※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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桜セイバー編 ※現パロ:FGO・ぐだぐだ


桜セイバー編! ※現パロ:FGO・ぐだぐだ
pSR【桃・髪・剣・鬼】天道唯我 ※現パロ:FGO・ぐだぐだ


 

 【誠実】(せいじつ)‐私利私欲がなく、嘘偽りがなく、真心を以て真面目に、人や物事に対すること。また、そのさま。

 

 辞書で引いた言葉の意味。その概念が、そのまま人の形を取ったなら……きっと──初(α)めて好きになった──彼のような男になるのだろう。と、病状に伏せる少女は想う。

 

「嗚呼────互いに生まれる時代を間違えた。……本当に? 本当に、間違えちゃったのかなぁ……?」

 

 後悔としての悩みではなく、純粋な疑問として考える。

 

 鎌倉や戦国なら、武将として名を馳せたろう。少女は剣士として、彼は軍師として。

 江戸や大正なら、偉人として名を馳せたろう。少女は剣客として、彼は参謀として。

 そして現代なら、人知れず殺(あい)し合うのだろう。少女は殺人犯として、彼は被害者として。

 

 それでも愛(・)し(・)て(・)み(・)せ(・)る(・)と言ってくれたのだ。

 少女のわがままを、愛するが故に聞いてくれたのだ。

 ならば旗を振れ。魂を燃やせ。信念を牙鳴り(がなり)散らせ。

 

 唯一無二の理解者を斬るために────

 

 白刃閃く星霜の一太刀。

 最期の息吹を呑み込んで、いざ推して参る。

 

          §

 

 放課後。いつもより暗い(ダークな)アルファ邸リビング。

 ベッドソファに座る小宮果穂は、ヒーロー番組を見終わる。

 一方のアルファは食卓に着いてパソコン作業をしており、泰然自若と、いつも通りに、何事もないかのように、平然と振る舞って過ごしていた。

 

「────……アルファさん」

「なんだ」

「……今日は、どうしたんですか?」

「──、…………フゥ────」

 

 食卓に肘をついて目元を覆ったアルファは、悔しそうに溜め息をつく。

 

「なんでわかった? まさか俺のポーカーフェイスを、果穂に見破られる日が来るとはな……」

「ア……アルファさんとは、それなりに長く、一緒にいますから……!」

「そうかい。それは嬉しい時の流れだな。もう隠し事はできないか?」

 

 パソコンを閉じたアルファは席を立つ。足早に廊下へと向かっていく。

 

「──! ど、どこに行くんですか……?」

「別の女」

「……──っ!?」

 

 慌ててベッドソファの背もたれを飛び越えた小宮果穂は、玄関に向かう男の肘を掴んで連れ戻さんと引っ張る。

 

「あ、アルファさんっ……!!」

「…………────」

 

 無言。アルファは何も語らない。おそらく語りたくないのだろう。

 いつもは、答えたくないことがあれば、生返事なのに。

 どうやら、もっと答えたくないことがあれば、沈黙に徹するようだ。

 

「…………隠し事は、無しがいいか?」

「──……」

 

 小宮果穂は、こくり、とうなずく。

 

「なら、真実の一端を伝えよう」

 

 アルファは観念したように、二度(ふたたび)溜め息をつく。

 これから起こる戦いは、彼にとっても初めての出来事なのだから。

 

「俺は、これから人を殺す」

 

 ざわつく耳朶(じだ)。針(シン)と凍りつく背筋(せすじ)。硬直と逡巡を繰り返す脳内。

 

「────へ…………?」

 

 夕陽に焼かれる居間と、暗欝(あんうつ)とした暗闇の廊下。

 居心地の良い暖かな居間と、後味の悪そうな冷たい廊下。

 その境界線上に立って分かれる小宮果穂と、アルファ。

 

「やっぱり俺たちは、住む世界が違うんだ」

 

 それはどういう意味なのか。アルファの表情が見えない。弛緩(しかん)する少女の握力。

 引き止めてくれてありがたかった手から解放された男は、暗闇の中を突き進んでいく。

 

(…………ひとを、ころす、って────?)

