【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
正午。アルファ邸。
「ただいまー」
「……」
玄関口で靴を脱ぎ揃える。上がり框を踏み越えて洗面所へ。手洗いうがい洗顔を済ませたらリビングへ。台所で水を一杯飲み干したアルファは、ソファベッドに落ち着く。
「はぁ……疲れた。果穂、昼飯どうする? いつものか、スパゲッティか」
「…………いえ! お昼は、あたしが作りますっ!」
「えっ。……俺は?」
「ゆっくりしててください!」
小宮果穂は、にこやかに返す。
アルファは、伏し目がちに微笑んで見送る。
「そうか。任せた。ただし包丁は使うなよ。その代わり俺は一切、台所を覗かないから」
「! ……はいっ」
台所の調理音。包丁替わりに鋏でチョキチョキ。フライパンがジュージュー。
録画の放送音。お決まりの会話劇。武器や爆発がカキンカキン、ドッカーン。
「……──」
小宮果穂はカウンターから覗くと、ソファに座るアルファの後頭部が目に入る。スマホをいじっている。何をしているのだろう。
アルファは視線を感じつつ、スマホを消音モードに切り替えて、園田智代子にチェインのメッセージを送る。
『突然すみません。最近果穂の様子が
おかしいところとかありませんでした?』 12:51
割と早く既読が付く。
ピコン。と、普通なら着信音が鳴るところ、消音モードのため何も鳴らない。
『ありました。
しかし乙女条約的なノリの守秘義務が
ございますので、悪しからず……』 12:51
『そこをなんとか。例の限定チョコで
手を打ってはいただけませんか代官様』 12:51
『お主も悪よのう……今回だけですよ?』 12:53
『以前、放クラのみんなで少女漫画を読んで
いた時に、果穂の目からハイライトが
消えたことがありまして……』 12:53
『あれには肝が冷えました』 12:53
『内容は?』 12:53
『ヒーローくんとサブヒロインちゃんが
ハグした(ように見えた)場面を、
ヒロインちゃんが目撃してしまって……』 12:53
『あー。だいたい了解しました。
情報提供感謝です。
本当にありがとうございます』 12:54
スマホをしまったアルファは、おおよその見当をつける。
そして、これからの展開も、ある程度予想した。
「アルファさん! できましたーっ!」
いつも通り──に振る舞う──小宮果穂が、ふた皿の食器を持ってくる。食卓に並べられたスパゲッティ。パルメザンチーズを掛けて出来上がり。食卓に就いたふたりは手を合わせて『いただきます!』と昼食を取る。
§
小宮果穂は呆と考える。
スパゲッティの味が分からない。何も頭に入らない。
──振り回される。モヤモヤがたまる。ムカムカもたまる。
──怖かった。自分を出すと嫌われちゃうかも……って。それこそ、アルファさんが嫌うことなのに。
「…………」
小宮果穂は、ちらりと見やる。
眼前に座るアルファは、目を伏せて黙々と食べていた。
──こういう考えも読まれちゃってるのかな。
──今みたいな心も知られちゃってるのかな。
しかし目を閉じてくれている。それは、ひとりで考える時間をくれているということ。
小宮果穂は深呼吸する。
距離を置くまでもなく自覚したことを痛感する。
──きちんとしなきゃいけないのに。それから逃げていた。見て見ぬふりをしていた。
──自分で自分にうっぷんをためていた。悔しかった。振り向かせたかった。
思い当たるだけでも三重苦×2。
最近の自分を肯定できない。
──アルファさんを知るために、ストーカーみたいなことをしちゃった……アルファさんから勧められたことではあるけど、それになんの疑問も持たなかった……そういうところも、子供なのかな……。
冷静になって考えてみると……放クラ探偵団によるアルファの身辺調査は、かなりアレな行動だったのでは? 今更ながら、そのように思えてきた。
枕があったら顔をうずめたい心地。なんだか自分らしくない行動が多い気がする。こういうのを、やりすぎ、というのだろうか。好きな人のことになると周りが見えなくなって、常識というストッパーが外れてしまう気がする。
──それだけじゃない……ほかの人に負けないように、自分に振り向いてもらえるように“アピールすればいい”って、あの時は言ったけど……。
空元気。
体面を気にしていた側面もあるかもしれない。
──放クラのみなさんを納得させるために、いい感じの方向に話を持っていこうと……。
なぜそんなことをするのか?
