【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夜の七時頃。
小宮果穂は夕飯中、いろはちゃんが洗面所に向かったため、食事を切り上げて様子を見守る。いろはちゃんは洗面所の台座に立つと、用意されていたハミガキセットを見つけて、なんとひとりで歯磨きができた。どうやらこれから歯磨きを見守る頻度は少なくて良さそうだ。
いろはちゃんはマメ丸とじゃれあう。その間に食事を済ませた小宮果穂は、リビングに設けた柵の中にドッグフードや水を用意。マメ丸を柵の中に入れる。一方、いろはちゃんはひとりでトイレを終わらせると、リビングに走り戻ってくるなり、強引に柵を突破してマメ丸と遊ぼうとした。小宮果穂は「ダメだよ~柵が壊れちゃう!」と注意して抱き上げて、いろはちゃんを洗面所に連れて行く。
「なにするのー?」
「お風呂!」
「おふろか~。おふろはね~。いろはひとりではいれるよー!」
「そうなんだ! あたしも一緒に入っていい?」
「えー。たまにはひとりではいりたーい」
どうやら何事も、ひとりでやり遂げたいお年頃の様子。
それは今の小宮果穂も同様である。家族に黙って、小さな子の面倒を“ひとりで”見ようとしている。
「いろはちゃん、自分の体、自分で洗えるー?」
「んーんー」
「あれ~? ひとりではいれるんじゃなかったの~?」
「んー……せなか、むり!」
「背中! じゃああたしが流すよ! いろはちゃん、帰ってきてから泥だらけだったから……」
白黒の牛柄のタイツは、今や茶色と黒のタイツに変色している。太陽の暑さで泥が乾いたのか、今は土や砂に変わっており、室内に土砂がぽつぽつと散らばっている。帰る前にまおちゃんが掃除してくれたが、まだ細かいところは残っていた。寝る前に掃除しなければ。
風呂。洗濯。洗濯物干し。掃除。宿題。レポート。
やることは山積みだ。風呂もさっさと終わらせたいが、ゆっくり湯船に浸かって心身の疲労を回復させたい気持ちもある。それにアルファとのお風呂はボーナスタイムだ。否、今はいろはちゃんであるため、何を期待することもないのだが。
「服、自分で脱げる?」
「ぬげるー」
いろはちゃんは洋服のボタンを外す。育児雑誌にも、三歳頃になればボタンを外すことができるようになってくる、と記されていた。
しかし簡単に外せるわけではない。時間をかけてボタンを外すことに成功し、なんとか全裸になったいろはちゃん。
その下半身を目にした小宮果穂は訝しむように、口の手前に拳を持ってきて、興味深そうに片眉を上げる。
(……やっぱりというか、当たり前というか……
何がとは心の声にも出さないが、アルファさんより小さい。それも当然である。
しかし三歳児にしては、なんとなく────大きすぎるのでは? と思わなくもない。ほかの三歳児のそれを見たことがないため気のせいかもしれないが、体の成長のバランスとして、生まれつき巨大であるような気がする。
「いや~ん」
「!?」
いろはちゃんは股間を押さえて恥じらうフリをする。隠すのではなく押さえる辺り、局部の意味を分かっていないようす。加えて、恥じらう演技がまるでおネエのような動きだ。それもいったいどこで覚えてきたのか。
(…………)
小宮果穂は目を閉じて頭を振る。煩悩を払いのける。相手は三歳児だ。たとえ好きな人の、若かりし頃の姿とはいえ、何をよこしまなことを考える必要がある。これはいけない。とてもいけない。深呼吸。深呼吸。
「────……よしっ!」
小宮果穂は腕まくり。いろはちゃんを風呂場に入れて椅子に座らせる。シャワーを流すと冷水が出てくるため、温水に変わるまで浴槽に入れておく。シャンプーハットを被せると、いろはちゃんは手を伸ばしてシャンプーを手のひらに出し、水色の液体をこすったら、自分で自分の髪を洗い始めた。
「イヤァアアアア!」
「!?」
いろはちゃんは目をギュッとつむりながら甲高い
小宮果穂は、弱酸性ボディソープを両手に塗りたくり、いろはちゃんの背中を素手で洗う。這わせる両方の手のひら。後ろ首、首周り、両肩、両脇、胸周り、脇腹、お腹周り、まるいおしり……両脚、両足、つま先。と順に洗う。しかし股間部分はどうしても洗えなかった。ちょっと恥ずかしかったのだ。
「ヤァアアアアアアア!! シャワー! シャワー!」
「え!?」
シャンプーハットからシャンプーが垂れて膝の上に落ちてきた。すかさずいろはちゃんは救援要請を叫ぶ。
とっさに小宮果穂は浴槽から温水シャワーを取り出して、いろはちゃんの頭に掛けた。いろはちゃんは相変わらず叫びながら、ゴシゴシと頭を掻きまくる。
「にゃああああああああ!!」
「……!!」
喜んでいるのか怖がっているのか分からない。いずれにせよテンションが高い。同じ子供なのに、よくわからないことだらけである。
