【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夜の九時頃。
台所の食器洗いを済ませて、食卓を拭いたあと、マメ丸の食べ終えた皿も片付けて、こぼしたカレーライスで汚れた園児服を洗濯機に入れて洗濯する。……時間効率的に考えれば、先に洗濯機を回せば良かった。次からはそうする。
牛柄のタイツに着替えさせられたいろはちゃんは、ベッド型に変形したソファの上で健やかな寝息を立てている。そのとなりにはマメ丸が付いており、いろはちゃんはふさふさの毛を抱き込むようにして寝ていた。
「……────」
小宮果穂は、慈愛の表情でそれを眺める。幼子と愛犬が、兄弟のように仲良く眠る姿。写真に撮りたい。スマホを取り出してシャッターを切る。音が少し鳴ってしまったが、洗濯機がぐわんぐわんと回る中で熟睡しているのだ。ひとりと一匹は目を覚ます気配もなく、ぐーぐーと寝息を立てている。
(……あれ、なんか、どっと疲れちゃった……)
これから荷物の整理を始めようと思ったのだが、その余裕も失われつつある。
けれど今が踏ん張りどころ。
なぜなら明日は学校だ。
朝六時に起きて朝食の準備。アルファさんが作り置きしていた冷凍パックの料理をレンジでチンして、細かく刻んで、いろはちゃんに食べさせる。そのあとは小宮果穂とマメ丸も朝食を済ませて──そうだ洗濯物を干さなければ──登校準備。いろはちゃんとマメ丸はお留守番。そしてマメ丸には、いろはちゃんの見張り番を任せる。
ずっと家に閉じ込めるわけにもいかないが、今は小宮果穂の準備が整うまで、いろはちゃんには外出を我慢してもらう必要がある。
ただし学校は朝八時から午後三時まで……登校時間は七時であり、遅いと夕方四時に帰る……つまり六時間以上も、家の中に閉じ込めてよいものか……やはり心配だ。あとひとり、頼りになる存在が欲しい。沢田さんたちに頼むか。否、彼らも学校がある。むずかしいだろう。やはりマメ丸に任せるしかないのか。
(それを考えるのはあと……今は、明日の学校の準備を……)
眠たげにまぶたをこすりながら、いろはちゃんに毛布をかけた小宮果穂は、最後のひとがんばりを始めた。
やがて夜の十時を回る。
大きなあくびをした小宮果穂は、ソファベッドの毛布の中に潜り込み、いろはちゃんを挟んでマメ丸と就寝。すると意識がストーンと果てのない深淵に落ちていき、赤毛の少女は泥のように眠り込んだ。
§
早朝の六時頃。
スマホにセットしたアラームが『PPPPPP!』と鳴り響く。
「……! ……──っッ!!?」
毛布の中央がくぼんでいる。つまり、いろはちゃんが毛布の下に居ない可能性が高い。毛布を吹き飛ばす。マメ丸は熟睡している。やはりいろはちゃんがソファベッドのどこにもいない。あちこちを見渡す。どこにも見当たらない。
────生きた心地がしない。
「ま……マメ丸!」
「ワフンッ!?」
「いろはちゃんはどこ!?」
「……!? ……ワフ!!」
小宮果穂とマメ丸は大慌てで、いろはちゃん大捜索を開始。小宮果穂は台所を確認、マメ丸は匂いを辿っていく、小宮果穂は洗面所と風呂場を確認、ヒーロー部屋を確認、マメ丸はリビングに山積みにされたダンボールの裏側を確認。
「ワンッワンッ!」
「……!」
マメ丸が“見つけたよ!”と吠えた。急いで駆けつける。するとリビングに積まれたダンボールの裏側で、いろはちゃんがぐっすりと寝ていた。
「な、なんで……こんなところに~……?」
「ワフ~……」
風邪を引いてしまう。皮膚に触れてみると、意外と体温があたたかい。子供体温というやつか。しかし床は冷たい。まさか暑かったから涼しいところを探して、ここにたどり着いたのか。ソファベッドからは完全な死角であったため気付かなかった。
「……こんなんじゃ、心臓、いくつあっても、足りないよ……」
小宮果穂は思う。
(お母さんとお父さんも……お兄ちゃんとあたしを育てる時は、こんな毎日を繰り返してたのかな……?)
毎日ではないだろうが、それなりに経験はあるだろう。
小宮果穂の両親は、小宮果穂が生まれた時から一緒に暮らしているのだ。ある程度の行動は予測・推測できる。しかし小宮果穂は、アルファの幼少時代なんて知りもしない。そのぶん突拍子もない行動に予測・推測が立てられず翻弄されてしまうのは、当然といえば当然である。
つまり翻弄されなくなるのは、同棲生活に慣れてきてからの話だろう。
小宮果穂は、いろはちゃんに毛布をかける。
それから昨晩予定していた家事を済ませにかかった。
§
朝六時半頃。
(あれ……なんか、忘れてるような……?)
