【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
日没のアルファ邸リビング。くしゃくしゃの白いシーツが敷かれたソファベッドの上には、なめらかな白いシーツを体に掛けて寝そべる、ふたりの少年少女がいた。
青年は仰向けで大の字に寝ており、伸ばした右腕を枕にする少女は、大きく逞しい体に寄り添って胸を押し付ける。細い両足で堅い脚を挟み、組み付き、タコのように絡みつく。少女の吐息は、青年の耳から下にあたたまり、青年の右腕は折り曲がると、少女の長い頭髪をわしゃわしゃと撫でむしる。
もぞもぞと体を求める少女の気配に、青年は内心興奮。しかし眠気のほうが強い。なんとかこらえる。
不動の青年をどうにしかして振り向かせたい少女は、頭を撫でられたことでむふむふと微笑み、悦楽歓喜しつつ、表情では不機嫌を装って話しかける。
「……アルファさんって、貧乏じゃなかったんですか?」
「そうだぞ? どうした急に」
「その……この前、二万円もするパーカー、買っちゃって……」
「あれには驚いた」
「……ごめんなさい……っ!」
「構わんよ。誰しも魔が差すことくらいあるもんさ」
しかし小宮果穂は気になることがある。
「……この前、アルファさんは、カブ? で、お金持ちになったって聞いたことがあります」
「あー。それはなー」
「借金で困っていた愛人さんに分けてあげたり、余ったのを孤児院に寄付したり、したんですよね?」
「そうだな。──稼いだ資本は福祉に流す。……俺のモットーだ」
「……またカブは、やらないんですか?」
カブというものをやれば、お金持ちになれる。なら、なぜそれをやらないのか。
「いいか、果穂。FX。つまり株っていうのはな。極論簡単に言えば、たった一秒、モニターから目を離したら、百万とか百億とか借金する、超危険な働き方と思え」
「……えっ!? ひ……百億……ですかぁ……っ!?」
「誇張表現ではないのが恐ろしいところ」
「そ……そんな危ないことをするのは、ワルです! ちょいワルですーっ!」
「おっとそれは早計だぞ? たとえば生活のため日銭を稼ぐべく、工事現場で危険な作業をする人は? その人たちは危ないことをしているから、ワルなのか?」
「……!! い、いえ……! その工事は、きっとみんなのために『覚悟』して働いているから……スゴいです! ヒーローです!」
「そうだな。作業員さんは、危険に備える知識を持った上で働いている。一方、株はみんなのためではなく自分のためではあるが、いずれにせよ生活のために金を稼ぐ目的はいっしょだ。それ自体は何も悪いことじゃない。──ここで俺が言いたいのは、もっと別のこと。株の危険に備える知識がある上で挑まないと、痛い目を見るってことだ」
「ほぉ~……もしかして……カブって、ギャンブル……なんですか?」
「お。いい発想だ。たしかにその側面もあるかな。投資の話は……まだむずかしいか。俺も眠いから簡単に教える気が湧かないや。ともあれ株は、パソコンを開けば誰でもできる……果穂でも子供でも、簡単そうにできるように見えてしまう……そこがポイントなわけだ」
眠たげのアルファは、徐々に舌足らずになっていき、論点も微妙にズレていきながら、さりとてマシンガンのようにトークを続ける。いつもの理屈多弁、詭弁饒舌、吟遊詩人のように韻を踏んで、歌うように語り散らかす。
「きれいなバラにはトゲがある。カンタンな操作には危険がある。だからって、バラはすきこのんでトゲを刺したいわけじゃあない。株だって、すきこのんで借金してほしいわけじゃあない。結局は使う奴の問題だ。その点、俺は小さい頃から投資学を勉強して、まず百円から始めた。三百円を稼ぐ時もあれば、時に二百円を損することもあった。でもそのくらいなら、リカバリーは利くだろう?」
