【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
昼過ぎのオフィス街・大通り。
小宮果穂は事務所に向かう。
(────…………初めて、アルファさんとケンカ、しちゃったかも…………)
小宮果穂は、しゅんとする。
(頭突き、しちゃったし……気付いたら、噛んじゃってたし……体当たりも、しちゃったし……暴力を振るうってことは、たぶん、口ではかなわないから、ってことで……うぅっ……アルファさんに、悪いことしちゃった……嫌われ、ちゃったかな……)
果たすべき任務を果たせなかった。
ヒーローとして、それ以前に人として、良くないことをしてしまった。
「しゅん……」
関係の落としどころ。感情の整理。
何もかもが袋小路。
恋愛のことになると、何もかもにつまずいてばかり。
「……あっ──!」
文字通り小石に蹴躓いてコケる。通り雨によって浸された水溜りのくぼみに両手両膝を突く。パシャン、という水しぶきが散った。
人気のない大通り。自動車だけが車道を行き交う。
「……? え────だ、大丈夫ですか?」
びしょ濡れの小宮果穂は立ち上がると、右横の店内からお姉さんが駆けつけてきた。
「あ……平気、です」
「でも、服がびしょびしょ……ちょっと待ってて! ──あ、店の中に入って! 寒いでしょ? こっちこっち!」
お姉さんの手招きに応じて入店。服屋さんだと分かる。裏口に回ったお姉さんは、バタバタと物音を立てて、速やかに戻ってきた。手元には新品の白いタオル。びしょ濡れの少女に差し出す。
「これ使って!」
「……! でも……」
「いいから! 遠慮しない!」
「……ありがとう、ございます……」
大きなタオル。バスタオルだろうか。小宮果穂は濡れた手を拭いたあと、腕を拭いのぼって髪を拭く。
対するお姉さんは二枚目のタオルを使って、腹部や膝周りを拭き始めた。そこでお姉さんは、膝を擦りむいている箇所を発見。
「あ、ちょっとまってて!」
また裏口に回っていったお姉さんは、モノをひっくり返しているのかバタバタと音を立てて、医療キットを持ってきた。水に濡れた包帯で傷口の汚れを落としたあと消毒。ばんそうこうを貼って、適切な治療を済ます。
「少ししみた? でもこれでばっちり!」
「……! …………」
小宮果穂は店内を見渡す。色々としてもらった。何かお返しをしたい。
そこで目に付いた服がある。マネキンが着る黒いパーカー。なぜかは知らないが、やけにそれに目を惹かれた。
「……あの、ありがとうございます。何か、お礼がしたいです……」
「え~! いいよーそんなの。気にしないで!」
「でも……」
「……あ、じゃあ、この店のお姉さんは優しかった……とか、お友達に触れ回ってくれると、宣伝として助かるかな? なーんてね!」
お姉さんは愉快に笑う。
自然と小宮果穂も笑みが洩れる。
「……あのっ」
「!」
「この、パーカー……カッコいい、ですね」
「あぁこれ? お客さん御目が高い……こちらはシックコレクションでナンバーワンに選ばれた、シックシリーズのパーカーでね!」
「──シック? それって……オトナって感じの……?」
「うーん? それはもしや“お淑やか”を意味する
「──……同じシックでも、スペルが違うと、そんなに意味が変わるんだ……」
「そうなの! ちなみに前者はフランス語で、後者は英語だね。CとSの違いで覚えるといいかも?」
小宮果穂は、
(なんか……ルカさんが着ると似合いそうな洋服だな……)
ちなみに、黒いパーカーを着るマネキンの下半身には、同じシックシリーズのダメージジーンズが履かれている。そちらのほうには意識が向かないようで、小宮果穂の目はパーカーに釘付けだった。
「……気になる? 試着してみたら?」
「え……あ……じゃあ……」
「サイズはどのくらい? これくらいかな?」
シックパーカーが陳列されたハンガーラックから一枚取り出した店員は、小宮果穂を試着室に案内する。
それから数十秒後。
着替えた小宮果穂が、試着室のカーテンを開ける。
「うわぁ~! 似合ってますよ! なんか雰囲気がガラリと変わってイイ感じ~!」
「…………」
小宮果穂は、むふむふ……と、微笑の声が洩れる。