 

 アルファはウソをつかない。

 理屈屋で皮肉屋で厭世家なところが玉に瑕だが、優しくて真面目で努力家なところに憧れている。

 そんな彼が、とんでもないことを口にした。冗談ならば三秒後に笑ってネタばらしをする少年だ。

 

 それなのに彼は笑いもせず、闇の中で幽鬼のごとく、ゆらりと立ち上がる。その先に何があるのか経験済みなのか、黒い扉の向こう側をまっすぐと見据えていた。誠実さと真剣さが入り混じる背中を堂々と伸ばして、暗闇の奥にあるダークな希望を睨みつけていた。

 

「ま、すぐ終わるから」

 

 扉が開く。閉まる扉の隙間からアルファの姿が離れる。

 

「────ッッ!!」

 

 小宮果穂は訳も分からず、いたずらに心をかき乱されるまま、たまらず追いかけた。

 

          §

 

 とある病室の花瓶には、一輪の椿が挿してある。

 開かれた窓から和風が入り込み、カーテンが揺れる。

 

 コンコンと二回のノック音。引き戸が開かれて、幽谷霧子が入室する。

 

「おきちゃん。おやつ、買ってきたよ……♪」

 

 そして幽谷霧子は、目を疑った。

 

「──……おきちゃん?」

 

 幽谷霧子は、清潔な寝台の上が空っぽであることを確認する。

 全開の窓から疾風が入り込み、カーテンがたなびく。

 

 さらに、いつも肌身離さず持っていた竹刀袋が、無造作に放り捨てられている。竹刀袋の中身も引き抜かれており、空の袋はさながら首の落ちた椿、しなびた花弁を連想させた。

 

「……っ!! 大変……!」

 

 おやつの入った買い物袋を落とした幽谷霧子は疾走、ナースコールを押し込む。すぐさま窓の外に走り、顔を出して地上を確認。ここは四階だ。どうやって窓から脱出して地上に降りたのか。落下死体は見当たらない。だが、まず間違いなく────余(・)命(・)い(・)く(・)ば(・)く(・)も(・)な(・)い(・)重(・)篤(・)の(・)病(・)人(・)が(・)脱(・)走(・)し(・)た(・)。

 

 その報告を担当医師や看護師たちに済ませた幽谷霧子は、居ても立っても居られず友人の捜索に駆け出す。

 

「おきちゃん……っ!!」

 

          §

 

 生まれる時代を間違えた。

 否、たとえ別の時代に生まれていたとしても、廃刀令が発布されていれば、さほど変わりはあるまい。

 

 それに、いつの時代だって、人殺しは大罪だ。

 

 たとえ殺意はなくとも。殺しは殺し。

 死ぬ危険性の高い競技。まさしく魂(シノギ)の削り合いは、いつだって軒並み禁止されている。

 

 だから、本で読んだ新選組だって、ゴロツキ止まりなのだ。

 それでも構わない。バラガキで結構。大いに自認するほかない。

 

 なぜなら────闘(・)い(・)た(・)い(・)。

 

 少女は号(な)く。

 男は応じた。

 

 殺人衝動。闘争衝動。剣戟衝動。疾走衝動。

 そういった衝動のままに突き動かされる生き物を、人は獣と言う。

 それではいけない。いけないから、ひとは衝動を抑える理性を意識し始めた。

 理性は法律を作り、獣どもに倫理を教え込み、獣(ひと)を民に変えて治めることに成功した。

 

 それでも獣は星を見上げる。人だって希望を抱いて生きているのだ。獣だって希望を抱いたっていいだろう? まさかダメなのか? そうか、悪は全て死滅するべきだと? ならば、そうか。合点がいく。得心した。

 

 ────だから私は、死ぬのだろう。

 

 ────そうだな。故にお前は泥を見ると?

 ────最期くらいは綺麗な夜空に波紋を広げて、星の水面(みなも)を啜りたいとは、思わないのか?

