいるってことをファンが知ったら、自分のことのように喜んでくれたり、祝福してくれたり、そんな優しい人たちも当然たくさんいるけど……その一方で、果穂の恋愛について、大騒ぎするファンもいるかもしれない。……怖がらせるつもりはないけど、この前アタシたちが大騒ぎした以上のことが起きるかもしれない。つまり大変なことになる。あくまで可能性の話だけど、そういうことが考えられる」
「…………!」
「だから、一応このことは、プロデューサーに話を通すといい。果穂が思いも寄らないところでヤケドするのはアタシも嫌だし、それで放クラや283に迷惑が掛かったら、一番落ち込むのは果穂だろうから。……でもプロデューサーなら、きっとそんなことにはならないよう、絶対に助けてくれる。──つーわけで『恋バナ』に関しては、一旦プロデューサーに相談してみてくれ。そのあと放クラの中でも話し合ってみよう。……こればっかりはアタシの一存じゃ決められないからさ。みんなで一緒に考えていこう」
「────……あたし、そこまで考えていませんでした……」
「や、まぁ……そんな気にすんなって。だって果穂は、アルファさんと両思いになれて、周りが目に入らなくなるくらい嬉しかったんだろ? それで舞い上がるなっていうほうが無理な話だ」
「……でもっ……」
そこで舞い上がらず、きちんと周りを見ることができる。それが小宮果穂の目指す“大人”である。
「……それにさ。仲間の目が曇ったら、その目を覚まさせてやんのが仲間ってもんだ。そうだろ?」
「────!! っ……はい! あたしの目を覚まさせてくれて、ありがとうございます! 樹里ちゃん!」
小宮果穂は思う。もしや、これが“イケメン”というものなのかと。
「~~~っ! やっぱり樹里ちゃんは、優しい一等賞ですっ!!」
「うわっ! お、おい……! 抱きつくなって……もう……」
西城樹里が、腕に抱きついてきた小宮果穂の頭を撫でる。
その時、扉がガチャリと開いた。噂をすれば影である。プロデューサーが帰ってきた。さらにその後ろには、事務所に来る時ちょうど居合わせたのか、園田智代子の姿もあった。
「お、果穂と樹里か。おはよう!」
「ふたりともおはようー! なんか仲いいねー? 嬉しいことでもあったのかな!? なになに聞かせてー!」
「ちょこ先輩! おはようございますっ! えへへっ……それについては、また今度お話したいと思いますっ!」
そこで小宮果穂は、キリっとした顔つきでプロデューサーを見据える。
「それで────プロデューサーさんっ! 大切なご相談がありますっ!」
「!? な、なんだ? えっと、ちょっと待ってくれ! 今すぐ持ち帰った書類を片付けるから……!」
プロデューサーは荷物を下ろして整理整頓。
その横で小宮果穂はぴょんぴょんと飛び跳ねて待ちかねる。
一方の西城樹里は、安堵の溜め息をついてソファに腰を下ろし、その横に園田智代子が座った。
「ふぅ……悪いが、あとは任せた! プロデューサー! こればっかりはアンタの仕事だからな……」
「? なにかあったの? 樹里ちゃん?」
「そうだなぁ……────くぅ……っ! これが『姉心』ってやつなのか……!」
「!? ほ、ほんとにどうしたの……!?」
やがてプロデューサーは荷物の整理を終えてアイドルと向き直る。
すると小宮果穂は、とびっきりの大声で報告した。
「プロデューサーさん! あたし、好きな人ができましたぁーっ!! でも……アイドルは恋愛禁止って、ホントですか……? 友達に、『あたし好きな人ができた! キスもしちゃった!』って、『恋バナ』したら……ダメなんですか……?」
『────!?』
園田智代子はあたふたとしながら西城樹里の顔を二度見し、プロデューサーは速やかに動揺を抑えて覚悟を決めた。
(とうとう、この日がやってきたか……でも、まさか一番最初にその日が来るのが、最年少の果穂になるとは……いや、俺が知らないだけで、みんなどこかで恋をしているのかもしれないけど……。────さて、みんな年頃なんだから、恋愛に興味を持つのは当然だ。いや、まず恋愛に年齢なんて関係ない。……人を好きになる。それはとても素晴らしいことだ。だからダメなワケなんてあるもんか。……でも、世間も同じことを思ってくれるとは限らない。世界は時に残酷だったりするものだ。────だからこそ! 俺はプロデューサーとして、きちんとアイドルを、ひとりの女の子としても……輝ける未来に導く必要があるっ! ……よしっ!!)
プロデューサーは、自らの両膝を力いっぱい叩くと、真剣な眼差しで小宮果穂の瞳を見据える。
「まず、俺は『禁止ともダメとも思わない』よ。でもアイドルは『夢を見せる仕事』だ。それについて考えてみよう。────そうだな、ちょっと場所を移そうか。社長室は今だれもいないから、そこで話そう。ちょっと難しい話になるかもしれないけど、頑張って『アイドルと恋愛』について考えていこうな!」
「……っ! はいっ! ありがとうございます! プロデューサーさんっ!!」
プロデューサーと小宮果穂は、上階の社長室に移動。
それを見送った園田智代子は呆然、と思いきや一転、ニマニマとしながら傍らの仲間に視線をやった。
「おやおや~? 樹里ちゃん……もしかして果穂に、『母性』……感じちゃってます?」
「──はぁ!? ぼ、母性って……!」
「あはは! ごめんごめん! だって樹里ちゃん、『娘の成長に涙するお母さんみたいな顔』をしてたんだもん!」
「っ~~!? か、からかいやがったな! チョコ!」
「わぁ~! くすぐらないでぇ~!? ごめんってばぁ! だってほんとに────あはは! く、くすぐったいよぉ~! だ、だって、ほんとに、そんな顔をしてたんだも~ん!」
「してないっ! つーのっ!」
§
後日。
放課後。夕闇のアルファ邸リビング。
「おじゃましまーす!」
小宮果穂の訪問。薄暗い廊下に、珍しく照明が射し込んでいる。その光は、アルファの自室であるヒーローグッズの展示部屋から洩れていた。天井照明の明かりである。
「……!」
小宮果穂は急いで靴を脱ぎ揃えて駆け込む。
部屋の中にはアルファが佇んでおり、豪華な内装を観賞していた。また、小宮果穂のコーディネートの芸術性については、観賞というより鑑賞していると言えなくもない。
「……いらっしゃい」
「……!」
アルファは背中で挨拶する。
「────えへへ……っ」
「どうした?」
「うれしいんですっ!」
アルファが「何が」と問う前に。
小宮果穂は洗面所に向かい、手洗いうがい洗顔を始める。
「……ハァ……」
一方のアルファは、なぜか重々しい溜め息をついた。
扉の縦枠に腕を当てて、悩ましそうに額を押しつけ、こらえるように体を預けている。
「普通……あんなことがあったあとで、しれっと男の家に来るものか……? お前の神経はどうなってんだ……」
それは独り言のように見せかけた、ちょうど戻ってきた小宮果穂に投げかけた問いかけ。
「? ……アルファさんも、どうして急に外に出てしまったんですか? あれから帰ってきませんでしたし……」
「お前なぁ……あのままだとヤバかったんだよ……」
「……
アルファの額・側頭部に、小さい
「あーそういや、お前のことは幼児扱いだったな」
「!?」
「子供扱いは仕方ないが、なんでまた幼児扱いなのかって?」
「……」
「今からされることで、どうすればいいのか分からなくなるからだよ」
ふいにアルファは詰め寄る。
対する小宮果穂は、なんとなく、何をされるのか直感して、瞳孔が膨らんだ。
アルファの大きな手が伸びる。指先が乙女の頬を撫でて髪をさすり、耳の横を通過。壁がドンと音を立てて、伊達男の逞しい二の腕が、乙女の逃げ道を塞いだ。
互いの距離が近い。体が密着寸前。
小宮果穂は逃げるようにえび反り。後頭部が壁にぶつかる。ふいに腰が持ち上げられた。小宮果穂の体が
「さて、
「────」
「年齢に似合わぬ大人な
「────……」
ふいにアルファは伏し目となり、プロポーション抜群すぎる乙女の頬に口づけ。もちもちの感触。ずっと口づけを繰り返して、まるで人をダメにするクッションみたいな感触に顔をうずめていたいと思う。
「っ────やっぱ幼児じゃねぇか。肌もちもちで柔らかすぎるだろ……」
小宮果穂はうろたえている。硬直から脱した乙女は、狼の右脇を掻い潜って脱出。廊下の先に逃げ出した。
「────……恥じらいが芽生えてくると、それはそれで……アレなんだが」
アルファは小悪魔っぽい笑みを浮かべつつ、余裕綽々と悠然に歩き、逃げ出した子羊を追いかける。
小宮果穂はリビングの中央で辺りを見渡しており、キョロキョロと逃げ先を探している。後方から緩やかに足音が接近。
「っ!!」
咄嗟に振り返った小宮果穂は、ヒーローの戦闘ポーズを取った。
「す────ステイですっ! アルファさん!!」
「はは。俺は犬かよ」
「と、止まってください! とま────、っ!?」
