【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
休日。午前十時頃。
小宮母は、アルファのマンションに訪れていた。アポなし訪問である。
管理人室の扉をノックした小宮母は──かつてアルファに教わった通り──管理人に
「すみません。私、
「ああ……あぁあぁはいはい! アルファくんから話には聞いていますよ! どうぞ!」
管理人は、小宮母の顔を確認すると、マスターキーで正面ゲートを開ける。
会釈した小宮母はロビーを通ってエレベーターに乗り、五階に到着。部屋番号を確認して、アルファ邸の玄関扉の前で一旦、深呼吸した。
「────……ふぅ……」
小宮母は、このマンションに初めて訪れる。ではなぜ、管理人に顔を見せて名を告げるだけで、マンション内に通されたのか。それはアルファが用意した“念のため”にあった。
実はアルファは、小宮果穂がアルファ邸に出入りすることで万が一、何かトラブルが発生した場合、すぐに小宮家が駆けつけることができるように、あらかじめ管理人に話を通していた。そのためには小宮家の顔写真と姓名が必要だったため、小宮母はそれを提供していた。
(…………何も言わず来たし、休日だから……外に遊びに行っちゃっている可能性も高いけど……かといって事前に伝えると、果穂ったら何か隠しちゃうかもしれないし……あの子、抜き打ちテストに弱いから、こうした方がお母さんとしては娘の知りたいことが知れるのよね……でも本当にいいのかしら。こんな形で抜き打ちテストしちゃったら、娘とその彼氏さんのことを信用していません……って言っているも同然だし……そう思って悩んだんだけど、今日いきなり予定が空いちゃったから、結局あれこれ悩むより足を動かせーって感じで、ついつい来ちゃったのよね……)
小宮母は、育児について懊悩する。娘やアルファとの人間関係についても先を見通す。
その上で心を鬼にした。嫌われ者にはなりたくないが、それでも子を守るためには嫌われ者の役割を買って出る必要もある。そこが母親のつらいところ。
「────よしっ……」
呼び鈴を鳴らす。
……まだ三秒も待っていないが、遅いな、と感じてしまう。少しオロオロ。小宮果穂が出てくるだろうか。アルファが出てくるだろうか。そういえば第一声を考えていなかった。どうしよう。もう時間がない。そろそろ出てくることだろう。噂をすれば音が鳴る。ガチャリと鍵の開く音。ゆっくりゆっくりとドアが開く音。そして────
「どちらさですかー?」
────台座の上に立つ、なぞの三歳児が姿を現した。
「──……あら?」
「あら?」
小宮母が首をひねると、三歳児も真似をして首をひねる。ぱっちりおめめと言い、なんとも可愛らしい振る舞いである。
「……えっと……ごめんなさい。ここ、アルファさんのお宅ですよね……?」
「そーだよー! でもあるふぁちがうよ! いろはちゃん! さんさい!」
「え? そうなの? ちがうの? どっちなの……?」
「どっちだろーねー?」
いろはちゃんも首をひねる。ぶっちゃけもうここはいろはちゃんのおうちなのではなかろうか。などと考えている。
すると廊下の奥のリビングから、マメ丸の鳴き声が響き渡った。
「ワンッワンッ! ワンッ!!」
「あ────マメ丸……!」
ようやく話の分かる
マメ丸は尻尾をブンブンと振ってフローリングにツカツカと爪を鳴らし、ヘッヘッと舌を出してハナマル笑顔。小宮母の顔を見上げながら、その足元手前で折り目正しく、きれいなおすわりを披露した。
「ワンッ!」
「──じゃあ……やっぱり、ここはアルファさんの……?」
「ワンッ! ワフッ!」
「……あらそう……」
では、この
「あなたはどちらさ?」
「あ……ごめんなさい。私、果穂の母です」
「! かほまま! どうぞどうぞ~」
いろはちゃんは台座から降りると、今までマメ丸とやっていたおままごとの続きを始める。適当に目についた木箱を開けて中身を漁る。イタリア産ワインを取り出して「まぁのめ」と大理石の上に置き、インスタントパスタを取り出しては「たべる?」と聞きながら