 

 とある少女(ケモノ)は白亜の監獄の中、人であるべく泥を見ていた。

 とある青年(ケモノ)は地球の監獄の中、人であるのに星を見ていた。

 

 普通ではない。超人。化け物。相互理解不可能の獣。

 それでも幸福を求めて良いのだと、青年は当たり前のように説(うそぶ)いた。

 そして驚くべきことに、彼は彼の言葉通りに生きていた。嘘偽りなく、赤裸々に。

 

 鮮烈だった。

 衝撃だった。

 呆れ果てた。

 傍若無人だ。

 

 それでも泥まみれの獣は、星まみれの空を見上げて良いのだと────

 人のまま二本の足で立ち、さりとて獣じみた四足の疾走で、星見台を目指して良いのだと……!

 

 知ったのだ。

 たとえ真の星に届かなくとも。

 彼は届く、と豪語していたが。

 少女はそこまで求めない。

 

 求めるものは、ほんの少しの闘志の発露。わずかばかりの技量の発散。

 なに、小難しいことではない。文字通りの一言で、誰もが理解できる事柄だ。字義通りに受け取れば良い。少女の友人も、額面通りに受け取ってくれているはずだ。

 

 ────真剣勝負。

 

 命(・)の(・)取(・)り(・)合(・)い(・)の(・)中(・)で(・)生(・)き(・)て(・)い(・)る(・)こ(・)と(・)を(・)実(・)感(・)し(・)た(・)い(・)。

 

 それが、十四年しか生きられないのであろう。

 ひとりの少女の、最期の願望(ネガイ)なのである。

 

          §

 

 日没間近の繁華街を走る小宮果穂は、競歩で先行くアルファの後ろ姿を追いかけて路地裏に入る。そこで見失った。迷路のように入り組んだビル群の狭間。息せき切る小宮果穂は、十字路の中央で立ち尽くす。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……、────っ?」

 

 ふと、ひとつの道の先に人影が見えた。アルファではない。恰幅のよい老婆である。長机の上に水晶玉。水色のテーブルクロスは地面スレスレまで垂れ下がっている。パイプ椅子に座る老婆は手招きした。まさか小宮果穂を呼んでいるのか。

 小宮果穂は意を決して近づいてみる。占い師なら、アルファの居場所を占いで当てられるかもしれない。アルファが間違いを犯す前に──そもそもアルファがそんな間違いをするはずがないとは思っているが──とにかくアルファを止めたい。そのために歩く。

 

「……──あの……う、占い師さん、ですか……?」

「そうだよ。可愛い可愛い赤ずきん。でも自分から狼を追いかけるなんて、とんだ酔狂な赤ずきんだねぇ……」

「……お、狼は追いかけてません……! アルファさんが……友達が……あ、あたしの好きな人が……! ダークなところに、行っちゃいそうで……! それを止めたくて……でも、今、見失っちゃって……あの、アルファさんがどっちの道に言ったか、見ていませんか!?」

「そうかい、そうかい。……見てはいないけど、占うかい?」

「占い……! あのっ……はいっ! おねがいしますっ!」

「ふふっ。でもね? 占うまでもなく、ハッキリしていることがある」

「……?」

「あんたが捕まえたい狼は、猟師を愛するために出て行ったのさ」

「…………りょう師……」

「後ろを向いて左の道。限界まで突っ走りな。でも右から来る交通事故に気をつけな。ま、その頃には、もう終わっているだろうけどね」

「────ッ!?」

 

 小宮果穂は振り返って駆け出す。左の道をひた走る。

 

 どうか間に合えと、紅い空に祈りを捧げて。

 

「っ────アルファさーん! どこですかー!」

 

 祈っても始まらない。小宮果穂は叫び声を上げる。

 次の瞬間、十字路の右手から人影が飛び出した。

 

「わわっ……!?」

「きゃっ……!」

 

 ドン、とぶつかる。

 小宮果穂は尻餅を搗くが、相手は壁に両手をつけて勢いを殺す。

 

「いたた……はっ! ご、ごめんなさいっ……!! 大丈夫でしたか……!?」

「う、うん……────果穂ちゃんこそ、大丈夫……?」

 

 小宮果穂は目を見開く。ぶつかった相手は、なんと汗だくの幽谷霧子だった。

 

「き、霧子さん……!? どうして……?!」

「……と……友達を、捜してて……」

「友達……あたしもですっ! アルファさんが、この先にいて……!」

「──アルファさんが……? …………────」

 

