【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夕方の高速道路。
帰路に就くプロデューサーの車の中では、後部座席に座る小宮果穂とアルファがヒーロー談義をしていた。
高速道路を降りて一般道路に出る。そして海の上の鉄橋を渡ると────
「……? っ────降ろしてください」
「──え?」
プロデューサーは呆けた声を出す。
いきなりの発声で聞き取りにくかった。
アルファは目の色を変えて、何かに焦りだす。
「降ろしてください。おいどけ」
「え……えっ? アルファさん?」
────アルファは突然、シートベルトを外し、扉のドアロックを解除する。だが扉を開けることはしない。しかしいつでも開けそうな迫力・雰囲気を感じる。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ……! すぐ路肩に止めるから……!」
おっかなびっくりしたプロデューサーは、速やかに停車。すかさずアルファは降りて扉をバタンと閉める。トランクからレンタル自転車を取り出して展開、乗車はせず、手押しで歩道に乗り上げる。
対するプロデューサーは窓を開けて心配そうに呼びかけた。なにやらのっぴきならない雰囲気を、アルファから感じ取ったのだ。小宮果穂も窓を開けて、アルファの背中を見つめる。
「ど、どうしたんだ……? 危ないじゃないか。……もしかして、何か不快なことでも……?」
「え? いえいえ誤解です。危ない真似をしたのは本当に申し訳ございません。ただ急に走りたくなりまして。ほら、こういうまっすぐな道を見ると、ね! わかりません?」
アルファは、あっけらかんとでも言うように、しかしどこか怖さを感じる微笑みで相対する。
その、よくわからない笑顔に気圧されたプロデューサーは、どうしてよいかわからず曖昧な返事を返した。
「────……そ、そう、かな……?」
「じゃ、自分はここで帰りますので。途中まで送迎いただき、ありがとうございました」
自転車を手押しするアルファは、折り目正しく会釈して走り去る。
一方のプロデューサーは窓を閉めて、腕を組み考え込む。
「うーん……ここからでも、かなり距離があるけど、大丈夫かな……? 果穂、何か知ってるか……?」
「え……! えっと……あたしも、わかりません……」
「そうか……なにかしちゃったのかな……? 急にどうしちゃったんだろう……」
「…………」
「まぁ、本当に走りたくなったのかもしれないし……とりあえず、車、出すぞ?」
「あ、はい!」
プロデューサーは車を出す。歩道を歩くアルファを追い越して橋を通過。ビル街に入る。
(…………でも────)
うつむいて考え込む小宮果穂は、はたと気づいた。
「あの! あたしも降ろしてください!」
「えっ!? 果穂も……? 理由とか、聞いていいか……?」
「えっと……アルファさんが、心配で……!」
「……そうか」
しかしプロデューサーは、小宮果穂を直で自宅まで送り届ける予定だと、小宮母に連絡済み。予定が変わったことを連絡しても良いのだが、いずれにせよプロデューサーはアイドルを自宅まで送り届ける任務がある。そのため同行は必須となる。
「──……じゃあ、路肩に停めるけど……さっきのアルファくんみたいに、走行中にドアロックを解除しないでくれよ?」
「は、はい! それについては、あたしからきちんと注意しますっ! ごめんなさい!!」
「はは。果穂が謝ることでもないと思うんだけど……。ただ、ここで降りて徒歩で帰るのは割としんどいぞ? 俺も、果穂を家まで送り届ける約束を、果穂のお母さんとしちゃったし……」
「そ、そうでした……! じゃあ、プロデューサーさんもいっしょに……は、ムリですよね……」
小宮果穂はしゅんとする。
おそらくアルファは、
そしてプロデューサーは、アイドルを家に送り届けたあとは、また別の仕事がある。その仕事を、小宮果穂のわがままで遅らせるわけにはいかない。
ならば、今は諦めるしかないのだろうか。本当はアルファのもとに、今すぐ駆けつけたい。しかし、プロデューサーさんの仕事を邪魔するのもイヤだ。
「しゅん……」
「……果穂」
「?」
「果穂は、アルファくんとお話したいんだよな? だから降りたいって言った。そうだよな?」
「はい……でも……」
(もしかして、俺のことを気にしてくれているのかな……)「よし。それなら回り道して戻って、橋の出口あたりで待ってみよう。アルファくんが通りかかるかもしれない」
「え! でも……!」
「俺もアルファくんのことが心配だからな。果穂と気持ちは同じだよ。それに俺のことは気にしなくていい。とにかく、いっしょにアルファくんを捜してみよう。それは
