【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
まえがき
本章は、芹沢あさひとハナワカが「もしも同じ学校に通っていたら?」というIFの物語。
sSR【コイと
それは芹沢あさひがアイドルになる前の出来事。
昼休みに賑わう校舎。
男子たちはボールを持って駆け出し、女子たちは会話に花を咲かせる。
一方の芹沢あさひは、自分の腕を枕に机で突っ伏す。
いつものポーズである。
「おい今日ドッジしようぜ!」
『よっしゃー!』
ドタドタと廊下を走る足音。
それを教師が注意する柔らかい音声。
「ねぇ、一年にさー。めっちゃ背が高くてイケメンいるの知ってるー?」
「知ってるってか見たー。でも最近不登校気味なんだってね? なんでだろう」
ふと耳に入る音声。
興味ない。寝入る。
§
翌日。昼休みの校舎。
昨日と同様の賑わいを見せる学校だが、ひとり、違う動きを見せる少女がいた。
「先生。今日って一年の授業に道徳ありますか」
「え? 一年は……そうね。あった気がするわね」
「やっぱり! ありがとうっす!」
退屈そうな表情から一転、笑顔になった少女は駆け出す。
「あ、芹沢さん。廊下は走らないでね~」
聴こえていないのか、芹沢あさひは駆け足で急ぐ。
昼休みの時間は短い。ゆったりとはしていられない。
階段を駆け上がって一年の廊下に飛び出す。
教室の引き戸は開けっ放し。中を覗き込む。
「おいアルファ。なんで昨日学校来なかったんだよー。寂しかったぞー!」
「風邪でも引いたの?」
「なんか最近増えてきたよな~。ズル休みかー?」
「なんとでも思うがいい。ま、俺には俺の生き方があるのさね」
長身の少年は、三名のクラスメイトと会話中。
邪魔しては悪いかと思ったが、声だけ掛けるなら良いだろう。
「……ハナワカー。今いいー?」
「──はいはーい。いいですよー。──わりっ。ちょっと行くわ。またな!」
少年は笑顔でその場を離れ、反対側の引き戸から廊下に出る。教室内に生徒が多いため、それをかき分けて無理に進むことはせず、急がば回れを実行。そうやって少年はポケットに手を突っ込みながら小走りで駆け寄ってきた。
「さて、何用で?」
少年の問いかけ。
芹沢あさひは素のまま答える。
「特にない。呼んだだけ」
「なるほど。それでも嬉しいものですね。一緒に居たいと思ってくれたので?」
「……」
そうなのだろうか。ただ遊びたいと思っただけなのだが。
ふと気になる点が浮上。そのせいで昨日は退屈だった不満をぶつける。
「最近、学校来ないけど。なんで?」
「そうっすねぇ……場所変えます?」
「なんで?」
「答えるために」
少年は歩き出す。少女は追い越す。
「それなら屋上行こう!」
振り返った笑顔は、銀の花のよう。
二番手を嫌い、君をリードしたい、先輩風を吹かす疾走。
屋上。仰げば白っぽい花曇りの空。
広い空間を駆ける少女は、中央でくるくると回転を始めて落ち着きがない。
「着いたよ!」
「一言で言うなら、つまんないからっすねー」
芹沢あさひの動きが止まっていく。静止して考察の構え。
「退屈なの?」
「や、イイ人ばかりっすけど。授業も娯楽も通り過ぎたものばかりでして。経験済みのことは飽きるでしょう? ですから、もっと未体験を味わえる、有意義な旅をしています」
「旅?」
「気になるなら放課後、ご一緒します?」
§
二時間後。放課後の予鈴が鳴り響く。
一年生は遠足のしおりを作るため、ほぼ居残りを強制された。
生徒たちは班で集まり、机をつなげて会議開始するが、ハナワカだけ辞退する。
「あーすまん。俺その日空いてないわ」
すると班内の男子二名と女子一名から総ツッコミが入った。
「は? マジ?」
「遠足、来ないの……?」
「というか、いつもどこで何してるわけ?」
「なんでもかんでもやってまーす。ただ俺がトンズラこいたら、みんな後で先生からとやかく言われるだろうし。つーわけで、これ午前中にパパッと作った意見書です。これを俺が参加したテイにして、あとはまぁいろいろ適当にやってくれ」
「うおっ! なんかびっしり書いてある……」
「休憩時間に何か書いてるなーって思ってたけど、これかー……」
「やりたいことリスト……これだけあるのに遠足来ないの? もったいなーい」