(……これ、欲しいな……でも、お金、持ってない……──あ、でも……)
ポケットには十円玉が九枚。
しかし小宮果穂は、ちょいワルな閃きを得る。
「……あのっ。これ、買いたいん、ですけど……」
「えっ? でも、ちょっと高いよ……? 一着で『23.990円』だし……」
「……ア────アルファさん……って、ご存知、ですか……?」
「へ? あぁ、はい! お得意様、ですけど……?」
やはり。アルファのマンションから最も近い服屋なので、もしかしたら、とは思っていた。店の奥にはスーツコーナーがあるため、よくそういったものを買いに来るのかもしれない。
「……アルファさんに、
「あ、はい! できますよ~! 本当はダメなんですけどね~! もう色々とお世話になっていますので特別に~! ──あ、ところでこれセット商品なんですけど、ダメージジーンズや靴などは……?」
「あ、要りません……! パーカーだけで、いいです……」
「承知しました~! では確認を取りますね! お名前をうかがっても?」
「あ、はい……小宮果穂、と言います……」
すかさず店員のお姉さんはスマホを取り出してチェインを送信したあと、電話を掛ける。おそらくアルファに掛けているのだろう。
つまり彼女もまた、アルファの……?
(ど、どういう、関係なんだろう……? 聞きたい、けど……怖くて、聞けない……)
少し離れたところまで歩いたお姉さんは、通話が繋がったのか口を開く。
「──もしもし? 今送った通りの注文内容、ツケにしますけど……って、何をそんなに爆笑してんです? え? はい、そうですよ。送信した通り、お相手は小宮果穂さんという方で……はい、赤毛の子で……あ、OKです? じゃあ支払い期限は……はい、いつも通りの一週間ですね。──伝言? …………わかりました。そのようにお伝えしておきますね~。毎度ありがとうございます~!」
スマホをしまったお姉さんは、ニコニコ顔で戻ってくる。
「確認取れました~! お買い上げありがとうございます~!」
(ほ、ほんとにできちゃった……!)「あ、ありがとう、ございます……」
「それで、アルファさんから伝言なんですけど──『今回限りだぞ。どうせ我慢できなくなるだろうから、返済は三日以内にしとけ。無理だったら貸しイチだ』──とのことで……?」
「……っ! ──わ、わかり、ました……!」
アルファは、小宮果穂の内心を見抜いている。まるでこれからの小宮果穂の行動をすべて言い当てられたみたいで、少し恥ずかしい。
ともあれ店員のお姉さんに感謝する。
「あのっ。タオル……と、パーカー……本当に、ありがとうございました……!」
「え~! どういたしまして~! あ、風邪を引かないように気をつけてね! お腹とか、しっかり温めたほうがいいよ!」
「────はいっ!」
会釈した小宮果穂は服屋を後にした。
§
帰宅。小宮宅。
「ただいまー」
靴は立てかけて乾かす。洗面所に向かい、濡れた上着や下着、ズボンや靴下を洗濯機に放り込む。手洗いうがい。裸にパーカー一枚で階段を駆け上がり、自室で部屋着に着替えてからリビングに向かう。
さて、母親にどう説明しよう。
「おかえり、果穂……──あら?」
「っ……」
「果穂……そのパーカー、どうしたの?」
「……えっ、と……」
帰りながら考えた説明を、そのまま報告する。
「……アルファさんに、借金して、買っちゃった……」
「!?」
しかも衝動的に。
加えて、イタズラごころが……というよりかは、アルファさんを困らせる……つもりが、ちょっぴりあった。
改めて考え直してみても、なんであんなことをしたのか明確に分からない。スゴくパーカーが欲しかった気持ちだけが先行して、それを叶えられる方法がアルファさんしかいなかった。それは事実である。
アルファさんは貧乏なのに。ツケで、高い服を買ってしまった。でもアルファさんは、カブ? エフエックス? とやらで小金持ちみたいだし────いや、それはなんの理由にもならない。
小宮果穂の小悪魔の部分が顔を出した。それだけのことである。
「あの、お母さん! ──あたしのお小遣い、前借り、できないかな……?」
「……果穂。ちょっと話を……」
「っ……れ、レッスン、遅れちゃうから、もう行くね! 前借り、考えといてね!