好きな人が、あまりよく思われていない。
そのように思い込んでいるのか、事実その通りなのか。どちらもか。
不満。爆発しそう。発散するためには。
好きなことをする。ヒーロー番組。ヒーローごっこ。カレーにハンバーグにドリア。
──そして最後に、アルファさ────……いや……。
一旦距離を置くべきなのだろうか。ふたりきりになると思考の迷路に迷い込む。そのため何も考えないようにしてきた。しかし色々と限界が近づいてくる。
──愛が多い。
──夢を見た。
──徐々に夢の内容を思い出してきた。夢占いを通して、少女漫画を通して、今日だって。
「だから言ったろ。少し離れてみればいいんだ」
「っ……! あ、あたしは、離れません! アルファさんを支えたいって思ったから……ぜーーーーったいに、離れません!」
「…………そうかい。そこで負けず嫌いを発揮するか」
「絶対、です!」
「あと上から目線だ」
「……えっ?」
「
「────」
「はいはい頭がゴチャゴチャしてきましたね。俺の理屈っぷりが本格的に移っちまったのかもしれない。──あ、そういえばペットは飼い主に似るって言うよな?」
「っ────!」
小宮果穂は机を叩いて立ち上がる。
静寂。
支えることに難癖をつけたり、ペット扱いしたり……あれやこれやと煽り散らかしたアルファは、伏し目がちに口角を引いて匙を置く。片眉を吊り上げて、少女の顔を一瞥した。
「お前の次の行動を当ててやろうか? ──ヤンデレって知ってる?」
§
台所で皿洗いの水音。
対するアルファは、ソファであぐらをかき、思索に耽る。
『…………』
アルファは喧嘩するためにわざと煽った。それはなぜか。
……小宮果穂は思っていることを一回、洗いざらい感情的にぶちまけたほうが清々するだろう。
と、判断してのことだ。無論、相手には相手なりの落ち着き方やストレス発散の仕方がある。そのため無理に喧嘩を煽ることは逆効果になる可能性が高い。
その上でアルファが煽った理由は、小宮果穂の精神状態を確認するためでもある。
そしてアルファの予想は、おおかた的中していた。
予想とは、
(──……さて、どうしようっかなぁ……たぶん初めての事柄にぶつかって、気持ちの整理が全然つかなくて、一時的にパニックに陥っているんだろうけど……まさか、ここまで不器用だったとは……)
ヤンデレやメンヘラとは、定義が曖昧のため説明が難しい概念である。時流とともに意味合いが大きく変遷する概念だ。
そのためアルファは経験則から導き出した“
(まず、俺のことを好きな奴は、なぜか俺に病的なまでの執着を発生させてしまう恐れがある。そういう奴は病的な愛情表現を向けてくる。たとえば過剰に尽くしてきたり、彼我の意見一致を内心強要してきたり、嫉妬が指数関数的に爆増したり、なぜか主体性が消えて自信喪失に陥ったり、こちらの顔色を窺いまくって何かと俺の言動を深読みしまくったりと……本当に何かと“重い”“面倒な”ことが多くなる……)
そのため好感度調整は欠かさない。
そのため認知療法には気を使っている。
(次に、メンヘラだけど……これは最初からシンプルにヤバイ奴だ。恋愛云々関係なく、何かが元からヤバい奴。果穂はこれに当てはまらない。対してヤンデレは、最初は普通だったのに“何か”が起きて恋愛観をこじらせてしまって、恋の病を悪化させちまった奴だ。果穂はこれだな……つまり、病的なまでの執着を発生させている。そういう奴には……まず、現在の人格と精神状態の把握。あとは腹割って話す。大抵これで元に戻る。……よしっ。自分で撒いた種なんだから、しっかり完璧に収穫しないとな……)
それはそれとしてアルファは思い悩む。
(つーかマジで、どこでミスった? いや、そもそも相性が悪かったのか。俺がミスらなくても、いつか必ずこうなる運命だったと? なら仕方ない。おとなしく試練を受けようじゃないか。それがお互いのためだ。膝小僧をすり合わせるどころか、思いっきりぶつけ合わせよう)
ソファベッドに座るアルファは、そんなことを考えながらヒーロー番組を視聴している。敵を倒して基地に戻ったヒーローたちが変身解除。俳優や女優が出てきて会話する。そしてアルファの視線が無意識に、女優のきれいな顔や腰つきに誘導された瞬間────