「別に遠足しなくても出来ることばっかりでしょうに。むしろ委員長。今度俺とふたりっきりでピクニックでもどうです?」
「おお、攻めたな!」
「どうするの委員長!?」
「…………まぁ、考えておきますけど?」
その時、黒板側の引き戸がガラガラと開かれた。
「ハナワカー。いるー?」
『────────』
クラス中が沈黙した。見覚えのない生徒。おそらく一年生ではない。
上履きの色を見れば一目瞭然。二年生である。
「はいはーい。いますよー。なんすかー?」
学校鞄を肩に提げたハナワカは、ロッカー側の引き戸をガラガラと開けて廊下に出る。
ふたりは同時に引き戸を閉めた。
廊下側からくぐもって聞こえる会話は、遠ざかる足音とともに昇降口へ向かっていく。
「これからどこを旅するの?」
「それは着いてからのお楽しみー。あ、門限ってあります?」
§
夜の駅前通り。ネオン光るビル街。
雑踏を尻目にパラソルの下、少年少女はホットドッグとジュースを食す。
「……先輩、ここ付いてますよ」
ハナワカは、自分の頬の右側を指差す。
すると芹沢あさひは、自分の頬の右側を指先で拭い取った。
「紙ナプキンそこにありますので……」
芹沢あさひは指をぺろりと舐める。それからホットドッグにかぶりつく。
対するハナワカはオレンジを飲みながら、夜空の雲を眺めて思索に耽る。
「……恐ろしいほどに、駆け引きが通用しない」
ふとしたハナワカの呟き。
芹沢あさひは耳を傾ける。
「皆まで言う気はありません。俺が何かと惨めになる……いやー、今日は道化だったなー!」
──先輩。なんかこれデートみたいっすね!
──そうなの?
──先輩、これ試着してみます? 絶対に可愛いっすよ!
──え~……。
──先輩めっちゃ似合ってます! ……けど嫌なら嫌と言ってくれれば仏頂面……。
──え? そんな顔してないよ。
──してるから言ってるんすよ。
──してない!
──猫っすね。……はい、尾行したいならお供しますよ。お気遣い無用です。
──じゃあ付いてきて! 猫たちがね、作戦会議してるんだよ!
──先輩が楽しいと俺も嬉しいっすよ。
──そうなの? ……よくわかんないけど、それならわたしもうれしいかな。
──小腹が空いてきましたね。俺の奢りで何か食べます?
──えー。悪いよ。わたしが奢る!
──ではお財布は?
──……今日は持ってきてない!
──悪いと思うなら、またデート付き合ってくださいよ。
──デート? ……遊ぶのならいいけど。
「ハァ……この全てに無反応。明らかに脈ナシかぁ……や、まだ沙汰には興味ないだけか? うーむ……」
何やらブツブツ言っている。
ホットドッグを食べ終える。
少女は思うところがあった。
(……そういえば今日、ずっと遊んでて……ハナワカが笑ったの、見たことがない……)
否、よく笑ってはいた。
こちらの一挙手一投足を真剣に受け止めて、褒めてくれることも多かった。
しかし心の底から楽しんでいたかどうかは、わからない。なんだか妙な感じがするのだ。
それは初対面の時から続く違和感。
「……もしかしてハナワカ、あまり楽しくなかった? わたし、ハナワカの旅の邪魔しちゃったかな……」
「はい~? いえいえそんなことは。今日は眼福でしたよ。めっちゃ楽しかったです。有意義な情報収集も出来ましたし」
(……がんぷく?) 「……そうなの?」
「はい。そうなんです。なのでお気になさらず。──しかしそれを言うならこちらも気になる点がありまして」
「何?」
「優しいのは嬉しいのですが、何かと年下の気を窺ってばかりでしたので、そちらの方こそ楽しまれたのかと」
「……。……うん。楽しかったよ!」
「なら良かったです」
やはり違和感がある。
というのも芹沢あさひは“貼り付けたような笑顔”という言い回しを知らない。
「……ごちそうさま。ハナワカ、ありがとね」
「いえいえ、どういたしまして。でもホントに夕飯だいじょぶなんです? てっきりナゲットひとつかと思いきや、割とガッツリ喰らわれており……」
「大丈夫。じゃあそろそろ帰るね」
「あ、ちょいとお待ちを」
「?」
芹沢あさひが駆け出す前に。
席を立っていたハナワカは紙ナプキンを手に取って。
「ほっぺに付いてますよ、カスタードケチャップ」
少女の右頬に、大きくゴツゴツとした掌が添えられる。
右目を閉じた少女は、左のほっぺをゴシゴシと拭われた。