 アルファの名を聞いた幽谷霧子は、うつむいて何かを考え込む。

 お尻をさすって立ち上がった小宮果穂は、全身に力を入れて再スタートのダッシュを切る。

 

「あ、まって! 果穂ちゃん……!」

「ふぇ……!?」

 

 幽谷霧子に進路を塞がれた小宮果穂は緊急停止。勢い余って相手の体に倒れ込む。

 

「ど、どうしてですか!? 霧子さん……!」

「……! あ、あのね……! あの……────ダメなの……」

「……だめ……?」

「っ……わ、私……私は、おきちゃんを、止めたい……でも、私はおきちゃんの友達、だから……止めたく、ない……でも、黙って見過ごすことも、できない……──だから……」

「…………?」

「──果穂ちゃん。いっしょに、見届けよう……? ふたりを止めるために……でも、止めないために……!」

 

          §

 

 夜の帳が落ちる。暗殺には最適の昏(くら)がりだ。

 俊風。迷宮に殺気が迸る。青年は南の回廊に振り返り、右手に提げた木刀の峰(みね)を肩口に当てる。

 

 青年の前方。目測十九間(34メートル)の先に、黄色いレインコートを羽織る少女が立つ。風に攫われたレインコートの内側には、浅葱(あさぎ)色の患者衣が垣間見えた。

 

 言葉は不要。

 風が凪ぐ時。

 白刃(つかがわ)が閃く。

 

 少女はレインコートの内側に隠した竹刀を抜き放つ。抜刀と同時に腰を落として奇妙な構えを取る。刃を上向けて、鋒に左手の示指を這わせる。すり足、スリッパの裏とアスファルトがジリジリと鳴り、股間が開く。

 

 勝負は一瞬。

 剣戟は三合あれば満足。

 生まれつき病弱。それゆえ成し得なかった絶技。

 吐血するために実践では使えたことがない、夢想の必殺技。

 

「一歩、音越え」

 

 秒速340m。翻せば一秒後、百八十七間を走り切る。

 人間の限界を超越した絶技歩法。だがそれは誇張表現に過ぎない。

 

 現実は、体より先に魂が奔(はし)る。

 

 刹那、音速の気迫が青年を突いた。音速の殺気が青年を斬った。音速の情熱が青年を殺した。

 白灰色の炯眼、桜色の流髪、棚引く外套(コート)。一歩、四捨五入した三間(5m)を駆け抜ける。

 

「────コフッ────っ!!」

 

 吐血。

 十四年、寝台の上で寝たきり。衰えるはずの筋肉は、天性の肉体で保たれている。故に悪いのは内臓。それだけは、どんな手術でも、どうにもならなかった。

 

(二歩、無間)

 

 吐血は、肉体からの警鐘である。

 全身が総毛立つ。全身が絶え間のない灼熱に焼かれる。まるで無間の生き地獄。だが地獄への投身は自ら望んだこと。それを悔いることなど、絶対にありはしない。

 

 自ら病院という名の鉄囲山(てっちせん)から飛び出して。

 自ら陽月届かぬ暗黒迷宮に舞い降りた。

 

 ────ここが、私の戦場だ。

 

 一陣の俊風が吹き荒れる。

 閻魔様が同情して助けてくれているのか、追い風を受けて地を駆け翔ぶ。

 

 刹那、十六の責め苦を味わった。砂粒のような黒い点が視界を埋め尽くす。体液蒸発。五百の釘を打ち込まれたかのような歯痛。止まる(死ぬ)ことへの飢え。休む(死ぬ)ことへの渇き。それを振り切った先で、腸(はらわた)が字義通り煮えくり返る。体内が臼で磨り潰される。朱色に汚れる視界、眼球から血流が噴き出る。皮膚に火をつけられたかのようだ。灰色となりかけていく世界を以て色覚喪失を自覚。足が重い、摂氏百度の大河に膝まで突っ込んで進んでいるかのようだ。不意に銃撃を受ける、鉛弾を受けたかのような衝撃、どこぞの内臓が破裂したのだろう。不意の斬撃を受ける、斧を振り下ろされたかのような頭痛、脳髄と神経細胞が最後通告を達す。太腿(ふともも)と脹脛(ふくらはぎ)を狼に噛み付かれたかのようだ。嗚呼、天地が混沌する。今、その体は地を走っているのか、木の幹を駆け登っているのか……無限の剣が天から降り注いで体内を貫通していっているのか、はたまた自ら天へと昇ることで無限の剣を体内に突き刺していっているのか。とにかく寒い……体が、極めて寒い────命の火を感じない。一切、命の息吹を自覚しない。故に、走りきったあと、おそらく自分(私)は死ぬのだろう。

