【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
別ホテルのロビーにて、ゆったりとしたソファに仰向けて、スマホを耳元に置く。
「ねぇハナワカ~。なんで覚えてもらわなきゃ死んじゃうのに、怪異はみんなの記憶を消すの?」
『それはですね。覚えてもらう人を選んでいるからですよ。記憶は思考の集積でもあるので、何かと怪異側が影響を受けやすいんですよね』
「どういうこと?」
『たとえば『その怪異は悪い奴かも』と少しでも思ってしまうと、その怪異は『本当にそうなってしまう』んですよね。かといって『良い神かも』と考えてもいけない。なぜなら神には『自分のなりたい姿』があります。目指したい『アイデンティティー』が存在するんです。そのため、なるべく自分のなりたい姿になれるよう、信者を選びたいんですよ』
「……────」
芹沢あさひは目をしばたたかせる。
ならばマドナちゃんは、本当に『無窓』という存在になりたかった神様なのかと。
『人間だって、ただ生きるだけなら働いて稼いだ金で飯食って寝て飯食って寝て。それだけで生きていけるでしょう? 植物人間だって点滴を打ち続けてもらえれば、それだけで生きていられる。──でもそれ
「……楽しむ……」
『ただ生きるだけは嫌だ。もっと素敵な自分になって、素敵な自分として生きたい。……ってね。というわけで、覚えてもらう人がいなくなって下手すりゃ死ぬかもしれないのに、その上で自分に磨きをかけるため、色々えり好みするんすよ。──そこらへんは、プライドだけで生きる馬鹿な男性とか、頭の悪い女性の無茶なダイエットとか、そういうのに通じるところがありますね。そう思うとなんだか親近感が湧いてきません? ま、湧いてもイイことないんすけどネ!』
「……」
芹沢あさひは問いかける。
「じゃあハナワカは、ほとんど覚えてもらっているってことは……怪異にとって、イイ信者ってこと?」
『ところがどっこい。俺は山神に愛されてしまっているため、その影響でほかの神様を認識できてしまうだけなんです。つまり記憶できてしまう。どうしても俺の考えや認識に納得できない怪異がいたら、そいつは是が非でも俺を殺しに来る。だがそれは俺のことが好きな山の神にケンカを売ることになる。やっこさんは日本一にも近い知名度を誇る最強種の一角なので、よほどの奴はケンカを売らない。なので俺は今のところ助かってる。命を狙われることも少ない』
「わたしの場合は?」
『色々と考えられますが……俺のように何かに愛されているのか。あるいは、元々記憶しやすい霊媒体質なのか。それこそ神のみぞ知るってやつっすよ。少なくとも俺には分かりませんね。ただこれだけは言える。──あなたはとてもふしぎな人ですよ』
「ふーん」
芹沢あさひは、ほかにも気になることを興味津々に問いかける。
「じゃあ、なんで凛世ちゃんと摩美々ちゃんを呼んだの?」
『“社”と“摩”の概念で対抗しました。封神とガラスの摩耗ですね。“田中”も田んぼとして虫追と相性イイですし。社は境内の内側を表すため、その概念がなければ異空間に立ち入ることすらできませんでした。つまり俺は勝負の土俵に上がるために社野さんを呼び、虫追と無窓を切り離すために田中さんを呼んだんです。ま、命に代えてもお三方の命は守りきる算段でしたので、ご心配なく~』
「…………」
命に代えても、とは言うが。
具体的に、どういった算段で、どのくらいの確率で、守りきれるつもりだったのか。
全然安心できない。
「じゃあ……横紙破りってさ。元々そういう能力を持っていたわけじゃないの?」
『ふむ?』
「虫追は、最初から部屋を回転させる能力を持っていたわけじゃないの?」
