※この作品はR-18です。

小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い   作:形のない者

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pSSR【アルファ/ニューヨークの夢】小宮果穂(※R-18)

 

 後日。

 休日の朝方。青天の下、朝日で明るいアルファ邸リビングにて。

 

 小宮果穂は、ソファでスマホをいじるアルファに向かって『天道唯我が表紙を飾るモデル雑誌』をかざす。

 

「アルファさん! これはぁー……どーゆーことなんですかぁ……!?」

「どうもなにも。意外とバレるの早いもんだな。まぁ何事も経験だし? スカウトされたから乗ってやったんだよ。果穂に貢いだ金も取り戻したかったし」

「? 『みついだ』……? あたし、何かアルファさんからお金、取りましたか……?」

「テレビの電気代、ヒーロー部屋の電気代、モール巡り、ヒーローの聖地巡りエトセトラ、エトセトラ……まぁ好きでやったことだから必要経費だけどよ。海外で働くための軍資金も得たかったし……まぁ思いがけずが(・)っ(・)ぽ(・)が(・)っ(・)ぽ(・)稼げて、もう腹いっぱいだが」

「…………」

「金稼ぎのためにアイドルになったのかって? それだけじゃないぜ。海外でも活躍している大御所とのコネも作れそうだ。あと三年でアイドル引退したあと、海外で働く際、そのコネを有意義に使えば、いいスタートダッシュを切れるだろう」

「……」

「あぁそうだな。果穂は『みんなを笑顔にするのがヒーローと同じ』だと思ったから“アイドル”になったんだ。俺みたいな理由でアイドルになることは、少しアレか」

「────! いえ……そこは、“人それぞれ”だと、思いますので……!」

「そうか。でも顔は残念そうだぞ」

 

 それはちがう。小宮果穂はネット配信で、アルファが歌って踊るステージを観た。そこでのアルファは天道唯我として輝いていて、ファンのみんなは笑顔いっぱいで、天道唯我が“英雄の(ヒーロー)ポーズ”を取ると、会場は熱狂の渦に呑み込まれた。

 だからアルファさんは、やっぱりヒーローだ。口では『アクタイ』をついていても、アイドルとして真剣にお仕事をしていることは、きちんと見て取れる。

 

 だから。

 

「────あたしが『残念』そうなのは……そうじゃなくて……『残念』なんてことも、思ってなくて……」

 

 小宮果穂は、よくわからない胸騒ぎを覚える。

 先日、西城樹里から『果穂はこのことを知らなかったのか』と聞かれた時も、同じような胸騒ぎを感じた。

 

 テレビで、天道唯我の台詞が『青色の字幕』で表示されていた時も、変な胸騒ぎがした。

 いったい、この胸をざわつかせるものはなんなのか。

 その不安な表情が、アルファの『残念そうな顔』という、見当違いの推理を生み出していた。

 

(あれ? なんでだろ────アイドルになっていて『スゴいです』って……言いたかった、はずなのに────)

 

 それは悔しさからだろうか? それもちがう。まったくちがう。

 ただ漠然とした『不安』が、小宮果穂の胸中にくすぶっている。

 

「なんだ、ちがうのか。なら今回はどっちの問題だ? 俺かお前か……それとも“両方”か」

「…………」

「……それより、ほかにも言いたいことがあるんじゃないのか?」

「あ、そうでした! ……その、なんで黙っていたんですか……?」

「そんなの……『言えるわけねぇ』だろ……」

「え、なんでですか!?」

「…………」

 

 アルファは目を瞑ると手招き。

 その傍らに座った小宮果穂は、こてんと首をかしげる。

 

「────あの時は……果穂が、俺以外の奴に『恋』をしていると思っていて……それでいじけて、衝動的にスカウトを受けたんだよ……」

「────!」

 

 アルファはそっぽを向く。

 

「えっと……つまり、どういうことですか?」

「そういうと思った。つまりな? その時は、俺も果穂に『恋』をしていたんだよ」

「────えっ!? そ、そうだったんですか……?」

「あぁ。でも果穂は別の奴が好きときた。結果、俺は架空のお相手に嫉妬して、『もう果穂なんて知らね』って気持ちになって、夜の街に繰り出して弾き語りなんてセンチなことやっちまって……」

「弾き語り?」

「今のは忘れろ。……で、そんときにアイドルにスカウトされたんだ。最初は断る気マンマンだったけど、なんで断るのか理由を考えたら、やっぱ『諦めると決めた果穂のことを思い出しちゃうから』ってことに気付いて……それってつまり『情熱と虚栄の恋』じゃん? だから気持ちの整理つけて事務所に行ってみて、あとはトントン拍子でデビューしたってわけ」

「……!」

 

 小宮果穂は、なるほど? とうなずく。実際のところ、アルファの心の機微の半分も理解していない。だが、いずれ分かる時が来る。

 

「……アルファさんは、正直な人ですね」

「は?」

「恥ずかしがってはぐらかしても、すぐに本当のことを教えてくれます! 最初に会った時もそうでしたよね?」

「……まぁ、変な嘘ついてもしょうがないし……でもプライドを捨てるって結構大変なんだぞ。俺は元から高い方だし……」

 

 そこでアルファは、ついプライドが邪魔して卑屈になり、謙遜するべく言葉を探す。

 

「あーでもほら。それでも俺は、今までアイドルだったこと隠してただろうが……これのどこが正直者なんだよ」

「それは────どうせいつかバレるものだから、あえて言わなかったんじゃないですか? バレて傷つくようなことは、そもそも隠さないでしょうし!」

「────……驚いた。初めて俺の思考を当てたな、果穂」

「えっ! ほんとですかぁ!? それなら今のは『イシンデンシン』ですねっ!」

「俺に毒されてきたの間違いじゃないの?」

 

 互いに毒されている。

 そして、毒を以て毒を制す、ということわざがあるように。

 

「そういえばアルファさん! どんなテレビに出ていても、字幕が青色でした!」

「あぁ。ありゃ俺のプロデューサーの意向でな。俺のアイドルとしてのイメージカラーはブルーなんだってよ」

「っ! やっぱり……っ!! アルファさんは、『清めたら青』、なんですっ!」

「……なんだそりゃ」

 

 アルファは考察する。そういえば小宮果穂から貰ったラブレターにも、色に関する話があった。

 

 ────ヒーローへの恋、友情の恋、ダークな恋、パープルな恋、

 ────いつかブルーになってほしい恋。

 

 それはいったい、どういう意味なのか、ずっと問うてみたかった。

 

「なぁ果穂。なんで俺は青なんだ?」

「アルファさんは、元々『青』だったと思うからです! ────でも、ご家族を失って……親戚の人も優しくなくて……ヒーローと出会って救われても、学校で友達にいじめられちゃって……スゴい能力を使いたいのに、それが周りに認められなくて、闇のパワーにやられてしまって……それできっと、アルファさんは『墨に染まれば黒くなる』ように……『真っ黒』になっちゃったんですっ!!」

「──……なるほど」

 

 アルファは納得する。だが、そう言うだろうことは予想できていた。

 

「……んじゃ、こっから先は、俺の考察な」

「?」

「きっと、そんな『真っ黒』な俺はさ……純粋無垢のレッド・小宮果穂と出会うことで、朱に交わって清められたんだ」

「! 『朱に交わる』……!」

「さて、青と赤を混ぜると、何色になるでしょうか」

「────っ!!?」

 

 小宮果穂は、きらきらと瞳を輝かせると、全身を躍動させながら満面の笑みで答えた。

 

「────『紫』ですっ!」

「そう。でも『くすんだ紫』だ。まだ『黒の墨(くすみ)』が残ってる。……んで、この理屈で行くと、俺の終着色は『赤』になるはずだ。しかし、そうはならなかった。なぜか。それは俺が自分というものをしっかりと持っていたからだ。だから朱色という名の果穂と交流を続けても、俺は赤には染まらず、ただ果穂という無垢な存在に心が洗われて────いつしか俺は、とうとう元の色の『青』を取り戻したんだろう」

「……っ!!」

「まぁ俺は依然として、自分が『黒』や『紫』という自覚はある。さすがに『青』とは思わないが……果穂をはじめとして、俺のプロデューサーや周りの人がそう言うなら……きっと俺は今……『青』に見えているんだろうな」

「はいっ!」

「だがな。この色の移り変わりは、果穂も例外じゃないんだぜ」

「? あたしも……ですか?」

「あぁ。俺の『墨』のせいで、随分とお前を汚しちまった。墨に染まればなんとやら。お前は少し『傷んだ赤色』になっちまったな」

「────」

「でもま、それが大人になるってことなのかねぇ……ただ、もし『傷んだ』って言い方が嫌なら、『深い赤色』と言い換えてもいい。ワインレッドって言葉、知ってるか? まさに『大人の赤』って感じの名前だろ?」

「……!」

「ちなみにワインレッドも、紫っぽいやつでな。だから────」

「アルファさんの『青』と交わって、あたしも『赤紫』っぽくなったんですねっ!?」

「────ま、そういうこと。深紅の少女・小宮果穂────って感じだな」

 

 とても抽象的な話題だったが、小宮果穂は嬉しそうに体を揺らす。

 

「……なんで女は、この手の話が好きなのかねぇ」

「?」

「まぁ俺も嫌いじゃないけどさ……それに、きっと真っ黒なままだったら、スカウトもされなかったろうし……」

 

 アルファは困ったように微笑む。

 そこで小宮果穂は、あることを思い出して問いかけた。

 

「そういえば、アルファさんの芸名の由来って、なんですか?」

「天道は、俺を助けてくれた聖人級弁護士の苗字。唯我は、空手パイロットアルファの性格『唯我独尊』から」

「────っ! わぁ……! やっぱり唯我の名前の由来は、それだったんですねっ!! 納得ですっ!」

 

 そこで小宮果穂のスマホが鳴る。廊下の方に走って通話。しばらくして戻ってくる。

 

「スケジュール確認の電話でした!」

「そうか」

「それで思い出したんですけど、アルファさん……アイドルのお仕事をしているなら、これから会える機会が少なくなるんじゃ……?」

「それならもうとっくにそうなってるだろ」

「そうですけど……もしかしてアルファさんのほうで、何かしてるんですか?」

「さすがは『先輩アイドル』だな。お互い忙しいはずなのに、よくスケジュールが合う不思議さに気付くとは」

「────!」

 

 小宮果穂は『先輩アイドル』という呼称に一瞬ワクワクする。だが話を逸らしたくないので、今は我慢する。

 

「? ──はは。……いや実はな。休日まるごとと平日の夕方は、必ずスケジュールを空けるよう、俺のプロデューサーに頼んでるだけだよ」

「! なるほど、そうだったんですか! ……でも、それだとアルファさんのお仕事が犠牲に……」

「気にすんな。私生活を犠牲にしてまで仕事したいとは思ってない。たとえ果穂がいなくても、夕方の空きと同じくらいの時間を空けていた。ワーカーホリックになって体ぶっ壊して、四人分の働きができなくなるのだけは、死んでも避けたいからな」

「……『わーかーほりっく』……?」

「果穂のプロデューサーもそうなってないか気をつけておけ」(うちのプロデューサーは一回それで倒れたからな。まぁ新米プロデューサーが初のアイドルプロデュースで異例の大ヒット。激務になるのは、そりゃ当然だが)

 

 小宮果穂は、スマホでワーカーホリックについて検索。「ふむふむ……」とうなずく。

 

「ちょっと風呂に入ってくる」

 

 ふいにアルファは、スマホをソファに置いて立ち上がり、おもむろに風呂場へ向かった。

 すると小宮果穂の視線は、アルファのスマホ画面に向く。見てはいけないと思いつつ、どうしても気になって目が行ってしまった。すぐにいけないと視線を逸らすが、ほんの一瞬、何が映っているのか見えてしまう。それから五秒経過で、スマホが自動的にロックされた。

 

(────『海外 起業 中学生』────)

 

 小宮果穂の胸の中がざわめく。

 

(…………『高校生』じゃ、なくて……?)

