【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
sSSR【激写!】西城樹里
「あ~……暑いなぁ~……」
「…………はい……」
夏。猛暑の街。西城樹里は、日用品を切らした寮のみんなのため、杜野凛世と買い出しに出かけていた。ひとりなら商店街に行ってささっと買い物を終わらせるつもりだったが、今は真昼のため直射日光が降り注ぎやすく、商店街は背が低い建物が多いため日陰となる場所も少ない。そのため屋内での買い物が健康的と思い、ショッピングモールに向かう。
「……──樹里さん。商店街には……向かわれないのですか……?」
「ん? あー……うん。なんかな。あ、そっちになんか用事でもあったか?」
「いいえ。……ふふ……!」
「? 凛世……?」
杜野凛世は、きっと西城樹里がそのように考えたのだろうと見抜く。相変わらず、とても優しい御人である。
「そろそろ着くぞ」
「はい……」
「中は寒いかな~」
冷房の効いたモールは、まわりまわって肌寒い。西城樹里は「思った通りだ」とつぶやき、腰に巻いていたジャージをほどいて、汗かく薄着の杜野凛世に手渡した。礼を言って頂戴した杜野凛世は、西城樹里のジャージに袖を通す。
「樹里さん……ありがとうございます……」
「別にいいって。じゃ、どこから回る?」
「……では……片っ端から……」
「……! はは……! そうだな……こんなに広いし、何がどこにあるのかも分からないや。ひとつずつ店を覗いていくしかなさそうだな。そんじゃ、凛世の言う通り……片っ端から行くかー!」
あまりショッピングモールでの買い物に慣れない西城樹里と杜野凛世は、余裕を持って店を回ることにする。寮のみんなから頼まれた注文品。それを記したメモ用紙を都度確認しつつ、ショッピングモールの半分を回っていく。休憩所を発見。ひとやすみ。地図を確認すると「これだけ歩いて半分かー」と西城樹里が笑う。杜野凛世もうなずいて微笑む。園田智代子の言う通り、ショッピングモールとはただ歩くだけで一日が潰れてしまう、さながら輝かしい迷路のようだ。
ソファに座る西城樹里は体を休ませ、ボーッと吹き抜けの天井を見上げている。杜野凛世も同様に振る舞い、西城樹里が見る景色を共有する。二階の四角い回廊、三階の四角い回廊、四階の四角い回廊、日光反射する巨大な天窓、その形は虹のトンネル。
穏やかな時の流れ。自然と耳が澄む。無意識に脳が遮断していた雑踏と会話の騒音。騒がしいモール内に響く活気に満ちた喧騒の中、不意にふたつの声色が、西城樹里の
「わぁ……! あ、アルファさん! こちらをご覧ください! とってもきれいなお洋服が並んでいます……!」
「ほう、かわいらしいフリルだな。そして御目が高い。試着できるようだから着てみるか? お前の綺麗な姿を見てみたい。きっと可憐だろう」
「……っ!」
────アルファ。聞き覚えのある名前が聞こえてきた。今日は休日。仲良くモールへ遊びに来たのか。というか、それはもはやデートでは? 西城樹里は興味が沸く。その一方で、多少の違和感を抱いた。それはアルファの名を呼びかけた少女の声色。それがどうにも……小宮果穂とは異なるように聞こえた気がした。
(……や、そんなわけ……)
西城樹里は体を起こす。声のした方向を見やる。そこは洋服屋。思った通り、展示窓の近くにアルファの後ろ姿を発見。その目の前には小宮果穂────ではなく、見覚えのない金髪の少女が瞳を輝かせていた。ふたりは服屋の中に入っていく。
(………? …………いや、まぁ……別に、男と女が一緒に歩いてるだけで、なぁ……? 考えすぎだろ……)
そう思いながら西城樹里は考え込む。そして今までの知識を振り返る。
小宮果穂はアルファに好意を抱いており、ラブレターも送った。アルファはそれを受け取ったが、ラブレターに『恋人になりたい』という趣旨が書いていないため、恋人には至っていないという。そんなふたりは暇さえあれば、アルファの家で過ごしているとのこと。つまり小宮果穂とアルファの関係性は“友達以上・恋人未満”という感じらしい。
西城樹里は、河川敷での一件を思い出す。
────言葉の上では、友達以上恋人未満なんです。というのもラブレターに『恋人になりたい』という
────ななな、なぜに放置!?
