【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
高身長の兄が降りてきた。
エプロン姿の黒髪ロング妹が食卓に朝食を並べながら出迎える。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよー。灯織」
「ンもう、また寝癖付いてるよ。櫛は?」
「いらんー」
寝ぼけ眼の兄は合掌。目玉焼きが乗っかる食パンにかぶりつく。
「お兄ちゃん。やっぱり気になるから動かないで」
「別にいいよ。お前も食べろって。遅刻するぞ?」
「お兄ちゃんがまた二度寝したらギリギリかもね」
登校の支度が完了した兄妹は外出。
登校路の途中で妹は道を外れる。
「ん。灯織? そっちは……」
「うん。今日は事務所が先だから」
「そっか。頑張れよ~」
「ありがとう。じゃ、行ってきます」
風野灯織は283事務所に到着。
プロデューサーに挨拶する。
「プロデューサー。おはようございます」
「おはよう、灯織。……ごめんな、俺が配るの忘れちゃったせいで……これが例の資料だ。今日中に読んでくれると助かる」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。……それよりプロデューサーも、無理しないでくださいね」
「いや、本当に面目ない……」
「あ、今のは責めたわけではなくて……っ!」(私、またやっちゃった……どうしてこう……)「その、っ……きちんと夜、眠れていますか?」
「それは……まずまず、と言ったところかな?」
「……眠れてないんですね。クマ、ひどいですよ」
「うっ……」
風野灯織はため息ひとつ。
「……決めました。今日の一時限目はすっぽかします」
「────えっ!?」
「プロデューサーのせいですよ。きちんと休まないから」
「……それは……すまん。でも、学校にはちゃんと行かないと────」
「はい。行かせてください。だからこそ、今からプロデューサーにはきちんと休んでもらいます!」
「!?」
風野灯織は、あったかいミルクココアを入れて持ってくる。エアコンで気温調整。アイマスクと毛布、鏡と櫛、耳かきまで持ってきて、プロデューサーのリラックスタイムを構築する。
「ひ、灯織……? なんだか今日は、随分とアグレッシブなような……」
「私には兄がいます」
「……それは知ってる、けど……?」
「兄はプロデューサーのように、よく無理をするタイプなんです。今日も寝ぼけ眼で、変な寝癖を作って起きてきました。きっと徹夜していたんですね。変な寝癖も、椅子の背もたれで寝ていると、よくそうなるんです」
「……」
「はい、鏡。その変な寝癖、うちの兄とそっくりです」
「! あれ、俺、こんな感じになってたのか……!?」
「このあと外回りがあるんですよね? もう……これでどれだけ疲れているか分かったら、今から私の言うことに従ってください」
「はい……」
しゅんとするプロデューサーは大人しくなった。ミルクココアを飲んでほっと一息。
風野灯織は「ほら、私の膝の上に頭を倒してください」と誘導。さすがにそれは、とプロデューサーが抵抗すると、ぐいっと服の腕部分を引っ張った。
「早く」
「わ、わかった……わかったけど……灯織って、灯織のお兄さんに対しても、こんな感じなのか……?」
「はい。今日は私が、プロデューサーの妹タイムです。今朝も櫛で、兄の寝癖を直してあげたんですよ。身嗜みは社会人の基本なんですから、そこを疎かにするとダメな社会人に見られてしまいますよ」
「すまん……」
風野灯織の膝を借りたプロデューサーは、耳栓とアイマスクをつけられて感覚を遮断させられる。毛布をかぶせられてあったかい。膝枕の柔和さと暖かさ。櫛で髪を梳かされる意外な心地よさ。ミルクココアもじわじわと効いてきたのか、ウトウトし始める。
『……………………』
和やかな静寂。
おもむろにプロデューサーは眠そうな声でつぶやく。
「……灯織は……誰かを頼る時って、あるか……?」
「……あります。いつも周りの人に頼って助けてもらっていますよ。兄なんかは、特に……。……というか、耳栓してるのに聞こえるんですか?」
「少しな」
風野灯織は訂正する。
「あ、でも……別に、兄に頼りきりというわけではないですから。私は真面目なので、大体のことは一人で出来るようにしています」
「そうかぁ……すごいなぁ、灯織は……」
「い、いえ……っ。……というか、本来は兄の方が器用で万能で……そんな兄に追いつきたくて、でも全然で……だけど、一人では限界があります。だからせめて、いつも助けられてばかりだからこそ、私が兄を支えようって……」
「……そっかぁ……やっぱり灯織は、真面目でえらいなぁ……」
「っ……ほ、褒めてばかりなのは、卑怯だと思います……」
「はは……でも、事実だからさ……」
「っ~~~~────」
赤面する風野灯織は、なんてことのないようにさらっと続けた。
「私の話をすると、また何か言われそうなので、次はプロデューサーの話をしますね。……プロデューサーにも支えられてばかりなので感謝しているんです。ですから、たまには私に支えさせてください」
「……」
「……あれ? ……眠ってしまいましたか? ふふ。……あ」
風野灯織は、慈愛の微笑で膝上の男を見下ろし、ささやく。
「それと、こう言ってはなんですが。私は兄のおかげで男性とのスキンシップには慣れているんです。だからプロデューサー。──櫛係や膝枕係は、この風野灯織に任せてくださいね?」