 

          §

 

 十分後。

 ふいに廊下の方から、アルファが大声で呼びかける。

 

「果穂! 悪いが着替えを持ってくるの忘れた! ジャージを持ってきてくれないか? どっかにあるはずだ!」

「────! あ、はい……!」

 

 小宮果穂は立ち上がって周囲を見渡す。食卓の上に中学生が使う体操着一式を発見。すぐに洗面所へ持っていく。

 

「持ってきました! えっと……開けますね! 洗面台に置いておきます!」

「ありがとう」

 

 小宮果穂は引き戸を開けて、着替えを洗面台の端に置いておく。

 すりガラスの向こう側では、シャワーを浴びるアルファの人影。

 

「……なぁ果穂」

「はい?」

「もし俺がその気だったら、そのままお前を風呂場に連れ込むこともできたんだが……もうちょっと警戒心をだな……」

「……?」

「────あぁくそっ。今の俺うぜぇな! なんか要らねぇ説教をしてる気がする。マジで本当に『青く』なっちまったのか? なんつーかブラックジョークの切れ味が悪いっ!」

「??」

 

 アルファは風呂場の扉を開ける。もくもくと白い湯気が洗面所に入り込む。

 

「わあぁっ!?」

 

 慌てて廊下に逃げた小宮果穂は、引き戸を閉め切ってほっと一息。

 

「……あ、アルファさん! 出るなら出ると言ってくださいっ!」

「イタズラだ。悪いな。でもいい反応だった。ジャージもサンキュ」

「……もう!」

 

 まさか自分は、からかわれているのか。そう思った小宮果穂は、むっとした表情で頬を膨らませ、リビングのソファに戻る。すると廊下側から、衣擦れの音が聞こえてきた。タオルで体を拭く音か。ふと洗面所の戸が開く。足音。そうしてリビングに現れたアルファは、なんと────ジャージのズボンしか履いていなかった。頭をタオルで拭きながら、上半身が半裸の状態で現れる。

 

(は、はだか……!?)「わ、わ、わ……!」

「果穂も入ってこい」

「……────え? ……ど、どうしてですか……?」

「そのくらい自分で考えろ。ちなみに、これで入るなら『お手上げ』だとは言っておく」

 

 アルファがそのように言うということは、きっと『入るな』というお達しである。たぶん。

 故に小宮果穂は考える。お風呂に入る理由。そこにはいったいどんな意味があるのかと想像力を働かせる。

 

「……………………うーん……?」

「ガキだこりゃ」

 

 だめだこりゃ、と言うように、アルファは半裸のまま、首にタオルを掛けて、どかっとソファに座った。

 

「おい、耳を貸せ。ヒントを与える」

「……?」

 

 アルファは、小宮果穂に耳打ちする。

 

「男の家で、女が風呂に入るってことはな? ────って意味になる」

「えっ! そうなんですかぁっ!?」

「で、お前はどうする?」

 

 小宮果穂は悩む。

 

 男の家で、女が風呂に入ること。

 それは────『肉体の恋』がしたい、という意味になる。今、そのように耳打ちされた。

 

「……アルファさんは────」

「?」

「アルファさんは……どうしたいですか?」

「え────」

 

 アルファは動揺して硬直する。なぜ、そこで問い返すのか。

 小宮果穂は身をくねくねとさせて返事を待っている。

 

「そりゃあ、まぁ……言わずもがなと、言いますか……」

「……それって、どういう意味ですか? もっと具体的に言ってもらわないと、分かりません……」

「果────……」(誰の入れ知恵だ?)「……俺は、据え膳食わぬは男の恥ということわざが、ある意味では大嫌いだ。だからこそ、俺は常に“輪ゴム”を持ち歩いている。どんな時もだ。学校に行こうが、お城に行こうが、事務所に行こうが、控え室に行こうが」

「……えっと……?」

 

 小宮果穂は、何かを思い出すように言葉を探している。だが何も思いつかなかったのか、ソファから立ち上がる。そのまま廊下を走っていき、洗面所の引き戸を開け、ガラガラと音を鳴らして閉め切った。それはつまり。

 

「────いや、うそだろ……?」

 

 衣擦れの音。それは服を脱ぐ音。風呂場の戸が開く音。そして────シャワーの音。

 

「っッ!!?! !???!??!?!?!!?」

 

 しばらくアルファの脳内は、小宮果穂に対する解釈違いで、脳内が混迷を極めていた。

 

          §

 

 五分後。

 アルファからしたら、五十秒か、あるいは五時間にも等しい時の流れ。小宮果穂が風呂に入ってから脳内フル回転で考察を続けていたが、それよりも小宮果穂が風呂場から出てきたあとの身の振り方を考えることに必死で、とにかく、心身が爆発するほど焦りに焦っていた。

 

(!??!?!?!?!?!?!?!!??!!?!?!?!?!?!?)

 

 否、というより、気持ちを落ち着けることに必死で、何も考えられていなかったかもしれない。

 

 そして────ついに風呂場の扉が開く。

 

「っ……す、すみません! アルファさん! ジャージを、貸してください!」

「────っッ!!?」

 

 刹那、アルファは、ほとんどを察した。

 

(な、なんだ……! なるほど、読めたぞ……! 俺と同じことをやり返そうとしていたのか……! ────いや、でも、やり返したところで、だからなんだ? そんな幼稚な奴じゃないし……あいつは何がしたいんだぁ……?)

 

 アルファの脳内は疑問符だらけ。

 とりあえず小学生時代のジャージをダンボール箱から引っ張り出す。洗面所の引き戸を二回ノックして「入るぞ」と断りを入れ、間を開けて入室。洗面台の端に着替えを置いて踵(きびす)を返し引き戸を閉め、スタスタとリビングに戻る。

 

 廊下の奥から衣擦れの音。洗面所の引き戸が開く。足音。そうして風呂上がりの小宮果穂が現れた。濡れた髪、湯気昇る肩、火照った顔、水色のジャージ姿。タオルを首に巻いており、何やら考え事をしながらソファに座る。

 

『……………………』

 

 同じソファに座りながら、小宮果穂は俯いており、アルファは視界の端に少女の姿を入れないようそっぽを向いている。

 やがてアルファは心配の方がまさり、勇気を出して切り出した。

 

「なぁ果穂……病院行くか?」

「へ?」

「どこか具合でも悪いんじゃないのか? お前に何かあったら、俺は世界に足を向けて寝られない」

「……?」

 

 アルファは観察する。小宮果穂の様子を見る限り、どうやら深刻な何かを抱えているわけではなさそうだ。それはそれで彼女の思考が見えない。腕を組んで考察を続ける。

 その時、ずっと視線を下げていた小宮果穂が、ようやく口を開いた。

 

「あの……これで、もう────お(・)化(・)け(・)は、出ませんね!」

「────」

 

 アルファは、突としてアゴが外れたように口をあんぐりと落とし開け、驚いたように振り返る。

 

「いや……お前、アレ、本気にして────!?」

「? だってお化けは、えっちなことになると出てこないんですよね……?」

「いや、まぁ……俺は、そう思っているけど……そうか。心配してくれてたのか……」(つーか、この程度のことでエッチだと思ってんのかこいつは……)

 

 小宮果穂は申し訳なさそうに伝える。

 

「それは……あたしのせいで、アルファさん……きっと夜、すごく怖かっただろうから……」

「気にすんなよ。最終的に、果穂を家に泊まらせるのも、俺が果穂の家に泊まりに行くのも、俺が『やっぱなし』って言ったんだから」

「でも……」

「まぁそれに? 実はあまり怖くなかったんだな、これが」

「え? そうなんですか?」

「あぁ。なんでかって言うとな? ────しばらく俺のアイドル事務所で寝泊まりさせてもらってたんだ」

「……! なるほど、その手があったんですね!」

「結構自由な事務所でなー。理由を説明して説得したら、快く使わせてくれたよ。マジでうちの社長には感謝だぜ……心の恩人だ……しかも事務所の玄関に盛り塩も置いてくれたんだぜ? なに? 優しすぎない? いま俺が居る環境(せかい)、聖人しか居ないのかよってな!」

 

 アルファは呵呵大笑と膝を叩く。

 小宮果穂はその話を聞いて安心したのか、笑顔を取り戻した。

 

「それならよかったです! じゃあ今はもう、この家で寝ているんですねっ!」

「……────」

「……え? アルファさん?」

 

 心霊写真の騒動から、既にどのくらいの日数が経ったと思っているのか。

 

「……言うな」

「もしかして、まだ事務所で寝泊り……」

「言うなって。いや、そろそろ……そろそろ、この家でも眠れそうだから! マジでっ!」

「────それなら、やっぱり追い出しましょう!! アルファさんが納得できるまで!」

「!?」

 

 突として小宮果穂はソファから立ち上がると、勇気を象徴するヒーローポーズを決めた。

 

「アルファさんの心に勇気を与えます! それで《恐怖》をやっつけるんですっ!」

「その手段として“何”をするのか……お前、意味わかって言ってんだよなぁっ!?」

 

 当然、何も分かっていなさそうな小宮果穂は、自信満々の笑みで渾身のキメ顔を披露する。────と思いきや、突然どこか艶やかな表情で座り込むと、ソファの上を四つん這いになって寄ってきた。

 

「あの、だから……お願いします……」

(え? 何を?)

「……あっ……で、でも……! あたしが『イヤだ』って言ったら……そこできちんと、やめてくださいね……?」

(は?)

