【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
晴天。とあるビルの会議室。
そこではドラマ撮影の企画を成功させるべく、監督と283プロデューサーが会議していた。
「プロデューサーさん。僕はね。常に面白いドラマを撮影しなければいけないんだ。それが仕事だからね?」
「……はい」
「でもたまには全力で遊びに極振りしたドラマも撮影したいんだよ。趣味を詰め込んだ映像作品というか?」
「…………」
「しかしそういうのって需要と供給が釣り合わないと話題にすらならないのよね。冷笑すらされてしまう!」
「……そう、ですね?」
「そこで君達にはストッパー役になってほしい。いいね? もう私は止まらないよ?」
「────り、了解です……」
監督は、語り始めた。
「鈴木羽那と芹沢あさひと七草にちかを“三人娘”の設定でドラマにしたい」
「……」
「いいかい? “
「……え、えぇっとぉ……」
「そうなると父役が必要だよね? ──僕が思うに、君、出る? ドラマ。初めて」
「────えぇっ!? お、俺ですか……!? そ、それはさすがに……」
「なら君が決めて。父役。あと母役も必要だと思う? いい感じの役者さんが見つからなかったら母役は没にするよ。あと283さんトコの子だけ使う? ほかの役者さんもオーディションする? それかアイドルのみで揃える? そこらへんも適当に決めてくれ」
「……わ、分かりました……」
「ちなみにこの話は君以外にもするつもりだから、もしかしたらオーディション勝負になるかもしれない。まぁプロデューサーさんほどの人の抜擢なら、ほかの抜擢された役者さんに負けることはないだろうけどね!」
「は、はは……精進いたします……」
§
後日。とあるスタジオの食事処にて。
バラエティ番組の終了後、七草にちかはケータリングで、天道唯我と顔を合わせた。
「────うわ」
「? おや七草さん。お疲れ様です」
「……お疲れ様ですー」
天道唯我はカスクートを頬張る。フランスパンをサンドイッチにしたものだ。重厚な肉と瑞々しい野菜を歯応えばっちりの生地で挟んだそれは、小さな一個を食べただけで、とてもお腹が膨れる軽食である。
「……つかぬことをおうかがいしますが」
「? はい……なんです?」
「七草にちかさんは、中学生ではなかったんですか?」
「────」
目を疑った七草にちかは硬直後、すぐさまツッコんだ。
「いやあの、わたし正々堂々、高校生ですけどーぉっ!?」
「はは! マジっすか!」
「え……マジで勘違いしてたんです……?」
「いえ、高校生だとは存じていたはずなのですが……いつの間にか認識が中学生にすり替わっておりまして……」
「はぁ~? どういう意味ですかそれ……なんかのイヤミですー? うわー傷ついちゃうな~!」
「いえいえ、嫌味ではなく忠告です。ただ誤解の申し訳ついでに教えたいことがありまして。──おそらく次に携わるドラマの評判しだいでは、今回のバラエティ番組等で、今の俺のようないじり方をされると思いますので────まぁ、その、はい。正直お年頃ですし? 嫌な思いをされる前に、耐性でも作らせようかな? と……つい、老婆心が湧いてきてしまいまして」
「……っ?」
「俺が何を言っているのかはそのうち理解できると思いますよ。ではダークヒーローはクールに去るのでしたっ!」
天道唯我は笑顔でケータリング室を後にした。
取り残された七草にちかは小首をかしげ、スマホ片手にカスクートを頬張りながら、仕事の終了をプロデューサーさんに報告する。
『プロデューサーさん。
撮影終わりましたー』 PM 13:45
『お疲れ様』 PM 13:45
『帰り、事務所寄れるか?
仕事もらってきたんだ』 PM 13:45
『にちかに任せたい仕事がある』 PM 13:45
『え、ホントですか!』 PM 13:45
『やったー!』 PM 13:45
『 (^^♪ 』 PM 13:45
『……あれ、でも待てよ?
