【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
休日の地方ロケ。朝方の晴天。観光客で賑わう遊園地。
長く高いジェットコースターが轟きを上げて、黄色い悲鳴がかしましさを増していく。
本日の企画は『ゲスト対抗勝負』────アスレチックエリア・シューティングエリア・リレーエリアなどの各遊び場で、アイドルや演者などの芸能人が絶品料理をかけてバトルするコーナー。
ゲストは男女別に分かれており、男性陣には天道唯我のほか数十名、女性陣にはストレイライトのほか数十名が呼ばれていた。
それについて芹沢あさひが、司会者と監督に文句を言う。
「えー。なんで男女別なんすかー。ハナワカと勝負したかったすー!」
「あははー! ごめんねー? あさひちゃーん……」
「……ふむ。まぁでも二人並んだら絵になるしな。──よし、特別だぞ。エキシビションでなら取れ高はあるし」
「え、ほんとっすか? ありがとっすー! 監督さん!」
すかさず黛冬優子が謝罪し、和泉愛依が問いかける。
「ご、ごめんなさーい! うちのあさひちゃんが~……!」
「……天道さんは、それでいい感じ?」
「あ、はい。別にどうとも。喧嘩売られるのはしょっちゅうですし」
ふと周囲が反応に困る発言。
しかし芹沢あさひは即答した。首をかしげつつも誤解を解く。
「? ケンカは売ってないよ!」
『────あはは!』
その反論で、現場に笑いが巻き起こった。
どうやら芹沢あさひが、あらゆる勝負事で天道唯我に負けたくないことは、周知の事実のようす。
§
夕焼けの遊園地。
ジェットコースターの弧を描くレールの中心部から、燃えるような茜色が世界を染めていく。
一通りの競技が終了し、芹沢あさひと天道唯我は全戦全勝。
最後のエキシビションマッチは、最初に挑戦したアスレチックコーナーでの競走だ。
よーいドンでスタートし、効率の芹沢あさひは最小限の動きで最短ルートを選択するが、魅惑の天道唯我は派手な動きで難関ルートを選択する。どちらもアクロバティックな動きだが、魅せる走りという意味では天道唯我が一枚上手だった。
結果は天道唯我の敗北。
芹沢あさひが先にゴールしたが、僅差の勝利だった。
「ハナワカ! 今の走りは何!」
「フリーランニングです。魅せる動きですね。対する先輩はパルクールでした。無駄を排除した機能的な動きはやはり美しい。さながら忍者のようでした。お見事です」
「……フリーランニング……」
芹沢あさひは腕を組んでうつむく。
落ち込んではいない。ただ没頭するように熟考している。
────なんだか試合に勝って勝負に負けた気がする。それか、その逆。
勝利者は確かに芹沢あさひで、観戦者から多くの拍手と歓声をもらった。
が、敗北者の天道唯我の方が、拍手喝采と黄色い声が多かった気がする。
「じゃあ……今度はわたしもフリーランニングで勝つ!」
「ははっ! ──別に、教えてあげてもいいんですよ?」
「いやだ!」
芹沢あさひの断固とした拒否は珍しかったのか、笑いとともにばっちりカメラに抜かれていた。
§
海の夜景が見えるホテルの上層階。
そこは高級レストランで、本企画の勝利者たちに絶品料理を振る舞う場所。
アスレチックエリアでは芹沢あさひが楽々と一位を取り、シューティングエリアでは黛冬優子が上位入りを果たし、リレーエリアでは和泉愛依が中堅入りを果たした。が、料理を食べられるゲストは上位三名のみ。惜しくも黛冬優子と和泉愛依は食べられない。
「んー! おいしいっすー!」
勝者が舌鼓を打つ光景を、敗者は苦渋を舐めて見守るしかない。
そんな状況下における互いのリアクションで笑いを取っていく中、特等席で食べている天道唯我がぶっ込んだ。
「かのマリー・アントワネットは言いました。──そんなに食べたければ、自費で食べればいいじゃない!」
「言ってない言ってない!! 言ってないからね?!」
「とんでもない風評被害!」
お笑い芸人の総ツッコミで場が湧き、それが本コーナーの締めとなった。
§
夜遅くの寝室。三つのベッドが並ぶ一室は、本日ストレイライトが泊まる部屋。
