【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夕焼け小焼けの街並みを過ぎ去る。
ガタンゴトンと揺れる電車の中、小宮果穂は座席の上でうつむいていた。その膝の上では、アルファもとい小さな子もとい“いろは”という三歳児が、のんきにも眠そうにうつらうつらとしている。
(……ほんとに、どうしよう……)
マフィアだなんだと名乗る見知らぬ人達に、小さくなったアルファを預ける選択肢は端から無かった。かといって自分が面倒を見るとなると、様々な問題が待ち受けている。その諸問題を解決するべく、あらゆる懸念点をまとめた上で、小宮果穂は作戦を練っていた。そして大雑把に二つのルートを作成する。
プランA。いろはちゃんを小宮宅で預かる。
プランB。いろはちゃんをアルファ邸に住まわせる。
プランAの懸念点。家族に十年前バズーカの話をするか否か。小宮果穂は隠し事が下手だ。バズーカの話を隠したところで、すぐバレる。かといって本当のことを話しても信じてくれるかどうか。いずれにせよ常識的に考えて迷子扱いが妥当だろう。その場合、警察に届けるのが常識だ。しかし二ヶ月後には、いろはちゃんはアルファさんに戻る。それまで、いろはちゃんを不安にさせないためには、どうすればいいのか。ずっと警察にあずけっぱなしよりは、アルファのことをよく知る自分達が面倒を見たほうが、少しは良い可能性があるかもしれない……?
さらにリボーンたちの話によれば、警察に預けてしまうと、ほかのマフィアに命を狙われる危険があるとのこと。正直なところ半信半疑だが、それはつまり半分ほど信じているため“本当だったら怖い”と感じている。やはり警察に頼るのは無しなのだろうか……?
プランBの懸念点。小宮果穂には学業と仕事がある。日中は家を空けることが多い。夜も家に帰らなければならない。昼と夜の間、小さな子をたったひとりで住まわせるのは、さすがに危険が多すぎる。しかしメリットとしては、家族に説明する手間が省ける。だがそれは小宮果穂ひとりで二ヶ月間、いろはちゃんの面倒を見るということ。どう考えても現実的ではない。
「……いろはちゃん。これから、警察に行く……?」
「えー? なんでー?」
「その……おまわりさんといっしょにいれば、安全かな? って……」
「えー。つまんなーい。かたいのはいやー」
固い。警察署がお堅い場所だと言いたいのだろうか。
「なんでけいさつっていったのー?」
「え……だって、やっぱり、あたしひとりじゃ、面倒を見切れないかも、って、思って……でも、迷子として預かってもらえれば……二ヶ月間、ちゃんと暮らせるかなって……」
「あー。……いろは、たのしいのがいー。おまわりさんはいやー。おねーちゃんのおうちは? たのしー?」
「えっと……うん。マメ丸がいるよ!」
「まめまる? わんちゃん?」
「うん!」
「そっかー。じゃーそっちがいいやー」
どうやら、いろはちゃんの希望に添うなら、プランAのようす。
しかし、その路線はまず間違いなく、両親に諭されて、いろはちゃんを警察に預けるコースである。
「…………どうしよう…………」
「……? おなやみ?」
「え? えっと……いろいろ?」
「あらそう。すきにすればいいんじゃな~~~い?」
いろはちゃんはクラゲのように、手足を波打つようにして踊る。
対する小宮果穂は、アルファさんの幼稚園児時代はこんな子だったのかと、少しおどろく。
「……たしかにアルファさんは、いつも余裕たっぷりで……自信満々で……悩みなんか無さそうで……スゴかったなぁ……」
「? あるふぁってだれー? いろはのこと、みんなあるふぁってよぶー? なんでー?」
「あ、えっと……それはね……!」
「いろはが、
「……!」
どうやら、この三歳児。
「……そう、だね。十年後のいろはちゃんは、“アルファ”ってあだ名で呼ばれてるんだよ!」
「えー? ダサくなーい?」
「ううん。カッコいいよ! あたしは、カッコいいって思うな!」
「あらそう。ものずきなこね!」
今のセリフは、どこか芝居がかっていた。誰かが言ったセリフを真似しているのだろうか。それにしては状況に合致している。これも賢さの成せる技か。
「……あ、そろそろ降りる駅だ!」
「あ! ここしってるー! いろはのおうちのちかくー! でもこっからのみちしらなーい」
外の風景は知っているが、帰り道は知らない模様。
そこで小宮果穂は、ある懸念を抱く。
(あ……そうだ。もし、いろはちゃんが、十年前の自分の家に帰ろうとしたら……そこには、もしかしたら別の人が住んでるかもしれない……両親がすでにいないことも知っちゃったら、混乱して大変なことになるかも……!)