「だから、アルファさん……あたしに、いろいろ、教えてください……」

「────いや待てや。やはり、その台詞……誰の入れ知恵だ?」

「秘密ですっ!」

 

 小宮果穂の花咲く笑顔。それとは対照的な、やけに芝居がかった台詞。

 刹那アルファは、すべてを察した。そしてカマを掛ける。

 

「────やっぱり少(・)女(・)漫(・)画(・)は! 教育に悪い……っ!!」

「えぇっ!? な、なんで分かったんですかぁ!? やっぱりアルファさんはエスパーですーっ!!」

「もう二度とやるなぁーっ!! 俺の脳が破壊されるところだったんだぞーっ!?」

「えへへっ! さっきのイタズラのお返しですっ!! だってあたし、もう負けませんからっ!」

 

 してやられたアルファは豪快にソファから転げ落ちると、床の上でもんどり打つ。

 対する小宮果穂は何度もソファの上を飛び跳ねて、屈託のない笑顔で大はしゃぎした。

 

          §

 

 小一時間後のアルファ邸リビング。

 少女のドッキリにしてやられたアルファは、とにかく何かやり返したくて仕方がなかった。

 

(何か果穂が驚くようなこと……でもやりすぎないようなもの────うーん……)

 

 一方の小宮果穂は、スマホをいじっている。

 その様子を横目で眺めるアルファは、不意にピンときた。衝動に近い閃きは、深く考えず実行される。

 

「────『果穂ちゃん』────」

「……────え?」

 

 小宮果穂は目を点にして振り返る。

 そこには真っ赤な顔をして口元を覆うアルファが、そっぽを向いていた。

 

「────あ、あのっ! いまっ!!」

(果穂の赤ら顔が見たいあまり……)「血迷った。もう二度と言わん」(つーか俺の方がダメージめっちゃデカかった……)

「やですっ! もう一回! もう一回だけでいいですから! もう一回だけ言ってみてくださいっ!!」

「結婚式レベルのことじゃないと二度と言わん」

「!!?」

 

 連続自爆したアルファは、頭からソファの肘掛けに撃沈していき、何度も頭を叩きつける。

 

(────おっかしいなぁ……今まで何人の女を、キザな言い回しで口説き落としてきたと思ってんだ……たかが、たかがこの程度の青臭い台詞で……いちいち慙死(ざんし)此処に極まってられるかよ……。──でも、でも……この顔が、もう上げらんねぇんだ……なんでだろな……これが本物の『恋』ってやつなのかな……『情熱の恋』を、しちまってんのかな……? それならもう血迷わないように、気をつけねぇとな……)

 

 一方の小宮果穂もスマホの手が止まり、ドギマギとして俯き、紅潮。

 

(け、結婚……っ!! アルファさん、そこまで先のこと考えてたんだ……! じゃあ、あたしもウェディングドレス、いつか着るのかなぁ……? お父さんと赤いカーペットの上を歩いて、アルファさんと────)

 

          §

 

 未だ午前中のアルファ邸リビング。ベッドソファには、相変わらずふたりの姿が並んでいる。

 現在時刻は九時を回った頃。青空に昇る太陽が室内を明るく照らす。

 

 アルファは、無音のテレビゲームをすることで気を紛らわしていた。小宮果穂にしてやられたことを、まだ根に持っている。

 一方の小宮果穂はヒーロー番組に夢中であり、あれから一時間以上は経ったことから、結婚に関する話題は忘れている様子。

 

 ところで、アルファの家に、テレビは一台しかない。しかしアルファはテレビゲームをしており、小宮果穂はテレビ番組を見ている。これはいったいどういうことか。というのもアルファの家のテレビは、かつて聖人級弁護士に買ってもらった高級テレビであり、画面の中の映像を複数に分割できるのだ。つまり、別々の映像を同時に、制限数まで表示可能。

 

 ソファの左側に座る小宮果穂は、テレビの画面左側でヒーロー番組を観賞しており、

 ソファの右側に座るアルファは、テレビの画面右側でロボットゲームに興じている。

 

 やがて一話を見終えた小宮果穂は、テレビを分割する前から気になっていたことを問いかけた。

 

「あのっ……アルファさんは、ゲームの音がなくても楽しいんですか……?」

「まぁな。もちろん、あった方がもっと楽しいが」

「じゃあ、ゲームのほうの音を出してください!」

「そしたら果穂が無音で番組を見ることになるだろ。俺のゲームは音がなくても遊べるゲームだから気にすんな」

「いえっ! 録画番組は、全部字幕が付いているので、音がなくても見ることができます! だから……!」

「……」

「…………」

 

 アルファは押し黙る。無言の圧を感じる。どうやら譲る気はない様子。

 小宮果穂は二つの選択が浮上中。アルファの圧に負けてあげて聞き入れるか、アルファの圧と戦って勝利するか。まぁ前者だろう。後者は労力と対価が見合わない気がする。そんな喧嘩みたいなことをしてまでアルファに音声を譲っても、それはなんだか変な意地っ張りだ。しかし、前者も気に食わない。アルファに負けるのは、なんだかいやだ。

 

「……こういうのって、音声も分割できたら、いいんですけど……」

「できるぞ」

「──え?」

「でもやらない」

 

 それはなぜか。それをやれば一挙両得で解決ではないのか。どうやらこれは後者を選ぶ必要が出てきたようだ。しかしアルファの圧とどう戦えばいいのか。やがて少女は閃いた。

 小宮果穂はソファに手を這わせると、悪ぶった顔で目を細め、アルファの横顔に詰め寄り、虚空を指さす。

 

「なんでですか? アルファさん? ……見ない顔ですねぇ……?」

「寄るな。圧をかけるな。なんだそれはどういうことだ変顔するな意味わかんねぇ。……────あぁもう、スマホに挿すイヤホンがあるだろ? あれテレビに挿すとな。イヤホンの右と左とで音声が分割されるんだよ」

「……! そうなんですか!? じゃあさっそくやってみましょう!」

「いや、だから……おい、果穂……」

 

 小宮果穂はゴソゴソとポケットをあさると、スマホのイヤホンを取り出す。

 

「……は! でも、これじゃあ短すぎます! テレビに差してもイヤホンがソファまで届きません……!」

「そうだな」

「……あ! でも、そういえば棚の中に延長ケーブルがあった気がします!」

「なんで知ってんだ……」

 

 棚の中を探した小宮果穂は、見つけた延長ケーブルをテレビとイヤホンに接続、ソファまで戻る。そして左のイヤホンを自分の右耳に付けて、右のイヤホンをアルファの左耳に付けようとする。

 

「はい! イヤホン半分こですっ!」

 

 しかしアルファは姿勢を後ろに倒し、小宮果穂の魔手から逃れようとした。

 

「?」

「……お前はさぁ。羞恥心ってものがねぇのかよ……」

「しゅうち心……アルファさんは、何をはずかしがっているんですか?」

 

 小宮果穂は首をひねる。その瞳は純粋そのもの。

 対するアルファは、意を決したように溜め息をついた。

 

「……右のイヤホンは右耳に付けたい。つーわけで────」

 

 突としてアルファは振り返って身を倒し、小宮果穂の膝の上に頬を寝かせた。膝枕である。

 

「わ……!」

「ほら」(俺にトドメを)「刺せよ」

 

 小宮果穂は、膝枕してきたアルファの右耳に、そっとイヤホンを差す。そしてアルファとの距離が近いためイヤホンケーブルの長さが余った。そのため小宮果穂は、左用のイヤホンを、右耳から左耳に付け替えた。

 

          §

 

 二十数分後。

 二話目のヒーロー番組を見終えた小宮果穂は、自分の膝の上で寝っ転がりながらゲームを続けるアルファに質問する。

 

「あの、お話してもいいですか?」

「あぁ」

「さっき……あたしのことを“先輩アイドル”って言いましたよね?」

「そうだな」

 

 小宮果穂はもじもじとする。頭の中では、多くの先輩アイドルの顔を思い出していた。事務所の仲間たちの顔も少なくないが、お仕事をした時に知り合った共演者たちの顔も多くよぎる。そんな先輩アイドルたちに『してもらったこと』を思い出し────ふいに小宮果穂は、上半身だけヒーローポーズを決める。それから“先輩アイドル”らしく、決めゼリフを言い放った。

 

「だから! もしアルファさんが、アイドルのお仕事のことで、何か分からないことがあったら……あたしを頼ってくださいっ!」

「──はは。そうだな。……果穂も先輩風を吹かしたいか」

「……『風を吹かす』……?」

「ただの皮肉だ。俺も目が斜めにならないようきちんと頼るが、お前も目が斜めになる時期が近付いているのかもな」

「……『目がななめ』……??」

「俺の言ったことは後で調べてるんだろ? ならメモでも取って肥やしにするといい。ヒントはヒラメのことわざだ」

「ヒラメ」

「まぁ使い方はちょっとおかしいが、親も先輩も“信頼できる大人”という点では似たようなもんだろ」

「…………」

 

 咄嗟にスマホを手に取った小宮果穂は、今の話をメモする。あとで意味を調べるためだ。

 それが終わる頃を見計らい、アルファは続きを切り出した。

 

「でさ。きっと果穂は、憧れのお姉さん達のように……自分も優しく・先輩らしく立派に楽しく・動じず・しっかりと頼りになる大人らしく……なれるかどうか。いや、で(・)き(・)る(・)か(・)ど(・)う(・)か(・)……俺に対して、試してみたいんだよな?」

「──はいっ! …………? でも、本当に、そうなんでしょうか……?」

「いい返事をしたと思ったら、どうした? まぁ含みがある言い方だったことに気づけたのは良しとしよう」

「?」

 

 なれるかどうかは、遠い憧れ。見上げる目標。

 できるかどうかは、近い自立。目の前の目標。

 

「では、俺が仕事で困った時はよろしく頼むぜ。またあの時のように俺を助けてくれ。先輩ヒーローアイドル」

「っ……!! はいっ! 任せてください!」

 

 小宮果穂は上機嫌で鼻歌を歌いつつ身を揺らす。くねくね、くねくね。

 その体動を頭部に感じるアルファは、ふいに小宮果穂の顔を見上げた。そして一言。

 

「────タピオカチャレンジできるな」

「?」

「はてさて、今のセリフで『キモッ』って言われるのは、一体いつになるのだろうか……」(つか、なんで恋人が恋人の反抗期に怯えなきゃいけないんだ……いや、まだ俺たちは恋人じゃないんだけど。両思いなだけで……そもそも付き合う可能性は低いしなぁ……)

 

 異性として、その上で父性と兄のような想いが混在するアルファは、自分でもよく分からない心境で、苦笑の溜め息をついた。

 

「…………なんだか今日のアルファさんは、遠まわしな言い方が多いです!」

「気に障ったか」

「いえ! いつものことなので!」

「慣れてきたってことか。そりゃ有り難くも申し訳ないね。……あーでも、さっきの俺の話は説教臭くてウザかったな……ごめんよ」

「? そうでしたか?」

「いずれ意味が分かれば、そう思うこともあるだろうさ」

 

 そしてアルファはゲームオーバー。さすがに横になりながらゲームするのは難しい。加えて会話しながらのプレイだ。満足にクリアも目指せない。しかしアルファは、それをあらかじめ想定した上で行動している。故に文句はない。ただひとつ、また理屈っぽい話が頭に思い浮かんだ。

