【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
放課後のアルファ邸リビング。
ソファでくつろぐアルファの背後では、ヒーローポーズを決める小宮果穂が仁王立ちをかます。
「というわけで、勝負ですっ! アルファさん!」
「…………────」
横向きに寝そべって頬杖を突くアルファは、今しがた聞かされた夢占いについて考察しながらヒーロー番組を見る。ながら見なので、番組の内容はまったく入ってこない。しかし何回と見た映像なので、それでも構わない。
「所感でいいか?」
「?」
「俺なりの考察では……────果穂は、俺の恋愛観について不満を抱いている」
「────!」
「一言で言えば、それに尽きる。──いいぜ、なんでも不満を垂れ流せ。文句は言うもんだ。言わないと体内にモクモクとガスが溜まって、いつかちょっとした着火で爆発する。俺はそれをヒステリーと言います」
「……」
ならばと小宮果穂は、
「……どうすればいいのか、わからないんです」
「ほう」
「もし……今あたしが思っていることを言ったら……きっとアルファさんは“なら離れればいい”とか言います」
「そうだな」
「でも、あたしは離れたくありません」
「少し距離を────」
「するとアルファさんは、きっと“少し距離を置くだけだ”とか言います」
「ンンッ────……なら、距離を置いたら、どうなる?」
「……わかんないです……」
「ま、置いてみたら自覚することも出てくるだろ。無さそうなら戻ってくればいい」
小宮果穂はうつむいてしまう。
対するアルファは、血も涙もない追撃を仕掛けた。
「あ、ところで。俺、ふたり恋人できたから」
「────えーーーーーーっ!? ま、また恋人、増えたんですかぁ!?」
「詳細、聞きたいか? ほかの恋人にはもう説明済みだが……ま、
「……っ!」
小宮果穂はぐるぐる目で頭を抱える。よろよろと歩いて部屋の隅でうずくまり、葛藤を唸る。
「うぅぅ……」
「そうやって悩んで納得できず、別れを切り出す奴の多いこと多いこと。つーわけで俺は、すぐ恋人ができるくせに、すぐフリーになる男でもある。きっと果穂も我慢できず、悩んだり振り回されたりするのが心底イヤになって、すぐ俺から離れて行くよ」
「っ……」
それは、なんかちがう。
これは、アルファさんのイジワルだ。
自分を必要以上に悪く見せようとしている。
だから、きちんと知る必要がある。この
「……聞かせてください……」
「物好きな奴だ。──両性愛者って知ってるか? そういう女友達がふたり居てな。以前から相談を受けてた。そいつら結婚を見据えて付き合ってんだが、なんと夜の営みに男が欲しいと抜かしやがる。正直おもちゃには飽きてきたとのこと。しかし男なら誰でもいいわけではない。ふたりの女を愛せるくらいのデッカい度量を持つ男がイイとのこと。そこで俺に白羽の矢が立った。以前からの深い理解者である俺に、なんとも恥ずかしいことをぶっちゃけてきた。俺は百合の間に挟まるのは正直どうなんだと思って少し悩んだが……まぁ、まとめて抱いてあわよくば落としてもいいか、と思って受けることにした。しかし……ハァ……毎度のことながら、なぜか一般人は“恋人という契約書”にこだわりやがる。というわけで恋人になりました。報告は以上!」
「……………………」
小宮果穂は正直なところ、話の半分も分からなかった。単純に知らない言葉が多い。遠回しな言い方も難解だった。
たとえば、両性愛者。夜の営み。おもちゃ。白羽の矢。はずかしいことをぶっちゃける。ユリの間に挟まる。などである。
しかし確実な事柄は、アルファは誰かのために恋人になった、というところだ。
それはそれで、また別の疑問が生じる。
「……アルファさんは、恋人に……なりたくなかったんですか……?」
「さて、どうかな」
はぐらかした。
そういうことをするなら、小宮果穂としては踏み込まざるを得ない。
「あの……アルファさんの……恋愛観を、教えてください……」
♪~Life is beautiful~♪
「……………………」
アルファは押し黙る。
小宮果穂は気になって振り返る。
目と目が合う。
小宮果穂は
小宮果穂は、アルファが人間不信であることを知らない。
踏み込みすぎた自覚がない。
「…………友人と恋人の違いは、なんだと思う?」
「……へ?」
「
「……」
「そもそも人は、なぜ恋人を作ろうとする? そういう文化だからか? 本能という話なら、恋愛のシステムはいつから構築された。自分から言い始めてなんだが、そういう能書きはどうでもいい」
「……──」
「とりま結婚はしたくない。なぜなら旨みがない。俺にとっては、そういう法制度に従う利益がない。だから日本を飛び出す。つーかどこの国にも身を置く気はない。俺の居場所は地球上に存在しない」
「……っ!」
「恋人もぶっちゃけ不要と考えている。
「……っ?」
「体は男、心も男、性的指向は異性愛つまり女の体が好き、性表現は男装つまり男らしい服が好き。つまりある意味、男の中の男なわけだが。しかして主義として押し付けるつもりはないが、博愛精神は心掛けている。ガキの頃の俺をたらい回しにした、あのアイツ等みたいなクズにはなりたくないからな。つーわけで俺は、羽虫が嫌いなのと同じくらい……人間が
死んだ魚のような目で、彼はそう言い切った。
それはまるで、人間に絶望したけど、人間を守り続ける、いびつなヒーロー。ジャスティスアールグレーみたいで……。