小宮果穂は抱き締められた。そして片耳に、逞しくも甘い声色と、熱い吐息が吹きかけられる。
「果穂────すきだ」
気持ちを伝えたアルファは手早く小宮果穂を解放する。そして少女の顔を覗き見るなり、スン……とした真顔になって落ち着きを維持しつつも、若干口角を釣り上げており、勝ち誇ったように頭上へ両の拳を掲げた。
「男は目で感じて興奮する。女は耳で感じて興奮する。そういう脳の作りになっている。だが“最初から好きじゃないと、そもそも興奮しない”とも言われている。それが事実なら……どうやら俺は、かなり好かれているようだ」
そう言いながらアルファは、少女を放置してきびすを返し、ソファを変形させていつもの準備。ノートパソコンの上で自習を始める。
サディズム此処に極まれり。彼は“恋の副作用”を使って乙女を悦ばせる手法は、一通り心得ているようだった。
「……~~~~~~~……」
小宮果穂は、西日が射し込むリビングの中央で何もできず、ぽつんと佇んでいる。両手で服の裾をぎゅうっと握り締めており、ただただひたすら俯くばかり。もはや、頭の中は真っ白で、体の中は燃えていて、心の中は『きゅうきゅう』とキツくて……恍惚の快感に
耳が
「っ────ぁ……」
俯く小宮果穂の前髪に隠れた表情。
そこには夕焼けよりも
§
後日。
休日の早朝。駅前広場。遠足仕様の服装で大きなリュックサックを背負う小宮果穂は、多くの人が行き交う人混みの中、キョロキョロと辺りを見渡して待ち人を探す。そして、待ち合わせ場所の近くで、その姿を見つけて────
「……っ!」
────『アルファさーん!』……とは叫ばない。
「……────お、お兄ちゃーん!」
「……────?」
アルファは訝しむ。今、たしかに小宮果穂の声が聴こえた気がした。しかし自分を見つけたのなら自分の名を呼ぶはずだ。なのできっと声が似ているだけの別人だろうと判断する。……と思ったが、今回は約束していたヒーローの聖地巡りの日。小宮家の許可が取れたので、日帰りの遠足を楽しむ予定。ならば、もしかしたら出立までは、小宮兄が同行しているのかもしれない。そんな連絡は無かったが、小宮家は遠足について少し心配していた。主に『果穂が迷惑を掛けないかどうか』という心配だったが、それ以外にも思うところはあるはずだ。そのため土壇場で小宮兄が同行することになったとしても驚かない。むしろ“家族”としては自然な成り行きのはずだ、とアルファは思い直す。
そう思って声のした方向を見やると────なんと本当に小宮果穂の姿があった。が、その傍らには誰もいない。小宮兄の姿などは、どこにもない。
「────お、おはようございます! アルファさん!」
「……おはよう?」
アルファの脳内は疑問符で埋め尽くされる。まさか小宮果穂は、今、自分のことを『お兄ちゃん』と呼んだのか。すぐ考察に入るが、それも小宮果穂に話しかけられて中断せざるを得なくなる。
「あのっ! これから新幹線に乗るんですよね!?」
「……そうだが?」
「~~っ! 楽しみです! 早く行きましょう!」
小宮果穂は新幹線に乗るのがそんなに楽しみなのか、いつもよりテンションが高い。
アルファは腕をグイグイと引っ張られて駅構内に連れて行かれる。
(……まぁいっか)
ふたりは駅構内に移動。弁当屋に寄って駅弁を購入。小宮果穂は瞳を輝かせる。
駅窓口で切符を購入。アルファは二週間前から予約していたので、かなりの格安になっていた。
改札口を通ってホームに出て新幹線に乗車。チケットの記述案内に従って予約席に着席……する前に、アルファは傍らでそわそわしている少女の意図を汲む。
「窓際の席、座るか?」
「! いいんですか?」
「まぁな。元からそのつもりだったし」
「……! ありがとうございます!」
ふたりは着席。待ち時間が来た。出発のアナウンスが流れる。発車。多少の慣性に身が揺れる。そしてすぐに車窓の景色が高速で流れて行く。
「わぁ……!」
「……ふっ」
あくびするアルファは、背もたれに寄りかかり、姿勢を楽にする。
対する小宮果穂は、体をくねらせながらアルファに話しかけた。
「アルファさん! 楽しみですね!」
「そうだな」
小宮果穂は“遠足のしおり”を開く。
それはアルファと煮詰めた、今日の遠足の予定帳。
「えぇっとぉ……あと一時間でヒーローの聖地に着いて、ヒーロー博物館を見て回って、お昼ご飯を食べて……予約したヒーロー体験場で、ヒーローの衣装を着たり、変身した姿を爆発しながらカッコよく撮ってもらったり、聖地限定グッズを買ったり……! そして、おうちに帰ります!」
「あぁ。……って、そのしおり。端が折れまくってるじゃねぇか。何回読んだんだよ」
「数え切れないくらい読みましたー!」
「はは。そうか。なら、めいいっぱい楽しまなくちゃな」
小宮果穂は興奮冷めやらぬ様子で、うずうずそわそわ、わくわくそわそわ、なんとも落ち着きがない。
対するアルファは、それもそれで辛かろうと思い、背もたれから勢いよく飛び起きると駅弁を取り出した。
「んじゃ、弁当食うか!」
「はっ! そうでした……! 朝ごはんを食べずに電車に乗ってきたので、お腹ペコペコです!」
ふたりは、いただきますと合掌。談笑しながら駅弁を平らげる。
「ごちそうさまでした! おいしかったです! ……駅弁って、冷めてるのにおいしいですよね!」
「そうだな。めっちゃ旨い……というか、駅弁は冷めること前提で作ってるらしい」
「! そうなんですか……! だからおいしいんだ……!」
ふたりは駅弁の旨さを味わってご満悦。
小宮果穂は満腹になったことで興奮が鎮静化。だが落ち着いたことで、今度はアルファの横顔に目が行くようになった。
「…………あの、あたし……もう、負けませんから!」
「?」
「その、アルファさんの……『肉体の恋』のことですっ!」
「──……あぁ、なるほど。……いや、それ勝ち負けで捉えてんのかよ……」
先日、小宮果穂は『あごクイッ』をされて、押し倒されて、チューされた。
その後も『壁そっ……』をされて、ほっぺたにキスされ、逃げてもハグされて、耳元で愛を囁かれた。
小宮果穂は思う。
恋とは恐ろしい。そしてスゴい。すさまじい。ただ『好き』であるというだけで、なぜか心身の自由が利かなくなる。これに打ち勝つためには、やはり大人になる必要があるのだろうか。
「ところで、男と女の脳のちがいって、本当なんですか?」
「あくまで“そうらしい”という話だ。性別による傾向の違い。現代の技術水準における脳医学の観点では、そう言われているってだけの話。だから、もっと人の脳のことが分かったら、今の定説が覆るかもしれないし、むしろ補強されるかもしれない」
「…………」
小宮果穂は興味を持って聞いている。
ならばとアルファは、そこで話を終わらせず、話題を広げることにした。
「ちなみに覆るかどうかって話は、数学だろうが物理学だろうが同じことが言える。特に相対性理論や特殊相対性理論は、そろそろ近未来あたりで覆ると俺は思うね」
「そうたいせい……? ──えっと、じゃあ、アルファさんは……男だから理屈っぽくて、体と心を区別? していて……五感の中でも、一番感じやすいのは目ってことですか?」
「少し違う。あくまで性差による脳の違いは傾向の話だ。女でも理屈っぽい奴はいるし、目の方が感じやすい奴もいる。──では、俺はどうなのか? という話だが……果穂はどう思う?」
「……む、むずかしいです……」
「そうか。では自己診断と行こう。まず理屈っぽいのは、今の俺の話し方で確定的だろ? 次に体と心の区別に関しては、ぶっちゃけ俺も詳しくは分かっていない。本からの受け売りだからな。フィーリングで使ってる。それでもいいなら、俺は区別するタイプだと思う。最後に目で感じるかどうかは、部分的に違うと思う」
「部分的」
「たしかに俺は、五感の中で最も“視覚”で興奮する自覚がある。美女の身体的情報に囚われやすくて、あまり美女の精神的情報には意識を向けていない自覚がある。だが自己分析の結果、どうやら俺は最終的に“相手の声”で恋するかどうかを判断するようだ。これは自己統計の話で、確証はないけどな」
「声……」
小宮果穂は、ふと思う。
自分の声色は、はたしてアルファさんの好みに当てはまっているだろうかと。
「……つっても絶対じゃないぞ? 声で惚れなくても、それ以外の部分で惚れることも往々にしてある。たとえば────果穂という少女そのものとか」
「────?」
「……あぁくそっ。大抵の奴は今の口説き文句で崩れるのに……。悪い、ちょっと言い方が包括的だった。要するに俺は、
「……っ!」
小宮果穂は、またもアルファを直視することができなくなり、赤ら顔で俯いてしまう。
対するアルファは、そんな少女の横顔を眺めて、恥じらっている乙女の反応を楽しんでいた。
