【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
酷暑のビーチ。熱砂のドッグラン。人間がパラソルの下に避難する中、無邪気な犬たちは灼熱を物ともせず走り回り、ドッグセーバーのスタッフがホースを使ってシャワーのように撒く水を浴びては舐め飲み、水分補給が済めばまた縦横無尽に駆け回る。
そこへ二匹の犬。ゴールデンレトリバーと柴犬が解き放たれた。
「行ってきなさい、カトレア!」
「みんなと仲良くしてね、マメ丸!」
『──ワンッ!』
一方、新たな犬たちに興味を示した二匹のドーベルマンが挨拶に向かう。
犬たちの交流。それを近くで見守りつつ、飼い主たちの挨拶と交流も始まる。
「────通称ミストレス・カミラ。本名を
有栖川夏葉の解説を聞いて、小宮果穂は瞳をキラキラとさせる。その輝きは太陽にも負けない。
カミラはサングラスを外す。今回は水着の装い。銀髪に黒い水着が映える。なんともカッコいい。
「しかし私の正体はこうして暴かれた。お嬢ちゃんたちは何用で?
「はいっ! あたしの名前は小宮果穂と言います! 小学六年生ですっ! アルファさんとは友だちです! そして今日は、カミラさんと、スピエルドルフと、ラインフェルトと、ほかのワンちゃんたちとも、いっしょに遊びたくてきましたー!」
「ふふ……! 私も同じです。改めまして、有栖川夏葉と申します。うちのカトレアにも、以前あなたたちとお会いした時のことを話したら、ぜひ会ってみたいと言うものですから」
「……この私と、ただ遊ぶためだけに、ここへ? ──ふふっ。なんとも物好きな乙女達ね。いいわ。もとよりあの子が通したのなら、よこしまな人たちではないのは確かだもの。私からもお願いするわ。ぜひお友達になりましょう?」
「わぁ……! ありがとうございますーっ!」
「私からもお礼を言います。でも、あまりにも突然でごめんなさい」
「いいわよ別に。プライベートビーチでもないんだし。それよりパラソルの下に入ったら? 今日は特に暑いでしょ」
「あ、あのっ! あたしはマメ丸たちといっしょに遊んでもいいでしょうかっ!?」
「もちろんよ果穂。あ、熱中症には気をつけてね。あそこに給水所があるから」
小宮果穂は「はーい!」と快く返事をして駆け去る。マメ丸と合流して、カトレアやスピエルドルフ、ラインフェルトとスイカ柄のビーチボールを巡って駆け回る。
「子供は元気ね~」
「……たしかカミラさんにも、お子さんが」
「えぇ。知ってるでしょうけど、エリザっていうの。じゃじゃ馬でね。反抗期真っ盛りで、母親の言うことなんてちっとも聞かないわ。そして奇しくも、あなたたちと同じことをしているの」
「────
有栖川夏葉は、竜崎エリザを手強いライバルと認識している。
するとカミラは驚いたような顔をして、サングラスを外して頭にかけ直した。
「──……ああ、道理で。あの
「?」
「私からしたら、アイドルなんて理解できないのよ。でも愛する子供が、親に殺されてでもやりたいと言い切るのだから……好きにやらせているわ。仮に挫折しても、親の手伝いなんか要らず何度でも立ち上がれる娘なのは知っているから、親に心配させてもくれない。まったく、誰に似たのかしらね……」
「…………」
カミラは切り出す。
「女の執念は恐ろしいものよ。それが光であれ闇であれ、命短し恋せよ乙女、やるならとことん徹底的に、妥協なく打算あって逆境は打ち砕く。──そして特に色恋沙汰は、謎に包まれた正体不明のセレブをも暴き立てて、鋭い眼差しを背後に這わすもの。さて、そんな執念を私に向けてくる娘は、いったいどちらなのかしら」
「──それは……」
「私が当てても? ──
「……負い目……?」
「あら。本当にあなた、あの子の知り合い?」
「はい……ですが、友人の友人というべきでしょうか。そういえば面と向かって話したことは、まだ……」
「なるほど。まぁそれもそうでしょうね。あの子もあなたを避けているのよ。あるいは気まずいのね。──でも、だとしたらいよいよ分からなくなってきたわ。私、怪盗は好きでも探偵は苦手なの。そろそろ目的を明かしてくれない? 友人なんだから、秘密は少し明かす程度に留めましょう?」
ならばと有栖川夏葉は問いかける。
「その……これは差し出がましい問いかけとは承知なのですが……アルファくんとは、どのようなご関係なのかな、と。たしかに、これは果穂が問うべきことなのですけれど」
「愛人」
「……!」
「不純と思う? 四十路の女が中学生とだなんて、スキャンダルものよね。たしかに見出したのは私が先だけど、用が済んだら廃棄するつもりだったわ。それが、まさかね……私の旦那もろとも口説き落として、家庭内で愛人関係を容認させるなんて……ほんと、食えない男よ。あの子」
「──……あの、今の話は、どういう────」
カミラは昔話を始める。
「私が富豪の仲間入りを果たした理由は知ってる?」
「……風の噂では、FXで前代未聞の儲けを出した、と……」
「そうね。でもそれ以前は?」
「……失礼ながら、中流階級の出自として上流競争に挑みましたが敗北し、一時は没落したと」
「そう。その時にね、あの子と出会ったのよ。あれは何年前だったかしら。小学三年生と名乗っていたわね。見た目は中学生くらいだったのだけれど」
「……もしよろしければ、お話を聞かせてもらっても?」
「もちろんよ。あなたたちも、あの
カミラは懐かしむように、青空の入道雲を見上げた。