 

「男は何を話すかを重視する。女は誰と話すかを重視する。換言すれば理屈と感情。あくまで傾向の話だ」

「……」

「男は驚く。“なぜ女は中身がない話でも長く会話することができるのか”と。──女も驚く。“なぜ男は自慢話ばかりするのか”と。……それは今しがた口にした“傾向”に由来しているのかもしれないな。遡れば紀元前まで由来を探せるが」

 

 小宮果穂は真剣に聞いている。そこでふと、あることを思った。

 

「アルファさんは……将来、歴史家とか、心理学者とか、脳医学者とかに、なりたいんですか?」

「はは! それは素晴らしい皮肉(ユーモア)だ。天然で(ナチュラルに)言っているのがなおいい」

「??」

「犬は飼い主に似るか、飼い主が犬に似るのか。これは友人同士でも言えることだよな」

「……朱に交われば赤くなる?」

「類語だなー」

 

 最後にアルファは、理屈で話をまとめる。

 感情の赴くままに理屈を捏ねられるのは、相手が聞き上手であるからだと自覚して。

 

「要するに、いま俺と話していて楽しいか?」

「はいっ!!」

「即答かよ。お前さ、俺のこと好きすぎじゃね? ちょっとは思うところあってもいいと思うんだけどなー」

「いっぱいたくさんありますっ!!」

「はは……! ──ま、そういうことだわな。でも、よく分からん話は聞いていても退屈だろ? だから果穂の成長を今か今かと待ち侘びてるよ」

「……! わかりました! すぐアルファさんに追いついてみせます! だから、もうちょっとの辛抱ですからね!」

「その全力ぶりだと、追いつかれるどころか、一気に追い抜かされてそうだなぁ。博識になった果穂か……いつか見てみたいもんだ。会話で遊べるようになると楽しいぞ? 言葉遊びってやつだ」

 

 将来を想像して楽しげに笑ったアルファは口を閉ざす。唐突に話は打ち切られた。コントローラーの手も止めている。どうやらゲームオーバー続きで、やる気をなくしたらしい。膝枕の上で目を瞑っている。このまま眠ってしまいそうな気配だ。

 ならばと小宮果穂は、今しがた見終えたヒーロー番組について感想を述べようと思う。ただ感情の赴くままに、アルファとの時間を楽しむために。そして、今見た番組のどこか素晴らしかったのか、理屈を捏ねて語りださんとする。無論、最初は眠らせてあげた方がいいのかと葛藤したが、アルファならきっと聞いてくれる信頼がある。きっと眠るほど疲れてはいないだろうし。相手の体調も、きちんと理解しているのだ。

 

「あの! アルファさん!」

「おう。どうしたー?」

 

 気遣いながらも気の置けない仲。

 ただ共にあることを、ふたりは嬉しそうに楽しんでいた。

 

          §

 

 まだ昼前にもならない時間帯。

 外は晴れ晴れとした良い天気。広がる青空の下、わたあめのような白い雲が漂う。

 

「アルファさんアルファさん! 今度は外で遊びませんかぁ!?」

「別にいいけど……何するんだ?」

「虫捕りしたり? 公園に行けば学校の友達がいるかも! あさひさんと会えたら冒険したり、甜花さんたちと会えたらお散歩ゲームしたり、もしも放クラのみなさんと会えたらヒーローごっこしたり!」

「後半から荷が重いなぁ」(特にあさひ先輩から……)

「あと雨が降ったら、アルファさんと『相合がさ』というものをしてみたいですーっ!」

「少女漫画の知識から飛び出てくる不意打ちが心臓に悪いなぁ……!」

 

 喜哀の(複雑な)心境で糸目を引くアルファは、柔らかい膝の上から、豊満な胸の先にある小宮果穂の顔を見上げる。

 

「果穂は相合傘をしたら、胸が『きゅう』ってなるのか?」

「……! …………たぶん……? それを確かめたいので、いつかやってみたいですっ!」

「それ、もし『きゅう』ってならなかったら怖いな……」

「? なんでですか?」

 

 にこにことする小宮果穂は首をかしげる。相変わらず何も分かっていなさそうな子犬顔。

 対するアルファは憂慮する。

 

(この手の純粋な女性は、そのうち相手のことを“恋人”というより“家族みたいに特別な人”って認識になって、異性愛が芽生えにくくなるんだよなー。経験談として苦い思い出がある……ってことで、その反省を活かし、多少アタックはしておくか)

 

 しかしアルファは難しい顔をして懊悩を続けた。

 

(でも……どうせ俺は高校に上がったら、果穂とはもう会えなくなるし……いや、“確実に会わなくなる”から……。なぜって、無理に会おうとしても予定が合わなかったりで、互いにそれが苦になるし……テレビ電話とかで遠距離恋愛ってのも寂しすぎる。……だからまぁ、俺としては“家族みたいに特別な人”のほうが……果穂からしたら、気楽だろうから……。────だって“三年後に離別することが確定している恋愛”とか、切なすぎて嫌だろ?)

 

 色々と考えすぎたアルファは、慈愛のつもりの考えを整理相談すべく、自らの心情を吐露する。

 

「あのさ。実は俺、果穂がアイドルだって知ったあと、なんかお前が遠い国の存在のように思えてさ……放課後クライマックスガールズについて、まったく調べようと思えなかったんだよなー」

「……そう、なんですか……?」(遠い国……海外……)

「もし調べていたら、今みたいな関係にはなれてない。きっと“アイドル・小宮果穂”について調べれば調べるほど、お前がどれだけ、アイドルのお仕事を頑張ってきたのか知ることになって……たぶん俺、苦い羨望や醜い嫉妬で、どうにかなっちまってた。それは自信を持って予想できる。俺はそういう人間だって知ってるから。だから放クラのメンバーさんや283プロのことは、ネット検索する時サジェストされないよう、わざわざ設定までしたくらいだ」

「……!」

「でもアイドルとしてスカウトされて、それを受けることに決めて……自分なりに吹っ切れて調べてみたら、さ? あさひ先輩もアイドルだと分かってビビったよ。でもまぁ、たしかにカリスマ性ハンパないからなぁ、あの人は……。で、白瀬咲耶さんが所属するアンティーカも、俺の雰囲気や方向性と似ているから参考にさせてもらった。あと、この前のバラエティ番組で大崎甜花さんと共演した時も、ちゃんと283プロの人だって分かってたぜ。楽屋に挨拶しに行ったら、ジャスティスⅤの話題で盛り上がったよ」

 

 アルファはそこまで言うと、はて、自分は何を言いたかったのかと頭を掻く。

 

「……まぁ……それだけ」

 

 アルファは膝枕をやめて起き上がる。

 すると小宮果穂は、何かに驚いたように身構えた。

 

「!」

「?」

 

 アルファは背もたれに腰掛けてプレイを再開。

 ロボットゲームに興じる。

 

「……」

 

 小宮果穂は身構えた体を解く。姿勢を楽にして俯いてしまう。

 やがて、ちらりとアルファの横顔を見やった。

 

「────あのっ……!」

「?」

「……っ……」

「……? ……──」

 

 アルファは言葉を待つ。

 一方の小宮果穂は、不安そうに垂れ下がった眉と目尻で……ざわめく胸が吐き出すままに。上目遣いで問いかけた。

 

「どうして────……あれから……『何もしてこない』んですか……?」

「────っ?」

 

 期待の眼差し。それは無意識か。アルファは悟る。

 急にスキンシップが減れば、女性は自分に魅力がないのかと落ち込んで、相手の心が離れているのではないかと不安になる場合がある。だがそれは一般的に成熟した女性の話であり、それでも実際は人によりけりだ。では小宮果穂は、今の話に当てはまるタイプの女の子なのか、どうなのか。今の問い掛けを聞く限り、おそらく当てはまるのだろうと推察する。────本当に?

 

「……急になんだよ。この前は俺の膝の上に乗ってきたろ。今だって膝枕してもらったし……」

「そういう、ことじゃなくて……?」

 

 小宮果穂は、その時のことを思い出すだけで胸が『きゅう』っとする。

 ソファに押し倒されてキスされたこと。

 壁そっ……からのあごクイッで言い寄られたこと。ハグされて片耳に『すきだよ』と言われたら、全身がピリピリしたこと。さらに吐息がかかったら全身がガチガチとすくんで、しなしなと脱力したこと。それから身も心も何かに耐えることに必死で、力が入らない指先で一生懸命、服の裾を握り締めたこと。

 

「あれから一切さわってこないのって、なんでなんだろって……」

「別に大した理由じゃ……。……前にも言っただろ。こっちは暴走しないよう我慢してんだって。……男は猿だってこと、少女漫画には描いてなかったか? ──つかお前、いったいどんな漫画を読んでるんだ? タイトルを教えてくれ」

 

 アルファの言葉は、少女の耳に届いているが入っていない。

 おそらく、その言葉が欲しい答えではないからだろう。

 

「……ひとつだけ言っておく。俺は果穂を大事にしたい。それだけ」

「……っ!?」

 

 アルファは優しい気持ちを込めて冷静に返し、ゲーム画面に向き直る。

 しかし小宮果穂は、その言葉を突き放されたように感じてしまっていた。『大事にしたい』という言葉は嬉しいのに、なぜか『それだけ』という言葉に動揺してしまう。それがなぜだろうと考えて、頭の中にモヤがかかる。その直感は正しい。アルファは三年後に離別する運命を悲劇として考えて、ある程度は距離を置こうとしている。

 

(……あれ? でも……そういえば、あたしって……)

 

 ふいに小宮果穂は気づく。思えば自分は、今まで『何もしなかった』ことに。それなのに今、アルファには求めた。これはきっと、よくないわがままだ。ならばと乙女は『何かをする』ことを想像する。すると頭の中で微かに生じた『しゅうち心』と戦い、心の中で渦巻く『シーン』に四苦八苦して────

 

(────よしっ!!)

 

 突として小宮果穂は気合を入れる。はずかしさは全力パワーで吹き飛ばす。

 そして、今度は自分から。前はやられてばかりだったので、今から反撃ののろしを上げるとする!