(……まぁ、それも結局、果穂はスタイルがいいから、視覚情報で惚れていたり……今まで果穂のために費やした労力を取り戻したいっつー無意識のコンコルド効果があったり……そういう醜い理屈で好きになったのかもしれないから、やっぱり俺の脳は男性的────なんて、つまらないことを考えてしまうが……それは知識だけを積み上げた弊害。精神が未熟である証拠だ。……だから、もっと単純に、刹那的に、今を楽しめば、解決するはず。だって俺は今、こいつと一緒に旅して、すっげぇ楽しいんだから。────結局それが全てだろ)
アルファは頬杖をつくと、流し目で小宮果穂を見やり、その頭を撫で回す。
「わっ……っ」
「可愛いなぁ」
「っ……! ────あ、あのっ! それならアルファさんは、あたしの『声』……どう思いますか……!?」
「お前は声がうるせぇからなぁ……」
「!?!?」
「でも、そういうところも含めて好きな理由が、結局『目』なのか『耳』なのか、はたまた『全部』なのかって話だよな」
「……」
「ま、理屈は結論を見つけるためのツールで、感情は経緯を楽しむためのツールだ。今はせっかくのデートなんだから、理屈より感情を使って、この
「! ……はいっ!」
ふたりは前に向き直る。目的地はまだまだ遠い。背もたれに身を預けてリラックス。
そして小宮果穂は、チラチラと傍らに座る青年の横顔を確認。
対するアルファは視線を気にせず目を閉じて安らぐ。すると、思わぬ言葉が飛んできた。
「アルファさんは……すてきな考え方をしますね!」
「……どこが。くだらん理屈を並べて遊んでいるだけだろう。恋をしすぎて耳と頭が壊れたか?」
「えっ……」
「それと今の、無理やり“褒めた”のが丸分かりだ。まだ
「……! …………」
そんなつもりはなかったが、そんなつもりはあったかもしれない。小宮果穂は体をひねって視線を逸らす。
対するアルファもそっぽを向く。だが、その耳は赤かった。
「?」
またもチラリと青年の横顔を見ていた小宮果穂は、なぜ赤いのか分からない。だが、そう遠くないうちに分かる日が来るだろう。
『────────』
背もたれに身を預ける安らぎの時間。車窓の景色に目を奪われ続ける時間。
落ち着いている青年と、落ち着かない少女は、それぞれ肩が凝らない時間を過ごす。
アルファは沈黙に慣れているし、それを小宮果穂は理解している。
小宮果穂は興味のあることに興奮するし、それをアルファは理解している。
遠慮不要の暗黙了解。それは心地よい共通認識。
気の置けない信頼関係を疾うに確立しているふたりは、ただ話したい時に話す癖がついていた。
「……────あの、さっき『将来、色々な学問の定説がくつがえるかも』って言ってましたけど……もしそうなったら、どうなるんでしょうか?」
「そりゃあ世の中は騒ぎ出すだろうなぁ。たとえば、新しいカレンダーが作られたり、時計に25時目が追加されたり、教科書の記述がまるっと変わったり」
「えっ!? じゃあ、あたしが勉強してきたことも……変わっちゃったりするかもしれないんですか?」
「そりゃあな。教科書に関しては、今の大人やジジババなら、もうとっくに経験済みだと思うぜ」
「……!」
「そもそも科学ってのは仮説と検証を重ねた学問だ。別に真理を見つけた学問じゃない。だからあるとき新史実や新事実が見つかって、今までの積み重ねのほとんどが覆り、新たな理論が定番化する。それの繰り返しで文明は発展してきた。だから積み重ねの歴史を知る研究者は、覆ったところで興奮こそすれ、悲観的になるほど騒ぎはしない。一方、定説が覆ったことで焦燥感を覚えてバカ騒ぎするのは、年表の歴史しか知らない凡人、すなわち暗記人間だけだと思うね。あと経済的に商人とか。でも商魂たくましい奴は『新時代到来』とか謳って稼ぎまくるんだ。さすがだぜ」
「…………」
小宮果穂は想像する。
「もし、教科書の内容が変わるとしたら……それはなんでしょう? 地下を掘っていたら古い物が出てきて、歴史の新事実が分かったり!?」
「織田信長を殺したのが誰か分かる、とか? それは面白いなぁ!」
「アルファさんは、何が変わると思いますか!?」
「俺か? 俺は“重力”の表記が変わるか、消えると思う」
「え……! ……まったく、想像できないです……!」
「俺も想像できないよ。だが重力という言葉は便利だから使われるだろうな。たとえば日本語の『青』みたいに」
「青?」
「日本語は昔、色を指す言葉が四つしかなかった」
「! それ、学校の授業で聞いたことがあります! たしかぁ……『赤・青・黒・白』です!」
「正解。で、昔の青の意味には、今で言う緑色も含まれていた。でも今は『緑』という言葉が生まれているから、もう緑色のことを青と呼ぶ必要はない。────だが昔の名残で、信号機の緑色を青信号と呼ぶ」
「……!! あれって、そういうことだったんですかぁっ!?」
「らしいな。──ま、それと同じことでさ。重力の意味が変わっても、使われ続けるかもしれない」
アルファは例え話を出す。
「今の重力の意味が『A』だとする。そして物理学の新発見で定説が覆り、新しい言葉『B』が生まれたとする。それでも緑信号を青信号と呼ぶように。Bという言葉が、もしかしたらなかなか定着せず、そのうち『重力』という言葉の中に『B』の言葉の意味を含むようになった────」
「つまり、本当は『B』なのに、『重力』という言葉を使い続ける。本当は『緑信号』なのに、『青信号』という言葉を使い続けるように!」
「そういうことだ。────そんな世界が、訪れるかもしれない」
「わぁ……! 既に前例があったんですね!」
「そうなる」
「でも、なんで重力なんですか?」
「宇宙はわからないことだらけだ。何があってもおかしくないから、そうなったら面白いなって思ってるだけだよ。いま頑張ってる研究者さんたちには、非常に申し訳ない期待だけどな!」
たらればの夢物語。それを教養を用いて話すから楽しい。一種の言葉遊び、知識遊びだ。馬鹿真面目に未来の世界を考察しているわけではない。
そこでアルファは、えげつないことを思いつく。少々下品だが、自らに境界線を引くべく、小宮果穂を試すことにした。
「────なぁ果穂。ちょっとクイズを出したいんだが」
「?」
「まずスマホを用意。検索準備。今から四つのことわざを言う。その意味を、自分に分かる言葉に置き換えて述べよ」
「……!」
「第一問────『墨に染まれば黒くなり、朱に交われば赤くなる』────」
「……………………『関わる相手によって、人は善にも悪にもなる』……?」
「まぁ正解。では第二問────『満面朱を注ぐ』────」
「…………『恥ずかしい思いや怒りで、顔が赤くなること』……!」
「まぁ正解。では第三問────『
「……………………『本物なのに、偽物に居場所が奪われること』……?」
「まぁまぁ正解。では第四問────『朱に染まる褥』────」
「……、────? ……あ、あの! そのことわざは、見つからなかったんですけど……『朱に染まる』ということわざの意味なら『血まみれになること』です! ちなみに『シトネ』は、『おふとん』の意味です!」
「正解。では最終問題。────『なぜこんな問題を出したのか答えなさい』────制限時間は一生涯。答えは俺が『間違えた』時にお伝えします。たとえそれが『理性に負けて』だろうが『あえて・わざと』だろうが」
「────……?」
小宮果穂は考える。
それを流し目で眺めるアルファは、くつくつと微笑み……より一層、この純真で無垢な子を大切にしたいという思いを強めた。
「!」
そこで小宮果穂は閃く。これこそ検索すればいいのだ。
『おふとん 血まみれ』で検索。ページをスクロールしていくと────『月もの』がヒット。
「……っ!?」
小宮果穂は察する。だが、なぜこんなことを答えさせるのか? その理由がまったくもって分からない。
「ちなみに今お前が考えていることは不正解です」
「えっ!?」
「そんな低レベルなセクハラするわけねぇだろ。────で、そこがお前の想像力の限界。だがそれは仕方ない。もっと想像を飛躍させても、今のお前が答えに辿り着くことは難しいだろう。なんせ専門的な知識が必要だからな。つまり『アール18』ってことだ」
「……!! ……────樹里ちゃんから教えてもらいました。『アール』は『R』……『Restricted』のイニシャルで、『制限付き』という意味があるので……『18』は『18歳』のことだって! だから『アール18』は、『年齢制限が18歳以上』ということになります!」
「そうだな。よく知っている。故に、お前が答えに辿り着けなくても、大人になれば必ず知ることになる。だからまぁ、季節の巡りに任せようぜ。今の果穂は12歳なんだから」
「…………」
小宮果穂は俯く。それでは最低でも6年の時を待つ必要がある。
「……────アルファさんは、悪い人です。なんで13歳なのに……ずるいです!」
「ほう? 法を破るのがずるいとは、果穂も随分────俺という墨に染まってきたみたいだな?」
「っ!?」