「出会いは、娘を連れて行った公園。あの子はエリザの横でブランコに座って、ちょうど私が読んでいた経済学の本と同じものを読んでいたのよ。そこで少し話をしたら、小僧の分際で株価に詳しくてね。どうしてそんなに金儲けしたいのか聞いたら、自分の野望のためだと言ってはばからない。そして私は、彼で博打をすることにしたわ。その場でパソコンを開いて一億を投資。さぁ、あとは好きにやってみなさいって。どうせ没落して後が無かったのだもの。これからは一般家庭の主婦として生きるつもりだった。投げやりだったのね。今でも思うわ。なんであんなことをしたのか……」
「……」
「でもあの子は、世界各国の情勢を踏まえた知識で、ギャンブルを勝ち確定のゲームに変えた。誰もが予想できなかった株価急騰を予想して
「……そんなことが……まったく知りませんでした……」
「でも私は愚かでね。最初は運が良かったとしか思ってなかった。たまたまだって。けれどあの子は日に日に頭角を表していった。男子三日会わざればってやつね。彼は一切の見返りを求めず、むしろ株で負けたらその分の借金を背負うと豪語して、私たちの家を盛り立てていった。つまり負けなし。勝ち続き。もうやめてと言いたくなるほどの財産を集めたわ。でもね、問題はそこではないの」
カミラの紅い瞳が揺らぐ。
「あの子は『勉強になりました』の一言で立ち去った。私も、これだけの財産があれば問題ないとして別れを告げた。でもね、次の日、彼は戻ってきた。そして今度は、株の顧問としてではなく、一人の男として戻ってきた。そう言うのよ。そして私を口説いてきたわ。美しいものを欲するのは男として当然だと。──それからの付き合いよ。さすがに娘も食べてしまうとは思わなかったけれど。夫とも良い関係を築いていてね。なんだか不思議な関係でしょう? 私もわけがわからないわ」
「……!」
「ふふ。あなた、まだ
カミラはおかしそうに笑う。
「公園であの子を見つけた時の私は、幼い羊を利用するmysterious wolf……そのはずだったのに。いつしか立場は逆転……cool sheepはpassion goatに。そしてすぐに
カミラは名簿を差し出す。
「……これは?」
「彼について知りたいのでしょう? 女の執着は怖いものよ。エリザに頼まれて、あの子の身辺は調べてあるの。これを使って少年探偵団の真似事でもしてみるというのはどうかしら?」
「……それを受け取った場合、私は何をすれば?」
「ふふ。何もすることはないわよ。友人に情報を提供をする。それに見返りを求める時点で、それは友人じゃないわ」
「……ありがとうございます」
有栖川夏葉は名簿を受け取る。
「あ、でもついでにその名簿、処分しといて。うちの娘がそんなもの持っているとか恥さらし以外のなにものでもないわ。あなたたちも含めて小娘どもは知らないのよ。──愛とは必ずしも、一対一の関係だけではない、ということを」
「…………」
「それでも自分が一番になりたい。トップに立ちたい。その気持ちは、まぁ分からなくもないわ。ただし、友人としてこれだけは忠告しておきましょう。──トップアイドルを目指しているあなたたちにとって、あの子が持つ愛の形とは、致命的に噛み合わないものがある。そこだけは承知しておくことね」
カミラは立ち上がり、スピエルドルフとラインフェルトを呼びかける。すると二匹のドーベルマンは颯爽と地を駆って、飼い主の前でお座り。舌を出して従順に尻尾を振り、次の指示を待ち構える。
一方、小宮果穂とマメ丸、カトレアも追いかけてきた。そしてカミラが言う。
「二匹とも、鼻と舌が乾いているわ。そろそろ水分補給しなさい。──果穂ちゃんたちも、そろそろ水を飲みなさい。唇が乾いているわよ」
「はーい! マメ丸、行こ! カトレアも!」
§
一時間後。有栖川夏葉と小宮果穂は、カミラと別れて帰路に就く。有栖川夏葉が運転する車の中では、遊びきって疲れた様子の小宮果穂が目をこする。
「……果穂。眠い?」
「──……はい……」
「じゃあ、寝ちゃってもいいから、私の話を子守唄がわりにしてちょうだい」
「……?」
「お節介なのは理解しているのだけれど……やっぱり私たち、果穂が好きな人・アルファさんのことは……ちょっと不安に思っているの」
「…………はい……」
「ごめんなさいね」
「! いえ、夏葉さんたちが謝ることではないですっ! それもこれも、あやしいアルファさんがいけないんですっ! アルファさんは、ちょいワルですから!」
「ふふっ。そうかもね?」
有栖川夏葉は、スピエルドルフとラインフェルトに会うため、カミラのもとに訪れた。その目的は嘘ではない。ただ目的がひとつでは無かったというだけ。カミラとアルファの関係。それが愛人関係と知った今、小宮果穂にはどのようにして伝えるべきか。
────トップアイドルを目指しているあなたたちにとって、あの子が持つ愛の形とは、致命的に噛み合わないものがある。
愛の形。それはどういう意味か。
「……カミラさん、スッゴくきれいでした……年レイは、あたしのお母さんと変わらないのに……見た目は、夏葉さんと同じくらいに見えました……スゴいです……」
果穂は眠たげな目をこすりながら、素直な感想を口にする。そこに嫉妬のような気配は見受けられない。ひたすら尊敬と感心だけが響いている。それでも有栖川夏葉は心配する。
「……果穂」
寝息が立つ。どうやら遊び疲れて眠ってしまったようだ。小宮果穂の膝の上にはマメ丸も爆睡中。助手席に座るカトレアもあくびをする。