「……やめてよ。自分で拭ける」
「それは失礼。
「!」
「そこで後者ではなく
「?」
芹沢あさひは考える。
世話を焼きたい。その意味。
「……服屋の試着は面倒だったけど、あれもそうなの?」
「あれに関しては俺の趣味なので関係ない話っすね」
「……そうなんだ。でも趣味ってことは、ハナワカは楽しかったの?」
「そりゃあ可愛い女の子には可愛い衣装を着せたいでしょうに」
「……ふーん……」
「のれんに腕押しって知ってます? 今の俺のことですぅ……」
真顔の芹沢あさひは腕を組んで真面目に考察中。
対するハナワカは、どれだけ外見や内面を褒めても決定打にならないやりとりに苦笑して白旗を振る。
「帰りは送ります?」
「……ひとりで帰れるよ」
「ではここで解散ということで。今日は楽しかったです。また遊びましょうね!」
「……うんっ!」
ハナワカはテーブルの上を片付けてゴミ箱に捨て、ネオン街の奥に進んだ。
にっこりとうなずいた芹沢あさひは家路に就くため駆け出したが、ふと思い至ってすぐ振り返り、大声で呼びかけた。
「────ハナワカ!」
「──はーい?」
「早く帰るんだよ!」
「……たぶんネ!」
芹沢あさひは先輩風を吹かす。
対するハナワカはおどけて躱し、立ち去った。
「…………」
雑踏のそばで佇み、しばし悩んだ芹沢あさひは、駆け戻る。
「おや?」
「ハナワカが家に帰るまで見守るよ」
「はい~? 俺これから独りで用事があるのですが……」
「済ませてくれば?」
「同行者がいると済ませられないのですが……」
「なんで? 用事って何するの?」
「秘密でーす」
ハナワカは駆け足で逃げるように繁華街へ入る。
追いかける芹沢あさひは、さてどう言えば帰ってくれるのか思案した。
「……なんでもいいけど、早く用事済ませて帰りなよ。夜は危ないよ」
「それはこっちのセリフなんですが。そろそろ女の子が外を出歩いていい時間じゃなくなりますよ」
「それはハナワカもでしょ? 子供なんだし」
「それ以前に俺は男ですし、見た目も大人に見えるので問題ありませーん。──もし先輩が警官に補導されても、俺は知らんぷりで立ち去りますからね~。ご容赦をば~」
きらびやかなネオン街。
ビルの合間にある小さな路地裏に左折した場所で、不意にハナワカは立ち止まる。
「……?」
ハナワカの大きな背中に道を塞がれた芹沢あさひは、いつ動き出すのかと待ちぼうける。
やがて待ちきれず、狭い通路の壁と体の隙間に顔を突っ込んで覗き見た。
ちらりと流し目を落とすハナワカと視線が合う。
「先、行かないの?」
「ちょっと考えてました。どうしたら追い払えるのかな? と」
「……」
「そこで閃きました。用事は、先輩で済ませれば良かったのだ、と」
「……わたしで?」
不意に青年は振り返る。少女の柔らかい左肩をカーディガン越しに抑え込み、あまり汚れていない壁に優しく押し当てる。彼女の後頭部が壁にぶつかりそうだったので、大きな手のひらで抱え込むようにして守る。
少女の眼前に広い胸元。上目遣いで首をひねる。
「……? ハナワカ……?」
不意に少女は、相手の指一本で、あごをクイッと持ち上げられた。何やら研ぎ澄まされた青年の目鼻が近づく。ちろりと舌なめずり。なぜか唇はほんのり開けており、徐々に近すぎるほど接近してくる。
「俺だけホットドッグ、食ってないんすよね。だからお腹が空いちゃって」
「……なら食べれば良かったのに」
「はは。仰る通りで。そしてこの手の言い回しは通用しない……なら直球で行くしかないのかー。なんだかなぁー……」
すぐにキリっとした表情に戻り、下げた
「キスしてもいいですか?」
「────」
ほんの数秒、硬直。それなりに長く考察していた少女は、相手の吐息が唇に掛かった瞬間、全身がピクっと反応した。
まずは抑え込まれている左肩をどうにかすべく、払いのけようとすると簡単に払うことができて。
すぐに屈む。青年の脇下を掻い潜り、壁ドンから脱出。流れるように脱兎の如く、路地裏から飛び出した。
眼前に往来する人混み。巻き込まれる寸前で立ち止まり、疾く振り返る。
「────あれ?」
薄闇の路地裏。
一本しかない通路には、フシギと青年の姿がどこにもなく。
「……逃げられた……」
取り残された少女は年上としての役目を果たせず、とぼとぼと家に帰らざるを得なくなった。
§