【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
月に雲がかかる午後九時頃。
プチパレスの一室にて。
「────すー…………────すー…………」
小宮果穂は非常に良い姿勢で布団を被り、健やかな眠りに就いていた。
────────────
────────
────
「おい、果穂! 起きろ! おまえは、本当に今のままでいいのか?」
「…………え?」
夢心地の中、ぼんやりとした空間。
ふわふわピンク色の背景。ベージュとレッドの水玉模様。
ときどき青い波が来る。たまに暗い夜の黒が空に架かる。
小宮果穂の肩口に浮かぶは、悪魔のような翼を生やした、ちび果穂だった。
悪魔のフォークを持っている。
キシキシと笑うようなギザギザの歯。でも表情は真剣で、叱責するような怒り顔。
「な、なんのこと……? あなたは、だれ……?」
「あたしはおまえだよ。おまえもあたしだ。あたしは、悪魔の果穂なんだよ!」
「……えっ!」
「それに、なんのこと、だってぇ……? 見て見ぬふりをしてるんじゃーないぞ!」
「見て見ぬふり、って……」
ちび果穂は、果穂の鼻先にフォークを差し向ける。
「アルファのことだよ! ついに、ほかの女に手を出しやがった! いや、最初から恋人の多い奴だったが……そもそも、あたしもアルファも恋人なんかじゃないが……今回ばっかりは我慢できない!」
「────!」
「見えないところで恋してるのはいい……だが! あたしの知ってる人と、あたしを交えて、部屋と銭湯でエッチなことをするってーのは、どういうりょうけんだ!?」
「っ……!」
「見たくなかった……ほかの女の子が、アルファに甘えたり、あえいだり……アルファが、ほかの女の子をなでたり、好きほうだいするところなんて……! 知りたくなかった……!!」
「────────」
小宮果穂は絶句する。
ちび果穂の断末魔にも等しい絶叫を、他人事だとは思えなかった。
「なぁ、果穂! おまえは、アルファが篠澤広や花海咲季! 葛城リーリヤに手を出しているのを、黙って見ていていいのか?」
「……で、でも、だって…………ひとりじめは、よくないし……」
「なーにが、ひとりじめだ! ひとりじめはするものなんだよ! だってひとりじめ、したいんだろう?」
「それは……したい、けど……」
「ひとりじめなんか、ふつうなんだよ! 恋愛は一対一が基本? でもそうじゃないのもみんながよければそれでいいよね? たしかにそうだ。でも! おまえは! ほんとうに! ────
「────っ────」
小宮果穂はうつむく。前髪で目元が隠れてよく見えない。唇は噛んでいた。
全身は小刻みに震えており、色々な言い訳を考えている。
今まで学んだことを、ちび果穂に教えてあげようとしている。
「でも、夜、あたしひとりじゃ、耐えられないし……」
「……それはそう」
「だって、あたしが十人いても、きっとアルファさん、もっとえっちなことしたいだろうから……」
「そんなの自分でなんとかしろって言えばいいじゃん! ほかの女の子にちょっかい出さない形でさ!」
「それは……わがままなんじゃ……」
「そんなことない!」
ちび果穂は応戦するが、小宮果穂はまたいつものように結論づける。
「……だから、しかたなくて……」
「……っ────それはちがうぞ、小宮果穂!」
小宮果穂は目を見開く。
ちび果穂を見て、何が違うのか知りたがる。
「だったら、耐えられるように強くなれよ!」
「────!!」
「修行だ! ヒーローみたいに! たしかにあたしは、えっちなことは何も知らない。だから修行なんて考えなかっただろ? まだコドモだから、できっこないって、思ってたんだろ!」
「っ!!」
「だけど! そんなの、ヒーローの考え方じゃーないぜ!」
「……ッ!!」
小宮果穂は、そうだと思いながら、前を向き始める。
「でも……どうやったら……」
「分からないことがあったら?」
「……知ってる人に聞く……」
「でも、ちょっと恥ずかしい話だったら?」
「……大丈夫な人に、聞く……」
ちび果穂に誘導されている感もなくはないが、小宮果穂はやりたいことを始めていく。
その意思を、決意を、強く明るく持ち始めた。
「それにな、果穂。そもそもの話だ」
「……?」
「お前が“独り占めしたいです”と言えば、アルファは“分かった”って言うと思うよ?」
「────えっ。そ、それは……ないんじゃ、ないかな……?」
「どうして、そう思うんだ?」
「それは……だって……っ……」
好きな人は、自分を選んでくれるのだろうか。
もし、選んでくれなかったら?
