※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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 まえがき

 別名、極限(アルティメット)恋愛争奪戦。





pSSR【第XX回・恋愛争奪戦:そうは問屋が卸さずして】篠澤広&〔花海佑芽・倉本千奈〕/〔花海咲季・秦谷美鈴〕vs〔小宮果穂〕

 

 ある日の倉本邸。

 いつものように集まっていた篠澤広・倉本千奈・花海佑芽の三人組は、メイド・氷渡香名江の世話と歓待を受けつつ、少女漫画を読んだ流れから禁断の恋バナを始める。

 

「最近、わたしの好きな人が『隙』を見せた」

『……!?』

「それで、ね? ……そろそろ決着を付けようと思う」

『?!?!!?!?!!?』

「ふたりはアルファのこと、どう思ってる?」

 

 赤く照れながらぶっ込んできた篠澤広に対して、倉本千奈と花海佑芽も赤々と身をくねらせながら意気軒昂と返す。

 

「も、もちろん……! 先生のことは、お慕いしておりますわ~っ!」

「あ、あたしも────で、……っ~~……! ──そ、その前に! 『好きを見せた』ってどういうこと!? 広ちゃん!」

「佑芽……そっちじゃなくて『隙間』のこと」

「好き魔ですか!?」

「それもそれでどうなんだ~~~!?」

「……まぁいっか。──というのも、女同士の争奪戦を回避するべく今まで好感度調整を怠らなかったあの子が、先日『ちゅ♪』だけでご乱心した。これは大いなるチャンス。でも相手は手ごわい。この篠澤広でも手こずる強敵。だから仲間を募集中。ゲットした暁には『報酬の共有』を認める」

『?!????!?!?!!!』

 

 目を丸くする倉本千奈と花海佑芽に対し、篠澤広は指先同士と腰をもじもじしながら視線を落とす。

 

「果穂には悪いけど……これは女の戦い。篠澤広は本気を出す。……ただし果穂は、こうして私が女の悪巧みをしていることを知らないだろうし、いざ戦いが始まっても、たぶん終わるまで気づかないだろうから……いちおうヒントは出してきた」

 

 花海佑芽が問いかける。

 

「どういうヒント?」

「もし身近な人で抜け駆けする女が現れたらどうする? って聞いた」

「直球ですわぁ~!?」

 

 しかし篠澤広の顔を見るに、どうやら小宮果穂は一切勘ぐることはなかったらしい。

 とても素直に『抜け駆けってなんですか?』と聞き返されて言葉に詰まったという。

 

「それで、千奈。佑芽。……あなたたちの返答を聞きたい」

 

          §

 

 翌日のプチパレス。食堂にて。

 そこには珍しい組み合わせの三人が集まっていた。花海咲季・篠澤広・秦谷美鈴である。

 

「これより青の元プロデューサーを“コーチ化”する計画を実行に移すわ。既にわたしのプロデューサーから許可を貰っているから加減は無用よ」

 

 花海咲季は、学園プロデューサーに『今度歌う恋愛系楽曲の歌詞の意味を正確に分析して歌いきるために彼が必要なの』と言って作ってもらった報告書を読んで、アルファの現状を把握した。

 現状とは、先日アルファが恋愛相談に来たこと。そこで何やら心を乱していたこと。さらに『共有』の発言をしていたこと。その場に藤田ことねがいたこと。などなど、報告書を読むうちに、まるで自分もその場にいたかのような感慨が沸くほど詳細な報告書であり、そこから花海咲季は『略奪の隙』があることを見抜いた。

 

「あの子は人並みの幸福に疎いと見たわ。案外うぶだったのは盲点ね。そこを突けば掻っ攫えるわよ!」

「咲季咲季。ハーレムを“人並み”っていうのはちょっとどうかと思う」

「わたしも同感です。ハーレムなんてものは、石油王並みの幸福では? まぁ一般的にハーレムが幸福であるかどうかは議論の余地があるかと思いますが……」

 

 そのような些事の感想、今の花海咲季にとってはどうでもよい。

 野生の嗅覚で見抜いたのだ。藤田ことねも言っていた。訳有り系男子は意外なところが急所。というのが王道で可愛いのだと。

 

「ふっふっふっ……あーはっはっはっはっ! この三人で組めばもう勝ちは決まったようなものね! で、肝心のアルファはどこかしら?」

「ご乱心してからプチパレスに帰ってきてない」

「……逃げ足の速い男ですね」

「その程度、この花海咲季にはお見通しよ! あの子は人の心を読んでくるから、こちらが後手に回るのは前提で作戦を組んでいるわ。だから美鈴、やりなさい!」

 

 突然の指示。秦谷美鈴は訝しむ。

 

「はて……何をやればよいのでしょう? 殺(や)る相手は既に決めているのですが……」

「え。急に殺気を放ってどうしたの……? ただ案を求めているだけよ! あの子を呼び出す方法はある?」

「……ひとつ、方策があります。ですが、篠澤さんの方策のほうがよろしいかもしれません」

「そう? たしかに広は機転が利くけど、この手のものだと美鈴のほうが適材だと思うわ」

「……どうして、そう思われるのでしょうか?」

 

 秦谷美鈴の疑問には、篠澤広も「どうしてそう思うの?」と食い気味に同感する。

 