────果穂が中学に上がって、もしお淑やかになっていたら、改めて俺から恋人になるよう告白するつもりなので。それも果穂に伝えてあるので、もしかしたら今は“お淑やか”になるため頑張っているんじゃないですかね。知りませんけど。
────……! な、なるほど……?
────もちろん、本人が“恋人”というものを、まだ十全に理解していない可能性も……いや、それはバカにしすぎか。でもまぁ、いつかあいつが『恋人であることの意味や必要性』を意識するようなことがあれば……ようやく恋人になれる日が来るんじゃないすかね。
西城樹里は、小宮果穂とアルファの恋路を応援している。それは園田智代子や有栖川夏葉だってそうだ。杜野凛世はその河川敷に居なかったが、応援する気持ちは同じのはず。
(…………でも……なんか……)
なんとなく気になる。それは女の勘というには無自覚だったが、西城樹里の鼻はよく利いていた。それは恋愛について勉強中の杜野凛世も同様である。
「──浮気……」
「っ!? り、凛世……?」
いつの間に西城樹里と同じ方向を見据えていたのか。なんとなく杜野凛世の視線が鋭いように感じられる。
「……凛世の記憶違いでなければ、たしか果穂さんとアルファさんは……」
「……ま、まぁ……で、でもさ……まだふたりは、そういう仲じゃないって聞いたし……」
「しかしアルファさんは、果穂さんの気持ちを知っていると……そのように聞き及んでおります……」
「そう……だな……えっとさ。そういや凛世にはまだ言ってなかったけど、果穂、あいつにラブレター送ったんだよ」
「……!! ラブレター……果穂さん、そこまでお進みに……」
杜野凛世は電撃を受けたように驚く。ラブレターを送った程度でそこまで驚くだろうか。というのも杜野凛世の驚き方は、まるでラブレターを送ったことで関係が変化する期待よりも、ラブレターを送ること自体に驚いているように感じられた。西城樹里は訝しむ。だが今はそんな瑣末なことを考えている場合ではない。
「では、おふたりは……疾うに……」
「いや……それがそうじゃないんだ。なんつーか……果穂は
「……? 樹里さん……それは、どのような……状況なのでしょうか……?」
「アタシも詳しくは知らないけど……アルファによれば、果穂が恋愛について、まだよくわかっていないらしい。アタシはそんなことないと思うんだけどな……でも果穂にもきっと、何か考えがあるんだろう。で、その……アルファは、果穂が中学生になったら自分から果穂に告白するって言ってた。……けど……」
店からアルファと女の子が出てくる。女の子は可憐な洋服に着替えていた。購入したのだろう。女の子は何度もお辞儀して感謝を伝える。純粋な笑顔。はつらつとした振る舞い。どことなく小宮果穂に近い雰囲気を感じる。背丈から見るに年齢は中学生くらいだろうか。アルファと比べると小さく見えるだけで、高校生の線もある。
まるで純真を花にしたような少女。黄金の髪が爽やかにそよぐ。整った見目は麗しく、後ろ髪を大きな黒いリボンで結えてポニーテールに仕立てている。白を基調とした洋服は脇や背中が露出しており、夏用の装いにしては扇情的。
『…………』
