【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
ある日の283事務所。
「────というわけで、『もし風野灯織に兄が居たら?』という企画が好評で。次はどんなアイドルにやらせるかって話になった時、円香が推薦され────」
「で、なぜ私なんです? 推薦理由は?」
「……円香の新しい可能性を見たいんだ」
沈黙が続く。
『……………………』
沈黙が長い。
「──……なるほど。随分と良い趣味をお持ちのようですね。ミスターシスコン」
「ち、ちがうんだ円香!」
「では聞きますが、もしあなたに妹がいたら?」
「え? お、俺に妹かぁ……そうだなー……」
「……」
「うーん。うまく想像できないけど……あ、もし円香みたいな妹がいたら────」
「は?」
「────なんでもない」
沈黙が続く。
『…………』
沈黙が長い。
「え? なんでそこで歓喜の色が出てくる?」
静寂を破ったのは天道唯我だった。
「……なんか空気悪いですね。
「そ、そうだな! 今すぐ行くよ!」
「スゲェ! うまいこと言いつつちゃんと躱した! この人ゼッテーお笑い番組とか見てるタイプだ! 頭の回転はえー!」
「なんでもかんでも思考を口に出すのは推奨できない」
「ごめんなさい。俺の中では“思考”と“口語”は同義語なもので。そうなると俺たちは今テレパシーで会話しているのでは?」
「……シュレディンガー?」
「やっぱ頭の回転はえー! こえー!」
思考で会話している上、口語でも会話している可能性が両立している状態。
であれば今のふたりは毒吸いの猫であり、かたや
それはさておき、偶然場に居合わせていた風野灯織は、ただひたすら感心していた。
(すごい……円香さんと天道さん、もうあんなに阿吽の呼吸で、本当の兄妹みたいに掛け合いが出来てる……! 私の時は結構苦労したのに……私もおふたりのように、頭の回転が早ければ……ううん。持っていないものは仕方がない。ないものねだりは時間の無駄。私は私のデッキで行かないと……!)
「そしてこちらはきちんとデッキを組み始めている」
「そっとしてあげな」
天道唯我と樋口円香の掛け合い。
窓を開けたプロデューサーが戻ってきて余計な一言。
「はは! その掛け合いの仕方だと、兄妹というより姉と弟って感じだな!」
「…………」 腕組円香は無愛想な面構え。
「うわうわ、ここに七草さんがいたら同じこと言うかもだから言いますね。──プロデューサーさん、今のはヤバいですよ~」
「えっ!? な、何かダメだったか……!?」
「何がですか?」
「俺も知りません。なんかこの人がダメそうな判定を下していたので。──あー! なるほどそういう!」
──自分より年上に見える奴が弟ってことはつまり私は若作りのおばさんってか? やかましいわ。
「え、アルファくん、何かわかったのか? その、よければ教えてほしいんだけど……」
「……」 腕組円香は細目で刺す。
「ア、ハイ。了解っす。──すみませんプロデューサーさん。これは言ったらちょっとアレなんで~!」
「え?」
「あなたはそろそろ黙って」
「……」 青年は黙った。
「……」 なぜかプロデューサーも黙った。
「…………────そっちが黙れとは言ってない」
「あ、そうなんすか!」 青年はわざとらしく満面の笑顔を咲かせた。なんとも憎たらしい笑顔である。
「……」 そして本来“そっち側”であるはずのプロデューサーは、彼女を刺激したくない一心で、察し悪く無言に徹し続ける。
「……………………」 腕組円香は殺意の表情を浮き彫りにした。
「俺への嫌悪感10上昇、好感度9低下。なお、とある方への嫌悪感5上昇、好感度も5上昇」
「……?」
「飴あげるから黙ってな」
「……」 天道唯我は、やったー! とコロンビアのポーズを取った。
§
プロデューサーは話を進める。
「それじゃあ台本の読み合わせをしようか」
「は? なにその言い方」
「えっ!?」
プロデューサーはうろたえる。
すると天道唯我が言った。
「やは~? 別に~?」
「……!」(そ、そうか……今のはセリフか……!)
