※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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pR【男の子の育て方!】小宮果穂

 

 放課後の大型ショッピングモール。

 小宮果穂は下校路から、まっすぐと本屋に直行した。

 

 本棚のコーナーから『育児』のタイトルを探す。よさげな本を手に取って読んでみる。すると、考えてみれば当たり前だが……言われるまで全然気にしていなかったこと・まったく知らなかったこと・絶対やってはいけないタブーなこと……それら全ての情報が新鮮であり、小宮果穂の脳内に知識として吸収されていく。

 

(────────……………………)

 

 矢継ぎ早に繰り出される情報の洪水。

 その全てを瞬く間に処理していく立ち姿は真剣そのもの。

 

 極限まで研ぎ澄ませた集中力は、傍から見ている方が驚いてしまい、気安く声を掛けられない。

 

(…………────よし、これを買おう! 二百万円から少し持ってきたから、お金は全然ある……! ほかの本も一応見ておくけど……いま読んだ本がいっぱい色んなこと書いてあって良さそうだった……そこそこのところで切り上げて、次は小児用のアイテムをたくさん買わないと……持ちきれないものは即日配達で送ってもらうことにして……)

 

「……か、果穂ちゃん!」

「……──!?」

 

 ふいに、まおちゃんの声が聞こえてきた。

 小宮果穂は、おっかなびっくりと振り返る。

 

「果穂ちゃん……育児の本なんか読んで、どうしたの?」

「ま、まおちゃん……!」

 

 どうしてここにいるのか。

 問いかける前に、まおちゃんは答える。

 

「果穂ちゃん。今日は様子が変だったから……心配で、尾行しちゃった……ごめんね?」

 

 そんな。謝ることではない。小宮果穂は首を横に振る。むしろ心配をかけたこちらのほうが申し訳ないと、小宮果穂はうつむいてしまう。

 

「あ、のさ……! 私、果穂ちゃんの友達でしょ……?」

「……!」

「だから、困ってることがあったら、相談、してほしいなって……」

「…………」

 

 持つべきものは友。それはどのヒーローのセリフだったか。

 小宮果穂は、突然のアルファの幼児化に際して焦燥のあまり、基本的なことが頭から抜け落ちていたようだ。

 

「……まおちゃん……ちゃんと、聞いてくれる……?」

「……! うん! もちろんだよ!」

 

 ならばと小宮果穂は、ひとまず優先順位を決める。

 

「じゃあ……このあと、時間ある?」

「うん!」

「あたし、これからたくさん買い物しなくちゃいけなくて……」

「手伝うよ!」

「ほんと? 話は、そのあとになっちゃうけど……」

「少しくらい門限が遅れても、私は大丈夫!」

「……ありがと! それじゃあ、手伝って!」

 

          §

 

 小宮果穂とまおちゃんは大型ショッピングモールを駆け回り、大量の手提げ袋を手にして帰路に就く。

 

 夕暮れのオフィス街。アルファのマンション。

 小宮果穂とまおちゃんはエントランスに入る。

 

「ここが……あのアルファさんのおうちなの? アイドル・天道唯我の……?」

「うん! 今回は緊急事態だから、たぶんアルファさんも許してくれるはず! 入って入って!」

 

 アルファ邸の玄関前に到着。鍵を開けようとした小宮果穂は、玄関扉が微妙に開かれているのを発見して首をひねる。真下を見れば、リコーダーが挟まっていた。いろはちゃんの脱走の痕跡だろう。まったくどうやったらこんなことができるのか。

 

「え……果穂ちゃん……これなに?」

「わかんないけど……お掃除の仕事が増えたみたい……」

 

 小宮果穂は辟易としつつ扉を開ける。すると目の前に、食卓の椅子が横転していた。小宮果穂の替えの洋服やらなにやらが散乱している。

 

「────……うぅ……」

「か、果穂ちゃん……!」

 

 お気に入りの洋服がぐちゃぐちゃだ。汚れているだけならまだしも、いったいなにをしたのか破れかけているものもある。ともあれ今は、大量の手提げ袋をリビングに運ばなければいけない。

 

 小宮果穂とまおちゃんは窓際に荷物を下ろす。

 それからソファベッドに落ち着いて訳を話したいところだが────

 

「いろはちゃんは……今どこだろ……」

「え……」

 

 小宮果穂は後悔する。なぜ連絡手段を持たせなかったのか。色々と後手に回りすぎている。猛省しても、何かあれば遅い。しかしマメ丸がいるなら、必ず暗くなる前には帰ってくるはずだ。そう信じる。そのためにもマンションのエントランスに降りて、彼らの帰りを待つ。