「あーもう、面倒ね! 分かったわよ! 広のも聞かせなさい!」

「こういう時のアルファは何をしても出てこない。だから……無理だと思う」

「あら……珍しいですね、篠澤さん。そんな理由で諦めてしまうんですか?」

 

 篠澤広は顎に手を添えて訝しむ。

 

「む……美鈴にはできる、の?」

「はい。電話一本で呼び出せますよ」

 

 花海咲季は「電話一本で!?」と目を丸くする。

 

「いいわ、やってみせなさい!」

「……むぅ。おてなみはいけん」

「ふふ。では……僭越ながら────」

 

 秦谷美鈴はスマホで電話をかける。鳴り響くコール。

 すると花海咲季と篠澤広は目を細めて腕を組み、大いに訝しんだ。

 

「でも、やっぱり電話なんかで来るような子じゃ……」

「…………」

 

 ツーコール目で、ふと通話がつながった。

 ふたりは目を見開く。

 

「────た、助けてください、アルファさん! ガラの悪い人たちに囲まれて、乱暴されそうで────きゃあっ!」

 

 ふたりは青ざめた顔で引き笑い。

 ひとりは微笑みながら通話を切った。

 

「はい、ポチッとな……これで終了です。彼の人柄ならすっ飛んでくるでしょう」

「……」

「わお」

「? ふたりとも、どうしたんですか?」

「……さすがにそれはわたしも引くわ」

「美鈴は怖い、ね? すごく邪悪……」

「えぇっ!? そんな……お願いされたから叶えただけなのに……」

 

 邪悪という評価には根っから反抗したい邪悪の女はさておき。

 

「でも居場所を言わなかったわよね」

「アルファならハッキングくらいしそう」

「はい。位置情報の分析くらいは当然してくるでしょう。むしろこれくらいの情報量の方がリアルでは?」

「……なるほど。たしかに相手の顔が見えない以上は、真偽を確認するために駆けつけるしかないわよね……」

「パトカーのサイレンが近づいてきたら土下座しよう、ね?」

「ふふ……わたしはしませんよ♪」

 

 その時、サイレンはサイレンでも、ヒーローのサイレンが到着した!

 

「ヒーローアイドル・レッド、小宮果穂! とーっちゃくっ! アルファさんから『食堂から篠澤さんの声が聞こえてヤバそうじゃなかったらパトカーは呼ばなくていい。あとは好きにしろ』の指示を受けたので、その『好き』をしに来ました! 誰かお困りですかーっ!?」

『…………』

 

 末恐ろしいものを感じる。

 集団暴行の現場に小学生を派遣するな、と思うところに加え。

 やはりスマホの位置情報でプチパレスの屋内にいることはバレており、集会の顔ぶれもある程度は読まれていた様子。

 

「美鈴。作戦は失敗よ」

「わお。果穂が来た。ちょっと意外、だね?」

「小学生に解決を代理で頼むなんて……ひどい人ですね……」

「? お困りじゃないのなら、今のあたしの登場はどうでしたかっ!? カッコよかったですかーっ!!」

 

 いつも無邪気で可愛い小宮果穂の頭を、篠澤広と秦谷美鈴が撫でる。

 

「うん。かっこよかった、よ」

「ふふ……果穂ちゃんはいつも素直で可愛いですね」

「えへへーっ!」

 

 一方、花海咲季はどんな相手だろうと油断しない。

 

「果穂。今ならあなたも迎えるわ。わたしの部下になりなさい!」

「……?」

「そうすれば佑芽も加えて四天王の完成ね! でもそうするとひ(・)と(・)り(・)余(・)る(・)か……でも四天王が五人いてもいいわよね!」

「…………?」

 

 小宮果穂は、まあるい目でよく話を聞いている。

 篠澤広が一言で理解させた。

 

「果穂。恋愛の話。咲季とわたしと美鈴は、その……果穂から、アルファを奪う……つもり」

「────!? ……えぇっ?! そ、それはダ────…………」

 

 小宮果穂はしばし固まる。

 だが、すぐに目を閉じると胸に手を当て、何か考えを改めたのか。

 開かれたまぶたの先に光る眼光は鋭く、立派な気風を全身から放つようになっていた。

 

「アルファさんは────誰のものでもありません! アルファさんは、みんなのヒーローなんですっ! だからあたしは、魔王の手先にはなりません!」

「言ったわね! なら正々堂々、勝負よ! 小宮果穂────っ!」

「応! このヒーローアイドル・レッド! 小宮果穂が、悪い魔王を倒してみせますっ!」

 

 視線ぶつかり合い火花が弾ける。

 腰に手を当て高笑いする魔王は隙だらけに見える。ヒーローは跳び上がった。

 

「てやー!」

「遅い! その程度のヒーローキックなんか当たらないわ!」

「くぅっ! だったら……これでどうだー!」

「は! それはジャスティスソード! ────っ! 危なかったわ……あらかじめリーリヤに対策を聞いておいて正解だったわね!」

「そんな……! これもかわされた……!?」

 

 秦谷美鈴はニコニコ顔で観戦しながら、傍らの友人に問いかける。

 

「……篠澤さん。これは、ただのヒーローごっこでは?」

「そうとも言う。けど女同士の決闘とも言えるし、本当に魔王と勇者の戦いとも言える」

「そうですか」

 

「ふはははは! 当たらない! 何もかもが遅いわ! ヒーロー果穂! あなたのアルファへの思いはその程度だったのね!」

「ぐっ……! 強い……でも、ヒーローは、負けないっ!!」

 