「……っ!!」
「ん……?」
不意にアルファの視界が真っ暗となる。小宮果穂の手のひらの感触が、アルファの目元に覆いかぶさっている。
「……なに? 見えないんだけど」
「…………」
皿洗いを済ませた小宮果穂は、いつの間にかソファベッドの後ろに立っていた。背もたれに寄りかかる。アルファの目元を自分の右手と二の腕で覆い隠しながら、自分の左手で相手の上半身を抱きしめる。自分の左手と二の腕からアルファの心臓の音が微かに響いて伝ってくる。つまり密着状態。必然、小宮果穂の胸元が、アルファの首元に押し付けるように当たってしまう。
「……」
「……」
アルファはソファの上に手を這わせてリモコンを探す。こうなっては視聴どころではないためテレビを切ろうと思っていたのだが────それより早く小宮果穂がリモコンを拾い上げて電源を切る。どうやら考えは同じだった模様。否、テレビを切る理由は、まったく違っていただろう。
「テレビは終わりです。あたしと遊びましょう」
「……そうかい。で、何するんだ?」
この雰囲気最悪の状態で、何をするというのか。
アルファの視界が晴れる。
背もたれを乗り越えてきた小宮果穂は、ソファの上で女の子座り。
テレビの黒い画面越しにそれを見守っていたアルファの両頬に柔らかい手が触れる。両側のほっぺを優しく持ち上げられて、突然、左方向に引っ張られた。強引に小宮果穂の目と合う。目と目を合わせられる。
アルファの視線を正面から受け止める小宮果穂は、細めた目つきで「じーーーーーっ」と口に出す。睨みつける、というより、蔑みの視線、といったほうが近い。
「なにさ」
「…………────あたしだけを、見ていてください」
「今は見てる」
「今じゃなくても、です」
これは喧嘩である。
どうやら、ようやく話し合いの時間がやってきた模様。
「結局、果穂はどうしたいんだ?」
「────っ…………」
言葉に詰まった小宮果穂は、アルファの左ひざの上にまたがる。するとアルファの左腕が、小宮果穂の胸元に挟まった。
いつもなら果穂は、そんなことはしてこない。自分から胸を押し当ててくるようなことはしてこない。
「なんだね。言いたいことがあるなら言いなさい」
「アルファさんも、あたしをどうしたいんですか」
「友達で良くない?」
「……!」(そ、即答……!?)「っ……キスも、エッチなことも、しちゃったのに、ですか……?」
「そうです。それでも納得できないなら……なるか? 恋人」
「っ!?」
小宮果穂はうろたえる。
「そうすれば満足なんだろ? ちがうのか?」
「っ────それは……」(ダメ……)「……でも、まだあたし、おしとやかになって……」
(話題をすり替えたな……何が“ダメ”なんだ?)「たしかに俺好みのお淑やかには、まだまだ程遠そうだ。でもそれはあくまで俺の好みの話。勘違いしてはならないのは、お淑やかじゃないからって、果穂が未熟というわけではないってことだ」
「────え……?」
小宮果穂は目を見開く。
アルファは困ったように答えた。
「おいおい。そこで驚くあたり、やっぱ混同してたか? 参ったな……本当にお淑やかには程遠そうだ」
「っ……!」
「いいか? お前は自覚してないだけだ。俺と出会った時から、小宮果穂はしっかりものだ。初めて会った日の体育館とかでも、よく周りが見えているな、と感心してたんだぜ?」
「──……そう、だったん、ですか……?」
「ああ。お前が未熟なら、俺はもっと未熟だよ」
話が逸れた。
本題に戻る。
「で、なんで俺と恋人になりたくないんだ?」
「っ……! それは────だって……」
小宮果穂は動揺する。やはり読まれていた。アルファはエスパーだ。
「……アルファさんは、恋人とか、そういう肩書きは、嫌いだから……ムリ、させることになって……」
「嫌い? 無理? なんでそう思うんだ。たしかに肩書きは苦手ではある。だが嫌いというわけではない。感情的に理解はできるからな。そして、別に無理はしてないぞ。誰がそんなこと言ったのかは知らないが、果穂は果穂の望むようにするといい。俺もそれに応える。で、もし応え方が気に食わなかったら……相談するか、解散するか。ただそれだけの話だろ」
「…………」
小宮果穂の望むままに。
(でも、それって、結局……あたしの
