【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夏の夜の
§
二年後の夏の夜。
二年前の洒落た着飾り方とは異なり、洒脱な着飾り方で大通りを歩く美女を見かけた。ふとポーチから振動を感じたらしく、脚を止めてスマホを取り出す。着信音が鳴っているようで、通話の可否を選ぶ画面には、でかでかと着信者の名前が表記されていた。
────『純黒石楠』────
そのふざけた名前は、美女自ら名付けたものだろうか。
美女は通話を許可して、スマホを耳に当てる。
「────もしもし? なに? まだ時間まで全然あるでしょ」
『そうだな。それより
「────っ!」
美女は息を呑む。深呼吸。切り替えが早い。
スマホを耳に当てて会話しているふりをしながら、交差点を右折する。
「…………」
その先の交差点でも右折した。
美女は問いかける。
「…………特徴」
『この前の人』
「はぁ? また?」
『元トップアイドルかつ現大人気女優の色恋
「……だからって、喰われてたまるもんですか」
三度目の右折。
『おっ。ちょっとためらった』
「……つーかあんた、どこから見てるわけ?」
『立ち入り禁止の屋上。上を見れば目が合うけど、絶対にこっちは見ないでくれよ』
「なんでまたそんなところに……あんた、やっぱりあいつと同類なんじゃない?」
『ンなわけないっすよ』
「その語尾だから、どうだかね~」
四度目の右折。最初の道に戻ってきた。
『あっ。意地張った』
「ハァ……いつか訴えてやる……」
『まぁ尾行を継続する兆候は最初からあったから……さっきアプリでタクシーを呼んでおいたから、三歩先のそれに乗ってくれ』
「あら。用意が早いこと」
美女は眼前のタクシーに乗車。運転手が問いかける。
「まゆさんで間違いないですか?」
「はい❤ それで申し訳ないんですけど、すぐに出してください。青信号があれば、すぐにそちらへ」
「え? あれ、あなた、もしかして────」
「────はい。追われてるんです。ふふっ。人気者は大変ですね?」
注文通り、運転手は車を出す。なるべく赤信号で止まらないように、いつでも曲がれる道を選ぶ。
やがて運転手は、バッグミラーが気になって首をかしげた。
「……あれ……? なんか、後ろのタクシー、ずっと付いてきてますけど……」
「あ、それは大丈夫です❤ 頼りになる人が……追いかけてくる人が拾うはずだったタクシーを、横取りしたんだと思います。もしそうなら、そろそろ道を分かれると思うので、こちらもそこで降ろしていただければ」
まゆの言う通り、背後のタクシーは追跡をやめて道を逸れた。合図通りである。
「わ、ほんとだ……ははっ。なんかスパイ映画の脇役にでもなったみたいで、おじちゃん少しドキドキしちゃいましたよ!」
「ふふっ……!」
「おっと、このあたりでいいんですかね?」
「カードって、お願いできますかぁ?」
「はいはい。今すぐに!」
支払いを済ませてタクシーを降りる。
「本当にありがとうございます❤ 助かりました~」
「いえいえ、このくらい……あ、いつもドラマ見て、応援してます! それじゃ、お気をつけて!」
「はーい❤」
まゆは高層ビルの正面ゲートに入った。
§
高層ビル上階のレストラン。夜景が綺麗な席に座る予定だったが、今回は諦める。
高層ビル中層の宿泊エリア。夜景が綺麗な窓際の席で、レストランと遜色ないルームサービスを頼み、
「なんで事務所を辞めたんだ?」
