【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
休日の昼前。とある公園のジャングルジム。
今日も今日とていろはちゃんは、マメ丸を連れて町から町へと流れていく。その途中でジャングルジムを発見した。試しにチャレンジしてみる。目の前の鉄棒・一段目を掴んで、頭より上にある鉄棒・二段目に手を伸ばす。
「ワンッ!」
背伸びして、ジャンプして、鉄棒を利用して体を持ち上げて、なんとか二段目の鉄棒を右手で掴む。左手が届かない。一段目に左ひざを乗せて、なんとか左手を届かせる。両手で体を持ち上げて、どうにかこうにか一段目を右足で踏む。
「やったー!」
「ワンッワンッ!!」
初めてひとりで登ることに成功した。
一方のマメ丸は、いろはちゃんの喜び様に自分も喜ばしくなるものの、最初から一貫して、いろはちゃんがジャングルジムから落ちてしまわないか心配している。後頭部を強打すると危ないため、なんとか自分の体で受け止めることができるように、いろはちゃんの背後で右往左往していた。
「…………」
さて、いろはちゃんは選択を迫られる。
登るか、降りるか。
いつもは両親が勝手に抱き上げてきたり、頼んでもいないのに後ろから支えてきたり、そうやってジャングルジムを登るのを、不要にも手伝ってくる。無論『あぶないから』という変な理由で、とりあえず心配して色々とやってくれているのは、なんとなく理解している。
ただ、いろはちゃんからしたら
もしや彼らは頭が悪いのだろうか? 相手の知的レベルに合わせて会話ができないというのは、なんとも悲しいものがある。彼らも昔は子供だったろうに、それを忘れてしまうとは情けないものがある。まったく良い反面教師である。
そのためいろはちゃんは、コミュニケーションが不足する人間のことは、あまり尊敬していない。それは両親でも同様のことである。
しかし大人の言うことは、大体が結果論として正解だ。本当は過程の話をしてほしいのだが、彼らは頭が悪い生き物なのだから贅沢は言えない。こちらが色々と察してやる必要がある。まったく困ったものだ。世話が焼ける。
さて、何が危ないのかは皆目見当も付かないが、すぐにジャングルジムから降ろそうとしてくるということは、おそらく結末として、登りすぎると危ないことがある、ということなのだろう。ならば降りようか。
いろはちゃんは降りるため下を見る。
絶句する。
思ったより
これは参った。
────ちょっと怖くて降りられない。
§
同じ公園の木陰では、浅倉透と樋口円香がアイスバーを食べていた。
夏の陽射し。猛暑の日照り。厚かましい熱風。木陰に入ると、それがやや涼しい風に変わる。アイスバーで熱を冷ませば少し快適になる。
そしておつまみに、ジャングルジムで奮闘する子供を眺める。二歳か三歳くらいだろうか。彼女を心配そうに見上げている柴犬は、とても賢そうだ。
滲んだ汗が耳元をつたう中、しゃべるのも億劫なふたりは、黙々と二本のハズレ棒を見せ合う。
「……ねぇ。あの子」
「ん?」
「危なくない?」
「そう?」
「落ちたら」
「あー」
「しかも、さっきから動かない」
「……なんでだろ?」
「犬も吠えてる」
「あれって、襲われてる?」
「ちがう。めっちゃ心配されてる。たぶん」
「おー。わかんだね。犬も。落ちたら、あぶないって」
「そりゃそうでしょ」
「……」
「……」
とりあえず話しかけに行ってみる。否、行ってみたい。
しかし木陰の外は暑い。つまり足が動かない。動きたくない。
「ちょっと行ってきな」
「樋口は?」
「私はここで見守ってる」
「え~」
「……」
「……」
ジャングルジムの鉄棒・一段目に足をかける子供が、一瞬足を滑らせた。体が急落したが、すぐに持ち直す。
気づけば、ふたりは早歩きで公園を横断していた。木陰から出る時は一瞬だけ小走りであった。
ジャングルジムに到着。
樋口円香が問いかける。
「どうしたの?」
「? こわいー」
「……降りられなくなったの?」
子供は、こくこくとうなずく。
「ネコだ」
「ちがうし」
「にゃー!」
「ふふ。にゃー」
「…………」
子供と浅倉透が猫の鳴き真似をした瞬間、樋口円香は目を閉じて(かわいらしさに悶える心を)抑える。
「……で、どうしてほしい?」
「たすけてー」
「……降ろしてほしいってこと? じゃあ……」
樋口円香は子供の両脇を抱き上げて「よっこいしょ」と降ろす。
思ったより軽かった。風が吹けば飛ばされてしまいそうな脆さとかよわさを、樋口円香は
「ありがとー!」
「どういたしまして」
「ね。高いところ、登れてすごいね」
「でしょー? いろはねー。はじめてのぼれたねー?」
「……でも危ないから、また登るなら、誰かとなりに居る時にね」
「それな」
「わかったー! たぶん!」
いろはちゃんはマメ丸のリードを拾って、助けてくれたふたりに手を振りながら公園を出た。
冒険再開である。
§