小宮果穂は興味深そうに、こくこくとうなずく。
「つーわけで、俺は修羅場を掻い潜った末に、株で大金をボロ儲けすることができた。しかしあの時は完全ギャンブルだった。赤の他人の金だったからやれたこと。今やって失敗したら取り返しがつかない。だから元手が必要なんだ。負けて借金しても払える元手がないと、株はとてもとても……怖くてできない。たとえ百パー勝てると分かっていても、万が一に備えることは悪いことじゃないだろう?」
「……つまりアルファさんは、カブの危険に備えている……?」
「そういうこと。元手があるならじゃんじゃん稼いで、ぽこじゃか福祉に役立てているよ」
「福シ」
「社会にとっての幸福。医療・看護・養護……などなど。さっきも言ったが、孤児院の件は最初に株で大勝ちした時に匿名で届けた。なんせ金がないって理由で高校に進学できないのは見過ごせないだろ……せっかくの青春を経験できないのは損失だ。それは株の損よりひどい損だ。ま、そんなわけで」
あくびをしたアルファは意識が遠のく。
「おれはかせいだかねを、すべてすてたので……万年貧乏、ということです……」
「……!!」
捨てた。のではなく、それで困っている人々を助けた。
やはりアルファはヒーローだ。思いも寄らぬ方法で、だれかのピンチを救ってしまう。
「…………」
それでもアルファはちょいワルである。
なぜなら、ヒーローにあるまじきウソをついている。
「……あるふぁさーん……?」
「────────」
伏し目がちな少女は小声でひそひそと、健やかな寝息を立てる青年の耳元に吐息を吹きかける。
「あるふぁさんは~……うそつきです……」
「────────……」
「友達のあたしや、ほかの恋人や愛人……みんなを
小宮果穂は、どこか勝ち誇るような頬笑みを浮かべる。
「じゃあ、なんであたしだけ────
矛盾。
口では平等と言いつつ、かつてアルファは委員長を家に上げなかった。自宅を聖域と称していた。また、ほかの恋人にも聞いて回ったが、アルファは今まで
「どーゆーことですかぁ……?」
ウソはダメだ。なのにそのウソが、どうしてか心地よく感じてしまうのは────これも、恋の病、なのか。
自分だけ特別扱い。平等にするなら、特別扱いはしちゃダメなのに。
特別扱いしてくれることに嬉しさを感じているのも、また事実。
「あーるーふぁーさーん……? うそはぁ……だめですよぉ……?」
にやにやと微笑む赤毛の少女は、青年の胸板に両肘を置いて、頬杖をつく。
青年の寝顔を見下ろして、独り占めする。
「……────……────ふつうに……」
胸に、少女の肘がの重さが突き刺さる痛みで起きたアルファは、今までの話を、半ば眠りながら聴いていたのか。
半分寝言のように答える。
「家……いれることも……ある……」
「────え?」
小宮果穂の脳にヒビが入る。今のセリフはどういう意味か。瞬時に閃く。そういえばアルファには専属ヘルパーさんがいたはずだ。きっとそのお世話係の人のことを言っているのだろう。びっくりした。危うく脳が破壊されるところだった。
「……へいじつは、おまえ……ゆうがた、だけだし……あさとか、よるとか……────あ、夜も果穂、来るようになるなら、美智さんと……会う、かも……────」
「────みち、さん」
知らない女の名前が出てきた。
両目をかっぴらく小宮果穂の脳内が心停止に追い込まれる。
「え……みち、さん……?」
再び問いかける。ちょっと受け止めきれない。
「
聞くに耐えなくなった少女は、青年の口を両手で抑えた。それ以上、女を名を出すな。ひとり男友達の名前が出てきたけど、それはいい。とにかくこれ以上、自分の前で、女の名を、出すな。
そういう気迫を感じる。そして口呼吸を封じられた青年は鼻呼吸をするしかないため、鼻息が荒くなる。
