【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夜の七時頃。薄暗いアルファ邸リビング。
いろはちゃんは食卓の机に座り、夜ご飯のコンビニカレーライスを食べていた。レンジでチンして熱いため、小宮果穂がふーふーと冷まして、いろはちゃんの口元にスプーンを運ぶ。
というのもいろはちゃんがひとりで食べようとしたら、スプーンからボトボトとカレーライスを落としてしまって大変だったのだ。食卓は拭けばいいが、いろはちゃんの園児服が茶色く汚れてしまった。
ちなみに、いろはちゃんの背丈では、椅子に座ると食卓まで届かない。少し背伸びすれば、ギリギリ食卓の上が覗ける程度だ。
「カレーライス、おいしい?」
「んー……ふつー!」
「そっか」
いろはちゃんはカレーライスをもぐもぐと、がんばって噛んでいる。その様子を眺めているだけでかわいらしい。
小宮果穂は、
「カハッ……!」
「えっ……!?」
「ワン!」
スプーンを落とした小宮果穂は、慌てていろはちゃんの背中を叩いて吐かせようとするが、なかなか出てこない。いろはちゃんの顔色が青ざめていく。すかさず小宮果穂はいろはちゃんの口の中に指を突っ込んで、詰まっているモノを取り出した。
「ゴホッ……! うまい!」
のどが詰まって苦しかったはずなのに、いろはちゃんはのんきなことを言う。
対する小宮果穂は顔面蒼白。猛省どころの騒ぎではない。
(そうだっ……!! やっちゃった……っ! まだ
失念である。
「ご、ごめんね……! だいじょうぶっ!?」
「うんッ! ケホッ……!!」
いろはちゃんの口の端から、まだ噛みきれていない別のじゃがいもがポロリと転げ落ちた。床に転がったじゃがいもに対して、マメ丸はすんすんと嗅ぐ。
涙目になるいろはちゃんは、水を求めた。小宮果穂は水入りのグラスを手渡すが、いろはちゃんはグラスから飲むのが難しいのか、口の端から水をポトポトとこぼれさせていく。
(────…………)
小宮果穂は瞬発思考。
①たとえ小さいように見えても、食べ物はいろはちゃんの口の大きさに合わせて、もっと細かく刻んで食べさせる。
②幼児用のストローを買う。コップにフタできるタイプがいい。手で持てる取っ手もあると便利だ。
③子育て用の本を買って読み込む。
そのように自らにタスクを課す。
「……だいじょうぶ……?」
いろはちゃんは、こくりとうなずく。
すると、予想だにしない一言を宣告した。
「しんらいが1、ていかしました~」
「……!」
いろはちゃんは、どこか探るように小宮果穂を見つめている。
信頼できる人かどうか、疑いを持ったのかもしれない。
「……ごめんね……」
「…………?」
一方のいろはちゃんは、なぜ謝るのか分からないようで、首をこてんとかしげた。
小宮果穂は自信を失いかけるが、だからこそ可及的速やかに子育てを勉強する必要があると決心する。
「ねえ! でんきつけないのー? なんでー?」
「え……!」
まさかアルファの口から、そんな一言が出るとは思わなかった。
たしかにいろはちゃんからすれば節電する理由はない。
(……今は、緊急事態だから……)
小宮果穂はリビングの電気を点ける。
すると薄暗い室内が、一気に明るく照らし出された。
「うわぁ。ぴかぴかだねー?」
「そうだね!」
いろはちゃんは椅子の上に立ち、食卓の上に置いてあるカレーライスを覗き込む。
「カレーもぴかぴかだねー!」
「あ、ほんとだ! ……ちょっと待っててね!」
小宮果穂は台所からフォークを持ってくる。スプーンとフォークでゴロゴロとした野菜を切り崩していき、食べやすい大きさに変える。すでに食べやすい大きさだと思っていたのだが、想定より幼児の口の中は小さい模様。念には念を入れて損はない。いっそのことみじん切りでも構わないかもしれない。小宮果穂は一生懸命、食材を切っていく。
「……たいへんだねー」
「……! そうだね……っ!」
その様子を眺めるいろはちゃんは、カレーライスを待ち遠しそうに佇んでいる。
