【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
ある日のプチパレス。
西城樹里は、有栖川夏葉の部屋へ遊びに来ていた。
そして廊下でばったり出くわしたアルファから、ひょんな依頼を出される。
「────はぁ!? ア、アタシがか……!?」
「見習い卒業した初級レベルでいいんです。猫の手や切り方をたまに忘れる程度なので、そこらへんから見守るだけで……」
§
後日。
休日のプチパレス。
食堂には、エプロン姿の西城樹里・大崎甜花・緋田美琴が揃っていた。
見学者はアルファと、たまたま遊びに来ていた月村手毬。
「えーっと、本日は料理の練習ってことで、アタシが……アルファに頼まれて、先生役を務めることになりました。よろしくお願いします……」
「えと……西城さん、料理、できるの……?」
「凄いね。今日はお世話になります」
そこでアルファが問いかけた。
「みなさん、どんな料理を作りたいんですか?」
「て、甜花……! 今日は、『ビーフシチューオムライス』が、食べたい……!」
「オムライスも作れない女がビーフシチューオムライスを作れると思うな」
「ひぃん……! さ、西城さん……天道さんが、怖いぃ……」
目つき鋭くツッコミを入れてみたアルファ。
対する大崎甜花は、西城樹里の後ろに隠れる。
「だ、大丈夫だ甜花! まずはオムライスの練習をしよう! そうすりゃあとはビーフシチューだけだ!」
「あう……」
「──それで、美琴さんは?」
「私? 私は────特にない、かな。オムライスでいいよ」
「あのっ。大崎さん」
ふと月村手毬が手を挙げる。
「ふぇ? えと……な、なに……? 月村、さん……」
「ビーフシチューには、トンカツを入れたいとは思いませんか」
「……!!? ──……い、い……入れ、たい……! さ、西城さん……だめ……?」
「え?
そこで緋田美琴が呟いた。
「それ……カロリー……高くならない……?」
「っ!?」
月村手毬は椅子をガタッと音立てて勢いよく立ち上がり、対策を吠える。
「う、運動すれば平気です! そのぶん私、走りますからっ!」
「月村さんはなんで居るのかと思ったら、自分も食べる前提でここに居たんすか」
さすがのアルファも突っ込まざるを得ない。
一方の大崎甜花は、特にカロリーについては気にしていなかった。あまり深く考えていないとも言える。過去に太って服を着れなくなったことを忘れているのだろうか。
「えっと……ビーフシチューもトンカツも、まずはオムライスを作れるようにならねーと話にならないから……まずは一つずつ作れるようになろうぜ? んじゃ、レシピ通りに調理器具と材料を揃えよう!」
「オッケー……!」
「わかった」
§
鶏肉と玉ねぎを小さく切り、油で炒める。
ご飯を加えてほぐし、ケチャップを絡めて塩コショウで味を調える。
出来上がったものを皿に移してフライパンを洗う。
卵を溶き、バターを溶かしたフライパンで薄焼きにする。
卵の中央にケチャップライスを載せ、包むように形を整える。
皿に盛り、好きにケチャップをかける。
三人分のオムライスが完成。
作り手は、見本の西城樹里、拙い大崎甜花、健闘の緋田美琴。
さっそく月村手毬が味見しに来る。
「みなさん。ここは美食家・月村手毬に味見させてくれませんか」
「手毬はただ食べてーだけだろ……仕方ねーな……」
西城樹里は、自分のスプーンを渡そうとする。
その耳元にアルファが囁いた。ヒソヒソと吹き込む。
(西城さん。月村さんと仲良くしたいなら『あーん』ってしてあげるといいっすよ)
(────はぁ?!)
西城樹里は一瞬懊悩する。ちょっと小っ恥ずかしい。
でも、それで仲良くなれるなら……オムライスの端っこをスプーンで切り取る。
「──はい、手毬……あーん」
「……っ!? え……」
「大丈夫だよ、もうフーフーして冷ましてっから」
「っ?! ……ッ────」
月村手毬は刹那の逡巡を行った。
樹里ちゃんのオムライス食べたい。
優しい樹里ちゃんとはいっぱい仲良くしたい。
でも普通にアーンは恥ずかしい。
でも普通にアーンは嬉しい。
そもそも西城樹里はアイドルだからライバル。
それ言ったら月村手毬はクール系アイドル。簡単には懐かない。
でも懐きたい。
でもやっぱり懐きたくない。
なんて断ろう?
舐められないように強気に?