「ふふっ。みんなお疲れのようね。それじゃあ、続きはまた今度にしようかしら」
§
翌日。快晴の街中。
西城樹里と小宮果穂は、とある名簿の情報を頼りに、ある場所に向かっていた。
「果穂。スポドリ飲むか?」
「いいんですか? ありがとうございます!」
夏の暑さで汗だくだ。西城樹里は注意深く小宮果穂の様子を観察してペットボトルを手渡す。
「さて、夏葉からもらったこの名簿……ひたすら住所しか書いてないんだけど……」
「とりあえず行ってみましょう! あたし、アルファさんのこと、もっとよく知りたいんですっ! ……でも、なんで樹里ちゃんも? 樹里ちゃんも知りたいんですか?」
「えっ!? いや、まぁ……た、単にヒマだったから……かな?」
「……」
「……っ……」
「…………樹里ちゃん。本当はアルファさんが“あやしい”から……ですか?」
「っ……!」
「大丈夫ですっ! みなさんがアルファさんを心配しているのは分かっています! だからこそ、アルファさんがブラックなことをしているなら、あたしはレッドとして止めて……アルファさんをブルーに戻すんですっ!」
西城樹里は感じる。なんとなく自分の目的と小宮果穂の認識がズレているような気がする。
西城樹里は、アルファが小宮果穂以外の女と浮気しているのでは? という疑念から行動している。
しかし小宮果穂は、まったくそのような発想がないようで、単にアルファのことを知るためだけに行動している。
「まぁ……そこが果穂のすごいところでもあり、いいところでもあるんだけど……」
「……?」
恋愛ドラマや少女漫画なら、ここはヒロインが浮気調査に躍起になるイベントのはずだ。しかし小宮果穂は、人を疑うということをまったくしない。そのため今の小宮果穂は、とにかくアルファの身の回りについて知りたいという、純朴な好奇心から動いている。しかも妙なことに、アルファ本人から周辺調査をする許可はもらっているという。
(ってことは、やましいことは何もやっていないってことか……? でもなー。夏葉の話では、アルファとカミラさんっつー人は“家族公認の愛人関係”だって言うんだよな……これはいったいどういうことだ? 未だに果穂に伝えるかどうか悩んでいるんだよな……あーくそっ。アタシは果穂のために、いったい何をすればいいんだ……)
懊悩する西城樹里。
対する小宮果穂は探検気分で、名簿の住所とスマホマップの番地を交互に確認。目的地を発見した。
「あ、樹里ちゃん! あそこの建物じゃないですかぁ!?」
「!? ……────あれは……」
「なんか、樹里ちゃんや凛世さんが住んでる寮の形に似てますね!」
「あぁ。大勢の人が住めるような建物だな……」
広大な建物には看板が設けられており、そこには〈児童養護施設〉と記されていた。いわゆる孤児院。こことアルファには、いったいどんな関係があるのか。小宮果穂は閃いた。
(そういえばアルファさん、両親がいないって……じゃあ、つまり……)
しかし、それはおかしい。
(あれ? でもアルファさんには、自分の
その時、小宮果穂たちの後ろから、幼い声が掛けられる。
「あの、すみませーん!」
「なにかごようですか?」
「おきゃくさんー?」
振り返る。銀髪の少女が三人組。小学四年生くらいだろうか。小宮果穂は満面の笑みで挨拶する。
「はい! アルファさんのことを調べに来ました! 小宮果穂ですっ!」
「……西城樹里だ。よろしくな」
「お兄ちゃんを調べに? ──えっと、わたしは
「私は
「わたしは
それから少女たちは、最寄りの公園でブランコを使いながら話す。ブランコに座る梨葉と立って相乗りする有理沙。二つ目のブランコには小宮果穂が座り、囲いの柵には西城樹里と来夢が並ぶ。そこで無邪気な梨葉が問いかけた。
「ねー。お姉ちゃんたち……アルファお兄ちゃんの恋人なのー?」
「えっ!?」
「……な、なんでそう思うんだ?」
「だってお兄ちゃんは、恋人がたくさんいるから!」
そこで有理沙が焦ったように補足する。
「り、梨葉ちゃん! それだけだと誤解されちゃうよ……! ──えっと、アルファお兄さんはですね! 将来わたしたちがカッコいいお姉さんになっていたら、全員まとめて結婚してくれるって言ってくれたんですっ!」
それもどうなんだ。と、西城樹里は困惑する。
すると、同年代にしては落ち着いている来夢が解説した。
「有理沙。その言い方も誤解を生むと思うわ。アルファお兄ちゃんは、とても愛が多い人なの。でも平等に愛する人よ。リリィお姉ちゃんも、私たちのことも、きっとほかの女の子だって、みんな等しく愛するの。誰も、彼を独り占めすることはできないのよ。それは女たちが争うからじゃないわ。彼は全ての人間を見下しているからなのよ。それは人間に対する怯えからくる支配欲とも言えるわ」
西城樹里は目を丸くする。この来夢という女の子は、本当に小四なのだろうか。まるでこの子達の保護者とも言うべき貫禄を感じる。言っていることは物騒だが、それはませているというより、真の教養と知性からくる光のように感じられた。
一方の小宮果穂は視線を下げて考え込む。アルファが他人を見下している。そうは思えない。だが他者に怯えているというのは、なんとなく想像がつく。アルファは幼少期、親戚中をたらい回しにされて、あらゆる悪意を体験したと語っていた。そのせいで元々はブルーだったのに、まるでブラックのようになってしまった。それは人間というものに失望したからなのだろう。
「……それでも、あたし……アルファさんは、スゴい人だと思うな。海外に行って、困っている人を助けて────きっと、この孤児院もそうなんじゃ!?」