 

 ソファの上。手を這わせ────遥か遠くを見据えるような青年の横顔に接近。だが緩やかに近づくと、胸の中で『しゅうち心』がふつふつと蘇ってくる。それだけで心が負けそうになり、途中で諦めてしまいたくなる。つまり急がなければ。もっと、もっとパワーが必要だ。いや、パワーがなくなる前に押し倒さなければ! この気持ちは制限時間付きだと今知った。勇気がなくなる前に、早く行動を済ませなければいけない! そのためにスピードを引き上げる。目の前の血色のいい頬に急接近────けれど、ぶつからないよう寸前で急減速、急停止。

 

「っッ!?」

 

 突として迫られたアルファは脊髄反射。肩を飛び上がらせて逃げ出し、おっかなびっくりと横向きに倒れる。

 対する小宮果穂は、絶対に攻撃を成功させるため追いかけて、青年の大きな体の上に覆いかぶさった。

 

『…………────』

 

 見つめ合う。

 小宮果穂は目を見開いている。ドキドキ・ドクドク・バクバクと鼓動がひどくなっていき、耳の奥がガンガンと強く打ち叩かれる。

 アルファは目を丸くしており、左腕を掲げて乙女の首を押し上げることで身を守る。だがそのガードも、なお迫り来る小宮果穂の体重に根負けして────青年は観念したように、羞恥混じる苦笑をこぼしながら、視線を天井の隅に流した。

 

 そして、小宮果穂の唇が────そっと、アルファの頬に触れる。

 

「────……」

 

 無言の小宮果穂は赤ら顔。すぐにアルファを解放して引き下がり、ぽつんとソファの上で折り目正しく正座する。視線を下げて座卓に集中。自分でしたことなのに、恥ずかしさのあまり硬直していた。

 対するアルファは、その様子を見届けたあと、大きな腕で両目を覆う。

 

「……────さっき風呂に入った時、お前、黄金色のボトルのさ……女性用のリンスやコンディショナーを使ったろ……」

「っ……?」

 

 なんで分かったのか、と小宮果穂は首をかしげる。

 そんなもの髪のツヤや肌のハリ、なにより匂いですぐに分かることだ、とアルファは思う。

 

「なんで……黒色のボトルの……俺用のシャンプーを使わないのかなぁ……つまりお前、二択を外したんだぜ……?」

 

 問題なのは。

 

「あれさ────『俺好みの匂い』なんだ」

 

 黄金色のボトル一式は、いつもそ(・)の(・)気(・)が(・)な(・)い(・)ラ(・)ブ(・)ホ(・)に持っていくための逸品である。その使い道は限定的であり────夜の街で女性を口説き落とした後、女性側の猫かぶり・性悪などの理由で、土壇場で相手の本性に気づいた時に用いる必須のツール。たとえタイプの女ではなくても、モ(・)ノ(・)に(・)し(・)て(・)タダ飯にありつくためには必要だった、発(・)情(・)の(・)ツ(・)ー(・)ル(・)。

 

 つまり黄金色のボトルは、アルファにとって、発情するための精力剤と言えた。

 

「────ハァ……だから突然、恋人でもねぇのに……膝枕なんて……意味不明なこと、やっちまったんだよ……」

「……?」

 

 アルファはこらえる。脳内が暴走している。心中が蹂躙される心地だ。身体(からだ)が熱い。

 なんとか理性を取り戻そうと理屈を捏ねる。冷静になろうと感情を綯い交ぜる。

 それでも、どうにもこれは────筆舌に尽くしがたい、好機の気配。

 

「それだけならまだいい。膝枕してもまだ我慢できた」

 

 本当に問題なのは。

 

「それなのにお前のほうからアタックしてきたら────もう、喰うしかないだろう?」

 

 たとえそれが、精神的に幼い女の子らしい、とても純粋な『好意の贈呈(キス)』であり────決して『情欲のお誘いではない』ことが、分かりきっていても。

 

「────……あ……アルファ、さん……?」

 

 小宮果穂は目を奪われる。なんだかスゴい気迫に当てられて、頭の中も浚われる。

 アルファがソファから起き上がった。いつになく引き締まった目つき。そこに獰猛な野性味を感じてならない。

 アルファのたくましい腕が伸びる。小宮果穂の手首を鷲掴み。腰に手を回して体を抱き寄せられる。とても男らしい腕力だ。力強い握力にびっくりする。でも痛くない……いや、少しウソをついた。本当はちょっぴり痛かった。それでも気にならないのは────もう絶対に離さないという、強い意思を感じてならないから。そしてなぜか、離さないでほしいと、感じてしまったから。

 

「覚悟しろよ。──……あ、そうそう。覚悟には“諦めて前を見る”って意味があるの、知ってたか?」

「……? ────ッ!?」

 

 突然、視界が回る。背中にソファの感触が、押しつけられる。

 彼の背後は白い壁だったのに、彼の背後が白い天井に移り変わる。好きな人の体に、押しつぶされる。

 

 

 

 かくて少女は、思いもよらぬ別の意味────二つ目の『食事』の意味について、知ることになった。

 

 

 

          ……

          …………

          ………………

 

 

 

 それは、とてもすてきなはちみつの味。

 

 今まで出したことのない声が出ちゃう。苦痛とも快楽ともつかない息づかい。この部屋で二人っきりの時間。液体のようにとろけてしまう。

 

 窓の外。地上を走る、はい気ガス。ちょっと前に神社で願かけした恋愛成就のおまじないは、こんなつもりじゃなかったのに。

 

 まるでお互い犬のよう。お互いのしっぽを追いかけ回してじゃれあう二匹の子犬のよう。

 

 耳元でささやかれる愛の言葉。すました声じゃなくて荒い声なあたり、それはもっとはげしくするためのじょう談なんだろう。

 

 お腹がすいた。食べられ続ける。これがずっと続くのだろうか。いつまで続いてしまうのだろう。

 

 大切にしたい? 我まんしてる? その意味が、ようやく分かってきた。

 

 意識がぼんやりとしてくる。自分に対して、誰が何を思っているのか、まだまだ分からないことだらけ。理由があって愛想を使う人がいる。理由がなくて優しくする人がいる。大人も、他人も、何を考えて動いているのか、むずかしくて。よくわからないことばかりで。好きな人のことも全然『理解』……できていなくて。それで胸が『きゅう』ってなって、つい────あたしは、笑いながら、泣いていた。

 

 

 

          ……

          …………

          ………………

 

 

 

 昼下がりのアルファ邸リビング。

 おぼろげな空間の中、ジャージ姿の小宮果穂は目を覚ます。

 

「────……あれ……?」

 

 どこにもアルファの姿がない。どこを探しても見当たらない。

 

「アルファさん……?」

 

 ベッドに変形していたソファから下りて、テーブルを見ると、そこには書き置きが一枚。

 

「…………っ」

 

 書き置きの内容は、

 

「こ、これ…………!」

 

 目を疑う。だんだん、だんだん、息ができなくなる。

 

『悪い。行ってきます』

 

 ごうごう……ごうごう……飛行機の飛ぶ音が、はるか遠い青空からひびく。

 その飛行機は、いったいどこの国に行くのだろう。たぶん、遠い世界に、旅立つのだろう。

 

「────……っ!!」

 

 部屋を走る。廊下を走る。玄関の扉がじゃま。階段を走る。エントランスのゲートがじゃま。大通りを走る。小路を走る。走る。走る。走る。走る。走る。こける。

 

 焦げつくような、桃色の吐息。

 

「はぁ、はぁ────なんで……」

 

 遊園地で遊ぶような。

 楽しい時間は、もうおわり。

 

「いやだ……」

 

 約束したのに。三年後、大人びていたら、告白してくれるって、約束したのに。

 

 最初から、そのつもりだったのか。せっかく恋をしたのに、いったい何がダメだったの?

 

「あたし……覚えてない……っ! アルファさんのほっぺにチューしたあと、何があったか、覚えてない……!!」

 

 もう胸は『きゅう』っとしない。ただひたすらこの胸は、『つんざく』ように叫んでいる。

 

 あたたかい初雪。それは初恋の情熱をぬるらかに冷ますもの。

 

 小雨が降る。身を打つしずくの多さは、記憶がなくとも体が覚えている。

 

 握り締めた書き置きの手紙が雨にぬれていく。

 

『最低だよな。男は夢より女を選ぶバカだけど、少年は女より夢を選ぶバカなんだ』

 

 アルファさんの言うことは、いつもよくわからない。わけがわからない。

 

「俺は心配だよ。この超絶イケメンダークヒーローに惚れたまま成長して、もし三年後に別れたらさ。果穂は、女として人生の路頭に迷うんじゃないかって。──ひとつの恋しか知らない女は、映画でしか恋愛を楽しめなくなる。Byアルファ。……だから、さよなら。そして『黒』には気を付けろ。どう考えたって痛い目に遭うからな。今みたく」

 

 アルファさんは、わけがわからないことばかり繰り返す。周りの人は、すぐに自分が分からなかった言葉の意味を説明してくれる。だから教えろと甘えるつもりはないし、だからこそ自分で出来る限り調べてきたけど────

 

 

 

 …………「まったく張り合いがない。この程度のことで気絶しちまうとは」…………

 

 

 

 アルファさんの声が聴こえなくなる。握り締めていた書き置きには、『つづき』が書き足されていた。

 

『放課後すぐの電車に乗る。窓から探す。お互いに目が合えばいいな。それが最後のアイコンタクトだ。どうする?』

 

 果穂は走った。路地を曲がる。商店街を走る。坂道を下る。走る。走る。走る。こけそうになっても走る。走って止まる。

 

 ────カンカンカンカン。

 

 踏切の音。息せき切って目をこらす。高速で通過する電車。見つけられない。見つけられない。見つけられない。見つけられない。見つけられない。早すぎる。早すぎて窓すら認識できない。そもそも────

 

「この電車、だれも、乗ってない────」

 

 ごうごう、ごうごう……飛行機が飛ぶ音。雲ひとつない青空から、真っ白な雲海へ飛行機が突っ込む。その窓辺にほおづえをつくアルファさんを見つけて────目が合わない。彼の目は情熱に燃えており、自分ではなく、とおくとおく海の向こうを見つめていて────

 

 こみ上げる悲壮をぶちまけた。

 

「……っ」

 

 言ってはいけないことを、

 

「清めちゃ……いけなかったんだ……っ!!」

 

 思ってしまう。

 

『なに言ってんだ。清めることの何が悪い。お前は正義を尽くして俺を救ったんだ。それを誇れよ。ありがとな、俺のヒーロー』

 

 背後から迫る大きな雲。真っ黒な雲。それが嵐のはやてに吹かれて追いつき、土砂降りの雨が降る。

 

 涙を拭っても拭っても、我まんする自分の代わりに雲が泣く。

 

「あたしはっ……みんなを助ける、ヒーローだからっ……!

 アルファさんの夢を、おうえん、しなくちゃなのに……!!」

 

 どうしようもなくて、うずくまる。腕の中に顔をうずめる。

 

「……でもっ────」

 

 頭上は真っ黒な空が広がるけど、海岸線より先は、真っ青な空がどこまでも続いている。

 いつか、その先に手を伸ばせたら────今度は、世界を救うヒーローにも、なれるかもしれなくて。

 

「…………また、会えるかなぁ……?」

 

 

 

 かくして、まだ自らを矮小だと自覚する少女は、尊敬する壮大な少年の夢に向かって、健気に両手を振り続けた。ばいばい、がんばって────そんなふうに、大切な別れを告げていた。

 

 

 

          ………………

          …………

          ……

 

 

 

 あれから、あたしは大人になりました。

 

 たまに青空を見上げるけど、結局、追いつけなくて。

 

 あの時たくさん泣いたことを思い出すけど、結局、まだまだ未熟なままで。

 

 彼のような人と巡り会えたら、きっと何かが手に入るかもしれないと思って。

 

 それでも世界は残酷で。どうすることもできず、あの日々を思い出すばかりで。

 

 あなたは『こっちに来い』と叫ぶけど。あたしは、無理して笑うことしかできなくて。

 

 覚悟には、『諦めて前を見る』って意味があるって、本当ですか?