なんだか嫌な予感が……』 PM 13:46
『えっ? そ、そんなことは……
…………ないと思うぞ?』 PM 13:46
『ちょっとぉ! なんでそんなに
三点リーダーが多いんですかぁ!?』 PM 13:46
§
小一時間後。よく晴れた日の初星学園・No100教室。
いつもの事務所では、学園プロデューサーの担当アイドル達が賑やかに過ごしていた。
そこへノック二回。
「コンコン。おじゃましまーす。テレビ局の回し者でーす」
ガラガラと引き戸。
不意に、元No.168事務所の担当アイドル達は、耳をそばだてて振り返る。
思わぬ来客だ。毎日プチパレスで顔を合わせているとはいえ、初星学園で会うのは久しぶりである。
『────(青の)プロデューサー!?』
「はい。みなさんおはようございます。先輩いますかー?」
「こちらです、ご同輩。既に資料は読みました。さっそく始めましょう」
「さっすが! 話が早いっすねー!」
青のプロデューサー、もとい天道唯我は、客間のソファに座る。
「さて、No.100事務所のアイドルの皆さんに質問です。正直、ドラマ撮影の経験はいかほどで?」
「わたしはないわ!」 花海咲季は自信満々に胸を張って答えた。
「私もないけど」 月村手毬も腕を組んで続く。
「あたしはミニドラマならちょっとだけ~」
「あたしもないです!」
「ちょっとある」
「ドラマはまだ……ありませんわぁ~」
「ふわぁ~……ふふ。わたしは、ほんの少しなら……」 秦谷美鈴は寝ぼけ眼で微笑む。
「わたしもないです!」
「あたしもミニドラマ程度かな~」
「私は昔、少しだけ……」 姫崎莉波は前年を思い出す。
「ボクはそこそこあるよ」 有村麻央は自信満々に答える。
「私もそれなりにあるわ!」 十王星南は後ろ髪を払い除けて胸を張る。
「といっても三年生組は全員、ほとんど100プロ系列のドラマ撮影だがな」 驕らない雨夜燕は冷静に指摘した。
「なるほど回答ありがとうございます。これより抜き打ちオーディションを行います」
『────!??!?』
「詳細な説明は省きます。なぜなら私は今、
『っ??!?!?!』
「まぁ翻せば、それくらい軽いノリのオーディションってことですよ。──さて、私の知り合いの監督によれば、かわいいかわいい三人娘を育てあげた“父役”と“母役”の演者が見つからないらしく。父役は確定で採用しますが、母役は良い人材が見つからなければ没にするそうです。なお私の提案で『例の三人娘と相性の良いアイドルがいた場合、四女役や五女役もありなのでは?』と進言したところ────」
────えぇ~? そんな凄い娘いるかな~? まぁ仮に居たら考えてあげてもいいよ!
「────とのことで。ええはい、誠に内輪ノリでございますが、あの監督は元からそういうところありますので。ちなみに私の立場は審査員です。監督から『283さんと協力して適当に良い子を見繕ってきて』と言われただけの審査員ですが。──ではオーディション・スタート」
『……っッ!!?』
あまりにも唐突すぎるオーディションの開催。しかも未経験のドラマ撮影。
勝手知ったるとは真逆の庭。
動揺が広がる中、先んじて庭先に踊り込み
「はいはーい! No.01! 藤田ことね! 母役、行きますっ!」
「おや。娘役ではなく母役ですか……どうぞ?」
「その前に、三人娘のパーソナリティーと軽い背景を教えてくださいっ! それとも好きに演じていい感じですかっ!? 勝手が分かりませんっ!」
「例えるなら────天然純白大学生、自由奔放高校生、めんどくさうざ可愛い中学生です。なお四女役は怠惰で控えめな小学生で、五女役はマセガキ五歳児でしょうか。背景は自由に作って構いませんよ。なにせ私も知りませんので」
ならばと藤田ことねは、彼女たちの母を演じる。