「……! はいっ! それも、あたしのやりたいことですっ! プロデューサーさん、ありがとうございます!!」
「はは。よしきた。じゃあ俺は前しか見えないから、果穂は横や後ろを頼めるか?」
「はい! あたしが、アルファさんを見つけてみせますっ!」
プロデューサーの車は来た道を戻る。小宮果穂はキョロキョロと辺りを見渡して、アルファの姿を捜す。
やがて車は、橋が終わる交差点の路肩に停車。小宮果穂は外に飛び出して、橋の向こうを見渡した。するとアルファの姿を発見。鉄柵に腰掛けて、今にも降り出しそうな曇天を見上げている。
「アルファさん!」
「────……? おいおい、どうしたよ」
アルファは、駆け寄ってくる小宮果穂と、その後方で停車するプロデューサーの車を発見する。
対する小宮果穂は、胸を押さえながら────アルファの黒い瞳を見つめて問いかけた。
「あ、あの……っ! も、もしかして……アルファさん……って……」
小宮果穂は、何を問いかけたいのか。
少女の痛ましい表情から察したアルファは、要点をぼかすような話し方で気軽に答える。
「
「……っ!!」
「もっと別の場所。ただロケーションは似てる」
アルファが、今のアルファになる転機となった悲劇の場所。
車。鉄橋。下に海。────交通の要衝。
アルファは、そのどれもを見ようとはしない。ただ天国を見上げている。
「海は、嫌いじゃない。でも、海を連想させるものは、なんとなく……まだ苦手だ」
「……!」
「そのせいで水着とか、あんま興奮できないんだよなぁ……たとえば、海水浴場とかプールとかでも、親子連れを見ると、急に萎えちまうんだ。色々と……イヤになるくらい……
「…………」
「ハァ……悪い。落ち着いた。また乗せてもらっても構わないかな? もう自転車に乗る気がしないや」
「……はいっ。そのために、あたしとプロデューサーさんは、戻ってきましたから」
「じゃ、デリケートな話題だ。あんま他人に知られたくない。俺が急に暴走したのは、適当な理由をつけてプロデューサーさんに話してくれ。俺は車の中で寝る」
「えっ……」
アルファは自転車を手押ししてプロデューサーの車に戻る。トランクに詰め込んだあとは、検めてプロデューサーに謝罪して、後部座席で腕を組み天井を見上げて、ぐーすかと狸寝入り。
対する小宮果穂は、そのとなりに座って、車を発進させたプロデューサーに訳を話す。
「……あのっ。プロデューサーさん……アルファさんが、突然降りたのは、その……」
明らかに話しにくそうな表情で、小宮果穂はもじもじとしている。
それをバックミラー越しに確認したプロデューサーは、無理することはないと笑いかけた。
「果穂。言いにくいことなら、無理に話さなくていいよ。それより、もうふたりは大丈夫なんだよな?」
「……! はい、たぶん……?」
「はは。なら良かった」
安堵するプロデューサーは少し誤解している。本当のところは何もわからないが、もしかしたら小宮果穂とアルファの間で、何かケンカでもあったのかもしれない、と思っているのだ。
「あ、でも! その、プロデューサーさん! アルファさんを乗せている時は“海の上の橋は通らない”ように、おねがいできますでしょうか……!?」
「え? ……それは、もちろんだけど……?」
どうして海の上の橋は渡ってはいけないのか。気になるところだが、どうやらデリケートな話題のようす。
プロデューサーは無理には聞かず、ルートを変更した。
「じゃあ、この先もそういう場所が一本あるから、ちょっと迂回するけど……いいか?」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
かくして一同は、安全な家路に着く。
そして小宮果穂は無意識だったが、アルファはあることを実感していた。
(──……ったく。
助けて。助けられて。
驚かせて。驚かされて。
相手が未熟なら、自分もまだまだ未熟の極み。
「……っ?」
不意にアルファは、小宮果穂の頭を撫でる。
そしてお礼の代わりに、ぽんぽんとたたく。
「……──」
小宮果穂は、無言で微笑む。笑みがこぼれる。
褒められたことの嬉しさと、役に立てた喜びで、また元気が湧いてきた。
そしてお返しとばかりに小宮果穂は、アルファの耳元に小声でつぶやく。
「──……アルファさん。あたしがいますから、だいじょうぶですよっ!」
それはなんとも可愛らしくて頼もしい、ヒーローアイドルらしいセリフだった。
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