 それなら、あたしは『さようなら』をします。

 

 ヒーローは平和を守る。あたしは、そんなヒーローになりたい。それがあたしの夢です。

 だから、あなたからのサインに応えたら、それは『不リン』になっちゃいます。

 

『────果穂ちゃん。結婚おめでとう』

 

 あなたが夢を追って、あたしが追いかけて転んだように。

 もう隣に立つことさえ、できそうになくて。

 

 あなたは強くて、あたしは強くなりたくて。

 

 支えたいと言ったのに、あたしはその約束を守れなかった。

 

 あなたに全身をどうにかされてしまった時みたいに。

 ひとしきり泣いたあと、身も心も、どうにもならなくて。

 

 あなたはきっと世界で大成功。あたしたちの成功は秘密です。

 ヒーローは、自分の活躍をひけらかしたり、見せびらかすことはしませんから。

 でも、スッゴくスッゴいことになったのは、ぜひ教えたいです。

 だから、遠い国のようだと思わないで。あたしたちのことを知ってほしい。

 

 でもまさか宇宙に行って、ダイソン球を発明して。

 よだかの星のラストみたいに、青く燃える命の輝きを、夜空に星として映して。

 世界中を沸かせた。そんなスゴいことをするなんて、やっぱりあなたはヒーローです。

 

 もうかつての仲間は先に逝ってしまった、ひとりきりのおばあちゃんになったのに。

 孫たちのヒーローごっこに混じって、大人になってから得意になりきれなかったお姫様役にも、ようやく慣れてきたところだったのに。

 まさかこうして、あなたが迎えに来てくれるだなんて。

 

『アルファさんは怪盗ヒーローみたいに、あたしから大変なものを盗んで行きました!』

 

 だから昔話をしましょう。今までアルファさんは、どんなダークなことをしてきたのか。

 起業して、いろいろあって、笑って泣いて困って怒って、がんばって。

 スゴい。カッコいい。まるで本当のヒーローみたいな話を聞いて。

 孫たちはポカンとしてるけど、もう大人になったあたしには分かります。わけがわからなくはありません!

 

 え? 今度はあたしの番ですか?

 アルファさんに比べたら、少ないヒーロー活動でしたが……。

 情熱に燃えて、歌って、踊って、魅せて、時には裏で泣いちゃったり。

 それでもヒーローを目指し続けて、やがて子供な自分にさよならして。

 ファンのみなさんを、たっくさん笑顔にしてきました!

 

 ……見てた?

 ────見ていて、くれてたんですか?

 

 それなら、あたしの恋も────

 

 ────もしかしたら、実っていたのかもしれませんね!

 

 

 

         おしまい

 

 

 

          §

 

 

 

 夕方のアルファ邸リビング。夕焼けに燃え上がる室内は薄暗い。

 荒れたソファベッドのシーツの上では、ジャージ姿のアルファと小宮果穂が眠っていた。

 

 仰向けで熟睡するアルファ。

 ほどよく堅い腕を枕にする小宮果穂は、パチッと目が覚める。

 

「…………────、……夢…………?」

 

 耳につたう涙混じりの目をこすって上半身を起こす。いつから眠っていたのか覚えていない。どうして眠っていたのか思い出せない。アルファのほっぺたにキスをしたところまでは覚えているが、そこから先が曖昧だ。頭の中がボヤけたように、思考が先に進まない。

 

「……? ──っ!?」

 

 突然、下着の中に痛みが走る。その痛みから逃れようとして倒れた。アルファの腕に寝転んだ小宮果穂は、ふと、唖然とした表情で目を奪われる。アルファの顔と近い。その寝顔を、じっと見つめ続ける。

 

「…………────」

 

 頭の中がパチパチと鳴る。心の奥がきゅうっと締めつけられる。

 伏し目がちに微笑んだ小宮果穂は体を丸める。そして夢で見たことが起こらないよう、もう二度と逃がさないように相手の体を抱きしめて、逞しい腕を枕にして目を瞑る。

 

(今度は……いい夢が見れますように……────)

 

 

 

          ……

          …………

          ………………

 

 

 

 街中にサイレンが鳴り響く。

 

『警告! 警告! A区に大量のネバネバ怪人が出現! ヒーローの到着には時間を要します! 該当地区の市民は速やかに避難を始めてください! 警告! 警告────』

 

 A区には283プロの事務所がある。そして、ちょうどプロデューサーさんやアイドルたち、社長やはづきさんが揃っていた。

 

「みんな! 避難だ!」

 

 プロデューサーさんの声で、みんな避難するため事務所を出る。

 その時、一体のネバネバ怪人と遭遇してしまった!

 

「そんな……みんなは先に逃げてくれ! ここは俺が食い止める!」

「ダメよ、プロデューサー! 一人で無茶しないで! ここはグリーン戦士・夏葉も戦うわ!」

「当然、イエロー戦士・樹里も参戦するぜ!」

「ブルー戦士・凛世……いざ、推して参ります……」

「ピンク戦士・智代子もね! でもレッド戦士・果穂は、事務所のみんなを連れて先に逃げて! あとを頼むよ!」

 

 小宮果穂の表情が曇る。

 

「で、でも……あたしも、みなさんと────っ!!」

 

 プロデューサーさんたちが立ち向かう。だけどネバネバ怪人はとても強くて、みんなやられてしまう。

 自分が戦わせてもらえないのは、まだ子供だから?

 本当は足でまといだってことは分かってる。でも、だからこそ、大人なみなさんを見習って、どんどん成長していきたい。

 

『だからなんだ? 悪い怪人と時間は待ってくれないぞ』

 

 そのとき真っ黒な影が現れる。小宮果穂の耳元で囁いた影は、ネバネバ怪人を攻撃。お互いに傷ついて大量の血を流す。真っ黒な影は紫色の目を光らせると、そこからビームを発射してネバネバ怪人を消滅させた。

 

「そんな……ヒーローのみなさんでさえ、かなわなかった強敵なのに……」

 

 そうして小宮果穂が子供の頃から憧れていた英雄譚は、きっと死んだ。弱い者は理不尽に倒されてしまう。必ずしも正義が優秀とは限らない。それは数々のヒーロー番組を見てきたことで知っていたつもりだったけど……ただ『悪いのに強いなぁ』とか『なんとかヒーローに勝ってほしいなぁ』とか思うだけで、その本質を『理解』してはいなかった。

 

 真っ黒な影は傷ついて血を流し、道路の上でぐったりしている。

 そもそも彼は、なんのために怪物と戦ったのか?

 

「果穂! その影から離れるんだ!」

「危ないよ、果穂ちゃん!」

「果穂ちゃん! まって……!」

「早く逃げよう!? これマジでヤバイって!」

 

 咲耶さんが警戒して、あさひさんが呼び掛けてきて、甜花さんが腕を引っ張って、結華さんが避難誘導を進める。

 みんなは影を警戒している。だけど影は、きっと────

 

「────あたしたちを、守ってくれた……」

 

 小宮果穂は、大崎甜花の手を振り払い、影のもとにひた走る。

 

「か、果穂ちゃん……!」

 

 そして影は言った。

 

『娘。俺と契約しろ。俺は大きな力を持っているが、一人で使うと暴走してしまう。だから俺の力を使いこなせるヒーローを探し求めていた。お前は気持ちこそ一人前だが、まだまだ実力が足りない。だが気持ちが一人前なら、影の闇に心を支配されることはないだろう。そして俺の力を使えば、未熟なお前はすぐ一人前になれる。……悪くない契約だと思うが?』

 

 闇のパワーで楽をしようとは思わない。でも、闇のパワーに頼らなければ、時に守れないものもあることは知っている。ヒニク幹部が、まさにそうだった。

 

「それじゃあ影さん。契約する代わりに教えて!」

『なんだ』

「あたしが影さんに頼らなくても強くなれるように、修行をつけてください!」

『────……ははは! 気に入ったぞ! その純粋無垢な心は最高の光だ!』

 

 光あるところ影が濃くなる。反対に影が濃くなるということは、光も強くなる。

 

『対極にして最強! 俺の力を何に使うかは、お前次第だ! ヒーローの卵!』

「はいっ! 影さん。力を貸してください! ────変っ身! ジャスティスレッド・シャドウモード!!」

 

 レッド戦士・小宮果穂は、ひょんなことから契約した影を纏って怪人と戦い、人々を救い、街を守る。

 しかし小宮果穂は、契約の代償として、影と一体化してしまう。

 

 影には名前がない。それに合わせて小宮果穂も、自らの名前を忘れてしまう。

 そして『悪をくじき、弱きを助けるヒーロー』は、『名も無きダークヒーロー』として語り継がれることになった。

 

 それは、とある英雄譚。

 死にそうになった憧れが、ちょっとダークな形で蘇る、大人向け(深夜番組)の英雄譚。

 

 

 

          ………………

          …………

          ……

 

 

 

『熱愛発覚!? 小宮果穂❤天道唯我!! 小中学生の初々しい恋路に密着取材!』

 

 それは、小宮果穂が小学校を卒業し、中学校の始業式を控えていた際に報道された内容だった。

 

「ど、どうしよう……あたしのせいで、283のみなさんや放クラのみなさんに迷惑が掛かっちゃう……プロデューサーさん!」

「果穂……これは最悪、どちらかがアイドルを『引退』することになるかもしれないな……」

「え────そんな……!」

 

 そのとき、283プロの事務所に天道唯我が現れる。

 

「プロデューサーさん! 今回は俺の不注意のせいで……っ!!」

「いや、君が謝ることじゃない。それより世間は思いのほか騒いでいるようだ……」

 

 ネットでは────

『小学生の恋愛とか、こんなの応援するしかないっしょ!』

『ってかアイドルとはいえ小学生の恋に嫉妬してる連中キモすぎるんですけど』

 

『果穂ちゃんはみんなのものなのに……失望しましたちょこ先輩のファンやめます』

『果穂シコ警察だ! 天道唯我を連行する! ヒーローグッズも全部押収だ! 差し押さえろ! であえであえ!』

 

「このように、アイドルの恋愛肯定派と否定派の派閥に二極化しているようだ……」

「────では、プロデューサーさん。俺に考えがあります!」

「なに? 天道唯我くん。君には何か『秘策』があるとでも言うのか?」

「はいっ! それは────『カップルユニット』ですっ!!」

 

 

 

          ♪とある英雄たちの物語♪

 

 

 

 天道唯我は、自分と小宮果穂をカップルユニットとして売り出すことをプロデューサーに打診した。

 

 283プロの社長室を改造した司令部で、放クラとプロデューサーさんとアルファさんは、作戦会議を開く。

 

「それは野心的で挑戦的な試みだ。俺も『面白くていいな』とは思っているが……正直『破滅』や『共倒れ』の未来しか見えない……それに、これは果穂だけの問題じゃない。放課後クライマックスガールズ全体の問題にも波及する」

 

 プロデューサーと天道唯我は難しい話を言い争う。

 

「ここで俺がやめるのは簡単です。俺もそれでいいと思っています。でも一回だけチャレンジしたいんです!」

「確かにここで君がやめたら、それこそ古い時代の繰り返しだ。別に俺は、時代を変革させることを望んでいるわけじゃない。ただ俺は283のアイドルを守りたいんだ。そのためなら────」

 

「アタシは、いいと思うぜ」

「あー! 樹里ちゃんが抜け駆けしたー!」

「凛世は……異論ございません……」

「放クラは一蓮托生・運命共同体よ。天道唯我の秘策について、みんなでミーティングでとことん話し合って、覚悟を決めたの。だって、ここで果穂がアイドルを引退するなんて悲しすぎるし、天道唯我がアイドルを引退するなんて寝覚めが悪いわ」

 

 話はまとまり、カップルユニット作戦を開始!

