※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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日常③編!
sR【忘れ物】小宮果穂


 

 休日。快晴の青天。

 今日も今日とて元気活発の小宮果穂は……早朝、マメ丸とのお散歩を楽しみ。朝方、家族との朝食を楽しみ。午前中、公園で友達と遊び。昼前、アルファ邸でアルファとふたりきりの昼食を楽しみ。正午、お仕事の現場に向かうため出動準備を整える。

 

 午後十二時半。

 アルファ邸リビングのソファベッド。その手前に立つ小宮果穂は、黄色いポーチの中身を検める。

 

「よしっ。忘れ物、なし……! それでは、アルファさん……! いってきますっ!!」

 

 ヤンデレ期は一旦静まったのか、いつになく元気ハツラツとした小宮果穂。おそらくアイドルとしてのお仕事が入ったことで、そちらに集中する心の整理を済ませたのだろう。いわゆる切(・)り(・)替(・)え(・)というもの。

 それができる人物に好感触を抱くアルファは、彼女のテンションに合わせた爽やかな笑顔で送り出す。

 

「応! いってらっしゃい!」

「えへへ……!」

 

 小宮果穂は小さく手を振って駆け出す。廊下を小走り。上がり框の手前で座り込み、頭を左右に揺らしながら靴を履く。玄関扉を開けて振り返り、ドアと玄関の隙間から覗き込んで、食卓の前に座るアルファを見つめる。

 

「いってきまーすっ!」

 

 最後にもう一度、はなまる笑顔で叫んだ小宮果穂は、ばたんと扉を閉めてがちゃりと施錠。たたたっ。と小走りの足音が外廊下に反響する。エレベーターの稼動音。

 休日は静かだ。マンション全体の設備の音が、よく反響してくる。深夜ともなれば、この二倍はよく聴こえてくる。特に子供達の元気な声が顕著だ。微笑ましい限りである。

 

          §

 

 三十分後。

 デスクワークを終わらせたアルファは、うんと背伸び。うなり声を上げる。

 

「うあ~……終わったぁー……ダリー語とバシュトー語で分けて翻訳作業するとか気が滅入るわボケェ……でもおかげで少数民族の言語も少し嗜めたから、向こうに行ったらお話できる相手が増えるな……と────ん?」

 

 やっと食卓から離れられたアルファは、ソファベッドの上に置かれた黒(・)に(・)近(・)い(・)青(・)の(・)ポーチを見つける。それは小宮果穂が持っていった黄色いポーチと比べれば、一回り小さいものだった。

 

「……おいおいマジかよ……」

 

 まさか忘れ物だろうか。黄色いポーチの中身だけ検めて、黒青のポーチは存在自体忘却していたのか。

 中身を検める。仕事に使う台本やら私物やら。少なくとも何を考えてか、わざと置いていったようなものではないようす。

 スマホを取り出す。この黒青ポーチは忘れ物かどうか本人に連絡するのだ。

 

(────…………)

 

 しかしアルファは、いたずらごころが閃いてしまい、チェインを開きかけたスマホを懐にしまう。小宮果穂に連絡はしない。もし骨折り損の草臥(くたびれ)儲けになっても構わない。なんだか面白くなってきたので、アルファは計画を練り始める。

 時計を確認。まだ三十分しか経っていない。考察時間を五分に限定。出立準備の時間も五分掛かると予想。

 記憶を掘り起こす。たしか今日は海近くの撮影だと楽しそうに話していた。おそらくロケ地は、アルファ邸から車で一時間ほどの距離にある、例の砂浜(ビーチ)だろう。

 さて、プロデューサーの車で送迎するなら、考えられるパターンは二種類。一、小宮果穂は一旦徒歩で事務所に向かい、そこから車に乗ったか。二、小宮果穂はマンションの地下駐車場でプロデューサーと待ち合わせており、そこから出発したか。後者なら数分の時短。さらに両者とも高速道路を使えば──おそらく十数分、早くて三十分は──時短可能。

 さて、最寄りにレンタルサイクリングショップがある。家を飛び出せば十分で借りられる。自動車と同じ速度を出して最短距離を突っ走れば────当然、到着に一時間は掛かる。

 彼らはビーチ付近に到着後、プロデューサーのことだから三十分前後の休憩時間を小宮果穂(アイドル)に与えるはず。最寄りで祭りでもやっていれば、屋台に立ち寄る程度はするだろう。