「あ、果穂……! ──えっ、二万!?」
§
三時手前の事務所リビング。
チョコの袋を開ける園田智代子は、有栖川夏葉に注意を受ける。
「智代子、少し食べ過ぎよ……こうなったら、このあとのレッスンできっちり消化しないといけないわね!」
「うぅっ……こうしてレッスンがハードになると分かっていても、食べるのが止められないこの手が憎い……」
頬杖をつく西城樹里が呆れ笑い。
杜野凛世はにこやかに微笑む。
一方のプロデューサーはデスクワークをしており、ふと廊下側からバタバタと足音が聞こえる。
「────はぁ、はぁ……ごめん、なさい! 少し、遅れちゃいました……!」
「あら、果穂。時間通りよ。ところで、そのパーカー、かっこいいわね!」
「え? どれどれ……わぁ! 果穂、その黒いパーカーどうしたの!? なんか大人っぽくていいね!」
「おー。すごく似合ってるよ、果穂!」
「はい……とても、大人びた印象を……受けます……」
「……っ! ……そ、そうですか……? えへへ……ありがとうございますーっ!」
ふいに小宮果穂は、ちらりとプロデューサーを見やる。
対するプロデューサーは、パソコン画面に夢中で気づかない。
「……あ、あのっ! プロデューサーさん! これ、似合ってますか?」
「────え?」
プロデューサーは面を上げる。
そこには真っ黒なパーカーを着込む小宮果穂が立っていた。
「……! おぉ……うん。似合ってるよ。いつもと違う感じで……すごく、かっこいい」
「えへへ……ありがとうございますっ!」
有栖川夏葉はレッスン室の鍵を取ると、プロデューサーに手を振ってリビングを後にする。それに続く西城樹里、杜野凛世、園田智代子も手を振ったり会釈したりして、最後に小宮果穂も「いってきまーす!」と事務所を出ていった。
§
夕暮れの住宅街。
ハードなレッスンを終えた小宮果穂は家路に就く。火照った体が外の風に当たると心地よい。
帰宅。手洗いうがい。リビングに向かう。
「果穂」
「……!」
小宮母の手招き。
娘はそわそわとしながら、怒られるかもしれないと怯えつつ、食卓に着く。
「……これ、前借りの二万円」
「……え!」
「アルファさんから事情を聞いたわ。『果穂が欲しがっていたから買ってあげたんですけど、ちょっと高すぎて罪悪感を持っていそうだったので、お金を返そうとしてくるかもしれない。でも気にしないでください』って……」
物は言いようである。
アルファは、小宮果穂がお小遣いを前借りする行動を先読みして、小宮母に連絡を入れていたようす。
「……いいの?」
「? それはお母さんのセリフよ。せっかくアルファさんが奮発して買ってくれたんだもの。お言葉に甘えたら? だって二万円よ? 今の果穂の予算は、月々百数十円なのに……二万も前借りしちゃったら、中学生に上がるまで何も買えなくなっちゃうじゃない」
どうやら小宮母は、娘がアルファに対していきなりツケで買ったことを知らないようす。
そのことを察した小宮果穂は、内心罪悪感が膨れ上がりつつ、その認識を利用する。
「……そ、そのぶん、家事とか、いっぱい、お手伝い、するから……! テストとか、宿題とかも、がんばるし……」
「……果穂がそうしたいのならいいけど……」
しかし母親の直感は鋭い。
「ねぇ、果穂。……なにかお母さんに秘密にしてること、ない?」
「────っ!」
小宮果穂はもじもじとする。
その時点で隠し事があるのは火を見るより明らかだが、小宮母は無理に追求しない。
「……いつか、話したくなったら、話していいからね」
「……!」
「でも、これだけは約束してくれる? 危ないことはしてないわよね?」
小宮果穂は、こくこくとうなずく。
「……そう。なら行ってきなさい」
「────……お、お母さん……ありがとう!」
小宮果穂は席を蹴り立つと、食卓に差し出された封筒を手に取って駆け出した。
「また転ばないように気をつけてねー!」
「はーい!」
膝にばんそうこうを貼って帰ってきた。