 

 ロビーに設けられたソファ。

 そこに座って、いろはちゃんとマメ丸の帰りを待ちながら、小宮果穂はまおちゃんに語り始めた。

 

 ────とうてい信じてもらえないであろう、十年前バズーカによる悲喜交々(ひきこもごも)のお話を。

 

          §

 

 日没間近のマンションロビー。

 小宮果穂は全てを語った。これで信じてもらえないようなら、家族に話したとて同じことだろう。そのように見切りを付けようとする。

 

「──……その、果穂ちゃん……」

「……」

「つまり、今日のお昼、校庭に現れた男の子が……アルファさんの十年前の姿ってこと……?」

 

 こくり、とうなずく。

 この目で見たのだ。心霊写真も撮ったことがある。たとえサンタはこの世に居なくても、この世にふしぎなことはあるものなのだ。

 

「ただいまー! あけろー!」

『……!!』

 

 小宮果穂は振り返る。

 そこにはゲートの前で立ち往生する、いろはちゃんとマメ丸が帰ってきていた。

 

「いろはちゃん! マメ丸!」

 

 小宮果穂は駆け寄ってゲートを開く。ついでに手っ取り早くファミリー登録も済ませておく。大型ショッピングモールで合鍵も作ってきた。ただしいろはちゃんの身長では、ロビーの鍵を差す場所に手が届かない。五階の玄関手前に台座は用意したものの、ロビーに台座を置くわけにもいかない。そのためロビーに関しては声紋認証機能が役に立つだろう。小宮果穂は、いろはちゃんを抱っこする。

 

「なにー?」

「この機械に合言葉を言うの。するとゲートが開くんだよ!」

「ふーん? じゃあ……『あけてー!』……これでいい?」

「試してみて?」

 

 いろはちゃんは「あけてー!」と叫ぶ。すると声紋認証が反応してゲートが開いた。これは便利だ。

 

「そしてだれだ」

「え! あ……まお、と言います……果穂ちゃんの友達で……」

「いろはちゃん! さんさい! おとこのこ!」

 

 いろはちゃんは元気いっぱいに手を挙げて自己紹介する。

 あまりのかわいさに、思わずまおちゃんは目を潤ませて口元を手で覆った。

 

          §

 

 日没間近のアルファ邸リビング。

 一日中お散歩しまくったいろはちゃんは、ベッドソファの上で爆睡中。マメ丸は鼻と舌が渇きまくっていたのか、浴びるように水を舐め飲んでいる。

 小宮果穂とまおちゃんは協力して、いろはちゃんが散らかしたものを片付けて、入ってはいけないところに柵を取り付けたり施錠したり、玄関扉を開けやすいように台座を置いたり、小宮果穂の設計通りに模様替えする。また、マメ丸用のケージもようやく展開して、二度といろはちゃんがドッグフードを口に入れることがないように策を凝らす。さらに、いろはちゃんが簡単に食べ物や水を飲めるような準備も済ませた。

 

(……ん? 食べ物……?)

 

 お昼ご飯とおやつは、長持ちするアルファ手製のパック弁当を低い位置に置いておいた。中身も細かく刻んである。マメ丸のドッグフードも隠すように置いていた。マメ丸なら見つけられる場所である。それらは今もまだ最初の位置に置きっぱなしだった。

 さて、朝から脱走していたいろはちゃんは、はたしてお昼に何を食べたのか。まさか何も食べていないのか。

 

「いろはちゃん!?」

 

 小宮果穂は戦々恐々と呼びかける。

 しかし当のいろはちゃんは爆睡中。やはり三歳児をひとりで長時間放置するのは現実的ではないのだ。当初の予定では、お昼に学校を抜け出してアルファ邸に帰り、いろはちゃんにお昼ご飯を食べさせてから、再び学校に走り戻るつもりでいた。

 今日はいろはちゃんが脱走したため、その予定は崩れたが……仮に予定取りにやろうとしても、やはり現実的な方法ではないだろう。勝手に学校を抜け出せば問題になるし、周りに迷惑がかかる。ならばいっそ──アルファを/いろはちゃんを──どこかにあずけたほうが現実的なのだ。

 

 それは最初から分かっている。

 では、なぜ自分が面倒を見ることにこだわるのか。

 

「…………」

 

 ただのわがままである。

 いろはちゃんの要望に応えたいというのは言い訳だ。

 本当のところは、小宮果穂が自分自身で成し遂げたいことがあるだけ。

 

「……────」

 

 小宮果穂は、ヤンデレ期の時に考えていた計画のひとつを、ついに実行に移す。

 