「ふがっ……────」
青年の視界はまぶたの裏。意識も闇へと落ちていく。そのため気づかない。
青年の胸元で馬乗りになる赤毛の少女は、色のない瞳で睨むように、青年の口を封じていた。傍から見たら、嫉妬に狂った女が男を窒息死させようとしている……そんな光景に見えなくない。そう誤解されてもおかしくない光景。
「…………ア……アルファ、さんは……やっぱり────」
しゅんとする少女は、
「────そういうところが、だいきらい、です……」
好意を切り離しきれない嫌悪を向けて、どこか諦めるように────青年の右腕を
§
二時間後。夜も更けてきたアルファ邸リビング。
あくびするアルファは覚醒。かたわらには小宮果穂が背中を向けて眠っている。
「…………────」
ただ背中を向けて眠っているだけなら、特になんとも思わない。しかしアルファは目ざとく気づく。小宮果穂は、明らかに狸寝入りをしている。わざと背中を見せて寝たふりをしている。理由を考察。
(……そういえば、夢の中で果穂に窒息死させられそうになったけど……あれ夢じゃなかったのか。やべっ。なに話したっけ……まっいいか……)
アルファは独り言をつぶやく。
「考え方が変わらない人間なんて存在しない。むしろ変えなきゃ柔軟にやっていけない。さもなくば守れるものも守れない」
「…………」
「ヒーローで例えよう。一貫してる奴はカッコいい。だが優しい奴は早死するというように、ヒーローが死んだら誰がみんなを守るのか。という話でもある。ヒーローに死は許されない。死とは物語を劇的に面白くするための演出として必要だから許される。しかし現実では、ヒーローが死ねば世界は悲しみに暮れる。さらにヒーローが死ねば物事を救えない。何かを悲しませる上に何も救えない奴はヒーロー失格だ。……俺は、こういう考え方を持っている」
「……」
「こんな考え方も、いつかは変わる。たしかに、みだりに変わりまくる奴は見ていて一貫性がなくてカッコ悪いが、それは程度の問題。変わること自体は悪ではない。そこに注意。そして、どんなに考え方が変わっても、変わらないものはきちんとある」
「……?」
「お前を愛するってことさ。俺なりの。
「……………………」
「まるで怪人のような言い分だって? 当たってるかもな。果穂によれば俺は、ダークヒーローのようだし……?」
抽象的で漠然とした内容の独りごと。アルファは何が言いたいのか。きっと特に言いたいことはないのだろう。ただ今の話の中から、勝手に自分なりのヒントを見つけろ、とは言っているように思う。彼はそういう人間だ。いつも適当な事を口にして、誰かを良い方向性に誘導しようとする。まるで優しいペテン師のよう。
かくて小宮果穂は思い出す。
プロデューサーとの相談から学んだ“自分次第”という言葉が脳裏によぎる。
「……────あたしは、あたしだけを見てほしいって、何度も言いますけど、でも……アルファさんに、ムリに変わってほしいとは思いません……。でも、あたしも……っ……ガマンの限界が、あります……」
「そうだな。で? 限界を迎えた結果が、今回の言動か?」
小宮果穂はシーツを掴んでうずくまりながら、小さくこくんとうなずいた。
自覚はある。アルファのことになると、頭がふわふわしてモヤモヤして苦しくなってしまう。
「愛は与え合うものだが、恋は傷つけあうものなのかもな」
「────え……?」
「俺は愛を与えているつもりだが、果穂はまだ恋をしているのかも。だから俺は与えており、だから果穂は傷ついている。────あるいは、その逆か。俺が恋をしているせいで傷つけてしまい、果穂は愛を与えているのに傷ついてばかり。……さて、どっちだと思う?」
「……────、────────」
「宿題だな。俺たちの」