「果穂……」

「まあ……あんな小さい子が、あんなに必死に食らいついて……わたしが代わりに魔王を倒してあげたいところですが、わたしにも倒したい相手がいるので……それもこれも、すべてはまりちゃんのためです。申し訳ないですが、ヒーローにはここで倒れてもらいましょう……」

 

 孤軍奮闘するヒーローは、横に立つ四天王を目にして疑問をぶつける。

 

「広さん! どうして魔王側についてしまったんですか! 美鈴さんも……!」

「……! それは……」

「わたしは咲季さんからお願いされたので」

 

 花海咲季が答える。

 

「決まっているでしょう、果穂! 広も美鈴もアルファのことが好きだからよ! 好きな男を自分だけのものにしたいというのは当然の欲求! 故に我が手先となった! あなたはヒーローとして立派な信念を持っているけど、そのために独りきりとなった! 皮肉なものね! アーハッハッハッハッ!」

「っ……!!」

 

 ヒーローは歯を食い縛る。

 その程度の精神攻撃、ぜんぜんへっちゃらだ。涙目で立ち上がる。

 

 その時、誰かが呟いた。

 

「────ちがいます。わたしは彼を好きなわけではありません。むしろ彼のことが嫌いです。名前も言いたくないほどには」

『……え?』

 

 秦谷美鈴が、怖い顔で続ける。

 

「わたしは彼を許しません。本当に……あの日から許すつもりはないんです」

「……ど、どうしたの美鈴? 顔に『コロス』としか書いてないわよ……?」

「わたしの話を聞いてくださいますか、魔王咲季。もし聞いてくれないなら、わたしは今まで誰にも打ち明けなかった、この語られることのなかった物語を胸の内に封印したまま……あなたを裏切って玉座を乗っ取ります」

「なんで!? い、いいわ……話してみなさい。──ヒーロー。一時休戦よ。ちょっと怖いから、一旦戦いを中断しましょう……さもないと魔王を倒す前に大魔王との乱戦になりかねないわ……三つ巴の争いに発展したらプチパレスが崩壊するわよ……」

「は、はいっ……あたしも、何かがヤバいと、本能が告げています……!」

 

 魔王咲季とヒーロー果穂は、一旦戦闘を中断して傾聴の姿勢。

 大魔王美鈴は不敵に微笑んだ。

 

「ふふ。ありがとうございます。といっても一言で済む話ですので、お時間はあまり取らせません。──あれから、まりちゃんの様子がおかしいんです。あの日、あの時……彼にスカウトされた日から……彼が卒業した日から……ふ、ふふ……まりちゃんが元プロデューサーと会おうとするたび変にめかしこんで分厚い口紅を塗ったり、ストーカーまがいのことをして現プロデューサーに注意されたり、こともあろうにわたしに相談する内容が『この前、元プロデューサーと何を話してたの?』ですよ? そのくせ彼はまりちゃんを避けているようなんです。訳を聞きに先日直談判した時、彼はなんて答えたと思います? 『赤ん坊を抱く気はない』────……ふ、ふふふふふ……面白い冗談を言う方ですね? ええ……おかげでひさしぶりに────本(・)気(・)を(・)出(・)そ(・)う(・)か(・)と(・)思(・)っ(・)た(・)次(・)第(・)で(・)す(・)♪(・)」

 

 室内の気温が急低下。

 恐ろしいことに、彼女は“圧”だけで、空気を文字通り一変させていた。

 

 青ざめる魔王。

 ガクガクとよくわからない寒さに震え始めるヒーロー。

 一方、最弱の四天王は、寒さに青ざめつつも冷静に分析する。

 

「……長い一言だった、ね……」

 

 青ざめていた魔王咲季は、しかし一旦真面目に問う。

 

「もしかして青のプロデューサーが姿を消したのって、あなたの殺気を感じたからじゃないの……?」

「だとしたら少し長生きしただけです……まりちゃんが悪い男にうつつを抜かすことなんて決して許されません。悪い虫をハエたたきで仕留めるのはわたしの役割、まりちゃんのお世話係であるわたしの使命です。なので昨日約束した通り、トドメはわたしが刺します」

「……なるほど。トドメって、そういう意味だったのね……」

 

 そして現状の危険性を、篠澤広が解説した。

 

「まずい。わたしも咲季も、昨日の美鈴のセリフ──『彼のトドメはわたしにください』──の言葉の意味を履き違えていた。てっきり『ハートを射止める』的な意味だと思っていたけど、本当は『コロス』の意味だった……。当然、わたしも魔王咲季もそんなことは許さない。そうなると第三勢力の登場で咲季の分が悪くなった。このままじゃ三つ巴になって、本当にプチパレスが崩壊する……」

 

 その解説にヒーローは仰天する。

 

「えっ! ────そんな……そんなことはさせないぞ! 大魔王美鈴!」

「おや……果穂さん。このわたしに、何か意見ですか?」

「っ……!」

 

 秦谷美鈴は笑顔なのに怖い。

 それでもヒーローは気を強く保つ。震える腕にぐっと力を込める。

 