伏し目がちの西城樹里と杜野凛世は押し黙る。さて、これはどのように解釈すればよろしいのか。人の恋路にあれこれと言う気はない。だが、そこに小宮果穂が関わっているとなれば話は別だ。アルファのことを疑いたくはないが、どうしても気になってしまうのは、これも人の性なのか。
(アタシは、
「…………」
頭を抱えて懊悩する西城樹里。
対する杜野凛世は、疾うに切り込み隊長としての覚悟を決めていた。
§
翌日。
有栖川夏葉は公道を走っていた。真夏の燦々と照る陽射しによって、高級車の色彩が濃さを増す。赤信号ゆえ停車。すると二車線目に赤い高級スポーツカーが停車した。有栖川夏葉は思わず視線をやる。
(あら。いい車ね)
屋根のないオープンカー。乗り手は一人と二匹。赤い黒羽根付きハットに真紅のドレスを着た美女はサングラスを掛けており、となりには二匹の真っ黒のドーベルマンが微動だにせず座っている。ひと目でわかる。彼女たちは非の打ち所のないセレブだ。
ふいに二匹のドーベルマンが興味深そうに振り向き、有栖川夏葉と目が合う。有栖川夏葉はウインクして挨拶。二匹のドーベルマンはひと鳴きして応えた。すると美女がサングラスを外してこちらを見る。紅い瞳。艶やかな美貌で微笑み、ウインク。有栖川夏葉は嬉しそうに、朗らかなウインクで返す。
横断歩道を渡る人たちを見守る。
数秒の沈黙。有栖川夏葉は窓を開けて声をかけた。
「あの、すみません────私、ゴールデンレトリバーを飼っているの。名前はカトレアって言うのよ! そちらのドーベルマンたちは、なんというお名前なのかしら? ぜひ聞かせてほしいわ。お友達になりたいの!」
「────スピエルドルフ。そして、ラインフェルト」
「あら……もしかして、小説『カーミラ』から……?」
「ふふ。さて、どうかしら?」
青信号。スポーツカーはアクセル全開で出発。勢いが良いだけであり、法定速度は遵守している。有栖川夏葉も出発。その時、スポーツカーの後部座席に、見知った顔を見た気がした。
(────あら……?)
その横顔は大口を開けて眠っているように見えた。
走行に集中する。片手間に出来る範囲で思考。やはり何度思い返しても後部座席に座っていた人物はアルファだったように思う。
(……見間違い、の可能性もあるけれど……)
ともあれ運転に集中する。そして、いつものように283事務所に訪れた。
§
翌日。
園田智代子は駅前で買い食いをしていた。その前はケーキ屋に立ち寄った。その前は昼食として各安のファミレスに……そして今、ホカホカのタイ焼きを食べながら後悔している。
(うぅ……これ絶対、夏葉ちゃんに叱られる流れだ……明日の走り込みが倍になる予感……それでもこの手と口は止まりません……誰か助けてください……)
涙ながらに食べる。それは美味しいという意味もあるが、ふと我に返ってしまった嘆きでもある。
「わー! 屋台だー! ねぇこれ屋台でしょ!? タイヤキ……? 魚の形をした……なにこれ? でも食べてみたい! なんか見た目は生魚っぽくてまずそうだけど、皮の中に秘密があるんでしょ? 絶対に美味しいんでしょこれ!? 私もう騙されないからね!」
ふと後方より女の子のはしゃぐ声。
(──……? タイヤキを御存知でない? もしや外国の観光客? と思いましたが、とても日本語が流暢の御様子……はて、どんな人なんだろう?)