自分ひとりで食べたいが、いつも母親がこうして食べさせてくる。そろそろひとりで食べたいのだが、なかなかチャレンジさせてくれない。それもこれも、さっきみたくのどに詰まらせてしまうのが原因だろう。つまり急いで食べてしまうクセを直して、母親に対する信頼を積み重ねなければ、ひとりで食事に挑戦する権利をもらえないのである。
「またこんどだねー?」
「……?」
今回はのどに詰まらせてしまった。そのため
しかし、そんな事情はつゆほどもしらない小宮果穂は、ただただ首をひねるばかりである。彼女はいろはちゃんからの信頼を取り戻すために、あらゆる状況を想定して行動を始めた。
§
一時間後。ようやくいろはちゃんはカレーライスを完食した。
「おなかいっぱいである」
「ふふ……!」
ようやく小宮果穂は、自分のカレーライスを食べることができる。よく噛むが、なるべく早く食べ終わる。このあとやることが多いためだ。マメ丸の夕飯もある。マメ丸は待ちくたびれて、ふて寝中だ。
「んっ……んっ……ぷはぁ! ごちそうさまっ! マメ丸、遅くなってごめんね!」
「! ワフ!」
小宮果穂は、マメ丸用のドッグフードを用意して手渡す。
むしゃむしゃと食べ始めるマメ丸。
続いて小宮果穂は、空き容器を片付けるため台所へ。使用したスプーンやフォーク、ほかにもいろはちゃんに食べさせるため使った小皿を洗ったり、食卓の上にまだ残っているこぼしたカレーライスを拭いたりなどなど、いくらでもやることはある。
その一方、いろはちゃんは、じっとマメ丸のドックフードを見つめていた。マメ丸の横からドッグフードを奪うような迫り具合で、今にも飛びかかる仕草。
「ワフ?」
「…………」
いろはちゃんは、コロコロとしたドッグフードに手を伸ばす。
「ワフ!? ワン!」
「……? ……」
マメ丸が体を入れて止めに入る。
対するいろはちゃんは、マメ丸の股の間に手を入れて、ドッグフードをひとつ掴み取った。
「ワン!?」
いろはちゃんは、ドッグフードを口元に持っていこうとする。すかさずマメ丸は、いろはちゃんの腕────は傷つけてしまうため、園児服の袖を噛んで、ぐいぐいと引っ張る。
「なにー?」
「ぐるる……!!」
「いやー!」
「ぐる……ワフッ! ワンワンッ!」
マメ丸は、小宮果穂に助けを求める。
「? どうしたのマメ丸ー?」
小宮果穂が台所のカウンターからリビングを覗き込んだ瞬間。目と目が合った。園児服の袖を一生懸命に引っ張るマメ丸の鬼気迫る右目と、今なにかを口の中に入れたいろはちゃんのまあるい左目。
「────、──っ!?」
すかさず台所から飛び出した小宮果穂は全力疾走。スライディングでリビングの床を滑り込み、いろはちゃんの体を抱き拾うなり、ちっちゃな口の中に指先を突っ込む。
「そ、それ! 食べちゃダメ……!」
「……?」
一応、子供が誤飲しても大丈夫なように加工はされているが。取り立てて食べて得する物ではない。食べないほうがすこぶる健康的だ。
「は、吐き出して……! べーってして! べーっ!」
「むにゅ……んー!」
いろはちゃんは抵抗する。とつぜん小宮果穂に迫られて驚いたのもそうだが、言われるがままにする理由がない。なぜ食べてはいけないのか、その理由がわからない限り従いたくない気持ちがある。
「食べたらまずいよ!」
「? おいしいよ!」
いろはちゃんはしゃべるために口を開けた。
小宮果穂は咄嗟に指を突っ込んで、全然噛めてないドッグフードを一つ、無理やり取り出すことに成功した。
「────…………っ…………ハァァァァ~~~~~…………」
「あー……まぁいっか!」
いろはちゃんは、けらけらと笑う。
小宮果穂は、安堵と疲弊が入り混じる重く深いため息を、深呼吸して吐き出していた。
マメ丸も、床にうつ伏せて舌を出す。さすがに今のは肝が冷えた。三歳児ともなれば、豆柴の力に抵抗できるのか。たしかに傷つけないように加減はしていた。だが本気を出して止めていればケガをさせてしまう。むずかしいところである。
「……ドッグフード、届かないように……柵、用意しないと……」
「ワフ……」
「あ、それと、マメ丸……教えてくれて、ありがと……」
「ワフゥ……」
§