「ねぇ天然ちゃん。あなたそろそろイイ人できたの? ──えぇ~? たしかに大学生なんて遊んでナンボだけど、そろそろ玉の輿を見つけないと、生き遅れた時に大変よ~? ……えっ? その考え、もう古い? ま、マジか……! お母さん、ジェネレーションギャップだわ……!」
「
「やりーっ! 先手必勝でオーディション受かったぜー!」
これには花海咲季、「むむむっ……! やるわねことね……!」と対抗心を燃やす。
かたや月村手毬はジト目。顎に指を当ててよく観察していた。不意に挙手して、誰よりも前に進み出る。
「No.02。月村手毬。四女役。行きます」
「ほう。どうぞ?」
「────────ふぇえ……かみなり、こわいよぉ……たすけてぇ、ママぁ……パパぁ……」
花海咲季と藤田ことねは青ざめてドン引きした。倉本千奈と花海佑芽もびっくりして青ざめている。ほかも似たり寄ったりな反応だった。
たしかに月村手毬の演技には一同が
むしろ彼女たちは長い付き合いで月村手毬の内面を理解しているため、特に藤田ことねなどは(お前、そっちのほうが本性だろ……)と辟易を通り越して、ついつい硬直してしまったのだ。
「────なるほど。本来なら
「やった! ねぇ見た(学園)プロデューサー!? 咲季とことねも! ……ふっ、これがトップアイドルの風格なんだよね!」
「キメ顔してるところ悪いですが、小学生の四女役としてではなく、園児の五女役として推薦しておきますね」
「……えっ? な、なんでぇーーーっ!?」
「いや妥当でしょ……」 花海咲季は伏し目がちに観察する。
「ああ、妥当だな……」 伏し目がちの藤田ことねも同意した。
「もし四女役として受かりたければ総合評価は△なので、もっと練習する必要がありますね」 天道唯我はしきりにうなずく。
そこで女神の風格を帯びるアイドルが打って出た。
「No.03。篠澤広。父役、行きます」
「どうぞ」
「────……娘たちよ。お父さんは怒らないから、目を閉じて正直に手を挙げなさい。いったいだれですか? お父さんの書斎の本棚を、円周率に従ったタイトル順に並べ替えたイタズラっ子さんは……」
「そんなことしたんです?」
「むかしのはなし、かも?」
「んー。体が細い薄幸系パパさん、あるいは体が弱い病弱系パパさんか~。ちょっと美貌が強すぎるのが玉に瑕かな~。長女役を喰う恐れがあるため、それは監督的にどうなのか……よって総合評価は
「そっか……ふふっ。ままならない、ね? でも、まだチャンスがあるなら────(学園)プロデューサー。カメラ、ある……?」
学園プロデューサーと篠澤広は宣材写真を取るため隣の教室に移動する。
一方の倉本千奈と花海佑芽はわたわたしていた。
「どどど、どうしましょう~! わたくし、いきなり演技をと申されましても……なぁんにも思いつきませんわぁ~!」
「ぐぬぬ゛ぅ゛……! あ゛た゛し゛も゛だーっ! せめて……せめて台本があれ゛ばーっ!!」
そこへ颯爽と王子様が躍り出た。
「ふっ……ここはボクの出番のようだね! No.04。有村麻央! 父親役で行かせてもらうよ!」
「待ってました。ぶっちゃけ適役ですもんね。ちなみにライバルは白瀬咲耶さんだと思います。283さんとこのプロデューサーが彼女を抜擢するかどうかは別としてね? では、どうぞ」
「その前に、ことね! 手毬! ボクを手伝ってくれるかな?」
「うぇ!? あ、もちです……!」
「え、あ、はい……!」
有村麻央と藤田ことねと月村手毬は円陣を組んでゴニョゴニョと作戦会議。
それも終われば、三人は揃って小ジャンプで振り返り、前髪やスカートがふわりとはためいた。
いざ家族演技を始める。
「ふぇ~ん……ままぁ、ぱぱぁ……かみなりさんが~……」
「あらあら、私の可愛い可愛い手毬ちゃん。雷が怖くて起きてしまったのかしら?」
「ふっ……安心してごらん。ボクの可愛い可愛い手毬。パパがいれば雷なんて怖くないさ」
「じゃあ……いっしょに、ねんねして……?」
「あら。それならせっかくだし、パパに絵本を読んでもらっちゃえば?」