「みなさんが、アルファさんのことを大好きなのも、大嫌いなのも、よくわかりました……でもっ! アルファさんを自分だけのものにしちゃうのも、消しちゃうのも、よくないことですっ! それに考え直してくださいっ! 本当にしてほしいことがあったら、ちゃんと言えばアルファさんは叶えてくれる人なんですっ! ひとりじめしたいって言ったら、ちゃんとひとりじめできる時間を作ってくれるんですっ! ……それじゃあ、だめなんですか……?」

 

 魔王咲季は押し黙る。

 四天王広は「果穂……」とそのまっすぐさを目にして思い悩む。

 秦谷美鈴は断言した。

 

「ダメですね」

「っ! ど、どうしてですかっ!」

「果穂さんの意見は大変素晴らしいものですが……。それを自分の口で言わず、女の口に言わせて庇われて、本人だけは既に遁走済みというのは、もう絵ヅラ的にアウトです♪」

「──……?」

 

 小宮果穂は何がアウトなのか分からないようで首をかしげる。

 これには魔王咲季が、さすがに口を挟んだ。

 

「美鈴。あなた小学生相手に容赦ないわね……アルファもまだ中学生なのよ……?」

「あら。魔王咲季は、好きな人には甘くなってしまうタイプですか?」

「あなたも手毬に甘いじゃない……」

「ふふ。はい。だって当然でしょう? まりちゃんはあんなに可愛いんですもの……ついつい甘やかしたくなってしまって……」

「そうね。好きな人には甘くなってしまうのは仕方ない部分もあるかもね。でも、うちのプロデューサーも青のプロデューサーも! そういう“甘やかし”がないからいいのよ!」

「そうですね。きちんと叱れる人は必要ですから」

 

 魔王咲季と大魔王美鈴の意見が一致した。

 ならばとヒーローは期待する。

 

「じゃあ……!」

「でもまりちゃんを誘惑した件については別件です」

「そんな……!」

「叱る人が、必要なんです。つまり、わたしが、その役目を背負おうと思います。彼を叱(ヤ)るという、重大なミッションを……」

 

「……どうやら、やり合うしかないようね。大魔王美鈴……」

「ふふ……仰る通り、わたしは大魔王です。はたして、たかが魔王レベルの咲季さんに、この大魔王を倒せるでしょうか……?」

「やってみなくちゃわからないわ」

 

 「 ────ごごごごごごごごごご……。 」

 

 睨み合うは、挑戦者たる魔王と、受けて立つ傲慢邪悪の大魔王。

 一方、アルファから貸してもらった少年漫画を思い出し、あの独特の擬音的雰囲気をオノマトペしてみた篠澤広。

 

「そ、そんな……このままじゃ、プチパレスが……! あ、あたし、また、ヒーローとしての力が、足りなくて……っ!!」

 

 一触即発。

 絶望にくじけそうな小宮果穂の苦悶を目にして、篠澤広は思い悩む。

 

(……果穂がつらそう。それなのにわたし、何してるんだろう。果穂にあんな顔をさせてまで、わたしがしたいことって……?)

 

 篠澤広は、友情と恋情の狭間に佇み、胸に手を抑えて俯いた。

 

(……──そっか。やっと気づいた。やっぱり恋は、脳の病。わたしなんかがそんな病に罹るわけないって思っていたけど……その認識は間違っていたみたい、だね)

 

 ────アイドルに恋愛は不要。

 素敵な人たちに会うまでは、そのように考えて自信満々に胸を張っていたあの頃が懐かしい。

 今ではいびつに歪んで、それでも納得を求めて、まっすぐひたむきにアイドル街道を走り続けてきた。

 その歩みは間違いではない。ただ、やはり自分の気持ちを誤魔化したり、やはり自分の気持ちが暴走して盲いるのは、やはり、やはり……これからも気をつけたいと反省した。

 

「……咲季。ごめん、ね?」

 

 篠澤広は、ヒーロー・小宮果穂のとなりに並び立った!

 

「ひ、広さん……っ!」

「広!? あなた、ここに来て裏切るの!?」

「果穂につらい思いをさせるわけにはいかない、から」

「広さん……ありがとうございますっ!!」

「……そう。理解したわ。でもね、わたしはまだ────諦めないわよ!」

「うん。魔王咲季ならそう来ると思った。だから切り札を使う」

 

 篠澤広のとなりに、なんと大魔王美鈴が並び立った……!?

 

「な、なんですってーっ!? 美鈴、あなたまでどうして……!」

「おや。咲季さん。そんなに不思議がることはないでしょう? だって、わたしは広ちゃんのお友達なので♪」

「っ!? そ、それなら、第三勢力の話はどこいったのよぉ!」

「咲季さんは徒歩で倒せますが、広さんを敵に回すと少々後が厄介なので、まずは四天王より先に魔王を潰させていただきます」

「くっ! 倒し方の順番に傲慢がない……!? わたしのプロファイリングが間違っていたというの……?! ────いえ、待って。なんかそれって、なんとなく言行不一致じゃない?」

 

 それについて篠澤広が解説する。

 

「そうでもない。咲季の人物評価(ぷろふぁいりんぐ)に誤謬(みす)はないし、言行不一致はおっしゃる通りだけど実はそうでもない。なぜなら美鈴は“倒す順番”をそもそも考えていない。単にわたしと咲季を比べて友情度の高い方に味方することを選んだだけ。だって“どっちも倒す予定だから、どっちを先にやっても構わない”と思っている」