 

(三歩、絶刀)

 

 無間地獄を踏破して、ようやく辿り着いた無我の境地。

 少女は面を上げる。灰色の男の顔色を一瞬視界に射し込む。そういえば彼は人の心が読める。おそらく少女が受けた責め苦を読み取って(キャッチして)、その表情に陰を落としているのだろう。しかし今だけは同情をやめてほしい。今だけは殺し合う相手に集中してほしい。全身全霊を込めて向かっているのだ。ならば全身全霊で応えてもらわないと。さもなくば、こちらに悔いが残る。

 

 ────当たり前だ。

 

 青年の眼光が応える。

 少女は、血塗れの頬を緩ませた。

 

「無明────」

 

 相対距離、一間(いちげん)の半分もない。

 刹那の必殺、誠実に御覧じろ。

 

「────三段突き!!」

 

 青年は回避行動を取らない。まさかまさかの唐竹真っ向割りで迎え撃つ。しかし少女の剣閃のほうが捷(はや)いと見るや、木刀の柄から両手をするりと滑り落として、胴体正中面の中央に両の掌を重ねた。それは完全無欠の防御行動。おそらく少女の表情を読んで攻撃箇所を見抜いたのだろう。たしかに少女は、青年の胸元中央を貫く気概で突っ込んだ。

 

 閃く三度の刺突。それはコンマ数秒の連撃。

 

 一合目。右掌中央と竹刀先端が激突。両体重の拮抗を受けた竹刀の第一節が膨らんで破裂。竹の強度では耐え切れない衝撃があった。破裂した竹刀の剣先は丸い形状から鋭い形状に変形しており、木屑の先端が青年の右掌を貫通する。

 二合目。左掌中央と竹刀先端が激突。左掌を貫通する代わり、竹刀の第二節が耐久限界を超えて破裂。

 三合目。竹刀の第三節が鋒となって、青年の胸部に突き刺さる。掌二枚の防御壁を貫通して届いた一撃は、しかし胴張りの膨らみに邪魔されて静止に近づく。

 

『────────』

 

 両の掌(てのひら)を貫かれた青年は微動だにしない。

 迷わず心臓を狙った少女は微動だにしない。

 一秒前に青年が放り投げた木刀が落ちて地を転がり、甲高い音を鳴らした瞬間。

 

「────雄雄雄雄雄ッッ!!」

 

 不意に雄叫びを上げた青年は、右脚を突き出して踏み込み、アスファルトを砕いて地を震わす。両手と胸部の激痛をこらえて中華拳法の震脚を披露した直後、剛力を解き放つ。彼は両の掌を貫いている竹刀の欠片、その第一節と第二節の中間を、なんと力(・)尽(・)く(・)で(・)へ(・)し(・)折(・)っ(・)た(・)。

 

「……っ!?」

 

 散り舞う竹刀の木片。激痛をこらえるため噛みしだいた歯茎から出血。握り込む荊棘(けいきょく)の拳。迸る炯眼は豪腕を奮う。恐るべきことに青年は、手の甲から突き出る木片を刃として用いた。

 もはや竹刀の先端が第四節しか残っていない少女剣士は、たたらを踏んで短剣を奮い、そのどれもが一撃必殺の拳を斬り捌く。

 

 九合目。右拳と竹刀の激発。

 右掌の孔の隙間から鮮血が舞う。

 少女の目元や唇から流血が散る。

 

「────っッッッ!!!?」

 

 神経激痛。いくらアドレナリンが全開でも、誤魔化せる痛覚には限度がある。死に等しい電撃を受けた青年は硬直。手のひらを貫く木片に意識が向けば、さすがに痛みを思い出す。