「その怖さのせいで、答えを先送りにしてきた」
「っ……」
「今のままが平和だろう。また嫉妬して困らせたくない。だから我慢しよう。そうじゃないと、またルカさんみたいに
「うん……」
「それでも何かが変わるかもしれない。それは破壊を意味しない。もしかしたら成長になるかもしれない。でもやっぱり何かが壊れてしまうかもしれない」
「────っ……」
「それが怖くて。……でも、それでも! あたしなら────……あとは、もう、わかってるよな?」
小宮果穂は何度もうなずく。
ここで退けば、それこそヒーローではない。
「うん! 勇気を持って、チャレンジするよ! あたし────!」
いざ決戦の時だ。
「もう何度目か分かんない決戦だけどな!」
「そ、それは言わないで……!」
§
翌日。昼下がりの小宮邸。
果穂の自室。
「いやー。久しぶりに果穂の部屋に来たねー! でも『ご相談があります』とのことだから、遊べないか……それで? お話って、何かな?」
「…………」
園田智代子。オトナみたいにスゴい高校生。(話題を問わず)おしゃべりしやすくて、恋愛マスター。よくご飯を食べる。
アルファ。オトナみたいにスゴい中学生。(特にヒーロー系で)おしゃべりしやすくて、恋愛マスター。よく女を食べる。
似ている。
故に。
「……ゆっくりでいいからね?」
────ゆっくりでいいぞ。
相談事があるのに、すぐ切り出せないでいる時。
アルファに言われたことと、おんなじことをちょこ先輩は口にする。
そういうところも、似ている。
「──……あの、ちょこ先輩」
「うん。何かな?」
お互いに正座して向かい合う。
小宮果穂は喉が渇いてジュースを一口。視線は下のほう。机の中心に向かったまま。
園田智代子はチョコマシュマロを一口。視線は果穂のほう。時々なんてことなさげに天井や壁を見やる。
「あたし、えっちに強くなりたいです」
「ぶふーっ!?」
吹っ飛んだチョコマシュマロが小宮果穂のほっぺたにぶつかって粘着した。
「ケホッ! コホッ……! ご、ごめん果穂! ほっぺほっぺ! わ、私のチョコマシュマロが……! ティッシュ、ティッシュはどこかな……!?」
「……」
「あああった! 今拭き取るね……! ──そ、それで、えっと……果穂? いい、いま、なんて言ったのかな……?」
小宮果穂は第二砲撃を繰り出さんとする。
「ちょこ先輩。あたし、えっち────」
「ああごめん言わなくていいよっ!! ちゃんと聞こえてたからー!!」
「────え? ……聞こえていなかったから、聞き返したんじゃなかったんですか?」
「いや今のはその、あの、えっと……発言の内容的に、仰天していたと言いますか……? あ、あはは~!」
頬をポリポリと掻きながら笑ってごまかし、園田智代子は真剣な表情に一転。
真面目に問い返す。
でもやっぱり事態が面白おかしい一面もあり、ついつい冷や汗と引き笑いが半分ずつ。
「──そ、それより! な、何が……あったのかな?」
「それは……話が長くなります……」
「なるんだ……いいよ。ちゃんと聞くから……!」
「でも、簡単に言うと……悪魔のあたしと、戦ったんです……」
「……ん?」
「でも、悪魔のあたしの言うことにも、ちゃんと『一理あるな』って、思ったので……!」
「……そ、そうか……そっかそっか……うん。そういうことなら、うん……そうだねっ?!」
ともあれ話を進ませよう。
園田智代子は問いかける。だが何を問えば? そもそもどう答えれば?
(え、まって? えっちに強くなりたいって……そんなの、私もわかんないよー! どうすればいいのー!? ごめん果穂、私、果穂のお姉さんなのに……ぜんぜん力になれそうにないですっ……!!)
「……その、実は最初、オトナな夏葉さんに聞こうかなって、思ったんですけど……恋のことなら、やっぱりちょこ先輩かなと思って、こうして相談しました!」
「うんっ! それは正解だったと思うなーっ!?」
(だって夏葉ちゃん、こういうの全然答えられない、というか全然知らない印象あるし! ──……いや私も答えられないし知らないんだけどね!?)