『なるほど。もちろんその可能性もあります。無窓の概念から窓の派生で方角の概念を取得した可能性ですね。それが先天的にしろ後天的にしろ、怪異とは欲しい時に都合の良い能力を獲得できるんです。これが神々の理不尽たる由縁でね』
「……それって最強じゃない?」
『そうですね。ところでポピュラーな概念取得はなんだと思います?』
「え? うーん……」
『分かりやすい例として“不死身”ですよ。蘇生や復活とかね。これが怪異に命の概念がない理由です』
「……」
天道唯我は付け加える。
『ただし横紙破りには、いくつか弱点がある』
「弱点! それは?」
『その前に前提知識を授けます。──まず新規の概念を得る方法は二通りあります。一つ目は、新しい概念を取得すると、今までの概念を手放してしまい、信仰がリセットされてしまうこと』
「……じゃあ虫追の怪異は、あのとき方角の怪異になったんだ。でも全然弱った感じはなかった気がする……」
『それは二つ目の方法を使ったからかもしれません。二つ目は、既存の概念から派生した概念を取得することで、何も手放さず多様な力を獲得することです。概念の数だけ信仰が集まりますので、さらに強化されますね。パワーが倍プッシュです』
「……? つまり“虫追”は、同音異義語の“無窓”に憑依して、“無窓”から“方角”の概念を取得して、三つの概念を持つ怪異になったってこと? でも全然強くなった感じもなかった気がするけど……」
『理由はいくつか考えられます。根拠はありませんけど聞きますか?』
芹沢あさひは「うん」とうなずく。
『これで弱点の話ができます。──新たな概念を得るということは、その概念にちなむ弱点も増える、ということです。虫追は炎熱系に弱く、無窓はあまりにも弱点が多く、方角は宇宙に適応できず。……であれば、あの時の虫追の弱点は?』
「……────もしかして、一つ目の方法で方角の怪異になって、虫追の力を失って信仰がリセットして……息切れして……でも、方角なんて誰でも知ってる有名な概念だから、すぐ息を吸えて……むしろ虫追よりメジャーだからどんどん元気になって……それで完全に元気になったら────わたしたちは負けちゃうから違うか。……なら、虫追の時よりもっと強くなる前に、なんとか倒しきることができた……ってこと? あと、ハナワカと凛世ちゃんが巨大カマキリと少しでも打ち合えたのは、その息切れのおかげだったり……? あれ、でも虫追を手放したら、カマキリの姿でいられないはず……うーん?」
芹沢あさひの疑問を含む考察について、天道唯我は身も蓋もないことを言う。
『ま、仮にそれが当たりだとしても。虫追からすれば、
「────えっ」
『先輩の疑問も、虫追の概念を手放したけどカマキリの姿では在りたい、という横紙破りをすればいい。そもそも方角の概念を得たけど虫追の概念は手放さない、という横紙破りをすればいい』
「……────」
『もっと言えば、そもそもの話。わざわざ方角の概念を得る必要はない。わざわざ弱点を増やす必要もない。だから横紙破りで部屋の方角を回転させた。あるはずがない能力を
「────────」
『もっともっと言えば、横紙破りをすることによる代償は特にありません。あったとしても、それすらも
「……でも、なんか……それ、ズルいよ!」
思わず芹沢あさひはソファから身を起こして叫んだ。
『でっしょう? だから上位存在は
「…………」
『ま、実害を与えてくる神様は少なくない。今の俺たちが、こうして平和にセリフ多めで話し合えているうちは、ね?』
「……────」
芹沢あさひはこちらを見つめた。
今日も猫のように天井の隅っこが気になる。窓の向こうに目をやれば、朝ぼらけの夜空が綺麗である。
『ところでスマホを確認してください』
「? ……あ、愛依ちゃんと冬優子ちゃんからチェインが来てる。しかもこんなに」
『なんて書いてあります?』
────あさひちゃん、早く帰ってきてぇ~!