いろはちゃんは、まだ爆睡している。起こさないで出ていけば、起きた時に混乱させてしまう。登校準備を整えながら、何度も体を揺すって起こす。
「起きてー。アルファさーん……じゃない。つい言い間違えちゃうな……いろはちゃーん?」
「……んー……?」
いろはちゃんは目をこすって起きる。キョロキョロと辺りを見渡す。
「おかあさんはー?」
「……! えっと……」
「まぁいっか」
「!?」
それは楽観的が過ぎるのではなかろうか。このぶんだと誘拐されても『まぁいっか』で済ませそうな気配がある。なんなら誘拐されたと知っても『まぁいっか』と言いそうではある。とんでもない子供だ。
「……お母さんいなくて、寂しくない……?」
「さびしい! でもいないからしょーがない……いつおかあさんくるの?」
「えっと……二ヶ月後……?」
「にかげつ? じゅうがどれくらい? 2ぃー?」
「えっと……」
一ヶ月は三十日。もしも“じゅう”が“日”を指しているとするなら3であろうか。
つまり。
「……6かな?」
「……………………、……………………ながーい!?」
どうやらいろはちゃんなりに頭の中で計算したようだ。
じゅうが6もある。確かに子供からすれば長いだろう。
「それまでここなのー?」
「う、うん……! がまん、できる……?」
「ムリ!」
「だ、だよね……! お姉ちゃんじゃ、ダメだよね……」
「……なまえは?」
「え?」
「わすれちゃった。いろはちゃん! さんさい!」
「……果穂だよっ! 12歳!」
「かほちゃん! おなかへった!」
「オッケー!」
小宮果穂はランドセルを背負いながら台所に入る。エプロンを着る時間はない。冷凍パックをレンジでチン。小刻みに刻んで持っていく。
(あ、もう七時……! 遅刻しちゃうかも……! でも仕方ない……)
学校より、いろはちゃんを優先する。
朝ごはんを食べさせる。
「あのね、これアルファさんが作ったんだよ!」
「……? いろはが?」
「そう!」
「なにをいっているのか。さんさいにはわからん」
それもそうだろう。
「まぁすぎたはなしだ。おおめにみよう」
それはどこで覚えたセリフなのだろう。
いろはちゃんは完食する。昨晩と比べて二倍近いペースで食べ終わった。小宮果穂はどうしてだろうと考える。カレーライスの方が食べやすかったはずだ。もしかして夜は眠くて、そのぶん食べるペースが落ちていたのだろうか。
「あのね! いろはちゃん、よく聞いて?」
「?」
「あたし、これから学校があるの! あの時計の針が『3から4』の頃には帰ってくるから……」
「…………1、2、3……」
いろはちゃんは、時計の文字盤の“七”から数え始める。
「8、9……。……────ながーい!」
「ご、ごめんね……! そのあいだ、マメ丸が遊び相手になってくれるから……!」
「おさんぽ?」
「っ……! それは……ごめん! まだもうちょっとだけまって?」
「んー……」
明らかに不満そうないろはちゃん。
「あ、そうだ! このダンボール箱ね! たっくさんヒーローもののDVDがあるの!」
「……ニチアサ?」
「そう!」
「いらなーい」
「え……」
「いろは、アニメきょうみなーい」
小宮果穂は目を見開く。
(あ……そっか────アルファさんは家族がいなくなっちゃったあと、ヒーロー番組で勇気をもらったって話してたから……もしかしてそれまでは、まだそんなにヒーローを好きじゃなかったのかな……?)
「……がっこう、たのしい?」
「え? あ……うん! たのしいよ!」
「じゃあいろはもあそびにいくー!」
「えっ!?」
「できたらねー」
「……!!」
できたらね。とは、どういう意味だろうか。
小宮果穂は、なぜだか今、
「……と、とにかく、いってきます!」
「いってらー……しゃっせ~」
いってらっしゃいと言ってくれるかと思いきや、いろはちゃんは糸目で巻き舌で、いらっしゃいと招いてくる。もしかして寂しいのだろうか。
「っ……」
小宮果穂は後ろ髪を引かれる思いで登校する。
本当にこれで正しいのか。
葛藤は尽きない。
§
朝の七時半頃。
小宮果穂は登校中。ぐるぐると頭を悩ませる。
昨日からてんてこ舞い。なんとかいろはちゃんの要望に応えようとした結果、むしろいろはちゃんを苦しめるような状況に置いている気がする。
(……どうすれば……何が正しいんだろ……)
いろはちゃんは、おまわりさんがイヤだと言う。それでも警察に連れていくのが常識的には正解だが……リボーンくんによれば、警察に連れていけばいろはちゃんの命はない、とのこと。
それはさておき、いろはちゃんにはマメ丸が付いているため、日中はアルファ邸で過ごすことになっても、きっと寂しくはないとは思うが……色々と不安が残る。
それはそれとして、何かを忘れている。
するとスマホに着信が入った。小宮母である。
「────あぁああああああーーーーーー!?」
毎日のレポートを忘れていた。歩きスマホはダメ。
すかさず路傍の石塀に避けてチェインを早打ちする。
『レポート忘れちゃったお母さんごめんなさい!!!!!いま登校中です!昨日はアルファさんにカレーライスを食べさせて洗濯機回したり皿洗いしました!次は寝る前に報告するから、家には来なくていいよ!』
送信。これで完了。
「あ、学校に遅刻しちゃう……!」
小宮果穂はランドセルを背負い直して走り出した。
§