それは、なんら一切の不純が存在しない、純粋な微笑みだった。
§
夜の風野邸。
兄の部屋の扉が二回ノックされる。力加減からして妹だ。
「なんだー」
「……その、お兄ちゃん。今日、レッスンうまくいかなくて……体育が得意なお兄ちゃんなら、何か分かるかもと思って、今ここに来ました……」
「そっか。じゃあ話してごらん」
「えっと、まず、こんなステップなんだけど────」
机を壁に立てかけて床を広くした部屋で、兄妹は柔らかいタップダンスを踏む。
「────って感じで、軸足がうまく回らなくて……たぶん、シンプルに体力がないからだと思うんだけど……」
「ふむ。なるほど。これは重心の問題かな? 体力の問題じゃない」
「……そうなの?」
「見てろ。三徹した男が披露する一回限りの完全版だ。一回踊ったら疲れ切って何もできなくなるからよく見ておけ」
「う、うん……って、なんで脱ぎ始めるの!?」
「なんでって、腰の問題なんだから腰の動きを見てもらわないと」
兄はシャツを脱いでベッドに放り投げる。ズボン一丁でダンスを披露。
「────っと。ゼェ、ハァ……クッソヤベェな……もう歳か……」
「……なるほど。確かに腰の入れ方がそれなら、どれだけ疲れていても体幹がブレないから軸足が安定して……」
顎に手を添えてうつむく風野灯織はブツブツと言語化して考察している。
その邪魔をしないように、兄は大の字に倒れて仰向けとなった。
「……これなら行けるかも。お兄ちゃん、ありがとう! ──って、汗だくの半裸で床に寝ない! ちゃんとタオルで背中拭かないと……床もあまり掃除してないでしょ……んもう……」
「寝る」
「風邪引くよ! まだ耐えてて」
洗面所からタオルを持ってきて、兄の背中を拭いて替えのパジャマを着せる。上だけパジャマで下だけズボンだが、兄はもう疲れ切ったのか布団の上に倒れ込んだ。
「寝る」
「もう……お兄ちゃんったら。……ありがとね。自分の作業、切り上げてくれて……」
「別にー。だってお前、いつも部屋に入ってきたら俺が暇かどうか聞くのに、今日は相談から始めたじゃん」
「────! あ、ご、ごめん……!」
「それだけ真剣で焦る悩みだったってことだろ。俺はそうでもねーから、妹の話を優先しただけだよ」
「……うん。本当にありがとうね。……迷惑かけないように、私も自立できるよう頑張るから!」
「ふはは!」
「!?」
兄は眠気が吹っ飛んだ。この妹は天然が過ぎる。
「今のお前で自立できてないなら、俺はなんなんだよ! ふはは! 引きこもりか!?」
「え? え……?」
「ま、それがお前らしいか。ただ兄としては、たまに今日みたいな甘え方されると、結構うれしいものがあるんだけどなー」
「……」
「本当に、立派な妹を持ったよ」
「────! い、いきなり、何……」
「寝るー」
「もう、ごまかさないでよ……お兄ちゃんの、ばかっ────」
照れくさそうに赤面する妹は、兄の体に布団をかぶせてから、そそくさと部屋を出ていった。
§
翌日の事務所。
風野灯織とプロデューサーは世間話をしていた。
「プロデューサー。今日の調子はどうですか?」
「ああ、だいぶいいぞ! 昨日灯織がリラックスさせてくれたおかげだな!」
「大げさですよ。大したことはしていません」
「そんなことないぞ! スゴく体が軽いんだ! これはすごいぞ! 今までなかった!」
何やら興奮しているプロデューサーだが、もしやそれは深夜テンションだったりしないだろうか。
「調子がいいと言うなら、私もおかげさまでレッスンが────」
「お。なんかうまくいかないところがあるって言ってたけど……」
「はい。兄のおかげでクリアできました」
「そうか! よかったな! ……でも、灯織のお兄さんが? ダンス経験でも……?」
「いえ、兄は昔からなんでもできるので……きっと私の知らないところで、ちょっとやったことがあるだけなんでしょう」
「……ちょっと、やったことがあるだけ……」
「はい。あの人はすごいんです。ほんと、私とは大違いで……」
「……」
風野灯織はハッとする。
「あ、ごめんなさい……特に悲観的になっているわけではなく……単に尊敬や憧れの面が強いと言うか、その……」
「大丈夫だよ。わかってる」
「……! ……なんだか、すみません。やっぱりどうしても、才能って比較してしまいがちですよね……」
「……」
「でも、私の兄なら、こう言うと思うんです。──それでも灯織、お前ならやれる。って……」
「……そうか。なら俺も────」
「!」
風野灯織はワタワタとし始める。
「あ、いえ、今のはその、プロデューサーのお言葉がダメだったという意味では全然なく……! ただ、兄の言葉も力になって、そこへさらにプロデューサーの言葉も力になっているので……二倍の力で、今の私は無敵だな、と……」
「──!」
「って、すみません……! 抽象的な話をしてしまって……き、気にしないでください……!」
「……いや。灯織は、そうやって力を得ているんだな、って思うと。やっぱり俺は、灯織のことを誇らしく思うよ」
思わぬ褒め言葉をもらった少女は、のけぞって視線を迷わせ、赤面することしかできない。
「っ~~……!」
「それなら俺とお兄さんで、灯織をどんどん無敵にしていきたい」
「も、もうっ! プロデューサー! 本当はからかってるんじゃないですか!?」
「え!? いやちがうぞ! 俺は本気で────!」
頬をぷっくり膨らませる風野灯織。
誤解だと慌てるプロデューサー。
見合うふたりは、ふいに破顔。
『
今日も平和な事務所では、青い笑い声が空に響いていた。
§