 ────360°見守りカメラ。

 

 それは今日ショッピングモールで買ってきた。スマホと連携して、相手からの応答許可なしに自動で通話が接続する。スマホでアプリを導入すれば、いつでもどこでも部屋の中を見守ることができる。数台購入したため、リビング・台所・和室・廊下・ヒーロー部屋などに設置した。

 

 さらに出前サイトにも登録を完了。アルファさんの金庫から『これは緊急用な?』と教えられていたデビットカードも借り受けた。すでに銀行で百万円を振込済み。いろはちゃんが台座に立ってドアを開けられるなら、支払いは小宮果穂が済ませているため、あとはいろはちゃんが商品を受け取るだけ。ただしそのままでは食べられない。食べる時は必ず、見守りカメラを通した小宮果穂の指示に従うこと。

 

 今日は一日中、そのようなことを考えていた。

 しかし、いろはちゃんは一筋縄ではいかない。どうやらまったく別のサバイバルを始めているようす。

 

「いろはちゃん。起きて……! 今日のお昼はどうしたの?」

「────……んー? 公園でばっちゃにもらったー。おにぎりー」

「……人から貰ったの? スゴいね……そういうところは、やっぱりアルファさんだ……」

 

 タダ飯にありつく才能は、三歳児の頃から光っていたのか。折り紙つきである。

 

「じゃあ、マメ丸のは?」

「いぬかってるひとがくれたー。えさー」

「……そうなんだ。ありがとね!」

 

 その割には、マメ丸に水は与えられなかったようだ。

 やはり、まだまだ三歳児。至らない点は数多くある。

 

「ねえ、果穂ちゃん……」

「まおちゃん?」

「やっぱり、ムリがあるよ……本当に大丈夫かな? みんなに秘密にして……」

「それは……」

「二ヶ月間も、三歳の子の面倒を見れるの? 平日は学校があるし……ひとりにするのはあぶないよ……いくらマメ丸がいても……」

「…………うん────」

 

 その時、いろはちゃんがむくりと起き上がる。

 

「いろはのは、しんぱいいらない。なんとかなる。いつものこと」

「え……?」

「いろはちゃん、いつものことって……?」

「いつもおうちばいばいして、ぼうけんしてた。そしたらなぜなの、おまわりさんにつかまる!」

「……え。それって……何回も捜索願を、出されてるって、ことじゃ……?」

「ア、アルファさん……じゃなくて、いろはちゃん……そんなに、脱走が好きだったの……?」

 

 なぜおまわりさんを嫌がるのか、今の会話で見えてきた気がする。

 この子は、根っからのフリーダムだ。自分が居なくなることで、周りにどれだけの心配と迷惑を掛けるのかを、まだ理解していない。それも無理からぬこと。ここまで行動力がある三歳児のほうがおかしいのだ。

 

「……なんか、さっきは私、ああ言ったけど……この子なら、ひとりでも二ヶ月間、サバイバルできそうだね……」

「……そうだね……だって、アルファさんだもん……」

 

 アルファだから。という謎の理論。

 しかし不思議にも、謎の説得力がある。

 神童や麒麟児は、何歳であっても破天荒なのか。

 

「わかればよろしい」

 

 いろはちゃんは説得が成功したと判断したのか、その場でぐったりと横になった。再びの爆睡である。

 

          §

 

 夕飯時のアルファ邸リビング。まおちゃんは帰宅した。

 小宮果穂はエプロンに着替えながら、マメ丸とじゃれあういろはちゃんに問いかける。

 

「いろはちゃん! 夜ご飯、なに食べたい~?」

「なんでも~いつもの~」

「いつものって~?」

「ごはん! みそしる! はんばーぐ! キャベツ! トマト! さいきんミルク! ピーマンはなしー!」

「え~? 好き嫌いしちゃうの~?」

 

 小宮果穂は台所に立って、三歳児の必要カロリーに注意した夕食を作り始める。

 昨日はカレーライスをまるごと食べてしまったため、少々カロリーを摂り過ぎた。ついでに歯磨きを忘れてしまったため、虫歯になる恐れがある。そのため歯磨きは先ほど済ませており、夕飯後も歯磨きをする必要がある。

 

「いろはのごはんをまつときねー。まてるんだよー」

「そうなんだ。えらいねっ!」

 

 白飯に少量の水を入れてかき混ぜることで柔らかくする。

 いろはちゃんは三歳児の平均咀嚼(そしゃく)能力と比べると、やや咀嚼力が弱め。昨晩、のどに詰まらせて吐き出して床に落ちたじゃがいもを調べてみたが、ぜんぜん噛めていなかった。噛んだ痕跡はあるものの、噛みちぎることはまだ難しい模様。

