【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
昼ごろ。小宮果穂が通う小学校。三時限目終了のチャイムが校舎に鳴り響く。
「……────」
小宮果穂は、登校時からずっとそわそわとして落ち着きがない。
それについて、まおちゃんが問いかけた。
「果穂ちゃん……だいじょうぶ?」
「え?」
「朝からずっと変だよ。気になることでもあるの?」
「……! う、うん……でも、たぶん、だいじょうぶ……だから……!」
「……そう……」
明らかに大丈夫そうではない。二時限目に至っては、廊下で担任を呼び止めて『早退してもいいですか?』と相談までしていたのだ。結局、担任に理由を聞かれて、なんとなくはぐらかしたようす。どう見ても正常ではない。
その時、クラスの男子たちが窓の外を見て騒ぎだした。
「おい! あれ見ろよ! 犬だ!」
「えー!? どこどこ!?」
「あれ柴犬じゃね?」
「でもちっちゃくなーい?」
「なんかすっごくちっちゃい子もいるー!」
「……あれ? あのスカーフ……もしかして、果穂ちゃんのマメ丸じゃないの……?」
ふとした友人の一言。
「えっ!?」
小宮果穂はクラスメイトをかき分けて窓辺から校庭を覗き込む。そこには、地面を
(────っ!! な、なんで……!? どうして……どうやって……!?)
まさかの珍事態。
「あ、ちっこい奴が座り込んだ!」
「疲れちゃったのかな?」
「ねえ。あれやっぱり小宮さんの犬────」
友人の問い掛けより早く、小宮果穂は教室を飛び出す。
「果穂ちゃん!?」
校舎を走って昇降口で靴を履き替えて校庭に出る。
「はぁ、はぁ────マメ丸ー! いろはちゃーん!」
「! ワンワンッ!」
「あ……おいこらー!」
いろはちゃんはキレ気味に呼びかけると、ポーチから空っぽに近いペットボトルを取り出す。
「な、なに……!? どうして、ここに……?」
「ペットボトル! あかなかったっ!」
「……!!」
「このまわすやつ! あけて! のどかわいた!」
「……っ!? あ……そっか……そう、だよね……ごめんね……っ!!」
小さな子の力では、ペットボトルのフタを開けられない。高いところに置くと届かないだろうから床に置こう。そう考えるまでは正解だった。しかしフタまでは意識が向かなかった。まだまだ細かい点が至らない。危うくいろはちゃんを危険な目に遭わせるところだった。否、すでに何度も何度も遭わせてしまっている。
(やっぱり……あたしひとりじゃ、ムリが……)
小宮果穂は、いろはちゃんを抱きしめる。
「?」
「ごめんね……やっぱり、あたしのお母さんに相談する……」
「……? それしたらどうなるの?」
「……たぶん、おまわりさん……?」
「えー? やだー!」
「で、でも……!」
「かほとまめまるとはなれるの、やー!」
「……なんで?」
いろはちゃんは、なぜと問われて考え込む。
「ながーい! のにつまらんのきらい!」
「……どういうこと?」
「あのねー。まめとおさんぽしてねー。はし、わたった! かわ、みた! もり、あるいた! えき、いった! しょうてんがいも! たのしいのによー。すきなのによー。なんでせまいところに? いろはひろいのがすきー! さっきのおうちがいーいー! おまわりさんのなら、いろはイエデするー!」
「……………………」
それは困る。よくわからないが、いろはちゃんなりにアルファ邸を気に入っているようす。二ヶ月間を過ごす場所として、既に覚悟を決めているようだ。また、なぜ警察が狭い場所なのかは不明だが、もしや交番の広さを指して言っているのだろうか。たしかに交番で暮らすのは狭そうだが、全ての迷子がそこで長く暮らすわけではないだろう。もっと別の場所に案内されるはずだ。しかし、それをいろはちゃんに説明して伝わるだろうか。
いろはちゃんは大の字になってイヤイヤ期を始めた。地団駄を踏んでいる。
「……わかった……」
「!」
「あたし、もう二度と、失敗しないから……!」
「…………えっと、なんだっけ…………
「あるよ!」
それもどこで覚えてきたセリフなのか。
ともあれ小宮果穂は、万事を尽くす所存である。
「じゃあ、ドアあけろ!」
「えっ!?」
「あけるのにたいへん! つかれた! つかれた! つかれた!」
三回も続けて言うとは、よほど脱走に体力を使ったようだ。
いろはちゃんは、もういやだと言いたげに倒れて、ぐでんと地面に伸びる。死体のつもりか、泥のように眠ろうとする。
「……そうだね……それも考えるよ!」
「あと、しんぱい、いらない! まめがいればだいじょうぶだいじょうぶ」
「そ、そうかな……?」
小宮果穂はマメ丸と視線を合わせる。
「ワンッ! ワンワンッ!」(任せとけ! おれがおにいちゃんとして、果穂とちっこいアルファの面倒を見るぜ! 妹に続いて弟がひとり増えたようなもんだ! 楽勝よ!)
「……そっか! じゃあマメ丸、あたしがいない時はよろしくね!」
「ワンッ!!」
そしていろはちゃんは、まだ不安なのか。ダメ押しとばかりに、なぜアルファ邸がいいのかを、なんとか言語化しようとする。
「あとねー。なんでおかあさんとおとうさんのしゃしんがあるのー?」
「────え……?」
「たたみのさー。へや!」
たたみ。畳。部屋。
────和室。そこには
(っ……!! しまった……! めったに入らない場所だから、すっかり忘れてた……!!)
小宮果穂は青ざめる。
「あ、あの、それはね! えっと……!!」
「……? ……まぁいっか!」
「!?」
「おなかすいたー。いってきまーす! ばいばーい!」
いろはちゃんは、小宮果穂に手を振ると、マメ丸を連れてどこへなりと立ち去る。
「え……ど、どこ行くの!?」
「しらな~い! ぼうけ~ん!」
「あ……あまり遠くに行っちゃダメだよ……!! マメ丸、ほんとによろしくね……!!」
「ワンッ!」
§
小宮果穂はクラスに戻る。
するとクラスメイトたちがわっと群がって質問攻めを始めた。
「果穂ちゃん! あの子と何を話したの?」
「知り合い?」
「なんで果穂ちゃんのマメ丸とお散歩してたの?」
さて、なんと説明したものか。
「え、えっと……!」
小宮果穂は、当たり障りのない言い訳を考える。
「……────その……知り合い、で……マメ丸とお散歩、してたけど……学校に来るとは思わなかったから、あたしもびっくりしちゃって……!」
「そうなんだー!」
「親戚の子とか?」
「ちっちゃくて可愛かったねー!」
小宮果穂の視線が泳ぐ。なんとも分かりやすい。
となりで何も言わず見守るまおちゃんは、友人が苦しい言い訳をしていることを察する。
「あ、もしかして果穂ちゃんの妹とか?」
小宮果穂の家族構成を知らないクラスメイトが問いかける。
「う、ううん……! それはちがう……! あと、男の子だから……!」
「あれ、そうなの!? なんだー!」
「やっぱりちっちゃい子って性別わかんないよねー」
「名前は?」
「えっと……いろはちゃん……」
「へー! ……え?」
「男の子なのに、いろはちゃん?」
「どういうこと?」
言われてみれば、確かに疑問である。
男の子であるはずだが、女の子みたいな名前だ。
「それは、わかんないけど……」
ともあれ、この話は終わりにしたい。
すると運良く、四時限目開始のチャイムが鳴り響いた。
§