小宮果穂は動揺する。たしかに今の自分は、アルファだけ大人の世界を知っていることを羨んでしまった。本当は悪いことなのだから、ヒーローとして『ダメだよ』と注意しなければいけないのに。
「ははは。しっかりしろよ、レッド。ブラックは大人の魅力がある反面教師。パープルは男の中の男で人生の先輩だ。揺らぐんじゃねぇぞ。レッドがレッドじゃなくなったら、ブラックはレッドに幻滅するし、パープルは全力でレッドを元に戻そうと命を懸けて、下手したら死ぬからな」
「……っ! はいっ! すみませんでした!! あたしはずっとレッドですっ!」
「それでいい。できればそうしてくれ」
§
小一時間後。
新幹線から下車。駅から出てバスに乗車。目的地に向かう。
そこは一世紀にわたる特撮の歴史が蒐集された博物館。無数に及ぶ豪華絢爛の展示物。
瞳を輝かせる小宮果穂とアルファは、気ぜわしい様子で観賞に耽る。
パネルコーナー。
「す────スゴいですーっ!!」
「おい果穂、見ろコレ! 巨大パネルに全ヒーローの集合写真が載ってるぞ!」
「えっ! ホントですかぁ!? 見たいですーっ!!」
ソードコーナー。
「っ! おいおい現物は壮観だな……実寸大スケールのギガントジャスティーンソードだ……十五メートルだぞ……」
「わぁ……!? で、でっかいです……っ! 倒れてきたら、ぺしゃんこにされちゃいます……!!」
「実際に撮影に使われたやつで、マジで事故ってぺちゃんこにされて入院したスタントマンがいるらしい。ジャスティスブラウンの中の人なんだけど」
「そ、それは知らなかったです……っ!」
ヴィランコーナー。
「アルファさん! ここ、ヒーローコーナーより充実してますーっ!」
「物語の華は悪役とも言うからなぁ……! お? ワイヤーアクションの体験コーナーも併設されてんのか!」
「あたし、魔王キックやりたいです!」
「レッドのヒーローキックと交差して爆発するやつな! いいぞ、やろう!」
年相応に大はしゃぎして、あちこち駆けずり回った小宮果穂とアルファは、ぜえぜえと息を切らして小休憩を取る。すると腹の虫が鳴り、時刻を確認すれば、なんと既に昼飯時。楽しい時間はあっという間。
フードコーナー。
「残念だ。至極残念だ。まさか今週に限ってフードコーナーがお休みとは……まぁ、それは先週から知ってたんだけどな……今週しか俺たちの予定が合わなかったからなぁ……」
「なら、また今度来ましょう!」
ふたりは一旦、ヒーロー博物館を後にする。
近場の歩道。陽を遮る緑葉の下、川のせせらぎを聴き、ダムを眺められるベンチに座る。
小宮果穂は料理店に入るものと思っていたが、
ふいにアルファはリュックサックから二つの弁当箱を取り出した。
「!!」
「ピクニック気分のほうが楽しいだろ? 冷めものとしては駅弁に負けるが、今日のところは勘弁してくれ」
「……! アルファさん、料理もできるんですかぁ!?」
「え? 学校の昼食で弁当食ってたろ。毎朝作ってるよ。ちなみにこちらの弁当はひと箱あたり二百円です」
「わぁ……! こんなに具がたくさんあるのに……!?」
「しかも旨いと自負している」
小宮果穂は「スゴいです!」と言って「いただきます!」と手を合わせ、パクパクと口に運び「おいしいですっ!!」と膨らんだ頬笑みを見せる。
「……まるで花見に来たみたいだ」
「え? お花、どこか咲いてますか?」
小宮果穂はキョロキョロと辺りを見渡す。どこにも花らしきものはない。
対するアルファは「手ごわいな」と呟くと、屈託のない笑みを浮かべた。
「別の話になるが、今日の果穂は一歩進んだんじゃないか」
「へ?」
「お前、自分の背丈が高いから高校生に間違われることで、よく遠慮してる感じだったからさ。この前のファミレスでお子様ランチ頼めないあたりとか。……でも今回は割と頑張ったんじゃない? 子供料金払って変な顔されても、リュックから『小学校の名札』を取り出して説明して、受付の人に信じてもらえた」
「……! はい! ファミレスで生徒手帳を叩きつけたアルファさんを反面教師にしました……! ……でも、ちょっと『大人気ない』かなって、やったあとに思いましたけど……」
「まったく、おかしな話だ」
子供が自分に『大人気なかった』という台詞を使う。その滑稽さに笑ったアルファは、ふと思う。きっと小宮果穂は、これから無理に、自分が小学生だという説明はしないのだろう。今回は少し挑戦してみただけ。遠慮がちな性格は変わらない。だがそれでいい。
「時には信じてもらえないかもしれないけど、自分の年齢を伝える方法を知って、かつ経験できたのはいいことだ。これで、いざ自分の年齢を伝える必要に迫られた時に困らない。そうやって前向きに考えよう」
「! はいっ!」
ふたりはお弁当を食べ終えて『ごちそうさま』と合掌。
しばらく談笑して腹休憩を取った。
そして、再びヒーロー博物館へ。今度はヒーロー体験場コーナーに向かう。
小宮果穂は悩んだ末、レッドの衣装を選ぶが……アルファは未だに思い悩んでいる。そこで小宮果穂がブルーの衣装を勧めて、いざ変身。ふたりは舞台に上がる。変身ポーズを決めた瞬間、ふたりの後方に本物の火薬が爆発。刹那、カメラマンが激写。
それからふたりは、写真が現像されるまでの間、ヒーローグッズの買い物を楽しむ。
小宮果穂は奮発して、変身ベルトと、先ほど着た衣装のマントを購入。
アルファは場所を取らない小物を購入。
ふいにアナウンスで待ち番号が呼びかけられる。ふたりは受付に急ぐと、ヒーロー柄のフォトフレームに入った写真を贈られた。
「わぁ……! あたしたち、本当にヒーローになったみたい……っ!! 早く放クラの皆さんに、この写真、見せたいなぁ……!」
「今度はみんなで来るといいかもな。……しかし果穂は、ばっちりキメ顔だな……俺は爆発のせいで、少し驚いた顔しちまった」
「でもカッコいいですっ! それと、まだ体から火のにおいがしてます……っ!」
「爆発したあと、ずっと周りが火薬臭かったもんな!」
そして気づけば、おやつタイム。もう帰る時間だ。
バスに乗って、新幹線に乗って、帰路に就く。
小宮果穂は座席の上で、今日の出来事を振り返るように、有り余る元気でアルファに語り尽くす。
アルファは、途中で電源が切れたかのように小宮果穂が寝落ちすると予想していたが、そんなことはなく、小一時間ずっと盛り上がり続けた。
新幹線を降りてバス停に向かう。
その時、小宮果穂が言った。
「あの! まだ時間があるので、アルファさんの家に行きたいですっ!」
「えっ? いやでも、かなり疲れてるだろ」
「あたしはまだまだ元気なので遊べます! あ、でも……アルファさんは、お疲れですか?」
「まぁ……疲れてるけど、そこまでではないというか……」
アルファは思う。大抵の子供の『まだ元気』は、テンションが高いことを体力が余っていると勘違いしているだけで、実際は疲弊しきっている場合が多い。そのため長い時間、座ったり横になったりすると、急に電源が切れたように眠るのだ。
(新幹線では、ほぼ席から身を乗り出して、俺のほうを見て話していたから……)
ふと小宮果穂は、リュックサックをゴソゴソと探して、一本のゲームソフトを取り出した。
「え?」
「あの、アルファさん! このゲームソフト、前から気になっていたものなんですけど……アルファさんのおうちのゲーム機で遊んでもいいでしょうか!?」
「いや聞く前に買ったのかよ。んでずっと持ち歩いてたのかよ」
「ダメなら事務所で甜花さんたちと遊びます! ……でも……」
小宮果穂は遠慮がちに、しかし期待するような眼差しで、無意識の上目遣い。ソフトのパッケージで口元を隠して小顔に見えるようにしているのも、まさか無意識なのか。
しおらしい乙女の顔。それにアルファは、心の中でグッとくるものがあったのか、視線を空に逸らしながら赤ら顔で返す。
「……いいよ。断る理由ないし。でもそれホラゲーか?」
「はいっ! 黄色い雨合羽を着た子供が、不気味な世界を冒険するゲームですっ! アルファさんの家のリビングは電気が点いていないので、きっと暗い中で遊んだら、スゴい怖くて面白くなると思ったんですっ!」
「なるほど。俺の家をそう使うか。なかなか面白い発想だ」
ふたりはタクシー乗り場に到着。
小宮果穂は、目を点にして首をかしげる。
「あれ? バス停じゃないんですか?」
「まぁな。ちょっと気分が変わった」
ふたりはタクシーに乗り込む。
アルファは運転手に自宅の住所を告げる。
「────でお願いします」
発車。到着まで十数分かかる。
『…………』
大通りを走るタクシー。小宮果穂は目をゴシゴシと拭う。なんとか耐えようとしているが、体の前に置いたリュックサックに顔を乗せると、その居心地の良さにうっとりしたのか────やがて寝息が立つ。
「……果穂?」
アルファは呼びかけて、さらに肩を揺するが……案の定、小宮果穂は寝落ちしていた。熟睡である。