「そうだね……最近仕事ばかりだし、寂しい思いをさせてしまっている」
「ほんと……? やったー!」
「ごめんなさいね、パパ。いつもお仕事で忙しいのに……」
「なに。それを言うならボクのほうだとも。いつも家のことを任せっきりですまないね、ことね」
有村麻央は、藤田ことねのアゴをクイッと持ち上げて、なんとほっぺにくちづけした。
赤面した藤田ことねはクラクラと。両目をぐるぐる回し始める。
「ふふ! この埋め合わせは、また別の夜にでも────」
「……? ……──パパ、ママにも絵本を読んであげるの……?」
「あ……」
「────ぷっ。あはは! そうだね。ボクの家族に対する愛を伝えるには、言葉だけじゃ足りないかもだ。花束でも足りないかもしれない。それなら絵本を作るというのもありかもね?」
「わぁ……! それならね! てまり、クレヨンのおえかき、パパにもおしえてあげるー!」
「あらあら……」
「あはは!」
そこでアルファが制した。
「オチはどこで?」
「ぐっ────!」 有村麻央は膝をついた。
「……麻央寮長は、たまに見切り発車な時ありますよね……」 藤田ことねは呆れていた。
「後半ほとんどアドリブだったんだけど……『埋め合わせ』のところは要らなかったんじゃないですか? 最初はキスして終わりの予定だったのに……」 月村手毬が言う。
「やっぱりあそこからアドリブぶっ込んできましたよね?」 アルファがたずねた。
「す、すまない……なぜか、急にテンションが上がっちゃって……気づいたらセリフを続けてしまっていて……」
「まぁ分かります。麻央寮長、こういうの好きそうですもんねぇ……」
「そっか……有村先輩、演じるのが好きなんですね……」
「では及第点。総合評価は○ってことで。監督が宝塚系を許すかは別問題ですが、ともすれば近所の少年役での脇役採用もあるかもです。その方向性でも推薦しておきますね。どんな役であれ露出できるなら、まぁ……、って感じでしょう? もしそうであれば役ごとの宣材写真をください。監督に渡しておきます」
「それは……そうだね。ぜひよろしく頼むよ!」
有村麻央は隣の教室に移動する。
ならばと藤田ことねと月村手毬も宣材写真を撮るため付いていく。
その後も一人一人オーディションへの参加者が現れた。
失格に終わっても再挑戦は可能のため、参加番号が二桁台に突入する。特に花海咲季と花海佑芽、倉本千奈と葛城リーリヤがそうだった。対する三年生組は一発で及第点以上の結果を叩き出す。
すると必然、役被りが発生する。既に篠澤広と有村麻央が父役で被っていたのだ。ならばとアイドル達は、同役のライバルに勝つため、徐々に点数勝負へ移行。それは良い演技の練習となっていき、その様子を学園プロデューサーは静かに見守り、時に助言する。
かくして白熱するオーディションは、放課後まで続いたそうな。
§
後日。とあるスタジオにて。
雨天でも屋内ならば問題ない。
監督が審査員を務める最終オーディションを勝ち抜いた屈指のアイドル達が集う。
「110スタジオ以外のスタジオか……緊張するな……」
「おおう……寮長、あたしもうダメかもしれません……なんか吐き気がしてきました……場の空気が違いすぎる……完全に“プロ”って感じの場所ですよこれ……どうか骨は拾ってください……」
そうは口にしても、案外余裕のありそうな藤田ことねである。たしかに顔色は緊張のあまりグロッキーであるが、スタッフに声を掛けられると、すぐさまきゅるんとした愛嬌を振りまいていた。それは余裕があるというより、辛抱強いと言ったほうが近そうだ。
「あはっ! 麻央ちゃんとことねちゃんがお父さんお母さんで、あさひちゃんとにちかちゃんが妹か~。毎日が楽しそー!」
「やっぱり気になる。なんで私が芹沢さんより年下の役なんです~? 私、そんなに子供っぽいかな~……」
「わたしに聞かれても知らないっすよ。──あ! 麻央ちゃんとことねちゃんだ! おーい! こっちっすよー!」