 この間隙を逃す手はない。少女は返す刀で、容赦なく喉を狙う。

 

「────コフッ────!?!?」

 

 吐血。少女は再び無間地獄を巡った。十六の激痛を再起して肉体が硬直する。

 その間隙を逃す手はない。青年は再び雄叫びを上げて蹴(しゅう)撃を繰り出す。

 

「……雄雄雄雄っッ!!!」

 

 少女の下腹部に足裏の一撃。

 大きく蹴り飛ばされた少女は地面に背中を強打して、体を横に直し受け身を取りながら地を転がる。何があっても剣は手放さない。だが、もう────起き上がる気配はない。ぐったりと横向きに倒れる少女の目元は、目深に掛かる桜色の前髪に隠れて見えない。

 

 互いに流血沙汰。

 青年は大きく喘鳴(ぜんめい)しており、少女は微かに胸元が膨らんでは収まっていく。

 

「──……満足か。天才剣士・沖田総子(おきたそうこ)」

「────────……………………」

 

 青年は歩き出す。斃(たお)れる少女の寸前で立ち止まる。両の手のひらには木片が突き刺さっているため、両手は使えない。そのため少女の右肩に足を置いて、なるべく優しく、しかし傍から見たら無造作に、蹴り飛ばして仰向けに転がした。

 

 青年は馬乗りになる。こうべを垂れる。地に腕をつけて、自らの鼻先と少女の鼻先がくっつかどうかの距離で止まる。

 少女は、おぼろげな意識で瞼(まぶた)を開く。そして、ほほえんだ。

 

「……おたがい、血まみれ、ですね……」

「生娘ってのは、そういうもんだ。体内が綺麗な証拠だよ」

「本当に? 私の内臓、腐ってるんですよ……子供だって、産めるかどうか」

「その上で、きれいな髪をしている。まるで血染めの桜かな。──子供好きなら養子でも取るか? 遺伝性の可能性も高い。腹痛めるのは諦めろ」

「だから、容赦なく女の子のお腹を蹴ったんです?」

「そういうわけじゃないが……こちとら心臓と喉笛を狙われたんだぞ。文句言える立場か?」

 

 青年と少女は、吐き出すように咲(わら)い合う。

 くすくすと、なんともおかしそうに。

 今際の際のむつごとを愉しむ。

 

「……あ、聴いてください。辞世の句、を、詠んできたんですよ……」

「ほう。……聴かせろ」

「────交わさねば……病みに遮る……花、群青……」

「……──パクリじゃねえか。俳句の才能は土方レベルかよ」

「他人事の気が、しなかったから、いいんですー」

 

 話をしながら、少女の手は伸びていく。青年の背中に両手を回して、竹刀を逆手に持つ。そのまま突き下ろせば、青年の背中を串刺しにできる。さらに自分の体も貫いて自刃できる。それだけの筋力はあるつもりだ。

 

『────────…………』

 

 青年は流し目で、灰色の瞳を見つめる。

 少女は恥じらいで、男から目を逸らす。

 

「最期に一回くらいは味わっておけ」

「……どうせ、変わりませんよ」

 

 血塗れの唇に柔らかい感触。

 それはいつもと変わらぬ吐血の味。

 

 だけど、なぜか。

 ほんの少しだけ。

 オトナみたいな、ほろ甘さがあった。

 

「……っ……」

 

 初めての接吻。殺伐とした殺し合いの後に青春の風を吹かせるのは場違いが過ぎないか、もう少しムードを、などと乙女みたいな思考が綯い交ぜる。

 

「いつ死ぬか分からないんだ。なら、できることは今やっておけ」

「……」

「というわけで、今夜か明日にデートな? 夜景の綺麗なレストランに連れてってやるよ」

「っ……!?」

「あ、その前にドレスもあつらえないとな。車椅子に合うものを勝手に贈るよ」

 

 青年は立ち上がる。よろよろと迷宮の奥に進む。

 そして去り際に拳を掲げて、一言。

 

「────あとは、よろしく頼む────」

 

 そう言って、とある廃ビルの裏口を開けたアルファは、その中に入って施錠する。

 彼は誰に、何を任せたのか。少女は頭をもたげて北の回廊を見やる。

 