§
日没間近。
結局、アルファ邸に帰宅してしまった。いろはちゃんは靴を脱いで履き揃えると、すぐさま廊下を四つ足で走って、とてとて、とリビングに向かう。
「わんちゃんどこー?」
「あ、まって……! ここにはいないよ……!」
「えー? なんでー?」
「ここは、十年後のアルファさんのおうちで……!」
「…………?? ……いろはのおうち?」
「う、うん! そうなの……!」
「ふぉーん…………よくわからん。まぁいっか!」
大抵のことは“まぁいっか”で済ませる三歳児。あまりにも悩み事が無さすぎる。
小宮果穂は、両親がいなくて寂しくないか問いかけたいが、問いかければ思い出して泣いてしまうかもと懸念して、なかなか聞けずじまい。
「あの……ねえ、よく聞いて!」
「?」
「あたし、これから一旦、あたしの家に帰って……それから家族を説得して、またここに戻ってくるから……!」
「……」
「それまで、ぜったい外に出ちゃダメだよ! ぜったいだからねっ!!」
「…………」(フリ?)
それは“外に出ろ”という振りなのか。
そんなことを思いながら、いろはちゃんは、こくりとうなずく。
「よし! えらい! じゃあちょっとだけお留守番をお願いね! 行ってくる! すぐ帰ってくるから! ちょっとの辛抱だよ!」
「ごゆっくり~。でもよるごはんはおはやめに~」
「あ……じゃあ帰りにコンビニで買ってくるよ! なにがいい?」
「なんでも~。……オレンジジュースがおいしいたべもの~」
「……! わかった! オレンジジュースに合う食べ物だね! 任せて!」
§
かくして小宮宅。少し早めの夕飯直前。食卓に揃えられた料理の数々。
早く帰宅した小宮父と小宮兄は、すでに食卓に着いている。だがこれは僥倖だ。一気に説得できる。
やがて小宮母も席に着いた。
しかし小宮果穂は、椅子の後ろでうつむいており、目をかっぴらいて思考を回転させている。いかにして説得するか。途中で家族が──果穂の様子がおかしいため心配で声をかけても──それに気づかないほどの集中力で、小宮果穂は作戦を練り続けていた。
「……果穂。座りなさい。いただきますをするわよ」
「────っ! あ、あの……お母さん!」
「……?」
「お父さん!」
「……!」
「お兄ちゃん!」
「んー?」
「マメ丸!」
「ワフ?」
「あたし────大切な相談が、ありますっ!!」
小宮果穂は、最近わがまま続きの自分を恥じる。
しかし今は、今回だけは、このわがままを通さざるを得ないのだ。
「あたし────アルファさんと、二ヶ月間……
『────……っ!!?』
この件は、小宮果穂がヤンデレ期に突入してから、しばらく考えていたことだ。
同棲とは、カップルが結婚前にお互いのことをもっとよく知るためにすることだと、ネットの記事で読んだ。
一緒に暮らすと、お互いの知らないことがたくさん出てきて、それで幻滅しちゃったり、新しい魅力に気づいたり……恋愛や結婚において、大切なことに気づかされるのだとか。
「だから……っ! あたし……!」
「果穂。ちょっと落ち着いて。まばたきしてないのちょっと怖いわよ? で……何があったの?」
「っ……!」
そこまで切羽詰まった感じを出していただろうか。小宮果穂は反省する。
しかし、それだけ重大な出来事なのだ。それが伝わっているのなら、むしろ良いことだろうか。否、かなり心配させてしまっていることだろう。一旦深呼吸。
「……ねぇ果穂。アルファさんは、果穂の『同棲したい』って気持ち……知ってるの?」
「────う、うん……!」
嘘をついた。まだ言っていない。
それでもエスパーなアルファさんのことだ。もしかしたら気づいているかもしれない。だからちょっとだけ、嘘じゃないかもしれない。
「あらそう……でも急にそんな……ちなみに、どのくらい同棲するつもりなの?」
「……に……二ヶ月……」
「二ヶ月!?」
小宮母はおどろく。甘い見積もりで二日程度。かなり厳しくて二週間。そのつもりで受け答えの準備を済ませていたら、まさかの予想をはるかに上回る日数……否、月数が飛び出てきた。
「そ、そのくらいじゃないと……お互いのこと、知れないから……」
「だからって……」
「っ────」
ここで小宮果穂は、切り札を繰り出す。