「それって……結局めちゃくちゃ傲慢じゃないっ! わたしと広を格下と思ってるってことでしょう⁉︎」

 

「はい。わたしとしては、広ちゃんも咲季さんも……まとめて倒してしまっても構わないんですよ?」

 

「あのっ! ヒーローも、ここにいるんですけどっ!」

 

 秦谷美鈴は、ナチュラルに小宮果穂を敵の数から外していた。

 つまりヒーローなぞ眼中にないという無意識の傲慢(みくだし)である。

 

「じゃあ咲季」

「すみませんが、ここで潰れてください♪」

「ぐっ……! ──ちょっと待ちなさい! わたしは別に恋愛や殺意がどうこうじゃなくて、あくまで彼をコーチとして雇いたいだけよ! 恋愛なら広と果穂にあげるし、手毬の恋路はわたしがなんとか引導を渡してあげるから美鈴もそれで満足でしょう? それじゃあダメなわけ!?」

「……美鈴。どうなの?」 篠澤広は耳を傾けて問いかける。

「まりちゃんの好きな人をまりちゃんから奪うなんて許しませんよ花海咲季」

「あなた死ぬほどめんどくさいわねっ!? でもそういう話なら手毬も、果穂や広と同じように恋愛に加われるよう、この花海咲季がサポートするわ!」

「まりちゃんに男を教えるなんてそんな淫らなことは許しませんよ花海咲季」

「じゃあもうどう転んでも対決は避けられないってことじゃないのよぉっ!!」

 

 今度こそ一触即発。

 劣勢の魔王咲季は、しかし。不敵に笑い始めた。

 

「──……ふっ。ふっふっふっ……あーっはっはっはっはっ! 甘いッ!! この程度で魔王咲季に勝つ気でいるなんて甘すぎるわ、篠澤広! 秦谷美鈴ぅ!!」

「……どういうこと?」

「まあ……往生際が悪いのか、まさか奥の手でもあるのか……」

「あるに決まってるじゃない! ふたりが土壇場で裏切ることは想定内よ! だからこっちも切り札を使う! ────出てきなさい! 我が残りの四天王たちよ────!!」

 

 魔王咲季が号令を出すと、二人の人影が食堂に入ってきた。

 篠澤広は────限界までまぶたを開き、信じられないと言いたげに息が止まる。

 

「────────えっ゛────────」

 

 花(・)海(・)佑(・)芽(・)と(・)倉(・)本(・)千(・)奈(・)が、魔王咲季の両側に就いた。

 ふたりと対峙する位置に立つ篠澤広は、血の気の引いた顔面蒼白を通り越し、屍蝋の色へと血の気が失せる。

 

「そんな、千奈……? なんで、佑芽まで……? ふたりとも、どうして咲季のとなりに、立ってる、の……??」

「決まってるじゃない。寝(・)取(・)っ(・)た(・)からよ」

「────コフッ────」

 

 篠澤広は血反吐を吐きながら片膝を突いた。

 

「広さん! し、しっかり……!!」 小宮果穂が介抱する。

「まぁ……容赦ないんですね、魔王咲季……。──かくいう千奈さんと佑芽さんも、広さんとはお友達ではなかったのですか……?」

 

「も、もちろん親友ですわ~! で、でも……本当に、本当に、ごめんなさいですわぁーっ!!」

「あたしも本当にごめん広ちゃん!! 言い訳になるけど……理由とか、話してもいいかな……」

 

「ホゴッ……ゴフッ……き、聞かせて……絶対に聞きたい……聞かないと、いけない……ブゲロゴボフッ」

「広さんが出血多量ですーっ!!」

 

 倉本千奈と花海佑芽は、篠澤広を裏切った。

 篠澤広は、倉本千奈と花海佑芽を、花海咲季に寝取られた。

 倉本千奈と花海佑芽は、裏切ったことについて理由があると言うが、気まずいのか篠澤広と視線を合わせられず、もじもじとしたまま理由を話すことができないでいる。

 篠澤広は、その無言の時間がこれまた大ダメージで、そこまで苦しんでくれるならどうして裏切りを選んだのかと問いただしたい気持ちでいっぱいで、再び血を吐いた。涙ながらに吐血した。

 

「広さーんっ!?」

 

 その進展なき血みどろの修羅場に対し、色々と見かねたメイド・氷渡香名江が現れた。

 全員の中心に割って入り、事の経緯を簡潔に説明する。

 

「千奈お嬢様は以前のプロデューサーに好意を寄せていますが、なかなか交流の機会が無いことからしびれを切らし、咲季様の提案に出来心で乗ってしまった次第です」

「香名江……! うぅ……でも、真実ですわぁ……しかし約束が違います、咲季お姉さま! 『篠澤さんも“共有の輪”に入れる』と聞いたから、わたくしも麾下(きか)に降りましたのに~!」

「何が違うのよ! 今の今まで広は味方だったじゃない! 先に裏切ったのは広のほうよ! 自業自得だわ!」

 

 篠澤広は「それはそう……」と落ち込みながら呟く。

 氷渡香名江は説明を続けた。

 

「佑芽様も好意に関しては、千奈お嬢様と同様のご様子。そして佑芽様は本来、姉の咲季様とはライバル関係で在りたい性分です。が、今回はお姉様に上手いこと言いくるめられてしまったようです」