園田智代子は正直に白状する。
「うぅ……ごめん、果穂……その手の相談は、ちょっと私でも荷が勝ちすぎるようでして……」
「……──そう、でしたか……。……あのっ! 変なこと聞いちゃって、ごめんなさいっ……!」
「いやいや謝らないで!? 全然変だと思ってないよ! だって真剣に悩んでるんでしょ? ならそれは変なことじゃないよ!」
「──ちょこ先輩……!」
小宮果穂は尊敬する。やはり園田智代子に相談して良かった。
しかしこのままでは収穫が見込めない。ならば次の相談相手について相談しよう。
「あの、それなら! ────283の中で、えっちに強い人ってだれだと思いますか!?」
「ごめん果穂、それ自分で言ってて恥ずかしくならない!?」
「はずかしいに決まってますーっ!!」
少女ふたりは正座しながら顔面発熱。
ぼのぼの汗を飛ばし、首を引っ込めて肩身狭く、口は酸っぱく胸裏は掻き混ぜられ、真っ赤な顔から湯気が立ちのぼった。
§
数分後。
白湯を飲んで落ち着いた頃。
「果穂。そもそもなんで、ソレに強くなりたいのかな……?」
「…………アルファさんがいけないんです……」
小宮果穂の瞳孔からハイライトがオフになる。
死んだ魚のような目とはこのことか。園田智代子は怖気が立つ。
「ドッ……ドゥシタノカナ……?」
「広さんリーリヤさん咲季さん……今はこの三人でも、これからどんどん増えていくかもしれません……ことねさんや手毬さん……あさひさんも、もしかしたら…………────あの、ちょこ先輩。ちょこ先輩は、大丈夫ですよね……?」
「────」
心胆凍結する心地。
硬直化した心身と毛細血管は警鐘を打つ寸前で竦んでいる。
「────……ワタシハ、カホノ、ミカタ、ダヨ……」
「でもっ……アルファさんのチェイン知ってますよね」
「ソッ、ソレハネ…………タダシッテルダケダネ……」
「…………グスッ」
「ほぅおォっ!? ほ、ほんとうに違うからねっ!!? 本当にッ!!!」
小宮果穂の目が潤み、鼻をすすったところで、園田智代子は立ち上がり必死に弁明する。
同時に、少女の心境を痛いほど感じ取った。
「……────果穂……そうか……これは私の勝手な想像だけど、果穂はもしかして……ううん。やっぱり……“嫉妬”に苦しんでるんだね……?」
「……はいぃっ……」
「うん……なら、その気持ち。ちゃんとアルファさんに伝えた?」
小宮果穂は、首を否と振る。
「……どうして? 伝えたくない理由とか、あるの?」
小宮果穂は、しばらくうつむいて、軽くうなずいた。
「その理由、教えてもらっていいかな?」
「…………」
小宮果穂は目を閉じた。
ならばと園田智代子は、勝手に想像を膨らませる。腕を組んで推理開始。今だけは推理小説の主人公みたいになりたいものだ。知力をアップしてほしい。
「うーん……思うに、果穂は……それを伝えることで、アルファさんに嫌がられたり、嫌われたりすることを、怖がってる?」
「────……」
「なら、さ。アルファさんは果穂の気持ちを知って……それで、果穂を嫌いになったりする人かな?」
小宮果穂は、全力で首を横に振る。
「だよね。わかってるんだよね。ほんとは果穂も。……でも……自分が怖い? というか許せない? のかは、ちょっとわかんないけど……何かしらの理由で、言いたくないんだよね? ただ、それはそれでいいと思うよ」
「っ……いいん、ですか……?」
園田智代子は真剣な表情でうなずいてから、ぱぁっと明るい笑顔で応える。
「うん。だって無理して言う必要ないもん!」
「……っ。でもっ……」
「うん」
小宮果穂は何かを言いかけてやめた。胸を抑えて深呼吸。目尻の涙はあふれんばかり。喉のつっかえがひどそうだ。
「っ……あたし、強くなりたくて……そういうアルファさんも、みなさんも、受け入れたくて……でも、ぜんぜんそれが、できなさそうで……」
「……………………」
強くなりたい。受け入れたい。でも、それが全然できそうにない。
園田智代子は直感する。
えっちの修行とは、なるほどその方向性でもあったのかと。
「…………自分の好きな人が、ほかの女性を口説いても許せる強さ……」
「……っ」
「
「っ…………」
「それはねぇ……とてもじゃないけど、普通の人には持てない強さだと、私は思っちゃうなぁ……?」
「────」
「でも果穂は、そんな広い心を、手に入れたいんだもんね?」
乙女は静かに、ゆっくりと、力強く、うなずいた。
「それって、誰のため?」
「────え?」
園田智代子は返答を待つ。
小宮果穂はしばし考えた。
「……み、みなさんの、ため……」
「…………────そうかぁ……」
園田智代子は喧嘩を覚悟する。
ここはハッキリ物申すべきだろうか、と。
しかし早まってはいまいか。
難しいタイミングだ。が、頃合を見計らっているうちに気を逃せば後悔する。