「あ、月村さん……その、甜花、今日は、月村さんの、お姉ちゃん、だから…………よ、よろしく……!」
「はい。よろしくお願いします」 五女役はキリっとした顔で言う。
そこで演者たちは、撮影陣の前で改めて自己紹介することになった。
「父親役の有村麻央です! 本日はよろしくお願いします!」
「母親役の藤田ことねでーすっ! よろしくお願いしまっす!」
「大学生の長女役の、鈴木羽那ですっ! よろしくお願いします!」
「高校生の次女役の、芹沢あさひっす。よろしくっす」
「中学生の三女役の、七草にちかです。よろしくお願いします……!」
「小学生の、四女役の……大崎甜花、でしゅ……! あ、です……!」
「幼稚園児の五女役の、月村手毬です。最新のVFXを使うんですよね? 楽しみです……!」
かくして、ミニドラマの撮影が始まった。
────────────
────────
────
それは父親と長女のシーン。
平日の夜遅く。
父親は静かに鍵を開けて帰宅する。娘たちを起こすわけには行かない。
リビングから淡い明かり。誰かいるのだろうか。おそらく妻だろう。
靴を脱ぎ、廊下を渡り、扉を開けてリビングに入る。
台所手前の食卓では、妻が腕を枕に眠っており、長女はノートを広げて黙々と勉強していた。
「羽那だったのか」
「あっ、パパ! おかえり~っ!」
「ただいま。まだ起きていたのか?」
「うん! ママは……目の前で寝ちゃってるね? 気付かなかった。下の子たちはパパの帰りを待ってたけど、途中で飽きちゃったのかな? どこかに行っちゃったみたい」
「……そうか」
父親は、妻の背中にコートを掛けてから、台所で袖をまくり、手洗いうがい。
それを見守る長女は、下唇をボールペンで押しながら何かを考えている様子。
「……ねぇパパ。今さ。ちょっとだけ勉強、見てほしくて」
「え? ……大学の勉強なんて、お父さんが教えられるかな……」
「うん、内容じゃなくて……
「────、……はは、そうか!」
ゴトッと物音を立てて椅子を引いた父親は、長女のとなりに座る。
一方、リビングのソファで丸まって寝ていた四女と五女は、物音を聞きつけて目を覚ました。
ふたりとも寝ぼけ眼で、とたとたと駆け寄る。
「あう……パパ……おかえり……」
「またこんなじかんにかえってきたの? キャバクラにいってきたんじゃないでしょうね! ふん! ってママならいうよ!」
「甜花、手毬……そんなところで寝ていたのか。すまない、起こしてしまったね……」
「う、ううん……起きれたから、よし……! ……それで、その……甜花の、宿題も、ちょっとだけ……見てほしい……な? って…………あうぅ……でも、今、すごく、眠い……っ!」
「てまり、パパのひざのうえでねるー」
「よしよし。いいよ。甜花も宿題も見るし、手毬も────ほらっ! 抱っこしてあげるとも! さらに高い高いだ!」
五女を抱き上げた父親は、膝の上に下ろして頭を撫でる。
それを少し物欲しそうに見つめていた四女。それに気づいた父親は手招きして、サラサラの髪を撫でさする。
「────んっ……」
四女と五女の笑い声で、母親が目を覚ました。
「おや、起こしてしまったね。ただいま、ことね」
「あ……麻央さん。あたしったら寝ちゃって……やだ、ヨダレが……!」
「はは。……毎日、子供たちのお世話をありがとう」
「っ! な、急に改まってお礼なんて言われても、全然うれしくないんですからねっ! ふんっ!」
「
「ああ、大正解だ! ハイタ~ッチ!」
目を丸くして首をかしげる母親。
一方の娘たちは、父とともに笑い合う。
それは平和そのものな家庭風景だった。
────────────
────────
────
それは父親と次女のシーン。
土曜日の早朝。デジタル時計がアラームを鳴らすタイミングに合わせて。
寝室の扉が開け放たれた。突入してきた自由奔放の次女は、白い毛布を両手で揺らす。