────あの橋の近くにいる。早く来なさい。
「……そろそろ帰らなきゃ」
『ではさようなら』
「うん! でもハナワカ。なんで部屋に入れてくれなかったの?」
『二年後に自力でその答えに行き着くことを願っています。ウィーアー』
ブツッ────と通話が途切れてしまった。
芹沢あさひは、よくわからないと言いたげな顔をしながら、椅子を蹴り立って帰路に就いた。
§
白み始める夜空。
踏切の向こう側に橋があり、砂浜と水平線が見える。側面一帯にはひまわり畑。
走って走って、踏切を越えて、昨日通った橋に到着。
橋の上では黛冬優子が腕を組んで仁王立ち。和泉愛依が手を振ってくる。
「冬優子ちゃん! 愛依ちゃん! おはようっす!」
「……あのねぇ~~~~……あんた、昨日の反省会から何も学んでないじゃないのよぉ~~……」
「もう、あさひちゃん。書き置きも無しに居なくなるのはダメだって、この前、約束したよね?」
「あ……また忘れてたっす」
「もう……ケガとかない?」
「天道さんとは遊べた?」
「ないっすよ。遊べなかったっす。でも電話で話してて、いろいろ聞けたっすよ」
「あっそ」
「そっか~! よかったよかった!」
海風が吹いて川の水面が揺れる。
和泉愛依がくしゃみをした。
「うわさぶっ! 早く戻ろっ!」
「なに言ってんの愛依。もったいないわよ」
「え? どゆこと?」
黛冬優子は振り返り、一点を見つめている。
その視線を追って芹沢あさひと和泉愛依が並び立った。
水平線から太陽が昇る。
夜明けの瞬間である。
「お~! 日の出だ~! きれいー!」
「ここは空気が澄んでるからよく見えるわね~」
「おー……」
ふと芹沢あさひの脳裏によぎる回想。
それはジェットコースターの中心から夕陽が差し込んでいた光景。
「……なんか似てるっす」
「? 何が」
「なになに? あさひちゃん!」
「昨日の遊園地で、ジェットコースターがグルッと回る部分。あそこから見えた夕日と同じに見えたっすよ」
「……ああ。なるほど。色は違うけど、ま、輪郭は似たようなもんね」
「ジェットコースターか~。そういえば乗らなかったよね~!」
「わたし、
不意に芹沢あさひの視界が旋回する。
ジェットコースターのループ最上部から、下からの風を感じた。
「────────」
迫る草地の地面。
その前に、白い
なんせ四十メートルからの自由落下だ。
(────あ、これ、死────)
§
「わぁああああ────っっッ!!?」
ホテルのベッドから白い絹が跳ね上がった。
白髪少女は凍えるような汗をにじませてひどく喘鳴する。
「────び、っくったぁ…………な、なによ、あさひ……怖い夢でも見たの……?」
「────し、心臓が、止まるかと思ったぁ……ちょいまって……深呼吸したい……」
両隣のベッドで寝ていた黛冬優子と和泉愛依は、ガン開きの目で胸を抑え、いそいそと起き上がる。
対する芹沢あさひは汗だくで、飛び起きたまま微動だにしない。見開いた目は虚空を見据えたまま混乱している。
(? ?? ??? あれ、わたし……ハナワカのところに行って、みんなと海を見て……いきなり、ジェットコースターのてっぺんから落っこちて……)
何かの怪異かもしれない。
すぐさまスマホを探す。布団から飛び起きてリュックサックを開けてスマホを取り出して電話をかける。すると2コールで出た。
「ハナワカ! 怖い夢見た! 聞いて!」
『……』
ブツッ────ツーツー。
「あ、なんで切るの!」
「そりゃ朝の五時からそんな電話かけたら誰でも切るでしょ……」
「あさひちゃ~ん。どんな夢見たの~? うちもさ~。なんか、怖い? とはちょっと違うけど、めっちゃ心配で不安になるような夢見てさ~」
「……おかしいな。夢だったのかな……?」
すると着信音が鳴った。ハナワカから電話が掛かってくる。すぐに出た。
「ハナワカ! なんで切る!」
『昨日、あの橋を渡りましたか?』
「……橋?」
『曰く、此処に
「…………」
『して、恐らくはその橋姫伝説の概念が