「ぐっ……魔王のお姉ちゃんが、あたしに『コーチ権の半分と恋愛をくれてやる』って言うから、つい……。……あと『今回の敵は最強の更に上を行く神クラスだから、花海姉妹が共闘しないと勝てない。姉妹愛のパワーを見せて一緒にやっつけよう』ってスカウトされて、なんか激アツ展開だなーって思って、ついつい気が昂ぶっちゃって、二つ返事でOKしちゃって……気づいた時には、そういえばこれ広ちゃんから略奪愛することになるじゃん! ……って、本当に今さっき気づきました……ごめんなさいっ!!』

 

 なるほど。

 どれも納得である。

 それはそれとしてもう心が保(も)たない。

 

「ちなみに、この氷渡香名江も……千奈お嬢様が居るから魔王咲季の軍門に降ったわけではなく────私自身の意思で軍門に降っております」

「……え?」

 

 篠澤広はさらに青ざめる。

 もうこれ以上、自分の友が寝取られないでほしいと言いたげだ。

 

「倉本グループのプロデュース依頼を蹴り、"蹴った上で千奈お嬢様を非公式で担当したままプロデュースする"という"恐れ知らずの暴挙"……終いには突然の卒業で千奈お嬢様の枕を濡らした報い……その他諸々どれもこれも、倉本家に対する無法ぶりと失礼千万ぶりには怒りを通り越し呆れを通り越し感心を抱いてしまいました。──ここまで千奈お嬢様をコケにしたおばかさんは、あのマセガキが初めてですね……故に、このわたしが責任を以て執行します」

「……どうしよう。香名江がマシンガンを取り出した……最終形態(ふぁいなるふぉーむ)だ……このままじゃ、アルファの命は確実に消えてなくなる、ね……」

 

 だからこそ殺される前に裸足で逃げ出したのだろう。

 絶体絶命の窮地(ぴんち)を紙一重で逃げおおせたのである。

 

「ふふ……やっぱり女同士の戦いになると親友すら信じられなくなる……そんな恋愛は恐ろしい、ね?」

「嬉しそうに言うことじゃありませんわ篠澤さーんっ!」

「広ちゃん無理しないでーっ!」

「うん……これ以上は、本当に無理……だから、千奈と佑芽は、早くわたしのそばに戻ってきてほしい……」

「それは出来ない相談ですわ~!」

「勝負だぁあああああ! 広ちゃぁあああああああんっ!」

「ふ、ふふ、ふふふふ……こ、心が、苦しくて……脳が、ぐるぐる、してきて……つ、つらい、ね……? おに、きちく、あくま、めぎつね……すごく、つらい……ふふ────こふっ────ふふ……ゴボッ────」

 

 実際に血などは吐いていないのだが、間違いなくそれに等しいダメージを負っている。

 厳密に言うと、あと少しで胃に穴が開く。緊急搬送レベルまで、あとごくわずかの領域。

 

「篠澤さん────っ!」

「広ちゃん! なら広ちゃんの方こそ、こっちに来てよ!」

 

 親友ふたりからの勧誘。

 されど篠澤広は、口の端を手の甲で拭い、震える声で信念を叫ぶ。

 

「……────それだけは、できない……」

「どうしてですか? 篠澤さん!」

「もしかして、果穂ちゃんのため……?」

「ちがう……わたしは、ぜひ、そうしたい、けど……でも────ア、アルファが、こういうのは、きっと、いやがる、から────」

『────────』

 

 生死の境をさまよう篠澤広は、あくまで好きな人のために、親しい友と戦うことを決断する。

 そのように決意し、つらいけど覚悟し、全てを取り返すために闘志を燃やし始めたようだ。

 

 篠澤広は、立ち上がる。

 折っていた膝を無理やり立たせて、ふらつきながらも仁王立ちをかました。

 

 口の端から血(よだれ)を垂らしながら、腕を組んで胸を張る。

 絶対に譲れないものがある。その誇りのために戦うのだと言いたげに。

 

「篠澤さん……」

「広ちゃん……」

「さあ、かかってこい。魔王咲季と四天王たち────」

 

 魔王咲季は歯噛みする。計算が狂った。

 

「くっ……! この攻撃で倒せると思ったのに! あともう少しで倒せるはずなのに……っ! どうして立ち上がれるの!? 広────!」

「それは、ね? ……ふふっ────」

 

 篠澤広の秘奥義が発動する。

 頬を染めながら、されど恥ずかしがらず。

 

「────愛(・)の(・)力(・)、だよ?」

『きゃあああああああああっ────!!!』

 

 あまりにも乙女な回答に、魔王軍が吹き飛ばされた。

 魔王咲季は片膝を突いて後ずさる。倉本千奈と花海佑芽はその場で四つん這いとなってうなだれた。氷渡香名江は咄嗟に躱したが、衝撃の余波を受けて片膝を突く。

 

 そのあまりの威力に、ヒーローと大魔王が感心した。

 

「す────スゴいですっ! 広さん! まとめて四人も吹き飛ばしちゃいましたーっ!」

「愛の力……素晴らしいです」

 

 さらに愛の力は、単純威力系の範囲攻撃ではない。

 倉本千奈と花海佑芽が、立ち上がって駆け出して振り返る。それは篠澤広の両脇に並ぶ、ということだった。

 

