【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
平日の昼頃。
初星学園の教室事務所にて。
「……それで、なぜご同輩がここに?」
「避難してきました。人目のつくところなら、もうあんな真似はできないでしょう」
「一応ここは仕事場なのですが……」
「ところで例のティアワン表って」
「好きなだけ過ごしていいですよ」
学園プロデューサーとアルファだけの空間。
ふいに男同士の恋バナが咲く。
「先輩。今日は俺の方から恋愛相談よろしいっすか」
「…………仕事しながらで良いのなら」
「中途半端な生返事や相槌で構いません。聴いてくれるだけでありがたいです。──というのもですね。自分でも言語化が難しいんすよね。こう、『甘える』、って言うんですか? 何分その経験が極小なもので。したことなければ、されたこともなく……故に、こう……例えるなら『いきなり“ちゅ♪”とか言いながらほっぺにキスしてくる女』ってどう思います?」
「どうもなにも……ただ可愛らしい女の子じゃないですか」
「そうっすねー。そうなんすけどねー。問題は、それをされた時に、どう返すのが正解なんすか?」
「…………同じことをしてあげればよろしいのでは?」
「俺にバカップルになれとぉ!?」
「いえ……公衆の場であれば必然、そう見られることはあるでしょう。ですが……あの、個室の場合の話ですよね?」
「個室は個室でもハーレムの場合の話です」
「それは私の管轄外ですね」
「急にハシゴ外されるぅ! 畜生……なにさね! 先輩だって毎日ハーレムみてーなもんじゃねーかコノヤロー!」
「神聖なプロデューサー業になんて言い草をするんですか君は……」
アルファは客人用の茶菓子をバリボリと食べている。
そこで学園プロデューサーが問い返した。
「ご同輩の気質を考えるに、女性に囲まれるのは慣れっこなものだと、勝手に思っていましたが……」
「正味、初めてに近い状況っすね。ほかの女がそばにいたら嫉妬に狂ってどっか行く女ばかりだったもので。今回は、むしろ俺の理想通りの“寛容さ”で“共有”を始めやがって……申し訳なくもビックリな状況です」
「なるほど」
「ところで今しがた気づいたんですが、入りにくそうにしている廊下側のかた~。どうか気にせずお入りくださーい」
アルファが呼ぶと、引き戸が開かれる。
ぼのぼの汗を飛ばす姫崎莉波が入ってきた。
「あ、えっと、おはようございます……天道さん……」
「はい。おはようございます。姫崎さん」
続けて藤田ことねが、声色とセリフは平静であることを装いつつ、少々青ざめた様子で入ってくる。
「お、おはようございま~す♥」
「おやその顔色。割と最初から話を聞いていた様子」
「や、その……えっと……プロデューサーに恋愛相談するほど追い詰めちゃって、なんかすみません……」
その一言で姫崎莉波に電撃が走る。
まさか『いきなり“ちゅ♪”とか言いながらほっぺにキスしてくる女』とは、つまり……!?
