【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夕暮れの校舎裏。生垣に囲まれた体育館の裏手。
そこには、小宮果穂のクラスメイトの男子が待っていた。
「あ……」
「……っ! ……よ、よぉ、小宮……」
小宮果穂は、丸い目で相手を見据える。
対する男の子は、恥ずかしさがまさって直視できない。うつむいてしまう。
「……これ。あたしに、伝えたいことって……?」
小宮果穂は紙切れを見せて問いかける。
対する男の子は、両手で服の裾やズボンを握りこむと、深呼吸。咳払い。頬をかく。心を突き動かす。
「その────おれ、小宮のことが────」
「……」
「────、……っ……」
歯ぎしりした男の子は、次の瞬間、ぺかーっと明るい笑顔で後頭部をかく。
「……ははっ! やっぱり、いつも通りがいいな……」
「……?」
「えっと……おれ、今、小宮に告白しようと思ったんだけど……小宮は、アイドルだし……やっぱ、迷惑だよな……ごめん……!」
「……え?」
────てか、小宮さん。アイドルだもんね……
思い出す。あの時の言葉。
その意味。ようやく分かった気がする。
────でも……アイドルって、恋人を作ったり、結婚できるんですか?
初めて自分が恋をして、気になって、ネットで調べてみたら……色々と書いてあって、もっと気になったこと。
点と点が線で繋がる。
「……そう、かな」
「……え」
「あたしは……迷惑じゃないよ」
「……!」
────好きなものは、好きでいいのに……
────伝えるってことは、今の関係を変えるってことだから。
だから、変わることに不安がることはない。
迷惑ではない。そのように伝えたけど。
答えは決めている。
その上で、自分がこんなことを言ってしまって良いのか。言ってしまってから悩む。
「……じゃあ、言うけどさ」
「……うん」
「……──おれと、付き合うってのは、どうだ……?」
付き合う。
しっかりと、その告白を受け取る。
────果穂。恋人を作れ。もちろん、俺以外で。
────さすればおのずと見えてくるものがあるだろう。
邪念を振り払う。
恋人は、好きな人ってこと。この場合は、全然ちがう。
自分のためだけに恋人を作るのは、自分勝手なことだ。
深呼吸。折り目正しく頭を下げる。
しっかりと、告白のお返事を返す。
「────ごめんなさい!」
「……!! ……っ……」
「あの! これからも、友達じゃ、ダメかな……?」
「…………いいの?」
「うん」
「……なんか、ちょっと気まずいけど……ま、小宮はそういう奴だもんな……じゃあ、これからも友達で」
「……うん!」
もじもじ。もじもじ。
相対する少年少女は、そわそわとする。
「……悪い。引き止めて。じゃあな!」
「──……あ、まって!」
「……?」
「その……少し、おはなしが、あるんだけど……」
§
体育館の壁に寄りかかる少年少女は、人ふたり分の間隔を開けて話し合う。
「で……話って何?」
「あたしの、どこが好きになったの……?」
「え……っ……そ、それ聞くか……? っと────え、笑顔……かわいい、な……って……」
「……そっか……えへへ、ありがと!」
「っ……!」
男の子は、向けられた可愛い笑顔に四苦八苦する。
そして小声でつぶやいた。
「……なんだよこれ……拷問かよ……」
「?」
「あー。話って、それだけ?」
「……じゃあ、さ……“恋人”って、なんだろう……」
「……え?」
「なんで、あたしと付き合おうって、思ったの?」
「……! それは……」
「……当てていい? ひとり占め、したかったから?」
「……っ! ……たぶん……」
「そっか」
「……なんだよ。小宮は、ちがうの?」
「ううん。たぶん、おんなじ」
意見の一致。
たったそれだけのことで喜んでしまう心を押さえつけるため、男の子は理性的に振る舞う。
「つーか、みんなそうだろ」
「ううん。そうじゃない人も、いるみたい」
「……そうなの?」
「……わかんない」