 つまりアルファが一時間かけて到着した頃には、既に現場では仕事が始まっているかどうか、という状況である可能性が高い。そこで忘れ物に気づいて右往左往、という予想が立てられる。

 

「……ま、やってみる価値はある。なにより自転車で全力疾走すんのは気持ち良さそうだし……仕事疲れのストレス発散も兼ねて、あわよくばふたりを驚かせられたらいいな、という程度で────いっちょやってみっかぁ!」

 

 プロデューサーのことだ。アイドルが忘れ物をしても大丈夫なように、ある程度の用意はしているはずで、代案も閃けるはず。つまりアルファの頑張り(いたずら)は水の泡となる可能性が高い。だが、それならそれで問題ない。

 それに、もしもプロデューサーがここで何もできないような人物なら、アルファは既に忘れ物の連絡をしているところだ。

 

 このようにアルファは、相手の実力を換算した上でイジワルを始める、ちょいワル系男子だった。

 

 時計の針が五分進む。行動開始。スマホと財布。必要なものは常時装備済み。足早に玄関口で靴を履き、マンションを出て、最寄りのサイクリングショップで最安のマウンテンバイクを借り受け、ヘルメットの紐を結び、いざ出動。

 

「さーて(このいたずら)、吉と出るか凶と出るか!」

 

 車道に乗り込んで全力疾走開始。青年は自動車と併走どころか追い越して、ところどころ赤信号気に邪魔されながら、大風を切り裂いて街中を疾駆する。

 歩道の通行人や、走行するバイク乗りといった人々は刮目する。バイクが横切ったと思ったら、よくよく見れば自転車なのだ。イカしたデザインの上にゴツイ車輪。それを華奢な見た目の青年が、ゴリラ並みの馬鹿力でペダルをこいでいる。

 

 瑞々(みずみず)しい汗を滝のように流すアルファは、既にオフィスビル街を抜け、大通りの国道沿いを走り、高速道路の真下を潜りながら、山道の超くねくね急カーブ道を失速せず峠を攻め、てっぺんの坂道からわずかに空中へと飛び出した瞬間、山麓から浜辺まで広がる広大な街と、水平線まで広がる海原を遠望する。

 

「フッフゥウウウウウ────!!」

 

          §

 

 一方その頃。

 海水浴場の最寄りにある神社では、お祭りが開かれていた。多数の露店が軒を連ねており、そこにプロデューサーと小宮果穂が微笑んで歩いている。

 

「あ、わたがしだぁ……!」

「お、うまそうだな。食べるか?」

「はい!」

 

 小宮果穂は黄色いポーチを開ける。一枚のお財布は見つかったものの、それは自分用のお財布である。

 

「……あれ?」

 

 ポーチの中をまさぐる。

 仕事先で──水を飲みたい時、小腹が空いた時、迷子になって公衆電話を掛ける時、自分用のお財布をなくした時、などなど──様々な状況を懸念して、母親が用意してくれた予(・)備(・)の(・)お(・)財(・)布(・)が、どこにも見当たらない。

 

「あれ……あれぇ……?」

「どうしたんだ? 果穂」

「っ……! あ、あの……ないんですっ! 予備のお財布と、あと……────あぁっ!」

 

 小宮果穂は重大なことを思い出す。アルファ邸を出た時から、何かが足りない、とは無意識に思っていたのだ。

 

「二個目のポーチ! それに台本! どうしよう……!」

「え、果穂? もしかして、それの忘れ物を、しちゃったのか……?」

「っ……! ……プロデューサーさん……ごめんなさい……」

「……そうか。忘れ物は、しちゃったのはしょうがない。次からは気をつけような」

「はい……」

「で、二個目のポーチは……落としたとかじゃ、ないんだよな……? 俺の車に置いてきたりとかは……?」

「えっと……たぶん、アルファさんのおうちにあると思います……公園でみんなと遊んでいた時は、ちゃんと持っていたので……」

「そうか。うーん。どうしようか……」

「と、とりあえず! アルファさんに電話を掛けてみますっ!」

「そうだな。まずはそれがいい」

 

 小宮果穂はスマホを取り出す。アルファに電話を掛ける。着信音が鳴り続ける。三回目のコールでつながった。

 