自分の恋愛観が分からない。
だから、どうしたらいいのか、さっぱり分からない。
それでも、ひとつだけハッキリしていることがある。
────アルファさんと、恋人になりたい。
(あたし、恋人になりたい──しかも、あたしはまだおしとやかじゃなくて……アルファさんと並び立てるくらいスゴくなってから付き合いたくて──、……でも、アルファさんは、恋人じゃなくても、よくって……あたしの
そこまで考えて、ようやく気づく。否、本当はずっと前から気づいていた。
今まで見て見ぬふりをしていた理由。
何かがスゴく怖かった理由。
気づきたくなかった理由。
(……あたしと、アルファさんは────根本的に、合わない、のかな……)
「だからどうした?」
「っ……!?」
「たしかに理屈は結論を見つけるためのツールだが、どうしてもそれが気に食わなかったら感情に走ってもいいんだ。ただし感情で走り続けてはならない。感情を設定したら、あとは感情に従った理屈を積み立てて走り出せ」
「……え……でも、それって、つまり……
「お前も今“わがまま”を言ってる。自分の本心に従わない
「……ッ!!」
「今のを詭弁と言う。このように理屈なんて、考えようによってはいくらでも改変が利くんだ。そのため大切なことは、自分の心に嘘をつかないこと。……故に、わがままで結構。人間なんて、自分のわがままを叶えることしか能がない生き物だからな!」
「…………」
「イイ奴なら、そのわがままは多くの人を幸せにするだろう。ただし悪人ならその逆だ。さて、お前はどっちに転ぶかな?」
「っ……!」
「いずれにせよ、もう少し素直な心で考えてみろ。それができたら苦労しないって? じゃあ苦労して見つけろ。人は楽をするために苦労するもんだ。ま、その苦労が報われるとは限らないけどな!」
「……もし、報われなかったら……?」
「お前のわがままを、俺が受け入れなかったらってことか? そんなもん────言わなくても分かってるだろ?」
離別。
それが嫌だから迷っているというのに。なんだか振り出しに戻った気がする。
「うぅ……」
「ははっ!」
アルファは相変わらず、いつだって他人事で、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
それでも次の瞬間、慈しむような目つきで見つめてくる。結局どこまでも相手の心を救おうとしている。
「そういうのをマッチポンプという。俺がいじめてしまった心だ。救うのは当然だろう」
「……それは、そうですけど……」
伏し目がちの小宮果穂は、細目のまま上目遣い。睨んでいるのかと錯覚してしまうほどの細い目つきで、アルファの黒い瞳を覗き込む。
対するアルファは、赤毛の少女の病んだ瞳に内心震え上がっていた。ぞぞぞ、と背中に鳥肌が立つ。
(やっぱ慣れねぇなぁ……この手の
§
小宮果穂は、アルファの左膝にまたがって、アルファの左腕を両手で抱き込んでいた。さらに小宮果穂は、アルファの左肩に右頬を乗せて、自分の手足をギュッと締める。アルファの上半身と下半身を締め上げる。それからチラッとアルファの横顔を見上げる。彼はそっぽを向いているため起き上がり、アルファの顔を両手で挟み込んで、無理やり自分の正面に持ってくる。見つめ合う。
「それやめてくれない? 首がゴキって鳴りそうなんだよね……いやマジで」
小宮果穂は、もぞもぞと潜り込む。
布団を跳ね上げるようにアルファの左腕を持ち上げた小宮果穂は、アルファの腹部に自分の頭を通して、アルファの左腕を自分の背中に置こうとする。抱き締めてほしいらしい。
抱き締めてほしい、と口で言わず、自分で強引に実行に移すのは、いったいどういう了見なのか。さすがのアルファも分からない。表情を読まれないようにしているのか、彼女はずっと俯いているのだ。
「なにさ……」
両膝と股間の上でもぞもぞと動かれると、男としては厳しいものがある。股間からぶら下がるものが擦れて揺さぶられて普通に痛い。踏まれて曲がって激痛である。そのたびアルファは腰を上げて前のめりになったり海老反りになったりして、ピンチを回避している。
やがて小宮果穂は定位置を見つけたようで納まった。
正面から向き合う姿勢で女の子座り。だが上半身は窓側を向いている。そっぽを向いているのだ。