「おじさん! おはよう! 起きて! 早く~!」
「……ん。んん~……?」
「ほら、早く起きて! 急ぐっすよ!」
「ちょ……なにかな? どうしたんだい……?」
「いいから! 靴履いて! 今すぐ!」
父親は、何か緊急事態が起きたのだろうかと察して、慌てて起床する。思えばとなりに妻がいない。まさかと心胆が冷えながら、娘に手を引かれるままに、パジャマ姿で玄関に急ぐ。
「ちょ、あさひ! ボクにも分かるように、何か説明が欲しいのだけれど……」
「その説明の時間がもったいないんす! イヤなら置いてくっすよ!」
「置いてくって……どこに行く気だい?」
「そんなの行ってみないと分かんないっすよ! あ、財布は持っててほしいっす。わたし昨日どこかに財布落としたみたいっすから」
「えっ────」
ハンガー掛けから長いコートを取り出し、パジャマの上に大きく羽織る。さらにスリッパを脱いで革靴を履く。これで見た目の体裁は取り繕えたが、足元を見られると青いストライプのズボンの裾が丸見えだ。靴下も履いていないため、素足のすね部分が見えてしまう。
「ほら早く! 行くっすよ!」
外に飛び出すと、当の娘は十字路の手前で今にも駆け出しそう。住宅街のため車は少なく速度も出していないだろうが、危険であることに変わりはないため、ちゃんと目の前を見てほしい。
「わ、分かったから! 手をつないで行こう。ちゃんと一緒に行くから」
「え~……ほんとっすか?」
「ああ、本当だとも。約束だ」
「……分かったっす!」
とびっきりの笑顔で駆け戻ってきた次女は、父親と手をつないで歩き出す。
「それで……どこに行くんだい?」
「だから知らないっすよ。これから行くんすから」
「……んーと?」
「行きながら決めるんすよ」
「────」
父親は一瞬だけ目を見開き、何度か口をパクパクとして唖然とする。
そして、爽やかに笑った。空の色は青い。透き通るような青さだった。
「ははっ! またいつもの突飛な行動か……お父さん、何か起きたんじゃないかとびっくりしたんだよ?」
「え? 何か起きたんすか?」
「……まったく。それで? なんでお父さんを連れ出したのかな?」
「? おじさんと出かけるのに理由なんてないっすよ」
「…………そうか。それは、うれしい理由だね」
手をつなぐ父と娘は、ただ静かに町を歩く。
しばらくの静寂は、駅の喧騒と甘い匂いで笑い立つ。
「アイスのお店だ!」
「お、いいね。買おうか」
アイスを買ってもらった次女は、段々と重なった三つの味に舌鼓を打つ。
ペロンと口周りを舐めとって気づいた。父親は何も食べてないのだ。
右手はコートのポケットの中に入れて、左手は自分の右手と手をつないでいる。
「……おじさんは食べないんすか? もしかしてお金なかった? ならわたしのあげるっすよ!」
次女は不意に、アイスを父親の口元に押し付ける勢いで持っていく。
「いや……さすがに朝っぱらの空きっ腹にアイスはちょっと……お腹を壊してしまうよ」
「そうっすか。…………」
「あー。ところで、あさひ? 財布って……どのあたりで落としたのか、覚えているかな?」
「…………」
「……あさひ?」
ふいに次女は、ギュッと手を握り締めると、赤らむ頬で上目遣い。
「こうしておじさんと出かけるの、ひさしぶりだね?」
────────────
────────
────
それは父親と三女のシーン。
「……」
日曜の休日。
リビングのソファでくつろぐ父親は、たまの休暇を満喫していた。
その背後から、手を後ろに結んで前傾する三女が、そろりそろりとジグザグに歩いて背もたれに寄りかかる。
「あの、さ……」
「……ん? どうしたんだい?」
父親は身を起こすと、座卓に置いてあるリモコンを手に取って番組を止める。
どうやら録画を見ていたようだ。ちなみに座卓の上には、湯気立ち上るコーヒーカップと、二枚のチケットが置いてある。
「その、映画館のチケット、なくしちゃって……」