「あ、もしもし!? アルファさん!?」

『おう』

「あの、あたし……アルファさんの家に、忘れ物をしちゃったかもしれなくて……!」

『ほう』

「その、黒っぽい青のポーチなんですけど……どこにあるか分かりますか?」

『そうだなー。たしかソファベッドの隅っこに、なんか置いてあったような気がしたけど……』

「────!! それです! そこに置きっ放しにしちゃったんでしたっ!」

『でも今は、お前のすぐ後ろにあるぞ?』

「────へ?」

『さぁ、振り返ってごらんなさい!」

 

 息を呑む小宮果穂は、耳元からスマホを離して────疾風とともに振り返る。

 目の前には、健康的な汗を流すアルファが、耳元からスマホを離しつつ、いたずらが大成功した時のような満面の笑みで立っていた。さらに、ふしぎな(コロンビアの)ポーズを取っている。やや自慢げだ。

 

(────っ…………!!)

 

 少女の瞳がキラキラと輝く。胸が踊る。だがそれは胸キュンというより、ヒーローの登場シーンを見てそのかっこよさにワクワクするような胸の高鳴り。

 その心境を見て取ったアルファは(これで惚れ(落ち)ない女は居ないんだけどなー)と内心苦笑しつつ、黒青のポーチを掲げて、小宮果穂の手元に置く。

 

「あ────ありがとうございますっ! アルファさん!!」

「おう。じゃ、俺はこれで。プロデューサーさんとお仕事がんばれよ~」

「はいっ!」

 

 さくっと忘れ物を届けたアルファは、プロデューサーに会釈して、あっさりと帰路に就く。

 

「……颯爽と果穂を助けてくれて、しかもそれがなんてことのないように、颯爽と帰っていったな……」

「はい! アルファさんは、ヒーローなんですっ!」

 

 プロデューサーは考察する。

 彼はどうやってここまできたのか。汗だくの顔と距離を考えるに、自転車で来たとしか考えられない。だがそれでも長距離だ。忘れ物に気づいたのにすぐ連絡を寄越さず、こうしてサプライズを敢行するあたり……小宮果穂の話に聞く通り、アルファという青年は田中摩美々に負けず劣らずのいたずら小僧なようす。この一件だけで相当な労力をかけただろうことは間違いない。それでも恩に着せるようなことはせず、どこか別のことに──たとえば健康的な汗を流せて楽しいことに──満足したようすで、ひとり帰路に就く。このことから分かるように、おそらくアルファは常人とは、見ているものが違うのだろう。

 

「アルファくん!」

「……はいー?」

 

 思わず呼びかけたプロデューサーは、小宮果穂が“ライバルですっ!”と称してやまないヒーローに対して、感謝を含めた提案をする。

 

「俺からも、ありがとう!」

「……!」

「それで、撮影時間はそれほど拘束されないからさ……もしよかったら、帰りは俺の車で送っていくよ! 果穂といっしょにどうかな?」

「あー。折りたたみ自転車とか、載せられます?」

「それで来たのかい? たぶん大丈夫だとは思うけど……」

「じゃあこのへんブラブラしてますんで! 終わったらチェインください!」

 

 アルファは手を振って、どこへなりと立ち去る。

 一方の小宮果穂は、今度はプロデューサーにキラキラと光る瞳を向けていた。

 

「プロデューサーさん、ありがとうございますっ!」

「え? いや……俺も、アルファくんに“ありがとう”って言いたかっただけだよ」

 

 感謝づくしの昼下がり。

 小宮果穂は黒青のポーチからお金を払い、プロデューサーと綿菓子を半分こ。本当はアルファとも祭りを楽しみたかったが、おそらく小宮果穂に気を使ったのだろう。プロデューサーが間に居るとはいえ、小宮果穂と天道唯我(男女のアイドル)がふたりきりで祭りを楽しんでいる場面は、明らかにデートのそれである。ファンのことも考える。そういうところにも気遣いを回せる人である。

 

 ……無論、単に別の女を口説きに行った可能性も無くはない。むしろそれしかないとさえ言えてしまう。

 しかし今は切り替えどころ。やがて仕事時間が迫ってくる。

 

 ビーチに急行しつつ、小宮果穂は思い改めた。

 今度は自分がヒーローアイドルとして、ファンのみんなにカッコいいところを見せる番である!

 

          §

 

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