「────……ったく。……すみません、運転手さん。行き先の変更をお願いします」
アルファは小宮家の住所を告げる。
どうやら今日の最後は、小宮果穂をお姫様抱っこして、家に届けることになりそうだ。
(……まぁ、やっぱ着いたら起こすけど。夕飯あるだろうし……あと、こいつ体でけぇから、お姫様抱っこで車から出る時、こいつの頭をぶつけちまったらアレだし……)
まったく世話のかかる少女だ。
そう思いながらアルファの顔は、小宮果穂の寝顔を眺めて微笑んでいた。
§
後日。
放課後。夕闇のアルファ邸リビング。
アルファは座卓で自習している。
小宮果穂は、寝台として変形済みのソファの上で、寝転がりながら番組を見ていた。番組が終了すると、ふいに起き上がり、四つん這いで詰め寄る。
「アルファさん! この前できなかったゲームをしましょう!」
「ホラゲーか? あと五分で終わるから静かに待ってろ」
小宮果穂は正座して、静かに待ち続ける。ワクワクうずうずと体を浮き上がらせながら、じっとアルファと解答用紙を見つめている。
(……犬を飼ったらこんな感じなのかな……)
悪気のない熱い視線を感じる。
アルファは思った。好かれていることは嬉しいが、正直なところ鬱陶しいと。
「……果穂。別に話しながら自習はできるから、なんか話してもいいぞ」
「なんのお勉強をしてるんですか!? 大学の宿題ですか!? どのくらい難しいんですか!?」
静かにしないことを許可した途端、今まで気になっていたことを次々と思い出したのか質問攻め。
これはこれで嬉しいが、やはり鬱陶しい。アルファは複雑な心境で苦笑いする。
「……まず、日本の大学に宿題はない。いつもここで書いてるのは高校レベルの復習だ。大学は学科によるけど、基本的に教授の話を聞いて、あとは自分で調べるスタイル。だから俺は、行事がある日以外は頻繁に中学校をズル休みして、大学に潜入、教授の講義を受けて、帰りに本屋へ立ち寄る。そこで大学の教科書を開いて、頭の中でレポートを作成。レポート見せる相手がいないから、それで満足して家に帰る。すると週一でお前がいる。そんな毎日だ。──今じゃ周三の頻度だが」
「……! 大学に潜入……それって、バレたらすごく怒られるんじゃ……?」
「かなり叱られるよ。でも中には『バッチこい』な人もいる。そういうところを狙ってるから、バレても見逃されてることが多い。────はい終わり」
アルファは自習を終えると、ふいに席を立って台所に向かう。水を飲みに行ったのだ。
その間に小宮果穂は、ソファを折りたたんで座る場所を作り、ゲームの準備を整える。
そして薄暗い部屋の中、ふたりはサングラスを掛けて、いざホラーゲームを遊び始めた。
「……ところでさ」
「?」
「この前、果穂は『もう負けない』って言ってたけど……もしかして一緒にゲームをやることで、もう『ああいう展開』にならないようにしてる?」
ああいう展開。それは────押し倒し。キス。壁そっ……ほっぺにちゅー。ハグ。囁き。それらのことを言っているのか。
「……そんなことは、ないですよぉ……?」
「ははっ」
展開避け狙いが半分、遊びたい気持ちが半分。そうアルファは見て取った。
(……まぁでも。俺もあれから理性を鍛えてきたし……もう無理やり迫るようなことはない、はず……)
アルファはブツブツとお教を唱えるように(煩悩滅殺、色欲脱却、明鏡止水、貞操観念)と呟く。
「……?」
それに小宮果穂は首をかしげながらもゲームを進行……するが、ふいにコントローラーの手が止まる。
「……あの、でも……」
「?」
「この前は、あたしがストップって言っても、止まってくれなかったのに……」
最近は、そういうことがない。
突として小宮果穂は、不安そうな上目遣いで問いかける。
「もう……さわらないんですか?」
「────っ……お前、なぁ……」
アルファは目頭を抑えると、唇を丸めて煩悩をこらえる。
(期待────してんのかよっ……!!!!)
魂の叫びを内心で轟かせて、アルファはこほんと咳払い。
「……まぁ、そうだな。俺が手を出すと、やりすぎちゃうからな。果穂だってちょっと嫌なところあっただろ? 俺も加減が分からないからさ。具体的に“どこまで”って教えてもらえると、こっちも歯止めが効いて助かるかなって……」
「…………じゃあ、あたしのほうから甘えますっ!」
「!?」
まさか小宮果穂は、キスやハグを『甘える』に近いものだと思っているのか。さすがにそんなことはないだろう。もしかしたら『恥ずかしいこと』ではなく、単に『甘えること』をしたいだけなのかもしれない。そのようにアルファは解釈した。ならば、ただ甘えたいだけの子供に、大人みたく性的で恥ずかしいことをしてしまうのは、とてもひどいことになる。そのためアルファは、破裂しそうになる理性を死ぬ気で抑えつけた。
「えへへっ! 重くないですか?」
アルファの片膝に座った小宮果穂は、お互いの半身と半身を重ね合わせる。具体的には、アルファの右半身の胸板に、自分の左半身の背中をあずけた。すると小宮果穂の身長が上がって、アルファと同じくらいの頭の高さになる。そして小宮果穂は、アルファの首元に頭を倒して、なんとこすりつけた。
「いや……犬かっ!」
「えへへ……! たまに樹里ちゃんにもこうしてますっ!」
「そうかい。あの金髪のお姉さんか? そいつは微笑ましい光景だ」
しかしアルファは思う。
(これはキスやハグと違って『恥ずかしくないこと』なのか? 俺からしたらどっちも密着するから恥ずかしいと思うんだけどなぁ……こいつの頭の中が気になる……『恥ずかしくないこと』と『甘える』の違いがわからん……基準が知りたい……)
アルファはそっぽを向く。
対する小宮果穂は、ゲームを進めつつ、ふいに青年の横顔をちらりと見る。そして、思い切って問いかけた。
「……アルファさんは今、胸が『きゅう』って、なってますか?」
「あぁ。なりすぎて困ってるよっ!」
小宮果穂は何が嬉しいのか「えへへ……っ」と笑う。
だが、そこでアルファはハッとした。今の質問はおかしい。
「……待て。果穂……お前、まさか俺をドキドキさせるために────密着してきたのか?」
「っ……!」
アルファは思う。たしかに小宮果穂は小学六年生という観点から見たら、少し
「膝の上に乗ることは、きっと家族にもしているな? 『甘える』ために。……でも俺に対しては、本当に『甘える』ためか?」
「……そ、そうですよぉ……?」
「はは。嘘が下手な奴だ。半分そうだし、半分ちがうってところか」
「……!!」
ならば、その『半分ちがう』気持ちを成就させるために、しばらくは甘えさせてやろう。
(そのあとはどうなっても知らないが……できればどうにかならないよう、何かが起こってくれると嬉しいんだが……正直、自分から攻めるならまだギリギリで我慢できるんだが、相手から攻められたら……もうどうしようもない────理性のタガが決壊する)
アルファは呆れ返るように天を仰いで笑う。
その顔はそっぽを向いており、小宮果穂からは表情が見えない。だが、彼の両耳は……西日で焼かれたように真っ赤だった。
「────……えへへっ……」
小宮果穂は、園田智代子と杜野凛世から改めて貸してもらった少女漫画で学んだことがある。
それは────耳が赤いのは、『しゅうち心』の表現だということだ。
§
小一時間後。
アルファは押し黙ってゲームのプレイ画面を眺めている。
小宮果穂は黙々とゲームをプレイしており、様々なホラー展開に臆せず、どんどんとストーリーを進めていく。
「……あ、このステージ、なんだか《幽霊》が出てきそうですね!」
「────……」
ふとアルファは(やっぱり言いやがった)と言いたげに、苦々しい面持ちで忠告する。
「なぁ果穂……知ってるか? そういう《の》を口に出すとは……ホントに《出る》んだぜ?」
「……へ? 《幽霊》のことですか?」
「いやだから言うなって……呼ばれてると思って出てきたらどうすんだ……」
「でも……あたし、《幽霊》と会ってみたいですっ!」
小宮果穂は輝く笑顔でスマホを手に取る。撮影の準備をスタンバイ。まさか幽霊を撮るつもりなのだろうか。どうやら小宮果穂は、アルファの忠告を本気にしているようだ。
「いや、今の話は……あくまで俺が、そう信じているだけの話で……根拠は特に……」
次の瞬間、アルファは先ほど台所に行った際に仕掛けていた薄い糸を引っ張る。その糸は床を這って台所のカウンターまで伸びており、そこに置いてある紙コップに結び付けられていた。糸によって引っ張られた紙コップは──コトン、カラカラ──と音を立てて床を転がる。
自分で仕掛けたくせに肩をはね上げたアルファとは対照的に、瞳を輝かせる小宮果穂は咄嗟に振り返って連写した。
「……! アルファさん! 今の音はなんでしょう!?」
「な、なんだろなー?」(そして俺の信仰その2……『俺が幽霊役になれば、マジモンの出る幕なし作戦』……っッ!!)