「チケット? ……ああ、それなら机の上に置いてあったよ!」
「あ、そうなんだー」
「はは。よかったよかった。まったく、にちかはおっちょこちょいだね?」
「っ……」
三女はソファを回り込んで座卓からチケットを拾い上げる。
ひらひらのチケットで唇を隠しながら、視界端に父親の顔とテレビ画面を移しつつ、窓の外を見ているようで見ていない。
「……お父さんは、どう思う? 私が映画、観に行くこと……」
「ん? そりゃあ……行ってきなよ。お父さんは家でゆっくりしてるからさ」
「はぁ? いや別に、ただ行けって言われても困るんですけど……」
「え?」
父親は困惑する。何か事情があるのだろうか。
「っていうかこれ、二枚あるし。無駄にしたらお母さん怒るからイヤなんだよねー。わかるでしょ?」
「……あ、あぁ……。……?」
「別に、誰と行こうかとか、全然決めてないしっ。……だから、行きたいなら行けば?」
三女は二枚のチケットを差し出す。
父親はびっくりして、白旗を振るように両手を振った。
「いやいや、お父さんはいいよ! にちかが友達と────」
「うわ。友達いないみたいな言い方やめてくれる?」
「────いや、そういうわけでは────」
「っていうか、別に“行きたいなら”って言ってるだけなんだし、行きたくないなら行きたくないって言えばいいじゃん」
「…………」
「……っ──ほ、ほら! 早く、準備しないと……上映時間、遅れちゃうし……み、観ないの? これ、夕方から、なんですけど……」
「……──!」
父親は、この世全ての思春期を悟ったかのような面持ちで、声を出さず笑みをこぼす。
「──そっか。……そのチケットは、お父さんが行く前提の話なんだな?」
「っ……はぁ? 別に~? なんのことだか~。ただ無駄にしたらお母さんに怒られるだけだし? しょうがないから休日に暇してるお父さんに付き合ってあげるだけの話だし? 別に興味ないだろうから映画館で寝ちゃってもいいですよ~。あ、さすがにいびきかいてたら起こすけど────お仕事で忙しそうだから、映画館の椅子はさぞ寝心地が良いんじゃないですかねぇ~?」
「あはは! そうかそうか……では善は急げだ。娘からのプレゼントを無下にはできない」
「え! ほ、ほんとに、いっしょに行ってくれるの……?」
「もちろんだとも。ほら、早く準備しないと、上映時間に遅れてしまうんじゃなかったかい?」
「──な、なら! ぱぱっと着替えちゃうから、お父さんもちゃんとした服着てよ! もし街中で中学校の子と出会っちゃったら恥ずかしいし!」
「はいはい。ちゃんとデートの装いで行くよ」
「ハァ~~~~? 娘相手にデート服とか、うちのパパキモすぎるんですけど~!」
などと言いながら、はなまる笑顔でテンション高めの三女は、自室に向かうべく階段を駆け上がった。
父親は、その大きくなった背中を柔和な微笑みで見守っていた。
────────────
────────
────
§
『────【有村一家の神かわ日常】────
この番組は、ご覧のスポンサーでお送りしました』
夜のプチパレス。
食堂にて。液晶テレビでは、第一回のスペシャル特番が放送終了した。
ジト目の花海咲季と藤田ことねは、常々思っていたことを言語化すべく、感想を呟く。
それは本人の前では、絶対に言語化したくない感想でもあった。
「……手毬が可愛かったわね……」
「ああ、手毬が可愛すぎる……これ美鈴、今頃ショックで死んでんじゃねーのぉ?」
それを聞いた花海佑芽が叫んだ。
「お姉ちゃん!! わたしのほうがお姉ちゃんにとって可愛いでしょ!?」
「もちろんよ佑芽! でもそれはそれとして、幼児体型の手毬が可愛かったのよね……最近のCGって凄いわ!」
「む゛む゛む゛ぅ……!!」
西城樹里と有栖川夏葉も感想を言い合う。
「アタシはやっぱ、にちかが一番可愛かったかな~」
「あれはずるいわよね! なんだか私の気持ちまで、有村パパのそれになってしまうようだったわ……!」