いや、西城樹里は一応年上だ。ちゃんと敬語じゃないと。
それに物で釣られる自分じゃない。
でも物は欲しい。
────種々様々な背伸びとプライド、敬意と感謝とが混ざり合った結果。
捻り出した受容の言葉が、ようやく月村手毬の口から繰り出される。
この間、0.9秒。
「っ────ちょっとキモイからやめてください……」
「なんでだよっ!?」
笑い声を押し殺すアルファは三回ほど拍手して食堂から遁走した。笑顔の全力疾走である。
「なぁ?! おいまてアルファ! てめーアタシをからかいやがったなーっ!?」
「……」『マ、マタ ヤッチャッター!!』
すると入れ替わりに、廊下から顔を出してくるアホ毛や頭髪がいくつかあった。
美味しそうな匂いに釣られて、小宮果穂と花海佑芽がやって来たのだ。
手招きされたふたりは試食してみる。
小宮果穂は美琴製オムライスを。花海佑芽は甜花製オムライスを。
「美琴さんのオムライス、とってもとっても、おいしいですーっ!!」
「おいしい~~~! 大丈夫だよ、甜花ちゃんっ! これ普通に食べられる!」
緋田美琴は、やや口元が綻びながらも泰然と「ありがとう。もっと食べていいよ」と勧める。しかし「美琴さんは食べなくていいんですか……?」とたずねられ、あごに手を当てた美琴は(たしかに)と納得した。
どうやら自分が食べる、という発想は湧かなかったらしい。
一方の大崎甜花はホッとしており、自分も食べてみたいとスプーンを手に取る。
つまり本人も無意識のうちに、味見役を他人に任せていた。
§
全員がオムライスを食べ合って完食する頃。
エコバッグを両手にアルファが帰ってきた。西城樹里が反応する。
「ん? アルファ、どこ行ってたんだ?」
「ちょっと買い出しを。さて、ビーフシチューとトンカツ……その二つを作り置きして、昼と夜に分けて食べてはいかがです?」
大崎甜花は面を上げて反応する。
月村手毬は腕を組んでにやけた。
「分かってるね。さすが私の元プロデューサー!」
「月村さんは明日、先輩や咲季さんに叱られても知りませんからね~。──では西城さん。料理教室・第二回戦から第三回戦まで、よろしくお願いしま~す」
「────えっ。……あっ……」
事ここに至って、西城樹里は悟った。自分はハメられたのだと。
おそらく三食分を作ることになると見越していたアルファは、それを面倒がって他人に押し付けたのだ。
すると緋田美琴は立ち上がり、待ってましたと言いたげに袖をまくった。
「それじゃあ作ろうか。レシピ通りに、ね」
§
西城樹里の教導によって、大崎甜花と緋田美琴は、立派な“トンカツビーフシチューオムライス”を完成させた。
「よし、完成だ……! 甜花、よくやったな! 美琴さんも、初めてとは思えない手さばきでした!」
「にへ……にへへ……これで、甜花……なーちゃんや千雪さんに、自慢できる……!」
「ありがとう。でも、『初めてとは思えない』、というのは……そうだね。料理自体は、これが初めてじゃないから」
「えっ。そうなんですか……?」
「──……?」
「うん。最初は、筑前煮を。その次は、ガパオライス」
「……! そうだったんですか……!」
「ひぃん……美琴さん……美琴さんは、甜花の仲間だと、思ってたのにぃ……」
西城樹里は目を丸くする。まさかの料理経験が存在した緋田美琴。
対する大崎甜花はションボリとして、勝手に裏切られた心地となっていた。
そこでアルファが質問する。
「なぜ最初の料理に筑前煮を?」
「それは……特になかった気がするけど、たぶんダンサーの料理だから」
「なるほど」
それだけで終了した会話。
一同は目をしばたたかせて困惑する中、月村手毬が問いかけて、緋田美琴が答えた。
「どういうことですか?」
「……えっと。筑前煮は、まず根菜多めだから。これは持久力と血糖値の安定に最適。あと鶏肉は高タンパク質で低脂質。そして冷めても美味しい。レッスンの合間に食べられると思って。仕込みが一度で済むから作り置きもできるし」
「……なるほど」
アルファは自分のレッスン弁当を答える。
「俺は“鶏むね肉の塩レモン蒸し”っすね」
「いいね。レモンと塩は、たぶん食欲ない時でも食べやすいと思う。次はそれにしてみようかな……」
緋田美琴は、そのレシピがどこに売っているのか考え始める。
その時、食堂ののれんを振り払って有栖川夏葉が参上した。
「話は聞かせてもらったわ! 私がレッスンに持参する弁当は“バナナプロテインパンケーキ”よ!」
「それほぼバナナじゃねーかぁ!?」