小宮果穂は撮った写真を確認する。
すかさずアルファは糸を巻き取り、紙コップを回収する場面を見せた。
「あれ? アルファさん……その糸と紙コップは……」
「ははっ。残念だったな! 今のは俺のトラップだ。驚いて抱きつくかと思ったが全然そんなことはなかったぜ」
「……! はいっ! びっくりしました! いつの間に仕掛けてたんですか!? またやってほしいですっ!」
思わぬ好評ぶりに呆れるアルファは「二度とやらん」と強めに言い返す。
「えー! なんでですか? ……あれ……? あ、アルファさんアルファさん!!」
「な、なんだよ」
小宮果穂は大興奮した様子で、スマホの画面を見せてくる。
「ここ! なんだか顔に見えませんかぁ!?」
「────────……、っ……ッッ!?!?」
その一枚には、左側に西日射し込む窓辺、中央に山積みのダンボール箱、右側の台所のカウンターが写っている────だけのはずだった。なんとダンボール箱の手前には、白いモヤが掛かっている。さらにモヤの形は、どうも人の顔──しかもドクロ──のように見える。それが堂々と写っていた。
「ウワッテメッ!! なにマジで撮ってんだぁー!?」
「!?」
安穏とした気配から一変、険しい顔となったアルファは次の瞬間、ソファから大跳躍。背もたれを飛び越えて床に着地するなり、白いモヤが写っていた場所に回し蹴りをお見舞いした。
「オ゛ラ゛ァ゛ー゛ッ゛!! ここは俺の安住の地だぞ!? 出てけ!! 今すぐ出てけっ!! 頼むから出てけっ!! 外で“こんばんは”ならまだしも俺の家で“おはようさん”はマジで許さんお断りぃいいっ!!」
「……!! アルファさん、《幽霊》とお話できるんですかぁ!?」
「できるわけねぇだろバカかテメェはよぉっ!!」
アルファはダンボール箱を蹴りつける。大量のDVDが敷き詰められたダンボール箱は、とても頑丈で重たくビクともしない。
「あぁっ! アルファさん!? ディスクが壊れちゃいます!!」
「それより果穂と俺の命が最優先だろうがっ!! おうおうおう掛かってこいやブッ飛ばしてやるわぁっ!!」
「えっ! アルファさん、《幽霊》と戦えるんですか!?」
「霊体に物理が通用するわっきゃねぇだろうがっ!! お前の脳みそはマジでどうなってんだっ!? あと《その言葉》を使うなってんだァアアア!!」
そこでアルファは閃く。ダダダッと走って背もたれを飛び越えてソファに返り咲くなり、小宮果穂の両肩をガシッと掴んだ。その手は冗談ではなく、本気で力強い。
「────果穂。今夜はここに泊まれ」
「────へ?」
「《ソレ》はっ!! エッチな雰囲気になると出てこないっ!! ネットにもそう書いてあったっ!! これは俺の信仰その3だっ!! 頼むっ!! もう俺ここでは寝られないっ!! 絶対に独りで寝たくない! 嫌だっ!!」
アルファは取り乱している。初めて見る姿だ。
その混迷ぶりを見て、さすがの小宮果穂も察する。
「……!! もしかして、アルファさん……《幽霊》が、怖いんですか……?」
「はあ~? 怖いわけねぇだろぉ!? ただ怖いと思われたら出てくるから怖いワケないんだよっ!!」
「それはアルファさんの信仰その4ですかぁ!?」
「うるせぇっ!! ────いや待て。さすがにお前のご家族が俺んちでの寝泊りを許すとは思えん。そうだ、果穂の家に行こう。なぁお泊まり会だ。お前の部屋で寝かせてくれっ!!」
「────ふぇっ!?」
「そうだ犬っ!! 《ソレ》は犬に弱いっ!! マメ丸も一緒に寝かせろっ!! できるかっ!? できるよなぁっ!? 俺は絶対にマメ丸のそばから離れないからなっ!! 死んでも離れんぞっ!!」
その時、長時間ゲームを放置していると怪奇現象が起きるイベントが発生し、ゲーム画面にノイズが走る。
『────っ!?』
咄嗟にアルファは逃げるようにソファを飛び越えると────リビングの電気を点けた。
部屋にパァっと黄金の明かりが広がる。それと同じくらい、小宮果穂の笑顔も明るくなった。
「────わぁ……! この部屋の電気、こんなにもキレイだったんですねっ!!」
「はぁ、はぁ……もうだめだ……緊急事態だ……ヘルパーさん呼ぼう……お坊さんも呼ぼう……つか父ちゃん母ちゃんっ!? あんたら死んでんだからよそ様の《ソレ》くらい追い払ってくれやぁ!! それとも俺の弟妹の霊体的子育てが忙しくて長男は放置ですかぁ!? そうですかぁ!! まだ低学年ですから手が掛かりますよねぇ!?」
よくわからないことを叫ぶアルファ。
一方の小宮果穂は記念に、アルファの家の明るいリビングをパシャリと撮影した。
「おいなに撮ってんだっ! また写ってたらどうするつもりだっ!! ──いや、やっぱ写っててもいい! 場所を教えろ! もう一発蹴り飛ばしてやるわっ!!」
「────いえ! もういないみたいですっ!」
「────……ほんとに?」
「はいっ! ホントですっ!」
アルファはその場で崩れ落ちる。しばらく俯いて動かない。文字通り意気消沈していることが見て取れる。
「……あ、あの……アルファさん……?」
「……………………」
アルファは、ずっと独りで生きてきた。暗闇にも慣れている。だからこそ、頼れる者がすぐ近くにいない『恐怖』は人一倍ある。アルファ自身、それを自覚することはまだないが……彼が『幽霊』を怖がる理由のひとつとして、すぐ近くに『頼れる家族がいない』という『恐怖』は、かなり大きなものがあるようだった。
「……────あのっ! あたしが、アルファさんのそばにいますので……どうか安心してくださいっ!」
それについて、なんとなく、無意識に気付いていたのか、いないのか。
小宮果穂は、いつになく弱気なアルファのそばに寄り添う。
「…………────いや、悪い。かなり取り乱した。ただホラゲーはもう禁止! はいセーブせずソフト取り出した、電源切りました、順番逆だったわ。まぁ大丈夫だろ、パケにしまいました、はいもう帰れぇっ!!」
「えぇっ!?」
「どうしてもやりたいなら俺の家に泊まれっ!! それかお前の家に泊めろっ! どっちにしろできればマメ丸を連れてきてくれるとありがたいっ! ────トイレの問題は、すぐそこにペットショップあるから買ってくればいいだろ必要経費だっ!! マメ丸は賢いみたいだから新しいトイレもすぐに適応できるだろそうだろ!? そうだと言ってくれっ!!」
「あ、あの────落ち着いてください、アルファさん!」
まだ怯えているのか、アルファの幽霊対策はとどまることを知らない。ダンボール箱をゴソゴソとあさり、鈍器になりそうな等身大ジャスティスソードを取り出すと、枕を持ってきてソファの上に放り投げる。武器兼お守りがわりにでもするつもりだろうか。
「た、対策が本格的、ですね……っ!」
「当たり前だコノヤロー! し
「? 《心霊》写真を見るのは平気なんですか?」
「だから《言うな》って何度言えば分かってくれるっ!? あと《ソレ》について調べてないと、いざって時に抵抗できないだろうがっ!! 良い《アレ》だったら出てけって言えば出てってくれるだろうけどさっ! もし悪い《化生》だったら死に物狂いで戦わなきゃならんだろうがっ!!」
「……化粧?」
「自分で調べろばかっ!! 俺は《ソレ》と『妖怪』は区別するタイプの人間だ! なんせ妖怪は肉体があるからぶっ殺せるっ! でも体のない奴らは苦手だ! どんだけ体を鍛えても知力が上がっても倒しようがねぇ! あぁくそっ……洗礼武装がほしいっ……!」
「────! 『洗礼武装』は、ホーリーヒーローが使う《悪霊》祓いの決戦兵器ですねっ!!」
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」
アルファは頭を抱えて発狂する。ソレを口に出すなと何度言えば分かるのか。しかし《第三者》から見て、事の深刻さはあまり感じられない。小宮果穂がいるおかげなのか、アルファは怖がるだけで済んでいるようだ。もちろん今から独りにしたらダメージが凄まじいことになりそうな気配がある。
そのことをなんとなく察した小宮果穂は付き添うが、ニコニコとしている。どうしてもアルファの発狂っぷりが、見ていて面白いのだ。なぜなら今のアルファは、陰のある男というよりも、純粋に大はしゃぎする少年のような気配がする。たとえばクラスメイトの男子のような、身近な感覚を抱いたのだ。
「アルファさんって、《ケショウ》の話になると、なんだか面白いですっ!」
「どこがぁ!? お前って意外とドSなのぉっ!?」
「えへへっ! あと、いつもより声が大きいですっ! お腹から声を出してますねっ!」
とても騒がしい、明るいリビング。
ただ、それが嬉しいだけの小宮果穂であった。
§
後日。
放課後の事務所。今日は人数が多い。リビングでは放課後クライマックスガールズがソファで震え上がっており、大きめのパーカーを羽織る大崎甜花がテレビの前でちょこんと座っていた。ほかにも三峰結華が椅子に座って雑誌を読み耽り、事務所に芹沢あさひがやってくる。
「おはようっすー!」
「あさひさん! おはようございますっ!!」
そこで芹沢あさひは、リビングの雰囲気をひと目で察する。
「ん? なんで放クラのみんなは怖がってるんすか? 果穂ちゃんと凛世ちゃん以外……」
「こちら……果穂さんが……心霊写真の撮影に……成功した模様で……」
「えっ! 心霊写真!? ほんとっすか!? 果穂ちゃん、見せて見せて!」
園田智代子と西城樹里と有栖川夏葉の三人は、テーブルに向かって黙って俯く。そして三者一様に(見るんじゃなかった……)と後悔していた。
「この白い煙っすか? たしかに人の顔に見えるー! すごい!」
「それでアルファさんがね! おりゃー! って蹴っ飛ばして、幽霊を追い出したんだ!」
「ハナワカ、幽霊と戦ったの!? すごい!」
そこで大崎甜花が首をひねりながら言う。
「……でも、その幽霊さん……もし、優しい幽霊だったら……?」
「はっ! たしかにそうです……次からはアルファさんに、『いい幽霊かどうか確かめてから行動してください』って注意します!」
「それがいいよ! ねぇ果穂ちゃん、その写真わたしにちょうだい! 冬優子ちゃんや愛依ちゃんにも見せたい!」
「いいですよ!」
小宮果穂は、芹沢あさひのチェインに心霊写真を送信する。
その時、大崎甜花が「あっ……」と声を発して、テレビの音量を上げた。
「ん? 甜花ちゃん、なに見てるんすか?」
「えと……甜花が出演した、番組の、確認……!」
それは小中高の学生子役が出演するバラエティ番組。
高校生用の座席には、大崎甜花が座っている。
「どういう番組なんすか?」
「いろいろ……? トークしたり、クイズしたり、ゲームしたり……! お仕事なのに、意外と、楽しい……!」
ふとテレビから壮大な音楽が流れて、派手な演出が表示される。
そしてMCが声たかだかにゲストを礼賛した。
『今回は特別ゲスト! 男性アイドル界に突如として現れた期待の新星! 心技体ともに麒麟児の! 新進気鋭────
『どうもー! 超絶イケメン英雄の天道唯我ですっ! よろしくお願いしまーすっ!!』
女性観客の黄色い声に手を振って現れる好青年。レギュラーが学生服の中、一人だけアイドル衣装で浮いているが、それを感じさせない貫禄で、中学生用の座席に落ち着いた。
(────……あれ?)