アルファの胸元に、小宮果穂の右肩が当たって痛い。
アルファの顔面に、小宮果穂の蓬髪が当たってチクチクする。
むすっとした表情の小宮果穂は、しかしどこか満足げに鼻息を吹いて座り込んでいる。
「……お前さ。そんな感情になるくらいなら、俺以外の奴を探したらどうだ? そんなになるまで執着するなんて……俺のどこが好きなのさ?」
「ぜんぶですっ!」
「さいですか……ちなみに男としては、プロデューサーさんと比べてどっちがいい?」
「プロデューサーさんですっ!」
「ぶははっっ!!!」
今までにない大声で真剣に即答されたアルファは手を叩いて大笑いする。
なぜそこまで爆笑するのか分からない小宮果穂は、少々戸惑ってチラリと顔色をうかがう。てっきり、自分と同じように嫉妬してくると思ったのだが……狙いが外れた。もちろん、そのために嘘をついたのではない。プロデューサーさんのほうが、男の人としてスゴいのは本心である。まったくの本音である。なんとなくムキになってきた小宮果穂は、いかにプロデューサーさんがスゴいのか熱弁する。
「……っ……プロデューサーさんは、優しいですっ! アルファさんみたいに、めんどうじゃないですっ!」
「ああ。そうだな」
「イジワルでもないし、立派です! ステキです!」
「うんうん。何度も何度も飽きるほど聞いてるから知ってる」
丸い口を開ける小宮果穂の片眉が歪む。
たしかにアルファさんには、プロデューサーさんや放クラのみんな、283のみんなのスゴいところを、よく話している。だからといって、今のセリフは違うのだ。いま言いたいことは、みんなのスゴいところを紹介したいのではなく……アルファさんを、ちょっとだけぎゃふんと言わせたいのだ。
「────もし、恋人を作るなら……プロデューサーさんみたいな、スゴい人がいいですっ!」
「そうだな。俺も女ならそう思うよ」
「っ……」
「ところでさ。プロデューサーさんって、もし果穂と付き合ったら……果穂のセフレである俺と3Pしてくれるかな?」
「…………さんぴー?」
「エッチな言葉だよ。もし知りたかったら、ひとりで調べような」
またエッチなことを教えてきた。
アルファのちょいワル成分が発揮されている。
「むぅ~~~~~~!」
「さぁて、そうやって溜め込んでいるものを、どうやって吐き出せばいいんだろうなぁ……」
「帰ったらご飯たくさん食べますっ!」
「過食かぁ……食べ盛りの子供時代なら、まぁギリ大丈夫だろうけど……もうちょっと別の発散法が欲しいよなぁ……」
「じゃあアルファさんと勝負したいですっ!」
「……なんの?」
「負けっぱなしは、しゃくですからっ!!」
どうやら小宮果穂は、今まで振り回されたこと、そのすべてを負けと認識している模様。
その節があることは昔から分かっていたアルファだが、呆れ半分に同意する。
「そうだな。泣き寝入りするような奴じゃないもんな、果穂は」
「…………」
「で、特に勝負事は決めてない、と……」
何をしても負ける。故に、どうにかして勝てる方法を探している。
「俺の弱点、知りたいか?」
「!!」
「俺も知らない」
「────」
小宮果穂の──勢いに気をつけた──軽い頭突きが、アルファのあごにヒットする。
「うぼぶっ!? なにすんじゃーこらー!」
「…………」
小宮果穂はそっぽを向いて、知らぬ存ぜぬを突き通す。
「……────っ────」
しかし途中から罪悪感がまさったのか────アルファの上半身に、
(……なんだそりゃ……)
アルファの呆れ笑い。
「っ!」
それに過剰反応した小宮果穂は、すぐにさするのをやめる。
その代わり、アルファの背中に手を回して抱きしめた。なおも上半身は窓側を向いている。決して向かい合うつもりはない。
「……ほんと面倒だな、恋の病ってのは」
「っ……」
「頭がおかしくなって、普段と違うことをしてしまう。俺にも覚えがある。たっくさんな」
「…………」
「だから、どうとも思わんよ。好きにやれ。すべて受け止めてやる」
小宮果穂の視線が落ちる。
ならばと起き上がり、今度は背中をあずけて、全体重を傾けた。自分の後頭部を相手の鎖骨の上に寝かせて、ガタイのあるたくましい肉体に頬を付ける。そのほっぺが、ほんの少しだけ膨らんだ。
