【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
そこはアルファが所属するアイドル事務所。社長とプロデューサーと一名のアイドルしか在籍していない、超弱小アイドル事務所。ただし、そのアイドルが全国的大人気を博していることで、今のところ経営には困っておらず、あらゆる業界でひっぱりだこの状態。今や世界にも羽ばたかん勢いのため、プロデューサーが一名だけでは多忙に多忙を極めるブラック企業と化している。
一説には、雇用しているアイドルにも外回りを任せている、といった噂もある。それは真実だ。以前アルファは283プロダクションにお邪魔して、お姉様がたに揉まれてきた経験がある。しかし、その縁あって、同じアイドルということもあり、コラボやタイアップの機会に恵まれた。それは全てテレビ局のお偉いさんが望んだ企画であるため、決して本事務所の力ではないのだが────今回、アルファの社長は、とんでもない企画書を作成してきた。
「この勢いに乗って、283プロダクションのカバー曲を出したい! もちろんアルファくんが歌って踊るんだ!」
「先輩事務所のだし汁を啜る気マンマンじゃないっすかー! こっちもなんか新曲を出しましょうよ! いえ、出してはいますけど! さすがにネタ切れが早すぎますってー!」
「ネタは切れるくらいに出してなんぼだ! なんせアルファくんは高校生になったらアイドル辞めるつもりなんだろう? ならば数年後にやるべきことを今! やっても! むしろ早すぎる方なんじゃあないかね!?」
「まぁ好きにやればいいと思いますけど……さすがに天井社長がなんて言うか……いや、でもアイドルのプロデュースはプロデューサーさんに一任しているようだし、案外あるのか? でも男性アイドルのカバーで向こうに恩恵があるユニットとなると、いくらプロデューサーさんでも……だから、そうっすねー。シーズやコメティックの曲なら、カバー許可を出してくれるかも知れないっすよ」
「さすがアルファくん! 僕もそう思っていたんだ! しかしシーズやコメティックは2人から3人のユニットだ。いくらアルファくんでも、一人だけでは荷が重いということははないが、少々寂しいものがあるだろう」
「そうっすね。で、コラボ相手を用意したんすか? さすがに女性アイドルはやめてくださいよ」
「はっはっはっもちろんだとも。コラボ相手はね────苗字つながりで、315プロダクションの天道輝さんだ!」
アルファは硬直する。目を見開いて一瞬、呼吸を忘我。それもすぐに思い出して、運命的な邂逅に嘆息する。絶妙な微笑は、窓の外の輝かしい夕焼けに向けられた。
「…………」
「──? アルファくん? どうしたんだい? もしかして知らない? それとも……」
「嫌でも苦手でもありませんよ。兄貴みたいに尊敬しています。で、社長のことだから、コラボ相手をここで言うってことは既に話は決まってるんすよね。283にOK出されたカバー曲は、どうせ《Fashionable》とか《くだらないや》とか《Heads or Tails?》とか《After Run》あたりでしょう。今すぐレッスン室で振り付けを見直してきます」
「お、おう……話が早くて助かるよ。がんばってね!」
「もちろんですとも。この四曲、どれも皮肉的な歌詞ですので、俺たちの人生にお似合いの供物です。全国的スーパーアイドルとして、完璧に魅せてやりますよ」
§
一ヶ月後。様々なアイドルのコラボフェスが開催。天道唯我と天道輝のライブは大盛況のうちに幕を閉じる。すると入れ替わりに舞台袖から、シーズやコメティックといった女性アイドルが登壇。斑鳩ルカが「曲を盗まれた」と呟く。そして「だから盗み返した」と叫んでマイクを掲げた────シーズとコメティックによる、天道唯我やDRAMATICSTARSのカバー曲ライブが始まる。それは今までに類を見ないほどの熱狂ぶりによって、コラボフェスは大成功のうちに幕を引いた。
§
ライブ終了後の舞台裏。控え室で私服に着替えた七草にちかは飲み物を買うため、自販機のある休憩所に訪れる。そこには天道唯我ことアルファが佇んでいた。
「げっ」
「……? …………」
アルファにしては珍しく、七草にちかの
「……てっきり美琴さんのポジかと思ったら、私のポジなんて最悪……。なんです? まさか当てこすりです?」
天道唯我がカバーしたシーズの曲。その振り付けや立ち位置は、すべて七草にちかの
これに対して、いつものアルファなら──「自分を卑下しすぎだ」「WINGに優勝した時点で劣るも何もないだろ」「負けた奴に失礼じゃないのか」──などと、ほかにもぐうの音が出ないほど言葉の暴力をかましていたところだが……儚むようなかんばせで腕を組み、ソファに座るアルファは、ただひたすら静かに語り始めた。
「……──俺とお前は似ている。だからポジションは間違っていない」
「──は?」
「俺と彼の関係と、七草にちかと緋田美琴の関係。この二つも奇妙なことに、全く違うが類似している。だから今回に限っては、俺の方が追いかける側だった。それだけのことだよ」
「…………それ。ライブ中に突然、天道輝さんが号泣した事と、何か関係があるんですか?」
「さてな。それほど感無量な舞台だったんだろう。まったく。俺と控え室で会った時は笑顔だったのに、舞台に立った途端ああなるとはな……いい年になったもんだ。そういやもうすぐ三十路か。ダーツ盤でも贈ってやるかな。涙腺緩んだ状態でトリプル出せるなら負けたぜ」
「……えっと……それ独り言です? 私もう戻りますね~」
天井の隅っこを見上げてひとりごつアルファを置いて、七草にちかは控室に戻る。
(……なんだろう。ふたりとも“天道”で苗字が同じだし、なにかプライベートで繋がりがあるのかな……? うーん、とにかくスキャンダルの匂いがする。ま、だからって別に、どうだっていいんですけど~)
次の瞬間、七草にちかが通り過ぎようとした〈天道輝様〉の控え室から、突として大声が叫ばれた。
「ウオオオオオオオオオ! 俺は努力と根性の熱血弁護士ヒーローォオオオオオオ! ライブ中に
扉を突き抜けて廊下に響き渡る男の大声。七草にちかは両肩を飛び上がらせて目を丸くした。
「────びっ……くりしたぁ……なんなの、もう……」
その大音声は休憩所まで届いていたのか、今度はそちらからアルファの笑い声が響いてくる。まったくもってわけがわからない七草にちかは、逃げるように緋田美琴がいる控え室へと戻っていった。