 

「おかあさんのごはんをまつときねー。まてるんだよー。すごいでしょ!」

「うん! スゴいよ!」

 

 みそ汁を作る。そのままでは火傷するため、ボウルの中に冷水を入れて、その上にみそ汁の鍋を浸して温度を下げる。

 その間、冷蔵ハンバーグをレンジでチンした。ホカホカのハンバーグを皿に移して、箸でブロック状に切る。三歳児の口に合うサイズになるまで入念に切ってほぐしていく。

 

「おとうさんのごはんをまつときねー。まてるんだよー」

「あ、お父さんもご飯を作るんだ?」

「? つくらないよー! おすしだけー」

「え? ……?? ────」

 

 小宮果穂はズボンの後ろに、小児雑誌を丸めて突っ込んでいた。すぐにそれを取り出して『三歳児とのおしゃべり』というコーナーを読む。

 三歳児ともなれば覚えて使う言葉も増えるが、なぜか同じ説明を繰り返すフシがある。少しだけ言葉を置き換えて、だらだらと話すクセがある。それは特に善し悪しの問題ではなく、三歳児特有の現象であり、四歳になれば自然と消えているもの、とのこと。

 

(つまり今のは“いろは”“おかあさん”“おとうさん”の単語だけを置き換えて、何か同じことを説明しようとしてたってこと? それともあまり意味はないのかな……ただおしゃべりしたかっただけ? う~ん……もしかして、ただ“待つ”ができるってことを言いたかっただけ? じゃあ、あたしは『お父さんもご飯を作れるんだ』って“話を広げた”けど……それはいろはちゃんからしたら、もしかして“話が遮られた”ことになるのかな……? どうだろ……まだよくわかんないや……)

 

 小宮果穂は、いろはちゃんにとってなるべくストレスフリーな会話法を構築するため、頭を悩ませる。

 まな板の上にキャベツとトマト。包丁で千切りとくし切り。それからさらに細かく刻む。

 ちなみに三歳児は、その頃になると“おわんを持てる”と本に書いてあった。小児用のお皿に野菜を入れて、夕飯が完成する。

 

「いろはちゃーん。ご飯できたよー。手を洗ってきて~」

「わー!」

 

 いろはちゃんは立ち上がると洗面所にとたとたと走る。マメ丸も付いていく。いろはちゃんは台座に乗って、ハンドルを上げて水を出す。ばしゃばしゃと手を洗って、タオルを探す。手の届く範囲にない。濡れた手で台座を降りて、マメ丸のスカーフで手を拭こうとする。

 

「ワフ!? ワンッ!」

「んー……」

 

 マメ丸に逃げられてしまう。いろはちゃんは仕方なくつま先立ちをして、風呂場の扉に掛けてあるタオルで手を拭こうとした。しかし届かない。

 

「おいー!」

「……? どうしたの、いろはちゃん?」

 

 怒ったいろはちゃんは、小宮果穂に文句を言いに行く。

 

「あのねー。……ん~……」

 

 しかし、うまく言葉が出てこない。

 するとマメ丸が代わりに伝えた。

 

「ワンッ!」

「? マメ丸、どうしたの? 洗面所で何かあった?」

「ワフッ!」

「……! タオルが届かなかったの? ごめんね、いろはちゃん!」

 

 さっそく小宮果穂は洗面所に向かい、水洗い場のすぐとなりに清潔なタオルを置いた。しかし近くにタオルは掛けてある。どうやら三歳児の目線の高さでは、そのタオルを見つけられなかったようだ。

 

(そうか、目線の高さにも注意しないと……っ! ……『子供目線、大事』……)

 

 小宮果穂はメモを取る。それからリビングに戻ると、食卓の椅子にいろはちゃんが立っており、小宮果穂のおぼんから箸を「かしてー」と取って、片手に箸、片手におわんを持って、椅子に座り、かきこむようにご飯を食べ始めた。

 

「え……!」(お箸、使えたんだ……!)