「────おねがい! アルファさんは中学卒業したら、海外に行っちゃうから……! だからあたし、少しでもアルファさんといっしょにいたくて……っ! ……だ、ダメかなぁ……?」
『……………………』
小宮両親と兄は互いの顔を見合わせる。
一方のマメ丸は首をかしげていた。小宮家が食事を取らないと、自分の食事も取れない。しかし今は、なにやら小宮果穂に逆風が吹いている様子。ならばここは兄として、小宮果穂の背を押してやるのが、できるお兄ちゃんというものだ。そうだろう、もうひとりの兄よ!
「ワンワン!」
「……まぁ、学業とアイドルの仕事に差し支えがなければ、別にいいんじゃね? 将来のイイ練習になるだろうし? あと、果穂とアルファさんは二年も一緒に居られないんだろ? なら少しでも長く、好きな人と一緒に居たい気持ちは分かるし……」
好きな人。それもそうである。
同棲。この言葉が出てくるということは、つまるところそういう関係性であることを明言したも同然。無論、言われずとも小宮果穂がアルファさんのことを大好きすぎるのは分かっていたが────唯一、小宮父だけは、さきほどから話についていけず放心していた。妻と息子が、突然、娘の無理難題を、割とすんなりと受け入れつつあることにも驚愕していた。
「な……なんだなんだ? お願いだから、お父さんをのけものにしないでくれ……! そこまで果穂とその子の関係は進んでいたのか……? そ、そうか……いやでも、うーん……お父さんは、まずそこからが衝撃なんだが……そうか……果穂に、恋人ができていたのか……いつの間に……」
「あ、ううん! お父さん! アルファさんとは、まだ友達だよ!」
「!??!??!?!??!!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
娘は悪意なく、小宮父の脳内にオーバーキルをぶちかます。
混迷を極めて頭を抱え始めた小宮父はともかく。母親と兄とマメ丸は、小宮果穂に条件を提示する。どうせ反対したところで止まらないのだ。小宮果穂は『相談をしたい』とは言ったが、反対意見は受け付けない頑固さを感じてならない。つまり余裕がない。今すぐどこかへ行きたそうにウズウズしている。
つまり小宮母は、
加えて、これは小宮母だけが知ることだが。
不健全ながら、すでに娘とアルファくんは、男女の関係にあると見ていいだろう。その上で友達の関係というのが、なんとも気になる点ではあるが……ふたりともアイドルであるため、そこらへんのことを考えて『ファンのために表向きは友人関係であろう!』などと決めた事情でも、あったりなかったりするのかもしれない。そのように小宮母は色々なことを考える。
ともあれ小宮母は今、必要最低限の連絡手段だけを確保するのが賢明と見た。
「分かったわ」
「!! え……」
「アルファさんなら信用できるからね。そりゃあ、いきなり果穂をキャンプに連れて行ったり、遠くの街まで行ったり、行動力がありすぎて心配になることもあるけど……いつでも果穂のことを第一に考えてくれているのは、日々のメールのやり取りで伝わっているわ」
「────!」(お母さん……そんなにアルファさんとメールでやり取りしていたの……? 何を話してたんだろう……)
「ただし、条件があります」
「!」
「夜寝る前に、その日のレポートを家族に知らせること。メールとかでね。お母さんには絶対によ。もし一日でも欠かしたら、お母さん心配ですぐ様子を見に行くからね。歩いてすぐの場所だし……もしお母さんが忙しくても、むりやりお兄ちゃんを行かせるから」
「────!! あ……ありがとう! お母さん……!!」
「まったくもう……アルファさんに感謝することね。最近のあなたの様子が変だってこと、私に報告して、心配してくれてたのよ?」
「──……!」(そうだったんだ……この前の、あの黒いパーカーの件かな……そうだよね……アルファさんからしたら、私はまだまだ未熟で、守るべき子供として見てるだろうから……。──でも、今は────)
その逆。
三歳児のアルファを、小六の小宮果穂が、しっかりと守って育てなければならない。
ある意味では、今までの恩返しと言えなくもない。あるいは、見返す、という意味合いでも間違っていない。
(あたしだって、できるんだ……!)