空腹の黛冬優子と和泉愛依は疲れ顔でベッドに倒れ込んだ。
満腹の芹沢あさひは元気百倍に回復してご満悦。
「ハァ~……あーあ。三ツ星レストランの絶品料理、食べたかった~」
「ほんとにね~っ!! ──ねぇねぇ、あさひちゃん……味の感想おねがい! どんな味だった~!?」
「え? んー……普通に美味しかったっすよ?」
芹沢あさひの真顔返答に対し、黛冬優子は眉間がピクつきながら寝返りを打って大の字となる。
「無駄よ愛依。諦めなさい。あさひに食レポとか期待できないでしょ。お腹が減るだけよ」
「えぇ~? でも……ごめんけどあさひちゃん、もうちょっとがんばれないかなぁ……?」
「食レポ……そうっすね。あの黒い変なのは、最初イクラなのかなと思ったんすけど、クリームみたいな舌ざわりだったんでびっくりしたっす。ぷりっじゃなくてもにゅっだったっす!」
即座に黛冬優子は側頭部に怒筋を浮かべながらガバッと起き上がった。
「だれが食感を聞いてんのよ! 味を聞いてんのよ味を! いや食感もいいけど味も交えないと分かんないでしょ!」
「アッハハ~! でも、がんばってくれてありがとね! あさひちゃん!」
「はいっす! ……でも冬優子ちゃん。なんでそんなに怒ってるんすか?」
「っ……! ……────」
黛冬優子は六秒間の深呼吸を済ませた。
「……ごめん。ちょっと感じ悪かったわね。人はお腹が減るとイラつく生き物なのよ」
「あ、それわかる~! なんでなんだろうね? うちもお腹ペコペコ~! どする~? どっか食べに行っちゃう?」
「今から行くんすか? もう九時になるっすよ」
「ルームサービスがあるでしょ……そこにメニューあるから適当に頼んで。あと愛依、ごめんけど、ふゆ、先にお風呂入るから……もう脚に乳酸溜まってキツいのよぉ……ったく、まさか遊園地を全週するなんて聞いてないっての……ッ!」
「いいよ~! 先に入って入って! 冬優子ちゃんも『シューティングは走らないでしょ』って言って選んだのに……なんて言うの? サバゲー? だったから、もうヤバイくらいの重装備で走りまくってたもんね……!」
「そういうこと。……でも、愛依もリレーでヤバイでしょうに……悪いわね。ま、ここは年の功ってことで。埋め合わせは今度するわ」
「別にいいのに~! ……お疲れ様、冬優子ちゃ~ん」
黛冬優子は背中を見せながら手を振る。背中で語る女傑である。しかし歩き方は年寄りのそれで、壁に手をつき、たどたどしい歩き方で浴室に向かう。相当、脚が棒になっているようだ。
それを見送った和泉愛依は苦笑する。
「あっはは……これはプロデューサー、冬優子ちゃんから大目玉食らいそうだね~……」
「そうなんすか? わたしは楽しかったっすけど。──あ、メニュー表あったっすよ」
「ありがとあさひちゃん! さーて何を頼もっかな~? 冬優子ちゃんは適当に、って言ってたけど……あれ、案外むずくない? 冬優子ちゃんが好きそうな激辛系は……やっぱないし……」
「それなら聞いてくるっすよ!」
芹沢あさひは浴室に侵入する。
もわもわとした湯気の先に、全裸の黛冬優子が浴槽に浸かっていた。
「冬優子ちゃーん!」
「ひゃあ!? なに?! いきなり人の風呂場に入ってこないでよ!」
「適当って何が適当になるんすか?」
「……ハァ?」
「愛依ちゃんが困ってたっす。冬優子ちゃんは何が食べたいっすか? ちなみに激辛系はなかったっす」
「……腹が膨れるなら、もうなんでもいいのよ……いいから戻りなさい。本当になんでもいいから。……──愛依が食べたいものでいいわ。ほら、しっ! しっ!」
追い払われた芹沢あさひは寝室に戻る。
「愛依ちゃーん。冬優子ちゃん、愛依ちゃんと同じのでいいって言ってたっす~」
「えぇ~! それはそれで責任重大な気が……!?」
「……あと、とにかく腹が膨れるならなんでもいいって感じだったっす」
「それはそう! うちもそうだから! じゃあ……ジャガイモ系がいいかな? でも油物かぁ……あ、それと明日のことを考えると、消化にいいもののほうが────…………よし、決めた! あ。あさひちゃんは何か頼みたいものある~?」