であれば試しに軽く小突く程度で揺らしてみよう。その軽い感じの言い回しを、なんとか差し迫る時間制限の中、捻り出した。
いざ数秒の沈黙を破る。
沈黙が長引いて気まずくなる前に仕掛けた。
「みんなのため。でも、その
「────!」
「もしそれが『
問われた乙女は、面食らったように固まっていた。
「……────ちょっと考えてみようか? 今はここまで。少し時間を置いてみよう」
「…………」
小宮果穂はうつむきながら、ちいさく、こくりとうなずいた。
§
それから、よくわからない展開になった。
園田智代子は混乱している。
小柄の女子高生は、大柄の女子小学生にバッグハグされていた。
「……果穂?」
「佑芽さんが貸してくれた少女漫画にあったんです……女の子同士で、こうしてるシーン……」
「んんんん~~~~~~っ!?」
「やっぱり……ちょこ先輩なら、いいです……」
「ン~~~~~~~~~~っ!?!」
「広さんたちにも、こうできたらいいのに……あたし、まだまだです……」
「────────────────」
チョコアイドルのテンパリは限度を超えた。
あとで佑芽ちゃんには大事な話がある。それはそれとして。
「……どっ、ドドッ、どういう意味か、わかんないけどぉ……フスゥ────フゥ…………もう離れてもいいかな?」
「えっ。い、イヤでしたか……? ご、ごめんなさいっ……!!」
「い、いや全然?! 果穂の体、あったかいなぁ~と! 全然こうしててもいいんだけど! なんか、ね!? なんか今は、あんまりくっつきすぎるのも良くないかなぁって?! だってほら私チョコ食べちゃってるから! 果穂の服とか汚しちゃうといけないしぃ?!」
「……そう、ですか……」
しゅんとする少女。
これはいけないなんとかしないとどうしたことだああなんてこった、とたじろぐ女子高生。
「うん、まぁ、でも……果穂がいいなら、私はもうちょっとこうしていたいかなぁ~?? と……」
「わぁ……! はいっ! ありがとうございますっ! あたし、服が汚れても気にしません!」
「そ、そうかぁ……でも、なんか、ちょっと、恥ずかしいなぁ……?」
「? そうなんですか?」
「だ、だって、こんなに密着することって、今までなかったじゃん……?」
「…………」
「……果穂?」
小宮果穂は思う。
たしかに仲の良いまおちゃんでも。放クラのみなさんでも。ここまで抱っこにおんぶというレベルでくっつくことはなかった。ハグといえばお母さんお父さんお兄ちゃんマメ丸くらいなものだ。
しかし好きな人とは、このくらいのハグは当然となっていた。ここから色々なルートが存在するのだが、それは恋人同士の領域。ただの仲間とのハグでは、あんなことやこんなことは絶対にしない。
でも。
「……これからは、広さんたちにも、こんなに密着したいんです……」
「────」
「アルファさんが言ってました」
──知ってるか? ハーレムの行く末はな?
──女同士で仲良くなりゃあ、だんだん男は放り捨てられるくらい要らなくなるもんなのよ。
「……って」
「おおっ……もしや、経験談、なのかな……?」
「ちょこ先輩。意味わかりますか……?」
「ん~! ……言わんとすることは分からなくもないけど……ごめん! やっぱり分からないかも!」
「そうですか……でも、きっと仲良くなるのはいいことですっ! だから、そのっ……あのぅ……」
小宮果穂は赤らんでもじもじとする。
「広さんたちとも、こんなハグできたら……きっと、いいなって……」
「────────」
園田智代子は気づいた。
(え、まって? つまり今の私は……どういうつもりでハグしてるのかな果穂? そういえばさっき『やっぱりちょこ先輩ならいいです』とか言ってたけど、それって結局どういうことなのかな? もしかしてのもしかしてなんだけど────私とはこんなに密着ハグができるんだから、とどのつまり私ならアルファさんとそういう仲になってもいいっていうアレだったりしちゃうのかな?)
園田智代子は訝しんだ。
そして脱出は早めにした方が良いと気づいた。
「はーい時間切れー! 寂しいけどハグ終わりー!」
「あぁっ……!」
「果穂……少々お話があります。よろしいでしょうか?」
「? はいっ!」
小宮果穂は純朴に笑顔。
園田智代子は困ったような笑顔で返した。
「安心して。────私は、果穂を裏切らないから……」
「……でも、ちょこ先輩は『ごめんね』って言いながら横から取っていきそうなキャラだって佑芽さんが言ってました」
「佑芽ちゃーんっっっ!? いったいどんな少女漫画を読んでるのか、ちょっと読書会でも開こうか~~~~~っ!!?」
かくして相談会は終了。
その後日。
花海佑芽が、園田智代子からジト目で詰問されて泡を食ったことは、また別の話。
§