小宮果穂は、その声色に聞き覚えがある。急いでテレビの前に駆けつけて映像を見ると、その顔には……やはり見覚えがあった。誰かと見間違えるはずがない。それほど、その立ち姿には────西日に焼かれる横顔は……幾度となく見つめてきたのだから。
「あ……そう! この人、すごい!」
「何がすごいんすか?」
「クイズ、全問正解して……百万円の賞金、ゲットした……!」
「へー。……あれ? この人……わっ! ハナワカだー!」
やはりそうなのか、と小宮果穂は驚く。放心状態だ。
『いやぁ唯我くん。本当に中学生? もう高校生の座席に居ても違和感のない背丈だねぇ!』
『え? ほんとっすか? そんなこと初めて言われました』
天道唯我は真顔で首をひねり、聞き返す。
『え? そうなの?』
『はい。ですから────『大人の座席』の間違いじゃありません?』
どっと笑いが沸く。たしかに天道唯我は、大人の座席の方が似合うほどの貫禄だ。そして、それはとても生意気な発言なのだが、なぜか嫌味には聞こえない。それは天道唯我が、佳い笑顔を見せているからだろうか。
『これはいきなり一本取られたなー! そういえば唯我くん、なんでもやらせればそつなくこなせるって聞いたけどほんとかなー?』
『そんなことないっすよ! 試しに何かやってみます? まぁでも、そんなこと急に用意は────』
『それが────できちゃうんだなー。はいヴァイオリン!』
『えぇ!? これ高いやつっすよね!? こ、壊しちゃわないか心配なんすけど……』
『はは! 気をつけてね! じゃあ『ジングルベル』を弾いてみて!』
そこで小宮果穂は気付く。アルファの台詞が『青い字幕』で表示されている。
────ぎんぎんぎーん、ぎんぎんぎーん、ぎんぎんぎん、ぎぎーん。
ありえないヴァイオリンの弾き方に笑いが起きる。
『いやリズムは合ってたけど下手くそか!』
────ぎぎぎ、ぎぎぎん!!
『えっ!? なに!?』
────ぎぎん!
天道唯我は、じわじわくる笑いを誘う真剣な表情で、眼力強くMCに訴えかける。
そこで、大人用の座席に座るお笑い芸人が突っ込んだ。
『いや楽器で返事するなや!』
────ぎぎん!?
どっと笑いが湧き上がる。
『なんやねん! 演奏下手かと思ったら急に小芝居うまくなるやん!』
────ぎっぎっぎっ! ぎぎぎっ!
『その『へっへっへっ! あざますっ!』みたいな顔やめーやっ!!』
お笑い芸人のツッコミのおかげで、さらに笑いが加速する。
『じゃあちょっと唯我くん『きよしこの夜』を弾いてみーや』
そこでお笑い芸人の相方がツッコんだ。
『いやなんでクリスマスやねん! 選曲が季節外れやねん!』
笑い……それが終わると同時、天道唯我は弾き始める。
────ぎゅ、ぎゅぎゅい、ぎゅ、ぎぃいん、ぎぃいん────
『いや下手くそか!』
爆笑が巻き起こる。
『だから弾けないんですって!』
『急に喋んなや!? そこは楽器で返せ!』
────ぎぃいいん!?
またまた爆笑の渦が巻き起こる。
共演者は抱腹絶倒で、息ができない様子がカメラに抜かれる。
『なんや生意気な小僧やなー』
────ぎいいいん?
『なんやて!? お前言ったな!!』
そこで相方が、お笑い芸人の頭を叩いてツッコんだ。
『いや会話できてんのかい!』
観客席と共演者、全員の爆笑が止まらない。お笑い芸人のツッコミの的確さもあるが、お笑い芸人の本領を発揮できるほどの材料を投げ込む天道唯我の引き出しの多さが、まさに圧巻で見事の一言。
それからクイズ番組が始まり、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人の問題が出題される。一度でも間違えれば落第してクイズに参加できない厳しいゲーム。その中で天道唯我は、どの問題に対しても、さほど時間を掛けず回答を書き上げる。
『なんや唯我くん。書くの早いなー』
『いやいや、まだ背丈的に社会人(レベルのクイズ)なんで!』
『それ俺が高校生(レベルのクイズ)で落ちた嫌味か!? わいの身長的にも!』
笑いが起きる。天道唯我は爆速土下座。何をしても一切剣呑にならず、まるで放課後の下校中に、気の置けない友人と談笑するような雰囲気が醸し出される。
そして、ただひとり、社会人レベルのクイズに正解した天道唯我は────いざ、最終問題。偉人レベルのクイズに挑戦する。これに正解することができれば百万円ゲットだ。
そこで芹沢あさひが言う。
「甜花ちゃん。しれっとネタバレしてたっす。これ、ハナワカが百万円をゲットする流れっすよね?」
「あ……! ご、ごめん……なさい……っ!」
話を戻す。
ただしクイズは『パン食い競争と併用』だ。つまり問題が出題されたあと、パン食い競争を始め、先にゴールした方から回答できる。
そして敗者復活戦という名のコーナーがある。それは番組スポンサーが推すタレントを、番組の最後になっても自然に映すべく、大崎甜花をはじめとする今注目の若手学生たちが選び抜かれる。といっても彼ら彼女たちが、偉人レベルのクイズに正解できる可能性は限りなくゼロであるため、ほぼ結果は知られたようなもの。
しかし番組の方針としては、初めから『わちゃわちゃエンジョイ』をアピールしているため、それほど硬い考えを持つ視聴者はいないようだ。どうも視聴者は、パン食い競争で走る大崎甜花たちの姿を求めている。
『ちなみに唯我くんは、百万円を何に使いたいですか?』
『当然! 海外に行った時の軍資金にします! つまり貯金ですね!』
『海外! すごい夢を持っているね! ちなみに行きたい国はある?』
『アメリカ!』(……本当は貧困率の高いアフリカや中東、福祉に強い北欧やオーストラリアだけど……!)