「えっと……いろはちゃん? 果穂とアルファさんは、どこにいるか分かる?」
「しらーん! あるふぁしらーん! かほおかいものー!」
「お買い物……」
いろはちゃんと見つめ合う小宮母は、なんとなく思う。
このいろはちゃんという三歳児。どことなくアルファの面影がある。もしや親戚の子だろうか。
「うーん……せめてアルファさんと一回お話をしたかったんだけど……本当にどこにいるか分からない?」
「わからなーい! …………」
「そう……困ったわねぇ……もう一週間以上も音信不通だし、何かあったんじゃと思ったんだけど……」
小宮母は頬に手を当てて首をひねる。玄関口から廊下を通して見渡せるリビングは、そこそこ散らかっている。窓辺には二つの旅行かばんが広げっぱなしで、マメ丸のケージの端っこも見受けられる。どうやら小宮果穂は元気にやっているようだが、アルファの姿がどこにもないのでは、少し不安になってしまう。
「えーとねー」
「……?」
ふと、いろはちゃんは木箱の中から“ピンク色の大砲”を見つける。それは十年後バズーカだ。それを見たことでいろはちゃんは、初めて小宮果穂と出会った時のことを、なんとなく思い出す。
「……あー! あのねー! かほままねー! あるふぁーといろはねー。じゅうねんごのじゅうねんまえでねー。あのねー……あのー……のー……んー……なんだっけ?」
「え?」
「……んー! ……んー…………────まぁいっか!」
「??」
うまく言葉にできなかった。やはり三歳児にとって、
そのためいろはちゃんは、一切の躊躇なく実行に移す。
「やればはやい!」
十年後バズーカの砲口を自分の顔に向けて引き金を引く。
しかし
発射。弾頭は火花を散らした一瞬後に着弾。大量の白煙が玄関口に充満する。
「きゃあっ!?」
「うおあー! しろー!」
白い煙がモクモクと立ちのぼり、次第に風に流されて散っていく。
小宮母は手を振って、謎の白煙を振り払う。そして、いろはちゃんから危ないおもちゃを取り上げなくてはと思い、視線を下げた瞬間────
《ワンッ!》
────足元には、
とても
その造形美は、それ以上でもそれ以下でもない。
「────────」
「あらまあ。やっちゃったね~?」
《ワンッ!》
「────…………」
「おまえだれ? まめ……メカ……まめメカ……あれ? “まる”どこいった? ────メカまるー!」
《ワンッワンッ!》
「────……」
「あのねー。かほままねー。これ! じゅうねんまえまめまるメカまる!」
《ワフッ!》
「──…………」
「あれ? じゅうねんご? じゅうねんまえ? ……まぁいっか!」
《ワン!》
「…………」
小宮母は絶句していた。佇立したまま微動だにしない。
その表情を見て取ったいろはちゃんは、おままごとを続行する。オリーブオイルを台座の上に置いて差し出した。
「そうおどろくな。ささいなことだ」
「……」
「いろはとあるふぁ。おかあさみっけておうちかえるの、にかげつかかる。かほのいったこと」
「!?」
五分経過。
メカ丸の全身から“ボフン”と音を立てて白煙が上がり、煙が晴れると元のマメ丸が戻ってきていた。五分ものあいだ十年後に飛ばされていたマメ丸は興奮気味で混乱している。
「──キャンッ!? ワフゥッ!!?」
「あーおわったー! へいてんがらがら~!」
「っ?!」
いろはちゃんは台座の上に立つと、再び爆発して元のマメ丸が現れた驚愕のあまりたたらを踏んだ小宮母を、廊下側に閉め出した。
施錠の音。
「!!?!??!?!?!!???!?!?!?!?!!!?!?!???!?」
小宮母は声なき悲鳴を上げて大混乱。失神こそしないが、夢でも見ているのかと自らの正気を疑いながら、帰路に就く。しばらく茫然自失としていたが……帰り道の途中で我に返り、ある程度の事情は察し始めていた。
とにもかくにも、愛する娘とアルファは今。
何かとんでもなく
────おそらくそれが、あと二ヶ月は続くのだろう、ということに。
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