振り返る。予想通り西洋人。さらさらとした金髪が目立つ。翠緑の瞳も美しい。紺色の帽子と制服に身を包んでいる。ミッション系の学生だろうか。周囲には、同年代らしき子犬系の金髪少女と、ピンク髪の美少女、そしてアルファが立っていた。彼らは和気あいあいとする高校生の集団のようなバカ騒ぎを路上で見せてくる。
「というわけで金を出せアルファーっ!!」
「俺はお前の財布じゃねぇんだよ」
「そっか! 秋さんはずっとウェールズにいたから、タイヤキを知らないんだ!」
「いやいや。今の時代、日本のタイヤキは世界的に有名だから。たぶん。つまり、この子が田舎育ちってことが露呈してるだけよ」
「な、なにをぅー!? だ、だとしても! しょうがないじゃん! ほんとに田舎育ちなんだから!」
「で、どうすんだ? お前ら今日一日買い物しすぎて、財布の中身からっけつだろ。俺に借金するか?」
アルファは大量の荷物を両腕と両肩に提げていた。三人分の買い物の袋をひとりで持ち上げている。とんでもない力強さとたくましさだ。そこで秋と呼ばれたウェールズ帰りの少女が拳を握る。
「────ここは公正に“じゃんけん”で決めよう。勝った方が金を払わず、負けた方が金を払う」
「! つまりアルファさん以外が負けた場合、私たちはアルファさんに借金することになるわけですね!」
「ふーん……いいじゃない。どうせ自分のお金で買うつもりだったし、ちょっとアルファから借りるだけよ。寮に着いたらすぐ返すわ」
「いいだろう。だが俺は両手がふさがってる。口頭でいいか?」
「オッケー! じゃあ行くぞー! じゃーんけーん────」
『ポン!』「パー」
秋は拳、子犬少女も拳、ピンク髪の美女も拳。まさかの勝負一回目でアルファの勝利。
「なん……だと……!?」
「というわけで俺の右ポケットから財布を取り出せ。あるだけ使ってもいいが、お前らの貯金が減るだけだからな」
「…………」
アルファの財布を借りて、たい焼きを買う子犬少女とピンク髪の美女。一方、秋は拳を握り直して、再びじゃんけんの構えを取った。
「もう一回、お願いします」
「なんでさ」
「勝ち負け関係なく私の借金でいいから! とにかくもう一回お願い! 今度は勝つ……!」
どうやら秋という少女は、かなりの負けず嫌いの様子。秋は一直線に拳を繰り出し、敗北。趣向を変えて
「うおおおおおーっ! なんでだぁあああああああーっ!?」
「猪突猛進という言葉を御存知で? もう少し心理戦に強くなってから出直しましょうね~」
「お……覚えてろぉおおお! タイヤキバカ食いしてやるぅううう! そのあとでまたじゃんけんだからなぁああ!!」
「めんどくせねぇなぁ……これだから負けず嫌いな奴と勝負事は面倒なんだよ……わざと負けたらゴネるしさぁ……自然に負ける必要があるんだよなぁ……」
「言ってろバァーカ!」
子犬少女は苦笑い。ピンク髪の美女は残酷な現実を突きつける。
「言わなくても分かってるでしょうけど。こいつエスパーだから、じゃんけんだとまず負けないわよ」
「知ってらァ! だからなんだァ!? 私だってなぁ! 村の中でなら、じゃんけんで負けたことないんだぞぉ!」
アルファは呆れ笑い。
そして、別の屋台でアイスを買い食いしていた少年に声をかける。
「
「うーんそれはできない相談かな! 軽率に猪の一族に勝負事を挑んでしまった君の責任だ。どうか勝ち続けた末に過労死するといい」
「誰が猪の一族じゃー!?」
「──おっとごめん。ちょっと待ってくれ。今すごいことに気づいた。じゃんけんで過労死するとか、それダーウィン賞ものなんじゃ? 負け続けて過労死するか、勝ち続けて過労死するか。僕は日陰でアイス片手に見守るとするよ! ──というか君たち、こんな暑いのによく外でタイヤキなんて食べられるね? 僕には信じられない耐久性だ。女子高生はみんなこうなのかな? ほら、レアモンっていうゲームに、こんな特性があっただろう? “あついしぼう”」