「そうだよ! あのね、すごい話を聞かせてあげる! これはないしょだからね!」
「あー! わたしが話したいです! 梨葉じゃあ説明が足りません!」
「梨葉も有理沙も無理よ。うちの孤児院で何が起きているのか、きちんと理解していないじゃない。私が説明するわ」
梨葉と有理沙が『そんなことないー!』と喚く中、来夢は淡々と語りだす。
「うちの孤児院は、数年前から経営難に陥っていたの。具体的には孤児の一人も高校に進学できないほど困窮していたのよ。でもね? ある日から匿名で謎の入金が届けられるようになったの。そのおかげで、今では孤児院の全員が高校に進学できるようになったわ。その頃の私たちも小学校に入学したばかりで、給食費に困っていたんだけど、おかげでクラスのみんなとお昼を食べられるようになったわ。その匿名さんには、本当に感謝しているの」
その匿名さんは、いったい何者なのか。小宮果穂は勘で答える。
「もしかして、その匿名さんは────っ!?」
「落ち着いて。まだ話は終わっていないわ。──院長先生は心当たりがないと言っていた。当時の私たちは、きっとサンタさんがプレゼントしてくれたと思っていたの。そしてサンタさんを見つけてお礼を言うために、探偵帽子を被って調査に出たわ。リリィお姉ちゃんをリーダーに据えて、四人組の少年探偵団ね。調査の過程は省くけど、私たちはサンタさんを見つけたわ。その人こそ、アルファお兄ちゃんなのよ」
『……!!』
小宮果穂は「やっぱりーっ!!」と歓喜。西城樹里は目を見開いて押し黙る。
そこで梨葉と有理沙が文句を言う。
「なんで調査のこと言わないのー?」
「わたしたちの大冒険を知ってほしいですー!」
「だって、その話は長いし、本題から外れてしまうじゃない。語り始めたら日が暮れちゃうわ。探偵団の活躍はお茶会をしながら語ったほうが楽しいと思うわよ」
「おちゃかい……! いいね、それ!」
「それじゃあ、果穂お姉ちゃん! 樹里お姉ちゃん! 今から孤児院に来ませんか!? お茶会をしましょう!」
「あわてないで。これから私たち塾に行く予定でしょ。……もう、ふたりともアルファお兄ちゃんの話題になると、すぐ興奮するんだから……まぁそれも無理はないわね。うちの孤児院の子達からしたら、彼はヒーローのようなものだもの」
そこで西城樹里が問いかける。
「……話してくれてありがとう。ひとつ気になったことがあるんだけど、聞いていいかな?」
「えぇ。もちろんよ」
「その、さっき梨葉ちゃんが『ないしょだよ』って言ってたけど……なんで内緒なんだ? 内緒なのに、アタシたちに話しても良かったのか?」
「そうね。良くないわね。というのも、内緒にするように言ったのはアルファお兄ちゃんなのよ。でも今ここでそれを内緒にしても、あなたたち彼のことを疑ったまま帰るでしょう? それは嫌だったの。たしかに、あの人は多くの浮き名を馳せる色男だけど……いま話したような側面を持つことも知っていて欲しかったから」
「……」
「それでも、まったく困ったものだわ。だって今、アルファお兄ちゃんはアイドルをやっているんでしょう? 浮気騒動で炎上しちゃってもいいのかしら?」
「……そっか……。──これはアタシの想像なんだけどさ。もし炎上しても、あいつなら……
「あら。分かっているじゃない。彼はそういう人よ。火消しがうまいの。好感度調整が達者だから、世間を操ることも簡単でしょうね。彼の
「…………?」
その時、金髪に黒いリボンを結える女の子が大声を上げた。孤児院方面から公園に入ってきて、三人組に呼びかけている。その美貌は西城樹里にとって見覚えがあった。
「みんなー! もう塾の時間でしょー? なんでまだ公園にいるのー! 遅刻しちゃうよ~!」
「いまいくところだったのー!」
「やばいです! いってきまーす!」
「またね、お姉ちゃんたち。……あ、ちなみに私たちは全員、アルファお兄ちゃんの恋人だからね。厳密には違う扱いの子もいるけど」
最後に衝撃的な発言を残した来夢はくすくすと笑い、走り出した有理沙と梨葉を追いかける。
そしてブランコのそばまで来た金髪少女は、小宮果穂と西城樹里を見て首をかしげる。そしてにっこりと笑顔。人を疑うことを知らない快活な微笑で挨拶する。
「こんにちは! うちの妹たちのお友達ですか?」
「あ、えっと……なんというか……」
「はいっ! アルファさんについてお話しをしていたんですっ!」
「! なるほど。アルファさんのお知り合いでしたか! ──申し遅れました。私は
「ア……アタシは西城樹里だ。タメ口でいいよ」
「あたしは小宮果穂です! ……それで、その……いきなりですが、質問よろしいでしょうか!?」
「はい!」
小宮果穂は問いかける。
「さっき来夢ちゃんが……『みんなアルファさんの恋人』と言っていたんですけど……」
突としてリリィの頬が赤くなる。
それは、その美貌を見た西城樹里が(あ、かわいい……)と思わず目を見張るほどの恥じらいぶりだった。
「……そ、そんなこと言ってたんですか……!?」
「……それと、『厳密には違う扱いの子もいる』とも言ってたけどな……」
「……っ!? そ、そのですね……! この話は、あの……なかなか、デリケートな話と言いますか……」
リリィはもじもじとする。
小宮果穂は興味深々で返答を待っているが、内心ではどう思っているのか。
西城樹里はちらりと見る。さすがにアルファの恋人と聞いて心中穏やかではないのか、小宮果穂の笑顔は、やや張り詰めた硬さがあるように見えた。