 アイドル業界は画期的な挑戦に騒然とし、ファンも驚愕。

 

 最初のカップルユニットライブでは、小宮果穂と天道唯我が、ファンに向けた愛の言葉を歌った。

 それは、ライブの上ではファンしか見ない。確かに自分たちは恋をし合っているが、ファンたちを蔑ろにするつもりはまったくない。

 そしてライブの予定にはなかった、放課後クライマックスガールズの四人のサプライズ参戦。これには小宮果穂と天道唯我もスゴくびっくり。

 

 やがて小宮果穂たちの思いが伝わったのか、ドーム内ではカップルユニットを認める声が上がる。

 

 しかしネットの反響はよろしくなかった。放クラの仕事はどんどん減っていく。そのうち放クラも天道唯我も両方、アイドルの引退を余儀なくされるかもしれない。そこまで追い詰められてしまった。でもそれはみんなで覚悟したこと。少しずつ頑張っていけば、みんなに思いが伝わって、一人の女の子として頑張りたい気持ちと、一人のアイドルとしてファンを大事にしたい気持ちを、分かってくれる時が来るかもしれない。

 

 それでも世界は残酷だった。放クラは何か一つ仕事を受けるだけでネットが炎上する有様となり、多くの事務所が仕事の依頼を渋るようになった。カンコドリが鳴く。そして、いよいよプロデューサーさんから、一番聞きたくなかった言葉を聞くことになる。

 

「すまない……みんな。こんなことは本当に言いたくなかったけど────もう、放課後クライマックスガールズは解さ────」

 

 その時だった。なぜか凛世さんが『アツモリ』を歌って舞いながらテレビを点ける。

 

 そのテレビには、なんと天道唯我が出演していた。しかも彼が立っているドームは日本ではない。

 夏葉さんはすぐに「これはアメリカにある最大級のスゴくスゴいドームよ!」と気付く。

 

 

 

          ♪Hide & Attack♪

 

 

 

『レッツアメリカンドリーム! アイドルの新時代を切り開くぞ! この世全ての悪を背負った超絶イケメン英雄アイドルは『唯我ドクソン』を圧し貫くッ!!』

 

 天道唯我は海外に飛んだ。この事実は、『人気が低迷した放課後クライマックスガールズを捨て置いて国外逃亡した裏切り者のアイドル!!』として大バッシングを受ける。それを意に介さず、天道唯我はアメリカで大スターへと登り詰める。

 

 すると不思議なことに、ポツポツと放クラに仕事が舞い戻ってくるようになった。炎上の矛先が全て天道唯我に向いたため、放クラの仕事をしてもネットの人たちが騒ぐことが少なくなったのだ。そして仕事先の人たちは、放クラを心配するような言葉を掛けてくれる。

 

 それが少し……ちょっと複雑な気持ちだった。放クラに仕事を依頼すれば炎上するから嫌だったなら、それを言ってくれればいいのに。何事もなかったかのように、『戻ってきてくれてよかった』と口を揃えて言ってくるのが────なにか、少し、気持ちの悪いものを感じた。

 

 もちろん中には本気で謝ってきて、炎上を避けるためだったとはいえ申し訳ないと頭を下げてくる、誠実な仕事先があった。それもあって小宮果穂は、良い大人と悪い大人を見分けられるようになった。利益を理由にして放クラを見るだけではなく、人情を理由にして放クラを見てくれる人もいるのだと分かった。

 

 ネット上でも放クラや小宮果穂を心配する声が日の目を見るようになる。中には天道唯我との仲を心配する声もあった。

 

「────そうか。そういうことか……」

 

 何かに気づいたプロデューサーさんがつぶやく。

 

「天道唯我は、自分が生贄になることで……放課後クライマックスガールズを救ったんだ」

 

 あくまで予想だけど。

 そうプロデューサーさんは言うけど、小宮果穂はきっとそうにちがいないと確信した。何も言わず海外に行ったことは驚いたが、彼は人を裏切るようなことはしない。きっといつも理由がある。その『理由』が、あまりにも現実離れしていて、ちょっと『怖い』時もあるけれど。

 

「彼は強かな人間だ。従来なら『よくて片方が責任を取る形で引退するか、最悪両方が引退』に追い込まれるしかない事態。しかし彼は、自分も果穂も放クラも生き残らせるため大博打に出た。その博打は俺たちも覚悟して乗ったはずなんだけど……天道唯我は、俺たち全員で背負った借金を、まるごと海外に持って行って踏み倒したんだ。……まるで闇金の借金を海外に逃げて踏み倒すように……」

 

 やっぱり天道唯我、もといアルファは、ダークヒーローだ。周りを巻き込んで騒がせて、最後には全てを救っていく。

 

 小宮果穂はテレビを凝視する。英語で話しているから、所々しか聞き取れない。だけど、その『夢に向かって突っ走る情熱』は、同じアイドルとして痛いほど理解できた。

 

『なぜ俺は日本のアイドルを置いて亡命したのか!? 俺はカップルユニットを作ったが、その代わり批判という借金を背負った! しかし俺は契約にうるさい悪魔だ! その借金の保証人は、全て俺の名義にしてやった! そして俺は国外逃亡を果たし、ほとんどの借金を踏み倒してやったぜ!!』

『UOOOOOOOOOOO────!!!!!!!!!!!』

『お前ら! ロックを叫べ! ここから吼えて、ジャパンでうるさいペド野郎どもを黙らせるぞ!』

『UOOOOOOOOOOOOOOOO────!!!!!!!!!!』

『俺の英雄譚を聴けぇ! 『ダークヒーロー・アルファ』ァアアアアア────!! ここからが全てのアイドルにとって! 新時代の幕開けだぁあああああ!!』

『UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA────!!!!!!!!!!』

 

 

 

          §

 

 

 

          ♪夢見鳥♪

 

 

 

 茜色に燃え上がる室内。西日が射し込むリビングのソファでうたた寝する小宮果穂は、突として目を覚ます。

 

「────はっ!?」

 

 夢を見ていた。

 悪夢のような、でも正夢になりそうな、とにかくスゴい夢。

 

「……────え?」

 

 目の前にアルファさんがいない。ソファのどこにもアルファの姿が見えない。

 

(まさか────正夢!?)

 

 ガバッと勢いよく飛び起きた小宮果穂は、足元近くに座るアルファを発見。ほんの一瞬だが、恐怖によって最高潮まで高鳴った鼓動が……アルファを見つけられたことで、徐々に静まっていく。

 

「ふ────ふぅ……!」

 

 息が詰まり、止まりそうになった心臓が────ほっと一息、胸をなで下ろす。

 しかし次の瞬間、小宮果穂は目を疑った。

 

 半裸のアルファは、なんとタバコを吸っている。

 

「────……タ゛バ゛コ゛は゛ダ゛メ゛で゛す゛っ゛!゛!゛」

「ははっ!」

 

 咄嗟に飛びついた小宮果穂は、アルファが咥えていたタバコを奪い取る。

 すると、タバコの感触に違和感を覚えて、ハッとした。

 

「あれ? これ……おもちゃ?」

「引っ掛かったな! いやぁこれをやると、自分が未成年だとバレているかどうか確かめることができるんだよなー。あと育ちの良さが分かる。性格の良さも。まぁ今回は単純に、いたずらごころでやっただけだけど!」

 

 イタズラが成功したアルファは意地の悪い笑みを浮かべて、くつくつと笑う。

 

「──むぅ……! びっくりしましたぁっ!!」

「悪い悪い!」

 

 アルファは、まったく申し訳なく思ってなさそうな笑顔で、小宮果穂の頭を撫で回す。

 

「んじゃ、風呂に行ってこい。おっぱじめた時に教えた通り、下着や布団が『朱に染まる』からな。下着は自分で洗うこと。家に帰っても自分で管理・洗浄するように。やったこと家族にバレるからな」

「……………………?」

 

 小宮果穂は、こてんと首をかしげる。

 その様子を目にしたアルファも、同じように首をかしげた。

 

 しばらく見つめ合う。

 

「……お風呂なら、午前中に入りましたけど……?」

「……いや、そうじゃなくて。ソファに敷いたシーツは、お前が寝てる間に洗濯機にぶち込んだんだけど……下着のほうは自分で……」

「……下着?」

「……、……────いやまて。まさかお前……え? うそだろ……?」

 

 アルファは目を丸くする。そして引き気味に呆れながら苦笑した。

 

「……『うますぎ激しすぎ長すぎの三拍子で記憶が飛ぶ』とは、よく言われるけども……なに? マジで覚えてないわけ? 五回戦からはお前、結構ノリノリだったぞ? 結局十回戦までやったけど……」

「…………???」

「マジかー。いや、ある意味こいつの心の純潔さが守られたと見るべきか……? え、じゃあ待って? 『やり方がわかんないです』って泣いたから、仕方なく見せた『エロビデオ』の中身も、ぜんぶ覚えてないの?」

「エロビデオ」

「────……。スゥ────……俺にだけ罪悪感と背徳感を残して一人勝ちするのやめて?」

 

 アルファは切実な思いでツッコミを入れた。だがそれはむなしいツッコミで終わる。この場で意味の分かる者などいない、誰も笑ってくれないブラックジョークだった。

 

「あぁもう、やっぱお前といると調子狂うなぁ~……! いいから風呂に入ってこい! それで分かることもある!」

「??」

「────いいから入れって言ってんだ。それとも俺が連れ込むか? そしたらもれなく11回戦目が勃発するわけだが? 日が沈んで昇るまで五十回戦は行けるんだが?」

「!?」

 

 アルファの威圧に気圧された小宮果穂は、よくわからないまま風呂場に小走り。すると下着の中から痛みが走る。

 

(ッ?!)