「いいんすか? じゃあ……食べたことないやつがいいっす! ──あ! あとお菓子!」
芹沢あさひは笑顔で飛び跳ねた。
§
黛冬優子が浴室から上がり、交代で和泉愛依が浴室に入る。
ルームサービスはまだ来ない。
バスローブ姿の黛冬優子は窓際の椅子に座って一息ついている。
しかし近寄りがたい雰囲気を出していた。片手で頭を抑え、目をギュッとつむり、貧乏ゆすり。さらにはブツブツと何かをつぶやく時がある。
「……冬優子ちゃん。お腹減ったら、そんなにイラつくんすか?」
「……────……ちがう。あしたのこと考えると、あんたがちょっとヤバイと思って」
「……? わたし?」
「今すぐ外に出てスタッフを見つけたら声かけて、根回しを済ませておくか……でもこのホテルに泊まってる芸能人はほかにもいるから、交渉の場面を見られる可能性はある……でも考えすぎ? あさひも天道唯我も人気急上昇中の絶賛注目アイドル……こうなるのは事前に予想が付いていた……それはプロデューサーも、あの天道唯我だってそう。かといって今は状況とタイミングが悪い……これじゃあさすがの天道唯我も対策が難しい……」
「…………、……?」
芹沢あさひは腕を組んで観察する。
「冬優子ちゃん……何に悩んでるんすか?」
「ごめん、あさひ。今は静かにしてて」
「…………」
芹沢あさひは分からない。
なぜ黛冬優子は何かに悩んで焦燥しているのか。
彼女の懸念は、昼下がりの
────────────
────────
────
時は遡り。
昼下がりの遊園地。シューティングゲームが終了した直後の道中。
カメラが回っている中、とある男子のタレントが芹沢あさひに質問する。
「ねぇねぇ、あさひちゃん。あさひちゃんってさ。好きな人いるの?」
芹沢あさひのとなりにいた黛冬優子は、両目を見開いて硬直した。
しばらく、その質問をする意図と意味、そして生じる弊害を考慮し、その上で理解しがたい奇妙な違和感が襲った。
(なっ────この男、アイドル相手に、なんて質問してんのぉ……!?)
黛冬優子はキレた。
しかしキレた理由はほかにもある。今の質問を自分にされたのなら華麗に躱すことができる。
だが、よりによって────芹沢あさひに……?
(こいつ、どう答えるの……? お願いだから変なこと言わないでよ……っ!)
その時、黛冬優子のとなりにいた和泉愛依が口を開こうとした。
「──……えーっと……」
(愛依がカバーに入ろうとした。でも愛依のキャラじゃ長い言葉で防ぐのは無理! ふゆがやらないと……! 頭を回せ! カメラが目の前にあるから不自然な防ぎ方したらそれはそれでダメ! 監督とは親しくしてるからふゆがお願いすればカットも可能だけど、周囲のタレントの口封じまではできない! そこから情報が漏れたら終わり! だからここでっ! ふゆが! 言わないと────……なにを……?)
刻限は来た。
芹沢あさひは、ぼーっとした顔で口を開く。
「? 特にいないっすよ」
『!』
黛冬優子は一瞬安堵した。
しかしタレントはぶっこむ。
「でも、天道さんには懐いてるよね?」
(掘り下げるなァアアア────ッッ!!?)
黛冬優子は激昂した。
(え? 何この人。何かの回し者? 天然キャラとは聞いてるけど、これはさすがに想定外────やばっ。思考が追いつかな────あさひがまた口を開────)
「ハナワカ? 懐いてはないっすよ」
「え、そうなの? あまり他人に興味なさそうなのに、けっこう目の敵? にしてるみたいだから……てっきり? ほら、好きな子にいじわるするってあるじゃん! だから天道さんのこと恋愛的に好きなのかな? って」
(ふ────ざっけ……っ!!)
黛冬優子は怒りを通り越した。三位入賞で昼食を三分の一にされたことも響いている。腹が減って苛立ちが勝り、されど今までの経験から努めて冷静に理性的に自らを律し、短く一言────言おうとしたが。
それより早く、芹沢あさひが返した。
「あさ────」
「恋愛……そういうのはよくわかんないっすけど、たぶんちがうと思うっす」
「え? なんでなんで?」
(掘り下げるな~~~~~~っ!!!)