「……たしかに私は、アルファさんとは、その……そういう、仲、らしいです……」
『……っ!?』
「来夢ちゃんとも、そういう仲だそうで……でも有理沙ちゃんと梨葉ちゃんは、アルファさんによれば“さすがに精神が幼すぎる”とのことで、あくまで恋人ごっこだと言い聞かせているようです……なのでふたりとも、今は“お淑やかな女性”になるべく、花嫁修業に奮闘中なんですよ!」
小宮果穂は面食らった顔をする。有理沙と梨葉の状況は、今の自分に当てはまる。そして恋人たるリリィと来夢は、つまりアルファから“お淑やか”という判定をもらえた女性、ということになるのだろうか。
「……そ、その……おかしい、と思われるかもしれませんが……アルファさんは、私や来夢ちゃんのほかに、何人もの恋人がいるんです。そして私たちは、それを了解しています。ほかの恋人さんたちも、私や来夢という恋人がいることは承知していることでしょう」
そこで西城樹里が、すかさず問いかけた。
「────……じ、じゃあ……エリザっていう名前は? 年齢は、あんたと同い年らしいけど……」
「エリザ? いえ、まだ聞いていませんね。もし恋人になっていたら、次アルファさんと会った時、報告してくれるはずです。『また新しい恋人が増えた』って!」
「そ、そうか…………じゃあ、その……カミラって人は……?」
「あ、知っています! 竜崎香美蘭さんですよね? といっても名前くらいしか知りませんが……やはり、アルファさんの口からほかの女性の名前は、あまり聞きたくない気持ちもあって……」
「だ、だよな……! 普通、そうだと、思うん、だけど……。…………あ、アタシがとやかく言うことじゃないのは分かってんだけど……その、アンタ……それでいいのか……? いや、別に否定しているとか、そういうんじゃなくてだな……!? アタシも、ちょっと聞いたことがない恋愛の仕方だから、正直いま、めっちゃびっくりしちまってて……!」
「あ、大丈夫です! わかりますっ! 私も、最初はびっくりして……でも、アルファさんは
西城樹里は頭がいっぱいいっぱいになる。まったく知らない価値観を理解するために考える時間が欲しい。
一方の小宮果穂は、案の定フリーズしていた。さしもの少女も、常識が覆されたような面立ちをしている。
そこで西城樹里が要約した。
「……つまり、まとめると────
「はいっ!」
星波リリィの純真な笑顔が燦々と放たれる。それは心の広さを表しているように感じられた。無論、一人の女として、嫉妬やら何やら、色々と思うことはあるだろう。その上で彼女は、アルファという人物を好きになって、いっしょうけんめい愛すると決めたことがうかがえる。だが、本当は無理をしているのではないか? そのような訝しみも、リリィのまっすぐな瞳を見れば、無粋な勘ぐりと分かる。たしかに無理はしているが、それでも無理をしたい。それほどの魅力が、アルファにはあるのだろう。
「────……そっかぁ……」
「……………………」
途方に暮れる西城樹里。
押し黙って考え込む小宮果穂。
ぼのぼの汗を流す星波リリィは、さすがにアホ毛がピンと立って閃く。
「! あの、もしかして……おふたりも、アルファさんのことが……?」
「えっ!? いや、アタシは全然……! なんつーか、悪いけどアタシは思いっきり部外者で……」
西城樹里は視線を流す。
その先には、ブランコに座って視線を地面に落とす小宮果穂が座っていた。
「……! そうでしたか……! ……その、アルファさんのほかの女性とお会いしたことがないもので、なんと挨拶すればよいのかわからないのですが……────こ、小宮果穂さん! これからも、同じ人を好きな者同士、よろしくお願いしますねっ!」
「────!!」
小宮果穂はブランコを蹴り立つ。自分としたことが失礼をした。自分とアルファのことばかり考えて、ほかの人のことまで頭が回っていなかった。すぐさま星波リリィの目の前に駆けつけて、こくこくとうなずく。
「はいっ! よろしくお願いします!!」
「……!! うれしいですっ! ありがとうございますっ!」
ふたりは堅い握手を結んだ。
西城樹里は腕を組んで静観。なんとも形容しがたい事態に思考放棄。
「────……まぁ……仲良くなれたなら良しってやつだな!!」
§
翌日。猛暑の河川敷。
小宮果穂と園田智代子は、アルファのことをもっと知るべく、指定の目的地に向かっていた。名簿に記された住所をあらかじめ検索すると、そこは〈喫茶店ロビン・グッドフェロー〉と分かる。なんでも昆虫を取り扱う喫茶店のようだ。猫カフェや兎カフェなら分かるが、昆虫カフェとな。
小宮果穂は瞳を輝かせてワクワクしているが、園田智代子は青ざめた顔で戦々恐々としている。
「果穂……途中で離脱したらごめんね……」
「え? あ、大丈夫ですっ! それに無理しないでほしいですっ! ……でも、ちょこ先輩は、どうして今日?」
「いやー樹里ちゃんから“アタシはもう限界だ後を頼むチョコ”って感じでバトンを託されちゃったからかな~? それに果穂の方こそいいの? 夏葉ちゃんの時は、ドッグランっていう目的があったけど……昨日の樹里ちゃんや今日の私は、なんかもう完全に差し出がましい振る舞いをしていると言いますか……」
「そんなことないですっ! 樹里ちゃんもちょこ先輩も、アルファさんのことを知ろうとしてくれて嬉しいですっ!」
園田智代子は目を丸くして驚く。しゅんとして反省。