「あら樹里。それは偏見……ではなく、実はその通りなのよね……! 甘いけど、ほぼタンパク質と炭水化物なのよ! レッスン前の軽いエネルギー補給に使えるわ! というのも智代子が、どうしても『甘いものが食べたい』とダダをこねるから考案した料理なのだけどね……ちなみにコンセプトは『甘いもの欲を殺さず、でも体を太らせない、ご褒美兼補給食』よ!」
そんな話をしていれば、参加せずにはいられない少女がもうひとりいた。
「わたしはこれよ! 花海咲季特製弁当ぉっ!!」
「帰れっ! 今は美食パーティーだから、咲季のパサチキは参加できないよ!」
「なんですって手毬ぃーっ!? あなた前は『美味しい』って言って食べてたじゃないのよぉーっ!!」
「料理っていうのは次も食べたくなるから料理なのっ! 二度と食べたくないものは料理は料理でも────不味いんだーっ!」
二階のレクリエーションルームで誰かがピアノを弾いたのだろうか。
レクイエムが流れる中、月村手毬の絶叫を受けて青ざめた花海咲季はショックを受けて放心中。
だが、このまま花海咲季が立ち直れば、たちまち喧嘩が勃発する。
それを阻止すべく、アルファが問いかけた。
「そろそろ食べては? 飯が冷めちまいますよ」
ハッとした大崎甜花は席に着く。
対する緋田美琴は時計を確認。エプロンを脱いで食堂から立ち去る。それを見たアルファはため息一つ。料理がホコリをかぶらないよう、誰かが間違って食べないよう、そしてこれ以上冷めることがないよう、彼女の皿の上にクローシュを被せた。
一方の月村手毬は、西城樹里が作った料理を一口でもいいから分けてもらえないかと交渉開始。そのそばでは花海咲季が彼女のカロリーを気にして食べ過ぎないよう見張り始める。そして有栖川夏葉も匂いに釣られて訪れたので、少しだけ試食してみたいと懇願。西城樹里は、既にオムライスを食べて満腹のため、むしろ大半を食べてくれるならありがたいと、料理を小分けにして配膳する。そこにアルファも参戦。やがて小宮果穂や花海佑芽など、プチパレスの住人が続々と集まってくる。
「にへへ……甜花、料理できた……! しかもおいしい……! これでキッチンでも、なーちゃんと一緒にいられる……甜花は、やればできる子……!」
舌鼓を打つ大崎甜花たち。
しばらくして呼び鈴が鳴る。やがて緋田美琴が、訪問客たる七草にちかを連れてきた。
「にちかちゃん。こっち。早く。ちょっと冷めちゃったかも。ごめんね」
「い、いえ! それは私のほうがごめんなさいで……! すみません、美琴さん……!! 仕事が押して遅れちゃったばっかりに……っ!!」
「ううん。私が無理に呼び出しちゃったから。ごめんね。急ぐ必要なかったのに」
「いやそりゃ、だって……み、美琴さんが……あの美琴さんが……! ──わ、わわ、私なんかのために……“トンカツビーフシチューオムライス”を作ってくれたなんて聞いたら、そりゃあすっ飛んできますよー……っ!!」
「……そうなの? じゃあ、こちらの席にどうぞ」
「は、はいぃぃ……!!」
緋田美琴は、初めに『特に作りたい料理はない』と口にしていた。
しかし『美味しいものを作りたい』という思いは垣間見えていた。それは小宮果穂との会話や『レシピ通りに』というやりとりから見て取れる。
そして最初に作った自作オムライスを食べることなく、二作目の自作料理すら食べる気配がないとなれば、もはや答えは絞られていた。
それは、誰かの為の料理なのだ、と。
「……あれ? なんだろう、これ。銀色の……いつの間に……?」
「み、三ツ星レストランとかで見る銀の蓋だ……美琴さん、開けてもいいですか!?」
「うん……」
「────うわぁ~~~~っ! 今の見ましたか美琴さん!? 白い湯気が、ふわぁ、って……! ふわぁ! ですよ⁉︎ もーこれめっちゃ美味しそーっ! 絶対美味しいに決まってんじゃん……! ──ふぅ……(深呼吸完了)……そ、それでは……いっ、いただきますっ……!」
興奮する七草にちかは一口、スプーンで切ってすくい取ったビーフシチュー漬けトンカツオムライスを頬張る。
「────んんん~~~~~~っ! コクがあってジューシーでとろける甘さとか、こんなのメチャウマ~!」
「ふふっ。……よかった。西城さんに感謝だね」
改めてお礼を言いたい緋田美琴だが、当の西城樹里は月村手毬や有栖川夏葉など数人のアイドルに囲まれて賑やかだった。お礼は状況が落ち着いたらでよいだろう。
かくして今日のプチパレスは、ビーフでシチューでオムライスでトンカツな、とても美味しい香りが漂っていた。
§