「……」
『で? どんな夢を見たんです?』
「ジェットコースターから落ちる夢」
『その前後を教えてください』
「……愛依ちゃんがジェットコースター乗ってないって言ったから、わたしも乗りたかったって言った」
『であれば道祖土は、その
「えっ」
『虫追と無窓のように、橋姫が道祖土を乗っ取ったから、こんな目に遭った。そう思っていましたか? 残念。それ自体は正解ですが、基本的に怪異とはどのような存在であれロクでもない。人間と同じですよ。善人がロクでもないことをする時もある。道祖土に悪気はありませんが、もはや『そういうもの』なのでね。土砂崩れに文句言っても仕方ないのと一緒ですよ。自然災害です。ま、橋姫と融合しなければ、そもそも道祖土も軽率に願いを叶えることもなかったでしょう。願いとは呪いですからね。道祖土は道を守るものであり何かを
「…………」
『ま、本当にただの悪夢かもしれませんけどネ!』
「……そうなのかなー?」
『いちいち不思議なことが怪異かどうか気にしてたら身が持たないっすよ。そもそも『神なんて居ない』と、そう思うだけで怪異は消えてしまう。なんせ彼らは人間にそう思われることで『そうなってしまう』生き物なんですから。かといって彼らを多く認識できる私が本気でそう思ってしまうと、彼らの大半を殺すことになる。故に私は、彼らのことは空気のような存在として扱っています。居なくなられると酸素がなくなって死にますし、かといって居すぎても酸素濃度が高くて中毒死するため、まぁほどほどに生きててください、という程度のありがた迷惑気分でネ!』
「……────」
『先輩はどう思います?』
「……わかんない。でも、ありがとう」
『お役に立てたのなら幸いです。ではまた』
「うん、またね」
芹沢あさひは通話を切る。
黛冬優子は起床の準備をしつつ、少しからかうように言った。
「ふーん? 何よあさひ。悪夢を見たらふゆたちに相談するんじゃなくて、真っ先に天道唯我に相談するわけ~?」
「? 悪夢じゃないっすよ。怪異について相談してたっす」
「……は?」
「でもただの悪夢かもしれないっす。だから冬優子ちゃんや愛依ちゃんに相談することにしたっすー!」
「……、……」
黛冬優子は、相変わらずよく分からないことを言う奴だと言いたげに、苦々しい面持ちをしていた。
一方の和泉愛依はバッチこいと両腕を広げる。
「悪夢怖かった~? 愛依ちゃんの胸に飛び込んできな~あさひちゃぁ~ん!」
「悪夢怖かったっすー愛依ちゃーん! ジェットコースターのてっぺんから落ちたっすよー!」
「おぉ~!? えぇ~それは怖いっ! 怖かったね~よしよし~! もう大丈夫だよ~!」
和泉愛依のベッドに飛び込んだ芹沢あさひは、お腹に抱きついて気が済むまで撫で回された。
「愛依ちゃん。冬優子ちゃん。帰りはあの橋、渡らないようにしたいっすー」
「え? そうなん?」
「……理由は?」
「道祖土の神様が……じゃなくて、橋姫? が怖いっすよ~」
「道祖土……」
「…………」
和泉愛依と黛冬優子は、道祖土の名に思い当たる節があるらしく、しばし考え込む。
「? どうしたんすか?」
「いや……うちの近くに道祖土の神社があるから……」
「ふゆのところは
「そうなんすか?」
「へ~! 冬優子ちゃん詳しい~!」
「それよりあさひ。あんたそこらへんの石像や祠になんかしてないでしょうね。それで神様に怒られて悪夢見たとか?」
「え~! そんなことしてないっすよ~!」
「あはは~! じゃあ帰りにお参りでも行こっか? さっき、怪異……? とか言ってて、なんか気にしてたでしょ?」
「そんな時間ないわよ。朝一の新幹線に乗らないといけないんだから。行くなら事務所近くの神社にしときなさい」
「んー。別にいいっすよ。またなんか巻き込まれそうだし」
ふと黛冬優子と和泉愛依は、丸くした目をパチパチと言わせて見合わせた。
『──……
まったく相も変わらず、何やら怖いことをしれっと言う少女であった。
§