「えっ!? どうしたんですかぁ、ちょこ先輩!?」
「ううん……なんでもないよ……強いて言うなら、果穂の眩しさを直視できない自分に恥じ入っているのだよ……」
「……?」
目的地に到着。まったく
入店。カランカランと鈴が鳴る。かたわらにはショーケースに入ったイモムシ。天井にはオレンジをはじめとするカラフルな蝶々が飛んでいた。
「ひぃ……!? あ、でもこの蝶々はきれいだなー。ほかにもクモやらカイコガさんやら何やら、最悪Gさんもいらっしゃるようですけど……もう私は蝶々しか目に入らないようにしようかなー。よしそうしよう……!」
「スゴいですーっ! 見てくださいちょこ先輩! このカブトムシ、スッゴく大きいですーっ!」
「果穂。ごめん。私、もう天井しか見上げられないかも……」
天井を飛ぶ蝶々以外は、虫嫌いな人でなくとも直視できない昆虫たちが穏やかに暮らしている。
その時、店の奥からひとりの青年が出てきた。黒髪に爽やかな笑顔。ぱっと見、王子様のように見えなくもない貫禄を放っている。
「おや。お客さんとは珍しい。もしかして君たち、アルファの差し金……こほん。アルファくんのご友人かな☆」
「あ、はい! 小宮果穂と言います! 小学六年生ですっ!」
「そ、園田智代子です……」
「う~ん! 元気がいいね! 彼から話は聞いているよ。近々アルファのことについて尋ねる綺麗な少女たちが訪れるかも知れないから、ぜひもてなしてやってくれとね! でもお代はきっちりもらうよ~? うちはこんなんだから金欠でね!」
「そうなんですかぁ?」
「あ、あの……なぜに、昆虫カフェを……?」
「そりゃあ、僕は何もかもがどうでもいいからね! ひっそりとやっていきたいのさ! 虫たちも特別珍しいものじゃないからマニアも寄り付かない。よほどの虫マニアじゃないと入り浸ることもないし。というわけで、あとはひとりでのんび~り、さながら秋の夏を過ごそうと思っていたのさ! で、そんなところに君たちがご登場だ。……おっと。こんな辺鄙な店に入ってくる
カランカランと鈴が鳴る。三人組の少女が入店。
「おらぁー! 経営難を救いに救世主がやってきたぞーオベロンドン~!」
「はは~。そのあだ名は割とマジでやめてくれないかな~? それとも僕がシェイクスピア大嫌いなの分かって言ってるのかな~? 僕の名前は
倫は店の奥に消える。
一方、金髪の少女・秋は目を丸くしていた。この店にほかの客とは珍しい。今までずっと自分たちの秘密基地として使っていたのだが、はて。どちら様だろうか。挨拶しようと思ったが、秋はニヤニヤと照れくさそうに、ピンク髪の少女の後ろに隠れた。
「えっと……の、
「はぁ!? ここで私に頼るの!? あなた人見知りが過ぎるでしょ! 普通田舎者は、こういう時どんどんあけすけに声をかけるものじゃなくって?」
「だ、だって……都会人オーラばりばりだったから……あとなんかアイドル級に可愛いから、直視したら照れちゃって……。──って、その田舎者の評価はおかしいだろ! 田舎者がみんな陽キャと思うてか! 私みたいな陰キャもいるんですー! 陰キャでごめんなさいねー!?」
秋は涙目で反論する。自分で自分を田舎者と言って、自分でダメージを受けている。これには呆れるほかあるまい。乃久那と呼ばれた少女はため息。そこで子犬系の少女が、代わりに謝罪して会釈。小宮果穂たちに挨拶する。
「私の友人がうるさくしてすみません! 私は
「私は
「や……
「あたしは小宮果穂と言います! 小学六年生ですっ!」
「上を向いたままで申し訳ないのですが園田智代子と申します……」
その時、織部倫がお盆を持って戻ってきた。
「どうやら自己紹介は済んだようだね~。ここで朗報だ~。なんと小宮果穂さんたちは、あいつ……アルファのご友人らしくてね~。ま、つまり、そういうことさ! 仲良くするといい~」
「────は? ちょっと倫、それどういう意味……」
矢星秋は絶句する。
小宮果穂と園田智代子、双方を見比べてビビり始めた。
「……ま、負けた……っ!! 顔、身長、スタイル、かわいさ、なにもかも……っ!!」
そこで乃久那が忠告する。
「ちょっとあんた騙されてんじゃないわよ。あくまで“ご友人”でしょ。オベロンドンの含みのある言い方に騙されてんじゃないわよ」
「……は! そうか! ……いや、でも! なぜアルファの友達が、わざわざここに!? き、キャットファイトか!? でも果穂さんや智代子さんという恋人の名前、私は知らないぞぉー!?」
矢星秋は目を回してパニックになる。それを枯州や乃久那がなだめようとするが、矢星秋は恋敵を恐れているのかビビり散らかす。
そこで小宮果穂が声を上げた。
「あ、あの! あたし、アルファさんのことを、もっと知りたくてここに来たんですっ! どうか、お話を聞かせてくれないでしょうか!!」
「……!」
小宮果穂は真剣な表情で問いかける。
その気迫に押されたのか、矢星秋は相手に邪念がないと判断して冷静さを取り戻す。
そこで織部倫が事態をまとめた。
「ほら、みんな。こっちの円卓に座るといい。僕の抹茶が冷めてしまう前に、どうか飲んでほしいな☆」
一同は円卓に着く。綺麗に等間隔で座るのではなく、明らかに二対三という椅子の並びで向かい合う。その椅子の配置は織部倫によるものだ。おそらくわざとだろう。
「それではごゆっくり~。あ、ちなみにこの店はあくまでも昆虫カフェだから、もし猫が出てきて喧嘩するようなら店の外でやってね~」
「そ、そんなことにはならないから! オベロンドンは引っ込んでろ!