「────────、…………開口一番がそれとか、喧嘩売ってんの?」
「大手女優プロダクションからスカウトされたとか? それでも事務所を辞める理由にはならない。たとえば某企業の令嬢は、アイドル卒業後も事務所でタレントをやっている。女優としても活躍中だ。今でも事務所のプロデューサーと二人三脚でやっている」
「……あんたには関係ないでしょ。……それにもう、こっちにも関係ないことよ」
「去年、かたや海外留学、かたや大学専念。ユニットは一時休止にするしかない。さらに、まゆはトップアイドルになる夢が叶った。ならば……潮時と判断したか?」
「やめて。飯が不味くなる」
「
「────そろそろ殺すわよ」
「ホントにマジの殺気を向けられた件について……」
食器と匙が鳴る。
「……夢、なんて、近づくと……あんまり安全なものじゃないのよ」
「ほう? それはたしかに。俺も来年から義務教育終了の夢が叶うけど、その代わり毎日が銃撃戦になるからな~」
沈黙。
やがて食卓が空になる。
食後のひととき。
安穏とした寝室。
「現実主義」
「……っ?」
「理想主義と比べれば理解は易い。合理的だ。しかし、それは時に二流の合理を生む。自分の気持ちを無視した効率は、本当に効率的なのか?」
「……なに? 説教とかやめてよね」
「後の祭りなんだ。いまさらゴタゴタ抜かしてお祭り騒ぎしても、バチは当たらないだろ」
「当たるわよ。……色んな人に、たくさん迷惑かけて、ここまで来たんだから……もう、引き返せないのよ」
「じゃあ今から話すのは俺のひとりごとだ。もしこれを説教と感じたら、それはそっちの心の問題だ」
「────」
相手の舌鋒は止まらない。それ以外はムカつくくらい完璧なのに、そういうところが玉に瑕だ。
素直に言って殺意が沸く。
「赤ずきんは理想的だ。ハッピーエンドしか見据えない。白ずきんは現実的だ。トリアージに迷いがない。俺は後者の人間を好ましく感じる。だが好ましく感じるためには一部条件がある。その現実主義に、無理を挟んでいないかどうかだ」
「あんたのタイプなんて毛ほども興味ないんですけど」
「ちょっと~。ひとりごとを盗み聞きしないでよ~。えっち~」
「っ……じゃあ聞こえるように話すなっての……っ!」
まゆは押し殺した声で握り拳を作る。苛立ちが募っていく。
まったく本当にふざけた相手である。
「戦術家。故に合理的な視点を持つ。ただし自分の感情は視野に入れない。否、入れないというより、気づかないから入れられない。なぜなら君の内面は情熱家。故に冷静な性格とは程遠い」
「……っ!」
「所感でいいか? きっと浮かれてたんだろうな~。仲間は海外と大学があるため、一緒に居られる期限はあと一年もない。だから必死に努力して、ついにトップアイドルになる夢が叶って────」
「──て」
「これからだ! って時に、ユニットの参謀である子が『いいえ。ここは解散しましょう。アイドル界でトップを極めた子が、なぜか突然、引退しちゃう。そういうの、伝説にならない?』とか、ウッキウキで────」
「──めろ」
「現実的に考えてユニットが休止するくらいなら、それぞれの未来のため新しい道に踏み出した方が建設的。無論それは仲間の将来を考えてのこと。もちろん自分のことも考えていた……つもりだった。みんな祝福して送り出してくれた。事務所のプロデューサーはどんな反応したのか分からない。そこが一番の謎だ。……やがてある日、情熱家は気づく」
────あれ? なんか、ここ……こんなに狭かったっけ?