前提が人間不信。一大欲求が性欲旺盛。
それがアルファを構築する側面の一つであるかもしれないと、小宮果穂はなんとなく思う。
「果穂。恋人を作れ。もちろん、俺以外で」
「──……っ?!」
「さすればおのずと見えてくるものがあるだろう。なに、俺とお前は
「…………」
「最後に。世界は複雑に見えて単純だ。しかし人間は物事を複雑にする天才だ。俺は天才側でね。つまり馬鹿なんだ。苦労が絶えない。単純な奴になりたかったよ。ま、
「────」
アルファは、膝を叩いて大笑いする。結局はお互い様と言いたげだ。
やがて笑い終わると、ため息ひとつ。疲れたように辟易としている。
そしてバツが悪そうに、小宮果穂を置いて、陽が沈む街に繰り出した。
§
後日。
小宮果穂は相談する。
今まで出会った“アルファの恋人達”や“アルファの友達”に聞いて回る。
二頭のドーベルマンを連れた妙齢の美女はこう言った。
「あの坊やの恋愛観? そうね……──性欲を満たすためには、まず恋愛関係にならないといけないのが面倒くさい……とボヤいていたのは覚えているわ。まったく、贅沢な悩みよね? なぜって彼、恋愛関係になれるのは前提で考えているのだもの。口説き上手なのよ、恐ろしいくらいにね。メンヘラ製造機とも言うわ。好感度調整はお手の物だから、背中の刺し傷は少ないようですけれど」
幼女三姉妹──絵本の少女、もこもこサンタ服の少女、軽装の少女──はこう言った。
「彼は理屈屋よ。友愛にも情愛にも囚われない。人は人、他人は他人、自分は相手、相手は自分、自分は自分、相手は相手、それ以上でもそれ以下でもない。縦も横も奥もないわ。強いて言うなら斜めに置きたがるかしら。お年頃だもの。ゆでたまごのように生暖かい目で見守ってあげて」
「えっと、私たちが──恋人になりたい。結婚したい──と言ったら……」
「なぜ恋人・伴侶になりたいのか? ──って、いつも聞き返してくるんだよ!」
金髪の白百合姫はこう言った。
「そうですか……実は私も似たようなことを言われました。その時は、割とショックだったので、よく覚えています。たしか──『社会的に、なにより自分自身のために、恋人であるという保証が欲しいのか? 独占欲を満たし、俺がほかの女に取られないようにするために? 恋人であるなら浮気しないとでも? そもそも俺は多情であることを断っている。その上で恋人になりたいとするなら、さて、それは恋人であるという“称号”が欲しいだけなのか、どうなのか。もしそうなら、別に恋人は俺じゃなくてもよくない? 仮に理由がほかにあったとしても、どうでもいい』──と、言われてしまいました……その上でお願いしたら、恋人にはなれたんですけど……でも……それってつまり……無理させちゃったって、ことですよね……?」
昆虫喫茶店の主人はこう言った。
「ハ? なんで僕に聞くわけ? ……アルファの親友だから? バカ言わないでくれよ~僕の親友があいつだって? ハッハッ! 冗談はよしてくれ吐き気がする! ……で、なに? 恋愛相談? 別にいいけど……そうだなぁ……──『お前らよくわかんない生き物がそんなに欲しいというのなら、ああ。君の心という形式に則って、または社会的な秩序に則って……俺の恋人のひとりが君であることを保証しよう。君のために、君の恋人のひとりが、この俺であることを保証しよう』──とか抜かすんじゃなーい? ……あと、抱いた女は平等に愛する。それに連なる周りの人間関係も平等に愛を以て接する。それがあいつなりの誠実さだよ」
ちょうど昆虫喫茶店に遊びに来ていた金髪の少女はこう言った。
「いい?
女王様のような立ち居振る舞いをする桃髪の美大生はこう言った。
「よくってよ。ひとつヒントをあげるわ。そもそも恋人や結婚とは、あなたひとりだけを愛する誓いを立てるということ。つまり浮気や不倫をしない保証を口約束あるいは法律上で確約するということ。しかし彼は浮気や不倫することを公言しているのだから、その時点で、世の女が求める保証とやらは頓挫して無意味化していると思わない?」
金髪で子犬のような少女はこう言った。
「でもでも、特に理由はないけど恋人になりたい……それだけの理由なら、彼に断る理由はありませんよね。そもそも断る人でもないんですけど。だって恋人になれば抱けるから。ただし彼は、そういった肩書きを作ることに“面白味”を感じない人間なのは事実です。自分が無理をすることで、相手の常識に合わせているだけなんですよね。そういう点でもある意味、彼の恋愛観は彼にしか理解できないものだとは思っています」
白髪のちょいワルな女子高生(年齢不詳)はこう言った。
「私はひとりの男にこだわらない。彼も同じよ。夫も彼も愛しているわ。もちろん、子供であるあなただって。……私たちは復讐者。今までに受けた屈辱は、生まれ変わっても忘れない。忘れることなんて、できないのよ」
そして、聞いて回った全員の言葉が一致したセリフがある。
────アルファにとって、愛と結婚と恋人の違い。
────愛は全ての人に向けるもの。
────結婚は理解不能。結婚願望は理屈的に受け入れがたい。
────恋人も理解不能。恋人願望は情緒的に受け入れがたい。
────肩書きよりも、全員の幸せを追求したい。
────ただひとつ誤解してはならないのは、
────さもなくば、ここまで律儀に考察して、恋人や結婚について深掘りすることはありえない。
────つまり
────それ以外の願望や期待は、とうの昔に壊されているのだから。
§