「いえいえ。俺の耐性がゼロなのが悪いので。──ところで先輩。話の続きなんすけど」
「えっ。続きするんですか……!?」
「あたしたちがいるのにぃ……?!」
姫崎莉波と藤田ことねの喫驚はさておき。
「俺とんでもないことに気づいちゃったんすよ。とても今更な話ではあるのですが────なぜ俺を“共有する”という概念が生じてしまったのか? それは、とある赤毛の少女は“好感度が既にマックスだから”だとして、そのほかの少女たちは“好感度にばらつきがある”んです。だというのに、なぜ共有する概念が自然と生まれているのか? つまり、今から共有の理由を解き明かそうと思っているんです」
「ご同輩、思考のろれつは回っていますか?」
おそらく考えながら話しているのだろう。ふと思考が詰まったので、考察が先に進むまでの間、同じような言い回しを二度三度も繰り返すことになったのだ。それは思考をそのまま口に出しているが故だろう。
つまり、それほど追い詰められていると言える。
「プロデューサーによる『スカウト』って実は、その子の可愛さ・美しさ・綺麗さ……すなわち“魅力”を認めて、それを『告白した』ことと実質同義になりますよね? 自分の存在を承認されて嬉しくならない人はめったにいません。その上、ただの商売道具として扱われるのではなく、共に困難を乗り越えて親身になってサポートしてくれるとか……こんなん性別関係なく惚れると思うんすよ。人間的に。たとえ性的対象でなくとも、一生捕まえておきたい友人や仲間にはなると思うんすよ」
『…………』
「つまり、自分を見つけてくれて、自分のために一所懸命に頑張っているプロデューサーに対して、アイドルが非常に重たい感情を寄せてしまうのは……かなり正当な感情の流れなのでは?」
『……!!』
姫崎莉波と藤田ことねは、かぶりをブンブンと振り始めた。滝壺を打つ大滝のごとく打ち始めた。
「……────なるほど。一理ありますね……」
「でっしょう? 俺めっちゃ頭よくないっすか?」
「全然よくねーよいまさら気づいたのかよ遅すぎんだろ常識的に考えてよぉ~」
「ことねちゃん!?」
突然の藤田ことねの罵詈雑言に対し、姫崎莉波は仰天して目を見開く。
「つまりご同輩は、こう言いたいわけですか。君に対して“既に好感度がマックスな赤毛の女の子”は別として……君に対して“好感度にバラつきがある少女たち”が、なぜ君を公平に分け合う判断を下したのか? それは彼女たちにとって君が“一生捕まえておきたい人間”になったからだ、と────」
ここで争っては最悪、この男を全員が逃がしてしまいかねない。
それを危惧して、最も波風が立たない“共有”という方法に落ち着いた。
色事ならそうも言っていられないだろう。だが、ここで重要なのは、相手を欲しがる理由が
つまり彼女たちは、苦肉の策であろうがなんだろうが、ある種ひとつの平和的解決法に辿り着いたのだ、と────
「
「ここであたしに聞くかフツー!?」
アルファは真剣に悩んでいる。たしかにハーレムをさせてくれることは非常に嬉しいのだが、なぜそれをハーレムされる側が許すのか、きちんと知っておきたいのだ。さもなければ人間不信たる青年は安心できず夜も眠れない。
無論、人の心なんて理屈では語れないことなぞ百も承知。
それでも、ひとつくらいは理屈を持っておかないと納得できないらしい。
「ま、まァあ~? 元プロデューサーには、そりゃあ感謝してますけどぉ~? ……んー、でも、そういう『感謝』的なものだけじゃなくてですね~……」
藤田ことねは指先をもじもじとして、赤ら顔で視線を逸らす。
アルファは、それをジッと見つめていた。すると、ある程度は心が読めたようで。
(……なるほど。どうやら本当に、これは
納得したのか席を立った。
「みなさん。恋愛相談ありがとうございます。そしてこのことは無論ながら、どうかご内密に。──あ、お礼に高級お茶菓子を置いていきますね~」
教室を歩くアルファは首だけ振り返って警告する。
「まぁ……プロデューサーがアイドルに手を出すことが御法度なのは当然として。もし複数人に共有されたら俺みたいなことになりますよ、という忠告として、どうかこの哀れな男の現状をお納めください。先輩」
「それはそれは大変痛み入る報告をどうもありがとうございます。と、言いたいところですが、そもそもそんなことには決してならないので不要な忠告でしたね」
「おやフラグですか?」
「ただの事実宣告です」
キリっとした顔立ちで返す学園プロデューサー。
一方、藤田ことねは複雑そうな顔でアルファの後ろ姿を見つめていた。
アルファは、廊下の奥から声が近づいてくる元担当たちの気配を感じる。
「それではさようなら~」
かくして、嵐のごとく訪れたアルファは、台風のごとく去っていった。
────あるいは、北風と太陽に挟まれた汗だくの男が、慌てた様子で狂奔と逃げ始めた、と言ったほうが適切だろうか。
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