それを見逃すはずもない小宮母は「まったくおてんばなんだから……」と微笑のため息をついた。
§
誰もいないアルファ邸リビング。
息を切らす小宮果穂は、食卓に封筒を置く。
「あっ……」
そういえば中身を検めていなかった。封筒を開けて確認する。小宮果穂がお願いした通り、きちんと二万三千九百円が入っていた。つまり、あと九十円、足りない。すかさず小宮果穂はポケットから九十円を取り出す。これでピッタリだ。封筒に入れる。
そして棚からペンとメモを取り出して、封筒のとなりに書き置きを残した。
────『ごめんなさい。
ツケ、返します』────
§
翌日。
週明けの小学校。
「おはよー!」
「! おはよう、果穂ちゃ……──え?」
まおちゃんは目をぱちくりとさせる。
友人が、なんともイカした服を着てきた。
「えへへ……どう?」
「──かっこいい! でも、急にどうしたの? その黒いパーカー……」
「……っ! えっと……カッコいいなって思ったから……買っちゃったっ」
いつも動物の絵柄が入った服を着てくる天真爛漫の高身長少女が、いきなり黒塗りのパーカーを着てきた。どこにも動物柄のワッペンらしきものが見当たらない。無地というわけではないが、ところどころ“あえて汚した”ような加工が施されている。また、熊の爪で引っかいたようなデザインも入っており、よくよく見ればフードにケモノ耳が付いている。これを一言で言い表せば、かなりのオシャレさんだ。
「へー! 小宮さん、そういうの着るんだー!?」
「カッコいいね! どこのお店で買ったの?」
クラスメイトの女子達から注目が集まる。
まさか服ひとつで、ここまで女子が集まってくるとは思わなかった小宮果穂は驚く。しかしこれはチャンスだ。みんなとファッションについて語り合える。即席の女子会が出来上がった。
「えっと、タコさんドームのある公園の、近くにある服屋さん! 店員のお姉さんが、スッゴく優しいんだ! お店の名前は……えっと、ごめん……見てなかった……!」
「あはは! わかるー! 別にいいよー!」
「黒って……やっぱりインパクトあるよね!」
「果穂ちゃんが黒だとイメージ変わるな~!」
和気あいあいと盛り上がるクラスの隅っこ。
一方の男子達は、唐突な小宮果穂のイメチェンに目を奪われる。
突然の変化。それを受け入れる周囲の環境。
それを目にして勇気を得たのか、意を決する男の子がいた。
§
放課後の校舎。
小宮果穂とまおちゃんは帰路に就く。
「まおちゃん! 今日はいっしょに帰ろー!」
「うん! いいよー!」
談笑しながら廊下を渡る。
昇降口に到着。上履きを脱いで外靴を取り出そうとした小宮果穂は、外靴の中に紙切れを見つける。
「……ん? なんだろ、これ?」
「……っ!」
小宮果穂は読んでみる。
まおちゃんは直感する。
──『放課後、体育館の裏に来てください。
どうしても小宮に伝えたいことがあります』──
まおちゃんは文章を覗き見るまでもなく、紙切れに込められた意味に気づく。
それは小宮果穂も同様だった。
「果穂ちゃん……これって……」
「うん……これは……まさか……“果たし状”……!?」
「果穂ちゃん!? たぶんちがうよ! これはきっと……」
まおちゃんは、小宮果穂の耳元にこしょこしょばなしで伝える。
──たぶん告白の手紙だよ──
「……!!」
告白とは、つまりそういうことか。
「あ、果穂ちゃんだ! ばいばいー!」
「また明日ねー!」
不意に背後から、女友達に声をかけられる。
とっさに紙切れを胸に押し当てて隠した小宮果穂は、目を左右に泳がせつつ平静を装った。
「う、うん! またねー!」
人の目を確認。
小宮果穂とまおちゃんの視線が合う。
「……まおちゃん。ごめん。先に帰ってて……!」
「……うん。……その、がんばってね……!」
何を頑張るというのか。お互いなんと言えばいいのか分からないため、そのような言葉が出てきたが、言わんとするところはお互いに了解している。
先に帰るまおちゃん。
一方の小宮果穂は、ドキドキしながら体育館の裏手に向かった。
§