 

 驚いている暇はない。このように小宮果穂は、まだまだいろはちゃんのことを知らない。そのため理解を深める必要がある。小宮果穂は育児雑誌に掲載されていた情報をもとに、いろはちゃんとの実験を始めた。

 

 着席。

 自分の食事は一旦さておき、色々と質問を投げかける。

 

「いろはちゃん。食べてる時にごめんね? ちょっとあたしと、お話してくれる?」

「いいよー!」

「じゃあ……キャベツって野菜だよね? じゃあトマトは?」

「……………………」

 

 いろはちゃんは黙り込む。みそ汁をずずず、と飲んでいるが、目はじっと虚空を見つめているため、どうやら脳内は回転しているようす。

 

「…………やさい!」

「あ! 大正解っ!」

「ばんざーい!」

 

 いろはちゃんは両手を突き出す。どうやら正解したらハイタッチする習慣があるようだ。小宮果穂はハイタッチに応じる。

 

「じゃあ、次の質問!」

「おうよ! どんとこいやー!」

「あたしのおぼんから、ご飯とハンバーグを、一口だけでいいから、食べさせてくれる?」

「…………????????」

 

 いろはちゃんは、なにをいっているんだこいつは、という目つきで、呆と口を開ける。

 

「あ、じゃあ、あたしのおぼんから、ご飯を食べさせて?」

「はい!」

 

 いろはちゃんは箸を伸ばすと、小宮果穂のおぼんの白い茶碗によそってある白米を箸でつまみ、────停止。

 

「……いろはちゃん?」

「…………??」

 

 誰に食べさせるのか。自分か? 小宮果穂か?

 忘れてしまったいろはちゃんは、自分の口元に運んで、ぱくりと食べてしまった。

 

「あ! ……あたしに食べさせてほしかったのに~」

「! しらーん!」

「そっか~。……ざんねん! じゃあ次! 高いの反対は?」

「やすい!」

 

 低い、と答えるものと思っていたのだが。

 

「……そうだね! じゃあ、ほかには?」

「…………たかいのはんたいはやすい! やすいのはんたいはたかい! たかいのはんたいはひくい! ひくいのはんたいはでかい!」

「! じゃあ、でかいのはんたいは?」

「ちっちゃい!」

 

 これはかなり賢いのでは?

 小宮果穂はメモを取る。

 

(会話はできるけど、どこか独り言みたいな部分がある。でも本当に独り言ってわけじゃない。聞かせるために話している。まだ知らない言葉はたくさんあるけど、自分なりに近い言葉を引用することもできる? “ちっちゃい”とか。……で、あまり多くの指示を出すと、よくわからなくなる時がある。指示は一個ずつが確実。指示に使った単語が二個以上だと、途中で忘れちゃうのか、自分の解釈で答えを選ぼうとする。あと……)

 

「あいうえおはわかる?」

「わかる! あいうえお!」

「じゃあ、あいうえお、を……ゆ~~~~~~~っくり、言ってみて?」

「なんで?」

「おねがい!」

「……………………あ…………────? あ…………い…………────???」

「どうしたの?」

「いえん!」

「言えないの? じゃあ、今度は早口で言ってみて! ビュビューンって!」

「あいうえお!」

「お、言えたね! じゃ~あ~? 今度は、あいうえおの“あいう”だけ言ってみて?」

「あいうえお!」

「え~? ぜんぶ言っちゃったね~?」

「いっちゃったね~」

「じゃあ……今度は、あいうえおの“うえお”だけ言ってみて?」

「…………────??」

 

 いろはちゃんは混乱する。言おうと思ってもむずかしい。

 小宮果穂はメモを取る。

 

(スゴい……! 本に書いてあった通りだ……! いろはちゃんは、まだ言葉を“単語”で覚えているんだ……五十音表でいう“一音”として覚えているわけじゃない……だから、あいうえおは“あいうえお”っていうひ(・)と(・)か(・)た(・)ま(・)り(・)として覚えているわけで……“あ”“い”“う”“え”“お”っていう個別のものとして覚えているわけじゃないんだ……そっかぁ……でも、考えてみればそうだよね……あいうえおを習って書いて覚えるのは、もっと上からだし……? そうなると一音ずつ言えるようになるのは、小1より一年か二年くらい前なのかな……?)

 

 三歳児ともなれば口が達者なように見えるが、他人の言葉を聞いてパッチワークのようにつなげているという印象を抱く。全ての三歳児がそうというわけではないのかもしれないが、少なくとも小宮果穂はいろはちゃんに限り、そのような印象を受けた。

 

「いろはちゃん、ありがと! 食べてる時にごめんね!」

「いーいーよー。このはんばーぐ、おいしいねー?」

「そう? また食べたい?」

「ううん。べつのたべたーい」

「そうなの? わかった! いろいろなものが食べたいの?」

「うん!」

「じゃあ、いろんなもの買ってくるね!」

 

 いろはちゃんは、そこそこ器用に箸で食べ進めていく。

 小宮果穂は両手で頬杖をつきながらはにかんでおり、目を細めて慈しむように、三歳児が食事をする様子を見守り続けていた。

 

          §

 

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