「そのあだ名で呼ぶのやめろって言ったよね~?」
織部倫は店の奥に引っ込む。
矢星秋は抹茶一杯を一気飲みでごくごくと飲み干し、ティーカップをカランと皿の上に叩き置く。
「────……ふぅ……すぅ────それで? 何を聞きたいの?」
「……! えっと……矢星さんは、アルファさんの、その……恋人、なんですか?」
「…………そうですけど?」
「それじゃあ……」
小宮果穂は、枯州まほんや乃久那麗空を見やる。
枯州まほんは頬を赤らめて俯くが、乃久那麗空は首を横に振った。
そして矢星秋は押し黙る。
これでは話が進まない。代わりに乃久那が説明する。
「ハァ……あの男は、クーちゃんみたいな奴でね。あ、クーちゃんっていうのは私の恋人なんだけど」
「は?」矢星秋はドン引き。
「え?」枯州まほんは、そうだったっけ? というような顔で首をかしげる。
「っ……クーちゃんは私の未来の恋人よ! ……それで、どいつもこいつも私には興味がないのよね! “お前はイイ女だ”とは言ってくれるんだけど……“食指が動かん”とかなんとか言ってくんのよ。いつかふたりともブチ殺してやろうかしら……というわけで、私は関係ありません」
「……枯州は、アルファに口説かれたこと、あるんだよね~……」
「そ、それは……! その……はい……」
「枯州はセフ……こほん。チュー止まりよ。いわゆる愛人枠ね。矢星はアルファと親友レベルの絆があるけど、あの男ああいう奴だから、見事に丸め込まれて女にされたってわけ」
「その
その時、織部倫がお盆を持って戻ってくる。一人ずつ小さなモンブランを配った。
園田智代子は瞳を輝かせてお礼を言う。
「わぁ! おいしそう! ありがとうございます……!」
「どういたしまして~。──ちなみに僕は、アルファとはなーんにも関係ないよ~? ただ彼の女好きには理解を示している。彼には彼なりの矜持があってね。そのへんについては、親友レベルの絆があるアルトリが詳しいんじゃないかな~?」
アルトリ。織部倫は、矢星秋のことをそう呼んだ。あだ名だろうか。
「あ……私、本当は矢星・アルトリ・秋って言うんです……」
「! そうだったんですか!」
「それミドルネームってやつ!?」
「まぁ……はい……ウェールズの外れの、地図にも乗らない村の育ちなもので……」
「ウェールズ……」
「イギリスの中にある国だよ、果穂」
話が脱線した。矢星秋は咳払いして、アルファという人物評を語り始める。
「アルファさんは……シンプルに女好きというか……英雄色を好むとは言うけど、とにかく節操ってものがないんだよね! そこんところ、同じ男としてオベロンドンはどう思ってるの?」
「そうだね~。そのあだ名にドンが付くというだけでいただけない。まるでドンファンみたいじゃないか。僕だって、彼の女好きには呆れている立場だよ。もし僕の未来の奥さんに粉をかけるようなら絶交するさ! だって絶対に寝取られる自信しかないからネ! ──ただまぁ、それは向こうも理解しているから、絶対に“間男”にはならない奴なんだけど。その点は全幅の信頼を置いている。だから男同士でも、女を巡る不信感が無くて、それなりに仲良くやれているわけさ! 気持ち悪いよね!」
小宮果穂は面食らう。そんなにハッキリと“気持ち悪い”という言葉を使う人間は初めて見る。けれど織部倫の顔は嘘のなさそうなとびっきりの笑顔だ。どういう意味だろう。本当に気持ちわるいのなら、もっとそういう顔をするものと思うのだが。
このように小宮果穂は、皮肉というものを、まだ知らない。
そして、いつの間にか織部倫によるアルファ評になっていた話に、矢星秋が賛同する。
「たしかにアルファって、相手に好きな人がいたり、既に恋人や伴侶がいたら、すぐに謝罪して潔く身を引くよね」
「極力、色恋沙汰のトラブルを回避しているんだろう。彼は人間嫌いの女嫌いだからね。感情による面倒事は忌み嫌う傾向にある。だからこそ、恋人としては聡明で可愛い女の子を好み、友人としては嫉妬心を持たない合理的で情熱的な男を好む。だがそれは翻せば、それ以外の人間には興味がないということでもあるのさ」
その時、乃久那が何かを言いたげに、眉間の血管を膨らませた。
「じゃあなに? 私は“聡明じゃない上に可愛くない”って言いたいわけ?」
「おっとぉ~それは誤解だ~失言したよ~許してくれ~! ただまぁ、スーパー
バチバチと交差する視線。修と麗空が喧嘩一秒前という気配は、さすがの小宮果穂も感じていた。すかさず切り出して話を戻す。
「あ、あの! あたし、アルファさんから……! “中学生になった時、果穂がおしとやかになっていたら、告白するよ”って言われたんですっ!」
その発言に矢星秋がおどろく。