そうして頭のシャンプーは洗い流した。次は体を流す。小宮果穂は片手でシャワーを浴びせながら、もう片手で全身をさすっていく。そうしてボディソープも洗い流した。ふと、いろはちゃんはシャンプーハットを取り外すと椅子から立ち上がり、すぐとなりの浴槽によじ登ろうとする。
「えっ!? まってまって!」
後ろから三歳児の両脇を抱き上げて待ったをかけた小宮果穂は、どうしようと焦る。というのもいろはちゃんは両足をバタバタさせている。床に降ろせば、すぐさま浴槽に特攻を掛けるつもりだ。
「いろはちゃん! じっとしてて!」
「んー……!」
大体分かってきた。いろはちゃんは嫌なことがあると『んー』と言う時がある。まだ言葉にできない不満を伝えようとしているのだ。
「えっと、落ち着いて? これから抱っこして持ち上げて、浴槽の中に入れてあげるから……」
これからやろうとしていることを伝える。
するといろはちゃんは理解したのか脱力。足のバタバタを止めてくれた。
「あ、ありがと! じゃあ、ゆっくりいれるよ? 滑ったら危ないからね!」
一旦下ろす。振り返らせる。今度は三歳児と向かい合って両脇を抱き上げる。そのまま浴槽の中にゆっくりと浸からせる。お風呂を沸かした際、そのままでは三歳児の足が着かないほどの水量が溜まっているため、あらかじめ水は少し抜いておいた。小宮果穂からすれば半身浴より低い水量だが、いろはちゃんからすればちょうど良い水量となる。
「……おふろない!」
「えっ?」
「ない! なんでない?」
もしや水量が少なすぎることを言っているのか。
「えっと……だって、溺れちゃうから……本にも書いてあったし……」
「いろは、ここつかまるもん!」
浴槽の
しかしそれは一度手放してしまえば、深い深い水の中に沈んでいってしまう。
「えっと……いつもお風呂に入る時、誰と入ってた?」
「おかあさんとおとうさん!」
「そっか……」
となれば、ひとりでは手が足りない。
たとえば先に父親が体を洗い、浴槽に入る。続いていろはちゃんの体を洗い、浴槽に入れる。父親がいろはちゃんを支えながら、母親が体を洗い、浴槽に入る。あくまで想像だが、そんな感じだろうか。
いろはちゃんは浴槽の中で座り込むと、胸元まであるお湯をバシャバシャと叩いて水遊びを始める。
「うーん……そうだっ!」
小宮果穂は服を脱ぐ。全裸になった。浴槽の中を頻繁に見守りながら、ささっとシャンプーで頭と髪を洗って、素早くボディソープで体を洗う。全身を清潔にしたら、浴槽にお邪魔する。温水シャワーもお風呂の中に突っ込んで水量を増やしていく。
「あたしも入るよ!」
小宮果穂が浴槽に浸かると、その体の大きさのぶんだけ、お風呂の水が増えたように見えた。
「!」
一瞬でいろはちゃんの口元まで上がってきた水量。
その直前で抱き上げていた小宮果穂は、いろはちゃんを縁に掴ませる。
「これでどう?」
「おふろいっぱい!」
いろはちゃんは気持ちよさそうな表情を浮かべて縁に寝そべる。両手の上に頭を乗せてうたたね。
その背中に手を当てて支える小宮果穂も、縁に頬を寝そべった。いろはちゃんとの顔が近くなる。
パチッと目を開けたいろはちゃんは真顔で、眼前の小宮果穂の顔を見つめ続ける。
その視線に対して、小宮果穂は微笑みながら問いかけた。
「なーにー? どうしたのっ?」
「……?」
いろはちゃんの興味が別のことに映る。
縁から離れた三歳児は、左手で縁を持ちながら、右手で泳ごうとした。
「わわ……!」
すかさず小宮果穂は、いろはちゃんの泳ぐ右手の脇を支え持った。まったく困ったことに、突然そういうことをするものだから目を離せない。右手だけで自分の体を浮かばせることなんてできるはずがないため、一気に体が沈み込んでいった。あと一秒支えるのが遅れていたら、いろはちゃんは溺れていたことだろう。お湯を飲み込んで咳き込んでいたに違いない。
小宮果穂はほっと一息つく。
次の瞬間、いろはちゃんは予想外の一撃を喰らわせた。
「これなに?」
右手で“バチーン!”と、小宮果穂の豊満な左胸を叩き下ろした。水面も叩かれたことで水しぶきが立つ。
「ひゃあ!? ……っ?! ……ッッ!!?」
「これなに?」
すかさず小宮果穂はその右手首を抑えて、振りかぶろうとした動作を制した。
「だ、ダメだよ……! 叩いたら!」
「…………?」
いろはちゃんはうつむいて考え事を始める。
それから冗長と語り始めた。
「あのねー。いろははねー。おとこのこ!」
「え?」
「おんなのこはねー。チンコがなくてねー。あしとあしのねー。ゾウさんがなくてねー」
「……」
「でもおとこのこはねー。チンコがあってねー。あしのあしのねー。ゾウさんがあってねー」