にこやかにアルファは笑うと、小宮果穂からシーツをふんだくる。
「ひゃあ!?」
「風呂に入れー。そんで帰れー。家まで送るから。さっさと動けー。もう夜の八時だぞ……帰り遅いから、ぜったい家族心配してるぞ……なんならヤったと思われてるかもな~? まぁ事実なんだけどさ!」
「っ……」
終始不機嫌そうな目つきをする小宮果穂は、さっさと体を洗って服を着替えて帰り支度を整える。
玄関口で靴を履き、アルファとともに帰路に就く。
暗闇の大通り。
電灯を頼りに歩きながら、うつむく小宮果穂は問いかける。
「……このあと、アルファさんの家に……だれがきますか……?」
「んー? 知らね。みんな勝手に来るからなー。カギ渡してるから当然っちゃ当然なんだけど。その点、果穂は良心的だな。いつも俺のチェインに『今日遊びに行きますね!』と必ず連絡を入れてくれる。だってのにあいつら、連絡をひとっつも寄越さず上がり込んでくるから、家に帰ると『おぉ、いたのか……』ってびっくりするんだよな~。まぁ俺はほとんど家を留守にしてるから、きっと俺が知らない間にも上がり込んでんだろ。──でもさ、なんかそれ、
「……! ぁ──……そう、ですね……っ!」
一瞬面食らった小宮果穂は、目が泳ぎながら驚愕してうつむく。
どうして、
それはどちらでもあるのだろうが、小宮果穂は必要以上に自分を責める。
「……ん? 果穂?」
悔しみと自責によって打ちひしがれる少女の歯噛み。
その表情を目にしたアルファは、どうしたのかと考察する。そして自らの発言を振り返り、彼女の性格を考慮して、なるほどと得心した。
「ま……嫉妬に狂うと、周りが見えなくなるもんだ。自分本位になっちまうのは、余裕のなさの表れよ」
「……それも、恋の病のせい、ですか……?」
「かもな。だからって何かが間違っているわけではない。果穂の感情は正当なものだ。大事なのは、それをどう扱うか、だな」
感情の矛先。処理の仕方。
それに関して小宮果穂は、アルファに暴力を働いてしまった。高い服もツケで買ってしまった。出来心で色々と甘えてしまった。暴走していた。
「……あたし……」
恋をしていたのかも。傷つけていたのかも。だから傷ついていたのかも。
相手がノーダメージに見えたのも、悔しさに拍車がかかった。負けず嫌いが、良くない方向に発動したのかも。
「ははっ! 悩め悩め。俺としては、そんなぐっちゃぐっちゃの気持ちになるくらいなら……
「……っ!」
それはそれとして。
小宮果穂は、いよいよ堪忍袋の緒が切れた。
アルファの前に立って振り返り、その服の裾を掴んで訴えかける。
「でもっ! あたしだって、すぐ成長して……! このくらいのこと、平気になれるかもしれません!」
「!」
「今はまだ、未熟だけど……! 修行しますっ! 修行してるんですっ!! だから……! っ……だから……そうやって、あたしのためを思って……
最後に少女は、思いの丈を叫ぶ。
「あたしを────
歩道を照らすフラッシュライト。まばゆい光が行き交う車道。
少女の懇願絶叫は、ビルに反響する自動車の走行音でかき消されていく。
夜の闇の中に吸い込まれていくように、信頼の要求は、男の
「……そうかい。それは
「……あたしも、いろいろ、ごめんなさい……」
じゅくじゅくと。じめじめと。
ふつふつと。もやもやと。
めらめら、いらいら。
痛くて苦しくて悲しくて恋しくて、どうにかなっちゃいそうになる。
『…………』
無言のまま小宮家に到着。
アルファは手を振る。小宮果穂も手を振り返す。
「またな」
「はいっ」
おそらく小宮果穂は、これからも恋の病に苦しめられていくのだろう。
それでも負けない。いつか恋の病を打ち倒して────きっと愛するのだ。
好きな人を。
ヒーローとして。
家族にも負けないくらいの、大きな大きな、とってもおっきな大好きで。
§