これでもかと煽り散らかす倫と呼ばれた少年は声無き声で爆笑、アルファとハイタッチして日陰に戻る。炎天下の中で連れ回された不満を皮肉という形でお返ししたのだろう。これに秋とピンク髪の美女が応戦。そして、唯一常識がある子犬系少女が慌てて仲裁に入る。
(……仲いい子達だな~。アルファさんとはどういう関係なんだろう……? 果穂からは、元々アルファさんは交友関係が広いって聞いてるけど……)
園田智代子はたい焼きを完食。腹も膨れて大満足。家路に就いた。
§
夜。小宮果穂は自室の机に着き、パソコンを開いて放クラのミーティング会を始める。既に四人はログインしており、小宮果穂は慌てて謝罪する。
「あ、ごめんなさい! みなさん、もう来てたんですね!」
「や、アタシたちが早く来すぎただけだから」
「私もよ。今日はちょっと、果穂に報告があるの」
「凛世も同じく……」
「え、そうなの? なになに? まずその話から始める?」
「あたしに……ですか? なんでしょう?! 気になりますーっ!」
いつものように揃ったが、特に大切な会議があるというわけではない。定例会のようなもので、慣習に従って集まっただけ。そのため今回の議題は特になく、単なる報告会のようなものとなる。
「じゃあ……先に夏葉からでいいよ」
「あら、樹里。遠慮しなくていいのよ? でもありがとう」
有栖川夏葉は咳払い。少し悩む。
「これは、ひどく個人的な話になるのだけれど……どうしても気になってしまって。果穂に聞きたいことがあるの」
「?」
「どこから話したものかしら。最初から話したほうがよさそうね。──昨日、私は事務所に行くため車を走らせていたのだけれど、横断歩道で停車したとき、となりに真っ赤なスポーツカーが止まったのよ!」
「真っ赤なスポーツカー! かっこよかったですかぁ!?」
「えぇ! とてもいい車だったわ! しかもね? 助手席にドーベルマンが座っていたのよ! 二匹も!」
「二匹……! ドーベルマンが……!?」
「それがもうかわいくて! 凛々しい目つき……そばだつ両耳……名前はスピエルドルフとラインフェルトと言うそうよ。目が合ったから挨拶して聞いてみたの」
「かっこいい名前……! そのワンちゃんたち……見てみたかったですーっ!」
「そうよね。写真が撮れれば良かったのだけれど……運転中だったから」
「いえ! これからあたし、外を歩いている時は、赤いスポーツカーを探してみようと思います! もしかしたら、あたしもワンちゃんたちに会えるかもしれません!」
小宮果穂は、赤いスポーツカーに乗るドーベルマン二匹を想像して、むふむふと微笑む。
「スポーツカーにドーベルマンか~」
「なんかセレブって感じだね!?」
「車の窓に……お犬様が張り付いている動画を……視聴したことがあります……とても、かわいらしく……」
「あれも可愛いわね! でも私が見た車はオープンカーだったの!」
そこで有栖川夏葉はハッとする。そちらの流れに話を持って行きたかったわけではない。結論から話すべきだった。話が脱線する前に、有栖川夏葉は本題を進める。
「でも……果穂」
「……? はい!」
「その様子だと知らないようね? ──実は、そのスポーツカーにアルファさんが乗っていたような気がするのよ」
「! アルファさんが、ですかぁ!?」
その時、西城樹里と杜野凛世が驚いたようにのけぞり、互いに目を合わせる。
園田智代子は首をひねった。
「気がする? 声をかけたって言ってたけど、アルファさんと話したわけじゃないってこと?」
「そうなのよ智代子。後部座席に座っていて、一瞬、寝顔を見た程度なの。だから確実とは言えないのよね……。それで、果穂に聞いてみたかったの。アルファさんに、そんな知り合いがいないかって」
小宮果穂は首を横に振る。
「いえ、あたしは知りません……」
「あら、そう……。もし良かったら、私のカトレアと遊んでほしかったのよね……スピエルドルフとラインフェルトに」
「あたしのマメ丸とも遊んでほしいですっ! ──わかりましたー! このあとアルファさんに聞いてみますね!」
「ふふ……ありがとう、果穂!」