黛冬優子、本日、二回目の心の絶叫だった。
────
──
─
ロケが終了した。
撤収前の挨拶回りにて、黛冬優子は演出周りの人や監督のもとに向かう。
「あの~……黛冬優子と申します……監督さんって、今どちらに……」
「あっ! ふゆちゃん! こっちこっち!」
監督は友好的に手招きする。
黛冬優子は周囲のスタッフに会釈しながら、撮影陣の中心にいる監督に近寄って挨拶した。
「あの、あれさ。カットでいいよね? それで来たんでしょ?」
「────! あ、は、はい……っ! ありがとうございますっ……! ──えっと、一応確認のためにお聞きしたいんですけど……あさひちゃんと、例のタレントさんの……あの会話、ですよね?」
「そうそう。いやー。インタビューならまだしも、ああいう場でアイドルに恋愛系の話題はタブーでしょー。もし生放送だったら……くわばらくわばら! それに、どうせやるなら笑いを取れる形で、もっとふざけた感じにしないとー。ねー? ……まぁ、彼も天然で、きっと悪気は無いから。そこだけごめんね!」
「あ、いえ……! ぜんぜん気にしてないです……! こちらこそ、お手数おかけしてすみません……!」
「はは。ま、僕のほうもこれだけ確認したかったから。あとは全部完璧! ふゆちゃんサバゲーで頑張ってたのもバッチリいいの撮れてるし! ありがとね! ……これに懲りず、また番組に出てちょうだいな」
「そんな……懲りるなんて。監督さんの企画、演者のこちらとしても、いつも面白くて……視聴者さんも、監督さんの企画をよく話題にしてくれて……こんなに楽しい撮影ってないです! だから、絶対また来ます!」
「────!」
監督は堕ちた。
黛冬優子は確信する。
「それでは、本当に助かりましたっ! 監督さん、お疲れ様ですっ♥ みなさんも、お疲れ様です~!」
『お疲れ様! ふゆちゃーん!』
────
──
─
数分後。ストレイだけの帰り道。
町を流れる川の橋を越えながら話し合う。
「あさひ。あんた、ふゆの人脈に感謝しなさい」
「? なんでっすか?」
「アハハ~……」
「ほんとあんた脇が甘い上に、最近話題なんだから……」
「……? なんかバズったんすか?」
芹沢あさひは腕を組んで熟考する。
俯いたら橋の下にザリガニが見えた。走って河川敷に降りる。
「ちょ、あさひちゃん!?」
「……あーもう……さすがに今回はちょっと胃が痛くなってきたわ……」
「冬優子ちゃん……その、うち、あのとき、何もできなくてごめん……」
「あんただけのせいじゃないわよ。ふゆも急すぎて固まっちゃったし……あんなの交通事故よ、交通事故! それにもう起きたことは仕方ないし、切り替えて行きましょう」
「うん……そうだね! ──って、あさひちゃーん! そんなに川に近づかないで~!」
和泉愛依に引き上げられて、芹沢あさひは河川敷から上がる。
その時、見覚えのある背中を見つけた。
「あっ! ハナワカだ!」
駆け出す。
「おまちっ」
黛冬優子は、駆け出す後ろ首の襟元を引っ掴んだ。
「わっ! なんすか!」
「ふゆたちのホテルはあっち。天道唯我はその逆方向。……それと人目のあるところでは、天道唯我に近づかないこと!」
「え? ……どういうことっすか?」
芹沢あさひは理解できないことには従わない。
そのため黛冬優子は、ため息一つ。説明開始。
「あんたがエゴサなんてするわけないのは知ってる。かといってエゴサを教えるのも面倒だし、余計な情報も与えたくないし……だから、そうね。今のふゆが言えることは────」
「……」
「────芹沢あさひは天道唯我に恋してる」
和泉愛依は「っ! 冬優子ちゃ……!?」と目を見開いて驚く。
「端的に言うと、そういう記事が今まさに出回ってるの。で、今プロデューサーが対策中。だから今回のロケに付いて来られなかったってわけ」
「……そうなんすか?」
「昼過ぎを思い出して。盛ってる男子高校生が、あさひにそれ関係の話題ぶっ込んできたでしょ。あれ、そういうことだから。同じ記事を読んで気になったのね……だからってあんな公衆の場で聞くなっての……ハァ……」
「……」
「ま、あんたが中学生なのが功を奏したわ」
「……? 中学生が?」
「これが高校生だったらもうちょっと燃えてたでしょうけど、中学生の恋路なんてみんな微笑ましいものとしか思わないわ。だから……あさひ~? あんた、二歳若くて助かったわね~?」