 

 痛みから逃れるため、よろよろと蛇行しながら廊下を歩き、洗面所に入る。服を脱いでシャワーの準備。

 対するアルファは、あることを予想して耳を塞いでいた。その予想は的中する。

 

 ────刹那、小宮果穂が、洗面所の中で絶叫した。

 

「あ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!! あ、アルファさん! 助けてください! その日じゃないのに、下着が真っ赤っかですーっ!! しかもこれあたしのパンツじゃありません!! どういうことですかぁ!? あたし、もしかして何かの病気に掛かってしまったんでしょうかぁっ!?」

 

「知るかぁああああ! 何度も同じことは教えねぇぞぉおおお! 洗剤あるからそれで手洗いしろ! このガキがぁ────!! そんで下着は洗剤入りの桶に浸して、しばらくしたら干してドライヤーで乾かせ! あとは自分で調べろバーカ! ────っくそ……俺の学校の女子でさえ、ここまで幼稚じゃねぇぞ……! 果穂の学校の保険教育は何やってんだ……!?」

 

          §

 

 数十分後。

 風呂から上がった小宮果穂は、照れ隠しの苦笑を浮かべてソファに座る。

 

「な、なんだかおかしいですね! 一日で二回もお風呂に入りました!」

「三回だ」

「……へ?」

「後半は風呂の中でもやっただろ。お前が誘ったんだぞ。『汚れたから洗いたい。でも続けたい』って。それでついでに下着の洗い方も教えた。……でも覚えてねぇんだろ? ハァ……」

 

 アルファの重苦しい溜め息。

 それを見た小宮果穂は困ったように俯く。どうやら自分は何かを忘れているようだ。たしかに昼間の記憶がない。午前中だったのに、いつの間にか夕方になっている。数時間分の記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。そのあいだ、いったい自分とアルファは、何をしていたのだろう?

 

「……ショックすぎて精神的にダメージ入ったとか? それはさすがに申し訳無さ過ぎるな……でも、相手の記憶が飛ぶのは、割とよくあることだし……今回の記憶喪失は、俺の絶倫さとこいつの無垢さのダブルパンチってところか? うーん……しかし有罪判決は圧倒的に俺だな……うん。俺が悪い」

「…………」

「やっぱお前、国宝超えて世界遺産だわ。ギネス級の人格天然記念物」

「……」

「覚えてないならそれでいい。また一から手とり足とり教えてやるよ。今度は……なるべく優しくするから」

 

 アルファは、まさかの事態に頭を掻く。

 対する小宮果穂は、それ以外のことを考えていた。

 

「あの、アルファさん。それより……」

「『それより』」

「……いきなり、消えたりしないですよね?」

「────」

 

 小宮果穂は、今にも泣き出しそうな声で問いかける。

 

「お金が貯まったら、すぐ海外に行っちゃうんですか? 中学に上がった時、あたしが今よりもう少し大人になっていたら告白するって約束、破らないですよね? 『うそつき』じゃ……ない、ですよね?」

「…………なんだ。嫌な夢でも見たか? 金ならもう貯まってる。でも行くのは三年後だ。これに変更はない。約束も破らない。俺は隠し事はしても、嘘はつかないからな」

「隠し事って?」

「ドッキリやサプライズとか? 少なくとも、お前を不安にさせるようなことは絶対にしないさ」

 

 ならばと小宮果穂は、それを信じて納得する。

 そして、また別の気になっていたことを問いかけた。

 

「それじゃあ……もし、あたしとアルファさんが、お互いに『恋』をしていることが『おおやけ』になったら……どう────」

「カップルユニット作って溜めたヘイトを、俺が国外逃亡することで踏み倒す」

「────! ……えへへっ!」

「? なんだ。あまり驚かないな。ドン引きされようと思って言ったんだが」

「いえ……あたしが見た夢が、正夢になったら大変ですけど……きっとアルファさんがいれば、正夢になっても平気なんだろうなって思いましたっ!」

「……? まぁいい。何事もないのが一番だ。お互い、客に夢を見せるアイドルとして、ファンと正面から向き合い、全身全霊、さらに全力を尽くしていこう。そうすれば、きっとそれだけで充分なはずさ。もし足りなかったら、思いっきり真っ向からアイドルとして戦えばいい。だって、それが果穂たち放クラの方針なんだろ?」

「はいっ!」

 

 そして小宮果穂は、もっとほかに気になっていたことを問いかける。

 

「ところで、さっきアルファさんは『十回戦』と言っていましたけど……あたしとアルファさん、もしかして戦っていたんですか? ヒーローごっこで……ヒーローと影の怪物みたいに?」

「『ところで』」

「?」

「────……はは! あぁそうだな。俺は五回戦あたりで、果穂が怪獣になったところが、一番かわいくてやばかったよ」

 

 アルファは、ふいに小宮果穂の体を抱き寄せて、頭を撫でる。

 

「まったく、こんなピロートークがあってたまるか」(一個しか違わないはずなのに、三個も四個も下のように感じちまう)

「? ぴろーとーく……?」

 

 

 

          §

 

 

 

 後日。

 早朝の事務所。小宮果穂は今日も今日とて元気いっぱいに入室する。

 

「おっはようございまーすっ!!」

「おはよう、果穂」

 

 小宮果穂は一直線に台所へ行くと、牛乳パックとコップを持ってくる。

 その様子をプロデューサーは、首をひねりながら見守っていた。

 

「プロデューサーさん! 見ててください!」

「!」

 

 突として小宮果穂は、牛乳をゴクゴクと飲み干す。

 

「うっ……」

「か、果穂!?」

「っ……────ぷはぁ!」

「……果穂……たしか牛乳は、苦手のはずじゃ……?」

「でも、こうして飲めるようになりましたっ!」

「……無理は、してないよな?」

「はいっ! だからこれってぇ────苦手を『克服』したってことですよね!?」

 

 小宮果穂は身をくねらせる。明らかに褒めてほしそうな顔で期待している。

 ならばとプロデューサーは、何度もうなずいて微笑んだ。そして立ち上がり、小宮果穂の頭を撫でさする。

 

「はは。そうだな! 牛乳を飲めるようになるなんて、すごいぞ、果穂!」

「……! えへへ……っ! ありがとうございますっ!!」

「でも、どうやって克服したんだ?」

「……それは~……ないしょなんです! 秘密ですっ!」

「秘密かぁ~……」(近頃の果穂は『秘密』がマイブームなのかな……?)「ちょっとだけ教えてもらうのも、ダメか?」

「いえっ! あたしとプロデューサーさんの仲なので、ちょっとだけ教えちゃいます! 実は、アルファさんと特訓したんです!」

「そうなのか。仲良くしているようでなによりだ」

「はい! 仲良しですっ!」

 

 それから小宮果穂は、プロデューサーのデスクの端を両手で掴んでしゃがみこみ、ウズウズとしながら話しかける。

 デスクの上に乗っかるスベスベでテカテカでもちもちの丸い顔が、どうにも可愛らしい。プロデューサーは癒されながらパソコンと向き合い、仕事を再開する。

 

「あの! お仕事に差し支えがなければ、もっとおしゃべりしててもいいですかぁ?」

「あぁ、いいぞ!」

「実はアルファさんに、勉強を教えてもらっているんです! それで、苦手だった算数も、ちょっとだけ自信が持てるようになりましたぁ! この前もテストで、いつもより高い点数を取れたんですよっ!」

「そうかぁ……果穂はどんどん成長していくな。まるで、強敵に勝つため修行するヒーローみたいだ!」

「ほんとですかぁ!?」

 

 小宮果穂は瞳を輝かせて飛び跳ねる。

 

「でも無理はするなよ。この前、なんでも病院に行ったらしいじゃないか」

「! あ……それは……」

「果穂のお母さんは『本当になんでもなかった』って言ってたけど……本当に大丈夫なのか?」

「…………」

 

 小宮果穂は頬を赤らめる。どうも気恥ずかしそうにしている。

 それはプロデューサーにとって、かなり貴重(レア)な表情だった。

 

「果穂?」

「……えっと、これはプロデューサーさんにだけ教えますね? ──お耳を貸してくださいっ!」

 

 なんだか大人っぽい雰囲気を醸し出して、恥ずかしそうに目を流したかと思えば……次には満面の笑みで、子供っぽい表情を見せてくる。そんなアイドルに、プロデューサーは耳を貸す。

 すると小宮果穂は、こしょこしょと説明した。

 

「実は────胸が痛かったんです。夕飯の時に、ご飯を食べられないくらい、苦しくなって……」

「えっ。それは大変だな……それで?」

「すぐ病院に行って、お医者さんに診察してもらったら……そのお医者さんも『エスパー』だったんです!」

「!? ど、どういうことだ……?」

「えっと……どこが痛いのか、今まで何を食べたとか、いろいろ質問されたんですけど……なぜか、だんだんとアルファさんの話になっていって────そしたら『それは恋の病ですね』って言われたんですっ!!」

「おぉ……!」

 

 小宮果穂が恋の病。それに思い当たる節があったプロデューサーは、もしやと思って切り出す。

 

「そういえばアルファさんは、この前『無人島で一ヶ月生活できるかな?』って番組で、長期ロケに行っていたな?」

「はいっ! それであたし、とても寂しくて……『それで胸が痛かったんだろう』って、お医者さんに言われました! ただ、その帰り道、お母さんが笑わないように我慢してたのが、ちょっとだけ恥ずかしかったけど……だから、あたしは平気ですっ! 心配してくれてありがとうございましたっ!」

 

 小宮果穂は満足げに、こしょこしょ話を終える。

 

「そうかぁ。そんなことがあったのかぁ。でも本当に、何かの病気とかじゃなくてよかったよ」

「えへへ……」

「……────」

「? プロデューサーさん? ニヤニヤしてどうしたんですか?」

「あ、いや、すまん。ただ、微笑ましいなぁと思って……」

 

 それからプロデューサーは、急に満ちあふれてくる意欲に突き動かされる。

 

「────よーしっ! なぜか分からないが、仕事するやる気がもりもり湧いてきたぞー! もしかしたら果穂の笑顔のおかげかもしれないな!」

「! ほんとですかぁ!? ……あれ? でも、あたし……いつ、プロデューサーさんに元気を分けてあげたんでしょう?」

「ははっ! 果穂はいつでも俺たちに元気を分け与えてくれてるよ。なんたって果穂は、最高のアイドルだからな!」

「────っ!! ……はいっ! ヒーローアイドル・小宮果穂! もっとも~~っと! 最高で、最強のアイドルに近付くため、修行しますっ!!」

 

 ひよっこアイドルから、最強のアイドルへ。

 幼い少女から、スゴい大人へ。

 

 小宮果穂の目指す理想のヒーローに辿り着くため、今日も全力で一日を送る。

 

「だから、あたしのこと見ていてくださいね! プロデューサーさんっ!!」

 

 

 

          完

 

 

 

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