アルファがセレブの車に乗っていた。その事実から恋愛的な発想を飛躍させることはないのか、小宮果穂と有栖川夏葉は笑顔で応対する。
「私の話はこれで終わりよ! 樹里たちも何か、果穂に報告があるようだったけど……どうしたの?」
「や、それは……!」
「…………────果穂さん。大切なご報告がございます」
「……!? は、はい……っ!」
杜野凛世は切り込み隊長の風格を漂わせる。西城樹里は(マジか。行くのか、凛世……!?)と内心で叫びつつ、杜野凛世は(はい……
「一昨日の話です。ショッピングモールにて、アルファさんを目撃しました……」
「アルファさんを?」
「しかし、そのかたわらには────……その…………ぜひ……心して、聞いてほしい、のですが……あの……か、果穂さん……まずは、深呼吸を……」
「? 深呼吸ですか? ────すぅー────はぁー────深呼吸しました! それで、かたわら……? ってなんですか?」
「……では……っ……か、かたわら、には…………いえ、かたわらというのは、その……そばに、という意味で……つまり、あの、凛世が、言いたいのは……その、麗しい、人が……あ……」
その時、西城樹里が突っ込んだ。
「いや凛世! それ全然切り込み隊長できてないからーっ!!」
「突然どうしたの樹里ちゃん!?」
「樹里さん……面目、ございません……凛世には、
「結局アタシが言うのかよ!? や、いいんだけどさ……」
西城樹里は、こほんと咳払いする。
「その……アルファのとなりに、めっちゃ可愛い女の子がいたんだ。服屋に入っていって、服を買ってあげたのかは分からないけど……女の子は着替えてた。それで、果穂は、何か知ってるのかな~って、ちょっと気になって……」
その時、園田智代子の目がキュピーンと閃く。
「ジュリチャン!! それってつまり……そういうことを言いたいわけだね!?」
「や、まぁ……うん……で、でも、別に、単なる友人ってことも……な?」
有栖川夏葉は真顔で話を聞いている。正直要領を掴めていない。今はなんの話をしているのか、静観して考察している。一方の小宮果穂は、有栖川夏葉と似たようなものだった。
「……? 樹里ちゃん! すみません……あたし、今どういう話をしているのか、よく分からなくて……ちょこ先輩は分かったんですよね? アルファさんと女の子がいて……それで、どうしたんですかぁ!?」
「私も気になるわ。いま智代子たちは、なんの話をしているのかしら? どうか教えてちょうだい」
「えぇ!? いや……まぁ……今の話は、その……正直、アタシと凛世の好奇心に過ぎないというか……だから言おうか言うまいか迷っていたんだけど……」
「?」
「樹里? どうしたの? 顔が赤いようで青ざめているわ。体調でも悪いの?」
「や、そういうんじゃなくて……あー! うまくいかねぇなー……!」
「体調……樹里ちゃん! ムリしないでください! 凛世さんも! きっと何か気になるんですよね? あたし、モールのことについても、アルファさんに聞いてみます!」
西城樹里と杜野凛世はしゅんとして落ち込む。そして考え込む。
────
それを伝え訊くべきか否か。伝え訊けば不安を与える。伝え訊かなければ、小宮果穂が恋の競争に出遅れる可能性がある。
そして小宮果穂は最後まで、西城樹里と杜野凛世がその手の恋愛について心配していたことに気付かなかった。
西城樹里と杜野凛世からすれば、それについて指摘するか否かも悩ましいところ。しかし小宮果穂自身がアルファ本人に聞くと言っている。ならばこれ以上の入れ知恵は過保護だろう。逆効果になっても困る。今はとりあえず静観だ。結局のところ小宮果穂の自主性が一番大事なのだから。他人の好奇心や過保護によって、彼女の道行きを邪魔するようなことがあってはならない。
その時、園田智代子も“報告だけ”することにした。
「不肖、園田智代子も、果穂さんに一件のご報告がございます。実は先刻、駅前の屋台広場にて、アルファさんを目撃いたしました……」
『!!』