黛冬優子はニヤつく。
中学生の未熟さは芸能界で生きる上で命取りだが、しかし今回はその未熟ゆえに救われたのだと、皮肉を込めて微笑んだ。
「……。……?? なんで若いと助かるんすか? 冬優子ちゃんも若いっすよね?」
「────、……おだまり」
「あぁっ! なんでほっぺた、ひっぱるっすか~!」
ジト目の黛冬優子は、いたいけな芹沢あさひをいじって遊ぶ。
それを微笑ましげに見守っていた和泉愛依は、思わずお腹を押さえて大笑い。目尻を拭った。
「アッハハ~! あさひちゃん、大物だわ~! もちろん冬優子ちゃんも~!」
「っ? いきなり何よ、愛依……」
「いや~。うち、マジでヤバい! と思ってさぁ……あさひちゃんと天道さんの記事読んでから、自分なりに調べてみたら────なんか前にも、別の人だけどアイドルの熱愛スキャンダル……? で、女性アイドルのほうが引退宣言しちゃった~的な記事、読んじゃって……さっきのお昼でもさ。急に頭にそのことが浮かんできちゃって……もうテンパっちゃって~!」
「……あぁ。愛依が読んだ記事はだいたい見当つくけど……まったく、下手な検索してんじゃないわよ。だから咄嗟に言葉が出なくなるのよ」
「だ、だってぇ~っ!」
「────ま、それを言うならふゆも同じだけど」
「!」
「これはユニットで反省会ね。これから少し相談しましょう。きっと天道唯我のほうも手を打ってくれるはずだけど……相手に頼るのはナシ。ちゃんと自分たちでケリつけるわよ」
「……! うん! もち~!」
「あさひもいいわね?」
芹沢あさひは真顔で二回うなずく。
「……いいっすよ」
────────────
────────
────
舞台は戻り、ルームサービスが到着した。
「あさひ。あんたもお風呂入りなさい。ついでに愛依呼んできて」
「はーい」
芹沢あさひが浴室に行くと、ちょうどバスローブ姿の和泉愛依が上がってきた。
「わっ! いい匂い~! あさひちゃん、先に食べてていいかな?」
「いいっすよ。わたしはお腹いっぱいっすから」
芹沢あさひが入浴中の間、黛冬優子と和泉愛依はルームサービスの食事に舌鼓を打つ。
高級ホテルのルームサービスだけあり、こちらの料理も絶品。
しかしふたりは空腹なのもあり、味を楽しむよりも腹を満たすことを優先して集中していた。
やがて食事が終わる。一切会話のない食事だった。とてもがっついていた。
ふたりは談笑しながら温かい飲み物を飲み、就寝準備のため洗面所に向かう。カチッと電気をつけた。
「あさひ~。あんたどれだけ長風呂してんの~」
「……あれ? 冬優子ちゃん。浴室の中、灯り……点いてなくない?」
「────は?」
そういえば洗面所の灯りも今、自分で点けたのだ。
浴室の扉を開けば誰もいない。いつの間に上がっていたのか。
ならば、なぜ
もしも外出したとするなら、いつ、どうやって目を盗んで、部屋を出て行ったのか。
「────え、うそ。あいつ、どこ行ったわけ?」
「────……れ、連絡してみるっ!」
和泉愛依は電話をかける。
黛冬優子はチェインの送信文を準備しつつ待機。
「どう?」
「────で、出ない……どうしよう、冬優子ちゃん……! ──っていうか、あさひちゃん……いつの間にお風呂上がって……? 洗面所の扉、うちらが食べてる席からすぐ見えるよね!?」
「……ま、考えられるのは……ふゆたち余裕なくて、黙々と食べてたし……気づかなかったってのは、割とあるわね……」
「えぇ~っ!? マジで~?!」
「……」
「どど、どうすれば……うち、ちょっと探しに行ってくる!」
「待ちなさい。ふゆは屋上に行ってみるから、愛依は一階をお願い。特にロビーあたり。さすがにホテルの外には出てないでしょ。……たぶん」
「了解!」
「ま、いい食後の運動と思いましょう」
そう思わなければやっていられない、と言いたげな声色だった。
そうしてふたりは慣れたように外の扉へ向かおうとする。
────不意に呼び鈴が鳴った。
『っ!!』
扉の先からくぐもった声が帰ってくる。
「冬優子ちゃ~ん! 愛依ちゃ~ん! 開けてほしいっす~!」
実に呑気な呼び声である。
これには黛冬優子の口角は釣り上がり、眉間には怒りの筋が浮かび上がっていく。