「あとはもういいでしょ。次のページ。──兄貴」
「────」
「……。うるさい。睨まないで。わかってるから」
「ならよし」
プロデューサーは「?」と戸惑う。
いきなり次のページに移ったので、今どこを読み上げているのか分からない。
「今日疲れた。アイス買ってきて」
「オーキー」
「……胸の高鳴りが足りないんだけど」
「兄貴のほっぺに“にーちゅ”してくれたら、アイス半分こにしないであげるよ!」
「……」
「やは~。うちの妹が人殺しの目ぇしてる~!」
樋口円香は次のページをめくり、天道唯我も追いかける。
「……お兄ちゃん。この前、その、別のクラスの女の子と喋ってたよね」
「ん? あー。お前の友達?」
「別に」
さらにページをめくる。最後のページだ。
「私の兄ならもっとちゃんとしてるんですけどね」
『……………………』
沈黙が続く。プロデューサーが言った。
「あれ? 天道くん。セリフは?」
「今はプロデューサー役の人のセリフっすよ」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ。どこだ……?!」
「最後のページの下らへんっす」
「……! あ、あったあった! よし、読み上げ────」
妹なる樋口円香役の、樋口円香が演じた。
「私の兄ならもっとちゃんとしてるんですけどね」
「す、すまん! え、えっと……──やは~?」
「やめてください。私の兄のフリをすれば仲良くなれるとでも? 思い上がりも甚だしい。二度と私の前で生まれ変わらないでミスタードントブラザー」
兄妹、もとい姉弟は、パタンと台本を閉じる。
「な、なんか……既視感が強いというか……本当に、事務所の中にいる時の円香みたいな役柄だったな……」
プロデューサーはセリフを我が事のように受け取ってしまったのかダメージを受けていた。
「でも現実では好かれてるからいいじゃないっすか。だって──俺への嫌悪感3上昇、好感度1上昇。とある方への嫌悪感5上昇、好感度6上昇──ですから」
「飴あげるから黙れ」
「そろそろ違う味がいいっす~!」
二つの飴を頬張る天道唯我はリスの顔。
蔑むように睨む樋口円香は腕を組んで悩ましげ。
「最近あなたの扱い方がやっと分かってきた。ロクなもんじゃない」
「趣味はブーメランで? やっと相互理解が深まってきたようで何よりです」
何やら樋口円香と天道唯我の間で視線に火花が散っている────ように感じているのは、風野灯織とプロデューサーのみ。実のところ相互理解を深めただけであり、現在進行形で嫌悪感が上がりつつ好感度は上がっていない状態である。
「本質的にはこの人と同じなのが余計腹立つ」
「どこが同じなのか言ってあげるとその人も喜んでくれると思いますよ」
「まさか」
「まぁ俺は、本心からそれをやっているわけではなく、わざとそれをやっているので、その人は本当に素晴らしいですね」
いったいふたりは何を話しているのだろうか。
プロデューサーは首をかしげるが、風野灯織は以前の仕事を通してなんとなく分かりかけてきた。
「……もしかして、天道さんが“こちらの魅力を引き出そうとしている点”についての話……ですか?」
「……」
「え~? 風野さんそう感じたんすか~?」
「あれ!? え、ち、違いましたか……? すみません……!」
プロデューサーは賛同する。
「いや、灯織の感じたことは俺も感じていたよ。それに天道くんと共演した人は日常的な姿をさらけ出してくれるって業界では評判なんだ」
「へー」(だから俺、ストレイとはタイマンでの共演が少ないのかー。さすがプロデューサーさん!)
「そうなんですね。私も、もっとそのように振る舞えれば、共演者が増えるんでしょうか……」
樋口円香が世間話を始める。
「天道さんは人の化けの皮を剥がすのが好きなんですね」
「そりゃあもう皮肉は大好きなんでネ! 調理法としましては深く抉りすぎると嫌味になってしまう切り口に要注意で、盛りつけでは相手の自尊心を炒めて素材の味を引き出すことに細心の注意を払っておりまして。そうすると面白い成長譚が毎回視聴できるんすよね。つまり食材ってのは、悪役がいないと活躍できないヒーローみたいなもんなんすよ!」
「あなたは業が深い
「俺だけでなく秦谷さんも悪役だった……? という冗談はさておき、換言すれば自分が立つか相手を立たせるかの違いっすよね。その点、ほかの人はどうなんでしょう? 風野さんは?」
「
「市川さんは?」
「
「プロデューサーさんは?」
つと、間が空いて。
片眉をぴくりと言わせた樋口円香は平静を装って会釈する。
「それアイドルじゃないし。これ以上のコメントは差し控えさせていただきます」
「はっはっ!」
オチがついた。天道唯我は手を叩いて大いに笑う。
一方、なぜ
風野灯織も、自分はイルミネにとってきちんと支柱になれているだろうかと真剣に悩み始める。
そんな生真面目な二人に対して、樋口円香のクールぶったツッコミが炸裂していった。
かくして今日も事務所は──樋口円香好みに──あったまってきたようだ。
§