『いいね! アメリカンドリーム! では天道唯我は、自由の夢を掴み取れるのか!? じゃあ、がんばって!』
『はいっ!』
────偉人レベルのクイズです。
問題────『この写真に写る場所の名前と、そこから連想できる偉人の名前の魚はなんでしょう?』
『いや答えられるかぁ!』
お笑い芸人の
それと同時に天道唯我が疾走を開始、独走状態となった。
『おおっと唯我くん! 自信のある走り! ただ『海が写っているだけの写真』で、いったい何が分かったというのか!?』
跳躍。パンを咥えて疾走。後続者とは二倍以上の距離を置いてゴールテープを切る。ボタンを押して回答権を獲得。
『むがむがむがむがむがっ!』
爆笑。
『食べてからでいいよ!』
天道唯我が食べている間、次々と学生たちの走りがカメラで抜かれる。次々とゴール。
最後に大崎甜花が映されて、応援コールが始まる。
『甜花ちゃんがんばれー!』『あともう少しー!』『急げー!』『また『それなり』なのかー?』
『はぁ、はぁ────『だからこれでも走ってる』────!』
大崎甜花の台詞がテロップに出される。どっと笑いが上がった。そして、やっとこさゴールテープを切る。
その頃には天道唯我もパンを食べ終えており、いざ回答タイム。
『さぁ、答えは!?』
『はぁ、はぁ、ふぅ────『もうこれは運ですね。透き通る青い海と海底までの浅さ。種類たっぷりすぎるサンゴと魚類の様相から、その写真の場所は、珊瑚海。その中でも世界遺産たるグレート・バリア・リーフと予想するじゃないですか。で、偉人の名前がある魚なんて結構それなりにいますので、ここはヤマカン。俺はアイドルなので、同じ海のアイドル的存在として────ナポレオン・フィッシュ』────』
『……ファイナルアンサー?』
『仮に石垣島や紅海の珊瑚礁だった場合、僕の勉強不足です。あとハワイの珊瑚礁だった場合、ギリシャ神話と同名のアキレスという魚がいるんですが、それなら問題文は偉人と区別して『神話のキャラクターは?』みたいな言い方で出すと思うんですよ。なので────』
その時、MCは少し驚いた顔をした。まるで(まさか)と思うような。
しかし天道唯我は、その目の開き具合が、少しわざとらしく感じた。今の顔は、アキレスが正解と見せかけるような誘導に思えた。無論、そのブラフを引きずり出すために、アルファはあえて
『いただきま────』
その時、大崎甜花がアンパンを食べようとする。
『──! ちょっとまって大崎さん! そのパン貸してください!』
『ふぇ!? 『あぁ甜花のパンがぁ』……!』
笑いが上がる。
『ごめんね! すぐ返すから────ナポレオン・フィッシュは『ナポレオン・ボナパルトが被っていた軍帽』に由来します。ところで、このパンの形、その軍帽の形にそっくりですね? とても小粋なヒントです。この形式のクイズを考えた
────どぅるるるるるるるるるるるる。
『────正っ解ッ! まさかまさか、番組初の正解者が現れましたー! 天道唯我! もってけどろぼー! 百万円────!!』
『いよっしゃあああっ!!』
拍手喝采。大歓声。クラッカーが鳴り響き、紙の花びらが舞い散る。
ド派手な演出で『クイズ初優勝者・天道唯我』のテロップが押し出されて、スタッフロールが流れる中、番組が締めに入った。
『みなさんありがとうございますっ! 大崎さんもありがとうございますっ! これはもう大崎さんが正解したようなものですよ!』
『え? え? 『それより甜花のアンパン返して』……でも、にへへ……そうかな……? 甜花、役に立った……!』
最後に大崎甜花のテロップで笑いが巻き起こり、番組は終了する。
「────にへへ……これは甜花が、優勝したも同然……っ!」
「え? 甜花ちゃんはヒントになっただけじゃないっすか」
「ひぃん……」
「でもハナワカ、いつの間にアイドルになってたんだろ! ハナワカ面白くて、番組最後まで見ちゃったっすよ!」
「ハナワカ……? あさひさん、この人のこと知ってるの……?」
「はいっす! 果穂ちゃんも知ってるっすよ! 友達なんす!」
しかし小宮果穂は、唖然と佇んでいた。
西城樹里、園田智代子、杜野凛世も、互いの顔を見合わせて呆然とテレビを見つめている。
一方の有栖川夏葉はスマホを叩いており、天道唯我について検索していた。
「────芸名・天道唯我。本名不詳。13歳。少し前にデビューしてから、『何かをやらせればなんでも面白くこなす』、その万能な器用さから芸能界で引っ張りだこ。……時期的に、私たちが初めて彼と出会った後でアイドルデビューした感じかしら……調べるだけでも凄まじい人気ぶりね」
その時、メガネをくいっと直した三峰結華が立ち上がる。ソファの周囲をぐるりと回りながら解説を始めた。
「────天道唯我。もし彼が女性アイドルだったら、たとえソロであっても、我らアンティーカと“クール系”のジャンル被りで競い合っていたであろう後進の強者……中学生とは思えぬ恵まれた背丈と体躯、経験深そうなシニカルでパッションな雰囲気から、モデル雑誌では『爽やかイケメン』『ミステリアスな男性』、そして誰かを見習ったかのような『子犬系』、さらには付け髭を付けてまでダンディな服を着こなす『イケオジ系』までこなし、幅広い年齢層の女性ファンを獲得。……また、テレビ番組では、その謎めいた処世術を発揮して、誰かを誘導してお笑いを生み出したり、自らお笑いを作り出すなど、とにかく隙がない。一般的にバラエティ番組では、完璧超人はいじることができないため敬遠されがちと聞くのに対し、彼はそれすらも誰かを見習ったかのような自由奔放な振る舞いを見せることで、相手からのツッコミを待つなど、その生き残り方は卓越したものが既にある……」
「おー。詳しいっすね!」
「まぁねー? あさたん! 三峰も研究のため、ちょっと彼が初めて雑誌の表紙を飾ったコレを読んでいたところなんですよー! あ、ほかの人が読みたかったら読んでもいいからね! 三峰が買ったから事務所のものじゃないし、持ち帰りたかったらお好きにどうぞー!」
「────あ、あの! それ、あたしにも読ませてくださいっ!」
「おぉ果穂ちゃん前のめり! もちろん渡しますとも! では三峰は休憩終了! お先に失礼しまーす!」
三峰結華は手を振って事務所を後にする。
小宮果穂は雑誌の表紙を見て「本当にアルファさんだ……」と驚き、ページをめくる。その周囲には芹沢あさひと放クラメンバーが集まり、ページを覗き込んだ。
雑誌の一面には、天道唯我のプロフィールが記載されている。
プロマイドカード‐pSSR【群青、】天道唯我
《プロフィール》
芸名「天道 唯我」(てんどう ゆいが) 年齢「13歳」 誕生日「2月24日」 身長「173cm」 体重「53kg」
血液型「AB」 星座「魚座」 利き手「クロスドミナンス」 出身地「東京」
趣味「ヒーローもの・ロボットもの」
特技「4人分以上働けること」
「────…………」
小宮果穂の口は半開き。
天道唯我ことアルファは、本物のアイドルとして目覚しく活躍していた。
「わーホントだ! ハナワカ付け髭つけてる! なんか面白い! わたしも付け髭つけて撮影とかしないのかな? プロデューサーさんに聞いてみよ!」
芹沢あさひはプロデューサーを捜すため、事務所の中を捜索する。
「ダンディ……爽やか……いずれプロデューサー様にも、このような服装をと、考えてしまいます……」
「あ、ここ見てちょうだい。下の方に書いてあるインタビューによると、天道唯我は『撮影は基本一発で決まるので、一日に百着以上、着替えたことがあって、芸能界の多忙さに驚きました。今回は朝から夜までやって、その倍は着たので、正直もうクタクタです(笑)』って答えているわ」
「ひゃ、百着以上!? その倍!? 私も、それなりに着替えたことがありますが~……いやぁすごいなぁ……」
「……でも、果穂はこのこと……知らなかったのか……?」
西城樹里の発言で、周りは『たしかに』と視線を交わす。
「……どうして、アルファさんが、このことを黙っていたのかは、あたしには分かりませんけど────」
「……果穂……」
小宮果穂の肩が震えている。それはどのような感情なのだろうか。
推し量ることが難しい園田智代子たちは、どうすればと困惑する。
「────負けられません」
『……!』
「アルファさんがアイドルになったのなら! あたしも同じアイドルとして負けていられませんっ!」
『果穂……!!』
どうやら小宮果穂は、アルファに『挑む』つもりのようだ。
「あたし、アルファさんのことは大好きですけど────初めて会った時から、ずっと『追いつきたい』って思っていたんですっ! 今、同じアイドルになったことで、その思いがようやく……きちんとした形で分かった気がします!」
『……!!』
小宮果穂は、告白する。
「実は、あたし……今スゴく『悔しい』んですっ!」
『……っ!!!!』
「年は一個しかちがわないのに、アルファさんはなんでもできて! まだ子供なのに、お仕事を頑張ろうとするスゴい人で! 困っている人を放っておけない、カッコいいヒーローで! だから、あたしも────そんなヒーローみたいに……あんな中学生みたいになりたいって……っ!」
『────!!!!』
────それは少し難しいんじゃないか。中学生なのに高校生や大学生の数学や国語、専門的な分野まで答えられていた。社会人の法律問題にも答えられていた。彼みたいになるためには、およそ人間とは思えない生活と努力をしなければいけないだろう。
けれど、そういうことではないのだろう。小宮果穂はそんなこと百も承知で言っている。今の小宮果穂の中にはきっと、『みんなを引っ張る立派な中学生』という、はっきりとした目標があるのだろう。たとえそれが、非常にちょいワルで、反面教師すぎたとしても。
「あたしは、アルファさんのスゴいところを、いっぱい学びますッ! もちろん悪いところもいっぱい学んで、真似しないようにしますっ!」
「いや、それは……いいことなんだけど! なんかコメントしづらいなー!」
「まぁまぁ樹里ちゃん! 世の中の『悪意』を、悪意なしに教えてくれる人は、ある意味で貴重な存在だから!」
「うふふ! 智代子はポジティブな考え方をするわね!」
「それでは……果穂さんが、アルファ先輩の背を追うように……」
「はいっ! でもぉ……それだけではありませんっ!! あたしはー、樹里ちゃんからは優しい背中を! ちょこ先輩からは立派で楽しい背中を! 凛世さんからは賢い背中を! 夏葉さんからは大人な背中を! 全力でっ! 追いかけていきたいですっ!」
『……っ~!!!!』
そして小宮果穂は、放クラのリーダーとして号令を掛けた。
「放課後クライマックスガールズ・レッド! 小宮果穂! さぁみなさん! 人のふり見て我がふり直せ、ですっ! それでは行きましょう! レッスンっ! 開始ですっ!!」
『────おーっ!!!!』
かくして放クラは、今日も今日とて全力で、レッスン室に向かうのだった。
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