「…………」
「かほはおんなのこ!」
「! う、うん! そうだよ……!」
「それはねー。かほはチンコなくてねー。あしのあしのねー。ゾウさんがないからー」
「う、うん……」
「でもねー。いろはにはあるのー!」
「……うんっ!」
「…………」
「…………」
つまり、何が言いたかったのだろうか。
小宮果穂によって右手を解放されたいろはちゃんは、一切の躊躇なく予備動作もなく“スッパーン!”と小宮果穂の豊満な右胸を叩き落とした。水面が跳ねて水しぶきが舞う。
「ひゃあっ!? な、なんで……!」
「これなに!」
「なに……って……お……おっぱい?」
「…………」
いろはちゃんは片眉をひそめる。
どうやら理解できない何かがあるようだ。
「おっぱい……?」
「え……知らないの?」
「ちくび」
「! う、うん! それだよ! 似てる!」
「……??????????」
再びいろはちゃんは叩こうとする。
それを制する小宮果穂は、なんと説明すればよいのか考えつつ、とにかく叩くのはダメだと教え込む。
「い、いろはちゃん! 叩いたらダメ!」
「……なんで? おふろはハダカではいる!」
「え? えっと……痛いから、ダメ!」
「!! ……いたいの?」
「! うん! いたい! だから、やめて?」
「あー。そうか。ごめんさい……」
どうやら叩くと痛いものとは思っていなかったようす。
加えて、お風呂は裸で入るもの、と言ってきた。
(……もしかして、あたしのおっぱいを、何か取り付けてる“
小宮果穂は自分の胸を気にしつつ、考察しながら問いかける。
「えっと……いろはちゃんのお母さんは、おっぱい、なかったの?」
「ない!」
小宮果穂は仏壇の写真を思い出す。
それなりに胸部は膨らんでいたような気がするのだが。これはどうしたことか。
「え……なんで、無いんだろ……?」
「おかあさんはおんなのこ! かほもおんなのこ! でもここちがう」
いろはちゃんは手を伸ばす。今度は叩こうとしないが、先ほど叩いてしまった場所をやさしくさすって「ごめんね」と言った。
「っ……」
小宮果穂はくすぐったくて右往左往。なんだか居た堪れない心地となる。子供とは純粋な生き物だ。胸を触られただけで様々なことが脳裏をよぎる小宮果穂は、それだけ大人の階段を登っているということか。
「あ、でも、ちょっとぷっくりしてた」
「!」
いろはちゃんは息を吸って両のほっぺを膨らませると、ぷっくり具合を再現。
どのくらいぷっくりしてたのか伝えようとする。
対する小宮果穂は、その一言を聞いて思った。
離乳時期を説明する育児本で読んだことがある。もしや貧乳ということだろうか。それも生来のものではなく一時的なもの。つまり母乳を与えている時期に母親の胸部が小さくなっていき、いろはちゃんが胸部を認識する頃──つまり授乳時期を卒業する頃──には、まだ母親の胸部は膨らみ直していない時期だったのではないか。そんな可能性を考える。
「……いろはちゃんのことだから、きっとたくさんの母乳を飲んだのかもしれないね?」
「のむの?」
「え? あ、うん……おっぱいは、赤ちゃんが飲むものだから……」
「いろはもうあかちゃんじゃないからいらなーい!」
「そうだね……!」
「あじは?」
「え? ……えっと、牛乳?」
「! いろは、ぎゅーにゅすき!」
いろはちゃんの視線が、小宮果穂の胸部に
「────…………えぇっ!?」
すかさず小宮果穂は腕を回して、自らの胸部を覆い隠した。
「かしてー!」
「っ……!? こ、これは……ダメ!」
「なんで?」
「い、いろはちゃんは、赤ちゃんじゃ、ないでしょ……?」
「たしかに。だがすぎたはなしだ。きにするな」
いろはちゃんは芝居がかった動きで目をつむり首を左右に振って、かざした手のひらも否定するように横移動させる。
それは本当にどこで覚えてくるセリフと動きなのだろうか。テレビドラマだろうか。
「そ、それに……あたしは、まだ赤ちゃん産んだことないから……出ないよ……」
「?? ……あかちゃんいるとでるの?」
「う、うん……育児の本に、そう書いてあったから……」
「ふしぎだねー?」
「うん。不思議だねー?」
いろはちゃんと小宮果穂は、同じ方向に首をかしげる。
やがて小宮果穂は、なんだかおかしくなってきたのか、笑いが止まらなくなってしまった。
「ぷっ……あはっ……ふふ……っ!」
「??」
何を笑ってんだコイツは。などと言いたげな真顔で、いろはちゃんは終始、首をこてんとかしげていた。あるいは、観察をしている、と言い換えたほうが適切かもしれない。
かくしていろはちゃんは今日も今日とて、色々なことを学んでいった。
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