「勝手なことをゴタゴタ抜かすなっ!!」
まゆは相手の胸ぐらを掴むと馬乗りになって、相手を寝台の上に押し倒す。
みなぎる殺意。徐々に薄まっていく。
「……永遠なんてない」
「────!」
「だから、新しい道を探した」
「……やめて」
「ほとんどの人間は、新しい遊園地に流れていくんだもん。天辺取ったからって、それだけじゃ、いつか必ずイルミネーションは擦り切れていくし、歯車は錆び付いていくし、いつか学び舎は卒業するものだし、幸福なんていつまで続くか分かったもんじゃないし────」
「おねがい、やめて……」
「頭ブッ壊したロックンローラーになんか、なれない。みっともないくらい執念深くアイドルを追い続ける若さなんて、持ち続けられない。墨に染まっていく世界を虹色に彩っていく力なんて、私ひとりではできなかった」
「──」
「だから、新しい
「ちがう……捨てる、なんて……」
「それで? アイドルの次は女優だろ? なら女優の次は、何を作る?」
まゆは相手の胸に頭突きする。否、頭が落ちてきた、と言った方が正しい。
「────プロデューサーは理想主義だ。俺は現実主義だ。……何事も相互補完。宇宙はバランスで成り立っている。理想を見ていると穴に落ちる。現実を見ていると空に落ちる。俺は赤ずきんのおかげで、バランスが取れていることを自覚している。しかしまゆは、プロデューサーの
────現実主義の自分を、
「っ────! ちがうっ! あいつは、プロデューサーは……っ! 何も悪くない……ッ!!」
「ああ。誰も悪くないよ。だからみんな傷ついてる。でも一番傷ついてるのはどこのどいつだ? しばらく見守ってた俺は
────|行動が早すぎたな。青春送るセンスないよ、君《ノンセンス・プロンプ》。
「────────」
まゆは愕然とする。
なぜそんなことを、こいつに言われなくちゃならないのか。
「情緒乱れて操も乱れるか? なんで俺の所に来た。心にぽっかり空いた穴を、埋めてもらいに来たんじゃないのか?」
まゆの艶かしい肩から、衣服のショルダーラインがさすり落ちる。
徐々に傾く体。
────
「慰めてやるよ。俺じゃあ埋まらない君の心を……何度でも、何夜でも────」
そうして男女は、褥を共にした。
§
男は女を抱く直前、キザなセリフを吐く。
「俺が“まゆ”にしてやるよ」
「はぁ? なによ……やれるもんならやってみなさい」
「では遠慮なく」
「いくらあんたでも、そんなことできるわけ────にゃあ!?」
きしむ寝台。
情事は激しさを増していく。
やがて美女は、演技ではなく本心から、猫のような撫で声で喘ぎまくる。
まさかアイドルとしてファンを
「あ……ぁぁ……ん……ん❤ っ……にゃ…………っぁ…………っ! あ、ぁぁ……っあ❤ ぁ……あ……ぁっ! あ……ぁぁ! ああああ゛! あ……あ゛あ゛! あああっ❤ ん…………❤ んん……んん゛! ~…………゛~……゛~…………゛~……んぁ……っ……❤」
自尊心を傷つけられた屈辱もそうだが、悦楽による快感の昂ぶりのほうがどうしようもなく。
夢追い美人は現実的な快楽の前に、なすすべなく溺れていった。
§
寝室の外で、朝の雲雀が鳴く。
「あ、そうそう。いろいろ言ったけど、ひとつだけセリフ、間違えてた」
「……?」
────
「ここで終わりじゃないだろう? むしろ序章だ。違うか?」
「……!」
「知ってるか? 最近のアニメの流行りはな、ラスボス戦に負けた所から始まるんだよ。……学業に仕事にと忙しすぎて、好きなアニメ観れてないだろうから、知らなかっただろうけどさ!」
それは、かつて喪った面影。
トップを極めた日に、交通事故で死んだ、幼馴染。
もう、この世には居るはずがない、あるはずだった未来の幻影。
「────本当に、ありがとう。……でも、もう、いいから」
「……マジ?」
「うん。だって────」
────
相手は「そっか」と呟くと、晴天の陽射しを浴びて光となり消えていく。
まゆは、まだ分からない。
女優のまま続けるか、アイドルに復帰するか。
それでも、心に決めたことはある。