伏し目がちの小宮果穂は、両手を背中に回して土を蹴る。
その寂しげな横顔を見た男の子は、きっと彼女が何かに悩んでいることを察する。
「…………」
「……恋人にならないと、わからないのかな……」
ぼつりと洩れた言葉。
そこから小宮果穂は、あることを閃く。
「あっ」
「?」
「……っ」
「 ……なに?」
「……! ううん、なんでもない!」
「……隠すなよ。小宮、そういうの下手なのみんな知ってるし」
「! …………」
小宮果穂は落ち込む。ポーカーフェイスはむずかしい。
それはそれとして、そう言ってくれるのなら、言ってみよう思った。
「ちょっと……いけないこと、思いついちゃった……」
「そうなの?」
「うん。迷惑かもしれないから、イヤならイヤって、ちゃんと言ってほしいんだけど……」
小宮果穂は知りたい。恋人とは何かを。
「────恋人ごっこ、しない?」
泣きそうな微笑みの先に、病んだ黒を隠して。
§
「────ヒーローごっこじゃなくて?」
「うん。
「なんだそれ。小宮らしくないな」
「……──そうかな?」
男の子は何も言わない。
小宮果穂は、問いかける。
「じゃあ、始めるね」
「えっ」
「君は、あたしと恋人になったら……なにしたい?」
「……ッ!? ──……そういえば、何も考えてなかった……」
「そうなの?」
「うん。……おれは、きっと……小宮の“特別”に、なりたかった、だけだと思う、から……」
「特別……」
「さっき小宮は“恋人ってなに”って聞いたけど……恋人ってさ。そういうことじゃないの?」
「……“俺”は、そう思わないかな……」
「……は?」
突として小宮果穂が“俺”という一人称を使ってきた。
男の子は困惑する。
「えへへっ。あたしが男の子設定で、そっちは女の子設定ね!」
「──……えぇっ!?」
「こほん。──俺は、友達とか、恋人とか、夫婦とか、そういう“関係”には、こだわらない」
「……──」
「──と言いつつ、こだわりたくないという思いには囚われている……ということには、さておいて」
「さておいて」
さておいて。
その言葉の意味や使い方を知らない少年少女。
しかし小宮果穂は、それでも“彼”の言葉遣いや言い回しを再現していく。
「──俺には、たくさんの恋人がいる」
「え……」
「──愛人だって、たくさんいる。それでも君は、俺の恋人になりたいか? 俺は、みんなが“特別な子”だと思ってる。でも、みんな“普通の子”……いや“平等の子”でもあるんだ。この考え方は認められないか? 受け入れられないか? そもそも理解できないか?」
「────」
「──俺の恋人達は、そういう俺の考えを受け入れてくれている。もちろん心の中では、なんで私だけを見てくれないんだーっていう気持ちでいっぱいになって、とても悲しいだろう。寂しいだろう。悔しいだろう。それでも俺は、この愛し方をやめるつもりはない」
「──……」
「──納得できないなら、俺とは距離を置いた方がいい。恋愛観や価値観が合わないのだから。君が疲れてしまうだけだ。……それで、返答は?」
とんでもない男を演じた小宮果穂は、男の子に目配せしてパスを出す。
「……! …………それでも、おれは────じゃない。……あたしは、こみ……。君の、ことが────っ……」
男の子は、規格外の恋愛観を前にして、ふしぎと自信が失われていく。
好きなものは好きでいいのに。どうしてか気持ちが冷めていく。
「……やっぱ、迷っちゃうよね」
男の子は、こくりとうなずく。
「……嫌いに、なった?」
「──っ! いや……というより……。…………わっかんねえ……」
「ふふっ。あたしも!」
小宮果穂は笑顔で答える。
「じゃ~あ~……恋愛ごっこ、おわり!」
「……なんだったんだよ、結局」
「ごめんね? ちょっと、やりたくなっちゃって……こういうの、あたしのことを好き! って言ってくれた人としか、相談できないと思って……」
「相談……」(やっぱ、何かに悩んでたのか)
────あのさ。もしかして……それが小宮の好きな人?