「ご、ごめんなさいですわ~! 咲季お姉さま~!」

「ごめんお姉ちゃん! あたし、やっぱり広ちゃんに味方する!」

「なっ!? どうしたのよふたりとも! 青のプロデューサーを初星学園に戻したくないの!?」

「ぜひそうしたいですわぁ! ですが……ですが! 本当に先生が初星学園に戻りたいのか、そのお気持ちが分からない以上は……ただのわたくしの暴走でしたわ~! ちょっとおかしくなっていましたの! だから……広さん! 本当に、本当に……! 本当にごめんなさいですわぁ~~~!!」

「あたしもごめんなさい! 広ちゃん! 広ちゃんの話を信じるなら、アルファさんは嫌がってるみたいだから……無理強いは、やっぱりダメだよねっ!? それに、やっぱりあたしたちは、広ちゃんの親友だからっ!」

 

「……千奈……佑芽……」

 

 そこで魔王咲季が立ち上がる。

 

「っ……認められないわ! 広、あなただって最初は乗り気だったじゃないの!」

「それはそう。でもそれは狂っていたから……」

「狂っていた……?」

「この前アルファの恥ずかしがる顔を見た時、無性に胸の奥が“きゅううう”ってなって……なんか変なスイッチが入った。それで、軸が、狂っちゃった」

「……」

「最初は狂ったことに気付かなかった。でも果穂の言葉で、自分が狂っていたことに気づいた。すると激しい独占欲も少しずつ収まってきた。この現象を名付けるなら、たぶん……ちょっとしたヤンデレ化?」

 

 それについて小宮果穂は思うところがあるのか、ハッキリ言う。

 

「それはちょっと違うと思いますっ!」

「そうなんだ。……ふふ。恋って、よくわからないから面白い、ね?」

 

 魔王咲季が言う。

 

「そう……なら、わたしの負けね」

『……!!』

「もう手札もないわ。つまり魔王咲季は、篠澤広の“愛の力”に負けたのね……でも次こそは勝つ! 要は青のプロデューサーが嫌がらない形にすればいいのよ! 今からその作戦を練ってくるわ! 今どこにいるか知らないけど……アルファ! クビを洗って待ってなさい! このぉおおおおおおおおおっ! 悔しぃぃぃいいいいいいい!!!!!!!!」

 

 叫ぶ魔王咲季は食堂から駆け出していった。部屋に戻って作戦を練り直す気なのだろう。と思いきやカバンを背負って外出。事務所に向かったのだろう。おそらく学園プロデューサーを巻き込んで作戦を練るためだ。

 

 篠澤広は、ため息をつく。

 

「────……ふぅぅぅぅぅ…………」

 

 それは勝利の合図と言えた。

 紙一重すぎる勝利である。倉本千奈と花海佑芽は、再三の謝罪と友情の確認を兼ねて飛びついた。

 

「篠澤さぁあああんっ!」「広ちゃぁあああああん!」

「うおっと……ふふ……そんな勢いで両側から抱きつかれたら、挟まれて潰されちゃう、よ?」

「死なないでくださいましぃー!」「許してぇええええええ!」

「ふふ……だいじょうぶ。安心してほしい。親友として絶対に許さないし、親友だからこそ絶対に許すから」

「ありがとうですわぁあああ!」「ありがとぉおおおおお!」

「……でも次は心がもたないかもしれないから……もうやめてほしい、かな? がっくし────」

「きゃあああ! 篠澤さんが、今度という今度は本当に倒れましたわぁあああ!」「メディーック!」

 

 これにはヒーローが大急ぎで看病を始める。

 しかし大魔王と氷渡香名江は、看病を手伝う気配はなく、未だに臨戦態勢だった。

 

「香名江! 篠澤さんが……!」

「美鈴ちゃんも手伝って!」

 

「……申し訳ございません、千奈お嬢様。敵が近くにいます。見るに篠澤様は確かに瀕死ですが、まだ猶予がございます。トリアージの判断としましては、篠澤様の救出は、敵の排除の後とさせていただきます」

「それでは香名江さん。サーモグラフィーで探知をお願いします」

 

 秦谷美鈴のお願いで、氷渡香名江はゴーグル型のサーモグラフィー機器を装着。

 すると台所の扉がひとりでに開いて、なんと女性アイドル喰いのアルファが出てきた!

 

「────さすがにサーモグラフィーは見つかりますって」

「アルファさん! どうして台所の下に? まさか、ずっとそこにいたんですかぁーっ!?」

 

 小宮果穂が目を丸くして驚いたのも束の間。

 

 すかさず氷渡香名江がアルファの背後を取り、羽交い締めにした。

 流れるように秦谷美鈴が、アルファの正面を取る。手元に刃物のたぐいはないというのに、やけに"刺される"という実感を抱く。

 

 しかし秦谷美鈴という少女は、どんなに怒っていても最終的には拗ねて『ぷいっ』とそっぽを向くだけで終わってしまう、そんな非暴力の乙女である。であるからして、そんな彼女が何やら急接近して何かを仕掛けてくる気配というのは、全く予想がつかない先行き不明の恐怖を感じさせるものとしては充分すぎた。

 さて、これから自分は、軽く胸をぽかぽか叩かれる程度だろうか。それともマジで刺されるのか。あるいは予想外の行動を取ってくるのか。そんなことを考えるアルファは、なぜか首筋に途轍もない悪寒が迸る。

 

「嗚呼、俺の人生はここで終わった────って、言うと思うじゃん?」

『……っ!?』

 

 その時、食堂に月村手毬が飛び入り参加した!