雷が落ちるまで、あと────
§
芹沢あさひは数分の正座から解放された。落雷を浴びすぎて嫌気がさす。
確かに連絡もなしに外出したのは心配させたかもしれない。つい報連相を忘れていた。
それはそれとして文句がある。
「も~! 満腹になったら“怒らない冬優子ちゃん”になるんじゃなかったんすかー! 嘘つきっすー!」
「……っ!? ──あ、あんたねぇ~……! そういう……、────オーケー。もう一回正座したいってことでいいのね?」
「ふ、冬優子ちゃん! 気持ちは分かるけど、もう夜遅いし……そろそろ寝ないと、あしたキツイよ~?」
芹沢あさひの思考回路は分からない。
空腹だから苛立つなら、満腹なら怒られないとは、これいかに。なかなかに面白い発想だが、黛冬優子は重々しいため息をついて肩を落とした。
「そうね……もう疲れたわ……今回のところはここまでにしといてあげる。ほらもう寝るわよ! ──あ、でもごめん、やっぱりダメ。最後にこれだけは言わせて」
「えぇ~!」
黛冬優子は、聞き分けのない子の両肩を鷲掴み、鼻先同士がくっつく勢いで迫り、相手の両目をガン睨みしながら、告げた。
「────あさひ。バスローブ一枚で外を出歩くのは、絶対に、“ダメ”」
「……もうわかったっすよー……」
「じゃあなんでダメか分かる?」
「はしたない」
「そう。あんたもう中学生なんだから、いつまでも子供の体のままな気分でいるんじゃないの。いいわね!」
「…………」
芹沢あさひは考え事をしているのか視線を逸らす。
「ちょっと。返事は?」
「はいっす~……」
芹沢あさひは、きちんと向き合って返事した。
§
消灯。
黛冬優子、芹沢あさひ、和泉愛依の順でベッドに就寝。
疲れきっている黛冬優子は速攻で寝付く。和泉愛依も同様だった。
が、暗い天井をジッと見つめる芹沢あさひは、眠れないのか退屈なのか問いかける。
「……冬優子ちゃん。起きてるっすか……?」
「────────」
「……愛依ちゃん愛依ちゃん。もう寝ちゃったんすか~……?」
「────────────────」
「……………………」
芹沢あさひは、ふたりの背中を目にしてから、天井を再度見上げる。
「……なら、ひとりで話すっすよ~……」
小声で話を続ける。
「……わたし、ハナワカに嫌われちゃったのかな……」
『────────、────────』
「なんか最近、避けられてる気がするんすよ。なんでなのか考えたけど……わかんなくて……」
『────…………』
「あとハナワカって、よくわかんないんすよね。学校やプチパレスだとよく遊んでくれるけど、こういう時は遊んでくれないんすよ。なんでなんすかね?」
『…………────』
衣擦れの音。
黛冬優子の方からシーツの動く音が聞こえた。
「あんたに迷惑かけないようにしてんのよ」
「──! 冬優子ちゃん……起きてたんすか? なんで寝たふりしたんすか? 迷惑ってどういうことっすか?」
寝返りの音。
和泉愛依が寝ぼけ眼でにこやかに声をかける。
「ほら、あの……TPO~……ってやつ? それ、わきまえ? て、くれているだけ、だと思うよぉ?」
「……時と場所とってやつっすか。なんでそんなことするっすか?」
「それは、ほら……今日いっぱい話したじゃん~……?」
「今日? 今日は……────」
思い返した芹沢あさひは合点がいく。点と点が線で繋がった。
「あ、もしかして……! わたしとハナワカが熱愛だって、周りに勘違いされないように……?」
「気づくの遅い。ばか」
「アッハハ~! あさひちゃん、かわいい~!」
「えーでも…………そっかぁ…………じゃあ、嫌われちゃったわけじゃ、ないんすよね?」
「きっとね」
そこで黛冬優子は閃いてしまった。
「ちょっとまった。そういえば外に出た理由、あんま詳しく聞いてなかったけど……」
「ハナワカを探しに行ってたっす」
「え、あさひちゃん。天道さんがどこにいるか分かるの?」
芹沢あさひは首を縦に振る。
「チェインで聞いたら『一階のロビーのゴミ箱の中にいる』って教えてくれたっす!」
『…………────』
「でもハナワカは違うホテルに泊まってるの思い出したから、近くのホテルに行ってみて、そこのゴミ箱も探してみたっすよ! でも、どこにもいなかったっす……」
黛冬優子が尖がり声で口にした。