「────負けっぱなしは癪だもの。今年、ふたりの仲間がアイドルに復帰する。かたや海外から帰ってきて、かたや大学生活が落ち着いて。それに合わせて、私だって────」
女優とかアイドルとか関係ない。
あの頃のバカなあいつらが、近くに居てほしいと思ったから。
「あーあ。短い遠回りだった」
§
スタッフロールが流れる。映画館の上映が終了する。天井照明がパッと広間を照らす。赤い座席から次々と立つ客達は帰路に就く。その中には、黛冬優子とプロデューサーの姿があった。
無言のまま通路を渡る。
沈黙の中、映画館を後にする。
最寄りの公園に立ち寄る。周囲に人影が居ないことを確認。
「────ごめん。ほんと、ごめん」
「────いや……俺こそ、ごめん」
双方謝罪。
お互いの顔を見ることができない。
我慢ならない沈黙が続く。
「うあぁあ゛あ゛あ゛ああああっ!!」
「────っ!? ふ、冬優子……?!」
突として黛冬優子は堪忍袋の緒が切れたのか、頭髪を掻きむしりながら絶叫する。唐辛子より真っ赤な赤ら顔。まるで地団駄を踏む怪獣のように、口から火を噴いて悶絶する。
「たしかに、あの映画は『R‐18G』指定だったけど……! てっきり『精神の弱い方は見ないでください系』とか『ゴア系』とか、そういうもんだと思ってたんだもの……っ!! 下調べでもそんな感じのこと書いてあったんだもん……!! なのにまさか……
「お、落ち着け、冬優子……! その、俺は……気にしてないから……!」
「はぁあああ!? ふつう気にするでしょこんなの! あーもう……! 失敗したぁあああっ!!」
「っ……! ────で、でも……俺、ちょっと寝不足だったから……! 途中、眠たくて、寝ちゃってたんだよな、はは……!」
黛冬優子の眼光が、鋭くプロデューサーを射抜く。
「嘘つくならもっとマシな嘘をつきなさい!」
「はい……」
「それにあんた、いきなり濡れ場が始まった瞬間……ふ、ふゆのほう、チラチラと見てたでしょ!」
「えっ……!」
「しかも、ど、どぎまぎしてた……!」
「そ、それは……! ──でも、それは冬優子も同じだったような……?」
「うっさい!! もうヘタに喋るな!」
「は、はい……、…………」
黛冬優子は頭を抱えて俯く。しゃがみこんで四苦八苦。
このような辱め。なぜ受けねばならぬのか。わからぬ。
こんな時の冷静な振る舞い方というものが、わからぬ。
「ぐぉおおおおおおっ……っっっ! きゅぅぅぅぅぅぅぅっ……っっっ!」
(……なんとか呑み込もうとしてるなぁ……)
「っ────口直し、するわよ」
「……え?」
「別の映画! 観る! 今度はとびっきりの喜劇で! ……あんた、夏の夜の夢って知ってる?」
「ああ……えっと……たしか、シェイクスピアの?」
「そう! あれも恋愛ものだけど、バカみたいなコントでもあるから! さっき、それモチーフの映画がやってるって看板を見かけたのよ。そっちは全年齢対象だから安全でしょ! たぶん! だから観るわよ!」
「え、でも……冬優子、このあと予定とか……?」
「なに!? ぐずぐずしてないで! こういう時こそアイドルのわがままを聞くべきなんじゃないの!?」
「お、おう……!」
「……それにコメディといっても、お子様向けでどうせつまらないだろうから、あんたは寝てていいわよ! 寝不足なんだから!」
「……それも、そうだな……」
「じゃあ早くチケット買ってきて! ……ふゆは売店行くから! …………もうっ! なんか買いたいのある!?」
「えっ!? えっと……特に……?」
「あっそう! じゃあ待ち合わせで! ……
黛冬優子は、ひとりでずんずんと映画館に向かっていく。
プロデューサーは、しばらく公園で佇んでいた。何がやり直しなのかは分からないが、今は彼女の言うことに従っていたほうが賢明である。青空を見上げて一息。
(…………現実と、理想か────)
黛冬優子は、どちらなのだろうか?
迷光。
プロデューサーは自らの務めを果たすべく、担当アイドルのことを考え続けていた。
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