ライバルは、いつしか恋した相手になっていた。
それでも今も好敵手であることに変わりはない。
「お母さん! お兄ちゃん! お父さん! 本当にありがとう!! ──マメ丸! あたしとアルファさんとで、一緒に暮らそう!!」
「ワンッ! ……ワフッ!?」
今の一言には、果穂以外の小宮家が目をぱちくりとさせる。
「え────マメ丸も連れて行くの!?」
「ま、マジかー……いきなり寂しくなるなぁ……つーか、やっぱアルファさんのことになると、行動力爆発させすぎだろ……!」
「お、お父さんに……発言権は……あるか……?」(し、知らないあいだに、娘がぐんぐん成長している……こ、心が追いつかない……! まさか、こんなに早く親元を離れる時が来るなんて……! でも最近の子は、将来を見据えて若いうちから留学するとか聞いたことあるし……いやでも今の話は留学とかじゃなくて“同棲”だし……?!)
さっそく小宮果穂は、自室に駆け戻って最低限の荷物をまとめる。全ての教科書やノートに筆記用具、絵の具セットやエプロン一式にクレヨンなどをランドセルにぶち込み……旅行カバンに思いつく限りの生活必需品をありったけぶち込んで……マメ丸に必要な飼育道具も、母の旅行かばんを借りてありったけをぶち込む。
「マメ丸、行くよ!」
「ワフンッ……ワンッ!!」
その発言にも、果穂以外の小宮家が目を見張った。
自室でどったんばったん音を立てて階段を駆け下りてきたかと思えば、大荷物を背負って玄関口に向かおうとしているのだ。
「え────ちょっとまって。
「マジかよ!! ふはははは……! これは笑うって!」
「?!?!??!?!?!?!?!?!!?!?!?」
小宮果穂は玄関口で靴を履きながら叫ぶ。
「まだまだあたしの部屋から持っていかなきゃいけないものもあるから、しばらく往復するね! プロデューサーさんにも、あたしの住所が変わったこと、すぐ連絡するから大丈夫! 学校もお仕事も、ばっちりこなしてみせるからー!」
なんとも頼もしい発言だが、あまりにも突然のこと過ぎて、そそっかしすぎて、ついに小宮母は居ても立っても居られなくなり、台所の手前を右往左往する。それから慌てて小走り。廊下側から玄関口を覗き込むと、首だけ振り返った娘と目が合った。
「お母さんごめんね! 夜ご飯せっかく作ってくれたのに食べられなくて! じゃ、いってきまーすっ!」
「ワオーン!」
そう叫んだ小宮果穂とマメ丸は、ドタドタバタバタと家を飛び出していった。
一転、静まり返る小宮家。すかさず小宮母は、アルファのスマホに電話を掛ける。
しかしアルファは十年前に飛んだ。つまりアルファのスマホも十年前に飛んでいる。今この世界にアルファの電話番号は存在しない。並行世界的に圏外となっている。
そのため電話が繋がらない。音信不通。ならばと小宮母は、メールアドレスからメールを送信。すると、なぜかエラーを吐き出して、送ったメールが戻ってきた。
「えぇ……?」
いつもあれほど連絡を欠かさなかったアルファさんから、まさかの音沙汰なし。
多大に膨れ上がる不安は募り降り積もるばかり。
もしこの状態が続くようなら、こればっかりは、いつか突撃するほかあるまい。
§