「愛依。あんた小宮果穂か園田智代子に聞いて、天道唯我のチェイン聞いてきなさい。ふゆから話があるわ」
「わ、わかった……────で、でも、天道さんも、きっと、その……(適当にあしらおうとしただけで……)まさか別のホテルのところまで行くとは、ぜんぜん思っていなかったはずだから…………ね?」
「あ、まった。プロデューサーに聞けばいいのよ。ふゆとしたことが早まったわ。ちょうどいいからまとめて“する”わ」
「うぇえ!? な、なにを……!?」
和泉愛依は我が事のように怯える。
対する芹沢あさひは目を丸くしていた。何も分かっていない顔である。
「……あさひ」
「なんすか?」
「……あんたからしたら、性別関係なく、ただ友達と楽しく遊びたいだけなんでしょうけど……周りの目はそうもいかないの。アイドルなら尚更ね。男女ってだけで、とやかく熱愛だなんだと騒がれやすい。よくそういうニュース見ない? どーでもいい芸能人が実は付き合ってましたーとか、その手のゴシップ記事」
「見ないっす」
「あっそ。でもそういうのが世界にはいくつかあるの。で、不倫とかならそりゃ問題だけど、別に誰と誰が付き合おうがどうでもいいし、ファンならフツー幸せを願うもんでしょ。……ま、いちファンとして複雑な思いがあるってのは(ふゆもオタクの端くれだから)理解できるけどね……(それとこれとは別の感情ってやつ)」
「……」
「加えて、あさひと天道唯我は学校が同じなんでしょ? ならプライベートでの接点が多いと思われるのは普通だし、そのせいで恋愛関係になりやすいって疑われるのも、まぁ無理ない展開だし……つまり今回のは遅かれ早かれってやつよ。──あさひのことだから気にしてないでしょうけど、一応言っておく。──あんま気にしなくていいから。とりあえず嫌われてなかったことだけは安堵しときなさい」
「……────」
芹沢あさひは熟慮して問いかける。
「嫌われてなさそうなのはよかったっす。でも……」
「……なによ」
「…………それって。わたしも
「そういう話はしてない。むしろやめて。あんたはその自由奔放さが売りなの。急に社会性を意識しだしたらそれこそ変に勘ぐられて損するわ。だから、あんたは今まで通り好きにしなさい。意識しないもするもあさひの自由。ただし『今だけは諸般の事情でやめて』って時は、きっちり私や愛依、それこそプロデューサーが指示するから。『今はこうしたほうがいい』ってね。それはあんたのアイドル生命を守るためでもあるの。それは理解してるわよね?」
「もちろんっす」
「ならその代わり、あんたもこっちの指示、ちゃんと聞き入れなさいよ」
「……そういうことなら、了解っす」
黛冬優子はうなずいた。
和泉愛依も微笑んで目を閉じる。
(……でも────)
芹沢あさひは思索に耽る。
中学生で良かったと思えば、中学生だから“ちゃんと”をしなければならず、かといって自分は自分のままでいていい……なかなか好き放題なことを、多方面多環境から言われる。
いつも通り、息が辛い。
「じゃ、一泊したら朝一で帰りの電車だから。おやすみ」
「おやすみ~……」
「おやすみっす」
§
かくして事件は起きた。
「────ちゃん。────ちゃん!」
まどろみの中、危機感が募る。
だれかの焦ったような呼び声が聞こえる。
だんだんと和泉愛依の声色として認識していく。
「冬優子ちゃん! ごめん起きて! 冬優子ちゃんってば!」
「──……ん、ん~……なによ、愛依……」
「その、マジごめん! でも大変な状況かも!」
「……ハァ? 一言で説明しなさい。ふゆが一発で目を覚ますような……そんな言い方で……ふわぁ────」
体感的に睡眠時間は四時間から五時間といったところ。まだもう少し寝足りない。
「────あさひちゃんがいない」
今にも溶け落ちそうなまどろみが、凝り固まった意識として硬直する。
さながら緊縛。金縛りのごとし。呼吸も鼓動も一瞬全身が忘我する。
「……今何時」
「四時ジャスト」
「なんで気づいたわけ」
「トイレ行こうと思ったら、横のベッドが空っぽで……」
「メッセ。電話」
「反応なしで~」
「書き置き」
「なくて~」
「…………────寝る」
「ごめん見捨てないで~! 一緒に探そうよ~!」
黛冬優子は怒り心頭である。
和泉愛依は不安と心配でおかしくなりそうである。