「! そうなんだ!? それ私も同じこと言われたよ!」
「……!! そうなんですかぁ!?」
「うん! だからさ……やっぱり倫の言う通り、アルファは────聡明で可愛い女の子と、嫉妬心がない合理的で情熱的な男? それ以外の人間には、それこそ羽虫程度にしか思ってないんじゃないかなぁ……」
「────」
矢星秋は腕を組んで考え込む。
「その上でアルファさんは、人間賛歌を歌うわけじゃん? 根っこでは人類を信じて愛している。そのへんは倫と真逆だよね。ほんっっっっと矛盾ばっかで気持ち悪い……悪辣でケダモノみたいな男だよね~! だってさー。普通、無関心な相手を
「────アルトリ。ちょっと」
乃久那が肘で小突き、織部倫は口をすぼめる。枯州はあわあわと口を押さえており、園田智代子は唇を丸めていた。
「え? なに? どしたのみんな? ────……あっ」
────
自らの発言を振り返った矢星秋は、なんという失言をやらかしてしまったのかと青ざめる。目の前の小宮果穂の表情を直視できない。やばい。今どんな顔をしている? 絶対に泣きそうなはず。穴があったら入りたいというレベルは超えた。仮にあったとしても、今はフォローが最優先だ。
「────……つ、つまり、私も、その……羽虫程度に思われていたというわけでぇ……でもでも、努力すれば、なんとか、聡明で可愛い女の子になれるのかもしれないなぁーとか、適当調子こいてみたり、言ってみたりぃ……?」
恐縮して両肩を縮まらせ、おそるそおる小宮果穂の顔を覗き込む矢星秋は────想像と異なる表情を目にして目を丸くした。
小宮果穂は、燃えていた。顔が赤くなっているわけではない。本当に元気で血色のよい綺麗な尊顔。そこに、いつかどこかの水面の鏡で見たような、古い鏡が映っていた。
「つまり、矢星さんは……おしとやかになったから、アルファさんに告白されたって、ことですか……?」
「……う、うん……いや、まぁ……別に、告白されたくておしとやかになったわけじゃないけど……なんか、いつの間にか認められていたっていうか……つーか、その点もなんか傲慢だよね! 上から見下しているっていうかさ! そりゃあアルファは人間できてるよ!? 年齢の割になんなのアレ!? 怖いよ! どういう人生を送ったら、あんな完璧超人が育つわけ!?」
「それでも!」
「!?」
「知りたいですっ! あたし、アルファさんに追いついて、追い越したいんですっ!」
「……っ!? お、追い越すぅ!? あれをぉ!? いやいや無理だって! だってあれ化け物だもん! 私たち人間! あれ怪物! そもそも比べるものじゃないっていうかさ────」
「だとしても!」
「────!!」
「……矢星さんは、どうやって……おしとやかに、なったんですか……?」
「────────」
目を見開く。信じられない。小宮果穂は恐ろしい女の子だ。まさかアルファと触れ合うことで影響されたのか。それとも、英雄にも怪物にもなれる可能性を秘めた、未知の卵だったのか。それが今や雛鳥として羽ばたこうとしている。
小宮果穂は対抗心を燃やしている。絶対に負けられない、という表情をしている。まるでライバルを目にする瞳だ。
燃える瞳。それには矢星秋にも覚えがある。自分にも、絶対に負けられない
「……知らない」
「え……」
「別に意地悪してるとかじゃないよ。教えてあげたいのは山々だけど、さっき言った通り、気づいたら一人前として認められていたというか……つまり、自分でもわからないから教えることができないというか……。だからさ、考えても仕方ないよ。私だって、あんな奴とこんな関係になるまでは、ずっと何かを教えられる立場だったんだから……」
「…………」
沈黙。
それを織部倫が打ち破る。
「僕は分かるけどね」
『──えっ!?』
「おや、果穂ちゃんにアルトリ。ふたりとも、そんなに意外かい? 紫式部が嘆いてしまうよ~。この国には代表的な
『……?』
乃久那は持ち前の教養で、織部倫がまたとんでもない皮肉を言おうとしていると察知する。もしも次の瞬間『つまり光源氏計画というわけさ! 君たちはアルファ好みの女に育てられていると言っても過言ではない!』などと言ったら蹴り飛ばそうかと考える。
「だから果穂ちゃんは心配する必要ないと思うよ! 誰かさんに似ているその負けず嫌いを張り通すことができれば、それだけでアルファからしたら大好物の人間性だからね!」
さすがの織部倫も、そこまで極悪ではなかったようだ。
乃久那はため息をつく。
「でも、もし。──それでも納得できないことがあるとしたら……僕にはお手上げだ。その時は、
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