「かたわらには、少女三名と男子一名。実に親しげでした。少女三名は外国人の血が流れているようで、金髪に桃色の髪。しかも、この園田智代子が目を奪われるほどの美貌を備えておられました。彼女たちのうち一人はたい焼きを見るのが初めてのようで、アルファさんに金を出せと詰め寄りました。そして、じゃんけんで誰が奢るか決めることになり、アルファさんの完勝。それはともかく、みなさん美味しそうにたい焼きを食べていました。その気持ち、今も味を思い出すほど分かります。なぜならその時、私も同じたい焼きを食べていましたから……」
たい焼きの感想はともかく。杜野凛世が問いかける。
「智代子さん……それは、いったいどのような集まりで……」
「そう、そこが問題なのですよ。──アルファさん、少女三名、男子一名。合計五名のグループ。彼らはなんと、その全員が
『……!!』
§
夕暮れのリビング。アルファ邸。
「────ということがあったんですっ! アルファさん! その人たちのこと、もしよければ教えてください!」
「…………道は遠いなぁ……」
ソファに座るアルファは背もたれに寄りかかり、最果ての理想郷を見るように目を細める。
「? ?? 道が、遠い……?」
「果穂はその話を聞いて、特に何も思わなかったわけだよな?」
「……? はい……あの、何かに気づかなきゃいけなかったんでしょうか……みなさん、最後には気づいていたようで……なのにあたし、よくわからなくて……」
「まぁその点に関してだけは、果穂が幼いというよりも、認識のすれ違いが存在するだけだな」
「……どういうことですか?」
小宮果穂はソファの背もたれに両手をついて見下ろし、アルファの顔と向かい合う。
「果穂は、俺が多くの愛人を侍らせていることを知っているだろ?」
「はべらせる」
「
「! はい! アルファさんは……────」
──── ──……あたしだけを、好きでいてください。
────アルファさんは、肉体の恋を、してるんですか。
────あたしだけじゃ、満足できないんですか。
────明日お前が別の奴と交際しても俺は一向に構わない。そりゃ嫉妬するけど、それは別問題だ。相手が良くない奴だったら
「────……とても、多くの人を愛せる人です」
「そうかい。悪く言えば浮気性で不倫罪。普通に言えばポリアモリー。良く言えば甲斐性があるし愛のキャパが寛大でデカすぎて博愛的。そんなところか。で、果穂はその三つのうち、俺がどれに当てはまると思ってる?」
「どれに……? えっと、ぽりあもりー? と、かいしょう? は、あとで調べますけど……アルファさんはイイ人なので“良く言えば”の方だと思います! カン大ですっ!」
「そう言ってくれてありがとよ。でも放クラのみなさんは、俺のこと全然知らないから“悪く言えば”の場合を気にしているわけだ」
「……!!」
小宮果穂は合点がいく。電撃を受けたようにハッとして理解した。
「つ、つまり……みなさんは、あたしがアルファさんに浮気されているのでは? って……心配してくれてたってことですかぁ!?」
「たぶんネ! まぁそれ以外ありえないだろうけど」
「なら“ちがうよ”って言ってきます! アルファさんは、ちゃんと一人ずつ交際しているんです! 委員長さんと別れたあと、すぐに別の人と付き合いましたけど……ちゃんと一人ずつなので問題ありません!」
「ん?」
「……え? 今あたし、何か変なこと言いました?」
「さあ?」
あやしい。なんだかアルファは、とても怪しい言動をしている。呆れたように肩をすくめて両手を挙げた。いったいどういう意味か。
「むむ……なんだかアルファさんのことが、また分からなくなった気がします……」
「なら、分かろうとするか?」
小宮果穂はうなずく。
「よかろう。ならば調べるがいい。そしておののけ。俺は何もしないがな」
「えっ」
どうやら独力で調べる必要があるようだ。しかし今の小宮果穂は、そこまでの労力を費やして調べる気はない。
「せめてドーベルマンの人は教えてください!」
「ミストレス・カミラ。これで有栖川さんには伝わるだろ。アポは取らなくても俺の名前を出せば会える。好きな時に行けばいい」
§