 

 さらに、自己判断で顔を出してきたのか、何とも言えない顔の西城樹里が入ってくる。ポケットに手を突っ込んで仏頂面となり、押し黙ったまま第三者として待機している。それは月村手毬が暴走しすぎないための見張りだろうか。

 

「ちょっと美鈴! 何してるわけ⁉︎」

「っ?! ま、まりちゃん……! どうして、ここに……?」

「それはこっちのセリフなんだけど? 急に元プロデューサーから電話で呼び出されたと思ったら……なんでこんな……美鈴が私と元プロの問題に入ってこないでよ!」

「で、でも……これは、まりちゃんのためでもあって……」

「何が私のためなの? そんなの頼んだ覚えがないよ! 勝手なことしないで! 美鈴はいつもそうやって……!」

「まりちゃん……どうして分かってくれないんですか……」

 

 月村手毬と秦谷美鈴の口論が始まる。

 こうなってはトドメを刺す人間がいないことで、氷渡香名江がアルファを羽交い締めしている意味がない。捕縛を解除した氷渡香名江は、大人しく降参する。

 

「……どうやら、今回は仕留めきれなかったようですね……」

「あの、氷渡さん。仕留める以外の方法で和解しません? ──え? できない? さいですか……」

 

 アルファはうなだれる。

 次いで西城樹里に感謝した。

 

「西城さん。そのまま月村さんと秦谷さんを舞台袖まで連れて行く役をよろしくお願いします」

「……貸し10な」

「貸し20、いや200でもいいですよ! ホント命の恩人なのでネ!! マジで本当にありがとうございますッ!!」

 

 キャンキャン吠える蒼髪の少女の腕を取った西城樹里は、口論を続けたい秦谷美鈴ともども廊下側に連れ出していく。

 

 

 

 最後に、アルファは拍手して大声を上げた。

 

「はーい! 食堂が解放されましたー! 苦情は管理人たるこの俺と、住人の花海咲季、そして篠澤広に対してよろしくお願いしま~す!」

 

 ぞろぞろと、今まで食堂に入れないでいた住人と客人が、おそるおそる入ってくる。

 その顔ぶれは、大崎甜花や芹沢あさひ、イルミネや園田智代子、郁田はるきや鈴木羽那だった。なお芹沢あさひと鈴木羽那は、何が起きていたのかあまり理解していない様子。

 

「やっと終わった……甜花、ずっとジュースとおやつ、欲しかった……あと天道さん、甜花は寛大だから、怒らないから、だから……代わりにインスタントラーメン、作って……? 甜花、これからログボ取らないといけないから……!」 腰に手を当てる大崎甜花は、妙に尊大な振る舞いでお願いした。

「もう終わりなんすか? 次はマシンガンの撃ち合いが始まると思ってたのにー!」

「ほわ……今回も仲直りできて良かった……」

「そうだね。あといつものことだから、なんか慣れちゃってる自分が怖い……」

「ねー! 恒例の昼ドラ観てる気分ー!」

「え、みんなそんな感じなの!? 慣れってすごいな~……私はまだドキドキしちゃうよぉ……」

「チョコちゃんも住めばすぐ慣れるよ~。いつ昼ドラが始まるかも分かるようになってくるから、事前に冷蔵庫から欲しいもの取っておけば、こういう時に中に入りにくくても困らなくなるよ~?」

「あはっ。そうなんだー。はるきちゃんすごーい!」

 

          §

 

 事は済んで。

 

 食卓の座席で休憩して落ち着き、回復してきた篠澤広は、今回の騒動の感想を呟き始める。

 

「……アルファ、果穂、聞いて。今日のわたしは学んだことがある、よ?」

「────」

「広さん! 何をですか?」

「……────NTRはいい、ね゛っ゛」

「青ざめた顔で吐血しながら興奮しないでください」

「……ネトル……?」

 

 篠澤広は思い出すたび血反吐を吐きながら感極まる。

 

「千奈と佑芽が裏切った瞬間は思い出すだけでも苦しい……もう二度とあんなのは嫌だ……でもそれを突破できたことにすごく安堵してる……」

「安堵の意味が二つありますね。そのままの意味と、いつものため息ですか」

「??」 小宮果穂は、こてんと首をかしげる。

「うん……複雑怪奇が極まる心地、だね?」

「そんな絶望的状況を自力で覆したあなたもヒーローですよ。俺と果穂のために戦ってくれてありがとうございます」

「はいっ! 広さんって、ものスゴく頼りになって、スッゴくスッゴくスーーーーッゴく! カッコよかったですーーーーっ!!!!!!」

 

 そう言われると照(すくわ)れる。

 これからもたまに恋愛感情が暴走してしまう時はあるだろうが、そのたびに今回の件を思い出そう。きっと親友が寝取られたトラウマのショックで暴走が止まるはず。

 

「……アルファ」

「なんです?」

「……ずるい。わかってるくせに」

「今度の土曜は一対一ですね。了解しました」

 

 小宮果穂のアホ毛がピコンと立つ。

 

「ならあたしは日曜がいいですーっ! 一緒にヒーロー番組を見ましょう! アルファさんっ!」

「おう!」

 

 かくして今日も波乱を乗り切ったことで、男はただ生きながらえ、女たちは絆を深めていった。

 

          §

 

 

 

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