 室外機の物陰には、赤毛の少女と、友人の姿があった。

 

          §

 

 後日。

 休日の昼間。総合病院に訪れた小宮果穂は、待ち合わせをしていた幽谷霧子に案内されて、沖田総子の病室に向かう。

 入室。白亜の病室には、白いシーツの上で安静に座る沖田総子と、同い年の女の子が二人いた。幽谷霧子が紹介する。

 

「みんな、こちら小宮果穂ちゃん。──それで果穂ちゃん。こちらが沖田総子ちゃんで、こちらがそのお友達の────」

「駒野伊万(こまの いまん)と申します。ぜひ“駒ちゃん”とお呼びください」

「私は二山壱与(にやま いよ)でーす!」

 

 小宮果穂は、少しの緊張を見せて会釈する。

 

「は、初めまして……!」

 

 すると沖田総子が開口一番、申し訳なさそうに微笑みながら、後頭部を掻いて謝罪した。

 

「いや~! もうほんっと、ご迷惑をおかけしました~!」

「──! い、いえ……! ……それで、お体の具合は……?」

「それが見ての通り、死にきれなくてですねぇ~。でもアルファさんやドクターによれば、あと数日の命だそうなので。そういうことなら未練が残らないように、こうして友人を呼び集めたというわけですよ。また、アルファさんがゾッコンの女の子にも迷惑をかけてしまったようなので、逝く前にきちんと謝ろうかと思いまして!」

「そんな……死んじゃうんですか……?」

「まぁ覚悟は済ませてますし。寿命が縮んでも、最期は剣に生きたかったんですよ。今はその余韻に浸り中です」

 

 余韻。

 それは先日、アルファと繰り広げた死闘のことか。

 沖田総子は目を瞑る。あの時の死闘を思い出しているようで、なんとも愉しげな表情をしていた。

 

「もうっ。総子ちゃん。全然反省していないじゃない……」

「本当ですよ! いえ、いつかやるとは思ってましたけど……まさか本当にやるなんて……そしてアルファさん側もそれを受け入れるなんて……」

 

 駒ちゃんと壱与が呆れ果てる。

 一方の幽谷霧子は、一瞬心配性で悲しそうな表情を見せたが、それを上回る気遣いで進言する。

 

「じゃあ……もう、終わってもいいくらい……遊ぼう……ね?」

 

 遊ぶ。

 それについて沖田総子が全面的に賛同する。

 

「まさにその通りです! わかってくれるのは霧子ちゃんだけ! というわけでみなさん、お見舞いのおやつは持ってきてくれましたか? 私は八つ橋を用意しました! それをおつまみにしながら、テレビにつないだパーティー用ゲーム機で遊び呆けましょう! 人生最期の女子会ですっ!」

 

 それに自分も参加して良いのだろうかと、小宮果穂は案じる。

 それを察した沖田総子は、もちろんだと言いたげに笑いかけた。

 

「余命いくばくもない身ですが、最期まで人生謳歌しますよー! そして小宮果穂さんには、そのお手伝いをしてもらいたいのです!」

「……! あ、あたしに、ですか……?」

「はい。──もちろん、私とアルファさんの馴れ初めや、なぜ死闘を繰り広げることになったのかも、すべて語り明かします! ……まぁ、それについては既に、霧子ちゃんやアルファさんから聞いているでしょうけど……私の口からも、改めて語りたいのです」

 

 何かを遺したい。

 もう二度と、あんなことをしでかさないためにも。

 

 どうか、此処で遺させてほしい。

 

「……────はいっ! わかりましたっ!」

 

 そんな瞳を受け取った小宮果穂は、命短し乙女との恋バナを始める。

 以前の小宮果穂なら、満足に聞き届けることはできなかったろう。

 けれど今は成長している。しかも同じ人を好きになった間柄だ。

 

 ならば、どんなことでも聞き届けてみせる。

 人として。女として。恋のライバルとして。

 今夜、最期の息吹を吐くまで、いっしょに────    。

 

          §

 

 伝えねば熄みに途切れる寝待ち月

 彼岸にて待つ江戸の逆花

 

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