「……あたし、アルファさんのこと、……────キライです」
「そうかい。そいつは参ったぜ」
アルファは、少し心配になったのか────黒いテレビ画面越しに小宮果穂の表情を確認する。そして安堵のため息。
それに気づいた小宮果穂は「はっ!」と心を読まれたことに気づいて、犬のような唸り声を上げた。
「ぐぅぅるるぅぅ……」
「なんだいなんだいどうしたい?!」
アルファは、突然の攻撃意思の前兆を感じ取って警戒する。
次の瞬間、小宮果穂は大口を開けて、目と鼻の先にあったアルファの右腕──上腕──に、そっと噛み付いた。
「────」
「────…………っ!? ぷわっ……あっ……えっと、あの……その、い、今……あたし……ぁ……っ……」
本当に何をしているのか。目を見張る小宮果穂は視線を上げられない。怒られると思って縮み込んでしまう。しゅんとする。
(……そこまで溜め込んでたってことか……? まぁ俺もよく、ヤってる時に噛んじゃうし……)
アルファは、すくみ上がる小宮果穂を落ち着かせるため、言葉を選ぶ。
「ま、ちゃんと手加減はしてたから問題ない。そんなに痛くはなかったよ」
「……ご、ごめん、なさい……」
「むしろこっちこそだ。そこまでストレスが溜まっていたとは……なんならもっと噛んでいいぞ? 実はぶっちゃけ興奮してます」
「…………あむっ」
小宮果穂は割と迷うことなく、アルファの右肩を甘噛みした。否、噛むというよりは咥える感じであり、食むといったほうが適切でもある。
(────あ、やべっ。抱きたくなってきた……心頭滅却火もまた涼し煩悩殴殺煩悩滅却釈迦に説法で愛染明王即席菩提あばばばば……)
小宮果穂は、もう一度噛みたい。そのため、先ほど噛んでしまった上腕を謝罪も込めてペロッと舐めたあと、上腕裏の脇下辺りを噛む。
(うわ意外とそこ
アルファは表に出さない。
小宮果穂は、とても柔らかいため噛み心地が良く、何度か噛んで食んで舐めるを繰り返す。
「…………」
小宮果穂の目がとろんと落ちてくる。目が据わっている。起き上がってアルファと正面から向かい合った小宮果穂は、アルファの左首筋を噛んだ。
『…………』
噛んだあとは、謝罪を込めてひと舐め。
そのまま頭がストン、と落ちて────アルファの左肩の上で、小宮果穂はあごをゴロゴロと転がす。
「痛い痛い」
「…………」
小宮果穂は、彼の左肩に顔を伏せて両目を覆う。
ちらりと横を見やると、アルファの左首と側頭部を仰げる。
不意の体当たり。
「なにさー!? ちょ、まっ……! なにー!?」
「……! ……っ! ……んっ! ……ふんっ!」
全身を窓側へ投げ出すように、小宮果穂は左に一瞬突撃する。それを四回は繰り返した。何かを訴える気持ちが強い。
対するアルファは、いきなり体が右側に押し出されるため、背もたれに右手を置いて押し倒されないように姿勢をキープする。もしここで押し倒されてしまえば、完全に発情して襲ってしまう。
不意の静止状態……怪獣・小宮果穂は動きを止めた。
アルファは、おそるおそる様子を見守る。そこでアルファは、時計を見上げた。
「……あっ」
「……っ?」
「果穂。甘えまくってもらっているところ悪いが、時間だ。たしか今日の三時からレッスンでは?」
「…………────」
一瞬、アルファの体から離れて立ち上がろうとしたが……吸い付くようにアルファの膝の上に座り直してしまう。行くのをやめて戻ってきたのだ。
(……かわいいかよ)
アルファは背もたれに肘をついて、手の甲で頬杖をつく。
「……っ……」
やがて小宮果穂は、ちらっちらっとアルファの横顔を見やると────不意のキス。ほっぺに口づけすると、逃げるように膝から降りて、ソファから離れて、玄関に走っていった。
(……さて、こっからだな……進むも退くも修羅場だ。どうなるかは、時の運ってか……)
ガチャリ。と、扉の鍵が施錠される。
アルファは右首を掻きながら、もしもの時に備えて────園田智代子に『要らぬ報告とは存じますが。初めて果穂とケンカをしました。まぁ近日中に自力で解決するとは思いますが、もしものために知らせておきます。もしもというのはたとえば、なんか機嫌が悪かったら100%俺のせいってことで』という一文を送信した。
§