などと問いかけようとした男の子だが、まさかそんな規格外の人がいるはずもないので、やめておく。きっと小宮果穂のことだから、ヒーロー番組に出てくる変な奴の持論を真に受けて、恋愛について悩んでいたんだろう。と、勝手に決めつけて考えておく。
でなければ、脳が破壊されそうだ。
「……あのさ。小宮」
「なーに?」
「……小宮だったら、今の……どう答えてた?」
「うーん……考え中!」
「……そっか……」
それはそれとして男の子は、好きになった人の悩みくらいは解決してあげたいと思い、問いかける。
「なんか、すごいな」
「?」
「そういう人。マジでいるの?」
「……──ないしょ!」
「えー。それいる奴じゃん……どういう人なの?」
「……えっと……」
「あっ。ごめん! やっぱなんでもない!」
危うく自分で自分の脳を破壊してしまうところだった。
男の子は慎重に言葉を選ぶ。
「……ジャスティスⅤのヒーローでたとえたら……どんなやつ?」
「! えっとねぇ……ブラックで、ブルーな人!」
「……男の中の男で、クールな分析家?」
「うん! あ、パープルでもあった!」
「……男なのに可愛い名前で、先輩?」
「えへへ」
花が咲いたような微笑み。
男の子は、それがブラックでブルーでパープルな人に向けられたものであると悟る。
「────」
喜んでくれるとうれしいのに。
笑ってくれるとチクチクする。
ないまぜとなる心は、否定を示す。
「そいつってさ……恋人とか、たくさんいるんだろ……?」
「?」
「それって、そういうの自慢したいだけなんじゃねーの?」
「──そんな人じゃないよ」
高い声色が、突として低くなる。
「……ッ! っ──」
横を見れない。いま小宮果穂は、どんな顔をしている?
男の子は歯噛みして、片眉が歪む。
「……じゃあ、どんな人なんだよ……」
「ダークヒーローみたいなひと。まだまだ分からないことばかりだけど……みんなに優しくて、なんにでも気づいてくれて、大切に見守ってくれて……相手にとっての幸せがあるところに導こうとしてて……」
「……」
「あ。それと、もしあたしが誰かと付き合ったら……」
「え」
「心の底から喜んでくれて、祝福してくれて……あたしの恋人と友達になりたがるかも」
「……──」
「でも、その人は
「……じゃあ、無理じゃん。(おれとか)、絶対しっとするもん」
「ううん。しっとは、いけないことじゃないから……たしかにその人は、ネガティブな感情はきらいだけど……そういう感情を否定しない。否定したら、人間ぜんぶを否定することになっちゃうから。それって、その人自身のことも否定することになるでしょ?」
「…………────」
「だから、しっとを向けられたら笑い飛ばして、ずんずんと仲良くなりに行く。それでも相手がいやがったら、しゅんとして距離を置く。きっと、そういうひと。ひとりが好きだけど、さびしがり屋でもあると思うから……」
「……へー。なんか、すごいな、そいつ……全然、想像できないや」
「うん。あたしも、全然想像できなかった」
出会った時と比べて、多くのことを知ってきたように思う。
それでも次々と知らないことが出てきて。
まだまだ知らないことばかりで。
知れば知るほど驚くことばかり。
こういうのをなんて言うのか、子供達はまだ知らない。
「ほんとうに、
「────」
茜色の夕空。
少女は笑いかける。
茜色の横顔。
視線を落とす少年。
「……あの。おはなし、聞いてくれてありがとう!」
「え……あ、いや……」
「ここで話したの、あたしと君のひみつね!」
「……! おう……秘密だ。約束する」
「えへへ、ありがと! 約束!」
どこかスッキリしたように微笑む小宮果穂は「ばいばい!」と手を振って走り去ろうとする。
「あ────小宮!」
「え?」
「────……そいつのこと、好きなのか?」
少年は問いかける。
返答なんか聞くまでもない。これは潔く諦めるための質問。
「……きらい!」
「──は? えぇっ!?」
だったのに。
「またあした、クラスでね!」
「ちょ────……」
小宮果穂は、わからない。
全然、想像できない。
そういうところが、きっと。
「
§