篠澤広と小宮果穂は考察する。
「みんな可愛かった。でも、あさひはなんで、父親のはずの麻央を“おじさん”呼び?」
「それは……何か複雑な家庭事情があると見ました……っ! ヒーロー番組では、こういう時はだいたい養子だったりするんです……っ!」
倉本千奈と月村手毬は余韻にふける。
「まぁ……わたくしは鈴木さんや大崎さんが良かったですわぁ……ああして親の帰りを待つのは少し憧れますの~……」
「長女は、なんか母親から父親を奪いかねない魅力があったよね……あれが天性のアイドル……あと、四女もいるだけで場が和んでたし……」
そこで藤田ことねは席を立ち、独り遠くの席に座る天道唯我に近寄る。
「ところで元プロデューサー。父親役を蹴ったって話、ホントです~?」
「……あの監督、口を滑らせましたか。……有村さんの様子はどうでしたか?」
「まぁ別に……フツーに驚いてましたけど?」
「ま、監督は白瀬咲耶や緋田美琴の身長高い系あるいはクール系の抜擢を期待していたんでしょうがね。283のプロデューサーさんが『スケジュールが合わない』とのことで、大崎甜花さんだけ寄越したんですよ。そこで監督から俺に話が回ってきまして。ただここで男性アイドルの俺が父親役として出演してしまうと、何かと母親役とのあいだでファンがうるさくなると懸念しまして。丁重にお断りさせていただくことしたんです。その代わり俺の交友関係の広さに目をつけた監督から、色々と無理難題を言い渡されましてねぇ~」
「……なるほど。それであたしたちの事務所に突然来てオーディションを……じゃあ、このことを有村先輩にお伝えしても?」
「もちろんです。まぁ彼女のことですから、私が蹴った理由はリスクヘッジのためだと察しは付いていることでしょう」
最後に天道唯我は付け加える。
「ま、なんにせよ。監督は最終的に有村麻央を抜擢した。それが全てです。これから仕事が増えそうで何よりですね! だってあれ、どう考えても気に入られましたから」
「たしかにコート着た先輩やスーツ着た先輩はカッコよかった……パジャマ着た先輩は可愛かった……」
「ちなみに風の噂ですが、有村さんは監督から、撮影中にあれこれ着せ替えさせられたとか?」
「そうなんですよ~! もうコスプレってレベルの品揃えで~!」
「ははっ! それは俺も見てみたかったですねぇ……!」
そして天道唯我、もといアルファは席を立ち、藤田ことねのアゴを指先でくいっと持ち上げる。流し目で見つめ合った。
「それに藤田さん。あなたも妙齢の美女役、とても美しかったです」
「っ!? ちょ……もうっ! や、やめてくださいよぉ~! えへへぇ~……!」
次の瞬間、アルファの周囲に月村手毬や篠澤広、小宮果穂や花海咲季が布陣した。
特に前者二名は釘を刺す。後者二名は物言いたげだが特別言うことはないらしい。
「……包囲が早くないです?」
「ふーん。私は褒めてくれないんですね」
「わたしはオーディション、落ちちゃったけど……がんばった、よ?」
「…………撫でればよろしいんです?」
ふたりの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
すると小宮果穂のアホ毛がピンと立った。腕を組んで仁王立つ花海咲季はジト目で動じないが、その一方でアルファの背後に花海佑芽と倉本千奈が駆けつける。
「はいはい。公衆の場でナデナデ待ちはみっともないので場所を変えましょうね~」
アルファは食堂を後にして逃げ出す。
小宮果穂たちは全速力で追いかけた。
既に撫でられた少女達は満足げに席に戻る。
その様子を見送った食堂組は、これがプチパレスの日常だと言いたげにブラックコーヒーを嗜んでいた。
ちなみに放送後のSNSにて『赤ちゃん顔家族』『赤ちゃんスマイル家族』『ベビースマイルファミリー』などという単語の羅列がトレンド入りしたのは、また別の話。
§