「浴槽。涼しいって理由で寝てる」
「前にもあったけど、今回はいなかった~!」
「クローゼットの中。ダニのミクロな気持ちを知りたいって理由で寝てる」
「探した~! いなかった~!」
「ベッドの下。日差しが眩しいって理由で寝てる」
「あさひちゃんの靴下はかたっぽ落ちてたけど、いなかった~!」
「ほか、隠れられそうな場所全部」
「探したつもりだけど、どこにもいなくてぇ……」
「バカは高いところが好きだから屋上」
「外探すならふたりの方が早くない!? ──わっ!」
黛冬優子は布団を跳ね除けた。が、いきなり起きると頭痛がしてしまうため、なんとかこらえて時間をかけながらゆっくりと起き上がる。
「っ……ハァ……それもそうね……っこの、また見つけたらどうしてくれようか……あのじゃじゃ馬娘……」
「いつもなら書き置きくらいは残していくんだけど……忘れちゃったのかなぁ……?」
「……衝動的に動いたってこと? …………」
その時、和泉愛依のスマホがバイブした。
「っ!」
「……早く確認なさい」
「あ、うん! ──あ、でも智代子ちゃんだ。なんだろ? …………────えっ!?」
「なによ。あさひと関係あるの? ないの?」
「あ、ある!」
「……」(なんであるのよ~~~~っ)「……なら早く説明なさい」(もし園田智代子に迷惑がいったようなら、今度ちゃんと謝罪しないと……)
和泉愛依は困惑しつつも、なるほどと理解して説明開始。
「えっと、あさひちゃん見っけたかも!」
「ハァ?」
「いやあの、天道さん、うちらのチェイン知らないじゃん? だから伝言ゲームみたいなことらしくて……」
「いいから内容」
「────『お宅の娘さんがトランプとバックギャモンとお菓子持参でうちの部屋の前にいるんすけどなんとかしてください』────『という伝言を、ストレイライトに送ってほしいと、アルファさんに頼まれたんですけど……これで何かお役に立てましたかな?』────って、智代子ちゃんから! あと天道さんが泊まってる旅館の名前も書いてある!」
黛冬優子は噴火一秒前だった。
「あ……あ~~~さ~~~~ひ~~~~~~っ!!」
しかし黛冬優子は、一つの疑問から冷静さを取り戻す。
「つーかなんで天道唯我の旅館の場所と部屋番号を知ってんのよ! 寝る前は知らないっぽい感じだったじゃないの!」
「あ、それは果穂ちゃんから聞いたみたい!」
「っ!!? な────なんで天道唯我は小宮果穂に、逐一そんな細かいことまで報告してんのよぉ!?」
「え、いやそれはほら、アレじゃない? 普通に共有というか……恋人として~的な? いやまだ恋人じゃないらしいけどっ」
「だからって小宮果穂経由であさひにバレるのは流石の天道唯我も想定外の外の外でしょっ! 内部事情ダダ漏れってレベルじゃないわよっ!! まぁ小宮果穂もまだ小学生だから? 仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれないけど! 『あさひさんになら教えてあげてもいいかな?』ってなっちゃったのは想像に難くないけど! あーもうっ!」
「ま、まーまー! それより、今は急ご?」
「急いでるわよ! だから着替えてるでしょ……まったくなんでこんな寒い未明に外着に着替えなきゃなんないわけ……!? 電話にも出ないわチェインも既読つかないわ書き置き忘れるわ相も変わらず好き放題するわ、もーっ!」
しかし黛冬優子は着替えながら立ち止まる。
「……? 冬優子ちゃん?」
「────……あのさ。別にあさひの居場所は分かったんだから迎えに行く必要ないと思ったんだけど。そのうち帰ってくるでしょ」
「……! それは……そう、かも? ──ってまってまって! まだ朝の四時だよ!? 暗いから危ないよ!」
「……それもそうね」
「それに天道さんの部屋の前で待ってるところ、誰かに見られでもしたら……!」
「────そういえばそうだったわ……割と最悪な状況ね……ごめん愛依。ふゆ、まだちゃんと目を覚ましてないっぽいから、しばらくあんたがしっかりしててちょうだい……」
「わ、わかった! 急に起こしちゃったからね……ごめん! ──よしっ。うちに任せてっ!」
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